「いのちの水」 2017年3月号 第673号


地は、主のいつくしみで満ちている。(詩篇336


目次

・たとえいちじくの木は

翼を持つ言葉

ここも神の御国なれば

信仰による救い、祈り

 ・光の内に歩む(その3)  へボン(聖書邦訳に労した)

・罪深き世界にあって ー詩篇53

・言葉、休憩室

・お知らせ

徳島聖書キリスト集会案内

 

 

 

リストボタンたとえいちじくの木は花咲かずとも

 

 いつの時代であっても、私たちの願うようには時代は進まず、それに反するようなことが次々に生じる。

 そのような状況に直面して、この世とはそんなものだと思い、そんな状況は変えることもできないし変わらないのだとあきらめてしまうことが多い。

 現代のように、世界各地の出来事がただちにつたわっていく状況においては、そうした難しい事態を告げる情報が世界各地から次々と押し寄せてくる。

 日々のそうした闇の力が支配しているかのような状況にあって、聖書はすでにそのような

ことをも見抜いたうえで、神の啓示を随所で記している。

 

いちじくの木は花咲かず、

ぶどうの木は実らず、

オリブの木の産はむなしくなり

田畑は食物を生ぜず、おりには羊が絶え、

牛舎には牛がいなくなる。

しかし、わたしは主によって楽しみ、

わが救の神によって喜ぶ。

(旧約聖書ハバクク書31718)

 

 将来が見えないような現実を前にしつつ、私たちは、全能の神がいっさいを変えられる日、新しい天と地を創造される日を待ち望む。

神への信仰と、そのような信仰に基づく希望、そして永遠に変ることなき神の愛-それはいっまでも続くゆえに。


 

 

リストボタン翼を持つ言葉、群雲を寄せる神

 

 いまから2700年以上も昔のギリシャの詩人ホメロスが書いたと伝えられる書(イーリアス)には、この表現が折々に見られる。

 大いなる自然の動きやその姿に神の力を深く感じていたのがうかがえる。聖書一神の言葉こそは、タイトルにかかげたことがもっとも深い意味においてあてはまる言葉だと言えよう。

 神の言葉とは、確かに翼をもった言葉である。時間や空間、地理的な制限を越えてどんなところへも-いかなる隠れたところでも、心の奥深くにも、また宇宙の彼方へとも神の言葉は瞬時に、あるいは長い期

間をかけて達することができる。

 そうした翼を持つという側面は、旧約聖書の詩篇の一部が記されている。

 

…話すことなく、語ることなく

その声も聞こえないのに、

その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。(詩篇19の3~4)

 

 パウロはキリスト教を激しく迫害していたが、その彼の固い心の壁にも、神の言葉たるキリストは、その翼をもって彼の心の奥深くに入り、彼をキリスト教最大の使徒と変えた。

 キリストの使徒からはじまって世界の各地に非常な困難や苦難をうけるにもかかわらず、キリストの福音が伝えられていった。そうした使命を神から魂深くに語りかけられ、つばさを持つ言葉をうけ、みずからその翼となって世界各地へと旅立った人たちは数知れない。

 ヨーロツパからはるか離れた日本にも、ザビエルはキリストの福音を伝えるべく、長い年月をかけ、数々の危険にさらされつつやってきた。

 それも、翼を持つ神の言葉が彼の心に宿ったゆえに、彼自身が翼となって日本にまで達したのである。

 そのように、歴史の中においても翼をもった神の言葉をゆだねられた人たちは、自ら翼となって各地へと赴いていった。

 他方、そのような苦難の中だけでなく、私たちの日々の生活のなかにあって、雲からも大空からも、また風や小鳥のさえずり、木々の風にそよぐ音等々からも神の言葉は翼をもって私たちの心へと訪れてくる。

 病気のとき、また苦しみのとき、人間の言葉に苦しめられるとき、孤独のときーそのようなときにも、み言葉はその

翼をもって心の深いところへと来て私たちに新たな力を与えてくださる。

 群雲(叢雲)を動かす神ー雲の毎日変るその姿や色合い、その動く速さ、ひろがり等々実に多様な姿を私たちに見せてくれる。その変貌自在な姿はまたそこから人間が生きるのに不可欠な雨を降らせて地上の生命を支えるはたらきも持っている。

 神は、そのような無限の変化を日々見せてくれる雲を動かすように、人間やこの世界をも自由自在に動かし、また限りない変化をもっていまも創造し、導いておられる。

 人間なら無視してしまうような取るに足らない者、小さき者をも、死に瀕しているような人をも心をとめ、その自由自在な力をもってその人に最もふさわしいように変え、さらに究極的には最善なところへと導き、最もよき姿へと変えてくださるのである。

 


リストボタンここも神の御国なれば

 

神の国、天の国(*)はどこにあるのか。

 

(*)この二つは日本語としては意味がだいぶ違うと感じる人も多いと思われるが、実は、神の国と訳されている原語が、マタイ福音書では、天国(天の国)という原語が用いられているのであり、これらは同じ意味。マタイが用いた原語のちがいにすぎない。

 天国(天の国)という言葉は、新約聖書では32回ほど現れるが、マタイ福音書だけにみられる。ほかの福音書では、神の国という言葉である。神の国という言葉はすべての福音書だけでなく、パウロ書簡にも用いられている。

 

 マタイ福音書では、神の国が天国(ロ語訳)と訳され、その訳語で長く読まれてきたたために、死後の世界だと思われていることが多い。

しかし、神の国とは神の御支配、その支配が及んでいる領域のことであり、それゆえに死後の神とともにあるところもまた神の国であるが、地上の世界もまた、神の御支配の

 

うちにあり、それ、nノえに祥の国は地上にもある。

 人間の支配は、権力や武力、あるいはお金の力でなそうとする場合が実に多い。

 しかし、神の御支配は、愛と真実、正義、そして清い力、永遠の力などによる支配である。とはいえ、「支配」という日本語は、徳川幕府による支配というように、権力や強制というものを連想させて、愛や清さなどとは結びつかないことが多い。

