わたしはあなた方に、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を与えた。
だから、あなた方に害を加えるものは何一つない。


(ルカ十の十九より)



2010 4590号 内容・もくじ

リストボタン多様性のただ中にあって

リストボタン山と渓谷と星

リストボタン賛美はつなぐ

リストボタン二種のニュース

リストボタン復活について

リストボタンパンは尽きず油は

リストボタン人の言葉と神の言

リストボタン大いなる流れ

リストボタン主による導き森祐理(福音歌手)

リストボタンことば

リストボタンお知らせと報告

 



リストボタン 多様性のただ中にあって

自然界は実に多様性に富む。雲の一つ一つの姿、それは刻一刻と変わっていき、毎日変化している。地上の植物のすがたも一つ一つがすべて異なる。同じ木でもその葉は一つとして同じものはない。
人間も同様である。すべての人はそれぞれに固有の個性がある。顔かたち、感受性や、能力、愛好するもの、体力的な素質等々、千差万別である。
しかし、そのような多様性があるにもかかわらず、万人に通用するものであり、また万人が無意識的にでも求めているものがある。それが聖書に言われている愛だ。
愛という目で見るとき、あらゆる人間同士の差は薄れていく。年齢も、容姿、職業も、また友人も敵対する人も、老人や若者、また乳児も、また死の近い人であっても、どこか同じ存在として見えてくる。
さらに、周囲の植物や大空、星、さまざまの昆虫や動物なども、愛という目で見るときには、なにか共通のもので結ばれているのをほのかに感じるようになる。
それぞれが、オンリー ワン である。しかし、ばらばらになって一つ一つがあるのでなく、見えざる神の愛の御手によって大きく結ばれていると感じられてくる。
聖書で、最も大いなるものは愛だと言われた意味がここにもある。

 


リストボタン山と渓谷と星

繰り返し見ても飽きることのない風景、それは山なみの姿と山間に流れる渓谷、そして天にある星々である。
堂々たる山々、いつ見ても変ることなき、そのすがた、そして、清い水の流れ、また闇に輝く星々。
いずれも、永遠の真理を象徴しているゆえに、飽きることがない。
山は、神の揺るぎない存在を、星はいのちの光を、そして山の谷川は、いのちの水を私たちに指し示している。
それらに心を開いて接するときには、たしかにそれらが私たちに伝わってくる。
人間はたえずその考え方も変化し、年齢によっても大きく変わっていく。その人間が作る組織や制度などもすべて変化していく。
わが家の前方に日々望まれる二百キロほども西へと連なる四国山地は、もう何万年を越えて存在してきたことであろう。

…あなたは、御力によって山々を堅く建て、力を帯びておられる。(詩篇六五の六)
…主に信頼する人々はシオンの山のようだ。ゆるぐことなく、とこしえにながらえる。(詩篇一二五の一)

数千年も昔から、山はこのように揺るぐことのないシンボルとして見つめられてきた。
そして動揺することの多い私たちも、主に固く結びつくときには、やはり山のように動かないものとされる。
この世のくらい谷であっても、そこにいのちの水が流れ、神の永遠の光が輝いている。私たちは神とキリストを信じるときには、そこからくみ取って飲み、いのちの光によって歩んでいくことができる。

 


リストボタン賛美はつなぐ

歌は一人だけでも歌うことができる。しかし、複数の人たちで歌うことによって、歌を通して心をつなぐことができる。それゆえに、どこの国でも、一般の民衆によって歌いつがれてきた歌が存在するのである。
心を結びつける、それは話し合いや実際の愛に満ちた行いや共同での学び、研究とかによってもなされることでもあるが、歌は、メロディーやハーモニィと言葉とともにあるので、また違った働きをする。
音楽は言葉がわからずとも通じる万国共通語である。
悲しいときに、歌を歌う気持ちになどなれないという人は多いだろう。しかし、他方では悲しみのときだからこそ、ふさわしい歌を歌って励ましと慰めを与えられるということがある。
キリスト教で葬儀のときにも、讃美歌を歌うのもそうした意味も含まれている。
福音歌手の森祐理さんは阪神大震災で弟を失って以来、震災など突然に生じた苦難の人たちを訪ねるようになった。それは心の救援物資を届け、傷心の人たちの心と心をつなぐためだと言われる。
たしかに、さまざまの救援物資を運んできて、食物のない人々、水のない人たちに提供するという貴重な働きも不可欠なものであるが、それらによってもどうすることもできない、心の傷がある。自分も大怪我をし、家族も突然失われたというとき、食物が提供されても心の傷の痛みはいやされない。
そこに心の救援物資が必要なのだ。 そしてそれは震災や事故などでの被害者だけでなく、実は、人間はみな、心の救援物資が必要な存在なのである。
どんなに年金があり、よい家で住んでいても、なお足りない。それが心に力と平安を与え、喜びを与えるような霊的な救援物資である。
それを与えるために、キリストは地上に来られ、そして心の闇といえる罪をぬぐい去るために十字架にて死なれ、さらに聖なる霊となって来られた。
賛美は、適切になされるとき、その聖なる霊が働くときとなり、聞く人、ともに歌う人の双方に心の栄養分と力を与えることができる。
そして、そのような賛美は、人と人、そして神と人をつなぐ働きをするのである。
旧約聖書における詩篇は、もともと賛美である。主にむかって歌う歌である。それが大きな分量をもって記されているのも、そのような神と人、そして人と人をつなぐ重要な役割があるからなのである。

 


リストボタン二種類のニュース

この世は、つねに表面的に新しいこと、珍しいことを求める。それがニュースである。その事柄自体はとてもつまらない、そんなことを知っても何の足しにもならないことが、たんに珍しいというだけでニュースとなる。どこかの県の課長が万引きしたといったたぐいのことがそれである。
野球やサッカーが毎日大々的に報道されていること、それ自体は、ボールが遠くまで飛んだとか、ゴールに入ったというごく単純なことである。こうしたことは、人間にとって本質的に重要な、正義とか愛、あるいは真実といったこととは何の関係もない。そのような標的に当てたり、ボールを遠くまで飛ばすことは器械でもできるし、はるかに正確に入れたり、また遠くまで飛ばすこともできる。しかし、それがいずれが勝つのかという競争が緊張感を持たせ、、しかもそれがお金にかかわってくるということもあり、相撲などとくにどんなひとにも分っておもしろいからたくさんの人たちが関心を持つ、そこに宣伝効果があるため、企業も加わる、そうして多くの人がさらに関心を持つようになるから、ニュースとして報道される。
しかし、同じニュースでも、全く異なる種類のニュースがある。それが福音である。福音とニュースはまったく違うような語感があるが、実は、「福音」という言葉の意味は、よき知らせ、グッドニュース ということである。(*

*)福音という漢字表現は、もともとは新約聖書のギリシャ語である euaggelion (ユーアンゲリオン)の中国語訳である。ユーとは、「良い」、アンゲリオンは、アンゲロー(知らせる)という言葉から来ているので、良き知らせという意味である。じっさいいくつかの外国語訳聖書は、そのように表記しているのもある。
例えば、あるドイツ語訳新約聖書は、そのタイトルを Die GuteNachricht (ディ グーテ ナハリヒト)としている。グーテ gute とは英語の good 、ナハリヒト とは 知らせ という意味なので、「良き知らせ、ニュース」という意味になる。
また、英語訳聖書にも、The Good News Bible(良きニュース の聖書) と題したものもある。(アメリカの聖書協会訳)


このよきニュースは、私たち人間の根本問題である心の闇に光が射し込むということ、死んだものが復活する、そして最終的にこの世界も新しい天と地になる、といういわば宇宙的な復活を内容としている。
これは驚くべきことだが、二千年もの間、つねにニュースであり続けている。古い魂、衰えて弱った人間の心に、絶えず新たな、神の国からのニュースとして受け取られてきたのである。
この世のニュースを聞いても、心を清められたり、真実な心、愛が増大することはほとんどない。一時的にあってもすぐにその影響は消えていく。
しかし、この神の国のニュースを魂の耳で聞き取るときには、何度聞いても、繰り返しある種の新鮮なニュースとなってくる。
それは、人間の魂の最も深いところに入ってくるニュースだからである。
新聞社は膨大な費用をかけて、多くの記者を動員してこの世のニュースを調べて知らせる。私たちが決して分からない細かな事件や事故の経過などを報道する。
しかし、神の国のニュースを知るには、そうした設備も費用も何もいらない。ただ、信じて仰ぐ心があれば足りる。
人類の記録に残っている何千年という歴史においてラジオやテレビは全く存在しなかったのである。しかし、いまは洪水のようにそうしたニュースがはんらんしている。それによってひとは決してよくはならないのは、そのようなこの世のニュースがはんらんするほどかえって人間は悪くなっている様相を呈していることからも分る。
私たちに必要なのは、神の国からの良き知らせなのである。 それは、魂に静かな細い声として聞こえてくるものであり、聖書からも、また、周囲の自然を通してもその良き知らせは届いてくる。
神の国からの 良きニュースは、闇のただなか、苦しみのただなかにも届けられてくる。そしてだれかのところに届けられた良きニュースは、ほかの人のところにも伝わっていく。
二千年前に、キリストが当時の病気や差別、あるいは貧困で苦しんでいた人たちに与えた神の国の良き知らせは、その人たちにだけ留まっているのでなく、以後もずっと無数の人たちの魂に良き知らせを送り続けてきた。
一般のニュースが、今日聞いたら、もう明日は聞きたくない、だれも顧みないというような価値のないものが多いのとは、本質的に異なるのがわかる。
福音書のなかに書かれてあることは広い意味でみな福音である。それだけでなく、福音の根源にあるキリストによって与えられた福音をさらに詳しくさまざまに言い表したのが、パウロや使徒言行録などのその他の新約聖書の内容である。そしてそれら全体が、喜びのおとずれ(良きニュース)だと言えよう。
そのうち、十字架による罪の赦し、復活、そして再臨という三つのことが神の国の良きニュースの中心にある。
その中心から、次々と良きニュースが発信されていく。病の人がイエスとの出会いでいやされる、見下されていた者も力を与えられる、深い悲しみにある者も、神の慰めを受ける、求めるなら、神の国が与えられ、聖なる霊が与えられる。イエスに従うなら、いのちの光を持つ…等々。
それは神の国からのニュースであり、聖書は全体として、いわば神の国からの良きニュースの発信基地となっているのである。私たちが祈りのうちに主にあって静まるとき、神の国からの良きニュースが次々と発信されているのに気付くのである。

 


リストボタン復活について

春になると、それまで死んだようになっていた冬枯れの木もあるものは桜やトサミズキなどのように、葉よりも先に花を開き、あるものは一斉に芽吹き、みるみるうちに葉も大きくなっていく。
だれでも一番望んでいることは、こうした草木のように自分が新しくされることである。
樹木などは自然に新たな芽が出てくる。しかし、人間は放置しておいて自然に新たなものがその精神に芽生えるというわけにはいかない。死んだようになったときに、そのまま放置されていたら、ますますひどくなる。それゆえに、聖書では復活ということが重要なこととして記されている。
復活とかよみがえりというと、キリスト教の特別なことのように思われる。
しかし、新約聖書の原語である、ギリシャ語では、ごく普通の言葉(エゲイロー)(*)なのである。この言葉は、新約聖書では、起き上がる、目覚めるとかごくふつうの言葉としても使われていて、全体で一四四回も使われているのである。

*)それは例えば次のような例をみると分る。覚めるとか、起きるなどごく日常的な言葉として使われている。
・…ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり…(マタイ一の二四)
・…起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ…(同二の十三)
・…イエスがその手に触れると、熱は去り、しゅうとめは起き上がって…(同八の十五)
・…中風の人に、起き上がって床をかつぎ…(同九の六)

