いのちの水 20213  721 

私は復活であり、命である。私を信じるものは、死んでも生きる。生きていて私を信じる者はだれも決して死ぬことはない。(永遠の命を与えられる)このことを信じるか。(ヨハネ福音書112526

目次

・祈りの泉

愛は多くの罪を覆う

・光の露

勝浦 良明さんの思い出    石川 光子

勝浦さんの葬儀に         貝出久美子

お知らせと報告 二人の方 召される

    船井康弘兄、勝浦良明兄


リストボタン祈りの泉

 

 今回ほど多くの方々の真実な祈りを受けたことはなかった

 どなたが知らせてくださったのか分からないけれど、私自身は手術後も腹部全体やときには胃も痛みが強く、苦しい日々が続いて、夜もずっと眠られない状態だったけれど、その間でも、メールで折々に 祈っています、ということや〇〇さんやその集会の方々が祈っています…などと知らせてくださる方々があって、痛みや苦しい状態でも、祈りが送られているのを霊的に感じることが多かった。

 この一か月余りの入院期間にあって、どれほどの方々が真実な祈りをささげてくださったことだろう。

 いまから数千年も昔、神の霊を受けた人の詩が残されている。その作者は神の愛を深く知らされていたのがうかがえる。

 神は、信じる人の悲しみを、その涙を一つ一つたくわえておられる、神様のお心に記しておられるのだと、知っていたのである。

 

…あなたはわたしのさすらいを数えられました。わたしの涙をあなたの皮袋にたくわえてください。

              (詩編56の8)

 この「さすらい」と訳された原語(ヘブル語)は、ノード(nod)であり、この語の変化形は、兄弟を殺害するという大罪を犯したカインが、神から「お前は、さすらう者となる」(創世記4の12)と言われた個所に用いられている。

 しかし、この詩編の個所では、深い悲しみゆえの魂のさすらいであり、人そのものがこの世の嵐に揺さぶられてきたことを意味していると受けとられるために、次のようにカトリックの代表的な英訳では訳されている。

 

 あなたご自身は、私の悲しみの数々を数えてくださっている。

 あなたの皮袋に私の涙を集めてください。

 

You yourself have counted up my sorrows, collect my tears in your wineskin (NJB)

 

 この詩の作者は、神が自分の深い悲しみと、その悲しみゆえの魂のさすらいをすべて一つ一つ知ってくださっているということを信じていたからこそ、このように祈り、願うことができたのである。

 そのような受け止め方ゆえに次のように訳されているのもある。

 

 あなたは私のあらゆる悲しみを見守ってくださってきた。

あなたは、私のすべての涙をあなたの入れ物に集めてくださってきた。

You keep track of all my sorrows. You have collected all my tears in your bottle.  (NLT)

 こうした原語によってより細かなニュアンスを知ることができるが、これは神は、憐れみの神、慈しみの神であり、かつ真実な神である(出エジプト記34の6)と信じる者にとって、おのずから導かれることである。

 人の愛や約束はすぐに変質し、消えていく。 しかし、神の愛は、変わらない。それゆえに、私たちの深い悲しみで魂が揺れ動く、苦しみの人生であっても、その悲しみを一つ一つ数えてくださるーしかも、その悲しみの現れである涙を神のお心にたくわえてくださっているということを信じることができたのだった。

  真実な祈りは、神と人への愛から生まれ、その双方に向けられる。そして神の愛は消えることがないゆえに、そうした祈りの心はまた、神のお心の内に貯えられていると信じることができる。

 今回の病気の私に対して向けられた多くの方々からの真実な祈りが神の愛によって清められて我が内にとどまっているのを感じる。

 祈りもまた、たくわえられるものだと…。

 そして、それは一つの泉となる。


リストボタン愛は多くの罪を覆う

 

2021年2月9日 海陽集会でのメッセージから(これは、私が入院中で、ベッドにあって語ったことですが、ほぼそのまま教友によってテキストファイル化されたものを若干の修正と追加など加えたものです)

 

 今日は、ペテロ第一の手紙の4章の7節~11節の学びです。ここでは、次ぎのようなことが記されています。

①万物の終わりに関して

②互いに愛し合う、仕えあうことの意味

③それぞれの人にはそれぞれに賜物が与えられていること

④主の栄光

 

 これらのことについて、この順ではありませんが、現代の私たちに対するメッセージとは何か、ということを与えられたいと願っています。

 

… 万物の終わりが迫っている。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。

何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。

 愛は多くの罪を覆うからです。

 あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、その賜物を生かして互いに仕えなさい。

 語る者は、神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。奉仕をする人は、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。

 それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです。栄光と力とが、世々限りなく神にありますように、アーメン。(Ⅰペテロ4の7~11

 

それぞれの人に与えられている賜物

 まず、ペテロ第一の手紙の4章10節から見ますと、それぞれに賜物をいただいている。神様の恵みのよき管理者としてその賜物を活かして互いに仕えよということがいわれています。

 どんな人でも、今日参加しているそれぞれの方々一人一人が、この世界や宇宙で唯一のそれぞれに賜物を、顔形にしても体の中身全体にしてもみんな違う。

 その違う形で、これは植物の世界をみても非常によく分かります。葉っぱの一枚一枚から全部違うということですね。同じ大きな木の葉っぱ、数知れない葉っぱがありますが全部完全に同じというのは一つもない。

