リストボタン見果てぬ夢セルバンテスとその著「ドン・キホーテ」について    2007/4

深い内容をもった作品が、一部の人々にはその真理が知られていても、一般の人々にはその真価を知られていないことはよくある。聖書もそうした典型的な例であり、残念なことに大多数の日本人にとって永遠の真理が記されている創世記や詩編、福音書やパウロの手紙などの深い意味は分からないままになっている。
セルバンテスの著書「ドン・キホーテ」についても、これは、風車に向かって突進していく、無鉄砲な喜劇的な人間だ、子供向けのおもしろい小説だ、というような理解が多いだろう。
しかし、前月号に紹介したように(*)、この作品は決してそのような単に面白おかしく書かれた娯楽作品ではない。

*)ロシアの大作家ドストエフスキーはその著作「作家の日記」の中で『ドン・キホーテ』を次のように評している。「ここには、人間の魂の最も深い、最も神秘な一面が、人の心の洞察者である偉大な詩人によって、見事にえぐり出されている。 これは、偉大な書であって、今どき書かれているようなものではない。このような書物は、数百年にようやく一冊ずつ人類に贈られるのである。」 (ドストエフスキー全集第15巻「作家の日記」下巻 二八二頁 河出書房新社刊)

この著者セルバンテスは、大いなる苦難の人生を歩んだ人物であった。そのことを、フランスの文学評論家デュアメルの「文学の宿命」なども参照しつつ一部を紹介しておきたい。
彼は一五四七年、スペインで貧困のうちに生れ、後に兵士となってレパントの海戦(**)に参加した。

**)レパントはギリシアのコリントス湾の北岸の町。一五七一年十月七日,ローマ教皇庁、スペイン、ベネチアの連合艦隊とオスマン海軍はレパント付近で対戦し、連合艦隊が勝利した。

そこで重傷を負って、生涯左手が自由に動かないという障害を持って生きることになった。その後、退役して帰国の途中にトルコの海賊に捕らえられ、アルジェの刑務所で長い苦難の歳月を送り、何度となく脱走を計画したが失敗し、死に至るほどの苦しい労働から、ようやく奇跡的に逃れることができた。 こうした艱難のうちに生きていたとき、自分だけの苦しみや悲しみにうちひしがれることなく、同じように苦難をなめている友人たちを救うために、あらゆる罪をみずから一身にひき受け、我が身をまったく犠牲にした。
彼は、牢獄に入れられているとき、自分の命をかけて、一同が意気阻喪しないように励ましていた。 しかも、彼は、四度にわたって危うく生命を失いかけた。それは、杭で刺される刑、絞首刑、あるいは火あぶり刑などに処せられるところであった。それも、彼が多くの苦難を受けている多数の人たちを救い出そうとしたゆえであったという。
このような数々の危険と困難、死と隣り合わせた苦難の生活を目には見えない力に押し出されて行動していった彼は、十一年の外国での波瀾に富んだ生活を終えて、辛うじて帰国することになった。
しかし、それからまたそれまでと全く異なる苦難の生活が始まる。それは当時のスペインが政治、社会的にも大きく衰退に向かうという変動期であったこともあり、彼の軍人としての、また勇敢な兵士としての経歴も無視され、左手が自由に動かないというハンディもあって、きちんとした職業にすらつくことができずに、海軍の食糧を集めたり、税金を徴収するなどして各地を歩き回り、入獄まで経験した。このように、生涯の前半は苦難に満ちてはいたが、命をかけて他者のために生きる道を歩んだが、後半は、生活の苦しみ、この世の冷たさに苦しめられたと言えよう。こうした英雄的苦難と屈辱的苦難という全く性質のことなる苦難を経て年老いたセルバンテスが,恐らく一六〇二年のセビリャでの入獄中にその想を得たのが「ドン・キホーテ」であると言われている。
こうしたさまざまの苦難の内、ことに牢獄のなかでこの有名な作品の着想を得たということは、イギリスの著作家バニヤン(*)が、やはり繰り返し投獄されたそのなかで、世界的に読まれてきた「天路歴程」の着想を与えられたというのと共通しているのに気付く。
*)バニヤンは、とても貧しい家庭に生まれ育った。父親は鍋・釜などを修理する職業で、それは動物を使う興行師や行商人と同様な扱いを受けていて、社会的地位はことに低かったという。イギリスの文学者、作家でバニヤンほど低い地位にあった人はなかったと言われるほどであった。 そのような低き地位にあった人が、世界的な文学作品、しかもキリスト教信仰の上でもとくに重要な内容のものを生み出すことができたのは、神の導きであった。彼は牧師でないのに、説教をしたということなどの理由で、三回にわたり入獄を経験し、合わせると十二年半もの獄中生活を経験している。