このようなごく日常的な言葉が、次のように、「生き返る」とか、「復活する」とも訳されている。
・…死者は生き返り、貧しい人は福音を…(同十一の五)
…イエスは、自分が…多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっていると…(同十六の21


このことは、復活と訳されるもう一つの言葉である、アニステーミ についても同様である。これは、英語のstand とも語源的には共通している言葉で、ヒステーミ という言葉に接頭語アンがついている形である。そのため立ち上がる、といったように訳されていることが多いが、先に述べたエゲイローのように、「起き上がる」とも訳されている箇所もある。(*

*)例えば、次の箇所である。
・…イエスは、…聖書を朗読しようとしてお立ちになった。(ルカ四の十六)
・…彼女は、すぐに起き上がって一同をもてなした。(同四の三九)


そしてこの言葉はまた、復活というようにも訳されている。
・…彼らは、人の子(イエス)を鞭打って殺す。そして人の子は、三日目に復活する。(同十八の三三)
このように、復活と訳される二種類の言葉はいずれも、起き上がる、立ち上がるといったように使われるふつうの日常的な言葉なのである。
復活と言えるようなこと、それは、死んだ後に初めておきることでなく、この世において、本来だれでもが体験できることなのである。
復活とは死んだ人が生き返ることだから、そんなことは信じられない、と思って退ける人がきわめて多い。しかし、他方では、愛する子供や家族のだれかが、突然に事故などで死んだとき、それは立ち上がれないようなショックとなることがある。そして、生き生きした力が自分の中から消え失せ、いわば影のようなものになってしまう。
また、自分の心の醜さや過去に犯した大きな罪などを思うとき、精神的に立ち上がれず、前進できないと思われること、そのようなことはだれにでも、生じ得ることである。
それゆえ、死者からの復活ということが、信じられないという人でも、立ち上がらせて下さる神を信じることはできる。
聖書でも放蕩息子のたとえにおいては、罪に沈んで自分がもう死にそうになっていたとき、父のところに帰って悔い改めようと、決心したところがある。そこでは、この言葉が、次ぎのように使われている。

…父のところでは食物がたくさんあるのに、私はここで飢えて死のうとしている。立って 父のところへ帰ってこう言おう。…(ルカ十五の十七~二十、口語訳)

この息子はじっさい死んだも同然であった。それゆえ父は、息子が帰って来たとき、その兄が喜ばず強い不満を表したので次のように言ったのである。
「お前の弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。喜び楽しむのは当然だ」(ルカ十五の三二)
このように、人間は実は死んでいるようなものだ、というのは、現代の私たちにはとても意外なことに思える。そんなふうに見える人はたしかにいる、しかし生き生きとして活発に働き生きている人も無数にいるではないか。それなのに,どうしてみんな死んだようなものだ、などと言うのか、という反論である。
しかし、このような見方は、決してイエスだけがもっておられたのではない。最大の使徒パウロも、次ぎのように書いている。
「義人はいない、一人もいない。すべての人は迷い出て無益なものとなっている。」(ローマ信徒への手紙三の十~十二より)
このような表現はあまりにも言い過ぎだと一般的には思われるだろう。しかし、これは人間同士を比較するからであって、神という絶対的な正義と愛のお方を前にするときには、人間はたしかにどんな人でもその心の奥深くまで見るとなれば、このように厳しいとみえる評価が下されるであろう。
これは、別のパウロの書簡でも言われている。

…あなた方は、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。(エペソ書二の一)

このような死んだ状態から、違った状態に造り替えられる、そのために主イエスは来られた。
復活ということは、たんに死んだのちに、生き返るといったことでなく、現在のだれもが悩み苦しむ根源となっている、各自の魂の汚れを清め、そこから新たにされること、生まれ変わることをも含んでいる。

…わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は欲望の赴くままに生活し、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。
しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、キリストによって共に復活させ、…(エペソ書二の三~六より)

このように、聖書のなかには、私たちはみな、実は死んでいたのだ、という考え方があるが、だからこそ、そこからだれにでも復活するという経験が与えられるということもまた記されている。太陽は善人にも悪人にもその光を注いでいる。
それならば、その光によって死んだ状態から復活するような新たな力はまただれにでも与えられると考えることができる。すべての人を招こうとして来られたということは、すべての人を新しい命に復活させようという目的のために来られたということをも意味している。

このような意味での復活ということ、そのことはイースターでなくとも、よく私たちも賛美している。
それは、次の賛美である。

人生の海の嵐に もまれ来しこの身も
不思議なる神の手により、命拾いしぬ
いと静けき港に着き われは今 安ろう
救い主イエスの手にある 身はいと安し(新聖歌二四八)

この世において苦難に出会い、生きるか死ぬかという苦しい状況に置かれた者、そこから救われたときには、たしかに命拾いした、と実感するものである。死んでいたはずの者、それが生き返ったようになる。
わたしの机の上にアジアンタムというシダがある。去年の夏、北海道に行って帰ると枯れていた。真夏の暑さと窓際のために気温も高く、土もカラカラに渇いていて、枯れてしまったので外に出してそのままになっていた。忘れたころ、その鉢のシダから小さい芽が出ていた。植物でも、枯れてしまいもう生き返らないと思って捨ててあったものが、雨が降って思いがけず生き返ったのである。
生き返らせたのは、雨水であった。もし私が外に出したときに、雨が降らなかったとしたら、本当に枯れてしまっていただろう。そんな何でもないようなこと、しかしそれは私にはあるメッセージを与えてくれた。 死んだと思ってもあきらめないこと、水が生き返らせたことである。私たちにとっても、どんなに苦しくとも、命に至る道は続いていると信じ続けることはできる。
この歌のもとになった旧約聖書の詩がある。

…飢え、渇き、魂は衰えた。苦難のなかから、主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから救って下さった。…
闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断って下さった。…
主は嵐に働きかけて沈黙させられたので、
波はおさまった。
彼らは波が静まったので喜び祝い
望の港に導かれて行った。(詩篇一〇七の五、十四、二九~三十より)

死んだようになった者を生かす、その力と働きは聖書に満ちている。聖書の最初にある、闇と混沌のなかにあった状態において、神からの風が吹きつのっていたこと、それはそのような状態のなかからでも新たなものを生み出そうとする神の力を暗示している。じっさいそこには、神の言葉によって光が存在を始めた。
そして、創世記の二章にあるような死の世界にも、水がわき上がっていた。
これも、闇のなかに命を、渇いた死の世界にも命を与えようとする神の働きを暗示するものである。
死とは闇である。そこに神のいのちの光が射し込んでくるときには、その闇は消えて、新たな命の世界となる。それが復活の真理である。
絶えず、生かそうとする働き、死んだもの枯れたものをも生かそうとする力を聖書は言おうとしている。
神の箱の前に、枯れた杖が置かれた。神が選んだものは枯れていたにもかかわらずそこから芽を出したという。(民数17章)
聖書は、復活ということ、死んだものあるいは、死んだようなものを生き返らせるというメッセージに満ちている。
神の言葉そのものが、命を与えるいのちの言葉なのである。
これらすべてにおいて、キリストがその完全なあらわれとなった。
この世は、いかに力を注ぎ、さまざまの教育や政治、経済的な努力をしても、次々と弱くなっていく。特定の国もいかに一時期には大きな勢力をもっていようとも、必ず時が来れば衰えていく。支配者も国家も衰退していかざるを得ない。
地球も太陽すらも何十億年という長い時間の流れの中では、全体として、死に向かっている。
しかし、そうした方向にありながら、聖書が示すのは、いのちへと向かう大いなる力であり、方向である。それは、たしかに聖書の冒頭に暗示されている。暗闇と混沌という死の世界にあって、それでもそこに神の大いなる霊の風が吹きわたり、神の言葉によって光が存在した。それは闇は光に勝たなかったという真理である。
また、草木もまったく生えていない渇ききった大地が広がるなかで、そこには水が湧き出ていたという。これらの創世記の記述は、この世が闇や混沌、あるいは渇ききった死の世界であるが、そこには光あり、水のあふれ出る泉があるということであり、それは、いのちへ向かうものがあることを示している。
こうした、混沌と死から、命へと向かわしめる力は、聖書のなかにも随所に見られる。エゼキエル書はとくによく知られている。
この書物は、ユダヤ民族が偽りに引き込まれ、まちがった方向へと押し流されてついに裁きを受けて国が滅び、多くの民は遠い外国(現在のイラク南部)へと連行された。その外国において、とくに神の言葉を受けた一人のユダヤ人がいた。それがエゼキエルであり、彼は特別な神の御計画を神によって知らされた。
そのなかに、次ぎのような箇所がある。

… 主の手がわたしの上に臨んだ。わたしは主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。
主はわたしに、その周囲を行き巡らせた。見ると、谷の上には非常に多くの骨があり、また見ると、それらは甚だしく枯れていた。…
これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。(エゼキエル書三七章より)

これは、ユダヤの民族としての復活が直接的には言われている。しかし、枯れてもう生き返るなどとは到底考えられないような状況においても、生き返ることができる。復活は可能だというメッセージは、現代の私たちにおいてもそのまま成り立つのである。
この命への大きな流れは、キリストによって決定的となった。それはいわば大河のようなものとなって世界に流れ始めたのである。
創世記の最初にあった光は、キリストそのものであり、それは命の光にほかならない。(ヨハネ福音書八の十二、一の四)
また、創世記の二章で現れるエデンの園をうるおす流れ、それはいのちの水といえるものであったが、キリストご自身が、いのちの水なのである。(ヨハネ七の三七)

こうした大きな流れを決定的にしたのが、二〇〇〇年前のキリストの復活という出来事であった。
死者がよみがえる、それはいかなる絶望的状況となっても、たとえ死に至ってもそれで終わりではないという真理である。この真理のみが、いかなる私たちの直面する困難や悲劇的な事態にも打ち負かされない力をもっている。
そしてその力を与えられるには、ただ主イエスを神と等しい本質をもったお方であり、私たちの心の最大問題であるよくない心を赦して清めるために十字架で死なれたと信じるだけなのである。

…はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞くときがくる。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。(ヨハネ五の二八)

その声は、しばしば思いがけないところから、やってくる。復活のイエスは、どこからともなくやってきて、二人の気落ちした弟子たちに語りかけた。しかし彼らはそれがイエスだとはわからなかった。なにか不思議な気持ちになり、心が燃えた。それでもわからなかった。彼らがイエスを引き止め、ともにパンを食べようとイエスからのパンを渡されたときに目が開けた。そして復活のイエスだと分った。
また、ヨハネ福音書には、石灰岩をくり抜いた横穴状の墓におさめたイエスが復活して、そこに来たマグダラのマリアにうしろから そっと語りかけた。
しかし、このマリアもまた分からなかったと記されている。ところが、その復活のイエスが、「マリア!」と呼びかけたとき、マリアの目はただちに開けてそれがイエスだと分った。彼女は、 「わが師よ!」と叫んだ。
イエスからのパンをもらうとき―それは現代の私たちにとっては、キリストから吹いてくる霊の風(聖なる霊)を受けるとき、初めて目が開けてすぐ後ろに、また前にイエスがいるのを感じる。
あるいは、魂を静めたときに個人的に聞こえてくるみ声を聞いたとき、私たちはそのお方はキリストなのだと分る。
死んだ者が神の子の声を聞くとき、それはまさに今なのである。そしてその声を聞いた者は生きる、と言われた。 これは復活ということが、死んでから、あるいは世の終わりになって初めて生じるのではなく、今も生じ得ることであり、現に生じているのだと言おうとしている。
死と闇と混沌がいかに周囲に広がっていても、静かな細き主のみ声を聞き取るとき、私たちはそこから神の命を受けて立ち上がることができる。そしてこの肉体が死するときであっても、その命は永遠であって、神のみもとへと帰り、イエスの持っているような栄光を与えられて永遠に存在することになる、それが聖書の約束なのである。

