200210月 第501号・内容・もくじ

リストボタン神の言葉

リストボタン天における大いなる喜び

リストボタン一つになること

リストボタン娘よ、起きなさい

リストボタンベートーベンの喜びの歌

リストボタンことば

リストボタン返舟だより



st07_m2.gif神の言葉

 私たちが最も必要としている言葉は、人間の言葉でない。人間を越えた存在から語りかけられる言葉である。だれでも高い山に歩けば心がすがすがしい気持ちになる。眼前に広がる海の雄大な波音を前にしても心は清められるような感じがする。
 それはそれらの自然を通して、その自然を創造した神からの私たちへの言葉が伝わってくるからである。山々の力強い連なりや、渓流の水の流れや、野草や木々のたたずまい、波音も、風の音、真っ白な波の寄せる姿や、青い海原や大空、白い雲などもみな、一種の神からの言葉だからである。
 しかし、神の言葉は決してそれだけでない。私たちの理性によって理解できる神の言葉がある。

「心に何も高ぶりとか誇るものをもたない人たち、
すなわち心の貧しい者、悲しむ者が幸いだ。
その悲しみのなかから神を仰ぐときには、
神によって力づけられ、慰められる。
その人たちには、神の国が与えられるのだから」(マタイ福音書五より)

 このような言葉は、風の音をいくら聞いていても与えられることはない。私は台風の近づいている風の強い日には、しばしば裏の山に登る。そこで聞き取る木々の風音はからだ全体に力が注がれるような不思議な感動を与えられることが多いからである。
 にもかかわらず、さきほどのような真の幸いについての言葉とか、罪の赦しが十字架のキリストを仰ぐことによって与えられるといった経験は、そうした自然との交わりだけでは与えられない。それには、やはり理性で受け止める言葉によって語られなければならないのである。
 聖書はそのためにある。聖書を詳しく、深く学ぶにつれてそれは世のあらゆるベストセラーとかマスコミなどで話題になる人物の言葉と全く異なる内容を持っているのに気付かされていく。学ばないときには、わからない。浅い理解のままになる。
 確かに聖書は単に信ずべき書物にとどまらず、学ぶべき書物なのである。そこから泉のように真理が私たちの心に届いてくる。そのように聖書の言葉の意味の深さを学ぶとき、自然のさまざまの風物から与えられる神の言葉もいっそう私たちの心に深く入ってくる。
 そうしてそれがまた、書かれた神の言葉である聖書の意味をいっそう深めるということになり、聖書と自然はたがいに働き合って神の言葉をより深く知らせてくれるのである。

 


st07_m2.gif天における大いなる喜び

 人間が最も喜ぶときとは、人から認められたとき、それは有名になったり、賞をもらったり、欲しいものが与えられたとき、または気の合った友人との交わり、好きな飲食をするとき…などなど多様なものがあるだろう。
 それなら神が最も喜ばれるときというのはどういう時なのであろうか。

このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない(と思いこんでいる)九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」
言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。…
(ルカ福音書十五章より)

 天において喜びがわき起こるのは、たった一人でも心から悔い改めて神に立ち返るときであるという。そのようなことに最も深い喜びがあるなどと、ふつうは考えたこともない人が多数であろう。
 私たちは、自分たちの小さな喜びばかりに目を取られて、私たちすべてを支配されている神のいます天においてどんなときに大いなる喜びがわき起こるだろうかなどとあまり考えたことがないのではないだろうか。 
 この世には、神に祝福された喜びと、単なる自分本位の喜びや楽しみがある。飲食の楽しみは一人でも味わえる。あるいは、数人の仲間との飲食も楽しいだろう。しかしこれも健康を損なうとたちまちそのような楽しみは消えていく。飲食自体ができないほどに病気も重くなることがある。
 さらに、楽しみや喜びは悪いことをしても生じる。人を困らせておいて楽しみを感じるとか、または禁じられたことをして楽しむとか喜ぶなどということも多く見られる。
 しかし、そうしたことと全く異なる喜びがある。
 それがここで言われている、たった一人の罪人が悔い改めて、神に立ち返ることである。私たちが神のお心を与えられるならば、このことがどんなに深くて清い喜びであるかがわかってくる。
 新聞やテレビでは、能力のある者がもてはやされ、優勝とかで最大の喜びがあるかのように書いている。オリンピックとかサッカー、野球、相撲など新聞でも大々的に取り扱われている。例えばサッカーのように、一個のボールを相手のゴールに蹴って入れたということがどうしてそんな新聞で一面トップで写真入りで掲載する必要があるのか、じつに不可解である。
 それは正義とか愛、真実といったこととはまるで関係のないことである。もともと長い人間の歴史においては、大多数の人々は広いグラウンドでボールを追って遊ぶというような余裕は全くなかった。一日中仕事に追われていた。朝暗いうちから、夕方暗くなるまでまで働いても飢え死ぬことすらある状況が身近にあった。
 時間のあるときに近くの広場でそうしたスポーツをして、心身のさわやかさを経験し、楽しみを持つということが本来であって、あのように世界的大事件のように書き立てることはもっともっと重要なことがあるのにそこから目をそらしてしまうことになる。
 高校の野球部など、毎日数時間も一年中やっているところもある。そのような膨大な時間を単に、ボールを一本の棒で打つことと、それを追ってとらえるという単純なことに費やしてどれほどの精神的な成長があるだろうか。こうした贅沢な時間の使い方は、日本のような豊かな国であるからできるのであって、食物もまともになく、飢えで苦しむ無数の人々、子供のときから一日中働かねばならないような人々にとっては、スポーツで毎日何時間も費やすというのは考えられない贅沢とうつるだろう。
 若者はそうしたことより、本来は、田畑を耕し、自分で作物を育てたり、国立の施設を作ってそこでさまざまの障害者や病の人たちへの介助などの仕事に従事するとか、外国の貧しい国々で働いたりする経験を重ねることがずっと有益だと思われる。
 聖書はスポーツ世界の楽しみや喜びとは本質的に異なる世界の喜びを告げている。そうした喜びとか楽しみは、強い者が中心である。弱い者は、見下され無視され退場するだけである。
 しかし、聖書の世界では、弱い者、この世から見下された者、はみ出したもの、迷い込んでどうにもならなくなった者、うずくまってしまった者を中心にしている。そうした者が神の愛を知って悔い改めるときに、その当事者も深い喜びが与えられ、それが神の御心にかなっていることであるから、最大の喜びが天にある、神はそうした者が悔い改めることが最大の喜びなのだと記されている。
 聖書にいう神とは何と感謝すべきお方であろうか。私たちは自分の能力の弱さや不足に悲しむことはないのである。この世から見下され、無視されても構わないのである。私たちが神へのまなざしを持ち続けるかぎり、そうした弱いところから見つめる心を最も大切にしてくださるからである。
「ああ、幸いだ。心の貧しき者は。その人たちには、神の国が与えられるからである」との言葉通りに、最大のよきものである神の国がそうした人々に与えられる。

