神はすべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられる。

 
(テモテ一・4



2008 4  566号・内容・もくじ

リストボタン真理はどこに

リストボタン弾圧に打ち勝つもの

リストボタン土の器 

リストボタン十戒について

リストボタン死の力といのちの力

リストボタン無教会とは

リストボタンことば

リストボタン詩の世界から

リストボタン休憩室

 リストボタンお知らせ

 


リストボタン真理はどこに

私たちの周りには新聞、インターネット、雑誌、テレビ、ラジオ、DVDなどあふれている。しかし、真理はどこにあるだろうか。究極的真理、永遠の真理はそうしたものを探しても触れることは難しい。
この世界の果てまで旅し、あるいは宇宙飛行士のように地球から空高く飛び立ってもそこにも真理はない。
しかし、私たちが狭い部屋で黙して祈るとき、また近くの山野でまた小川の辺、そして樹木や野草、また星きらめく夜空を仰ぐとき、そこに真理は光り始める。
そこに神の愛がある。どんなに無学な人も、病気の人でも、またこの世の冷たさに泣く孤独な人でも、静まって心を神に向けるだけで真理が近づいて来るし、心のうちに泉のように何かが湧きだすからである。


リストボタン弾圧に打ち勝つもの

中国でチベットの人々の抗議活動が力で押さえつけられている。去年も、ミャンマーで、ガソリンの価格があまりにも高くなったことに、僧侶たちが反対のデモを始めたが、軍事政権は武力によって弾圧した。それに抗議した市民も、治安部隊に銃撃されて死亡者も出た。
日本でもそのような露骨な弾圧は六〇数年前はよくみられた。
現在はどうか、先頃の「靖国」という映画への自民党政治家などの圧力が強いのを知って、東京や大阪の映画館が上映中止の決定をした。
権力や武力を用いて、反対するものを弾圧すること、それは昔から権力者がとってきた手段であった。
そしてその弾圧にふみにじられてきた多くの人たちがあった。
しかし、そのような方法では決して真理そのものを弾圧することはできない。かえって彼らが真理によって裁かれるときが必ず来る。
かつてキリスト者たちを迫害したローマ帝国はすでにはるか昔に滅び、また残酷な方法でキリシタンを弾圧迫害した、江戸幕府もまた滅んだ。
そして真理そのものはそうしたあらゆる迫害にもかかわらず、いかなる損傷も受けることはなかった。
かつて主イエスが言われた。

…またその石の上に落ちる者は打ち砕かれ、それがだれかの上に落ちかかるなら、その人はこなみじんにされる。(マタイ福音書二一・44

真理の力は永遠であり、いかなる武力も権力もあるいは悪意もそれを砕くことはできず、かえって彼らが砕かれてしまうのである。
このことはキリストご自身において完全な意味で成就している。当時の宗教的、社会的指導者たちはキリストを砕き滅ぼそうとして十字架につけた。しかし、滅んだのは彼らであって、キリストはそのような悪意と死の力に勝利し、復活され、そして全世界にその真理の力を広げていくことになったのである。


リストボタン土の器

人間はどうしても純粋な心になれない。さまざまの嘘、不真実がある。善人が突然悪人になることがある。悪人といっても必ずしも人を殺したり、盗んだりという犯罪のようなことでなく、信じがたいような罪を犯したり、信頼を裏切ったり、長い交わりを破壊するような言動をする等々である。
聖書にはそのことが最初から書いてある。アダムとエバ、この二人は神によって創造された理想の楽園である時まで神の戒めを守って生きていたであろう。しかし、あるとき突然、ヘビの誘惑にあって神に背くことになった。
また、彼らの息子のカインもまた、幼児のときから兄弟ずっと仲良くしてきたと思われる。しかし、成長したある日、突然弟を襲って殺すという重い罪を犯してしまった。
夏目漱石もそうした突然変わってしまう人間の心のもろさ、みにくさを自らのうちにも感じ取っていたのであろう、彼のよく知られた作品に次のように書いている。

「…平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」(「こころ」28

この小説を読んだのは、中学時代であった。そのとき、人間とはそんなものなのだろうか、という幻滅のようなものを感じたことを覚えている。
人間とは実にもろく弱い存在である。真実であると思っていてもあるとき突然思いがけない不真実な態度を見せられてそれ以後は友としての関わりが持てなくなるということもある。
これは特定の人間がそのような弱さを持っているということでなく、人間そのものがその精神の奥にそうしたもろさを持っているということである。
音楽によって世界にはかりしれない感動や力を与え続けてきたベートーベンとかモーツァルトといったひとたちも、人間としては罪人であり、とくに真実を一貫して守り、キリストの愛を十分持っていたとは言えないひとたちであった。 しかし、そのようなふつうの人間としての間違いもあり、いろいろな罪も軽薄さもあり、それゆえの悩み、動揺なども持ちつつ、神はそのような人に、驚くべき音楽を託された。人間そのものは土の器であるが、そこに神は御国の宝を与えたのであった。

…しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。(Ⅱコリント四・7

使徒パウロはキリストの弟子たちのうちで最も大きな働きをしたし、また現在までの二千年ほどにわたってもやはり比類のない影響を与えてきたと言える。それはパウロの名を冠した手紙が、新約聖書のなかの手紙のなかの七割以上を占めていることを見てもわかる。とくにローマの信徒への手紙やガラテヤ信徒への手紙は「救いは、ただ、主イエスを信じる信仰による」という福音の根本が明確に記されていることのゆえに、それは後のキリスト教において中心的な位置を占めてきた。(私自身もそのローマの信徒への手紙の核心部分を書いた書によってキリスト教信仰を与えられたのであった。)
また、パウロによって、キリストの福音が狭いパレスチナを出て、広大なローマ帝国領土内のトルコ半島の各地に伝えられ、さらにそこからギリシャ地方、ローマへと伝えられて、キリスト教がヨーロッパ全体の宗教となっていくのに最も大きな役割を果たすことになった。
そしてヨーロッパの宗教になってから、それが宣教師たちによってインド、中国などにも広がり、日本もザビエルによって一五四九年に伝えられた。またアメリカ大陸にも伝わったゆえに今日南北大陸にキリスト教が広まり、日本にも江戸時代の終りころにアメリカからヘボンなどの宣教師たちが危険を犯して日本に渡ってプロテスタントのキリスト教が伝えられることになった。
このように、キリスト教が世界に広がるために、パウロはじつに大きな基礎を築いたことになったのであるが、そのパウロの偽らざる気持は、自分が「土の器」であるということであった。
聖書における人間の記述は、一貫して人間が土の器である、すなわちもろく壊れやすい、汚れた存在であるということである。すでに述べたアダムとエバ、カインにとどまらず、「箱舟」で知られているノアも、当時の世界で最も神に忠実な人間であったゆえに、彼とその家族は大洪水という人間への裁きからも救われた。しかし、救われたのちに生活が安定してきたとき、ぶどう酒を飲みすぎて酔っぱらって裸で寝ていて息子たちにその醜態をさらけだしたということも記されている。この記事がなければノアは当時の人間のなかでもただ一人神に真実をつくした人として記憶されただろう。しかしあえて聖書はノアのもろさ、弱点をもはっきりと記すことによって、彼もまた土の器にすぎないことを示している。
また、旧約聖書で最も重要な人物の一人、ダビデは子供のころから比類のない勇気と力を持っていた。さらに楽器も演奏でき、詩を書くこともできた。そのような多才な人であったので、当時の王に仕えることになったがあまりに敵との戦いにおいても非凡さを発揮して敵をくだしていったために、王以上に評価されることになり、王の憎しみを受けるようになった。そこから殺されそうになる危険のただなかで神への信仰を強めていった。その後さまざまの苦難を経て、王みずから自滅していった。そしてダビデが王となり、周囲の敵国を攻撃して支配するに至った。こうした生涯の絶頂期に人間的な欲望に負けて自分の部下である人を殺し、重い罪をおかすことになった。それ以前のダビデの生き方を知っているとき、このような大罪を犯すとは考えられないほどである。
しかし、ここに土の器たるダビデの姿があった。だれも立ち向かえない強力な敵に対抗できて勝利するような人間であったが、人間そのものに宿る欲望という敵に負けてしまう弱さ、もろさがあった。それこそ土の器のように砕け散るものだったのである。
しかし、そのような弱く醜いものを持つダビデに、驚くべき深い内容の詩を造る能力が与えられた。まさにその宝は土の器に与えられたのである。そしてその詩が核となって三千年の長きに渡って人類の魂に深い共感と励ましと慰めを与えてきたのである。

私たちの周囲の野草、樹木もその茎や幹、あるいは葉を見れば何でもないごくふつうの植物であっても、神はそこに目を見張らせるような花を咲かせ、ときには美味な果物を実らせる。
こうした身近なこともまた、見栄えのしない土の器に、宝を満たすことに通じる。
私たち自身は弱く不真実なものにすぎなくとも、神は私たちが十字架を見上げ、罪の赦しを願う心があるだけで、私たちを用いて下さる。
人間関係も同様である。つねに真実であり、愛が相互にあるとはとても言えない。しかし、そのような関係のなかにも、双方がとくに神を信じる者たちであれば、いっそうそうした土の器というべき関係のなかにも、宝を添えて下さるであろう。
主イエスを信じる何人かの集まり、それはそのまま聖書でいう「教会(集会)」である。そのキリスト者の集まりであってもときには互いに罪を犯し、意見や感情の対立がある。しかし、それでもなお、「二人、三人私の名によって集まる者のうちに、私はいる」と主イエスは約束してくださった。このこともまたそうした集まりが土の器のようにもろく汚れたようなものであってもなお、そこに神はよきものを与えて下さるということなのである。


リストボタン十戒について

「十戒」というと、ずっと以前映画で世界的に有名になった。その印象が強くて、大昔の物語であって現実にあったというものでないという気持を持った人が大部分であっただろう。私は高校のときにその映画を卒業生を送る予餞会という学校行事としてみんなで見に行った。海が二つに分かれるところがとくに印象的であったが、それが現代の人間に何か関係があるなどとはだれも思わなかっただろう。単におもしろい映画、というだけであった。
しかし、それは実に深い内容と広がりを持っている。

十戒の最初に、つぎのような言葉がある。

…「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。
あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
…」(出エジプト記二〇・23

ふつうは十戒というと、右の引用聖句の二行目の「私のほかに神があってはならない」からの内容を思いだす。しかし、その直前に言われている神の言葉が重要である。
神とは、「イスラエルの人々を奴隷にされていた状態から救い、導き出した神である」、そのことが十戒の根本にある。この大きな出来事があったからこそ、次に与える十の戒めを守ることができるのだ、と言おうとしている。できないことを命じているのでないし、何も神からの賜物を実感していない人間に向かっていきなり命令しているのでもない。
私は四十年ほど前に初めて旧約聖書に触れたとき、十戒とは十の戒めを書いてあるとしか思えなかった。また、何か強制的な堅い感じがあり、心にそのまま入ってくるものではなかった。しかし、その後、この十戒の最初に書いてある言葉の重要性に気づくようになった。
この十戒という用語は、もともと仏教用語であるが、モーセが受けた神の言葉を中国語に訳したときに転用したのであった。仏教のほうでは、戒とは、仏教道徳の総称を指す言葉であって、五戒、八戒、十戒、二五〇戒、五〇〇戒などいろいろな戒がある。このようなことから、十戒というとやはりしてはいけない戒めというように受け取ることになってそこに愛があるなどということは感じにくい用語である。
また、英語訳の Ten Commandments という訳語も、コマンド(command)とは命令する、という語であるから、十の命令、というように受け取られる。これは強制的な語感がある。
しかし、原語のヘブル語では、これは、アセレト ハッデバーリィム といい、アセレトは十、ハッ は冠詞、デバーリームは、言葉 であるから、直訳は、「十の言葉」となる。英語のもう一つの訳語は、Decalogue(デカログ)といい、デカは、十、ログとは「言葉」を意味するから、これは原語の直訳である。
このように、原語は、戒めとか、命令といった言葉でなく、単に「十の(神の)言葉」である。それはたしかに威圧するような命令や、自分で自分を引き締めようとする戒め、といったものではなく、神の愛ゆえの言葉であり、人間とはこのようになるのが本来のあり方なのだ、ということを指し示すものとなっている。
奴隷状態から救い出したのだ、だからその愛を実感するなら自然に、その神を愛するようになるし、それが究極的な人間のあり方なのだ、ということを指し示すものなのである。
私もかつて、たしかにある種の奴隷状態にあった。それは自分というものに縛られ、この世の闇の力の中で檻の中に入れられているような状況であり、どんなにもがいてもそこから出ることができなかった。その苦しみはどうしょうもなく、だれに聞いてもわかってもらえないものだと直感していたため一人苦しみのなかであえぐことになった。
しかし、たしかにそこから神は主イエスを通して救いの手を差し伸べて下さり、全く異なる世界へと導き出された。その確固たる事実があるからこそ、そのような大いなる愛を示して下さった神の言葉に従いたいという気持が自然に生じたのである。
○○の戒めを守れ、といきなり、高飛車に命じるというのでは全くなかった。神の深い憐れみに接したゆえに、ほかのいかなる人間の命令よりも、主イエスに、神に心から従いたいという願いが起こされたのである。
お前は、私のほかに神があってはならない、そう言われたから機械的に従うということではない。唯一の神、天地創造された神が私という迷える羊、遠く暗い森のなかにいて出てくることもできなかった一人の人間を救い出して下さったからこそ、「あなただけを神とします。」という気持に自然となっていったのである。
この十戒もそのような内容を本来持っているのであって、単なる命令では決してない。
ここには、この十戒から千数百年も後になって書かれた新約聖書の精神がはやくも流れている。それは、次の言葉である。

… わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになった。ここに愛がある。(Ⅰヨハネ四・10

これは、すでに見たように、イスラエルの人たちをまず神が愛して、救い出した、ということの延長上にある。唯一の神を礼拝するように強要する神、というイメージが強く押し出されることが多いが、実はまず神の愛が根底にあったのである。
旧約聖書の神は怒りの神、裁きの神などといわれたりすることが多い。しかし、本当は最初から深い愛の神であった。まず道からそれてしまおうとする人間をみつめ、愛する神が示されている。アダムとエバという最初の人間においても、何の努力もせずして、神ははじめから彼らを愛して、見てよく食べても美味な数々の植物を生えさせて水の流れ豊かなところを与えたとある。
人間のほうがそうした神の愛を裏切って背いていくのであり、はじめの愛へと立ち返らせるために神の裁きも行われた。

ここでは、いくつかの十戒の内容について考えてみたい。

父母を敬え
この「敬う」という言葉は、「重い」という原語が使われている。例えば、出エジプト記十八・18に「あなたの荷が重すぎて…」というようにである。
父母の存在を「重く」受け止める、ということである。敬うことのできないような親もたくさんいるであろう。仕事をしない、酒飲みで家族を苦しめる、暴力を振るう、遊びまわって家族を顧みない等々、そのような親を敬え、といっても難しいであろうが、そのような親であっても、自分と最も近い関係の人間ゆえに重く受け止めて、そのような悪行にもかかわらずその親がよくなるようにと心を砕くこと、それが親の存在を重く受け止めるということである。
最も身近な人間が、最も心を用いて重く受け止めるということ、そのことの重要性がここに示されている。主イエスは隣人を愛せよと言われた。私たちにとって生まれたときからの最も身近な隣人は親なのである。

人を殺してはならない。
この当たり前のようなことがなぜ言われているのか。殺すということは、人間が自分中心になったときに起きる。自分が傷つけられたとか自分の愛が裏切られた、自分の欲望を遂げたい、自分の利益、快楽の邪魔をする、といったことである。
それ以外の殺すという行動は、しばしば憎しみがその背後にある。憎しみの究極的なかたちが殺すということになる。
しかし、憎しみがなくても生じるのは、戦争である。上官の命令、国家の命令というかたちで、他国に侵入し、そこで多数の人々を殺すということは、その人々には会ったことも関わりもなかったのであるから、本来自分の欲望を邪魔されたとか裏切られたということではない。 しかし、命令によって殺すようになる。戦争は個人の憎しみの感情からでなく、国の支配者の欲望から始まることが非常に多い。そしてひとたび戦場で自分が殺されそうになったり友人が殺されると個人的な憎しみが生じてくるゆえの殺害となっていく。
また、それとは異なる理由で殺すことが現代では生じる。それは交通事故による。
しかし、最も殺すということで一般的な理由は憎しみである。それゆえにこの十戒の言葉は、憎んではならない、ということにつながっていく。そしてもし、私たちが奴隷の家から導き出され、救い出されたということを本当に深く思っているならば、本来憎しみという感情は起こってこないであろう。
このような殺すということを究極的にその根本にある憎しみの感情を問題にしたのが主イエスであった。主イエスは憎しみの逆にある愛、祈りをもってその感情に置き換えられた。
そのような感情が生じるために、まず私たちの罪の赦しがあった。
これは、十戒においても最初に、「私は主、あなた方をエジプの国、奴隷の家から導き出した神である。」と言われていて、そのことを本当に受け取っているならば、以下のことが守れるのだと言おうとされているのと共通している。
主イエスも、莫大な金を借りていた者にその借金を帳消しにしてやる主人のたとえを話して、そのことのゆえに他者の罪を赦すのは当然であり、赦すことができるのだと言おうとされている。
あるいは、「多く赦された者が多く愛することができる」と言われて、赦しということをまず深く受けることが愛の源泉になることを示された。
人間の他者への関わりは、無関心が最も多く、憎しみか愛か、ということになる。好き嫌いという感情もそれがより強い感情になると、憎しみと愛ということになる。しかしこの二つの感情も自然のままの人間であれば、いずれも自分中心という点では共通している。無関心ということも同様であるから、私たちが自然のままの人間であるならば、すべて自分中心の気持ちでしかない。
こうした自分中心という深い本性を根本的に打ち砕くために主イエスは来られた。自分中心とはまさに罪ということであり、その罪の力を滅ぼすために十字架で死なれたのであった。さらに罪の力を滅ぼした後、何によって生きるのか、新たにされた魂を導くものとして、復活のキリスト、聖なる霊が与えられるということにつながった。
こうして、憎しみの根源が砕かれて殺すということがなくなる道が開かれたのであった。
憎しみは人を殺すことと同じだということを、繰り返し強調しているのは、ヨハネの手紙である。

…愛することのない者は死にとどまったままである。
兄弟を憎む者はみな、人を殺す者である。(Ⅰヨハネ三・1415より)

このように、愛を持たない者自身は死んでいるも同然であるが、他者を憎む者は、相手をも霊的に殺す者となるといって、憎しみは自分をも相手をも死に至らせると言われている。
憎しみという死の力のうちに留まり、そこから出ることができなかった人間を、いのちの世界の内に留まり続けることができるように、そこへと導き入れるために主イエスはこの世に来られたのであった。

盗んではならない

こんな簡単なこと、子供でもわかることがなぜ書いてあるのか、盗みが悪いことだいうことはあまりにも当然で、言われるまでもない、と多くの人たちは考えるだろう。そしてほとんど気にもとめないで読み過ごしていくことが多いと思われる。
しかし、これはそのように単純なことではない。つぎの主イエスの言動を見てみればこの問題の根は深いことがわかる。

…それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。
そして言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』
ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしている。」(マタイ福音書二一・1213

