リストボタン名を記された者    2007/2

人間はみんなどんなに元気があり、活躍していた人も次第に老齢化し、病気がちとなり、ついにこの世から去っていく。そして日が経つにつれてすべて忘れ去られていく。人間の集まりであるこの社会全体も同様である。

世の中を 何にたとへむ 朝開き 漕ぎ去(い)にし舟の 跡なきがごと(万葉集巻三・三五一)

この歌は、世の中を何に譬えたらよいか、それは、朝早く港を漕いで出て行った舟が、はじめは波を立てて進み行き、その進んでいく跡もはっきりとしているが、時間が経つと舟も見えなくなり、船の跡も初めははっきりとした跡が水面に残っているが、徐々に薄れていき、ついには跡形もなく消えてしまうのと似ている。この世のこともそのようにはかないものだ、というような意味である。
また、芭蕉の俳句にも、次の句がある。

夏草やつわものどもが夢の跡

これも、やはり過去の戦の動乱もみな過ぎ、消えて行き、ただ自然の夏草のみが静かに残っているという、すべてが移り行くことへのはかなさ、そしてそれに対比して自然の不変性が置かれている。
この世界全体が、いわば、この世のさまざまの戦いに加わり、生きることに疲れ、病に苦しんだのち老齢となり、死を迎え、そして消えていく、つわものどもの夢の跡 のようなものだと言えるだろう。
そのようなすべてが消えていくと見えるこの世にあって、消えない歩みがある。それは、次のように、神が覚えていて下さるからだ。

あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。(ルカ福音書十・20

この言葉は、弟子たちが、主イエスから神の力を受けて悪の霊を追いだすことができたと、喜んで帰って来たときに言われた言葉である。主は、「悪の霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。」と言われ、一時的に目にみえるような結果が出たといって喜んではいけないと言われた。そうした見える世界でのことを喜ぶことは、すぐに自分がこのような力を持っているのだという高ぶりへとつながっていくことが多い。そして、そのような表面的な成果のようなものはすぐに次のときには、同様な結果が出ないことが多く、落胆へと容易に結びつくからである。
さらに私たちが老年になれば、そのような目に見えるような働きは次々とできなくなっていくのである。
私たちが神に信じて歩むときには、名が天に書かれている、すなわち神が覚えていて下さる。人間が忘れようとも、また自分自身も重い病気や死の近づく苦しみのなかで、過去のすべてが消えていくようにみえるときでも、神は万能であり、まったき愛であるゆえに覚えていて下さるのであるから、決して消えていくことはない。
次々に新たな人間が現れ、さまざまの出来事が生じ、そしてそれらすべては数年、あるいは数十年もすればほとんどが、時間の巨大な波に呑み込まれていく。
しかし、時間を創造し、時間をも空間をも支配されている神の内に導き入れられた者は、そのような大いなる波にもかかわらずそれに呑み込まれず、かえってその波の上に立ち、神に導かれて歩んでいく。
かつてペテロが、暗夜の大波に揺さぶられて危険な状況にあったが、主イエスをしっかりと見つめて歩んでいくときには、ふしぎにもその大波の上を歩いていくことができたのであった。
これは、神の名が記されている者の歩みを象徴しているといえよう。
名前が登録されている、と言えば、現代ではコンピュータの中や、それを記憶したCDなどに記されることが多い。それらは、インターネットを用いて情報が流出して、さまざまの分野で人の個人情報が予期していないような人のもとに流れて悪用されたりする。こうしたデジタル情報は、また即座に消去することができる。
しかし、天の書に記されている個人情報といったものは、いかなる権力や組織、あるいは武力などによっても削除されたり、消されたりすることはない。キリストやパウロ、ヨハネといった人たちの個人情報すなわち、彼らの真実や愛は数千年をへても削除されたり、消去されたりしなかった。
神が信じる者の名を記して下さっているということは、次のように聖書においても何度か現れる。

二人は、命の書に名を記されているクレメンスや他の協力者たちと力を合わせて、福音のためにわたしと共に戦ってくれたのです。(フィリピ書四・3

勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。わたしは、彼の名を決して命の書から消すことはなく、彼の名を父の前と天使たちの前で公に言い表す。(黙示録三・5

私たちもまた、ただ神を信じ、神が人間のためにこの世に送られたキリストを救い主として受け入れるだけで、その名が天に記され、生涯の歩みを通して主の守りと導きを受けることを信じることができる。そしてその消えることのない歩みは、死の河を越えて天にまで続いていく。


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