 


st07_m2.gif一つになること

 人間の最大の願いの一つは、みんなが友になること、心が一つになることだろう。家庭や学校といった小さなところから、会社、国全体、さらには国際的な平和まで、だれもが本来は一つになって友になることを願っているはずである。
 戦争は、この一つになれないということが、大規模になってしまった悲劇である。戦争を止めて平和を、という願いは繰り返し語られてきた。しかし今日までの長い歴史のなかで、たえず戦争は生じてきたのである。そして現在もまた、アメリカがイラクに戦争を仕掛けようとしている。イラクにしても核兵器や生物化学兵器の開発を密かにしているという疑惑が持たれている。それらもみな、戦争のための開発である。
 戦争によっておびただしい人々が殺され、あるいは生涯治らないほどの傷を体に受ける。それによって家庭も破壊されたり、癒しがたい心身の傷を受けていく。また、戦争が終わってもなお、国家内部の混乱や内乱が生じたり、原爆のような恐ろしい兵器は数十年を経てもなお被爆した人々に苦しみを与え続けている。
 戦争が残すいまわしい例として地雷がある。これは、現在世界で一億個が七〇カ国で埋められたままになっている。そして一個を大変な苦労をして探しだし、廃棄するには、一個につき、十万円以上の経費がかかることも多いという。現在の調子で、地雷を除き去るには、千年以上もかかる計算になるという。
 地雷によって腕や足が吹き飛ばされ、働くこともできなくなって生涯を破壊されるという、悲劇的事態に巻き込まれる人たちは、毎日世界のどこかで生じている。毎月二千人以上が死んだり、手足を吹き飛ばされているから、一日になおすと二十人もの人がどこかで犠牲になっているのである。
 こうした悲しむべきことも、戦争を起こすからである。内戦であれ、外国との戦争であれ、戦争が生じると地雷を畑とか道路とかあちこちに埋めてしまう。そして結局は一般の農民、市民がその犠牲になることが多い。
 現在の北朝鮮の拉致問題の悲劇も南北が一つになれないところから来ている。この問題を考えるときに、私たちは単に北朝鮮の拉致を非難するだけでなく、今からつい六十年ほど前には、日本がいかに朝鮮半島のおびただしい数の人々を強制連行してきたかを知らねばならない。前号にも少し触れたが、ここではもう少し詳しく見てみよう。
 日本は一九三九年から、一九四五年までの七年足らずの間に、実に百万人を越える朝鮮の人たちを強制連行して日本に連れてきて、とくにおびただしい粉塵や有毒ガスの漂う炭坑や金属鉱山を主として働かせた。*
そのときの状況は、つぎのようであったという。

 動員計画数を達成するために深夜や早暁、突然に男のいる家の寝込みを襲い、あるいは田畑で働いている最中にトラックを廻して何げなくそれに乗せ、かくてそれらで集団を編成して北海道や九州の炭坑へ送り込み,その責を果たしたという。
 また,女性は女子愛国奉仕隊とか女子挺身隊として狩り出され,各地の戦線で従軍慰安婦にされた。**

 これはまさに拉致であり、現在問題となっている北朝鮮の拉致とは比較にもならない膨大な数である。このような悲劇が起きるのは究極的には、一つになれない人間の罪が根底にある。

*)この七年足らずの間の強制連行された数は、敗戦が近づくにつれて増大した。太平洋戦争の始まった一九四一年には、十万人であったのが、敗戦の前年の一九四四年には、三十二万人もの人たちが強制連行されている。炭坑や金属鉱山、土木などにはこの七年たらずの期間でおよそ、九十四万人を越えており、さらに軍事用員としては、十四万五千人もが連れて来られたという。これらの合計でおよそ、一〇八万人以上となる。その他に樺太(サハリン)や南方の戦線に軍事要員として動員された人たちは、四万人を越えている。これらを合わせると百十二万人もの朝鮮半島の人たちが強制連行されてきたことになる。(大蔵省「日本人の海外活動に関する歴史的調査」朝鮮編 一九四七年。この項と(**)はともに、平凡社 世界大百科事典による)