主イエスは他では見られないような激しい態度で神殿で商売していた人たちを追いだした。このような行動は主イエスの生涯でもここだけである。なぜこのような激しい態度をとられたのか私たちにとっても謎のようなことである。
しかし、はっきり言えるのは、このような行動にでなければならないほどに、神殿であたりまえに行われていたことの中に重大なあやまちがあったということである。言葉だけでなく、目ではっきりと見える行動によっていかに主イエスが宗教的偽善に対して強い憤りを持っているかを示そうとされたのである。
神殿で両替とか売り買いをする商人たちが、強く非難されるべきことだというのは、現代の私たちには理解しがたいことである。神社のお祭のときにいろいろな店が出るのはごくあたりまえと思ってきたからである。ここでの商人たちの商いと現代の神社のお祭のこととはもちろん違っている。福音書で言われているのは、遠くから礼拝に来た人たちに礼拝に必要な捧げ物などを売ったり、両替をしていたことを指している。
神殿に献金したり神殿の税を納めるためにはイスラエルの決められたお金でなければならず、ローマ帝国の各地から来た人たちは、神殿で両替をしてもらう必要があったのである。その際に、商人たちは相当な手数料を取って自分たちのものとしてもうけていたのである。
また、動物の捧げ物をするには、傷ついた動物ではいけないので、検査が必要となった。それで検査済みの動物を買う人たちが多かったのである。これも、それによって多くの収益を得ていた人たちがいた。
しかし、こうしたことはずっとふつうに行われていたので、当時の人たちも彼らが「盗んでいる」などと考えたことはなかっただろう。
そのように、盗むということもまた、子供が考えてわかることもあるが、宗教的指導者やほとんどの人たちが気づかないところに、すでに盗みが入り込んでいるのである。
しかし、そのような日常的な営みのなかに、主イエスは神のご意志に反する明確な「盗み」を読み取っておられた。
当時の人たちが気づかないところに深い盗みの罪があることを見抜かれたが、そうした視点で見るときには、人間の営みには至る所で盗みがあると言えよう。
自分のものでないのに、自分のものとすること、それが盗みである。このごろ次第に強調されるようになった、著作権の問題も一種の盗みだからそのようなことがないようにしようとしている。
素朴な美しさを持っている高山植物を抜き取っていくとき、それは人間全体のものを盗んだことであり、またそのような美しいものを創造してそれに触れる人に神の国を指し示そうとされておられる神のものを盗んだことになる。
人間はみな神のものであるのに、特定の人間を奴隷のように扱うならそれはやはり人間の魂を神から盗んだことである。
貧しい国々の人々が長時間有毒な物質にさらされながら働いた結果つくられたものを、きわめて安価に購入し、それを浪費するなら、そうした貧しい人々の力や健康を盗んでいるということになる。
かつての日本も国が全体としてそのように一般の大多数の人間の労働を強制し、そこから生まれた産物を取り上げていた。
そうしたことが一六三七年の島原の乱が生じた重要な原因となったが、飢饉であっても農民が生きていけないほどにきびしく徴収するということすらあった。そうしたこともすべて国家や権力者による盗みといえよう。明治になっても、農民の貧しい人たちを会社が取り込み、十二時間以上の厳しい労働を強いて多くの若者が病に倒れるような状況をつくって経済力を高め、軍事力を強めていった。そして 戦争を次々に始めていった。
戦争そのものが、大規模な国家による盗みである。相手国の人間の生命、領土を奪っていくことであるからである。
アフリカで平和に暮らしていた人たちを拉致して、数千㎞の海を船に丸太のように押し込み、弱ったものは海に投げ込むという恐るべき仕打ちをしてアメリカに連れてきて奴隷として使った。これも明白な盗みであった。
日本も朝鮮半島の人たちを大量に連れてきて、炭鉱や鉱山など有毒物質で満ちているような衛生環境の極めてわるい地下で長時間働かせるということが多く行われた。これも労働力の盗みであり、人間のからだと命を盗み取るような悪事であった。
また、現代においても、限りある資源を特定の国や人々がぜいたくのために浪費するなら、それも人類全体のものを盗んでいるということになる。現代のアメリカ、日本やヨーロッパなどの先進国といわれる国々の発展はアジア、アフリカなどの国々の人間やその労働力、そして資源を大量に奪っていくことによって発展してきたという側面を持っている。
さらに現代の日本で次ぎ次ぎと生じてきた偽りの商品の問題がある。賞味期限、商品名、そして原産国をも偽り…、これも偽りを言うことでたくみに国民のお金を盗み取ったということになるだろう。
こうした社会的な盗みから目を個人に転じてみればどうだろうか。盗みということは犯罪で、そのような犯罪に相当することは多くの人はやったことがないと感じていると思われる。
しかし、このことも、少し深く考えてみるとそうではないのに気づく。
すでに今から数千年の昔、私たちが自分のものだと考えているものも、この全地、そこに生きているものもすべて特定の王とか皇帝あるいはどこかの国の所有でなく、神のものなのだ、と確信していた人がいた。これは神からの直接の啓示でなければ到底このような確信は持てないだろう。

…地とそこに満ちるもの
世界とそこに住むものは、主のもの。(詩編二四・1

私たちのいのちも自分のものでなく、神のものである。神が母親の胎内にいのちを与えたのであって、人間がそこに介在しているのはもちろんであるが、いかに人間が産もうとしても、体の状態が何らかの点でわるければ妊娠できないし、一定の年齢の期間でなければやはり胎児を宿すことはできない。そうしたホルモンとか、胎児を形作るからだの組織などすべて人間が備えたものでないことは誰もが知っている。そうしたことも万物を創造した神が備えているからこそ、新たないのちが生まれてくるのである。
それゆえに、自分のいのちもその背後の神の御手のうちにあるのであって、私たちのいのちはそれぞれの人にゆだねられているのである。
そのようなことだけでない。私たちがこの地球上で生きているということは、自分の力だけで生きているなどということはあり得ない。空気がなかったらそもそも生きていけない。そし大気も太陽の光もなければたちまち地上はマイナス二百度近くにもなってしまう。また大気や太陽があっても水がなかったらもちろん生きられない。
また、地球が太陽から離れずに回っているのは太陽と地球にはたらく万有引力による。もしこの引力がなかったら、たちまち地球は太陽から離れて真空の中を飛び続けることになり、大気も宇宙に飛散してしまう。こういったことを考えるとすぐにわかるのであるが、人間は自分がつくったもので生きているなどということは全くいえないのであって、人間が存在するまえから備えられていたさまざまのもののおかげで生きているにすぎない。太陽も、酸素も水もすべて人間が造ったのではなく、創造主である神が創造しそれによって人間は生きている。
このような事実を知るとき、私たちの存在は創造主たる神のものであり、人間の存在というのは神の御手のはたらきがなければ生きていけないきわめて小さなものであることがわかってくる。
それゆえに、 栄光や力は神のものであり、人間のものではない。それなのに、自分がその栄光を受けようとし、力も自分が持っているのだと誇るとき、それは神のものを盗もうとすることになる。
使徒パウロは、「…この宝を、土の器の中におさめている。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかになるために。…」(Ⅱコリント四・7


