リストボタン休憩室-2001/2

○心に残っている音楽家から

 キリスト者にとって音楽といえば、讃美歌や聖歌、ゴスペルソングなどが不可欠なものです。それらは魂を養い、力付ける働きを持っています。

 また、音楽の素人にすぎない私にとっても、今から三百年ほど昔の音楽家、バッハの音楽は深いキリスト教信仰を響かせているのを感じます。

 バッハの音楽のうちで初めて耳にした時から心に残っているのは、中学のとき聞いたトッカータとフーガです。それは、子供の心にも強い印象を残したものです。そして何十年の後の現在でもやはり、ト短調小フーガや、バッハのマタイ受難曲のような作品は、目には見えない世界の扉を開いてみせてくれるようなところがあり、心に霊的な養分を与えてくれます。ベートーベンやモーツァルトなどのピアノ曲ととにも、礼拝講話の準備とか原稿を書くのに疲れた頭を少しの間聞くだけでも、しばしいのちの泉から汲むように休ませてくれる場合が多いのです。

 バッハについて、二十世紀前半を代表するドイツの音楽史家の一人と言われる人がつぎのように書いています。

 バッハは、「自分の時代を超えて立つように見えて、あらゆる人々のうちで最も偉大な、最も不可解な音楽家は、バッハである。・・バッハは一つの時期を完成した者にとどまるのでなく、数世紀わたる(音楽の)完成者であり、成し遂げた者なのである。」

 彼は、・・ロ短調ミサを書いた。この作品は決してカトリック的創造ではなく、プロテスタント的創造でもない。これは神への信仰告白であり、神を描き出した作品なのである。・・バッハは五百年後の音楽においても、たとえば五百年後、六百年後のイタリア文学におけるダンテのように、偉大で究めがたく、生き生きとして、汲みつくしがたく立っていることであろう。・・彼はいっさいの国民的限界を打ち破るほどに偉大である。彼はドイツ音楽を代表するのでなく、音楽そのものを代表するのである。(白水社「バッハ」の中のアルフレッド・アインシュタインの文より)

○パソコンと聖書研究

 パソコンはますます一般的となって、パソコン販売の店には、老若男女のさまざまの人たちが見られるようになりました。十四、五年前に初めてパソコンを使い始めたころとはまったく様子が変わってきました。

 パソコンがなくても生活はもちろんできます。しかし、キリスト者の方でつぎのような目的を持っている人には、とくに役立ちます。

 キリスト者で聖書をとくに原語を学びたい、原語を参照しつつ、日々聖書を読んで行きたいという人。この場合には、書物とは比較にならないほどの有用なものです。私は、ギリシャ語研究には、以前はアメリカやイギリスで発行されている行間逐語訳(INTERLINEAR版)と、やはりアメリカで発行されている分厚いギリシャ語辞典とか、逆引き辞典を用いて四苦八苦しつつ、その変化形を知り、意味をたどっていたものです。しかし、パソコンによってそうした各種の分厚い辞典をいくつも机に広げる必要がなくなり、原語と、訳語の意味の差、どのように聖書で用いられているかなどが断然はやく、簡単にできるようになりました。聖書のそうした研究的な学びをパソコンを用いてぜひと希望している人で、近くに相談できる人がいない方は筆者までご一報下さい。

返舟だより

○ 一月号の中、「二つのいのち」は特別に強く感銘を受けて、あれからずっと胸中に温めております。

・・目の手術のため、片方が失明し、片方も視力が落ちて身体障害者の認定を受けています。読むことが困難の度を増しています。

 今、八十歳をすぎて余命のことで思い悩むことがしばしばですが、「はこ舟」の記事を読んでハッと目がさめる思いが致しました。

 二つの命のうちの一つのいのちにとらわれていました。もう一つの命のあることに気付かされました。新たな希望が芽生えました。感謝。(中部地方の読者の方)

○ 日の丸、君が代について・・やるだけのことはやってみよう、祈りつつ、行動し、最後はイエス様のみ声に従おうと。私にとっての道が示されることと信じることにします。・・何か大きなことを為すとか、格好よく決めるとかでなく、道を示されるみ声が届くように、祈りを深めたいと思います。(近畿地方の方から)

・君が代、日の丸の問題は、昔の踏み絵のような状況になっているところがあります。現在の教員は、卒業式、入学式、体育大会などでいつも君が代を歌うのか、どんな気持ちでそれを歌うのかが、試されるようになってしまったのです。

 はっきりと君が代が天皇讃美の歌だからと歌うのを拒むならば、法律で決まった国歌を歌わないのはけしからんといって、処罰されることを覚悟しなければならなくなってしまいました。思想、良心の自由が憲法で保証されているにも関わらずです。

