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クヌギとメジロ        徳島県小松島市日峰山         2009.1.28

クヌギとメジロ        徳島県小松島市日峰山         2009.1.28

 このクヌギの木は、わが家の近くに自生しているものです。私がこどものときからある木ですが、現在ではかなりの大木となり、以前は、夏になるとところどころにしみ出ている樹液にカブトムシや蝶、カナブン、スズメバチなどの昆虫が集まり、夜になるとその付近にはカブトムシが飛ぶブーンという独特な音が聞こえたものです。 あの固い樹皮からどうして樹液がしみ出るのか不思議に思っていましたが、それはボクトウガという蛾の幼虫がそこにいて、穴を開けるからだということがわかっています。


 この木は、春になって新芽を出し、垂れ下がる房状の花を咲かせるとき、また夏の緑、秋の褐色の紅葉のときには、堂々とした姿を見せていつも何かを語りかけてくれる樹木です。


 葉を落としたクヌギ、それは冬の間だけの姿です。葉もなく、花もなく、実もない冬枯れの樹木。それでも緑に繁る夏のクヌギや秋の褐色に色づいたクヌギとはべつのよさがあります。青くすみきった大空にたくさんの枝を向けたすがた、それは春になったらたくさんの新たな芽を出すための準備であり、春を待ち望んでいる姿を表しています。枯れたようになっていても、そこには待ち望む強い力が秘められているのです。


 新約聖書に、使徒パウロは、非常な苦難が襲ってきて死を覚悟した。しかし、そこから復活させてくださる主を待ち望むようになったと記しています。十字架で処刑されたキリストは、復活のいのちを見つめつつこの世を去っていったのです。


 この写真のメジロは、このクヌギの先のほうの枝に来たときに撮影したものです。小鳥たちは、その純真な姿をもって、自由にこの空を飛び回り、美しいさえずりを歌うものもあります。そのすがたに私たちは心惹かれます。


 それに対して、人間はこの地上の世界にしばられ、家や仕事、あるいは病院、施設などにいわば閉じ込められている状態にあります。


 しかし、実は私たちの本当のすがたはあの小鳥のような自由さが与えられている状態なのです。真理は自由を与えるとあり、また私たちは、この地上の命の終わったあとでは、復活して天使のようになると主イエスは言われました。天使とはまさに、あらゆる束縛から自由になっていて、神の国を自由に飛び翔る存在なのです。(写真、文ともに T.YOSHIMURA

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