と言って自分たちに与えられているよきものは神のものであることを述べている。
高ぶりや傲慢ということ、自分が物事を成しとげたとか、自分が何でもできるのだといった態度は、自分が生きて、食事したり手足を動かしたり、仕事したりすることすべての力が神から与えられているのだということを知らないことである。そうした力はすべては神のものであり、神から与えられているのに、それを自分のもののようにみなすこと、それもまた一種の盗みだといえよう。
こう考えると、盗みというのは、特定の犯罪人のおかすものでなく、だれでも神のものを盗んで自分のものとしようという気持があるのがわかる。
それならば、盗みを伴わないような生き方はあるのだろうか。
キリストはまさにそのために来られたと言える。人間が神との間に越えがたい壁(罪)をつくっているために神との結びつきができない状態となっている。その壁を根底から除くために、キリストは十字架で死なれた。そのことによって人間は、神との結びつき(主の平和)が与えられ、神の無尽蔵のいのち、よき賜物を与えられる道が開かれた。そして私たちが神からの賜物を豊かに受けるとき、おのずから奪うとか盗むといったことと逆のこと、与えるということに導かれる。
神はキリストの十字架の死が私たちの罪を身代わりにになったしるしであることを信じるだけで、限りない海のような恵みに満ち満ちた世界へと招かれる。その尽きることなき恵みを与えようとしておられる。
私たちがその恵みを少しでも受けるときには、奪おう、盗もうとする本性から、与えようとする存在へと変えられる。
すべてを持っておられる神から、感謝をもって受け取るということである。 感謝をもって捧げるということである。私たちの健康や時間もエネルギーも、あるいはお金も神に捧げるという気持をもって使うとき、それは初めて正しい使い方となる。
「常に感謝せよ」と聖書で言われているのは、もし私たちがつねに神から与えられたものだと感謝して受け取り、それをまた神の国のために用いるということで神にお返しするとき、私たちは初めて神と人とに対して正しい関係になるからである。

 


リストボタン死の力といのちの力

誰でも、生きたいという強い願いを持っている。それは他のどんな欲求よりも強力なものと言える。それは、人間だけでなく、一般の動物にも、また植物においても見られる。植物においては、生きたいという願いなどは感じられないという人がいるかも知れない。しかし、固い土やしばしば岩の中にさえ、その根を張りめぐらしていき、巨木となって大風が吹きつけてもなお倒れないように、想像をはるかに越える強固な力をもって大地に根付いている。ときに岩山の斜面であっても、崖にすら松の木々が倒れずに成長している。斜めに傾いて成長した大木を支えるということを、支えなども一切なくして人為的にしようとすれば、それはほとんど不可能だと思えるほどである。
また、日陰になった植物が、枝を日のあたる方向へと伸ばして陽光を受けようとする。大きな木の陰にある木が、太陽の光を求めて、大きな木の枝のすきまから細長い枝を伸ばし、ほかの枝は枯れてしまって、その細長い枝が太い枝となって、日の光の方に延びていって太い枝となっているのを見かけることがある。このような植物の姿は、生きようとする強い力を感じさせる。
また、自分が枯れて死んでしまっても、種や球根というかたちでそのいのちを存続させようとするいとなみも実に変化に富んでいる。風によって遠くへと種子が運ばれるもの、動物や小鳥によって食べられて運ばれるもの、などなど何とかして自分の持っているいのちを続けようとするいとなみは至るところに見られる。
また、最も小さな生物のなかまであるバクテリア(細菌)は、一般的には熱や薬品に弱いのであるが、これも、増えるために不可欠な水分がなくなると、胞子となって熱や乾燥に耐えるものとなる。
一部の耐熱性の細菌は、百度で、六時間も熱しないと死滅しないと言われているほどである。また、酸素のない状態では、ふつうの動物や植物は生きられないのは誰でも知っているが、細菌のなかには酸素がなくとも増え続けることができるのは多くある。圧力を大気圧の二倍ほどにして高温にし(百二十度)、数分その条件を保ってそれでやっと死滅させられるものもある。( ボツリヌス菌)
この世界に創造されたさまざまの生物はこのようにして、いのちを保つことを千差万別の方法によって続けている。
しかし、他方私たちの周りをみるとき、次々と死の力によってのみ込まれていく事実に接する。今活躍している人も、あと五十年、百年の時間が経つうちにみな地上から姿を消していく。死の力はどんなよい人でも、よき行いにみちた人でもそれらを滅ぼしていくように見える。
それは悪の力に似ている。
私たちは、ふつうは死ということを自然の現象として善悪の問題でなく、生物の自然現象として見ることが多い。しかし、聖書においては、単なる自然現象でなく、悪魔とは死の力を持っているのだということが示されている。
新約聖書では、「…死の力を持つ者、すなわち悪魔…」(ヘブル書三・14とあるし、黙示録の最後の部分でも、次のように記されている。

「悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれた。…死も火の池に投げ込まれた。」(黙示録二〇・1014

このように、世の終わりに最終的に滅ぼされることになるのが悪魔の力と死の力なのである。

…罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだ。すべての人が罪を犯したからである。(ローマの信徒への手紙五・12より)
使徒パウロは、
「最後の敵として、死が滅ぼされる。」(ローマ十五・26
と述べていることも、悪の力と死の力が深くつながっていることを示すものである。
罪をおかすとは、悪魔の働きに動かされて負けることである。そこから死に至る。このように、悪魔と死は深いつながりを持っているのが示されている。
それゆえに、黙示録では、悪魔が滅ぼされることと、死の力が滅ぼされることが並べて書いてあるのである。
私たち人間は、絶えずこの二つの力に悩まされている。悪の力によって支配されているゆえに罪を犯し、数々の分裂や憎しみ、そして悲しみや悩みを引き起こす。あらゆるこの世の問題はすべてこの二つ、悪の力と死の力によって生じている。それぞれの人間が互いに悪の力でなく、神の真実と愛の力によってかかわるなら、そこには嘘もなく欺きもない。また攻撃も憎しみもない。あるのは相手がよくなるようにとの深い願いだけである。 そこからは清い人間関係と平和が生じる。
こうした個人的な問題でなく社会的な問題にしても、もとは一人一人の人間の間違った欲望や悪意から始まっている。そして、人間の悲しみや苦しみは関わり深い人間が死んでしまう、ということによって決定的になる。
私たちは、悪意、敵意といった悪の力と、よい人であっても事故や病気その他でみんな死んでいく死の力という二つのことで立ち直れないような深い打撃を受けることが多い。
この二つが除かれるならあらゆる問題は解決する。それゆえに聖書ではこの二つの問題の解決に全力をつくしている。飢餓の問題、戦争やテロ、環境汚染等々、それらも一部のひとたちの贅沢や欲望のゆえに限りなく問題が大きくなっているのである。
悪の問題、それは罪という言葉でも表現されている。この二つの大問題の解決のために、聖書は記されているし、主イエスが地上にこられたのもそのためであった。
そしてキリストの復活という事実は、死の力の克服であり、悪魔が持っている死の力への勝利なのである。また、十字架上での死は、悪魔の力(罪の力)に対する勝利なのであった。そのような深い意味があるとは一般の人は知らない。私自身も十字架がどんな意味を持つのか、単にイエスが処刑されたときの道具にすぎないとしか思っていなかった。その深い意味は二十一歳のときまで全く考えたこともなかった。
死の力、それは自然現象でなく、滅ぼされるべき悪の力と同様なのであるということは、驚くべきことである。
「一粒の麦」という言葉がある。これは賀川 豊彦の有名な著作の題名ともなり、やフランスの有名な小説家も「一粒の麦もし死なずば」という本を書き、現代のノンフィクション作家として知られる柳田邦男もこの言葉が記されてているヨハネ福音書の箇所から大きな影響を受けたと言っているように、一般的にも広く知られている。