 それぐらい神様は一方では多様性を、無限の能力がありますので、雲の動き、今日も病院の窓から朝も非常に綺麗な、下弦の月からだいぶたって今は三日月状の、まだ夜明け前の暗い時に非常に赤くに三日月状に輝く月が見えておりました。次第に明るくなって青い綺麗な空です。その雲が様々な色合いを持って流れている。

 そういう無限の多様性というものを神様は至る所で起こされています。

 病気の方、生まれつき起き上がることもできない病身の方々もおられますが、そういう方々にまたそういう方がでなければできない務めを神様が委ねられているということを感じます。

 私自身大学卒業まで障害のある方々とはほとんど全く出会うことはなかったわけです。中学の時から典型的な受験を目指すような学校であったため、からだに障がいのある方々はおられなかったので、出会わなかったのです。

 しかし、キリスト者となり、高校教員となって、全日制高校勤務のとき、神様が特に夜間の高校に行くようにということを特に私に示され、校長に夜間定時制高校に転勤希望を出すだけでなく、特別な理由があって転勤希望する教員は、県の教育委員会に特別面接して希望を言うという制度を使って、強く希望して全日制高校から夜間の高校に移りました。

 その夜間高校は、非常に困難な問題ー暴力に荒れ果てた恐ろしいような学校だったのですが、そこから様々な経験を与えられ、私の以後の信仰生活においても深い体験となりました。

 その高校には、一般の高校に進学できないから、夜間高校に入ったという生徒から、すでに何年も前に中学卒業しているが、家庭事情から高校に進学できなかったので、仕事をしながら夜間の定時制高校に入学希望し、昼間は朝から仕事をし、終わってから夕方に夜間高校に出向いて夜の9時まで授業をうけ、それから帰宅して夕食、入浴、宿題、勉強…等々をこなすという相当に困難な生活を自発的に選んで入学してきた向学心の旺盛な人たちーその中には、過年度卒業でもう20歳を大分超えた方、ときには、50代、60代の方もおられました。

 他方、すでに述べたように、勉強でなく遊び仲間を求めて、学校で酒を飲んだり騒いだり、授業妨害をするために入ったような者までいたわけです。

 また、中にはどのような薬も合わず激しい発作を起こすてんかんの方がおられ、そこで初めて、階段から落ちて、泡を吹いたり、教室や廊下で何度となく倒れるそういう障害を持った養護学校から来た生徒さんもいました。

 そのような高校勤務を6年ほどしたとき、それまで全く接することもなかった、一人の全盲の方を大阪のある女性の歯科医の方から紹介されて、ともに聖書を学ぶように導かれました。

 その盲人女性のために点字をすぐに学ぼうと思って県立盲人センターに出入りしてたら、新たにもう一人、その盲人センターの図書担当の人から、私の自宅近くにある養護施設と養護学校が併設された学校で、全盲と足の障害がある二重障害の方のボランティアで点字教育をして欲しいということで依頼された。

 そういうことがあって盲学校へ神様が行くようにという促しを強く感じたので、盲学校に転勤希望を出し、更には2年前の「いのちの水」誌11月号にも書いたように、いろんな経緯からろう学校に転じて、聴覚障害者の方々の教育に初めて接することになりました。

 盲学校にも、ろう学校にも重複の障害ー知的障害、体の障害、聞こえないという障害、様々な方がおられて実に多様な障害を持った方々、そしてそのご家族の方々とも関わるようになって、そういう方から本当に様々なことを健常者から学べない、健常者の知ることのできない世界を知らされたわけです。

 そういうふうにいろんな障害をもった方々、私にそれぞれの方々が、様々な神様のなさり方を知らせてくれた。そういう方々から得難いものを学んだということなんですね。そういうこともあって集会には視覚障害や聴覚障害の方それから勝浦良明さんのような全身障害の重度の方もおられて、そういう方々が皆独自に我々の集会に様々なよきものを提供し続けてくださってきた。 

 それは我々の集会の方々は皆感じてることだろうと思います。そういうことで皆その病気や障がいなどで弱いなら弱いなりに、健康なら健康なりにいろんな賜物があるということ、それを生かして互いに仕え合うことの重要性を、集会に集う人は自然に知らされてきたわけです。

 

仕えるということ、互いに愛し合うこと

 イエス様は罪人のため、世の人に仕えるために来られたと、記されています。

 それは、昔の家来が主君の言うままに従うように、世の人の言うままに仕えて従うというような意味では決してなく、かえって世の人のまちがいをきびしく指摘し、つねに最善のものを与えようとされたのでした。傲慢な人にはきびしく言うことがその人にとって最善のことであるゆえにそのように語られ、また自分がどうしても正しい道、愛や真実の道を歩めない(罪を犯してしまう)と感じている人には、歩むための力と導きを与え、最終的には万人の根本問題である罪の赦し、罪からの解放と、死にうち勝つ復活の力、聖霊を与えることのために、みずから十字架にかかられて死んでくださったのでした。

 それは最もよきものを絶えず与えようとすることであって、この仕えるというイメージは日本ではあまり良くないですね。妻は夫に仕えろ、会社員も上司に仕えろとか言ったり、そういうことで言ったとおりにすることを連想してしまいます。

 奴隷が主人に仕えるとか言った感じですね。あまりよい感じないのない言葉ですけれども、 しかし、聖書的には、そのような意味とは大きく異なる意味で用いられていて、仕えるとは、相手に最もよきものを絶えず提供することが本当に仕えることだと。