 神の御支配とは、愛や真実をもってこの世を創造し、いまも支え、人間の心の弱さから日々犯す悪しき心()をも赦し、悪の力を追い出し、また裁き、御計画にしたがって人を呼び出してそのはたらきをさせ、祝福し、死んでも復活させ、いまも人間や万物を導いておられる…等々のいっさいを意味しているこのようなことは、そのような神の存在を信じるのでなかったら、到底受けいれられない。

讃美歌にも次のようにある

 

ここも神の御国なれば

天地 み歌を歌い交わし

岩に木々に空に海に

妙なる御業ぞ現れたる

ここも神の御国なれば

鳥の音 花の香主をばたたえ

朝日夕日 空に映えて

そよ吹く風さえ 神を語る

     (讃美歌90、讃美歌21361

 

 天にあるもの、地上のものすべてが神への賛美を歌っている。

 固い岩、冷たい岩、物言わぬ岩石すら、そして、葉や幹、樹形、さらにその花や果実など、おびただしい多様性のある樹木、花を咲かせる野草、また地味なシダや苔など、それらもみな神のわざである。 そこに神の無限の業がなされており、神の御支配が現に存在している。

 人間の支配によって海や大空、星々、あるいは無数の動植物

 

などが存在しているのではないのはだれでもただちにわかる。

 しかし、それなら何ものの支配なのか、というと、途端に考えが分かれる。それらは単なる偶然の成り行きだ、科学的法則に従っているだけだ、… 等々。

 しかし、その科学の法則そのものは何ものが生み出し、支配しているのか、それはもちろん人間でないが、神を信じない者にとっては、その法則は偶然にできたとしか説明できない。

偶然だという考え方は、要するに「わからない」ーということにすぎない。いかに科学や学問が発達しようとも、その法則の根源はなぜ存在しているのか、それは分からないということである。

 なぜ生きてきて、なぜ死んでいくのか、生死そのものがなぜ存在するのか、自分はなぜこの世に存在してきたのか、そして死んでいくのか、そう

した存在の根源もまた分からないということになる。それをつきつめると、過去、現在、未来ーすべて分からない、ということになってくる。

考えれば考えるほどわからなくなるー湯川秀樹は晩年に書いた 「人間にとって科学とは何か」(1967年 中央公論社刊」) の最後の部分でこう語っている。湯川博士は、日本で最初のノーベル賞受賞者としてとりわけ有名であって、しかも学者一家であったことも影響して、文学や哲学、思想、平和運動などにも関心深くあった人であったが、そのような博識な学者にしてこのような告白こそ、神を信じない学者の真実なものであったと言える。

 いかに天才的な頭脳があり、学問や広範な教養などがあろうとも、そのすぐれた頭脳で考えれば考えるほどわからなくなってくる-それがこの世の真実なのである。

 そしてそのような哲学的な問

題だけでなく、さらに深く分からないのは、人間がどうしても正しい道、真実な愛が持てないで自分中心になるということ(罪)である。

 それもなぜできないのか、どうして正しいとわかっていることができないのか、それもまた考えれば考えるほど分からなくなる。使徒パウロは、そのような自分を「死のからだ」だといったほどである。

…私は、なんというみじめな人間なのだろう。だれがこの死のからだから、私を救ってくれるだろうか。(ローマ7の24

 そうしたさまざまの意味において、この世は、考えると考えるほどわからなくなる、そうした深みにはまり込んでいく道からの解放こそ、聖書ー神の言葉の目的である。キリストの来られた目的でもある。

 私自身、学生時代には、まずこの世の現在の混乱や人類の未来、自分自身のことなど、考えれば考えるほどわからなくなって追い詰められていったことを思いだす。

 そこからの解放ーそれは考えることによっての救いではなく、上からの啓示ー神の言葉ーによるものだった。

 人間を無限に超えた存在、ー神からの直接の示し(啓示)という広大無辺の世界があるということはそれまでまったく知らなかった。

 しかも、それは無学か学問あるとか一切かんけいなく、子供から年老いた人、健康な人、病気の人、あるいは職業等々にもかかわりなく与えられるものである。

 そうした啓示の世界ーそれに少しでも触れることによって、この世界は新たなすがたを見せてくる。

 その一つがこの讃美歌に歌われた世界である。

 ここーこの世界も神の国、天の国であるーというのである。

 こんな混乱や闇、悲劇が満ちているのにどうしてそれが神の国泣きか、という反論はただちに生じる。そしてそれは啓示の世界を知らないときには必然的にそうなる。

 この世の現実は子供でもわかるほどに私たちに迫ってくる。

 しかし、そのような闇を深く知らされつつ、そのただなかに、神の国があること、それは啓示によらねば決してわからない。

 主イエスは、「神の国はあなた方のただ中にある」(ルカ1721)と言われた。

 私たちのただ中―それは一人一人の心の中でもあり、また私たちの生活しているそのただ中でもあり、混乱や闇の満ちているこの世のただ中ーという意味を含んでいる。

 

 引用した讃美歌には、小鳥の歌声のような、多くの人が、賛美していると感じるようなことだけでなく、花の香りやそよ風さえも神を讃美しているーとある。

 たしかに私たちが心開いて主にあって静まるとき、そうした身近なもの、ちいさきもののすべてが神を讃美している、あるいは神の栄光を示し、そのわざを赤死していると実感する。

 他方、数々の不可解ななこと、悪の勢力等々がなぜ存在すくのかもまた、神からの啓示による以外には私たちには理解できない。

 人間には、いかに科学技術や学問が進んでも、明日のことさえ、また自分や毎日会っている人の心の中さえも知ることもできないきわめて大きな限界がある。

 そのような限界ある人間であるゆえに、数々の不可解なことがあるのは当然であり、それは神からの啓示を待つしかない。そして啓示の集められた聖書には確かにそうした人間や世界全体に存在する不可解なこと、悪のはびこる状況がいかにして克服されるのか、ということも確言されている。日毎に接する大空やさまざまの風、小鳥や身近な植物など