 


リストボタンパンは尽きることなく、油はなくなることがない ― 預言者エリヤ

旧約聖書の預言者として最もはやく現れたのが、エリヤである。
彼は、聖書のなかで、その家庭や生まれた場所、育った環境など一切記述がなく、突然歴史の中に現れる。
このようなことは、普通の伝記ではほとんど有り得ないことであり、一般の偉人の伝記などは、例えばアウグスチヌス、ルターとか内村鑑三といった人たちのことについて書くときには、どんな環境で生まれ、育ったか、どんな教育を受けたか、などが詳しく記される。
しかし、例えば信仰の基本的なすがたを現しているアブラハムにおいても、子供時代にどのようなことがあったか、育った環境はどうか、などといったことは一切記されていない。
彼に対する記述は、人生の途上で突然、神がアブラハムを呼び出し、語りかけて、彼が生まれた状況などはやはり一切記されていない。
これは、イザヤ、エレミヤ、アモス、ホセアといった預言者たちも同様である。
聖書は、人間について詳しく記すことが目的でなく、神の言葉が目的なのである。そして神の言葉がいかに力あるものかを示すことなのである。
エリヤについての記述は、国王のところに出向いて、数年もの間、雨が降らないと予告したことから始まっている。このイスラエルの地方で、雨がそのように降らなければ、作物はできず、飢饉となって生きていけなくなる。それは国が滅びるという宣告と同じである。なぜ、そんなことが起こるのか、それは、時の王アハブが、神の示された真実の道を歩もうとせず、偶像をあがめて人々を混乱に陥れていたからであった。
王は、外国の偶像崇拝をする女を妃として迎えた。そしていよいよ国は混乱の度をひどくしていった。
預言者エリヤが現れたのはそのような状況であった。
偽預言者たちや、民の指導者たちは、間違った道を人々に示し、滅びに向かっている。それに気付かせるために、数年も雨が降らないという危機的状況が訪れると預言した。
その預言のあと、神は、エリヤをそのままにでなく、遠い荒れ野に行くように命じた。そこでは人が住んでいないが、小さな川が流れており、カラスに食物を持ってこさせるという奇跡的な方法で彼を養うと言われた。
なぜ、そのような特殊な方法でなく、村や町の良心的な、神を敬う人々のところにやってそこで養ってもらうようにしなかったのか。それは何も記されていない。
推察できるのは、そのような厳しい環境に置かれることによって、エリヤは、これからの厳しい預言者としての歩みのなかで、孤独と簡素な生活になれること、その厳しさのなかでも神の助けは確実に与えられるということを深く経験するためであっただろう。
また、神は驚くべき方法で、神に従う者を助けるということを体験させるためであったと考えられる。
そこで雨が降らないために、河の水が流れなくなったとき、神は、エリヤを予想もしないようなところに行くように命じた。それは地中海沿岸のシドンというところであり、エリヤがいたケリテ川から、直線距離でも、一三〇キロほどもある遠いところである。道のりからいえば、一五〇キロを越えると思われるところであって、しかもそこは貧しい女と子供がいるところであった。外国人で、しかもその貧困は極度に達してもう一日分の食物しかなく死のうとしているようなところに行けと、神は命じられた。
神は、一方では、国家の最高権力者である国王のところに行けと命じられたが、他方ではそれと対極にあるような取るにたらないような女のところへ行けと命じられる。
ここに、神のご意志がうかがえる。
神の言葉を受け取った者は、ときには、最も政治的、社会的に力ある人間にも向かっていかねばならない。それは預言者では共通している。(*

*)例えば、エレミヤにおいても次のように記されている。
…ユダの王の宮殿に行き、そこでこの言葉を語って言え。「ダビデの王位に座るユダの王よ、あなたも家臣も人々もみな、主の言葉を聞け。正義を行い、孤児、寡婦を苦しめ、虐げてはならない…」(エレミヤ書二十二の一~二より)
また、宗教的にも社会的にも最も重要な場であったと思われる神殿の門に立って、人々に呼びかけよと神は命じられた。
…主の神殿の門に立ち、この言葉をもって呼びかけよ。そして、言え。「主を礼拝するために、神殿の門を入って行くユダの人々よ、皆、主の言葉を聞け。
イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。…この所で、お前たちの道と行いを正し、お互いの間に正義を行い、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく…(エレミヤ書七の一~六より)


神は、エリヤを養わせると言われるが、それはふつうなら、経済的に余裕のある人によってと連想されるが、そのような予想とはまったく異なって、他人を養うどころか自分と自分の一人息子すら養えないでまさに死のうとしていた貧窮の極みにある貧しい女によって、というのである。
ここには、新約聖書での有名な言葉を思い起こさせる。
…わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。(Ⅱコリント十二の九)

エリヤは、貧しい女が自分を養えるのか、と神の言葉に疑問を持つことなく、神からのうながしによって行動した。そして遠い異国の地に行った。そこで出会った女が、神から言われた自分を養うという女だとわかったから、エリヤはその女に、水少しとパンを一切れだけをもってきてほしいと願った。 このような最小限の希望を出したが、彼女は自分がもう死ぬばかりだと告げた。パンもなく、ただ一握りの小麦粉と、わずかな食用の油があるだけという状態で、木切れを拾って最後の食事をして死ぬつもりだと言った。
それでも、エリヤは言った。

「恐れるな、まず私のために小さいパンを焼いて私に持ってきなさい。その後で、あなたと息子のために作りなさい。なぜなら神はこう言われるからだ。

…壺の粉は尽きることなく
瓶の油はなくならない。

その女は言われたとおりにした。すると女も子供もエリヤも幾日も食べ物が与えられた。主がエリヤによって告げたみ言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった。」(列王記上十七章より)

このような奇跡的なことは、多くの人が単なる物語だと読み流してしまうであろう。しかし、聖書という本は、不思議な本、驚くべき書物であって、このような記事が実に人生の重要な場面で、このことだった!と 気付かされることがある。
この「いのちの水」誌にしても、その前身の「はこ舟」誌に私が定期的に原稿を書き始めたのが、二十歳台の後半であって、私はものを書くなどという訓練など受けたことも学んだこともなかった。
理科系に進むのは、高校一年のときから決めていたので、そのときから、もっぱら数学や理科に時間とエネルギーを注ぎ、大学ではさらにそのようなことを続けていた。卒業後もすぐ教員となって、高校の理科や数学を教えていたので、文章を書くことには本来無縁であった。
けれども、今日まで発行にはいつも時間に追われ、不十分な内容だとわかっていてもとにかく、現在まで、三十年以上も続けてくることができた。
これは、私にとっても不思議なこと、神の力による支えだと感じざるを得ない。
これも、もともと書く力も何もなかったのであるから、「壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない」という聖句を思いださせてくれる。
今後、いつまで主が書くことを許してくださるか分からないが、近いうちに書けなくなったとしても、随分続けさせていただいたと思う。
また、じっさいに、私たちの徳島聖書キリスト集会の戦後まもないころの責任者であった、大田米穂(よねお)(*)は、貧窮のときに、もう米があとわずかしかない、生活ができない、という困難な状況に立ち至ったとき、不思議な方法で、米が届けられた、という経験を語って、このエリヤの記事の真実性を書き残している。その記述を四〇年あまり前に読んで、不思議に私の心に印象深く残っている。

*)大田米穂(一八八六~一九六五)徳島市生まれ。一九五六年四月、「いのちの水」誌の前身である、「はこ舟」誌を創刊。召されるまで十年ちかく編集責任者。「はこ舟」誌は、その後杣友豊市(そまとも とよいち)、筆者(吉村孝雄)と受け継がれ、近年に「いのちの水」と改称して継続。

また、重いからだの障害や病気などで、到底生きていく力などない、もう死にたいと思っていた人が、信仰を持つようになり、キリストの復活の力を受けるようになって、その困難なただなかで平安を与えられて生きるようになったという人は、数知れない。
このようなことも、「生きる力は、尽きることなく、主の平安はなくならない」ということであり、もともと希望も愛も感じず、そんなものはないと思っていた人にも、信仰と希望と愛が尽きることなく、またなくなることがない、ということを生涯を通して経験するようになる。それは、新約聖書の最もよく引用される言葉のひとつ、「いつまでも続くものは信仰と希望と愛」ということを言いかえたものである。
また、福音書に繰り返し記されている奇跡、それは五千人のパンの奇跡といわれるものである。この奇跡だけが、四つの福音書に合計六回も記されている。(四千人という数になったり若干の変化はある)マルコ福音書など、最も短い福音書であるにもかかわらず、この奇跡が二回も記されている。それは、いかにこの奇跡が重要なものであったかを示すものである。
それは、弟子たちあるいは、集まった人が持っていた取るに足らないわずかなものが、イエスの祝福を受けるとき、言いかえると神の力が注がれるときには、かぎりなく増えていくということであった。このことは、単なる一時的な奇跡、ということでなく、当時のキリスト教の真理そのものの力を表す奇跡なのであった。
当時のキリスト者たちは、奴隷や地位など低い人たちが多数を占めていた。弟子たちやイエスに従った人たちがパン五つと二匹の魚しか持っていなかった、こんなわずかで、五千人など到底満たすことはできないと、はじめから不可能だと言ったが、イエスはそれを祝福してかぎりなく増やされ、残ったものも集めたら十二の籠に一杯になったと記されている。
それは、残りもまた完全数の十二になる、ということで、祝福のエネルギー、神の御手のわざは尽きることがなく続いていくということを意味している。
当時のキリスト者たちがどんなに取るに足らない弱い存在であっても、そしてローマ帝国の迫害がどんなに強いものであっても、それを越えてキリストの福音によって満たされる人たちがかぎりなく増えていく、という真理をこの五千人のパンの奇跡は示そうとしている。
これは、イエスよりもはるかな昔に生じたと伝えられてきたこのエリヤの奇跡と本質的に同じことを言おうとしているのである。
パンは尽きることなく、油はなくなることがない、…神の真理、その力は尽きることなく、なくなることがない。
私たちも、幼な子のような心をもって主を仰ぐときには、その魂の内には、霊のパンは尽きることなく、聖なる霊の油はなくなることがない、と言われているのである。

 


リストボタン人の言葉、神の言
―詩篇 第十二編

 主よ、お救いください。(*
 慈しみに生きる人は絶え(**
 人の子らの中から信仰のある人は消え去りました。(***)(二節)
 人は友に向かって偽りを言い
 滑らかな唇、二心をもって話します。
 主よ、すべてを滅ぼしてください 滑らかな唇と威張って語る舌を。
 彼らは言います。
 「舌によって力を振るおう。
 自分の唇は自分のためだ。
 わたしたちに主人などはいない。」

*)主よ、お助け下さい、この言葉は、ヘブル語では、ホーシーアー ヤハウェ である。 ホーシーアーとは、新約聖書で、イエスがエルサレムに入っていくときに、民衆が「ホサナ、ホサナ」といって歓迎したときの言葉も、これと同じで、ホーシーアー ナー(今、救ってください!)→ホサナ となった。ホサナももともとは、このように、切実な救いを求める叫びであったが、後に意味が変化して、歓迎の叫びのようにも使われるようになった。


**)新共同訳で「慈しみに生きる人」とあるのは、ヘブル語で ハーシィド で、これは ヘセド(慈しみ、真実な愛)と語源的に共通しているので、新共同訳では、「慈しみに生きる人」と訳されている。口語訳では「神を敬う人」、新改訳では、「聖徒」などと訳されている。英語訳では、loyal (忠実な)とか、godly man(神を敬う人)などと訳されている。
***)「信仰のある人」とは、 エームーン で、アーメンとか、エメス(真実)と語源的には同じ言葉。口語訳では、「忠信な者」、新改訳では「誠実な人」などと訳されている。