 ですから誰しもできることは誰かの様々な状況をより詳しく知った上で、その人に神様の力、様々なよき力、あるいは大きな罪を犯した人にもその罪を赦す神の愛が分かるように、そして聖なる力と御言葉を与えられるようにと、そのように祈る力は、キリスト者すべてに与えられている最大の賜物です。

 互いに愛しあうとは、互いに祈り合うということと深く結びついています。

 主イエスも、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」 と言われましたが、その言葉は、愛と祈りが同じものであることを示しています。

 キリストの言われた「愛する」とは、好きになるということでは全くなくて、相手がいかに悪くてもその悪が除かれてよき心となるようにと祈る心であり、よき人、能力のある人に対してはそのよいところがさらに神の国のために用いられるようにと祈ることです。

 

万物の終わり、死へのそなえ

  そして、この7節から8節の「万物の終わりが迫っている」という切迫感をこの世代の信徒たちは皆持っておられたわけですね。時間というのも主の内にあれば千年も一日のごとしと、本当に主の霊に浸され時間や空間を超えると、こうしたオンラインによる集会も遠い距離、近くの人もおられますが、そうした時間空間を超えてどこか不思議な一つという霊的な一体感を与えられると、これは聖霊が働くとそのように距離とか年齢とか障害とか様々なことを超えて結びつけてくださることを思います。

 ですので、万物の終わり、これは最終的には神様の御計画で、私たち人間の普通の意味の科学的な考えや理性的考えでは、理解できないことです。

 言葉に限界があって「万物の終わり」というような私たちのあらゆる経験を超え、時間空間を超えたようなことは、到底私たちが使っている言葉では表せないわけです。

 言葉は、たいてい身のまわりのことーとくに目に見えることを表すのを中心としているのであって、例えば、美しい夕焼けの風景や、自然の奏でる大木の風にそよぐ音、台風のときの山々の樹木たちの奏でる壮大な音楽、高山に咲く特に美しい花々や、そこからの山々の広大な景観…等々、それらから受ける感動とかは、到底言葉では表現できないし、苦しみや悲しみにしても、その程度が深く死のうとするほどの気持ちなども、到底言葉には入りきらないのです。

 そのような身近なことであっても 言葉の限界が強く感じられるのですから、「世の終わり」「新しい天と地」などという、私たちの日常生活の言葉をはるかに越えている状況のことは、到底 言葉では表せないのは、当然のことです。

 人間の思いや目に見えるもの、そういったものに言葉が付いてるわけですが、人間の思いや目に見えることをはるかに超えている出来事なので、どんなに言葉で言ったってこの世の終わりなどというスケールの大きいことは、理性とか科学的考えなどでは分からないことです。

 ちょうど死後の世界というものがこうした目に見える言葉とか人間の思いや考えや理性や科学を超えているから死後の世界はどんな言葉でも表現できないのと同様です。

 復活のキリストそれを有限な言葉で言えば無限の愛とか清さとか力、そうした言葉で表現するしかない。でもその愛ということにしても、圧倒的多数は男女間の愛、親子の愛、友人の愛…そうした愛を思い出してしまう。しかし、神様の愛はそれらから無限に遠いわけですね。

  しかし、その無限に深く広い神様の愛のほんの一部を私たちキリスト者は実感をさせていただいたゆえに、キリスト者になったと言えます。

 普通一般の人にとっては、十字架のキリストとかいっても二千年も前の、よく絵に出てくる姿であり、現代の自分たちには、何の関係もないことだと圧倒的多数の人は思っています。

 けれども、キリスト者というのはあの十字架のイエス様が最も深い魂の内部に働きかける力であり愛であるということを実感した人だといえます。

 私たちにも、聖霊が与えられて、そのような無限の神の愛に触れるとき、時間を越える翼を与えられたようなもので、世の終わりというのが近づいていると感じる。

 個々の人間にとってこれに近いのは死ということですね。死ぬとその人にとっては一切のものがなくなる時ですかが、世の終わりには裁きがある、と主イエスも言われています。

 世の終わりでなくとも、個々の人が死ぬときには、次のようにやはり裁きを受けると記されています。

…なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならない。(Ⅱコリント5の10

…人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている…(ヘブル書9の27

 

 「身を慎んでよく祈れ」(Ⅰペテロ4の7)と書かれてありますが、身を慎む とはどういうことなのか、わかりにくい表現です。

 これは英訳の一つを見るとその意味に少しでも近づくのを感じます。 すなわち、keep mind calm sober。とあります。

 calmというのは静けさですね、心を静かに保ってそして祈りのために真剣であれということになります。身を慎む、一体どういうことが「身を慎む」であるのか、それは、絶えず静まって主を仰ぐ、そういう姿勢を意味しているわけですね。

 ですから、これは当然祈りということに繋がっている。私たちの基本的生活は絶えざる祈り、何を見ても、朝、美しい風景を見ても、青い空を見ても、喜ぶ人を見ても、悲しむ人を見ても、絶えずそこに祈りがなされるようにと神様は導かれているのを感じます。

 こうした病院にいても、多くの方々が、夜も眠れないで電気が点いているところがある、病室が開いているときにちらっと見えますが管を入れたままずっと不自由な生活をなさっている方々、特に今は面会禁止なので親族が来ても会うことも許されない、会ってお喋りしていたら万一来訪者、家族が感染させるといけないということで会わせて話すこともできない。  必要なものー衣類などを持って来たら看護師さんが、病室まで持って来てくれるということなんですね。