…まことにまことにあなたがたに言う。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。(ヨハネ福音書十二・24

この言葉は、少し述べたようにさまざまの影響を多方面のひとたちに与えてきた。これは、人間の生涯をわずかこのようなひと言で言い表し、指し示し、また大きく転換する力を持っている。
過去二千年の間、無数の真実な生を生きた人たちは、たしかにこの一粒の麦であった。それが死んだゆえに、神はあらたないのちをそこに与え、そのいのちが大いなる働きとなって広がって行った。
賀川 豊彦も若き日に、旧制徳島中学校時代にキリストを知り、さらにキリスト教の学びを深めるために明治学院に進学したが肺結核になり、死ぬのだと思った。どうせ死ぬのなら、キリストの愛の示すところに従って最も貧しい人たちのところにいってはたらこうという考えから神戸の貧民窟に入った。
その決断によって、後の賀川の多方面にわたる大きな働きがなされるようになった。それは一粒の麦が死んだということであり、そこに神は新たないのちを注いだのである。
苦しみや悲しみ、大きな病気や事故等々によって、さらに聖なる霊によって古い自分が死んだとき、それは人間にとって決定的な転機となる。私自身も二十一歳のとき、古い自分、それは完全でなくても、ある部分はたしかに死んだのを感じた。それによって私の死んだ部分に神のいのちが新たに注がれた。
それゆえに、キリストを信じて一年後に始めた読書会にも、加わる人が与えられ、信仰を持つ人が生まれるようになった。これは私に注がれた神のいのちがはたらいたからである。
死の力に勝利するとは、いのちの力である。そのいのちの力が、この世界を覆っている。

「死は勝利にのみ込まれた。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」
(Ⅰコリント十五・55

この手紙が書かれた当時もほとんどの人が、その逆、すなわち死という力に、よいもの強いものもみんなのみ込まれていく思っていたであろう。現在も同様である。
そのようなただ中に、勝利の力が死の力をのみ込んでしまった、という天来の確信がパウロには与えられた。この確信は死の力や悪の力が至るところにあり、当時はローマ帝国による迫害が始まっている時代であっても、なお、与えられたのである。そしてその確信は単なる人間的な考えとか単なる希望とか想像によるのではなかったゆえに、二千年後の今日までいささかも衰えることなく、この地上にとどまり続けている。
いのちの力は、あらゆる闇の力、死の力をのみ込んでいくほどに強い。そして神のいのち、永遠の命を求めるものにそれは与えられていく。


リストボタン無教会とは

今年の五月に、徳島市で無教会のキリスト教全国集会が予定されています。
まだキリスト教信仰に入っていない人や一般の人々は無教会という用語を知らない方々も多く、そもそもどのような意味をもって使い始められたのか、その精神は何か、といったことを説明する必要が生じています。 そのため、ここで無教会とは何かを説明しておきたいと思ったのです。
無教会のことは、広辞苑や各種の百科事典にも掲載されているし、かつて私が教員をしていたころ各種の倫理社会の教科書を調べてみたことがありますが、ほとんどの教科書で、内村鑑三と関連して掲載されていました。
しかし、当時から倫理社会という分野は大学入試にも関係ないことが多く、その学びも軽視されていて無教会についても知らない人たちが多いと思われます。
私たちの徳島聖書キリスト集会は無教会のキリスト教集会です。無教会というのは何か、教会が無い と書きますが、これは、無教会という流れのもとになった内村鑑三が若き日に書いた本に使った言葉に始まります。この言葉が使われた最初の状況は、特定の教派をつくるとか、一般のキリスト教会に対して特別な主張を持っているというのではありませんでした。
一八九三年、内村鑑三が三二歳の若きときに「キリスト信徒のなぐさめ」という本を出しました。その本で、内村は自分のキリスト教信仰上の考えが神学者や接した教会の指導者たちに受けいれられず、教会から捨てられた状況になったことを記しています。そのような時、内村を最も支えたのは、聖書そのものであったと、次ぎのように述べています。

「…多くのひとたちにけなされ、責められるとき、自分の尊厳と独立を維持することに、比類のない力を持っているのは聖書である。
聖書は孤独な者の盾、弱き者の城壁、誤解された人間の休みの場である。…」
(「キリスト信徒のなぐさめ」第三章より。内村鑑三全集 岩波書店刊 第二巻二七頁 原文は文語。)

こうして聖書の真理に深く学び、励まされていきました。彼は、さらにこう述べます。

「私は無教会となった。私は人の手によって造られた教会は私にはない。私を慰める讃美の声はない。私のために祝福を祈る牧師もない。しかし、私は神を礼拝し、神に近づくための礼拝堂を持っていないであろうか。
山に登り、広大な野を眼下に望み、この世の上に高くに立ち、一人無限なるものと交わるとき、あるいは、風が背後の松の木によって讃美を奏で、頭上高く飛ぶ鳥はつばさを伸ばして天上の祝福を注ぐ。
夕日はまさに沈もうとし、東の山は紫となり、西の山は紅となり、水の流れの上に映じている。そうした自然のただなかで、一人川のほとりを歩みつつ、聖者たちと霊的な交わりを結ぶとき、私はまさに、声なき説教を聴く気持になる。 …
とはいえ、私もまた人との交わりを求める者であり、ときには、人の建てた礼拝堂に集い、しずかに会堂のかたすみにて参加者とともに歌い、ともに祈ろうと思う。
また、私は教会から退けられているゆえに、教会の講壇から福音を語ることはできないから、さびしく孤独に悩み憂いに沈んでいるひとたち、あるいは貧しさに苦しむひとたち、あるいは罪を知って一人神の赦しを得ようとしている人たちのところを訪れ、主イエスの貧しさと孤独と恵みを語ろうと思う。
ああ、神よ、私は教会を去っても、あなたから去ることはできない。教会に捨てられた不幸は不幸であるけれども、あなたに捨てられなければそれで十分なのだ。…」(同書三六~三七頁)