など、そうした身近なところに神の国を実感し、かつ長大な歴史の流れの過去から現在、そして未来においても神の国- 神の御支配を実感し、あるいは信じて歩む。

  .  いかにこの世の現実が混L舌と闇が深くあろうとも、私たち一人一人は、神の国(愛の神の導きと支え)の内にあり、

この世界全体もそのような大いなる御手のうちにあるということIそれを幼な子のように信じて歩むようにと招かれている。

主イエスは、幼な子のようにこうした神の御支配を信じることの重要性を言われた。

…イエスは幼な子たちを呼び寄せて言われた。

 

「幼な子たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。

私は真実を言う。幼な子のように神の国を受け入れる人で

なければ、決してそこに入ることはできない」(ルカ福音書1816

 

 考えれば考えるほどわからなくなるこの世にあって、そこから解放される道ーそれはなんと単純な道であろう。それは、幼な子のように愛の神を信. じれば信じるほどわかるようになる道なのである。

 あらゆる人を救おうとしてくださっている主イエスが示された道は、このようにいつの時代にもどんな無学な弱き人にも歩むことが可能な道なのである。

 

 

リストボタン信仰による救い、祈り、愛、癒し

 

  信仰によって救われるーこれは新約聖書を貫く真理であり、 そのもとにあるのは、使徒パウロが引用しているように、創世記のアブラハムに関

して言われている言葉や預言者ハバククの受けた啓示にすでに記されている。

   

…アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた

            (創世記15の~6)

…しかし義人はその信仰によって生きる。(ハバクク書2の4)

 

 このような旧約聖書の言葉をもとにして、繰り返し「信仰によって義とされる(救いを受ける)」ことを強調している。それは、ローマの信徒への手紙の3章の後半から4章全体にわたって記されている' これを読めば、いかに使徒パウロが彼よりも千数百年も昔のアブラハムという人の信仰が重要な真理として示されていたかがよくわかる。

 そして同じく新約聖書のパウロのガラテヤ信徒の手紙の全体において、アブラハムの信仰による義のことが、繰り返し記されている。

 主イエスも、「あなたの信仰があなたを救った」と繰り返し言われている。 (*)

 

…イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。同席の人たちは、罪まで赦すこの人は、いったい何ものだろう、と考え始めた。

 イエスは女に「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。

  (罪深い女に対して、ルカ750

 

(*)ほかの例をあげる。

…一人のらい病人が、イエスに近寄って、ひれ伏して「主よ、御心ならば、私を清くすることができます。」と言った。

 イエスが手を差し伸べて、 その人に触れ、「清くなれ!」といわれると、たちまちらい病は清くされた。        (マタイ8の2~3)

ここでも、らい病人のイエスに対する信仰に答えてイエスが御手をのべて触れ、清めを与えたー救いを与えられた。

…イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」(12年間の出血の病気をわずらっていた女性に、同8の48)

 

…イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」(らい病の人に、ルカ17の19)

 

…そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」(盲人の人に、ルカ同18の42)

 

 それにもかかわらず、周囲の人たちの信仰によって、別の人の罪が赦されるということも記されている。

 それはとても意外なことである。聖書は実に多様な内容が記されている。人間はつねにそれを単純化しようとして矛盾するようなところは、退けてしまおうとする。

 神のなさることは、実に多様性がある。その多様性をもって人間に関わり、人間を救おうとされている。

 主イエスが言われた、「あなたの信仰があなたを救った」という言葉では、いうまでもなく本人の信仰による救いだと言われている。

 

…人々が中風の者を床の上に寝かせたままでみもとに運んできた。イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」と言われた。

 (マタイ福音書9の1ー2)

 

 タイトルが「中風の人をいやす」となっている。しかしここで重要なことは、いやしというより罪の赦し、また信仰ということであるから、このタイトルは的確ではない。

 マルコ福音書2章1では、中風を患う人を、屋根を破ってイエスのところにつり下ろしたことが書かれている。この病人を連れてきた人たちは何とかして中風の人の起き上がることもできない苦しみを治してあげたいという心があったのがうかがえる。

 それとともに、イエスに対する非常な信頼があった。中風の人に対する特別な愛と、イエスに対する絶対的な信仰が無ければできないことである。ここでは信仰と愛が一つになっている。

 イエスは、中風の人たちを多くの労を費やし、さらには、多くの人がいてイエスの前に病人を運んでいくことができないことを知って、屋根をはがして病人を屋根から吊り下ろすーという考えられないような行動にでた。

 そんなことをすれば、その家の人から、また周囲にいる人たちから、きつい非難を受けるし、壊した屋根を弁償させられるしー等々を考えるならそんなことはできない。

 チェルノブイリの人たちをそんなにまでして治してもらいたいーと願う幾人かの人たちの病人への限りない愛とイエスへの絶対的信頼がここではきわだっている。

二人三人私の名によって集まるところには私もいるーこの人々の非常な熱心は、イエスを神の力を持つお方であると信じての行動だった。それはイエスの本質(名)によって心を合わせたといえよう。それゆえに、イエスは彼らの行動とともにいて、非常識とおもわれるところに道を開かれたのだった。

 人への純粋な愛ーこれは神からくるーと神を幼な子のように絶対的に信頼する心は、本来なら越えがたい大きな壁をも乗り越えていく。

 人間の愛ー自分を大切にしてくれる者を大事におもうような愛は、誰でも大なり小なり持っている。それは動物にもみられるほどであり、命を保持するための本能のようなものである。

 自分を憎み、敵対する者に対しては憎しみや攻撃的になるのもまた生命を維持するための本能的なもので、これもまた動物も持っている。それゆえ、人間がそのような状態であるなら、動物的状態を脱していないということになる。  主イエスも言われた、「自分を愛してくれる者を愛しても何の報いがあろうか、そのようなことは、汚れているとして見下されている人たち(徴税人)や、神を知らず、神の言葉を知らない異邦人たちでも持っている」と言われた。