ここで言われているのは、人間の言葉がいかにまちがっているか、悪意や不真実に満ちているか、という深い苦しみの経験である。親しい者同士であっても、表面だけはとりつくろって聞こえのよい言葉を使うが、心の中では、深い悪意を持っている。
ここで言われているのは、「信仰のある人がなくなった」というより、注で書いた他の訳のように、真実な心をもって語る人、人と交わる人がいない、というこの世の実体についても深い悲しみである。
主イエスも、人を汚すのは口から入る食物でなく、口から出る言葉である、と言われた。不真実の心から出た言葉は、それを聞く人の心をも汚す、害悪を与えるというのである。
漢字の語源辞典によると、「信」という漢字もその意味は、 人偏に言葉 で、その語る言葉と、その人が一致している、すなわち真実な状態を指すとされている。
言葉の不真実、それはすでに人間の最初のときから始まっていた。アダムは、エバの誘惑に負けて、神から食べてはいけない、といわれていた木の実を食べてしまった。それが発覚しても、自分の罪を認めようとせず、他人のせいにしようとした。
 
この詩は「人の言葉と神の言葉」ということがテーマとなっている。
この二つのことの対比を言っている、そこに集中した詩である。
 人間の言葉と神の言葉というものがどれだけ違うかということを、この詩人は自分の経験からこれだけの短い内容に圧縮している。
この詩は、まず「主よ、お救いください。」と苦しい叫びから始まっている。だいたい旧約聖書の詩というものは、普通の日本の和歌や短歌と非常に違うのは、普通の詩の場合は単に山の桜や風に触れて趣があるとか、好きな人がいるとかいうようなことで歌を作ることが多く、生きるか死ぬかというように追い詰められた状況からの作品というのはごく少数であろう。
金と余暇が十分にあるようような貴族的な生活をしている人たちが作ったようなものが多い。けれども聖書の詩というものは、全くそれとは違っている。敵に追いつめられ迫害されたり、人間からの憎しみや悪意による苦しみ、また病気や貧しさなど生活の苦しみのさなかにあるなどのために、いますぐに助けが欲しいという人たちによるものが大部分である。
だから、どうしようもない苦しい状況の人が詩篇を読むと、すぐに分かるということがある。苦しい経験が全くないという人にはなかなか分からない。実際のところ、本当に苦しくなったらいろんな細々したことはどうでもよくなり、とにかく助けてくださいと言うしかない。
そのような人生の危機的な状況は誰もが予想していないときに来る。今非常に元気であっても、いつ苦しくて助けてくださいという時が来るか分からない。
突然の交通事故にしても、脳卒中の重症、ガンにしても、今自分は大丈夫だと思ってもいつ来るか分からない。そういうことのためにも、詩篇を学んでおくことは大事なことだと思う。
この詩人の場合は、特に人間の言葉によっていろいろと苦しめられていたことが分かる。わたしがずっと前に夜間の高等学校に勤めていたときにも、暴力をふるっていた生徒たちを、先生は黙って注意しなかったからとてもひどい状態であった。わたしはその激しい暴力や破壊行為のただなかに、赴任したとき、ほかの教師が黙認していた暴力を何とかして止めさせようとし始めたが、彼らはわたしに集中的に攻撃してくるようになった。
その後さまざまの困難なことが生じたが、神を信じてとった決断が不思議ないきさつを経て半年足らずの間に、解決に向かって言った。そのような混乱のさ中で、ある一人の生徒の言葉を今でも思い出す。「殴ったりする暴力で受けた傷はすぐに治るが、言葉の暴力があるんだ」と大声で怒鳴ったのである。
その言葉の暴力を俺らは受けてきたんやと。その生徒たちはいわゆる部落問題で差別を受けてきたのである。確かに殴ったりたたいたりすることは、割合すぐに忘れる。
ところが、ある言葉が心に突き刺さったら、それを抜こうとしても抜けないで、ずっとある種の痛みや憎しみのようなものになってずっと残ることがある。このごろのいじめ問題も単に殴る蹴る以上に、言葉でまず傷つけることも多いと思う。
わたしの知っている人も、中学の初め頃に、ある短い侮辱するような言葉を言われたがためにそれから学校に行けなくなってしまい、その後も学校を卒業していないから就職もできず、結婚もできなくなり、家で空しく過ごすというように、生涯が変わってしまったのである。
仕事で失敗しても、今の社会では周りの人がそれに対して殴ったり蹴ったりはしないが、何か冷たい言葉を投げつけられることでいたたまれなくなるということもある。
このように言葉というのは、時によっては大きい力を持って、人間が生きる希望すらなくしてしまうことがある。
 いろいろな害のある言葉とともに、害のないように思われている言葉でも、たくさん良くない言葉がある。それの代表的なものがテレビの視聴率をあげるためだけのような番組からあふれている言葉であろう。
テレビは良い影響よりもはるかに悪い影響を及ぼし続けていると考えられる。
またさまざまの週刊誌、漫画雑誌などというものも、知る必要の全くない単なる好奇心をそそるような内容が多く、当然、そこには悪い言葉が多く、そういう悪い言葉で商売しているというところがある。
昔は新聞もテレビも週刊誌もなかったのであるが、そのような時代の人間の心の方がまだ素直で、他の人に優しかったというところがある。
そういう言葉の特徴は、二心、要するに真実がないということである。真実の言葉は何か心を動かすものがある。新聞も数十頁もあるし、テレビも一日中放送しているが、それらの大多数の番組は、見て心が感動受けるという番組は本当に少ないといえよう。それらは一時の楽しみや気晴らし、あるいは現代の社会を知るという点では役に立つこともあるであろうが、苦しみのただ中にある心が本当に深い慰めを受けることはごく少ないであろう。
二節にある「信仰のある人」というのは「真実」と訳されている言葉で、信仰というものは真実ということが分かる。言葉に嘘がある。
言うことが思っていることと違う、そういう状態がたくさんあるということを言っている。それからさらに五節では、その悪しき言葉の力で上に立とうと言う人もたくさんいる。

主は言われます。(六節)
 「虐げに苦しむ者と
 呻いている貧しい者のために
 今、わたしは立ち上がり
 彼らがあえぎ望む救いを与えよう。」
 主の仰せは清い。(*)(七節)
 土の炉で七たび練り清めた銀。
 主よ、あなたはその言葉を守り(八節)
 この代からとこしえに至るまでわたしたちも見守ってくださいます。

*)主の仰せ→主のことば 。新共同訳では、「仰せ」と訳しているが、原語は、イムラー で、アーマル(言う)という言葉の名詞形である。口語訳は、主の言葉、新改訳では、主のみことば と訳しているし、外国語訳でも、多くは、「主の言葉」The words of the LORD 、または、「主の約束」The promises of the LORD のように訳している。「仰せ」という訳語は、現代ではほとんど使われない表現であるから、このような訳語では違和感がある人が多いであろう。

 けれども六節にあるように、周りの人のさまざまな毒のある言葉、とげのある言葉によって苦しみ弱っている人には、「今、わたしは立ち上がり」とあるように、必ず神様が立ってくださる。
しかし、現実に苦しい状況に立ち至ったときには、自分はこれほど苦しいのに祈っても何も変化がない、神は眠っているのではないか、わたしが苦しめられているのに助けてくれない、という気持ちがよく起こる。
それに対して、苦しむ人に対しては、神様は必ず立ち上がってくださるという気持ちがここに込められている。これは聖書全体のさまざまの箇所に書かれていることである。
苦しみもなく、前進しようともしない人の声は、切実な訴えを持っていないから、神には届かないであろう。けれども、失敗や事故や罪、病気にしても何事であれ、本当に苦しんでいる人には、求めたら必ず神様がそばに来てくださる。
そして、この詩の作者のように、立ち上がって神は助けてくださるという実感を持つことができる。このような神の言葉を、深い祈りの中では実際に聞くことができる。聞くことができなくても、不思議なことが起こったり、不思議な人がそばに現れたりして助けられることが実際ある。神が遣わして立ち上がってくださるということである。
 七、八節で主の言葉は清いということがまず書かれている。それは、製錬をしていろいろな汚れたものを取り去るということだが、だいたい金属はいろんな不純物と結びついているので、製錬をすることで、純粋なものだけを残す。「七回も精錬され練り清められた銀」と特別なたとえで言っている。それぐらい神の言葉だけは全く濁っていない、二心がない、完全な純粋なものはただ神の言葉だけだと言っていて、そんな純粋な言葉でもってあなたを助けるのだと言う言葉には、絶対嘘がないという気持ちがこもっている。
神の言葉の特徴にはさまざまのものがあるが、ここではとくに「清い」ということだけをあげている。言い換えれば人間の言葉はどこか嘘があったり、誇張があったり、二心があったりして、純粋とはなかなか言いがたい。しかし神の言葉は真実である。確かにその清さがあるから今日に至るまで続いてきたと思わされる。
「主よ、あなたはその言葉を保ち、とこしえにこの時代の人々から守ってくださる。」
たとえ神を信じない者たちが、私たちの周りから何かと攻撃や、悪しきことをしかけてきて、まちがったことがあがめられるようなことがあろうとも、そのただ中で神様はわたしたちを永遠に守ってくださる。
神の言葉が決定的な重要性を持つということは聖書の初めからずっと言われている。真っ暗な中に光あれと神の言葉が出された。それによって光が存在し始めた。聖書はそこから始まっている。
だからこのように無限に力ある言葉を知らないで、ただ人間の言葉だけで生きているということは、本当にむなしいことである。
「あなたを守ります。愛します。」と言っても、その心はすぐに変わることがあり、頼ることができない。
神の言葉だけが永遠に続くのである。実際聖書が続いてきたのがその証拠である。これが嘘の言葉であったら続かなかった。神の言葉の本質が清いゆえに、その神の言葉によって作られたものもまた清い。
そして私たちも、神の言葉を受けるときにも、清められる。
「わたしの話した言葉によってあなた方はすでに清くなっている。」(ヨハネ十五の三)

神は信じられないという人でも、自然を愛する人がたくさんいるのは、その清さにやはり惹かれたのだということができる。そしてその自然を創造されたのが神である。それゆえに、本当は誰でもそのことを知ったら、神は信じたくないとか、全能の神など嫌いだという人はいないはずである。
主イエスは、神の言葉は清いだけでなく、永遠に滅びることがないと言われている。
「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」
(マタイ二四の三五) 人の言葉の洪水のなかにあって、ここに私たちがどこまでも信頼していくところがある。

 