このように、無教会という言葉が最初に使われた状況は、内村鑑三がみずからが、真理と信じることを固く守ろうとする歩みのなかで、彼が出会った教会の指導者たちから退けられ、所属する教会を持たなくなった。教会の無い者となった、ということであったのが分かります。
そのような内村鑑三のもとに、聖書の真理を求め、学びたいという強い希望をもった青年が集まるようになり、おのずから一つのキリスト教の流れが生まれたのです。その流れの中心的主張は、「救われるためにはキリストを信じるだけでよい」ということ、さらに、あとになってできた伝承や組織などの権威や伝統によらず、「聖書中心」ということが基本にあります。
言い換えれば、聖書とキリスト中心ということです。
そして聖書のなかでも、とくに新約聖書の使徒パウロの代表的な手紙であるローマの信徒への手紙やガラテヤの信徒に宛てた手紙に繰り返し強調されている真理を基本としています。
それは、
「イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義である。」(ローマ信徒への手紙三・22)という聖書の言葉にはっきりと表されています。
キリストを信じるだけで救われる、つまり本当の幸いを得ることができるというとき、聖書はさまざまの意味を含んでいます。
まず、福音書において、救いを受けたひとは何によって救われたのか見てみましょう。

… 人々が中風の人を床に寝かせたままで、イエスのところに運んで来た。イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された」と言われた。(マタイ福音書九・2

罪の赦しとは救いです。それは、意外なことに本人の信仰でなく、病人を運んできた人たちの主イエスへの絶対の信頼、信仰であったのです。
ここには周囲の人の信仰もときには救いをもたらす重要なものとなるのを示しています。
次に救いを受けるためには、ただ信じるだけでよい、ということを示す箇所です。

…十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」
すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。
我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」
そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。
するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。(ルカ福音書二三・3943

十字架にかけられた三人の人たち、それは三種の人間を象徴的に表すものです。一つは最後まで悔い改めようとしない人間です。この世にある信実なもの、美しいものに心を開こうとしないで、かえってよきものを踏みつけようとする人間です。
そして次は以前はそのようであったが、息を引き取るまえに主イエスに立ち返る人、悔い改めをする人です。
さらに最後に人間が究極的に高められたらどのような人間になりうるか、を示すイエスです。
この二人の犯罪人のうち救いを受けた人は、みずからこんな極刑を受けるのに当然の報いであると認めています。それほどに人殺しのような重い罪を犯した人間であったと推定できます。しかしそれにもかかわらずこの重罪人はただ信じるだけで、主イエスから「今日、私といっしょに楽園にいる」という明確な救いの保証を与えられたのです。彼は、水の洗礼もなく、なんらかのキリスト者の集まりにも加わることなく、文字通りただ信じるだけで主イエスから救いの保証を与えられたのです。
また、十二年もの間、出血のある病気をわずらってお金も使い果たして生きる望みを失っていた女がイエスだけは救って下さると信じ、必死の思いでイエスの服に触れた。(マタイ九・1822
ただそれだけで長い苦しみから解放されることになりました。主イエスは彼女に対して「あなたの信仰があなたを救った」と言われました。このようにイエスへの深い信頼を持つことができるということがすなわち救われている証拠なのです。特別に汚れているとされた病気であったからこの女はどれほどこの一二年間を苦しみ孤独に悲しんだことでしょうか。
その長い間の苦悩も主イエスへの信仰(信頼)だけで、道が開かれ救いを与えられたのでした。
この「信仰による救い」ということは、すでに旧約聖書のはじめの方に、次のような記述があります。

… 主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」
アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。(創世記十五・56

この短い記述は、神の言葉への明確な信頼があれば、ただそれだけで、神から義とされる、ということです。人間はさまざまの間違った言動があります。「義である」、つまり正しいなどと到底言えない状態ですが、それにもかかわらず、何もよいことができなくとも、神の恵みに満ちた約束を信じるだけで、正しい人間とされるというのです。
神への全面的な信頼こそが、人間の正しさを決定するほどに重要なことだと言われているのです。
「義とされる」といった表現は現代の私たちには分かりにくい言葉です。そのような表現は日常生活ではほとんどの人が用いないからです。
しかし、これはきわめて重要な内容を持っていたのです。その当時はこの言葉の重要性は深くは分からなかったと言えます。というのは、この言葉は以後の旧約聖書の内容には現れないからです。いわば地下水が大地の奥深いところを通って後に泉となって現れるように、この言葉に含まれる重要な真理はアブラハムから千七百年ほども経ったイエスの時代になってはじめていわば再発見されたように、キリスト教の福音の前面に現れ、それが泉のようにあふれ始め、全世界へと流れていったのです。
そしてそのために強力な武器となったのが、使徒パウロの手紙でした。すでに述べたように、彼のローマの信徒への手紙やガラテヤ信徒への手紙などはその「信仰によって救われる」ということを中心において繰り返しそのことを強調しています。
私自身、パウロの手紙の核心部分を引用して説明している文を少し読んで、そのことを信じたのですが、ただそれだけでキリスト者とされたのです。まさに、ただ信仰によって救われたのです。
無教会というのは、私が初めてキリスト教に触れたときに読んだ本で知ったのですが、神は私を無教会という集まりのなかに招いて下さったのだと分かります。
私のキリスト者としての決定的な経験は、救われるためには、ただ信じるだけでよい、という単純明解な真理によるものでした。
そしてこの単純なだれでもに開かれている扉を開いて、すこしでも周囲の人たちに救いへと導かれていきますようにというのが以後の願いになりました。


リストボタンことば

282)あなたは出会う人ごとに、何か善いことがあるようにと願っているか。…
(ヒルティ著 「眠られぬ夜のために」第二部 65日)

・聖書は人間の深い罪の本性を随所で指摘しているとともに、そのような弱い人間がどこまで心が清められ、高く引き上げられるかを示している。主イエスの隣人を愛せよということも、だれでも好きになれ、というようなことでなく、ここでヒルティが言っているような意味で言われている。
また、使徒パウロが「絶えず祈れ」と書いていることも、同様で、究極的な祈りの人とはこのような願いの心を持って日々歩んでいる状態を指すと言えるだろう。 私たちの自分中心性が根底から打ち砕かれて初めてこのような生へと導かれる。それは私たちの努力でなく聖なる霊の力によらねば到底あり得ないことだと言えよう。


リストボタン詩の世界から

いのり 伊丹 悦子

朝な朝な
鳥たちは鳴く
ひみつの言葉で
清らかに冴えた声で
森いっぱいに響きわたるように
―イエス・キリスト十字架につけり
われらの罪ゆるすため
清らかに冴えたひみつの言葉で
鳥たちは鳴くまっすぐに
光のように
鳴く
(詩集「泉に行く道」より)


