リストボタンことば     2004/3

177)人間の生きる正しい目的は、絶えず神の慈愛を受け、それを他に分かち与えるということでなければならない。多くの苦難を経験して、最後にようやく本当の生きる目的を悟る人たちもいる。しかし、生涯の終わりになってもそのような自覚に至らない人は、一生を半ば、あるいは全く踏み誤ったことを嘆かねばならない。(ヒルティ著「眠れぬ夜のために・上 八月二八日の項より」)
Die Menschliche Leben,muss ein bestandiges Empfangen und wieder Ausgeben der Freundlichkeit Gottes. …(初めの部分の原文)
・人間の生き方といったことについては実にさまざまの生き方がある。しかしだれもが可能で、しかも最善の生き方はここにヒルティが述べているような生き方であって、それこそ聖書が一貫して述べていることである。神は万能であるとともに愛であるゆえ、私たちがその弱さのなかから真剣に求めさえすれば神はその愛を下さる。そしてそれを生活のなかで分かつことが日々の目標となるという。このような生き方は才能とか地位、財産の有無、または健康か病弱かに関係なくだれにでも開かれている。
178)十字架
それから彼はしばらくの間じっと立って十字架を見つめ、そして驚いた。十字架を見たために、このように重荷から楽になろうとは実に驚くべきことであったからである。それで彼は何度も見ているうちに、ついに頭の中の泉から涙が湧き出て頬を伝わった。
彼が涙を流しながら十字架を見つめていると、見よ、三人の輝ける者が彼のところにやってきて、「平安あれ」と挨拶した。第一の者は彼に言った。「あなたの罪は赦された」。第二の者は彼のぼろの服を脱がせて着替えの衣を着せた。(「天路歴程」86頁 新教出版社刊 参考のために、英語の原文を添えておきます)

He stood still awhile to Iook and wonder,for it was very surprising to him that the sight of the cross should thus ease him of his burden. He looked therefore, and looked again, even till the springs that were in his head sent the waters down his cheeks.
Now as he stood looking and weeping, behold three Shining Ones came to him and saluted him, with "Peace be to thee." So the first said to him,"Thy sins be forgiven."
Mark 2:5 The second stripped him of his rags. and clothed him with change of raiment.

・人間にとって最も重荷となるのは何か、それは本人が気付いているかどうかに関わらず、赦されない罪こそその重荷のもとになっている。人間はふつうの動物とちがって何が正しいか、真実かを直感的に感じ取る能力を与えられている。それゆえ、自分や他人が正しくないと感じること、すなわち罪の意識ははっきりと分からなくとも奥深くに眠っているように存在し続けている。その罪の意識は隠れたまま、人間を苦しめ、重荷と感じさせ、心に晴々とした軽い心を与えないようになっていく。それが人間の根本問題だと感じるときに、それを逃れさせてくれるものこそ、最大のもので、それこそ罪の赦しなのであった。この天路歴程においても、その罪の赦しこそが中心に置かれているのがわかる。ただ、十字架を仰ぐだけで、赦しを受けて心は軽くなるという実に不思議な体験をこの著者も与えられて、それこそが人生の転機となった。
179)平和
二人または三人の間での平和からのみ、私たちが希望するような大きな平和が、将来成長することが可能なのである。
(ボンヘッファー「信じつつ祈りつつ」83頁 新教出版社)
・主イエスは、「二人三人が私の名によって集まるところには私はいる」と約束された。ここでボンヘッファーが言っていることは、主イエスこそ真の平和の源であり、主イエスがなされることによって本当の平和がもたらされるということを思い起こさせる。罪赦され、神との平和を与えられて初めてそこに永続的な平和の基礎が作られたことになる。


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