リストボタン大いなる流れ
―イザヤ書二章より―

 私たちのこの世界はこれからどうなるのか、そのことに関しては、どんな政治、経済などの学者、あるいは科学者であっても、明確に予測できない。日本を代表するような企業のひとつであった航空関係の大会社の経営が成り立たなくなるなどということは、少し以前までは、だれも予想しなかったであろう。
 また、自然にかかわることも同様で、近年次々と大きい地震が生じているが、どれも予測できたものはないし、今年は台風がどのように発生するのか、どこで大雨があり、干ばつがあるのかなども全く予測できない。
 新型ウイルスにしても、たいへんな騒動をして備えたが、じっさいは大したことはなかっただけでなく、今年は、一般のインフルエンザの流行がほとんどなかったという好ましい結果も残した。それはその新型ウイルスの侵入のゆえだと考えられている。
 こんなことも現代の医学の先端の技術をもってしてもまったく予測できなかったことである。
 今年の夏は暑いのか、ふつうなのか、梅雨には雨は多いのか少ないのか、そうした身近なことも科学が発達し、さまざまの機器が整備されていってもなお、予測は非常に不十分でしばしば予測はまったくはずれてしまう。
 テロの発生にしてもどこで生じるのか、今後どうなるのか、だれも予測できない。どこかの国で政権交代がおきるのか、クーデターのようなことが生じるか、などももちろん分からない。
 こうした不確かなことは、一人一人の個人の前途についても同様である。明日どうなるのか、通勤列車はバスに事故があるのかないのか、だれも予測できないし、自分が交通事故に遭遇するかどうかも不明である。
 こうした前途の分からないのがこの世であるが、この霧に包まれたような世界の前途を、神はしばしば特別な人を呼び出してはっきりと示されている。その内容が記されているのが聖書にある。
 しかし、とくに旧約聖書はもともと、直接的にはイスラエル民族に対して言われた言葉であるゆえに、ヤコブとかシオン、エルサレムなど、我々と関係のないと思われる地名や人名が出てくるために、一見それは昔の単なる特定地域の記述だと思い込む人が多い。
 日本で聖書はたくさん購入されていても、その内容を真に受け取ることができる人はごく少ないのはこうした記述の意味を教えるところ(キリスト教の教会や集会)がごく少なく、自分で表面的に読んで、つまづいてしまうからというのもひとつの理由であろう。
 聖書では私たちの前途についてどのように言われているだろうか。ここでは、とくにイザヤ書のなかの言葉から見てみたい。

アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻(*)に見たこと。
 終わりの日に
 主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち
 どの峰よりも高くそびえる。
 国々はこぞって大河のようにそこに向かい
 多くの民が来て言う。
 「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。
 主はわたしたちに道を示される。
 わたしたちはその道を歩もう」と。
 主の教えはシオンから
 御言葉はエルサレムから出る。

 主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
 彼らは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない。
 ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。(イザヤ書二章一~五より)
 
*)日本語訳では「幻に見たこと」とあるが、原文では、単に ハーザー(見た)であり、「幻に」という言葉はない。イザヤ書一章一節では、「イザヤが…見た幻」という表現があるが、そこでは「ハーゾーン」と、ハーザーの名詞形で書かれており、英語のvisionに当たる。
二章では「ハーザー」すなわち「見る」という動詞の完了形が使われている。関根訳では「示されたこと」と訳している。よく知られた英訳では
This is what Isaiah son of Amoz saw concerning Jerusalem.
と訳されている。
イザヤが、実際に霊的に見たことであるのに、 この訳のように「幻に見た」というと、本当はないものを見たのだと、いうニュアンスを生じる。
幻とは、国語辞典では次のように説明されている。「実在しないのに,あるように見えるもの。すぐ消えるはかないもの。」日本語の幻という言葉はこのように、単なる一時的なもので現実にはないもの、力を持たない個人的な夢のようなものだというニュアンスがある。
しかし、旧約聖書では、まったく逆で、イザヤなど預言者が見たことは、現実を鋭く見抜き、実際に起こることを特別に神が示したことなのである。はるか未来のことだけれども、はっきり見たのであった。


世の終わりにはどのようになるのか、言い換えればこの世界はどのような方に向かって進んでいるのかという非常に大きな展望がここでなされている。聖書の世界はスケールが大きい。新聞や雑誌、テレビなどは「今」起こっていることを書いたり評論したりしているが、別の出来事が起こると、すぐにそれまで重大事として扱っていたことをやめて、違うことへと話が移り変わる。
現在のことをたくさん知ったり、評論したところですぐに消えてしまう。そこにたくさんのエネルギーを注いだのは一体なんだったのかというぐらいに、この世のことはどんどん流れ去ってしまう。
 ところが聖書はそれと違い、この世界全てのことがどのような方向に向かっているのかと、比類のない大きなスケールで物事を見ている。
全世界が時間という大きな流れの中でどのようなところへ向かっているのかという展望なので、終末のことだから関係ないという人はいない。わたしたちが乗り物に乗るときでも、目的地を知らないで乗ることなど、考えられない。
この世界は何も意味がない偶然的なところへ向かっているのか。それともはっきりした意味のあるところへ向かって進んでいるのかと、大きなものの見方が聖書にははっきり書いてあり、それは他のどんな本にも書いていないことである。
「人間とは何か、どこから来て、どこへ行くのか、これは疑問のなかの疑問である。
だれでも、少なくとも一生に一度は、この疑問の答えを求めようとする。 しかし、たいていの人は、この答えを得ないままにこの世を去るのである。」(「幸福論」ヒルティ著 第一部二四八頁)
すでに述べたように、いくら多様な知識や学問があっても、非常に狭いところしか分からない。それに対して、このように啓示を受けた人はずっと先のことまで全部見抜いて書くことができたのである。
そして、その示された内容に従わないなら確実な裁きが生じるといったきわめて現実的なことなのである。 
人間はどんなに学問や研究、議論をしても、来年のことすら分からないのに、イザヤは今から数千年も前に、神から啓示を受け、実際にはっきりとこの世界はどこに向かっているのかを見ることができた。
 この世界はどこへ向かっているかに関する記述で、山と川を用いて表現されている。 
ここでは主の神殿の山、あらゆる山々の頭として堅く立つ山が見えたということである。
もう一つは霊的に大きな川である。それは国々や人間がそこへ向かって流れていく、そういう非常な大きい川の流れである。(*)わたしたちは二千七百年という時を超えて伝わる預言者の見たものを、少しなりとも想像することによって、その内容の大きなスケールに少しでも近づける。

*)「大河のように向かう」とあるが、原文ではただ「ナーハル」(流れる)の過去形(カル完了形)である。ヘブル語では、未来のことであっても、確実なことや強調するときにはこのように一種の過去形であらわすことがしばしばある。
英訳では、次ぎのように訳されているのが多い。 …all the nations shall stream to it.


普通の川は上から下へ流れるが、この霊的な流れは高くそびえる山に向かって流れている。そして国々の多くの人々がその高い山に登ろうという気持ちを起こされる。その山の上こそ真理があるのだとはっきりした目標が見えた。そして人々がそこに向かって上ろうといっている声をイザヤは聞きとったのである。
このように人々を引きつけるのは一体何かというと、それは神の言葉である。目的地である大きな神の山、そこにはエルサレムや神殿があり、そこから神の言葉が出ていて、それに引き寄せられて人々が流れていくということである。このような大きな流れが二章の初めのテーマになっている。
そのような状態の時はどうなのか。地上ではどこの国でも子供のときから、小さなグループ、学校、家族、宗教的な中ですら、人間がいる限りいたるところで戦いや戦争がある。それは、人間は奪い合ったり、攻撃しあったり、憎しみあったりする心を持っているからである。
しかしこのように神の言葉に引き寄せられ、その流れの中に行く時には、憎しみなどといった心の剣みたいなものはみんな消えていく。
剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない。
憲法九条の平和主義の源流もこのようなところにあり、このイザヤが神から直接に示された真理はその後もずっと影響を及ぼしていった。このイザヤが受けた啓示から二千七百年たってもその真理は古びることがない。
 このように、聖書の言葉は、非常に長い射程距離を持っている。
人間の知的な能力は過去のことなら、いろいろと調べて考察を加えて議論することはできる。しかし、未来のことはただ一時間先のことも正確に予見できないほど無力である。
地震の予知ができないということ、天気の予報もあたらないことはしばしばある。しかし、そのようなことでなくとも、毎日数知れない交通事故が発生しているが、明日、自分に事故が起こるかどうか、誰一人予見できないのである。
このように、未来のことに関しては人間の英知は決定的な弱さ、無能力さを持っている。それに対して、聖書の偉大なる点は、はるか千年、二千年という長い歳月を超えた先のことまで予見することができるというところにある。それは時間と空間を超えた神の言葉であるから、当然のことだと言える。
そうした雄大さと対照的であるが、たった一人の苦しみに沈む人の心の奥深くまで神の言葉は入って行くことができる。人間の心のあらゆる複雑さをも越え、時間を越え、国土を越えて、どこまでもその真理は通用する。
この宇宙にある大きな流れについて、新約聖書においても記されている。
「すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている。」(ローマの信徒への手紙十一・36
キリストの聖なる霊を最もゆたかに受けた人として使徒パウロは、このように万物が神に創造されただけでなく、神に向かって流れているという大いなる流れを神から啓示されたのであった。
パウロは、キリストの光を受けるまでは、キリストの真理がまったくわからずに、キリスト教徒たちを迫害して殺すことにまで加担していた。彼は、特別にユダヤ人のエリートとして、学問を身につけ、ユダヤ教に通じていた人であったが、それでもなお、まったくキリストの光は分からなかった。
彼が示されたこの宇宙の大いなる流れは、彼の受けた学問とか環境などによるのでなく、ひとえに神からの直接の啓示によるのであった。
イザヤ書では世界の国々はエルサレムの神の神殿に向かっていると言われているが、神殿とは神のおられる所であるから、神に向かう大いなる流れがあるということになる。これは、すでに引用したパウロが受けた真理「すべては神に向かっている」ということと本質的に同じことなのである。
私たちは今後どこに行くのか分からないのではない。このように、明確な行き先が示されているのである。聖書のメッセージがなければ、人間が死んだらどこへ行くのかも分からない。
千の風という歌がはやったことがあるが、人間の未来に関して抱く漠然とした思いが、いかに内容のないものであるかを示すものである。(*

*)この歌が日本で広く知られるもとになったと言える新井満氏は、自分の妻との会話を、次のようにその著書で書いている。
「僕の葬式のときには、ぜひこのCD(「千の風になって」)を遺影の後ろから流してくれませんか。」妻はしばらく黙っていたが、やがてぼそりとつぶやくように言った「りょうかい」それからすぐにつづけて、「ところで死んだあとはあなた、何に生まれ変るつもりですか。」「さあてね…」私もそこまでは考えていなかった。「あの歌のように、光や風になるのもいいが、象やライオンという手もある。いやいっそ屋久杉のような樹木になるかな」「一生のお願いがあるんだけど」妻はおもむろに口を開いて言った。「あのナマコだけはやめてください」妻はナマコが大嫌いなのである。(「千の風になって」新井満著 講談社五六~五七頁)


多くの日本人は死んだら何になるか分からない、きちんと備えものなどしなかったら幽霊のようなものになると考え、たたってくるのを恐れることになる。そのたたりを受けないように死んだ人が、死後によいところに行ってくれるようにと手を合わせたりお供え物をしたりする。
このような考え方では、私たちの究極的な行き着く先というのが全く分からないことになる。千の風になるというが、風とは空気中の莫大な数の窒素や酸素分子などの動きである。(*
そのような化学的な分子になるなどと、だれが信じているだろう。そしてだれがそのようなことを信じて心が安らぐだろうか。

*)例えば、サイコロ程度の空間(一立法センチ)の空気のなかには、一兆の二五〇〇万倍という途方もない数の分子がある。これは高校の化学を学んだ者はアボガドロ定数を使ってこの計算ができる。それらの莫大な分子の動きが風なのであって、人間が死んだら風になるというならば、そういうおびただしい空気中の窒素分子や酸素分子になるということになってしまうが、そんなことはまずだれも信じていないはずである。

この歌には、死んだ人が風になったり雪や鳥になるなどという部分がある。雪といってもそれは化学的には水が固体になっただけのものであり、そのような水の分子になるのなら、さまざまの化学物質になるということにもなるし、鳥になるというのなら、ほかのどんな動物になるか不明であり、毒蛇や細菌になるのか、ということになる。それゆえに、人が死んだら風になるといったことは、昔の時代の漠然とした空想にすぎないものなのである。
この千の風という歌が流行したのは、それほどに私たちのすぐ目の前にある死ということ、いかなる科学も学問もどうすることもできない死という現実に関しては、日本人がきわめてあいまいな考え方しか持っていないということの現れであったと言えるだろう。
そのような現代日本の一般的な考え方に対して、この聖書の記者が受けた啓示の深さと広がりがきわだって見えてくる。
預言者イザヤは、彼が受けた啓示が、そうした大いなる宇宙的な流れに関するものであったから、それを繰り返し用いている。

…エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。…
彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。
目に見えるところによって裁きを行わず …
弱い人のために正当な裁きを行い
この地の貧しい人を公平に弁護する。…
正義をその腰の帯とし 真実をその身に帯びる。…
水が海を覆っているように 大地は主を知る知識で満たされる。
その日が来れば エッサイの根は すべての民の旗印として立てられ 国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く。
その日が来れば、主は再び御手を下して 御自分の民の残りの者を買い戻される。
彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、エラム、シンアル、ハマト、海沿いの国々などに残されていた者である。
主は諸国の民に向かって旗印を掲げ 地の四方の果てから イスラエルの追放されていた者を引き寄せ ユダの散らされていた者を集められる。(イザヤ書二章より)
ここにも、大いなる流れがある。 後の時代にエッサイという人物の根、すなわち彼の子供がダビデ王となるが、その子孫としてメシア(キリスト)が現れる。そのメシアとはどのような存在であるかと言えば、それは神の霊によって満たされているお方であり、その満たされた霊によって、貧しい者、弱い者たちを愛をもって守るお方である。
さらにそのメシアの到来によって、この世界は、神を深く体験的に知るようになる人たちで満たされていく。そのメシアが旗印となって、世界の国々がそれを求めて大きなうねりとなって集まる。
この世界は、そうした大きな方向性を持っているというのが、はっきりとイザヤには啓示で示されたのである。
さらに、この箇所に続いて、世界の各地に散らされた多くの残りの者たちが帰ってくると言われる。アッシリア、エジプト、クシュ、シリア…といった地名は、現代の私たちにはほとんど何の関係もないという人が多いから、このような地名がたくさん出てくると読み過ごしてしまう場合が多い。
しかし、これはイスラエル周辺の世界の広大な地域をカバーしているのであって、メシアが現れるときには、世界の各地からそのメシアのもと、神のもとに集まってくるという壮大な未来の状況が、イザヤには示されたのであった。
散らされた人たちが神のもとに集まってくる、このことは、キリストの時代になって、単に特定の民族の特異な体験ということでなく、あらゆる人にあてはまることになった。全世界で権力者による迫害や差別、戦争など、あるいは病気や絶望的な苦しみなどによって遠くこの世の平和な生活から追いやられた人たちにもあてはまる。
主イエスご自身、「悩める、失われた羊たち」を探し出す働きをされた。弟子たちも、イエスから「人間をとる漁師にしよう」といわれた。それは、漁師が魚を自分のもとに集めるように、人々をキリストのもとに集める働きをするために呼び出したのである。 イエスに向かう大いなる流れを起こすべく、イエスから任命されたと言えるのである。
 新約聖書にはさらに次のような記述がある。
「こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられる。」(エフェソの信徒への手紙一・10
時が満ちるに及んでということは、まさに世の終わりということである。この世界の最終的な段階においては、全体としてキリストのところにまとめられる、流れていく。
 この世の学問や科学技術や一般の教育では決して与えられない、このような大いなる流れを聖書から知らされる。
 私たちはそのことを信じ、この世が決して与えることのできない希望を持つことができ、そこで神の愛によって導かれて歩ませていただきたいと願うものである。

 


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森 祐理(福音歌手)(*
(これは、三月二八日の主日礼拝のときに、聖書講話と全員による感話の後になされた証しです。)

こうして共に、主を礼拝できたこのひと時を心から嬉しく思っています。日本中、世界中いろんな教会に行かせて頂きますけれど、昨日のコンサートの後での打ち合わせのときに「祐理さん、明日は、畳でみんな床に座って礼拝するんですよ。きっとびっくりされますよ。」とおっしゃっていましたけれど、これだけたくさんの方が来られて、そして一人ひとりがマイクを持って話をして、ただ受身の礼拝ではなく、自分が参加して主を礼拝するんだということを教えられた気がして、嬉しかったです。
大学を卒業して一年間はNHKの京都放送局にいたんですけれども、その後東京で十数年暮らしておりまして、東京で初めて行った教会が、こんな感じだったんです。畳の部屋で二つのふすまを取っ払った教会だったので、なんだかすごく懐かしくなって嬉しかったです。
どうしてかって言うと、東京へ行ってどこの教会に行っていいか全然分からなかったので、当時パソコンもそんなにまだ普及していなかったので、電話帳で「あ」行から順に教会を調べて、毎週いろんな所に行っていたんですが、あまりにもいろいろなところに行って疲れて、ある時お祈りしたんです。
「神様、わたしに東京で通うべき教会を与えてください。」とお祈りしたその日の夕方に、トラクトをもらったんですね。
「教会に行ったことありますか。どうぞ。」とトラクト渡されて行った教会が「いのちのいずみ キリスト教会」というところで、そこがちょうどここと同じぐらいのサイズで、同じように礼拝する場所だったんです。
昨日は石川さんが尊い働きを長い間なさっておられる「いのちのさと」の初めての地域交流イベントによんでいただきました。いろんな障害を持った方や子供たちも来てくださって、このような時に賛美をさせていただけたこと、それは特別な恵みです。本当にありがとうございます。

今、読んでくださった私のプロフィールを、もう少し詳しくお話したいと思うんですけれども、元々クリスチャンホームで生まれたとか、家族にクリスチャンがいたとかそんなことはなかったんです。きっかけは幼稚園です。
私には、おばあちゃんがいまして、そのおばあちゃんが本当にかしこいおばあちゃんだったんです。なかなか強いおばあちゃんだったので、母は大変だったと思います。「お母様いかがでしょうか。」と言うと、「ひさえさん、― 母のことなんですが―、祐理にテレビを斜めから見せてはあきません。まん前に祐理を座らせて、まっすぐに物事を見る子に育てないけません。」わたしはそんなこと全然知らなかったですから、テレビのまん前でサザエさんとかを見て育ったみたいです。
そのおばあちゃんが「祐理は聖母女学園幼稚園に入れなあきません。」当時もう一つ幼稚園があったんです。そこはお受験がいらない普通の幼稚園だったんですが、聖母女学院幼稚園はお受験がいったんですね。それで「お母さん、それは大変です。」と母が言うと、「大丈夫です。祐理はかしこい子やから、わたしが受験勉強させます。」と言ってまだ三歳だったわたしに「祐理ちゃん、チューリップ、ヒヤシンス、ひまわり、はい、じゃあ黄色いお花はどうれ。」と言ってひまわりを持ってきたり、ピンクの折り紙で三角形を折りましょうとかそういうお受験勉強をしまして、晴れて聖母女学院幼稚園に入学したんですね。

(マイクの調子が悪くなる)コンサートで、時々マイクがならなくなることがあるんですよ。その時はどうしようかと思いましたよ、電池がなくなったりとかで。千人ぐらいのホールで歌う時にこんなちっちゃなマイクが一本あるだけで、千人みんな聞こえるでしょ。でもね、そのちっちゃなちっちゃな電池がなくなるだけで、ただの棒になるんですね。不思議だなと思います。だから神様の命の電池をいつも持ちたいなと、すごく思わされるんです。

 続きのお話しますね。幼稚園に入りました。聖母女学院幼稚園はキリスト教の幼稚園だったんです。毎日毎日イエス様のお話を聞きました。おばあちゃんはイエス様や神様のことを全然知らなかったです。
でも幼稚園で習った讃美歌を家に帰ってきておばあちゃんに歌いましたら、すっごく喜んで聞いてくれたんです。その時わたしの心の中に、しっかりとイエス・キリスト様というお方が入りました。幼稚園を卒園して、引越ししましたので、普通の公立の小学校に入ったんです。それでも幼稚園にならって、六歳、七歳で毎朝毎晩ちゃんとお祈りをしてたんですよ。

 十歳になった時です。アメリカ人の背が高くて、映画に出てくるようなかっこいい人が家の前を歩いてきたんです。わたしの母は英語の先生をしていまして、もともと通訳をしていたんです。外国人と話すのが大好きだったんです。それで大阪だったんですけど、大阪に映画俳優みたいな外国人が歩いてることなんてめったにないから、母は喜んで話しかけたんです。そしてそのアメリカ人から、「わたしの家内は英語をしゃべる友達がいないので、寂しがっていますからうちに来てください」と言われ、母は怖いおばあちゃんに「お母様、行っていいでしょうか。」と聞くと「弟の渉(わたる)を連れて行くんだったら、行ってよろしい。」と言われ、初めてあった外人さんについて行ったんです。
すごい勇気のある母だったと思います。その方がミッショナリー、宣教師、つまりアメリカから来た牧師先生でした。それから母はそのご夫妻、クラウス先生という方ですけれども、そのご夫妻のおうち、歩いて十分ぐらいのところに毎日行きました。おばあちゃんの怖いこととか、全部悩みも聞いてもらったり、アメリカの大きなクッキーの作り方を教えてもらったりとよい出会いをしたんです。

 毎日のように行って、三ヶ月ぐらい経ったときです。クラウス婦人が言いました。「森さん、わたしのうちに毎日来てくれるのは嬉しいです。でもね、もっと来て欲しいところがあるんですよ。それは日曜日の教会です。」母はついにこの日が来たと思いました。
クラウス先生のおうちには気楽に行けるんですよね。とっても楽しいし、温かいし。でも教会に来てっていうのはちょっと違うんですね。なかなか敷居が高いですし、母は教会に行ったことがなかったんです。どうしようかなとずいぶん考えて思いついたことがあります。
それがわたしだったんです。そしてわたしを呼び「祐理、今度の日曜日お母さんの代わりに教会に行ってください、いい?」と言われ、わたしは「はい、お母さん」と返事したことしか覚えてないんですが、母は後から言います。「祐理、あの時どんな風にお返事したのか覚えてる? わたし幼稚園のときに会ったイエス様に、また会えるんだ。そんな風に言ったのよ。」
次の日曜日、わたしとそれから弟が二人いました。かずくんと渉くんと両手をつないで教会に行きました。そこも小さな小さな教会でした。アメリカ人のクラウス先生が日本に来られたばっかりで開拓をした、まだわずかな人数の場所だったんです。
でも十歳の子どもでも感じたんです。ここには命がある。ほんものがある。これは誰にも揺るがされることのない確信でした。それから毎週教会に行くようになったんです。
その日から今日まで、教会に行ってイエス様と出会って後悔したことは一度もないんです。辛いとき、悲しいとき、喜びのとき、いつも共にいて助けてくださり、わたしの命をあがなってくれたイエス様。そんなイエス様と出会えたこと、それは私の人生の最高の喜び、最高のプレゼントです。天国にも家があるということ。それはもう不安がなくなって、本当に平安になったことです。感謝しています。
でもわたしたちまだ小さかったので、また教会も遠い場所にありました。今振り返るときに、わたしはただただ、教会に行っていたんじゃないんです。実はその教会のひとりの、当時四十代か五十代の上杉さんという人が、毎週雨が降っても、嵐になっても忠実にわたしたち三人の子どもを迎えに来てくださったんです。
お迎えがなかったら、教会まで車で二十分以上もかかりましたからとても行けなかったです。今は、上杉さんがどこに住んでいるかさえも分からないです。でもその方の隠れたご奉仕があるから、今の自分があるんだろうなと思うと本当に感謝しています。いつかどこかでお会いできたら、お礼を言いたいと思います。

 一年半ぐらいたったときのことでしょうか。両親は日本人なんですね、上杉さんに気を遣うんです。そして「お父さん、あんた送っていってあげなさいよ。」と言うと「わしひとりじゃいやや。お前が一緒に行くんだったら行ってもええ。」と母と父がしゃべってるんですよ。そのうちに三回に一回ぐらい、父と母がわたしたち三人を教会に送って行くようになりました。でも教会にポンっとおとして、さっと帰るんですね。でもわたしたち三人があまりにも楽しそうに教会に行くので、これは悪いところじゃないかもしれないな、ちょっとのぞいてみようかな。と時々短い時間出席するようになってきたんです。