 人間がたがいに一つになれないとき、単に個人的な争いや憎しみが生じるのに留まらずに、戦争という形をとって、大規模な悲劇となっていくのである。
 こうした事実を知るとき、また、現在のように、新しい形の戦争が生じるかも知れないという状況においては、いっそう主イエスが言われた、「一つになること」の重要性が浮かび上がってくる。
 そして一つになるためには、まずその一番重要な出発点がどこにあるかを示された。それがヨハネ福音書において強調されている。

父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。
 彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。…
あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。
  こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。(ヨハネ福音書十七・2123

 ヨハネ福音書ではこのように、とくに「一つとなる」ことが強調されている。
 ここに引用した箇所のすこし前には、キリストを信じる人たちを聖なる者としてください、聖別されるようにとの主イエスの願いが記されていた。*
 キリスト者とは、神の国のために、「分かたれた人々」なのである。そうした人々にとって、孤独はつきものである。

*)新共同訳では、「捧げられた者となるため」と訳されている。しかしこの箇所の原語は、ハギアゾーであって、神のために分ける、聖別するということであって、この世から分けるという意味がもとにある。新改訳では「 わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。」と訳して、分かつという意味をはっきり出している。

 実際にヨハネ福音書の書かれたときには、すでに厳しい迫害が始まって数十年にもなっている。そうした孤立せざるを得ないキリスト者にとって、きわめて重要なのが、主にある民が一つになるということであった。そのため、ヨハネ福音書ではとくに、この一つになるということが繰り返し現れるのである。神のために分かたれるという箇所のすぐ後に、信じる者たちが一つになるということが言われて、キリストの最後の祈りが締めくくられているのもそのような理由による。

わたしは、もはや世にはいない。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。(ヨハネ十七・11

 また、この精神は、すでに有名なマタイ福音書の次の言葉でも言われている。この世は分裂している。家庭も、仕事先も、また社会も国際社会も分裂が至るところでみられる。そうしたただ中に、キリストは来られた。キリストの本当の心が私たちに宿るときには、分裂でなく、一つになる方向へと導かれる。少数でも、心を合わせて祈る心が一つの方向へと進めていく。小さな所からでも一つになって主イエスに求めていく心が言われている。

また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。(マタイ十八・19

 祈りの心は、一つにする。それは、祈りは神が働かれるからである。それと正反対なのが、悪口、中傷である。それは愛もなく、祈りもないところから生じる。どんな敵対する人がいても、その人のために祈ることで、一つにされる。相手は背いたままであってもなお、祈る人の世界にはそうした敵する人も一つに祈られている。祈りは主にあって、一つにまとめる力を持っている。敵対者だけでなく、健康なもの、病気の者、遠くの者、死んだ者とすら一つにするような力がある。
 地上で最後の夕食のときに語られた主イエスの言葉は、そのような一つへの切実な祈りで終わっていることに、分裂に悩む現代の私たちへの特別なメッセージがある。

 


st07_m2.gif娘よ、起きなさい(タリタ・クム)

イエスがこのようなことを話しておられると、ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」そこで、イエスは立ち上がり、彼について行かれた。弟子たちも一緒だった。
すると、そこへ十二年間も患って出血が続いている女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れた。
「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思ったからである。
イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。
イエスは指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆を御覧になって、
言われた。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。
群衆を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手を取って、「タリタ・クム」(*)と言われた。これは、「娘よ、起きなさい」という意味である。すると、少女は起き上がった。
このうわさはその地方一帯に広まった。(マタイ福音書九・1826、マルコ福音書五・2143より)

*)タリタ・クミとなっている写本もある。これは、イエスの時代に用いられていた言葉であるアラム語。主イエスの十字架上での叫びとして知られている、マルコ福音書にある「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ!」(我が神、我が神、どうして私を捨てたのか!)も、アラム語である。

この聖書の記事は現代の私たちにとっては、奇異に見えるであろう。
なぜならこのようなことは現代においてはまず見られないし、誰も経験したことがないからである。このような記事がなぜ書いてあるのか、今の私たちの生活とは全く何の関係もないではないかと思われる。わたし自身、こうしたことが書いてある意味が以前はよく分からなかったが、最近ではこのような奇跡の意味が次第によくわかるようになってきた。
ここでは二人の人が印象に残る。この会堂長とは、ユダヤ人の生活の中心をなしていたユダヤ教の中心をなしていた。一方では、ユダヤ人はイエスに対しては、強い反感を持っている人が多かった。それは、次のような記述からうかがえる。

これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。(ルカ福音書四・2830

イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。
人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。
イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。
そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。
そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。
ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。(マルコ三・16