こうした特異な苦難の道を歩んだ人間が、晩年に牢獄でインスピレーションを得て書いたものが、単に子供を喜ばせるような笑いの物語りであるはずがないということは、彼のこうした生涯を知れば容易に推察できることである。
永遠的な価値を持つ作品をこの世に送り出すには、単に文学的な才能とか、たくみな文章能力などというものだけでは足りない。神は、その著者にさまざまの苦難を経験させて、真理をもった著作を生み出させるというのがうかがえる。
ヒルティは、真理をユーモアの衣を着せて表現することはとくに困難であるが、セルバンテスの「ドン・キホーテ」はそうした稀な作品の一つであるとして高く評価し、内村鑑三も次のように述べている。

ヨーロッパの文学に驚くべき才能を現し、ダンテと並び称される偉大な人物がある。これがセルバンテスである。時代は、貧富の差がますますひどくなり、社会は罪悪と不平とあつれきとの声で満ちていた。
セルバンテスはこの状況を見て義憤にかられ、強きをくじき、弱きを助け、社会の改革をなそうと志した。しかし、彼が計画するところはみなその志と食い違い、不幸と名付くべきあらゆる不幸、艱難と称すべきあらゆる艱難はつねに彼に降りかかってきた。実に彼の生涯は耐えがたい苦難辛酸をなめ尽くした生涯として終わった。
バーンズの不幸、ジョンソンの困窮、カーライルの辛苦など(*)、セルバンテスの生涯に比べるなら物の数ではない。

*)バーンズは、イギリスの詩人。スコットランドに生れ、農民として一生を終る。ジョンソンは、イギリスの文献学者・批評家・詩人。その「英語辞典」は個性的な辞典として有名。カーライルはイギリスの思想家。

もし彼の生涯を思いめぐらすとき、今日の文学者が、妻が病床に伏し、子が飢えに泣き、自分は水を飲んで作品を生み出す苦しみをなめる、としても、まだそれは心にかける問題とは言えない。
セルバンテスは晩年になって、自分の一生を回顧して、ドン・キホーテという作品を書いた。それはヨーロッパ文学の中で、一頭地を抜きんでた大傑作である。私はこれを読んだとき、この書は単に娯楽的書ではない。それを一読して、おとがいを解かしめ(感服のあまり、あいた口がふさがらないこと)、再読して、笑いを誘う表現の内に、実に限りない悲しみの情を含んでいることを感じたのである。
(「内村鑑三全集」第五巻 四四〇頁~四四一頁より。 一九八一年岩波書店刊。 原文は文語、わかりやすい表現にしてある。)

次にこのドン・キホーテの中から引用する。

このような悲運も、私のいそしむ道に殉ずる者にはありがちなことだからである。それだけでなく、このような苦難が私の身に起こらないとしたら、その名が知られる遍歴の騎士と自ら信じることにもならない。
というのも、名も誉れもないような騎士ならば、このような苦難に遭うことも全くないが、勇気ある騎士には必ず生じるものである。
というのは、彼らの善き行い、勇気のゆえに、数々の王や支配者たちの妬みを引き起こすからである。
そのような妬む者たちは、悪い計画を考えだすことによって、立派な騎士を滅ぼそうとするのだ。
しかし、善きわざは力強きものであるから、あらゆる犠牲を払って現れ、太陽が空に輝くごとくに、世に光を放つことであろう。
(「ドン・キホーテ」第四七章より 、筑摩書房版世界文学体系 「セルバンテス」 二九六頁)

ここで言われていることは、聖書に記されていることが背景にあるのが感じられる。
神の国への道を歩む者(それを「遍歴の騎士」として現している)にとって、さまざまの困難、苦難は当然予想されること、もしそうした困難が何も生じないなら、かえってそれは本当に神の道を歩んでいるとは言い難い。
人が神の国にふさわしい言動をするとき、周囲の力を持っている者たちはそれを妬み、滅ぼそうとする。しかし、この引用にあるように、善きものは力あり、あらゆる妨げにもかかわらず現れて、太陽のように輝く。こうした典型的な例が、主イエスであったが、そのキリストの真理を幾ばくかを与えられた者もまた、その真理(神の言葉)のゆえに輝きを持つようになるだろう。
それは使徒パウロがで言っているとおりである。