 少しずつ回数が増えてきた頃、六年生になっていました。伝道集会というのがあって、教会ではなく広い場所を借りて、有名な牧師先生を呼んで、わたしはその時何も知らなかったですけれども、家族全員で来てくださいと言われました。その時は日曜日の午前中じゃなくて、土曜日の夜だったんです。六時ぐらいから七時半ぐらいまでの伝道集会に家族みんなで出席しました。
でも、わたしその牧師先生のお話全然分からなかったです。早く終わって、夜に家族全員で外出するなんてめったになかったですから、終わったあとにみんなでレストランに行ってハンバーグを食べる。早くその時間が来ないかなとそればっかり思ってたんです。
牧師先生が「これで終わります。イエス様を信じたい人は前に来てください。お祈りしますよ。」と言われたが、わたしは終わった終わったとそれしか思わなかったんです。すると隣に座っていた同じ教会学校で、いつも横の席で聖書のお話を聞いていためぐみちゃんがガタンっと立ち上がって、ふとめぐみちゃんの顔を見たら、ポロポロと涙をこぼしてたんです。ドキッとしました。
泣きながらめぐみちゃんは前に歩いて行きました。そしてその牧師先生の前でひざまずいて、祈ってもらっていたんです。わたし、めぐみちゃんが違う国に行ったと、どこかわたしの行くことのできないところに橋を渡って行ったと、そしてそれはわたしがレストランのことや、ごはんのことしか考えていなかった間中、話されていた牧師先生のお話の中に、その秘密があったんだと分かって、しまったって思いました。なんだろう。わたしもそのこと知りたい。めぐみちゃんと同じ国に行きたい。そう思ったんです。

 その次の日の日曜日、一生懸命牧師先生の話を聞きました。終わった後牧師先生に話しました。
「先生、めぐみちゃんはどこに行ったんですか。遠いところにいった気がします。めぐみちゃんが知った、あんな涙流すそんなこと、わたしも知りたいです。神様どうやったらお話できるんですか、神様どこにいるんですか、神様って本当にいるんですか、神様ってどうやったら分かるんですか。」
牧師先生は言いました。「祐理ちゃんが神様とお話したいこと、神様のこといっぱいしりたいこと、よく分かりますよ。でもね、神様はすでに祐理ちゃんのことよく知っていて愛しておられるお方です。そしてイエス様を自分の心に受け入れたら、神の国にいけるんですよ。めぐみちゃんが行った神の国、それはイエス様、私の心にお入りくださいというお祈りをして受け入れることによって、その橋を渡って神の国の住人になれるんですよ。」

 イエス様を心に受け入れるお祈りをその次の日にしたんです。めぐみちゃんみたいにポロポロ涙が出たわけではなかったです。でも何かが変わりました。私の心の中に永遠に変わらないイエス・キリスト様がお住みになったんです。それからまだまだ子どもで何も分からなかったですけども、毎週少しずつ私の心の中に神様が大きくなってきてくださいました。その確信と決断は何にも変わらなかったです。中学校に行っても、高校になっても、給食の時間にみんなお祈りしようって言って、他のクラスにも「お祈りの森祐理」って言って変な人に思われていたみたいですけど、全然恥ずかしくなかったです。よくいじめに遭わなかったと思います。

 大人になってから、手紙をもらったことがあるんですね。高校の同級生だった人です。手紙を開いたら「わたしは高校のとき同じクラスだったものです。昼ごはんのとき、森祐理さんがいっつもお祈りしようって言っていた言葉を聞いて、変な人だと思いました。でも大人になって就職して、とても苦しいことに直面しました。
本当に苦しかったときに、なぜか高校生のときに森祐理さんがお祈りしようって言っていた言葉が耳に響いてきたんです。それで教会に行きました。教会に行って、洗礼を受けてクリスチャンになりました。本当にありがとうございます。一言お礼が言いたくて、住所を調べてお手紙を書いたんです。」と本当に嬉しかったですね。やっぱりパンを水に投げよってね、どんな一言が神様の道具として用いられて、思いも寄らない人の人生を変えることができるかもしれない、そう思ったら、先ほど吉村さんもおっしゃった伝道したいという思いを抑えることができないっていうこと、その思いほんとに大切なんだって思わされました。

 大人になって大学を卒業してNHKに入って、テレビで歌を歌うようになりました。少しずつ東京に出て、プロダクションとかにも入って華やかな生活をするときに、十歳から大好きだったイエス様、それよりも、もちろんイエス様大好きでありながらも、自分の成功の方が大切な神様にすり替わってきているようになってしまったんです。
そんな時です。わたしはNHKの歌のお姉さんの二年目で声を失ったんです。ある日突然でした。声が出なくなって仕事を失って、そして転がり込んだのが、ちょうどこのような東京の教会だったんですね。畳の奥に四畳半があって、同じような作りなんですけど、その四畳半に三ヶ月一人で住みました。
教会って人がたくさんいるからいいんですけど、普段の日は寂しいですよ。声が出なくなって仕事もなくなって、ぽつんと一人で住むのは辛かったです。
でもそのときにわたしのこの声を取られたのは神様。ならば命も取ることができる。ぞっとしました。生きてるんじゃないんだって、生かされてるんだって分かったんです。私の心の中には汚い思いがあって、自分じゃなくってわたしの友達がテレビに出ていたときに、悔しいという思い、心の奥には醜い思いがいっぱいあって、イエス・キリストの十字架のその血潮しか罪を清めることができないんだ。
わたしは十歳からずっと教会に行ってましたけども、十字架というものの重みを知ったのは声を失ったときです。その時初めて自分の罪と向き合い、イエス・キリスト様の十字架の、そのあがないの尊さを知ることができました。
もしもう一度歌えるんだったら、今度は神様のために歌いたいそんな風に祈りました。神様わたしを赦してくださいと祈ったんです。まだ声はでなかったですけども、本当に罪が赦されたっていう、そんな心が温かい思いがいっぱいになったときに、初めて讃美したいって思いました。
その時、声が出なかったので手話ででも何でもいいから讃美したいと思い、手話讃美を学ぶようになったきっかけはその時だったんです。
幸い一ヵ月後ぐらいには、声は回復しましたけれども手話で讃美をすることを続けています。声が少しずつ出てきて、声が出る、生きてる。今日の礼拝の「神様は返して下さる」というメッセージのように、神様から返していただいた声、自分のものでないその声とともに、今度は主を証しする、主を伝道するそのような働きをさせていただくようになりました。
その時からもう今年で十七年です。主がわたしをこんな風に用い続けてくださった。主を讃美して歌いつつこれからも歩んで生きたい。それがわたしの願いです。
大きなホールで歌うとか、大成功するとかそんなんじゃなくて、天国に至る日まで、この命を与えてくださった主を讃美し続けていきたい、その思いを持ってこれからも一歩一歩、わたしたちの命の主をほめ讃えていきたい、そのように思っています。
最後に「歌いつつ歩まん」を皆さんと共に手話で讃美をして、証しを閉じたいと思います。

一、主にすがる我に悩みはなし
十字架の御許に 荷を下ろせば
(折り返し)
歌いつつ歩まん
ハレルヤ! ハレルヤ!
歌いつつ歩まん この世の旅路を
二、恐れは変わりて 祈りとなり
 嘆きは変わりて 歌となりぬ (新聖歌三二五番)


*)森 祐理~クリスチャンアーティスト~

京都市立芸術大学音楽学部声楽専修に進学し、大学卒業後、NHK教育テレビ『ゆかいなコンサート』の歌のお姉さんなど、テレビ、ラジオや数多くのミュージカルにも出演。
 NHK京都放送局『くらしのチャンネル』リポーター、キリスト教系テレビ『ハーベスト・タイム』でもレギュラー出演していた。
また、阪神・淡路大震災で、当時神戸大学法学部四年生の弟が亡くなった事で失望の中にあったが、「失望を希望に変えたい」と約二年間『希望の翼コンサート』が神戸市他約三十箇所で開催され出演した。また、新潟県中越沖地震やスマトラ島沖地震では現地で被災者を励ますコンサートを行った。教会・福祉施設・刑務所等で年間一〇〇回以上のコンサートを行っている。(インターネットの百科事典、ウィキペディアによる)

京都市立芸術大学音楽学部声楽専修卒。NHK京都放送局レポーターを経て、
NHK
教育TV「ゆかいなコンサート」歌のお姉さんを務める。
現在は、福音歌手として国内海外を駆け回り、その美しい歌声で希望のメッセージを届けている。

長年に亘る刑務所等での慰問公演が評価され、02年大阪矯正管区長賞、
07
年には福音歌手として異例の法務大臣表彰授賞。
08
年ブラジル日本移民百周年記念ブラジル全土ツアーを実施、サンパウロ市より感謝状授与。
中国四川大地震の被災地にて日本人初の救援コンサートを行う。
各国での公演多数の中、特に台湾では200回以上ものコンサートを継続中。
10
117日阪神大震災15周年記念神戸市式典にて独唱し、
五大紙を含む新聞十数社に掲載され、大きな話題を呼んだ。

日本国際飢餓対策機構親善大使
ワールドビジョンジャパン・アソシエートアーティスト
教会音楽家養成学校「ワーシップ ジャパン」講師
日本歌手協会会員  ニューライフキリスト教会会員

ゴスペルアーティスト賞受賞(1997,1999,2003年度)
その他、アニメーションビデオの声優、CM等にも出演
CD12
枚、著書3冊、共著2冊、ビデオ等好評発売中。

モリユリ公式ウエブサイト http://www.moriyuri.com

 


リストボタンことば

334)静寂から生まれた心の静けさの中にいること。
しかしこの自由は行動のさなかにおける自由であり、この心の静けさは人々のさなかにおける心の静けさである。
現代にあっては、聖化の道は必然的に行動のなかを通っていく。(ハマーショルド著(*)「道しるべ」みすず書房 一一九頁)

*)ハマーショルド(1905-1961) スエーデンの政治家。外交官。国連事務総長(1953 - 1961)父親は、スエーデン首相であった。1961917日夜、コンゴ動乱の停戦調停に行く途中、アフリカで飛行機が墜落。事故死した。死後、ノーベル平和賞受賞。母方には、学者、聖職者がいてその影響を強く受けた。
ハマーショルドの航空機事故による死は、当時高校生であった筆者の記憶には鮮明に残っている。コンゴの動乱の解決の日夜活動を続けていたことでその名前は当時の私にも親しかったが、その突然の死はとても強い印象を残した。


・国連事務総長という激職のなか、とくにコンゴでの動乱が起こり、休むひまもないような仕事のただなかにあって、彼はつねに魂の一点に静けさを保ち続けていた。そして日記風にこのような文章をだれに見せるという目的でなく、内なるうながしに従って書き続けた。この「道しるべ」(英訳のタイトルは、Markings)という本の内容は、彼の死後、さまざまの書類などとともに発見された。
彼の真実な働きは、広く知られていたが、その原点は心の内に神とともにある静けさを常に持っていたことにあった。
主イエスこそ、そうした行動のなかの静けさを完全なかたちで持っておられたお方であった。

335)イエスはユダのうちにその敵意を見ず、かえってみずからの愛する神の命令を見た。
敵意を見なかったからこそ、イエスはユダを友と呼び給うのである。(「パンセ」(*)パスカル著 第七巻より)