 このような記事からうかがえように、ユダヤ人の会堂というのは決して主イエスに好意的であったとは言えない。敵意を持つことが多かったと思われる。最初にあげたヤイロという人は、そうした会堂の責任者であったから、一層この人の主イエスに対する姿勢には驚かされる。しかも、この人は社会的に注目を集めると考えられる会堂の責任者であるが、他方、主イエスは社会的には何も地位もなく、年齢もまだ三十歳すぎであったから、このような会堂の責任者が主イエスにひれ伏してまで懇願した(*)というのは驚くべきことであった。
どうしてこの会堂長はこんなに深い信仰を持つことができたのだろうか。そのような信仰はだれから教わったのだろうか。まわりがどのような人であったからこのような深い信仰が与えられたのであろうか。
このようなことについては、聖書は何も触れていない。 主イエスに対しては、このようにしばしば思いがけない人たちが深い信頼をおいてきたのであった。

*)ここで「ひれ伏した」と訳されている言葉は、次のような個所で、「拝した」とか「拝んだ」というように訳されている言葉であり、この会堂長のイエスに対する信仰がどのようなものであったかを暗示している。

・舟の中にいた弟子たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。(マタイ四・33

・東から来た博士たちは言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」(マタイ二・2

・するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。(マタイ四・10

このようにこの会堂長は、社会的な地位もあった人であり、しかもそこには大勢の群衆が取り囲んでいたのに、そうした人々のただなかで主イエスに対して、拝する(礼拝する)と言えるほどの敬意を示したのであった。当時においても、死んだ者を生き返らせることができるなどということは、ほとんどだれも考えたことがなかったに違いない。死んだ者がよみがえるということを信じるものが一部にはあったが、それも世の終わりの時に、正しい人は復活すると信じていただけであったと思われる。それは次のような例をみればわかる。

イエスはマルタに言われた、「あなたの兄弟はよみがえる」。マルタは言った、「終りの日のよみがえりの時よみがえることは、存じています」。(ヨハネ十一・2324

当時の状況がそのようなものであったことを知るとき、一層この会堂長の信仰の深さがわかる。たんに頭のなかでそのように考えていたというのでなく、自分の社会的地位にもこだわることなく、大勢の群衆の前で主イエスに対して、神を拝するかのように最大級の敬意を下げたのである。この驚くべき信仰はどうして生じたのだろうか。だれに教わったのであろうか。主イエスにつねに従っていて、さまざまの奇跡を目の当たりにしていた人、主イエスの教えをすべて聞き取っていた弟子たちですら、イエスが神の子であるとはっきりとわかったのは、かなり後になってからであった。
このような会堂長の信仰が示されたすぐあとで、もう一人の人物が現れる。
それは、十二年間もの間、出血の病にかかって苦しみ続けてきた一人の女性であった。当時ではこの出血の病というのがどのようなことを意味していたか、それはこの新約聖書の文面だけではわからない。それをうかがうには、旧約聖書を参照することが必要となる。

もし、生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚れており、生理期間中と同じように汚れる。この期間中に彼女が使った寝床は、生理期間中使用した寝床と同様に汚れる。また、彼女が使った腰掛けも月経による汚れと同様汚れる。また、これらの物に触れた人はすべて汚れる。その人は衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている。(レビ記十五・2527

このような記事から推察できるのは、この女性はもう十二年もの長い間、出血が止まらない病気であったから、その苦しみは単に病気の苦しみだけでなく、社会的に排除され、まともな人間扱いをしてもらえないというところにあっただろう。このような病気になると、その人が触れるものまで汚れてしまうというのであったら、この女性はどこにもいけないということになる。汚れているということは、どうにもならないことであって、医者にかかって治してもらおうとしても、できなかった。ルカ福音書によれば、そのために全財産をすら使ってしまったという。

ときに、十二年このかた出血が止まらず、医者に全財産を使い果たしたが、だれからも治してもらえない女がいた。(ルカ福音書八・43

それほどまでしても癒されない難しい病気であった。このような状況であればたいていはもうあきらめてしまうであろう。しかし、この女は、どこから聞いたのかは記されていないが、今までのいかなる医者や祭司、宗教家であってもどうすることもできなかったこの難病を、イエスだけは癒すことができると確信していた。これはじつは驚くべきことである。医者でもなんでもない年齢もまだ三十歳すぎの若い人が、十二年も治らなかった病気をいやすことができると確信できたのは、なぜたろうか。何が彼女をそのような確信に導いたのだろうか。
聖書はここでもそういうことについては一切沈黙を守っている。この女性は汚れているとされてきたため、どこにも行く事もできず、仕事も与えられなかっただろう。そうした閉鎖的な生活を続けてきた人が、いかにしてイエスだけは自分を癒してくれるという確信に導かれたのだろうか。
最も閉鎖的な生活をしてきたと思われるような人が、だれよりも深い信仰を持っていたということ、それは驚くべきことである。このことは、神が御心のままに、人を選んでとくに救いを知らせるということがうかがえる。キリスト教信仰はこのように、だれも予想もしなかったような人が、驚くべき深い信仰を持つようになり、神に用いられるということが、こうした箇所で示されている。
神がその御計画にしたがって人間をこの世から選び出し、近くにいる人のわずかな会話とか、伝聞といったわずかの情報からでも深い確信を与えるからである。
この箇所で現れる二人の人物は対照的に置かれている。娘が死んだけれども主イエスが手をおいてくれるだけで、生き返るとまで深く主イエスに信頼していた人は、社会的にも地位のあった人であった。しかし、もう一人の女性は、汚れているとされ、社会的に排除されてきた人であり誰からも注目されない人であった。
しかし、その両者において共通していたことがある。それは主イエスへの絶対的な信仰であった。まっすぐに、ただ主イエスだけを見つめ、イエスは神の力を与えられている御方であるということであった。
この箇所が言おうとしていることは、信仰というのは、学識や経験、社会的地位とかそうしたあらゆる問題とは別のことであり、だれも予想できないよう人が主イエスに対する真実な信頼を持つことがあるということである。