 そういうことでこれで信仰を持たない方々はいっそう孤独な思いをされていることであろうし、また、私も緊急入院、手術で、急を要する状態になっていたから、日赤病院に急きょ入れてもらったけれど個室も最初空いてなかったんですね。それを特別室に仮に入れてもらって2日後に個室が空いたからと、10日あまりいたけれど十分よくならない苦しい状態があって、こんなことで転院できるのかと思ったんですね。

 食事は10日ほど全くといってよいほどできなかったのでだんだん衰弱していって、足が震えるとか血圧がとても低くなる、膝から下部にかつて一度もなかった水がたまってぶよぶよになっているとか、歩くと頭の芯の部分に重い痛みを感じる…等々、ほかの症状まででてきたわけですね、これも、食事ができず、栄養が摂れなかったからだろう。

 それでも、転院することになったわけで、都会でありますと救急の者が入ろうとしてもいっぱいだ、あちこちたらい回しにされて私のような急性の者ですとそのまま放置されたら死んでしまうところであったということを言われましたが、今回のことで医療崩壊にでもなれば、突然私のような病状になった者は生きていけなかっただろうと実感させられたわけです。

 

愛は多くの罪を覆う

 愛が多くの罪を覆うと、誰の心にも、ふと心に留まる言葉だと思われます。

たしかに、最も多くの罪を覆ってそれが無きかのようにしてくださった、完全にいわば覆っていただいた、これはキリストの十字架だったわけですね。

 キリストが、十字架で私たちのために死んでくださったことによって、私たちの実に数しれないさまざまの罪が赦されるという驚くべき道が私たちに与えられました。

 たくさんの様々な愛が足りない、祈りが足りない、言うべきことでないことを言ってしまった、傷つけた、配慮が足りない、正しいことはちゃんと言えていない、あるいは自分の何となく傲慢さが出てしまったとか、家族に対しても、親族、集会関係の方々に対して、あるいは私であればかつて教えた生徒さんたち…どこをふりかえっても数々の罪を犯してきたのを感じます。

 それを全部、あたかも罪なきように覆ってくださる、そして消してくださり、赦してくださる、本当にキリストの愛は数えきれない深い罪を覆ってくださって、あたかも無きかのように扱ってくださると思います。

 そういう愛を少しなりともいただくと、他者の罪を知ってもそれを取り出して他者に告げ口したりしないで、その罪がどうか神様によって赦され、その人が神様に立ち帰るようにという気持ちで見つめますと、その人の罪を覆うことになる。

 そして、また、祈る側の者にとっても自分の罪が、どこかそういう真実な気持ちで祈ると自分の罪をどこか洗われていくような気がする。

 神様の愛というのは不思議な力があって、ほかの手段ではいかなることをしてもどうすることもできないけれども、内部の霊的な部分まで不思議な覆う力がある。

 反対に憎しみ妬みは罪の力を余計に掘り出してしまうとサタンが喜ぶと、誰かの悪いところを取り出して他者に言ったりすると自分の心も裁きを受けて汚れていく。取り出された人はまたそれを誰某がそう言っていた、そういう悪口みたいなことをやるといっそうその人の心は新たな憎しみや怒りや悲しみになると。

 罪というものは愛をもって覆う、赦すとかその人の悪い心が清められるようにとの祈りがなかったら、罪を取り出すとかえってサタンが喜ぶということを思わされます。

 この「愛は覆う、罪を覆う」ということの重要性は、はるか昔、あのノアの記事に既に現れています。それは創世記ですね。ノアが救われた。箱舟に乗って救われたその後の記事です。

 ノアのように特別に神に恵みを受けて救われた人であっても、農夫となりぶどう畑を作って生活が安定した時に、ノアはぶどう酒を飲んで酔っ払ってテントの中で裸になって寝ていた。

 その息子の内ハムは自分の父のノアの裸を見て外にいた二人の兄弟に告げた。兄弟の内、セムとヤフェトは着物を持って自分達の肩に掛け、後ろ向きになって歩いて行って父の裸を覆った。二人は顔を背けたまま父の裸を見なかった。(創世記の9の18~)

 ここには、人間の心の中で起こることがよく表れていると思います。誰かの悪い所を人に向かっていろいろと告げるというサタン的なこと、自分も告げられた人も、聞いた人も皆が悪いものを受ける。

 ところがこういうあえて知りながらもその罪を覆おうする、そこにキリスト様の大いなる十字架の皆の罪を覆ってくださるということのいわば予言的な行動です。

 セムの神、主をたたえよ。カナンはセムの奴隷となれ。カナンの父ハムからカナンが産まれてこのような罪を暴こうとするような愛の無き態度は何者かの奴隷となるということの象徴だと思います。

 サタンの奴隷になる。このセム族というのは後のイスラエル民族に繋がることで、セム族が祝福されたものになるという、神の民になったと、そういう非常に大きなことに繋がるということが暗示されています。

 この世は様々な罪、悪、汚れに満ちているけれども、それを単に嫌ったり、嫌悪感を持ったりするだけでなくて、それを覆う、神様の愛を受けるとそういう汚れたところに神様の聖霊が、聖なる風が、命の水が流れるようにと、今賛美した「あまつましみず」の歌(讃美歌二一七)にありますが、そのような心で祈りの心を持つとそうした様々な種類の汚れを覆うことになるということを思います。

 そう言う意味で、愛は多くの罪を覆う。(*

 