           (マタイ5の4647

 それゆえそのような感情は本当の愛でなく、愛の影のようなものであって、すぐに消える。

 だが、神の愛は消えない。その愛をこの人たちも受けていた。そこには希望もあって、信仰と希望と愛はいつも結びつくものである。

 日本人の多くは、聖書で言われているようなこの愛を知らないし、信仰も、唯一の神も知らないままになっている。

 主イエスは、連れてきた人たちを見て、中風の人に「あなたの罪は赦されている」と言った。本人の罪や信仰のことは書いていない。

 その人のことを真剣に祈り、イエスを神の力を持つお方であると信じ、祈りをもってその病人を苦労してイエスのもとに連れて行こうとする信仰と愛がここではキリストの大いなる力を受けることにつながった。

  このような記述は現代の私たちにはあまり関係のないことのように見える。しかし、一歩たち入って考えるとき、私たちの日常に生じていることだとわかる。

 それは、私たちの周囲には、いくらでも苦しみにある人がいる。心身の病気、孤独、仕事の問題、人間同士のいさかい、無理解、差別等々…。

 そのような人たちを祈りによって、また可能なときには複数の人たちが心合わせて祈り、そうした人たちを、その人の魂を主イエスのもとに運んでいこうとすることーそれはキリスト者にとって日常的ないとなみとなる。

 間違った宗教や思想は、ある特別な人間のもとに引き寄せようとすくが、私たちはイエスのもとに連れて行く。

 苦しみは、その根源に罪の赦しが無いことにある。自分が罪の赦しを受けていないとき、何か不都合なことがあると誰かを心のなかで排斥したり、憎むことになり、誰かを差別するという心が起こる。

 人間の心の奥のそういった罪、それは自分中心の罪であり、自分が上になりたい、誉められたいという心の罪である。 だが、もし私たちが、そのような他者からの苦しみをも神の力に支えられて静かに受けて、神に最善のことを求めるときには、憎しみという感情は消えていく。

 罪の問題が解決されていれば、様々な困難があっても、神さまに結びついて不思議と、耐えることができるようになる。

 イエスさまの「あなたの罪は赦された」という言葉は奥深い言葉である。罪を赦す力を持っているのは、万物を創造された神だけである。心の世界も、宇宙と同じような無限の世界があり、そこにキリストが来られると更に清められていく。

 イエスがこの世界に来られた目的は、「自分の民を罪から救う」(マタイ1の21)とあり、イエスは単によい教えや病気を治すということのためでなく、人間がどうしても正しい道を歩けないという人間の根本問題(罪)からの救いのために来られたことがわかる。

 キリストは、人の心の中のよくないものを一掃するために来られた。わたしたちが十字架を仰ぐたびに、心の中のよくない雲や塵のようなもの、よどんだものを吹き払ってくださる。罪赦されたということはそういうことで、神さまだけができる。

 この聖書の箇所で、イエスは

中風の者に向って、「起きよ、床をとりあげて家に帰れ」と言われた。(マタイ9の6)

 自分は中風でもないし、イエスなどはるかに昔の人で、現代の私たちとは関係ない、昔の出来事にすぎないーそのように多くの人は受け取ってしまう。

 私もかつてはそうであった。

 聖書の奇跡などもあったかどうかわからないではないか、大昔だから誇張して書いてあるのだ、宗教書はだいたいそのような書き方をすくものだー

などなど。

 ひかし、信仰を与えられ、聖書をその原語や外国の多様な翻訳、内外の注解書なども含めて詳しく読み、かつみ言葉の意味を祈りのうちで問い続けることを長く続けてきて、一見まったく無関係のように見える内容、記述、言葉が、現代の私たちの、いや私自身の心の奥深いところで深くかかわっているということを知らされてきた。

 この箇所での「起きよ、床を取り上げて…」ということも、私たちは霊的に見るならば、床に寝たきりのような無力な者、真理や汚れなき清さ、愛等々においては実に無力であることをしらされる。

 どんなに学問や科学技術が進展しても、こうした霊的、精神的な世界に関しては、いつまでたっても無力なままである。

 そのような無力さに対して、そこから新たな力を与えられ、立ち上がることは何によってか、それこそ、神からの力であり、神からの呼びかけを聞いたときである。

「信仰の父」と言われるアブラハムがそのような大いなる存在となったのは、彼の生まれつきの能力とか努力、あるいは学問や経験の豊かさーといったものではない。

 それは、まったく神からの呼びかけを受けてそれに従ったという単純なことである。

人間をこの世の大いなる波風に抗して真に立ち上がらせるのは、神の言葉なのである。

 私自身、人生の決定的な分岐点は、一冊の本のわずかの箇所で、「汝の罪赦されたり」というみ声を聞き取ったからだった。そしてそれは、そのときだけでなく、その後からずっと現在に至るまで、たえず私は幸いにしてそのような呼びかけを受け取ることができ、それが生きることに絶望しないで歩んでいくことができた理由である。

 罪赦されたらどうなるか。

 そこに新しい力を与えられ、立ち上がることができ、さらに聖なる霊を与えられると、立ち上がって歩んでいくことができる。十二使徒もイエスに三年も従っていたが、弟子たちは自分たちの罪はわからず、それゆえにイエスがエルサレムで十字架に付けられると言われたときでも、自分たちをイエスの右、左という重要な地位につけてほしいなどという、人間的な願望をだしていたほどであった。

 自分が高い地位につきたいという心は、彼らが罪を知らず、罪の赦しをも受けていないということのその 弟子たちが自分たちの深い罪を思い知らされたのは、イエスが捕らわれるときに、見捨てて逃げ去ったこと、とくに弟子の代表的存在であったペテロは、イエスの仲間だと言われて、それを強く三度も否定してしまったという現実に直面したときだった。

 そこから主イエスに立ち返ることによって罪の赦しを受け、復活のイエスから聖霊を受けて、本当の意味で立ち上がったのである。

 

 

リストボタン光に歩む(その3)

 

 互いに愛し合うーこの言葉は、とくにヨハネ福音書、ヨハネの手紙に繰り返し記されている。

 

