リストボタン休憩室     2004/3


セントウソウとセリ科の花
野草はたいてい二月の終わりになってもまだほとんど花は咲かせないのですが、まだ寒いうちからまず咲き始める木や草花もあります。梅や水仙、ジンチョウゲなどは香りもよく、話題にされて有名ですが、まったく話題にもならないけれども、心惹かれるようなセリ科の花もあります。
それはセントウソウ(仙洞草)で、白い小さな花を咲かせます。春のセントウ(先頭)に咲くと覚えると記憶に残るという人もいます。これはセリ科のうちで最も小さいものに入ると思われますが、純白のごく小さい花はルーペでみると、その可憐な美に驚かされます。山のやや日陰のところにひっそりと咲いているので、ほとんど気付かない人も多いと思われます。しかし、この花は「山路来て何やらゆかし」という感じをもたらしてくれるものです。
セリは春の七草として有名だし、多くの人が食べた経験もあると思いますが、セリ科には、私の手元にある図鑑でも四十種類を超えています。このような多様なセリ科のなかで、最大のものは高さが一~三メートルほどにもなる、エゾニュウという植物です。これは、昨年北海道の礼文島を訪れたときに見たもので、人の背丈を超えた堂々とした姿となり、海に向かって広がる山の斜面のあちこちに咲いていました。それはたくさんの白い花をセリ科独特の線香花火のような放射状に咲かせます。
徳島の高山で剣山やその周辺の山でも、シシウドというやはり二メートルほどになる大型のセリ科の植物があり、夏の高山の目を楽しませてくれています。
大きいものも小さいものもそれぞれに独特の味わいをもって生きて、花を独自に咲かせる、そうした植物のすがたに接して神のなさり方の一端を学ぶ思いがします。

春の星座
春になると、オリオン座も西に傾いていきますが、その代わり東からは、しし座や乙女座、牛かい座があらわれます。金星はまだ夕方の空に輝いて見えます。そして北斗七星は北空によく目立つ姿となってだれでも直ちに見つけられます。夜10時ころには、しし座の一等星であるレグルスがほぼ真南の高い空に見え、そのすぐ左側に特別に明るい星、木星が見えます。そして目を東に転じると、明るい二つの星が見つかります。青く強い光の星は、乙女座の一等星スピカで、表面温度は二万度、太陽が六千度ほどなので、はるかに高温で、そのために強い白色に輝いて見えます。その北寄りには、オレンジ色でやはり強い輝きの一等星、アルクトゥルスが見えます。これは牛かい座の一等星です。これがオレンジ色に見えるのは、表面温度が四千度あまりで低いからです。北斗七星の弓なりになっている星を伸ばすと、アルクトゥルス、スピカへと達します。こうした星座のごく基礎的な知識をもって夜空を見るとそれだけでも、星の世界により身近となり、それを創造された神の偉大さに心動かされます。


返舟だより    2004-3

この三月に、三人の外国からの参加者がそれぞれ自分の国に帰って行かれました。そのうち、中国の許 英美(*)さんは、鳴門教育大学への留学生として来日され、二〇〇一年一月七日に初めて参加されてから、三年二カ月の期間、私たちの徳島聖書キリスト集会に参加されました。

*)日本語風に読んで、「きょ えいみ」さんと呼んでいたが、中国語では 許(xu)英(ying)美(mei) シゥ イン メイ と言う。

許 英美さんは、中国の瀋陽(昔の奉天)に在住ですが、コリアン系(朝鮮民族)の方でしたから、時々韓国語の祈りや讃美もしていただきました。また、とても積極的に私たちの集会員の方々とも交わりを持ち、 四国集会にも参加していただいて、英美さんの属している中国の教会でもよく歌われるという「鹿のように」(リビングプレイズ69番)を韓国語で讃美してもらったこともありました。
英美さんは、私たちの集会に参加し始めた頃から日本語はかなりよくできていて、日常的な会話はほとんど不自由なくできていたので、交わりも多くなされました。
また南アフリカやザンビアからの留学生を私たちの集会に紹介して連れてこられました。
そのうち、南アフリカからの二人が許 英美さんの紹介で私たちとの集会に関わりができ、日曜日の礼拝集会にも参加されるようになっていました。
その二人のうち、シポさん(Sipho Dlamini シポ・ドゥラミニィ)も、やはり鳴門教育大学への留学生としてこられた方で、帰国すると教育指導主事の仕事をすると言われていました。シポさんは、去年二〇〇三年一月十二日からの参加で、一年二カ月ほど、私たちの集会に参加されました。
メギさん(Maggie Maluleke メッギィ・マルレケ)は今年に入ってから参加しはじめた黒人女性の方で、やはり鳴門教育大学への留学生で、自然科学の教師をしているとのことでした。
徳島では、黒人の方に出会うことは稀であり、そうした中でお二人の参加は私たちの集会にも、遠い南アフリカからの不思議な空気を運んで下さったし、キリストの大きな御手の広がりを感じさせてくれました。
地球の反対側にあり、はるかに遠く、皮膚の色もまったくちがっていても、同じキリストを信じる兄弟姉妹としての交わりが与えられることは驚くべきことでした。
鳴門教育大学から、私たちの集会場までは二十キロ以上あり、交通も不便なので、車を持っていない留学生としては普通ならなかなか来ることはできないのですが、集会の姉妹たちが送り迎えの奉仕をして参加できたのでした。
南アフリカからの二人は、日本語が少ししかわからなかったので、会話は少ししかできなかった人が多かったのですが、お二人が参加されているだけで、いつもの集会とは違った雰囲気になっていたものでした。
また、主日礼拝での私(吉村)の聖書講話のあとで、その内容を私が要点をまとめて短く英語で話していました。それは、何もわからないまま帰るのでは、遠くから参加しているのに申し訳ない、しないよりはましだろうという程度の気持ちで話していたのですが、とてもその聖書講話の英語要約を熱心に聞いていただいて意外なほどでした。
鳴門にも、徳島までの途中にも合わせると七つほども教会があるけれども、遠い私たちのキリスト集会に参加されたことに、神の導きを思います。
帰国されても、その信仰がいっそう強められ、主に導かれて歩まれますようにと祈りをもってお別れ会を終わりました。

私は聖書を日々読むと言うことがまだないので、皆さんの話、「はこ舟」や文集「野の花」等がすごく貴重なものになっています。時には幾度も読み返します。だから、少しでも多く、集まりに行ければと思います。 イラクやアフガンで、当たり前のように、毎日、殺戮があること、同時テロのように、さっきまで元気だった人が一瞬にしてなくなる光景、おそろしいガンなどの事を考えると、少しぐらい具合いが悪くても守られて生かされていることに感謝だし、最後に残るのは「信仰」なのだなと思います、まだ信仰の弱い私ですがもっと神さまのほうを見て行きたいと思います。
(四国の方よりの来信)


音声ページトップへ戻る前へ戻るボタントップページへ戻るボタン次のページへ進むボタン。