野の花
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2001年1月(第14号)
徳島聖書キリスト集会発行

(後半部)
内容・もくじ


31、学びの中で今年受けた恵み M.S

32、神の愛による選び K.S

33、支えられています H.S

34、平和 H.T

35、この一年を振り返って T.T

36、野草から教わったこと H.T

37、テープの学びから T.B

38、「出会う」ということ F.N

39、今年の歩み B,T

40、印象に残っている聖句 H.N

41、愛、感動、夢、旅立ち T.N

42、所感 H.N

43、み言葉を通して T.H

45、憐れみ S.M

46、神様とこの世 H.M

47、心に残った御言葉 Y.N

48、神への信仰と内なる戦い H.Y

49、印象に残っている聖句 K.N

50、賛美歌三十九番に寄せて E.Y

51、心に残っているみ言葉から E.Y

52、感話 Z.Y

53、現在の状態 A.Y

54、出エジプト記の中より・・・期待していい・・R.Y

54、クリストフ・ブルームハルトの祈りから T.Y

55、あとがき T.Y


 


学びの中で今年受けた恵み     M.S

 

 ヨハネによる福音書一章〜三章について

 集会での学びの中から受けた恵みについて書かせていただきます。

 わたしは、目が見えているときから、ずっと聖書を読んでいました。

でも、その時は、きょろきょろとよそ見ばかりして、イエス様を見つめることはありませんでした。

肉体の目の光を失って、はじめて本当の光を見ることができたのです。

本気になってイエス様を祈り求める信仰がわたしの中に根付くまで、十年以上の時がかかり、

そのあいだ、神様は、わたしを見捨てることなく待ち続けて下さいました。

 ヨハネによる福音書の一章一節〜十三節のお話を聞かせていただいたとき、

わたしもイエス・キリストを信じて歩む神の子としていただけたうれしさで心の中がいっぱいになりました。

全ての人を照らす光が世に現れたのに多くの人はそれを理解せず、受け入れず、認めようとしなかった。

けれども、いつの時代にも、ごくわずかに、本当の光を信じて生きる人は必ずいたことを教えていただけて、

わたしもその少数派の人々の中に入れていただけたことを、深く感謝しました。

様の愛と憐れみは、わたしが思うよりもはるかに大きかったこともよく解りました。

その神様の愛を見失うことがどんなに恐ろしいことか、三章十六節の御言葉からも教えていただきました。

「神はその独り子をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じる者がひとりも滅びないで永遠の命を得るためである。」

わたしも、生涯を通してこの十六節の言葉を心に思い起こして自分に語り掛けていきたいと思います。

 滅びに至る道と、永遠のいのちに続く道の二つの選択をしなければいけないことがこれからも多くあることと思います。

イエス様にすがる信仰の恵みによらなければ神様から命を受ける事はないと言うことをいつも思って、祈りつつ新たな年も歩みたいと思います。

(はり師)


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神の愛による選び   K.S

 

 神の愛による選びについての印象聖句より

「見よ、わたしの選んだ僕。わたしの心に適った愛する者。この僕にわたしの霊を授ける。彼は異邦人に正義を知らせる。(マタイ十二章十八節)

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。

あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、

わたしがあなたがたを任命したのである。(ヨハネ十五章十六節)

「このキリストが、わたしたちのためにご自身をささげられたのは、わたしたちをすべての不法からあがない出して、

良いわざに熱心な選びの民を、ご自身のものとして聖別するためにほかならない。」(テトス二章十四節)

 

 神からの応答

「わたしは必ずあなたを救う。剣にかけられることはなく、命だけは助かって生き残る。

あなたがわたしを信頼したからである、と主は言われる。」(エレミヤ三十九章十八節)

 

「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、

祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。」(へブル五章七節)

 

「わたしはこの都を守り抜いて救う/わたし自らのために、わが僕ダビデのために。」(イザヤ三十七章三十九節)

 

「だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。

この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。(ヤコブ一章二十一節)

 

「だが、ユダの家には憐れみをかけ/

彼らの神なる主として、わたしは彼らを救う。弓、剣、戦い、馬、騎兵によって/

救うのではない。」(ホセア一章七節)

 

 もし神が憐れんで下さらなかったら、惜しんで下さらなかったら…誰が、何が残されただろうと思います。

 主はこの世を「裁くために来たのではなく、(神より)失われた者を招き、救いに来てくださった。

他の宗教の教えに従うなら「正義:正しさ」により、この世の諸々は存在すら許されないもので満ちているはずです。

しかし、私はそのようなものこそ「救い」を願ってやまないと確信します。健常であることが、また優れていることが「生命」だと誤解し

ていたからだと気付かされました。この転換は自分ではどうすることも出来ませんでした。「自分の責任:罪」ではないはずだから…。

 では両親でしょうか、先祖ですか、決して「両親だとはいえません、愛していればなお更に」、では神様でしょうか?