するとイエスは幼な子らを呼び寄せて言われた、「幼な子らをわたしのところに来るままにしておきなさい、止めてはならない。神の国はこのような者の国である。よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受け入れる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。(ルカ福音書十八・1617

会堂長や長い間出血の病に苦しんできた女性は、こうした幼な子のような心をもって、まっすぐに主イエスを仰いだのがわかる。
十二弟子たちすら、キリストが十字架で殺されて三日目に復活するといわれてもそれを信じることができなかったし、実際に復活したときでも、なお彼らは次のように信じることがなかなかできなかった。

(二人の神の使はイエスの墓を訪れた婦人たちに言った)「イエスは、ここにはおられない。復活なさったのだ。…人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。…婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。(ルカ福音書二十四・611より)

こうした記事を見ると一層この記事は驚くべきことだとわかる。三年間のあいだ絶えず主イエスのそばにいて親しくその教えを聞き、さまざまの奇跡を目の当たりにしていた弟子たちですら、死人からの復活を信じることはできなかったのであり、そのために主イエスの復活を聞いてもなお、信じなかったのである。
死人からの復活を信じるとは、神は死に打ち勝つ力を持っておられるということを信じることである。そのことが困難であったことは、使徒パウロもギリシャのコリント地方のキリスト者に宛てた手紙で述べている。

キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけか。
死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずである。そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄となる。…
死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったことになる。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになる。(Ⅰコリント 十五・1217より)

このように死の力はきわめて大きく、それを打ち破って復活するなどということはキリストを救い主と信じることができた人々であってもなお、困難なことであったのがよくわかる。この世で最大の力を持っているように見えるのは、死の力である。死はいかなる権力者も、世界の組織、状態も飲み込んでしまい、全くそれを消滅させてしまうことができるからである。
そのような死の力がなににもまして強いと信じられていた世の中において、この会堂長は主イエスの御手がそこに置かれるだけで死からよみがえらせることがてきると確信していた。
この確信はいままで述べてきたように十二弟子たちやほかのキリスト者たちのことを考えると特別に際立っているのがわかる。死んだ者すらも復活させることができるというのは、神の絶大な力を信じることである。そしてこのことは、文字通り、肉体が死んだ者を復活させることができるということだけでなく、精神的な意味、霊的な意味において復活させることができるということも含んでいる。

さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのである。(エペソ書二・1

このように、人間はみな、神の持っている真実や愛、正義といった面から見るときには、それらを持っていないのであり、よいことをしているようであっても、それは一時的であるか、自分の益のためにやっているという自分中心の状態が深くしみこんでいる。こうした状況を「死んでいた」と言っているのである。そのような状況からよみがえらせることができるのは、人間ではない。人間はすべてそのような弱点(罪)を持っているからである。それができるのは、唯一、神であり、神の力をそのまま受けている主イエスだけであるというのがキリスト教信仰の根本的な内容となっている。
キリストは、罪のゆえに死んでいた者をも、自らが十字架につくことにより、さらに日々、神の霊を注ぐことによってよみがえらせ、新しい命を注ぐことができる。

イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。
生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネ十一・25-26

このように、キリストを信じる人はだれでも、生きているときから新しい命を与えられることが約束されている。

会堂長が、「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」といった一言は、こうした主イエスの神の子としての絶大な力への信仰を象徴的に表すものなのであった。そしてその信仰がその後二千年の歳月を超えて世界に伝わっていくことになる、預言的な出来事にもなっているのである。
主イエスがこの死んだ娘に対して、手を取って、ただ一言「タリタ・クム(クミ)」と言っただけで、少女はすぐに起き上がった。
ここに、わざわざ当時の主イエスが使っていたそのままの言葉(アラム語)がそのまま使われているのも、理由があると考えられる。ほかにもアラム語がそのまま残されている箇所である、十字架上での叫び「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」は、重要な意味を持っているゆえに、この箇所でも特別な意味があると考えられる。
この一言は、驚くべき印象をそこにいた人々に与え、その一言が周囲に波のように伝えられ、その言葉の持つ深い意味が語り継がれ、この言葉が言われてから、三十数年ほどなった頃に書かれた、マルコ福音書にもそのときの感動が波及してそのまま載せられることになったのである。
「このうわさはその地方一帯に広まった。」とこの記事の最後に記されている。それは、その地方一帯にまず、この「タリタ・クム」という言葉が広がって言ったが、このマルコ福音書とともに、ローマ帝国全体に広がり、さらに世界中に広がっていった。
そしてさらにそのときから二千年ちかく経った現代においても、ますますこの主イエスの一言が重要となってきている。
主イエスの数えきれないほどの教えや言葉から、きわめて少数だけがこのようにアラム語がそのまま使われているのであるから、この記事を書いたマルコ福音書の著者はそれをとくにアラム語のまま残すように、主からうながされたと考えられる。それは、主イエスがそれまでだれもできなかったこと、いかなる人間もできないことを、わずか一言のこの言葉で、死人をよみがえらせたということは、歴史のなかで特別に重要な言葉だと感じたのであろう。
たしかに、主イエスの一言は、死人をもよみがえらせることができる。使徒パウロはもともとは、キリスト者でもなく、逆にキリスト者を全力をあげて迫害していた人物であった。それが主イエスからの光と、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」という主イエスの一言で変えられて、新しく主イエスの使徒として立ち上がることができたのであった。
今も、この「子よ、立ち上がれ」という主イエスの一言はこの世界に投げかけられている。
私自身もまた、このような主イエスの語りかけによって、実際に迷い苦しんでいた状況から、立ち上がることができてそれまで知らなかった全く新しい道を歩むことができるようになったのであった。
主よ、その力ある一言をこの世に与えて下さい。一人一人の心に。