「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

      (ヨハネ福音書133435

 

 ヨハネの手紙はごく短いにもかかわらず、6回もこの互いに愛し合いなさいという言葉があらわれる。ヨハネ福音書では5回あらわれるから、ヨハネ関係の文書において11回も使われている。

 現代の私たちにおいて、「互いに愛しあう」ということは、好きな者同士が愛しあう というようなイメージで受けとることが圧倒的に多いであろう。そのような歌や小説、ドラマがあふれているからである。

 しかし、ヨハネ福音書やその手紙において繰り返し強調されているのは、そのような好きな者同士が愛するなどということでは全くない。

 これはどのような理由があるのだろうか。それは当時の状況を考えるとわかる。当時は、厳しい迫害の時代であって、今日の日本のように、キリスト教を信じていても、またその信仰から政府の実力者を批判しても何ら捕まったり獄に入れられることもないという状況とは全く異なる。

 しかし、福音書が書かれたときには、厳しい迫害が始まっていた。捕らわれるなら、大きい競技場で、ライオンなどの猛獣に襲わせるとか、十字架につけて下から弱火で燃やして長時間苦しめる等々、残酷なことが行なわれていた。

 そうした迫害の中にもステパノのように、キリストの命の光を直接に与えられ、死に至る苦難にあっても信仰を続けた人たちも多くいたのが、そうした迫害の記録によって知ることができる。

 そして、そのようなキリスト者を命がけでかくまう人たちもいた。キリスト教が迫害にもかかわらず消滅していくどころか、かえって広がっていったのには、そうしたキリスト者たちの命がけの互いに愛し合って助け合うその愛によるところも多い。

 さきにあげたヨハネ福音書に、「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」とあったが、こうした事情を指している。

 使徒パウロが次のように書いているのはそのような命がけの愛し合う姿の表れである。

 

…姉妹フェベを紹介する。どうか彼女を迎え入れ、どんなことでも助けてあげて欲しい。彼女は多くの人々の援助者、特に私の援助者である。

 キリスト・イエスに結ばれて私の協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。

 命がけで私の命を守ってくれたこの人たちに、私だけでなく、異邦人のすべての教会が感謝している。

       (ローマ1614より)

  光の内に歩む人たちーそれはとくにこうした厳しい迫害の時代に表れている。使徒パウロ自身、かれの伝道の生涯のはじまりは、キリストの光を受けたところにあった。それまでの彼は、特別に優れたユダヤ教の教師から指導を受けて、ユダヤ人の指導者的人物であり、この世的にもローマ市民権ももっている有力な家柄の出であった。

 そのような教育やよい環境に育ったが、それでもキリストの真理にはまったく盲目であってキリスト教を撲滅せんとキリスト者を殺すことまでしたうえ、国外にまでキリスト者を迫害して捕らえて獄に入れるーというほどであった。

 ここにも、学問や生まれつきの能力、環境ですらも、キリストの真理に対しては全く盲目であり続けるのであって、神の光を受けない限り霊的には死んだままであるのがわかる。

 パウロはキリストの光に出会ったのち、すぐに世界へと伝道を始めたのではなかった。それは、彼の意志や希望でなく、使徒たちが真剣に祈っていたときに、聖霊によってパウロたちを異邦人へと使わすようにとのうながしが与えられ、その聖霊によって送り出されたのであった。

        (使徒言行録1324

 命の光に出会ったとき、人間の通常の判断や気持ちとは全く異なる思いが与えられ、ときに不可能と思われるような行動へと導いていくことは歴史をみるときしばしば生じている。

 キリストの光に歩んだ人たち それはパウロのように特別な呼び出しを受けて、聖霊を豊かに受けて、神の言集を受け、それが聖書に多数含まれるようになった入たちもいれば名も知れず、キリストの内なる光を見つめつつ、この世の困難と戦いつつ勝利した無数の入たちがいる。

そうした中から、ここではへボン(*)を取りあげる。彼は聖書の日本語訳という大事業に、最初から関わり、一貫して多大の労苦をそそいだ人である。彼は、江戸時代の未期に日本に来て、命がけで日本伝道にかかわった人である。彼もまた、キリストの光に歩んだ人であり、それゆえに不可能と思えるような因難を越えていくことができたのだった。

 (*)1815~1911年。アメリカの医療伝道者、宣教師。江戸時代末期のキリスト教現金の時代に、気リスト教伝道のために、日本で最初の和英辞典を完成。

 

 彼は、若き日に医学を学んで医者の道へと進みつつあったが、東洋宣数という因難な道を路み出す決意を主によって実行した。

 最初は、へボンは若くしてアジアの神の愛をまったく知らない人たちと病気に苦しむ人たちにキリストの海言を伝えるという志が起こされた。25歳のとき、アジア伝道ということで志を同じくする女性と結婚し、その翌年1841年に、周囲の人たち、家族の猛反対にもかかわらず、神から示された因難な道を悩み抜いた末に選び、新婚1年目の夫表は、はるかな遠い道のアジアへと出発した。

 医者として才能に恵まれ、また両親も信仰ふかい人たちで

 

あり、そのまま生きていくなら この世の大いなる幸いは約京されていた。

しかし、神はそうしたこの世の平安のただなかにある人をも、呼び出して、まったく異なる困難な道、危険な道へと導かれることが歴史のなかではしばしば生じてきた。

 生きて働く神、聖霊のはたらきがそのような驚くべき思いを、神は選んだ人の内に起こさせ、それを現実に実行に移す力をも同時に与えられたのである。

 へボンの乗った船の航海は、アメリカから大西洋、インド洋をわたり三ヵ月を要してシンガポールに着いたが、その間、船の激しい揺れや慣れない気候の中、長期の船旅によって長男は流産、次の子もシンガポールにて生まれたが短い命で死去、その後、中国の港町アモイにわたって宣教を開始、そこで一人の息子が生まれ、5年ほどを医療伝道に