*)パンセ pensee は、「考える、思う」という意味のフランス語の動詞(penser)の名詞形で、「考えられたもの、思索、思考 といった意味。
パスカル(1623 - 1662)は、フランスの数学者、物理学者、哲学者、思想家、宗教家。早くから数学、物理方面の天才を現した。中学、高校の理科で必ず出てくるパスカルの原理や「人間は考える葦である」という『パンセ』の中の言葉によっても広く知られている。


・自分を裏切ろうとする者のなかに、敵意でなく、神が自分にむけられた言葉を見たという。これは、私たちも、周囲の人間や自然についてもいえることである。さまざまの人間、子供や、老人、病気の人、死の近い人等々、そしてここに言われている敵対する人…そうしたなかに、単なる偶然や自然法則とか悪意などを見るのでなく、神がそれらに託して接する者に向かって言おうとする神の言葉があるとして受け取ろうとするなら、すべては大きく変わってくる。
神の言葉は、どのようなものの内にも存在し、私たちが聞く耳さえ持っていたら語りかけてくるものである。

旧約聖書 続編から

・英知は、人間を慈しむ霊である。(知恵の書一の六)
英知の原語は、ソフィア。このように、単なる知識や考え方の緻密さとかでなく、人間を愛する霊だと言われている。愛こそは、最も深い洞察をすることができるからである。

・神を信じない者の希望は、風に運ばれるもみ殻。嵐に吹き散らされる消えやすい泡、風に吹き流される煙、…このように彼らの希望は過ぎ去っていく。 しかし、神に従う人は永遠に生きる。(同五の十四~十五節より)

・英知を求めて早起きする人は、苦労せずに自宅の門前で待っている英知に出会う。 (同六の十四)
主イエスが言われた「求めよ、そうすれば与えられる」ということは、英知に関しても言える。神にかかわる真理を求めるときには、すぐ近くに与えられているのに気付くというのである。身近な何を見ても、さまざまの日常的な出来事からも英知をくみ取ることができる。

 


リストボタン休憩室

○スミレがわが家の玄関を出たところに自然に咲いているのが目に入ります。ノジスミレというスミレの仲間で、もちろんそこに植えたわけではありませんが、いつからかひとりでに芽生え花を咲かせているのです。わが家の登り口にある山道でも、二種のスミレが以前から咲いています。タチツボスミレと、スミレです。後者は最近ではあまり見られず、濃い紫色が目立ちます。人がよく通るところであっても、抜き取られずに毎年咲いています。
通る人の目と心にささやかながら喜びを与えてきたと思われます。
山路きて なにやら ゆかし
すみれ草(芭蕉)
この句が自然に浮かんできます。
神は思いがけないところに意外な人をおいたり、よい本や音楽に出会わせたりします。それによってこの世の歩みのなかで何かさわやかなものを吹き込んでくれるのです。
この世の道にも、なにやらゆかし…といえるものがあります。
神は種を蒔くように、何かよいものをこの世のあちこちに蒔いて、芽生えさせておられるのを感じます。私たちの心の畑にも、よく静まってみると、神が蒔かれたものがいろいろとあるのに気付くし、それが芽を出してくるのを知らされます。

 


リストボタン編集だより

○元号のこと
前回に掲載した、元号についての文は、もとの内容は、今から二十数年前に私が教員であったときに、転勤した学校の文書や生徒が書いた作文などもすべて平成○○年のように元号でなされていたために、私が教えている生徒たちに、その意味を知らせ、職員会議でも、その問題点を指摘し、さらに詳しく教員たちに元号の問題点を知ってもらうために、校内の全教職員に私が配布していた印刷物にそれを何回かに分けて掲載したことが元の内容です。
当時、毎年三月になると、「君が代」の取り扱いを巡って職員会議でも議論があり、そのことと関連しているために、私は「君が代」の歌詞の意味、歴史的にどのように使われてきたのか、ということを繰り返し同僚の教員たちに問いかけていたことでした。
その後、「いのちの水」の読者にも知っていただきたいともっと簡略化したものを掲載したことがあります。今回、再度掲載したのは、年賀状にやはりキリスト者の方々でも元号を用いている方がおられること、それは単にその元号制度がいかなる目的をもって導入されたかを知らないためであり、また世界的に日本しか個人の名前をもって時間をはかる尺度にしているというほど特殊なことだと知らないからだと思われますので、この問題は日常的問題でもあり、知識を提供するために再度掲載したわけです。
この内容についての応答からあげておきます。

・元号の問題は、日常的な問題である。こうした小さなことに見える問題の中に、日本の持っている問題点が象徴的に現れている。
無教会のキリスト者のなかにさえ、元号を用いている、そして多数の良識的と思える方が元号を用いておられることに驚きを覚えました。
小さな問題のようで、小さくない、日本人の根本的風土の中にこの元号を用いる精神がある。
それは根源的には天皇制に従っていくまた、靖国問題にさえつながっていく精神性である。 論理的にも常識的にも西暦を使うべきなのですが、人間的にはよい人々が天皇制への傾斜を抜けきらないところがある…。(東京都の方)

○三月二八日(日)は、福音歌手の森 祐理さんが、プロデューサーの岡さんとともに、主日礼拝に参加されました。いつもと同じような礼拝をしましたが、森さんが、手話に強い関心を持っている方で、「モリユリの手話讃美」という本も出されているので、はじめに、いつもの手話讃美を三曲ほど歌いました。
いつものように全員による感話の時間のあと、森 祐理さんに三十分ほどをとって、幼いときから今まで、どのように神の導きをうけてきたかについてお話し(証し)をしていただきました。
とくに、阪神大震災で大学四年になっていた弟を失ったことが、大きな転機となって、苦しんでいる人、福音を知らない人に賛美を用い、言葉と祈りをもって福音を届けたいという願いを強くもって活動されていることがわかりました。
また、歌手で手話の本をだすほど手話讃美に心を注いでおられるのはなぜなのか、それは、かつて、声が出なくなってしまったことがあり、歌を歌えなくなり仕事もそのために辞めざるを得なくなり、そのときに、何とかして残された手段で神を賛美したいという気持ちから、手話での賛美を示されたとのことでした。
森さんの証しのあと、いつものようにパンと紅茶をいただきながら、参加者が、祐理さんに尋ねたいことなど出したり、懇談のひとときを与えられました。
集会にて午後二時くらいまで、そのように交流のときを与えられ、その後、徳島大学病院の個室に入院している勝浦 良明さんのところを訪ねました。そこでは、パソコンを用いて、膨大な量の賛美の伴奏を作成していることに、とても驚かれたようでした。
最後に、勝浦さんの希望された賛美である、「人生の海のあらし」(新聖歌二四八番)を歌ってくださいました。
以下は、森 祐理さんのホームページに掲載されていた文章です。
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28
日の日曜日は、徳島聖書キリスト集会にて礼拝奉仕。
民家を教会とし、畳の上の座布団や小さな椅子に座っての礼拝は、部屋に入り切れないほどの方々が集っておられます。
目や耳のご不自由な方々も多く、点字と手話でも礼拝され、皆が一言ずつ話していくので、受身でなく参加していく礼拝。
代表の吉村さんのメッセージ「信仰によって」も力づけられました!
礼拝に続いて私の証しタイムが30分あり、その後質問コーナーも活気に満ちた楽しい時に。礼拝に出席できて良かった!と心から思える時でした。
午後は、この集会員で勝浦さんという方を病院に訪問。この方は、30年前(20代の時)に脊髄腫瘍をALSと誤診されたため、首から下が不随で寝たきりとなった方です。でも病院でクリスチャンとなられた後、なんと口だけで今までに一万曲近い伴奏曲をパソコンを利用し、作成されています。
讃美歌からリビングプレイズ等まですべての賛美曲の伴奏カラオケを作られたことは驚くべきことで、しかもそれが口で操作するパソコンによってというのは、驚愕すべきことでした。
病を通し、イエスキリストと出会われた勝浦さん。今彼の賜物が何倍にも用いられ、大きな主の働きの道具として用いられている様子を目の当たりにし、御名をあがめずにはいられませんでした。
台湾から帰国して一週間。またいろんな出会いと恵みに満ちた毎日を過ごさせて頂いて、本当に感謝です!
(森 祐理さんのホームページ からの引用。
http://www.moriyuri.com/yuri/home.php?no=diary)-------------

 


リストボタンお知らせと報告

○四国集会
五月十五日(土)十三時~五月十六日(日)午後四時まで、徳島市でのキリスト教四国集会(無教会)です。問い合わせは、奥付にある、吉村 孝雄まで。
北は北海道や山形、南は九州沖縄の西表島からなど 徳島県外からの申込も、現在の時点で三十名ほど届いています。締切りは四月二十四日(土)としています。なるべく早めに申込をお願いします。
日々、祈りをもって備えています。主が参加者の方々に、タイトルの「主を仰ぐキリスト者の交流」が与えられますよう、聖なる霊の風が吹きわたるようにと祈っています。
○四月二十五日(日)礼拝の後、午後から四国集会の話し合いです。
○会場の下見
五月九日(日)の午後、主日礼拝の後に四国集会の会場(センチュリープラザホテル)にいきます。会場の部屋や設備、机などの配置、マイクや録音装置などの確認と打ち合わせのためです。

イースター特別集会の報告
四月四日(日)のイースターは、愛媛、香川、大阪などからの七名も加えて七四名ほどの方々が集められ、主の復活の恵を感謝し、復活のいのちをともに受けることができました。プログラムは次のとおりです。午前十時~午後二時。
☆第1部 子供とともに 司会 中本(裕)
・「いざ人よ」 聖歌168 ・祈り
・「帰ってきた弟」紙芝居 月岡 多恵、貝出 久美子
・ハーモニカ「ふるさと」 吉村 孝雄 ・
いのちのさと作業所による賛美 春の小川、どんどこどんどこ、やさしい目が ・ 「ビリーブ」 全員 伴奏 福原 愛
☆第2部 み言葉に聞く 司会 月岡 信裕
・賛美 「人生の海の嵐に」 新聖歌248・聖書朗読 ヨハネ福音書5の24-25 祈り・
聖書講話「死からいのちへ」 吉村 孝雄・祈り
☆第3部 賛美のひととき 司会 熊井夫妻
①デュエット「球根の中には」讃美歌21-575 鈴木益美、中川陽子②ギター賛美「ドロローサ」(*)友よ歌おう11 綱野悦子、数度春代 ③手話讃美 「ありがとう」「輝く日を仰ぐとき」 ④コーラス 「栄えを捨てて」、 「天には御使い」讃美歌158
*via dolorosa(ヴィア ドロローサ)「悲しみの道」 の via(道)を省略した形。
☆第4部 感話会(一人3分以内)司会 伊丹 悦子 綱野 真智子 戸川恭子 内藤静代 中本コトエ 中川春美 楢崎聖子、福原 愛、福原 真理 
☆第5部 食事と交わりタイム 司会 中川 陽子

○今月の読書会は、四月十八日(日)の主日礼拝の後の午後行います。ダンテの神曲 煉獄篇第二五歌です。
○移動夕拝
今月の移動夕拝は、吉野川市の中川 啓、春美ご夫妻宅で午後七時半からの開会です。
今回も、二月に熊井宅で行ったようにスカイプを用いて、遠距離にある方々も加えられて夕拝を持つ予定です。インターネットをされている方でスカイプを使っておられる方も加わって学ぶことができればと願っています。
スカイプを使えるようにするのは、難しくありません。ヘッドセットという、マイクとイヤホンがついたものを購入し(千円前後からあります)、スカイプをそのサイトからダウンロードして(無料)、スカイプ名やパスワードを設定するだけで使えるようになります。
スカイプというソフトのダウンロードには、グーグルなどの検索窓に「スカイプ」と入力をすればそのサイトに入ってダウンロードできます。 県外の方で27日(火)の夕拝に加わりたい方は、吉村まで申し出て下さい。
なお、スカイプの使用は、何時間つかっても無料です。