 


st07_m2.gifベートーベンの「喜びの歌」

 毎年、年末になるとベートーベンの第九交響曲「合唱」が繰り返し演奏されているし、各地でも大規模な合唱がなされている。この合唱は、「喜び」を歌っているものであるが、それは具体的にどんな内容なのか、また聖書には、そうした深い「喜び」の世界があって、それが指し示されていることも一般の人には知られていないことが多い。
 この彼の最後の交響曲には「喜びを歌う」という、ドイツの詩人シラーの詩の一部が組み込まれている。ベートーベンは日本でも最も多くの人が愛好する音楽家と言われているが、その多数の音楽のなかでも、とりわけこの第九番交響曲は広く知られてきた。音楽の専門家もこの交響曲には高い評価を与えている。この音楽に対する評価の言葉はいくらでもあると思うが、ここではその一つをあげておく。

「…(第九交響曲の)第三楽章は、変奏曲形式を主体にしているが、比類ない天国的な感情を示し、彼が晩年に到達した祈りの世界を完全に表現している。
 さて第四楽章であるが、この楽章は、シラーの詩による声楽が導入されているところに最大の特徴がある。中心の主題は、かの有名な、「喜びの歌」の旋律である。
 声楽部は、四人の独唱者と大合唱とによって作られ、まことに、その表現は、全人類的感情にみちみちている。
 前人未踏の大交響曲であるし、また、彼以後においても、この曲に比較する音楽を見いだすことが出来ない、といっても過言ではないであろう。」*

「この交響曲は、喜びの情が、博愛の徳を生むことを讃美し、そのなかに神を敬う心を鼓吹したもので、ベートーベンは若いときから深くこの詩を愛し、再三この作曲を試みたのであるが、ついに最後の交響曲の最後の楽章によってその宿望を果たしたのである。
…天国の平和を夢見るような第三楽章は、現世の苦悩と戦ってこれを克服する意思を表し、最後の「喜びの歌」は、神を敬うことと、博愛によって生きることを喜ぼうとした作曲家の思想を告白したものと見られるからである。…」**

 ベートーベンの音楽がなぜ際だって有名なのか、それはそこに力を感じるからである。弱っている者、うずくまっている者をも奮い立たせるような、不思議な力をベートーベンの音楽は持っている。とくに、晩年の作品には、私たちを打ち倒そうとするようなこの世の力に抗して、立ち上がらせる力が強く感じられる。
 このシラーの詩はベートーベン の心にとくに一致したようである。それは、この詩を用いようと考えたのは、ベートーベンが二十三歳のときであったことからもうかがえる。その時すでに、この作者であったシラーの夫人にそのようなことを触れているという。ベートーベンの有名な伝記を書いた、ロマン・ロランの伝記の中から一部を引用しよう。

…ベートーベンが「喜び」を歌おうと考えたのは、こんな悲しみの淵の底からである。それは彼の全生涯の計画であった。まだ、ボンにいた一七九三年(ベートーベンが二十三歳のとき)からすでにそれを考えていた。生涯を通じて彼は「喜び」を歌おうと望んでいた。そしてそれを自分の大きい作品の一つを飾る冠にしようと望んだ。生涯を通じて、彼は、その「喜びの歌」の正確な形式とその歌に正しい場所を与える作品とを見いだそうとして考えあぐねた。…***

 その意図が、第九交響曲のなかに実現したのは、それから、実に三十年も後の、五十四歳のときであり、それは彼の死の三年前であった。ベートーベンの心のなかに、このシラーの詩がそれほど深く結びついていたのがわかる。
 そしてその交響曲が生み出されるまでの長い間には、さまざまの苦しみが彼を襲った。二十六歳ころから耳の異常を知った。音楽家としては、耳が聞こえなくなるということは、致命的な問題だと思われるために、次第に聞こえなくなる耳のことでベートーベンは、非常に苦しんだ。ベートーベンはほとんど鬱病になり、自殺まで企てて、遺書も書いたほどであった。そして重い病気にかかって死にそうになり、たえず死の問題を考えずにはいられなくなっていた。
 また、弟が死んでその子供を引き取り、こまやかな愛情を注いだが、その甥は、面倒な問題をいろいろと起こした上に、ピストル自殺まで企ててしまい、ベートーベンは非常な苦しみを覚えるようになっていた。
 こうしたさまざまのわずらわしい苦しみのただ中にいたにも関わらず、彼はかえって耳が聞こえなくなっていくとともに、交響曲やピアノ・ソナタの傑作を生みだしていったのである。
 そして、彼は数々の苦しみや悲嘆、絶望などを経験しながらも、若き日に知ったシラーの「喜びを歌う」という詩にはずっと心が結びつけられていた。
 本来は、喜びへの力強い讃美、そのようなものがとても持てないような状況に置かれてもなお、大いなる喜びを歌おうという心が留まり続けたのであった。