て歩んだが、マラリアに夫端とも感染し、回復が難しいためやむなくアメリカに帰つた。そして、医者として広く知られるようになり、ニューヨークの大病院長となり, 豊かな生活を保障される身となったが、その間に生まれた三人の子供たちは、1歳~5歳という最もかわいい時期に相次いで失った。結局へボン夫妻はアジア伝道の途上やアメリカ帰国を経て日本伝道に出発するまで、じつに5人もの子供を失う悲劇を味わったのである。

 そのときの悲しみは弟のスレーターに究てた次の手紙からうかがえる。

 

…1855年8月1日

おお、スレーター君、私たちのこの深い悲しみ、私たちの

この予期しない淋しさをどう君に説明できようか。私たちはこの幼な子はきっと命をとりとめるとと思っていました。

神は無言であり、その愛はわが子や私たちには与えられなかったように見えても、神はすべてを転じて良きになしたもうことを信じています。どうかこの悲しい出来事が、祝福となりますように。

しかし、 こうした打撃を受けることは空しいことではありません。

ああ、私たちを神のところに導いてください。さらに私たちをキリストのようにしてください。

あの子は強い元気な子供だったが、残酷な病気と死に至らせる力は、 あまりにも強かった。

 しかし、勝利は神のみにある。幼な子は勝利した。彼はイエ

スの胸に抱かれて安全である。私の胸は張り裂けるほどだ。

 私に翼があったらどこか寂しいところへ飛んで行きたい。…このような思いが悪しき思いなら、 神よ赦したまえ。」(「ヘボンの手紙」有隣新書 1976年 2728頁)

 

 ヘボンが、日本に宣教師としてわたってくるまでに、中国伝道を志してじっさいに夫妻ともども中国にわたってきたが、病気のために4年後にはアメリカに帰り、眼科医として働くようになり、 そこで広く知られるようになり、大病院をも経営するようになっていた。しかし、 彼はそうした安定した生活に安住せず、その忙しい生活の中でも東洋へのキリスト教伝道ー今度はとくに日本への伝道の熱意が再びあつく燃え始め、そうした病院経営のすべてをなげうって病院も売却、それを伝道資金としたのだった。

 神は、 キリスト数が堅く禁じられてぃた日本伝道の困難に耐えるための、きびしい鍛練としてこのように5人もの子供を失う経験を与えたと考えられる。

 当時の日本は厳しい鎖国時代、キリスト教宣教の目的と知られるならば、捕らえられ処刑される状況にあり、そのような危険なところに出向くことに、キリスト教に熱心であった家族、とくに父親は猛反対をした。

 そのような強い反対の声にもかかわらず、ヘボンを呼び出した神(キリスト)の声は、止まることなく、 彼に語り続け、日本伝道を決断する力を与えられた。

そして、1859年の春4月、 日本に向ってアメリ力を出発した。一現在のような1日で日本に達するような時代とはかけ離れた状態であり、アメリカを出発してから、大西洋、南アフリカ、 インドを通ってようやく日本に達するという長大な航路であったので、半年もかかって10月にようやく横浜に到着した。

途中は、熱帯をも通過するゆえに、暑さや嵐, 天候異変に

よる苦しみ、長期にわたっての船旅ゆえの食事のかたよった内容などのために生じる健康状態の悪化…等々どんなことが起こりうるか分からない。

途中で健康を損ねたら、せっかくアジアについても危険な異国での伝道など到底できないことになる。

 しかも、そのころは、まだキリシタン禁教令があり、キリスト教を伝えるためということが幕府に知られるとただちにとらえられて処刑されるような厳しい時代であった。

 しかも、外国人が殺害されるという事件(*)も相次いで起こった。

 

*)生麦事件。1862年、現在の横浜市にある生麦村にて生じた。馬に乗って通行していた4人のイギリス人たちが、当時の薩摩藩主の父・島津久光の行列をよけようとしたが、言葉がわからず、行列が、道幅いっぱいでありよけられず、行列に入り

込んでしまったイギリス人を、武士が殺傷し1名死亡、2名重傷となり、そのことから後の薩英戦争となった。また、ハリスのオランダ語と英語通

訳をしていたヒュースケンも27歳の若さで暗殺された。

ヘボンは、そのような中、実際に命をねらわれたこともあり、夫人も肩をなぐられたりしたこともあった。そのような状況のなか、彼は、医者であったし、キリスト教をはっきりと持ちだすことは到底できないキリスト教禁止、迫害の時代であったゆえ、人々の心とつながりを持つ方法でもあった医療をとおして、キリストの愛を注ぐという形で福音を伝えていった。

彼が、日本に到達して2年程後に、開いた治療所は、彼がニューヨークという年で名声を博して大病院を経営するほどの名医であり、しかもキリストの愛によって治療にあたったゆえに、たちまち人々に知られるところとなった。

そして、大勢の人が遠くからも治療にくるようになり、1日で

120160人という患者が押し寄せるようになったという。

 それでは、朝から夜まで休む時間もなかっただろうと思われるほどである。開始から5ヶ月で、3500人もの患者を治療したという。その間には、眼球摘出を含めて目の手術を34回、脳水腫の手術5回、白内障、直腸炎、チフス等々の広範囲にわたる治療を行なったという。しかも、治療費は受けとらず、自分がニューヨークでの財産を売却した資金をもって充当したという。

 キリストの福音のために、全財産を用い、地位、名声を捨て、命がけで日本というはるかな遠い、しかも危険きわまりない国に渡り、こうした、日夜をとわず日本の人々に奉仕させたその力の根源は何であったろう。