*)「覆う」の原語(ギリシャ語)は、カリュプトー。聖書に黙示録という名の書がある。それはギリシャ語では、アポカリュプシスで、アポ:外す+カリュプトー:覆う なので、「覆いを外す」すなわち覆いをはずして見えたこと、聞くことができたことを記した書という意味。原語には「黙する」という意味はないので、「黙示録」というより、「啓示録」(啓いて示す)と訳すのが本来の意味を伝えている。「黙示録」は、英語では Revelationですが、これも reveil であり、ベールを外す、覆いを取るという意味。

 

 愛は全ての罪にベールを掛けて、あたかも無きようにしてくださる。愛というと普通は優しくしてくれ苦しい時に励ましてくださると、そういうことだけは誰でも分かりますけれど、人間の持っている非常に忌まわしいことや悪いこと、汚いこと、そういったものを覆う力があるなどということは、普通の愛というイメージでは思いも浮かばないようなことではないかと思います。

 

栄光ということ

…すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光を受けるためであり、栄光と力は永遠に神にある。(Ⅰペテロ4の11

 

 私自身が、神様が、イエス様が、さまざまの罪を覆ってくださったということを感じます。そしてこういうことは全て最終的には神が栄光を受けるため、これは神様がなさっているのだと、様々な祈り合い、愛し合いは、愛を持って他者の罪、いろんな人の罪を覆う祈り、そういうことによって神が栄光を受ける。

 特定の誰かが偉いのではなくて、そういう良きことをさせている背後にある神様の力があの人に現れていると、そういうことで周囲の人が神に目を注ぐようになる。

 神こそが愛や真実の源なんだと、そういうふうに神様の大いなる力、それも主の栄光といってるわけですけれどそういうところに目を注ぐようになるためだと。

 栄光と力は世々限りなく主に…これは、強調されている言葉なんですね。永遠から永遠へと、英語でいえば、glory and power for ever and everということになります。

To him belong the glory and the power forever and ever. Amen.

 

 これは祈りでもありますが、事実そのものを言っていると受けとることもできます。栄光と力は永遠から永遠に神様のものだ、神様に属する。

 この栄光という言葉を繰り返し言いましたが、これは日本語では栄の光、光の側面しか漢字からは思い浮かばないことが多いと思われます。しかし、最初に言いましたように、神の栄光、キリストの栄光とは、愛であり、命であり、自由であり、いろんなものを含んだ意味なんですね。それは、次のヨハネ福音書の冒頭の個所からもうかがえます。

 …言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。

わたしたちはその栄光を見た。

それは父のひとり子としての栄光であって、恵みと真実とに満ちていた。

            (ヨハネ1の14

 この個所は、ヨハネ福音書の最初に記されていることで、とくにヨハネ福音書全体のメッセージを要約したものであり、とくに重要な個所です。

 それは、イエス様の本質を表しているゆえに、このようにヨハネ福音書の第1章で出ています。ロゴスとして世に生まれる前のキリストを永遠の神と同じ存在、ロゴスという言葉で表現されています。ロゴスが肉体を持って人間として来られて、特に最初はイスラエルの人たちに宿った。

 そして私たちはその栄光を見た。その栄光とはたった一人独自の神の子として神と同じものとしての栄光で、恵みと真実に満ちていた。真実の原語は、アレーセイア。

 日本語で真理というと 今日では、科学的な真理、学問的イメージが強いですが、このアレーセイアというギリシア語は両方を包括した意味なんですね、ですから、この栄光というのは、ここでは単なる輝きというよりも、愛、罪を赦す大いなる恵み、そしてまた限りない神の真実を意味しています。

 人間はそういう罪を赦す愛などどこにも持っていない。罪だらけの存在だから本質的にそれはできない。人間は決してできない、科学技術もいかに発達しようとも罪の赦しなどは全くできない。

 そういう大いなる愛、慈しみ深いキリストの本質が、キリストの栄光 という言葉で表現されています。

 キリスト者となったとき以来、私たちもこのキリストの栄光ーその計り知れない恵み、愛、赦しの愛、恵みと真実、完全な愛をもっておられるお方として信じ、じっさいにそのような神の愛の一部を注がれてきたわけです。

 それは、人間世界や科学技術などでは到底与えることのできないものであるのはそれを経験してきた人ならば、直感的にはっきりとわかることです。

 栄光というのはそういう意味をもってヨハネ福音書で最初に書かれているということです。そういうキリストの栄光を私たちも受け、「求めよ、さらば与えられる」という約束の言葉にしたがって与えられています。

 神様の愛の、そのほんの僅かであっても、神様の栄光ー神の真実、愛は、海のごとき、無限にありますので、私たちはほんの小さなしずくのようなものを受けても、ほかのいかなる手段でも与えられない不思議な力を感じて、この信仰を続けられてきたわけです。

 さらに、神様のそういう意味の栄光をいただいて、それを少しずつでも他者にも分かち与えることができたらと願っています。以上です。

 


リストボタン光の露

 

 人間のあるべき姿とはどういう状態になっていくことなのか、それについては、次のように記されています。

 

…わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を反映しつつ、主の霊(聖霊)の働きによって、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていく。(Ⅱコリント3の18

 

 主の栄光、それは愛の光、命の光です。私たちの信仰がより清められていくときには、顔の覆いが取り外されて、鏡のように主イエスの栄光を周囲に反射するようになるというのです。