木 貝出 久美子

木は動けないけれど
風が吹くと踊りだす

木は歌えないけれど
風が吹くと讃美する

木は話せないけれど
風が吹くと神を語る

風のない日
木は黙って祈っている

主から受けし 水野源三

今日一日 主から受けし
多くの恵み 人々がみな
床につく この静かな夕べ
讃えても 讃えても 讃えつくせなき
(詩集 「わが恵み汝に足れり」より)


リストボタン休憩室

○春、いっせいに野山の木々や野草、花壇の植物が芽を出し、花を咲かせていきます。それらのすがたを見ていると、すべてが、復活のいのち! 永遠のいのち! と叫んでいるかのようです。
タチツボスミレなど各種のスミレやモミジイチゴの純白の花、ヤマザクラなどさまざまの草木の花の美しさ、清い美は人間の世界には感じられないものです。まさにこうした自然の風物は神の国がいかなるところかを身近なところで指し示しているのです。

○蜜蜂
わが家の近くの栗の木の根元に大分以前から、昔からわが国にいる日本蜜蜂が住んでいます。西洋蜜蜂よりも温和な性質で、攻撃されたり刺されたことはありません。
蜜を効果的に採取するのに向いている西洋蜜蜂が外国から移入されてから、蜜蜂を飼育しているというのはたいてい西洋蜜蜂です。私が小学生であったとき父が西洋蜜蜂を飼育していて蜂蜜を採取していたので、ずっと蜜蜂の習性には興味がありました。
蜜蜂の活動は毎日見ていても飽きることのない興味深いものでした。父は副業としていたので、春になるとしばしば仕事から帰っては巣箱を開けて調べていました。私もかたわらでよく観察をしたものです。
しかし、秋になるとスズメバチが毎日やってきて巣箱へと侵入しようとし、入口で大量の蜜蜂がスズメバチに噛まれて死んでいくのもしばしば見てきました。それで板切れを持ってそれらの飛来してくるスズメバチをたたき落とすのが私が学校から帰っての日課のようになっていたのです。そのようなとき、何度かスズメバチに刺されたりして、さまざまの蜂の習性にも関心が深められ、夏休みの宿題で昆虫採集をするとき蜂ばかりを集めて出品したこともあります。
現在わが家の近くに住み着いている日本蜜蜂は、あのじめじめした土の中でよく生きて行けると思われますが、三月はじめの寒いときでも数は少ないけれど晴れた日にはよく蜜蜂が飛び立っていました。次々と巣から大空へと飛び立ち消えていきます。
どのような方法で目的の花のところに到達するのか、人間のように周囲の建物や土地の状況、道を見ながら行くのではないのです。昆虫の目は人間よりはるかに単純なつくりであり、目で確認しながら行くのではなく、何も目印のない大空をきちんと目的地まで行くことができるのは驚くべきことです。仲間から蜜蜂固有の特別な方法で教えられ、太陽の光の方向を知って目的地に行くといいます。また目的地で蜜をたくさん吸いすぎても、また距離が遠すぎても体が重くなって巣まで帰れなくなるし、途中で風や雨のため帰る道を間違うとやはり途中で飛べなくなってしまうのです。そのためそのようなことにならないよう、微妙な調整をすることも知っているということです。
また、帰るときも、まったく目印のない大空をどうやって正確に帰ってくるのか、あの小さなからだに精密な測定器、計算機のようなものがあるのに驚かされるのです。
巣のそばで空を見ていると、次々と大空から蜜蜂が何も見えてなかった空間から小さな点となって浮かびあがり帰ってくるのが見えます。そうした活動を見ていると、こうした小さな昆虫の行動にもその繁殖から日毎の活動の一つ一つに見えざる御手によってその神秘な活動が支えられているのを実感させてくれます。


リストボタンお知らせ

○三月二三日(日)のイースター特別集会は、いつものように、特別プログラムでなされました。クリスマスとイースターの二つはキリスト教行事としての特別集会ですが、これらの特別集会だけに参加される方々、久しぶりの方もありみ言葉につながる機会となっています。

○無教会全国集会が近づいています。申込締切りは419日です。なお、案内書に書き落としたことですが、全国集会に会費を収めた後に、不参加になった時は、その会費は全国集会への献金として、返金いたしませんので、御了承くださいますようにお願いします。その代わりに、大部分の内容の録音(MP3録音)をお届けします。

○栗本明子さん、兵庫県へ。
昨年夏にお母様の病気が重くなっていき天に召されましたが、そのことと並行して看護師への道を志すようになっていったと聞いています。
そして四月から兵庫県の大学(看護関係の学部)へと進学されました。今後の歩みを主が守り、病める人たちの支えとなる看護師への道が守られますようにと祈ります。
○ルイスさん東京へ
ペルーからの留学生、イノストローサ・ルイスさんは、四月から東京の大学(大学院)に進学のため、徳島を離れました。主日礼拝などには少ししか参加はされませんでしたが、この三月には主日礼拝、夕拝、大学病院でのつゆ草集会、北島集会などに参加して、み言葉を受けました。東京にいってコンピュータ関係の学びをされるようですが、聖書の真理も忘れることなくさらに聖なる霊の恵みを受けて前進がなされますようにと祈ります。
なお、五月の全国集会には東京から参加予定です。

徳島聖書キリスト集会案内
・場所は、徳島市南田宮一丁目一の47 徳島市バス東田宮下車徒歩四分。
(一)主日礼拝 毎日曜午前十時30分~

(二)夕拝 毎火曜夜七時30分から。 毎月最後の火曜日の夕拝は移動夕拝で場所が変わります。

(場所は、徳島市国府町いのちのさと作業所、吉野川市鴨島町の中川宅、板野郡藍住町の奥住宅、徳島市城南町の熊井宅)です。
☆その他、読書会が毎月第三日曜日午後一時半より、土曜日の午後二時からの手話と植物、聖書の会、水曜日午後一時からの集会が集会場にて。

また家庭集会は、板野郡北島町の戸川宅(毎週月曜日午後一時よりと第一、四を除く水曜日夜七時三十分よりの二回)、

海部郡海陽町の讃美堂・数度宅 第二火曜日午前十時より)、

徳島市国府町(毎月第一、第三木曜日午後七時三十分より「いのちのさと」作業所)、板野郡藍住町の美容サロン・ルカ(笠原宅)、

徳島市応神町の天宝堂(綱野宅)、徳島市庄町の鈴木ハリ治療院などで行われています。

また祈祷会が月二回あり、毎月一度、徳島大学病院8階個室での集まりもあります。問い合わせは次へ。

・代表者(吉村)宅 電話 050-1376-3017

著者・発行人 吉村孝雄 〒七七三ー〇〇一五 小松島市中田町字西山九一の一四 電話 050-1376-3017 「いのちの水」協力費 一年 五百円(但し負担随意) 
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