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」
(フィリピ書二・15
セルバンテスのこのドン・キホーテを元にして、音楽と踊りを用いた劇(ミュージカル)が作られ、それが広く知られるようになった。これもこのドン・キホーテという作品が時間を越え、民族を越えて永遠的な真理をたたえているゆえに、その一部を取り出したに過ぎないこうした音楽劇にも人を惹きつけるものを持っているのであろう。
それは、「ラ・マンチャの人」 (Man of La Mancha)というもので、ラ・マンチャとは、ドン・キホーテの舞台となった、スペイン南部の地方名である。今から四十年あまり前にアメリカで初演され、五年六ヵ月の長期にわたる公演を記録し、現在も世界中で公演されているという。
ここにあげた歌は、この中で歌われるものである。
その訳と原文、それから詩的に訳されたものを次にあげる。
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不可能な夢

実現の不可能な夢を見、
打ち負かすことのできない敵と戦い
耐えがたい悲しみを担い
勇士もあえて行こうとしないところへと進み行き
正しくしようとしても、できないようなものを正さんとし、
清いものを愛し、遠くからそれを追い求め
疲れ果てていても、なお試みることを努め、
達することのできない星に行かんとする

星をめざして歩むことこそ、私の願い
それがいかに絶望的に見えようとも
そしてどんなに遠くとも
正しきもののために戦い
地獄のようなところへも、喜んで進み行き
疑うことなく、休むことなく
天の国にかかわる目的のため、

私は知っている。
私がこの栄光あるつとめに真実であるなら、
永遠の休みが来たときには、
私の心は平和な静けさのうちに憩うことを。

そしてこの世は、わずかでもよくなるだろう
一人の人間が、あざけられ、傷だらけになろうとも
最後に残ったわずかばかりの勇気をふりしぼって
達することのできない星に達せんと努めたことによって

THE IMPOSSIBLE DREAM

To dream the impossible dream
To fight the unbeatable foe
To bear with unbearable sorrow
To run where the brave dare not go
To right the unrightable wrong
To love pure and chaste from a far
To try when your arms are too weary
To reach the unreachable star
This is my quest to follow the star
No matter how hopeless
No matter how far
To fight for the right
without question or pause
To be willing to march
into hell for a heavenly cause
And I know if I'll only be true
to this glorious quest
That my heart will lie peaceful and calm
when I'm laid to my rest
And the world will be better for this
That one man scorned and covered with scars
Still strove with his last ounce of courage
To reach the unreachable stars

夢は稔り難く(森岩雄、高田蓉子 訳)

敵は多数なりとも
胸に悲しみを秘めて
我は勇みて行かん
道は極め難く
腕は疲れ果つとも
遠き星をめざして
我は歩み続けん
これこそ我が宿命
汚れ果てし この世から
正しきを救うために
いかに望み薄く 遥かなりとも
やがて いつの日か光満ちて
永遠の眠りに就くそのときまで
たとえ傷つくとも
力ふり絞りて
我は歩み続けん
あの星の許へ
**********************
この詩は、著者であるセルバンテスの心が映し出されている。一言で言えばそれは「星を見つめて」の歩みであったと言えるだろう。キリスト者にとってその星とは、キリストご自身であり、神の国である。
夜空の星はこのように、古来数々の真理に生きてきた人たちの目に見える指標となってきた。
ダンテもその記念碑的な大作である「神曲」で、地獄、煉獄、天国の三つの部分の最後にいずれも、原文では「星」という語を配した。
人間は、人生のあるときに、そうした星にたとえられる永遠の真理を知らされる。そしてそれに向かって歩むことこそ、唯一の幸いの道だと悟る。
しかし、その弱さ、罪ゆえに現実の生活ではドン・キホーテのような失敗と嘲笑や挫折を味わうことが多い。しかし、いかにそれが道遠く感じられようとも、その星は、はるかかなたから私たちの魂に光を投げかけ、招いているのを感じるのである。そしてこの詩が歌っているように、時至れば、天の国にてこの願いは完全に満たされるということを信じて歩むことが許される。
その希望、目標はあまりに遠く、時として私たちの心はなえそうになることもある。しかし、そのような時でも、私たちが天を仰ぎまなざしを御国に向け続けるときには、彼方に輝く星を見出すことができよう。
ドン・キホーテは「憂い顔の騎士」であった。それは著者自身がこの世の悪や自分自身の内なる罪ゆえの悲しみを反映したものであっただろう。主イエスも、すでに二五〇〇年以上昔の預言者(イザヤ書)によって、メシアは、「悲しみの人」だと預言されている。

彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。 (イザヤ書五三・3

この世のさまざまの出来事のゆえに、魂の平安を失い、孤独に悲しむこともいろいろとあるだろう。しかし、主イエスは次のように約束された。
「ああ、幸いだ。悲しむ者たちは。彼らは(神)によって励まされ、慰められるのだから」。
キリスト者の歩みは、一見実現不可能なことを目指しているように見える。しかし、それは人の目で見るからである。時至れば神はその万能の力をもって、この世界を新しい天と地に造り変えられるのを信じる信仰を与えられているのである。


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