 たしかに、キリストへの信仰を長く続けている人は、どこか違ってくるーと感じます。

 私が大学4年の6月に、初めて、キリスト教の集まり(内村鑑三の流れを汲む無教会と言われてきた集まり)に参加したとき、そこでの長時間の聖書講義 というものには、あまりにも、創世記の細かな出典(資料)の説明があって、全く初めてキリスト教の集会に参加した私にとっては、関心が持てなかったし、心に残らなかったのです。

 しかし、大学の卒業研究と家庭教師のアルバイトでとても時間が取れない状況にあって、少し続けて参加してみようという気持ちにさせたのは、老年の何人かのご婦人たちの表情やその態度、言葉遣いやその人全体からかもしだされる雰囲気が、私がそれまであってどのような老年女性とは異なるものをはっきりと感じたからでした。

 それと、集会で讃美されていた讃美歌のメロディー、ハーモニィ 、歌い方…といったものがまた、それまで聞いたどのような歌声とも異なる、天からの響きのようなものとして心に深くとどまったのを覚えています。

 そしてその北白川集会に加わるきっかけとなったのは、その少し前に聞きにいったキリスト教の講演会にて「静かなる細き声」という主題で語られた講師のその聖句が不思議なほどに私の魂の深いところにとどまり、直接にお話しを…と思って、二日後その講師であった富田和久氏(京大理学部教授)の研究室まで連絡先もせずに訪問しました。

 その先生は、研究活動の仕事中であったにもかかわらず、とても丁寧な対応をしてくださった。

 そのときの表情、まなざしに独特の温かみ、真実さが感じられたのを それから54年を経た現在でも思いだします。

 それこそが、この聖句で言われている、キリストの栄光を反映している姿だったのです。

 そしてそのような方々は、本人が実感するかどうかでなく、聖霊がその人たちの魂を次第次第にキリストの栄光ー愛と命ーに満ちたものとして変えていきつつあったのだと思います。

 

 このことに関連して、その「主の栄光」という言葉をテーマとした賛美、今歌っていただいた、「シャイン・ジーザス・シャイン」(Shine Jesus Shine)には、いまも忘れられないことがあります。

 これは、「イエス様、輝いてください!」という賛美ですが、以前ニュージーランドに行く機会があって、そこの教会とか、実際に教会の牧師さんといろいろお話をしたり、何時間にもわたっていろんな事を聴くことなどの経験が与えられました。

 ある日の夜に、一人の信徒の家にて、その家にあるピアノを使って、教会のピアニストの男性の方がこれを壮麗な演奏で、夜であっても住宅が隣と離れてるということで、ピアノ演奏も大きな魂に響いてくるようなものでした。

 英語歌詞のままでこの歌を周囲の人とともに大きな声で歌ったことを今でも折々に思い出します。

 それは、ずっと前ですけれどもその印象が強く残っているんですね。外国であって、しかも初対面であっても、賛美によって一つになるというのを実感したのです。

 イエス様の栄光と、イエス様の愛の光が輝くようにと祈りを込めて大きな声で精一杯、生のピアノ伴奏で非常に低い音から高い音まで縦横無尽に弾くというようなピアノの達者な男性の方だったのを今も覚えています。

 一つの賛美も、時と状況において深く残るものだと感じているところです。この歌詞にあるように「主の栄光」という言葉の最も深い意味は、それが「愛の光」だということです。

 

Lord  the light of Your love is  shining (主よ、あなたの愛の光は輝いている)

In the midst of the darkness,shining (闇のただ中に輝いている)

Jesus,Light of the world,shine upon us (世の光なるイエス様、私たちの上に輝いて下さい)

 

Set us free by the truth You now bring us( 私たちに今あなたがもたらして下さるその真理によって 私たちを自由にしてください。)

Shine on me  私たちの上に輝いて下さい Shine on me

 

 ところがこの「栄光」という言葉は、金メダルの栄光に輝く、連続ホームラン王の栄光に輝くといったいろんなこの世でのとても目立つこと、世間で大きく報道されるようなことに使うわけですね。

 しかし、聖書における主の栄光とは、光という部分もありますけれども、本質的な意味は この漢字表現ではとても表せない広くて深い意味を持っています。

 それは、愛を持った光であり、闇を照らす光ーそれは人の精神的な闇を照らす光であるゆえに、命そのものである。しかも自由を与える力でもある、そして心を燃やすものでもある、言い換えると、罪にしばられた闇を赦しによって除き去る命の光、そうした全体が主の栄光ということです。

 このような主の栄光が私たちの上に輝いている、そのことは、すでに主イエスより五百年以上前から、預言されていたことにも驚かされます。

 

…あなたの死者は生き返り、死んだ者も立ち上がる。

死んで、砂塵のなかに埋もれたようになった者たちよ、目を覚ませ、喜び歌え。

 あなたの露は光の露。

 その露を受けた大地は潤い、死者の霊に命を与えるようになる。(イザヤ書2619より)

 祖国が、外国の大軍の攻撃を受けて多くが死傷し、町々は荒廃し、あるいは人々は遠い外国へと捕らわれ行き、逃げ去ったりして、もはや回復不能とみなされるほどになってしまったが、それでもなお、そこに神はその全能と愛の力を注いで、光を与え、同時に命を与えられるゆえに、「光の露」と言われています。