 ここでは、「第九の合唱」と言われてもどんな内容なのか知ることができない多くの人のために、交響曲第九番の第四楽章にある、「喜びに寄せて」という詩の中から、その一部を引用して簡単な説明を加えておきたい。なお、原文に触れてそのニュアンスを知りたいという人のために、原文は終わりにおいてある。

おお友よ、これらの調べではなく、
もっと喜びをもって、楽しくともに歌おう。

 この合唱の最初の部分は、シラーの詩でなく、ベートーベン自身が作詞したものである。この部分は、最初の草稿では、「われわれは、シラーの不朽の詩である『喜び』を歌おうではないか」となっていたけれども、後から現在のように変更されたと、身近に生活していたベートーベンの伝記著作家のシントラーが述べている。
 従来の音楽は、直接的に「喜び」を歌っていることが少ない、もっと喜びそのものを讃美しようではないかとの呼びかけである。喜びには、地上的な楽しみとは全く別の天から来る喜びがある。それを歌おうではないか、とベートーベンが冒頭に自らの言葉を書き込んだと言われている。
 つぎに続くのが、シラーの詩からの引用である。


喜びよ、美しき神の光なる喜びよ、
楽園からのたまものよ
我らは感激に満ちて
天国のあなたの聖殿にすすもう

神の力であなたは、
世のひきはなされたものを、ふたたび結び、
あなたのやさしい翼のとどまるところ、
人びとは、すべて兄弟となる。
……
幾百万の人びとよ、たがいに抱きあおう!
全世界にこの口づけを与えよう!
兄弟たちよ、星空のかなたには、
愛する父が、かならずおられる。

幾百万の人びとよ、地にひざまづくか
世界よ、創造の神をみとめるか
星空のかなたに、神をもとめよ!
星のかなたに、神はかならずおられる!

 シラーの詩の中にあるこうした言葉に、ベートーベンはとくに惹かれていたのがうかがえる。それゆえに、シラーのもとの詩はもっと長く二倍以上の長さのある詩であるが、とくに、右に引用した内容を中心にベートーベンが用いている。
 ここにベートーベンが見つめていたものが何であるかの一端をうかがうことができる。この世には暗い、絶望的な事態が数多く生じる。どこに神がいるのかと思わせることも多い。それゆえ一時の逃避的な音楽や、軽薄な内容の乏しい音楽も多くなっている。そうしたことは昔も同様であったろう。そこでベートーベンはそのような表面的な音楽でなく、ことなる雰囲気と力の音楽、すなわち喜びそのものを正面に出した音楽を強調している。この壮大な力に満ちた合唱は、この世界に小さな、利己的な楽しみや影のようなはかない喜びしかなく、またそれどころか不安や恐れの影がいつも背後にあるような世界にあって、いわば神が、ベートーベンを用いてそうした背後に、力強い喜びの世界があることを、知らそうとされたように感じられる。
 神のつばさ(御手)が臨むとき、人々の差別的な考えは消えて、そこには神を共通の父としているゆえにみんな兄弟姉妹なのだ、という考え方が生じる。私たちが必要なのはそのような人間の努力とか力を越えた神のつばさであり、神の御手なのである。
 本来人間同士は兄弟姉妹なのだ、だから全世界に兄弟姉妹のしるしであり、愛情の表現であるキスをおくろう。私たちを敵対するもの同士でなく、兄弟姉妹であるというのは、愛する父なる神がおられるからである。神がいますからこそ、その神によって新しく生まれた子どもたちなのであり、しぜんに兄弟姉妹だということになってくる。
 星空の彼方には、必ず神がおられる、ここに著しい強調がおかれていて、それが締めくくりの内容となっている。星空の彼方といった無限に遠いところに神がいる、ということでなく、それは詩的な表現であり、本来神は、どこにでもおられるのである。キリストが、私はあなた方のただなかにいると確言され、また他の箇所でも、キリストは私たちの心に生きておられるということも言われている。
 「神は星空の彼方にいます」という言葉の意味は、神は、人間世界の汚れた状況とは全く隔絶されたところにおられるということなのである。地上の人間やその社会は、周囲の汚れたもの、罪深いものに染まっていったり、何らかの影響を受けてしまう。自然界ですら、人間の科学技術によって破壊され、汚染さていく。
 しかし、神はそうしたいかなる人間の営みによっても汚されたりしない、それは、言い換えると「聖なる神」ということである。いかに、人間社会が混乱と汚れ、また不正に満ちていても、そして地上のものはみんなそうした汚れにがしみこんでいるように見えても、神はそうした一切の地上的なものとは、別個にその聖なる本質を保っておられる。それを詩的に表現した言葉が、「神は星空のかなたにいます」ということなのである。
 ベートーベンが数々の言いしれぬ苦しみや悲しみと憂いのただなかでもこのような力強い喜びの歌を生み出すことができたということは、その背後に聖書の影響をふかく感じさせられる。

 「喜べ、いかなる状況のもとでも、主によって喜べ」といわれた使徒パウロの心が現在においても、聖書が読まれている世界の至る所でところで繰り返し新たに経験されているが、ベートーベンのこの第九交響曲に組み入れられた「喜びの歌」も、やはりこの聖書の言葉の影響を感じさせられる。

あなたがたは、主によっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。(ピリピ書四・4****

最後に、兄弟たちよ。いつも喜びなさい。…
互に励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和に過ごしなさい。
そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいて下さるであろう。(Ⅱコリント 十三・11

 ベートーベンが、シラーの「喜びの歌」を自分の音楽にの死の三年ほどまえにようやく完成したこの大交響曲は、新約聖書にある、使徒パウロのこの言葉、「喜べ、主によって喜べ!」という言葉の音楽的表現の一つだといえよう。
 この世界にはそのような大いなる喜びなどあり得ないように見える。しかし、この世界の根底を見抜いていた使徒パウロ、そして彼に啓示を与えられた主イエスは、私たちに、この世の背後に実際に存在する大いなる喜びの世界を指し示しているのである。

(一)
Freunde, nicht diese Tone,
Sondern lasst uns angenehmere
anstimmen, und freudenvollere.