それは、まさしく神の力、聖霊による支えにほかならなかっ

た。道なきところに道を開き、無から有を生み出す神の力に

よるものだった。

 そうして徐々に、日本人との関わりを深め、キリストの愛を人々に伝えていく過程で、ヘボンは聖書をぜひとも日本語に訳したいという熱望を持つようになっていた。

そのためには、日本語と英語の辞書が絶対的に必要であるが、それがまったくなかったのである。それゆえに、彼は、和英辞書を作るという道へと進んだ。

その延長上に、聖書を日本語に訳して日本人に提供するという大きな目的があった。

 そして、すべてにおいて困難をきわめる作業のなか、7年7カ月という歳月をついやして約3万語を収録する日本で初めての和英辞書が完成した。

 日本語をローマ字で日本語の見出しを書き、それにカタカナと漢字を添え、その語を英語で説明するというかたちであった。

このときに用いられた日本語をローマ字で表記する方法が、ヘボン式ローマ字といわれ、今日に至るまで広く用いられることになったのであった。

私たちは、例えば、し→shi

つ→tsu などと表記するヘボン式ローマ字をごく普通に用いているが、これは、ヘボンがキリストの福音を伝えるための不可欠のものとしての和英辞書作成のための手段から派生したものだったのである。

             (以下次号)

 


 

リストボタン罪ふかき世界にあって

                ー詩篇53

 

神を知らぬ者は心に言う「神などない」と。

人々は腐敗している。

忌むべき行いをする。善を行う者はいない。(2節)

神は天から人の子らを見渡し、探される

目覚めた人、神を求める人は

いないか、と。(3)

だれもかれも背き去った。

皆ともに、汚れている。

善を行う者はいない。ひとり

もいない。(4)

パンを食べるように私の民を食べ、

神を呼びもとめることもしない者よ。(5)

大いに恐れよ。

あなたに対して陣をしいた者の骨を

神はまき散らされた。(神の真理を攻撃しようとした者を

徹底して退けられた。)(6

どうか、イスラエルの救いが

シオンから起こるように。

神が御自分の民、捕われ人を連れ帰られるとき

ヤコブは喜び躍りイスラエルは喜び祝うであろう。(7)

----------

 この詩は個人の悩みや苦しみでなく、世界にさまざまな悪が蔓延しているという社会的な状況がいきなり書かれている。人々は腐敗していて、忌むべき行いをし、善を行う者はいない理由が、一番最初にある、神などないという考え方、あるいは信仰がないということが根本原因だと示されたのである。

 このような人間の本性の腐敗は、深く自分も含め一人一人の心の内をみると示されるし、人間とのかかわりのなかで、だれでもーたとえ表面的にはよい人のように見えていながら、意外な闇、人間的なもの、自己中心的な本質を抱えているという現実に思い知らされるーということはたいていの人が長い人生でいろいろと体験しているであろう。

パウロはその最も重要な福音の書たる手紙の初めの部分にこの詩篇を引用して、全人類が罪のもとにあることを記している。(ローマの信徒への手紙3の9~12)

 神がいないということは、完全な正義や真実がないということである。これらのことがないのであれば、ないものに向かって努力しても意味がない、不正をしなければ生きていけない、 悪いことも当然必要になるという考えになる。

それを罰する神もいないのだから。日本は信仰を持っても持たなくてもどちらでもいいという人が多いが、本当のところは、聖書でいう神をしっかり受け止めているかどうかということが、人間の腐敗やさまざまな間違った行動の一番奥深い原因なのである。

 表面的に知っていると言っても、本当に神様がおられるというのは、生きることはキリストだと言えるぐらいに、キリストが私たちの内に深く住んでくださってはじめて私たちは正しい方向に向かうことができる。3節からは、神様の目から見たときには、至る所で腐敗があり、真実に神様を求める人はいないという現実がある。

 表面だけ知っているように見

          

せかけて、宗教的な儀式は熱心にするが、中身は全く腐敗

しているということが、5節に暗示されている。

 そしてそのような宗教的腐敗だけでなく、この世の至るところに真実や正義の神を信ぜず、かえってそのような真実も愛などはないという人たちが多い。それゆえに、さまざまの不正や犯罪も生じている。

神の真理そのものやその真理を信じて生きようとする人たちを共同で攻撃して滅ぼそうということを考える人たちがいる。しかし、神は、そのような勢力を最終的には、退け、滅ぼされる。

 パンを食らうかのように私の民を食らいというのは、搾取するということで、当時の宗教的、政治的な指導者階層に対して言っている。民を神様のところに連れて行うとせずに、宗教的なことを利用して、民から様々なものを奪い取ろうとしている。

 本当の宗教的指導者は神様からいただいた霊的なものを人々に提供するのべきなのに、逆に奪い取っている。

 このような宗教的指導者たちの腐敗に対しては、イエスも非常に激しい調子で言われた。

「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしている」

          (マタイ二十一・12

 しかし、悪の誘惑に負けていたら必ず裁きがある。だから神を恐れるべきである。神様の真実や正義を踏みにじろうとした、神様に対して敵対した勢力を、時が来れば滅ぼされる。

 世の中に悪がひろがっているとき、みんなやってることなんだ、裁きなどないのだと思いがちである。しかし、どんな場合でも神はただ、神の時を待っているだけである。

 悪の蔓延するただ中において、神を恐れる人、それがこの詩を書いた人の心だった。

 この世の現状と神様の裁きの力を対比的に記したあとに、イスラエルの救いがどうか行われるようにという祈りがある、また、この詩が書かれたときは、民が遠いところに連れて行かれていたという状況があるのが分かる。

 しかし、イスラエルの民の救いが必ず起こるのだ、どんなに悪がたくさんあっても必ずそこから救われるのである。

 聖書の世界に触れないと、何事も投げやりになってしまう。詩篇はどんな状況であっても

押し流されない神を固く信じた人の心が書かれてあり、そしてそれは神が示されたゆえ

にそのような確信を持つことができたのである。

 悪のただ中であっても、救いを求め続けて、悪からの解放を信じて、そのときにこそ大いなる喜びがあると啓示されていた。

 この詩において、その初めの部分に、世界が不正、悪に包まれているという暗闇を記したこの詩の作者は、神からの啓示によってそのただなかで前途にゆるがぬ希望を持ち、信仰と希望、愛を持って終わっている。

 このような聖書的な視点がいつの時代にも必要とされ、迫害の厳しく長い闇の時代でも、必ずこの闇から解放されると信じ続ける人が絶えることがなかった。

 この地上でかなえられなくても、神の御国へ行ったときに、確かに喜び躍ることができる。

捕らわれ人を連れ帰るときーこれは、この世にて捕らわれたもののように自由がきかず、また罪深い者であっても、必ず御国へと連れ帰ってくださるときがあり、そのときには、キリストの栄光と同じように変えられ(フィリピ書3の21)、そこでこの詩の最後にあるように、「喜び踊り、祝う」ことが約束されている。

 


 

リストボタンことば

 

(402)神は天におられる。

この世にあって、すべてよし!