 このことは、イザヤからはるかに二千七百年ほども後の時代の我々においても、変わらぬ真理として響いています。

 いかに罪や病気、あるいは戦争や自然災害等々で、打ちのめされ、滅びさっていくような弱き者と見える者の上にも、今も「光の露」というべきものが注がれています。

 聖書の記された地域は、乾燥地帯であって、砂漠が近隣に広がっています。そのようなところでは、昼間は太陽の灼熱により、しおれ枯れてしまうほどであるが、そこに夜間の低温によって露が多量に生じ、それが植物をうるおすようになります。

 私たちも、この世にあってはさまざまの問題によって枯れてしまいそうになることがあります。

 しかし、そうした我々の魂の上にも光の露が注がれて、新たな命を与えられるようになっているといえます。

 このような不滅の回復力が与えられるということを、神からの直接の啓示によって知らされて、その真理をゆるがぬ確信をもって告げた預言者、そのような真理の深い洞察を与えられた人が存在していたことに、驚かされます。

 さらに、二月号でも引用した次の聖句にも、主の栄光、命の光、愛の光がすでに輝いていることが、やはり神からの啓示として記されています。

…起きよ、あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから

見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。

しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、

主の栄光があなたの上にあらわれる。(イザヤ書60の1~2)

 イザヤという預言者は、他国からの侵略、戦い、破壊、多くの死傷者…という闇のただなかにあって、主の栄光が昇ったのをはっきりと見たのです。

 それは、思想とか、哲学とか、あるいは研究や経験とかでなく、それら一切を超えた神からの直接の啓示であったわけです。

 これは聖書の巻頭にある、闇と空虚のただなかに、神の言葉ー光あれ! というひと言によってそこに光が存在するようになった、ということもこのイザヤ書と同じことを言っています。

 主の栄光は、人の魂を照らし、その雰囲気まで変えていく。そしてさらにそこから主の栄光が鏡のように、反射されて周囲にも及ぶ。そのような主の栄光が、二千年前のキリストの降誕以来、この世界のあらゆるところに射しているーということを示しています。

 科学技術や学問、大学教育や各種の研究機関などがいかに発達しようとも、人間の魂の闇に光をもたらすことはできないのは現代の日本や世界の政治や、貧困、紛争、対立などの状況を知るほどに明らかなことです。

 私たちは最終的には一人になってしまいます。病気重くなり、老齢となり、何もできなくなって死に至るーしかしそのような闇が確実に迫る状況になっても、なお、その闇を静かに、しかも力強く照らしてくださる愛の光がある!

 そうした不滅の存在を目に見えるもので象徴的に表すものが、夜空の星の光です。いかに地上の混乱や雲が厚くかかっていても必ずその背後には、清い星の光が地上にそそがれています。

 その深い霊的な意味ゆえに、不世出の詩人とまで言われるダンテが、彼の畢生の大作「神曲」の地獄篇、煉獄篇、天国編の最後に stelle (イタリア語の星 stella の複数形) という言葉で終わっているのです。

 本人が意識がはっきりしないようになるほど弱ってきても、なお、見放すことなく照らしている光が存在するーこのことは、大いなる福音であり、喜びの知らせです。

 


 

勝浦良明さんの思い出                  石川光子

 2月21日に、突然に召された勝浦さんのことですが、コロナが収束すれば会いに行こうと思っていただけに、また徳島大学病院へ行けばいつでも会えると思っていた存在であったので心にぽっかりと穴の空いた状態です。

 十年ほど前には月に何回か装具をつけて構内の散歩も可能でしたのにそれもできなくなり、病室の中そのものが人生の全てでした。

 それでも深く神さまとつながり、沢山の信仰の友と交わり狭い一室であったけど寬い世界でした。

 早くから天国を見つめ、毎日を大切に生きたと思われます。

 主人(*)が「車椅子友の会」で勝浦さんと知り合い個人的に家に招かれたりのつき合いから後に私も勝浦さんを知ることとなりました。

* 編者注)石川正晴氏で「いのちのさと」作業所代表。

 あるとき、勝浦さんの病室に行くと、それまで全く関心のなかったはずのキリスト教関係の本があったので、星野富弘さんの本を差し上げました。

 しかし、当時の勝浦さんは心が暗くその本は読む気がしなかったようで、介護をされていたお母様が読んでよかったといって下さいました。

 お母様は希望の見えない日々を過ごしておられたので、私が介護の大変さを思ってことばをお掛けしても、それ以上何も励ますことのできなかった事を覚えています。

 そんな勝浦さんは障がい者のツールとしてパソコンの便利さを知っていました。でもその頃は周りにパソコンの知識を持っている人が少なかったのと同時に神さまのことをもっと深く教えて下さる方を紹介して、それによって光を見いだして欲しいと思いました。

 そうした時に、徳島聖書キリスト集会代表の吉村さんのことを思いだしていましたが、吉村さんはお忙しい身であったので、私はなかなか言い出せませんでした。

 その頃、私は足に怪我をして一ヶ月余り自宅療養していたので時間がたっぷりあったので思いきって吉村さんに勝浦さんのことをお便りし、勝浦さんのことをお願いした訳です。

 私が怪我をしたことから、吉村さんに勝浦さんのことを知らせることになり、これが怪我の功名でしょうか…。いえ神さまのお導きですね。

 吉村さんはすぐに会いに行って下さり、… その後は勝浦さんは、聖書やキリスト教のことに関しての関心と知識を深め、いろいろな集会関係の方々との関わりが与えられ、讃美歌のデータ作成にエネルギーを注ぎだすなど、さまざまの平安へ