 こうした状況になっても、なお、君が代とか日の丸がかつてどのような目的で用いられたのか、そして現在、教育においても強制しようとするその目的はいったい何なのかということを学び、生徒たちに教えることの重要性はなくなるものではありません。

○去年(二千年)五月号の「無教会とは何か」をたいへん興味深くアーメンと、共感をもって読ませて頂きました。私は、○○年のイースターに何もわからないままに、受洗したのですが、以来「教会」とはいったい何なのだろうかと悩んで来ました。現実の教会はこれが教会なのだろうか。これで救われるのだろうかといつも礼拝に出席するたびに思わされました。

 ある時、「裸の王様」のことをふと思いました。・・現在の教会はこの通りだと思います。主の臨在を感じられないで何が讃美でしょうか。口先だけの祈りや讃美を神様は喜んで下さるでしょうか。・・主の祈りもお題目を唱えるように、その意味も考えないで、早口で唱えられていたので、そのときには黙っていました。・・

 こんな時、ヘブル書十三・5「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない」というみ言葉に望みをおいてきました。・・(四国の方)

・すでに新約聖書の時代から、教会にいろいろの問題があったことが、コリントの信徒への手紙に現れています。地上にある限り、私たち自身もいろいろと悩みや罪を持っているし、またそのような人間の集まりである教会もまた、いろいろと問題をかかえたまますすんでいくことと思われます。しかし、そうした教会であっても、ごく少数の真剣に祈り、主に祈る人たちによって支えられ、祝福が注がれているのです。

○いつも「今日のみ言葉」をお送り頂きましてまことにありがとうございます。

 神様がいつも共にいて下さることを感謝しております。私および家族は、現在大変恵まれた環境にあり、何の心配事もありませんが、苦難に会われている多くの方々があることを覚えます。

 時々、何故私たちはこのように恵まれているのだろう、負える力のない小さな器だから苦難を与えられないのだろう、などと家内と話しています。どんな時にも、どんな環境でも、感謝して生きて行きたいと考えています。(メールでの返信、関東地方の方より)

・私たちが健康や家族が守られ、仕事も与えられていて大きな苦しみがないのは、私たちが苦難に耐える力がないから、神が与えないということもあるかも知れません。

 しかし、私には、その健康や仕事を用いて、神のために働くことを神様が期待しておられるからだと思われるのです。

 パウロもどうしてもいやして欲しいと願っていたある種の病気をもっていたようです。しかし、もし、病弱で歩くことも十分できないほどであったらあのように、小アジアやギリシャ地方の広大な領域を、船の危険、山道の危険、迫害される危険をもこえて、福音伝道のために歩き続け、前進を続けることはできなかったのです。パウロにそれほどの体力が与えられていたのは、神がそれを用いて福音を伝える働きに用いるためであったのです。

○「今日のみ言葉」を賜り、心より感謝申し上げます。

 先日は「み言葉」に添付されていた美しい野花のお写真の紫がとてもあざやかで見とれました。どんなものにも聖手の業を思うと感激も一入(ひとしお)ですね。

 1日1日が奇跡のように思われます。神のお導きの中に、到底人智では及ばないことがなされていることを感じます。

 いかに己を低くするか、砕かれるか、祈る毎日です。

 これからもよきお働きをお祈り申し上げます。 

こちらは大雪で、一面真っ白の世界です。

 聖言葉はコピーして、お配りしたいと思っております。(東北地方の方)

・時には、自然の美しいたたずまいや雄大な光景、夕日や野草の花、小鳥なども、神の言のように、私たちの魂に、力やさわやかさ、あるいは潔めを与えてくれることがあります。神は自然の表現しがたいような美しさをそのような目的のために創造されたようにも思えます。

徳島聖書キリスト集会集会案内
・場所は、徳島市バス中吉野町4丁目下車徒歩四分。
(一)主日(日曜日)礼拝 毎日曜午前十時三十分から。
(二)夕拝 毎火曜夜七時三十分から(旧約聖書を学んでいます)
・なお、毎月最後の火曜日の夕拝は移動夕拝で毎月場所が変わります。(現在の移動夕拝は、板野郡藍住町、麻植郡山川町、徳島市国府町の三箇所を移動しています。)
☆その他、土曜日の午後二時からの手話と聖書の会、日曜学校(日曜日の午前九時半から)が集会場にて。また家庭集会は、海部郡海南町、板野郡北島町、徳島市国府町(「いのちのさと」作業所)、
板野郡藍住町、徳島市住吉などで行われています。
また祈祷会が月二回あります。問い合わせは下記へ。
・代表者(吉村)宅電話(FAX) 08853-2-3017

音声ページトップへ戻る前へ戻るボタントップページへ戻るボタン次のページへ進むボタン。