リストボタン闇のなかの光  22005/11

宇宙というと何を思い浮かべるであろうか。果てのない空間、真空、極低温、星、といろいろあるだろう。
もし、地球からはるかに遠く離れて恒星の散らばるようなところにまで行ったとしたら、そこには全くの闇とその闇の中に輝く星々の光しかないだろう。それはたしかに闇のなかに光が輝いているという状況であろう。
この世もそれと似ている。至るところで闇がある。いつの時代にも、どのような地域にもさまざまの悪があり、病気や戦争、憎しみや悲しみ闇がある。
しかし、そのような霊的な闇のただ中に光がある。

光は闇の中で輝いている。闇は光に打ち勝たなかった。(ヨハネ福音書一・5

この福音書を書いたヨハネはあたかも暗夜における星を見るように、キリストの光が輝いているのをまざまざと見ることができていたのであった。
使徒パウロは、「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ書二・15)と言っている。私たちがこの世の悪に従わず、神に従っていくときには、私たちの内なるキリストが、また私たちの心にあるみ言葉がそのように光を発するのである。
人間はみな死んでいく。そして見えない存在となる。万能の神の愛と力を信じないとき、死によってみんな無になって消えていくとか、生きた人間をおびやかす正体不明の霊的なものになると信じることになる。
しかし、神はその万能によって信じる者をキリストと似た栄光あるものと変えられる。

「キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださる。」(フィリピの信徒への手紙三・21

このように生きているときには、み言葉により、内に住むキリストによって私たちは一つの光となり、地上の生活を終えたときにも、キリストの栄光のような光に満ちた存在に変えられるという驚くべきことが約束されている。
そしてこのことは、主イエスの言われたように、幼な子のような心をもって主を信じるだけでだれにでも与えられるのである。


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