の道を得られ、そのご愛労感謝です。

 勝浦さんの所を訪ねると、明るく話題豊富でいつも笑顔の嵯峨山和代さん(長い歳月を勝浦さんの介護で過ごされた)、やさしいお母様、そして自分のことより私達夫婦が運営しているいのちのさと作業所のことや利用者さんのことなど、勝浦さんが気にかけていろいろと尋ねてくれました。

 勝浦さんを見舞うことより慰められる事の多い私達でした。

 勝浦さんは今は苦しみのない神さまのみ国で憩っておられる事を思います。

 病室を訪ねると賛美歌をデータ化されていた姿が昨日のように思い浮かびます。

 ご子息を二人も見送ることとなったお母さまの悲しみ、長年付き添って介護された嵯峨山さんのことを思わされます。

 

 

リストボタン勝浦さんの葬儀に

               貝出久美子

(徳島聖書キリスト集会員、元徳島大学病院看護師)

 

 勝浦さんとの長い間の主にある交流を、神様が与えてくださったことを心から主に感謝します。

 浦さんに会いに行くと「おう、来たか」という温厚な笑顔をいつも向けて下さり

 わたしは、どれだけ、自分の悩みや困りごと、またうれしかったことなど聞いてもらったかわかりません。

 勝浦さんと話をしているときには、そこに何か温かい風が吹いていました。

 イエス様を信じているぬくもりの風です。

 賛美の曲のパソコン入力による受けた恵みははかり知ることができません。

 しかし、それ以上に、想像もできないほどの病の中で、なお回りに温かい風を送り続けてくれた、その力を思う時、イエス様の愛と慈しみをあらためて思わされます。

 想像できない厳しい幻肢痛で、痛み止めも聞かない時、勝浦さんはじっとイエス様の十字架の苦しみを思われていました。

 それは、同じ痛みを知らないものには捧げることのできない祈りだったと思います。

 勝浦さんのいのちを受け取り、残されたわたしたちは勝浦さんを心に覚えて、勝浦さんから吹いていた温かい主イエスの風を、まわりに届けるものであれたらと願います。

 


リストボタンお知らせと報告

 

私たちの長い間の集会員であり、信仰の兄弟であった方々が召されました。

〇船井康弘兄

 2021年2月16日

 博愛記念病院にて召されました。97歳

 私が入院中で外出禁止、かつコロナのため、ご遺族だけでの家族葬となりました。後日、コロナの感染の危険性がほぼなくなったころに集会場で記念会をすることになりました。

 船井兄は、県立三好病院長や、香川県の国立病院機構香川小児病院長などをされた後は、高齢でしたが車で日曜日の礼拝には折々に参加されるようになっていました。

 しかし、怪我のために病院に移られてもお元気に過ごされ、去年に病院にお訪ねしたときは、漢詩の勉強会に参加していると言われ、漢詩でキリスト教のことを歌ったものが一つもないから作ったと言われて幾つかをみせてくださいました。そのように向学心の強い方でした。

  奥様の船井万亀子姉は、戦後間もないときからの信徒で、徳島聖書キリスト集会に最も古くから参加しておられた方の一人でしたが、6年前の2月に召され、徳島聖書キリスト集会の主催で葬儀を行いましたが、その最後の遺族代表の言葉で、たくさんの葬儀参加者を前にして、船井兄が次のように言われたのが印象に残っています。

「…私は今まで宗教はみな愛が目的だから、どの宗教でもよいと思っていた。しかし、近年は折々に妻とともに徳島聖書キリスト集会にクリスマス集会や復活節の特別集会に参加したり、妻のことを思うにつけ、以後はやはり妻の歩んだキリスト教の道を歩むことに決心しました…。」

 

〇勝浦 良明兄

2月21日に長い闘病生活を終えて、徳島大学病院にて召されました。

 葬儀は、本人の生前からの希望により、吉村孝雄が担当することになっていました。コロナのことと、私が入院中であったのでしたが、オンラインでの開催を希望されて、御言葉からのメッセージと賛美、祈りなどは私が行なう形となり、ご家族だけの家族葬として行なわれました。

 今月号には、勝浦兄、そして徳島聖書キリスト集会との関わりが生まれるもとになった石川光子姉の文と、勝浦さんが入院していたのと同じ大学病院の看護師であったために、私が集会員に勝浦さんのことを紹介して以来、とくに最初のころは毎日のように勝浦兄の病室を訪ねて勝浦さんと介護の嵯峨山和代さんとの交流を深めてお二人の信仰の前進にも関わっていただいた貝出久美子姉のオンライン葬儀のときの集会員からのひと言ということで読み上げたものです。

 次号には、勝浦さんご自身が「野の花」文集に書かれた文をいくつか掲載予定です。

 

〇私の病気ー絞扼性(こうやくせい)イレウスーのための入院、手術に対して多くの方々の真実なお祈りを心より感謝です。

 また、妻も私が入院中の2月中旬過ぎのころから食事がわずかしかできなくなり、痩せていき起きるのが難しいほどになってきて、そのことでも新たな困難があり、さらにご心配、お祈りをしていただくことになりました。幸いその後少しずつよくなって感謝です。なかなかお返事もできず、申し訳なく思っています。おゆるしください。

〇今月号はとくに妻の病気のことも重なって、十分な時間をとることができず、校正もできなかったので ミスや重複もあると思われますが、そうした個所あればお知らせくだされば幸いです。