(二)
Freude, schoner Gotterfunken,
Tochter aus Elysium,
Wir betreten feuertrunken,
Himmlische dein Heiligtum


(三)
Deine Zauber binden wieder,
Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Bruder,
Wo dein sanfter Fluger weilt.

(四)
Seid umschulungen Millionen!
Diesen Kuss, der ganzen Welt!
Bruder! uber'm Sternenzelt
Muss ein lieber Vater wohnen.

(五)
Ihr sturzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schopfer, Welt?
Such ihn uber'm Sternenzelt!
Uber Sternen muss er whonen!

*)諸井三郎著「ベートーベン」216頁(旺文社文庫)諸井は、作曲家、音楽評論家。元東京都交響楽団楽団長。東京帝国大学文学部美学科、ベルリン国立高等音楽院作曲科卒業。
**)「西洋音楽史」中巻 371頁 音楽之友社 乙骨三郎著  
***)「ベートーベンの生涯」ロマン・ロラン全集第十四巻 41頁 みすず書房刊
****)「喜べ、主によって喜べ!」の英訳、ドイツ語訳を参考にあげる。
Rejoice in the Lord always. I will say it again: Rejoice!
Freuet euch im Herrn allezeit; und abermal sage ich: Freuet euch!

 


st07_m2.gifことば

145)真実は、まことに、最も美しく、最も大切な性質である。真実は動物をも非常に尊いものとし、ほとんど人間なみの価値と品位にまで高めるほどである。
 しかし、真実が全く欠けているときには、最も才知あり、教養のある人間でも、社会一般に危害を及ぼす野獣にすぎない。(ヒルティ著「眠れぬ夜のために第一部十月十六日」参考のために原文を付けておきます。)

○ここでヒルティが強調しているように、真実がない場合、いかに数学や英語などの能力が恵まれていても、また会社で業績をあげても、それらはかえって悪用され、社会に害悪を及ぼすことになる。しかし、能力が乏しくとも、真実な心は誰をも害することなく、神の性質の本質的な部分を周囲の人々に指し示し、ひとの心をうるおすことになります。聖書における神とは、何よりも真実な神であり、それゆえに私たちも真実な心をもって神を仰ぐことが最も神に喜ばれることだと知らされます。

Treue ist eigentlich die schonste und wichtigste Eigenschaft.Sie veredelt auch ein Tier so sehr,dass es fast zu menschlicher Bedeutung und Wurde emporsteigt,und wo sie ganzlich fehlt,ist der geistvollste und gebildetste Mensch nur eine gemeingefahrliche Bestie.

 


st07_m2.gif返舟だより

○「はこ舟」五〇〇号についての静岡県浜松市のT.M氏よりの来信です。他にも集会の内外の方々からお祝いの言葉と祈りを頂きました。ありがとうございました。今後ともこの「はこ舟」が主に祝福され、神の国のために用いられますようにご加祷下されば幸いです。なお、M氏には三年前に徳島でのキリスト教四国集会にて講話をしていただいたことがあります。

ますます内容が充実して、福音を証しして下さいますことを心から感謝申し上げます。神のお支えなくしては到底続くものでなく、心か神を讃美いたします。五〇〇号についての貴兄の文章を読むと、主の支えがいかに具体的な形で現れているかが、よくわかります。心からのおめでとうを申し上げます。

○県外の老齢で、かつ体調も十分でない方からつぎのようなメールが送られてきました。

先日バイク転倒 腰を痛め 幸い骨折は無かったが未だに時折激痛あり。集中力に欠け「肉の痛み」が「心」をも支配。 おのが信仰の弱さを知る。ヨブの信仰を改めて感じる。今までの「信仰、祈り」は何だったのか、また「ゼロ」からの出発です。
 神を悲しませた事 不信仰とも思える中からですが 神の赦しと愛の翼の中に再び抱かれ歩みの力と導きを願ってやみません。これを書いている間 痛みもなく 書き上げられました。 感謝。

・私たちは健康なとき、問題がとくにないときには、神を信じて堅く立っていると思っていても、痛み激しいとき、思いがけない困難や、生涯の重大問題に遭遇したとき、しばしば心が動揺し、信仰が揺さぶられます。主イエスですら、あのゲツセマネや十字架上での苦しい叫び声をあげられたことを思うとき、それは地上の生を生きるかぎりつきまとうことなのだと知らされます。けれども、そうした中にあってもこの方のように再び新たに主にすがろうという心が起こされることこそは、キリスト者の大きな恵みと感じます。いま苦しみや痛みのただなかにある方々に主がともにいて下さって、支えを与えて下さいますように。