       (ブラウニングの詩より)

God's in his heaven,

all's right with the world !

 

 この言葉は、Anne of Green

Gables (「緑の壁のある家のアン」ー日本語訳名は赤毛のアン)の最後に引用されている。

 意味深い言葉ゆえに、いろいろと引用されることが多い。

聖書の真理が、この短い詩をも生み出したのであって、神がじっさいに天におられるゆえに、最終的にはすべてを転じて善きにされる。それは使徒パウロも強調している真理である。(ローマの信徒への手紙8の28)

 

(403)真理と間違い

真理と間違いが同一の源泉から出ていることは不思議であるが、確かである。

それゆえ、間違いをひどく取り扱うことは往々つつしむべきである。それは同時に真理を傷つけるからである。

   (ゲーテ全集第16巻534頁  全国書房版)

・これは意外な言葉である。真理と間違い(誤謬)はまったく異なると私たちは思うからである。

しかし、他方では、人間はすべて間違いだらけ、罪に満ちた存在である。もし間違い、罪を厳しく罰して排除していくなら、私たち自身もみなその誤りゆえに排除されていく。

人間の本質的な弱さ、それは真理に達するにもその間違いを犯し、経験して痛みや苦しみをとおらなければ達することができないのである。

キリストも毒麦のたとえで、似たようなことを言われている。

 

…人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。

 僕たちがきて、家の主人に言った、『ご主人様、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦がはえてきたのですか』。主人は、それは敵の仕業だと言った。

 僕たちが、行って抜き集めておきましょうか、と言うと、主人は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。

 収穫まで、両方とも育つままにしておけ。

 収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてれ、と言いつけよう』」。    (マタイ13の24~30より)

 主イエスは間違いや罪はもちろんそれを指摘され、ときには厳しい態度で臨まれる。

けれども、常に立ち返るものには赦しを与えてくださる。

そうすることによって、間違いから真理を芽生えさせようとしてくださっている。

 

 


リストボタン休憩室

 

〇3月中旬をすぎると、長く私たちの目に親しんできた宵の明星(金星)は夕方には西空低くなり、まもなく見えなくなります。

 それに対して、木星は、夜10時ころには、東空にその明るい光を輝かせて上ってきます。その木星のすぐ下方には、春の星座として知られている乙女座の一等星スピカが見えますし、その上方の橙色の明るい星、うしかい座の一等星アークトゥルスもよく目立つ輝きです。

 四季に応じてそれぞれ夜空には星々の輝き、配列の異なるものがその無限の遠い彼方からの光を送ってきて、私たちの心の深いところまで射し込みます。またとくに明るい金星や木星は、恒星とともに、私たちの目と心をも惹きつけるものをもっています。

 天を見よ、変ることなき光を、人間によって決して汚されることなき光を仰げ、と語りかけています。

 

 


リストボタンお知らせ

 

〇イースター特別集会

 今年の復活節(イースター)は、4月16日(日)です。

 開会は、いつもの1030分ではなく、午前10時からですのでご注意ください。

 会費500円(弁当代金)

 10時~午後2時まで。子供のための時間、賛美のひととき、聖書講話、証し、昼食と交流など。)参加申込は、左記の吉村まで。

 日本においても、日曜日が仕事を休む日となっているのは、キリストの復活が日曜日であったためで、その復活の記念をするための礼拝がなされるようになったために、日曜日が世界的に休みの日となったのです。

〇「いのちの水」のPDF版

 印刷された「いのちの水」誌とともに、PDFファイルの「いのちの水」誌をも合わせて送付希望の方には、お送りできますので、奥付の吉村まで連絡ください。

 以前から、一部の希望されている方々には、お送りしてきましたが、ほかにも希望者があるかとおもいますので書いておきます。

 最近はスマートホンが普及して、PDFファイルの形式ならば、「いのちの水」誌の印刷版と同じレイアウトのままで、スマホで自由にどこででも読むことができます。

(この送付については無料です。)

 

                       

 

リストボタン徳島聖書キリスト集会案内

・場所は、徳島市南田宮一丁目一の47  徳島市バス東田宮下車徒歩四分。

(一)主日礼拝 毎日曜午前1030分~(二)夕拝 第一火曜と第3火曜。夜7時30分から。

   毎月第四火曜日の夕拝は移動夕拝。(場所は、徳島市国府町いのちのさと作業所、吉野川市鴨島町の中川宅、
板野郡藍住町の奥住宅、徳島市城南町の熊井宅の4箇所を毎月場所を変えて開催)です。

・水曜集会…第二水曜日午後一時から集会場にて。

・北島集会…板野郡北島町の戸川宅(第2、第4月曜日午後一時より。
        北島夕拝は第二水曜日夜七時三十分より)

・天宝堂集会…徳島市応神町の天宝堂はり治療院(綱野宅)、毎月第2金曜日午後8時~。

・海陽集会、海部郡海陽町の讃美堂・数度宅 第二火曜日午前十時より)、

・いのちのさと集会…徳島市国府町(毎月第一木曜日午後七時三十分より「いのちのさと」作業所)、

・藍住集会…第二月曜日の午前十時より板野郡藍住町の美容サロン・ルカ(笠原宅)、

・小羊集会…徳島市南島田町の鈴木ハリ治療院にて。毎月第一月曜午後3時~。

・つゆ草集会…毎月第4日曜日午後一時半~。徳島大学病院8階個室での集まり。

・祈祷会が第一回金曜日午前1030分~。

・第四土曜日の午後二時からの手話と植物、聖書の会、問い合わせは左記へ。