そうすると前世で罪を犯した…、自分があるいは先祖の罪を担って、「いつ担いますといったのだろうか?」

今、医術も進み「献体、臓器移植」など殆どの障害も回復可能なものも出来てきていますが、

かえって「神の選び」からは外れてしまうように思われます。治療ではあるけれども癒しではないのです。共

に苦しんでくれた両親、友は「回復されることによって」喜んでくれるのでしょうか?疑問が残ります。

それまでのものをかえって「否定する」ということ(部分的には)があります。愛されていた部分はなくなってしまいます。

「最も大切なはずのものの否定」が起こってしまうこともあり得ると思わされています。それも治療かも知れません。

しかし、技術上(物質)に対しての、それよりも何が「神の御心であるか」神

は何を「選び与えてくださっているか」を聞き取ることこそを望んでおられたと思わされます。

自分だけでなく、又、両親だけでなく、神だけでもなく。全てのものが「よかった」と喜べるものそれは「神の選び」でした。

神の正義は既に来ていました。しかし、神の愛はキリスト(神の選んだもの)を通してでなければ解りませんでした。

主はこの世で最も弱いものの所へ、苦しむもののところへ、先ず、来て、証し、癒し、救いを与えられました。

神の権威や力を行使したのでなく、「神の選び:愛の選び」の模範として行われ且つ、愛の壮絶な戦い、祈りの戦士でもあられました。

「アブラハムは行いによって義とされたのではなく信仰によって義とされた。」神を愛した人々のありようが聖書からは溢れ出ているように、

神の愛が溢れ出ています。

 私も神が喜ばれたと思えるものは誰も取り去るものは無く、神の与えてくださる平安は何ものも犯すことが出来ないと確信します。

それは何も出来ないはずの自己が自己ではないもので「生かされている」という証しでもあろうかと思います。

私たちの知らなかった「楽しみ、清い喜び」がその証しです。

 神は愛によって「選び」をされたので、私たちも「その声を聞き取るには」神と同質の「愛によって」でなければ聞き取ることが出来ません。

この声によってでなければ自然の恵みも自分にとっては不都合なものが多々あります。

「声を聞いてはじめて」目にするもの、触れられるものなど五感を通して初めて、素晴らしい、美しい、感動するような諸々で

満たしてくださっていることに気付かされます。

簡単なことのように思われましたが「自分中心の世界から」「自分以外の(神の)存在を認める」ことは至難であったように今は思います。

神を知ることによってでしか「本当の自分」を知るすべを持たなかったのも神の計らいであったと感謝します。

 私たちは「生きる」と言うことを刹那的に一定部分を理解しているのかもしれません。

「生き続ける」ことは「希望」というとてつもない力が必要であることも思わされます。

これには否定ではなく肯定で「死んでも生きる」という主の力(愛)こそが必要だと思います。

しかも、自分のありのままの姿で、主が働いて下さりやすようにして。

「祈りは」最高の私たちに下さった力と希望の「愛」でありました。

(海南讃美堂集会 鍼灸師)


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支えられています      H.S

                                 

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこからくるのか。

わたしの助けは来る。天地を造られた方のもとから。(詩編百二十一編)

 

 はるか遠くに続く山並みを眺めるとき、詩編のみことばが心に思い浮かびます。

樹々の美しい紅葉も過ぎ、この地で初めての冬を迎えようとしています。

もう歩道のところどころに<融雪剤>と大きく書かれた袋が積み上げられています。

初めて見る光景に“ああ、ここは徳島ではないのだ”と

 今更のように、遠くに来てしまった思いがしています。

 

桂坂集会のこと

 京都に移って十日ほどたったとき大阪狭山におられる姉妹が訪ねてくださいました。

まだ部屋の中も十分片付いていない中で、私の為に祈って下さいました。

その後の連絡で、これから月に一度この地で「祈祷会」をもつことの提案と奨めを頂いたのでした。

 近郊に在住の姉妹や兄弟にも呼びかけられ、九月、この集まりが始まりました。

十月、十一月には、徳島からも姉妹達がこの祈祷会に加って下さり(十二月も来会の予定)思いがけない恵みに与ることができました。

 旅先の小さな天幕のことを覚え、常に絶えざる祈りをもって支えて下さる兄弟姉妹のおられることを思い、

今後も主を仰ぎつつ讃美の旅を続けたいと思います。

 

近況より

 転居して四ヶ月。まわりの様子が少し分かり書けた私生活に“孫を見る”一事が加わりました。

 毎日が、危い橋を渡っていくような怖さもありますが、こうした明け暮れの中にも、私は心の中にたしかに覚えるのです。

“今日一日、私ではない、全く別の力が働いて下さった”と。

 

「いずこまで みてをもって

  主は みちびきたもうか

 知るを得ず 知るはただ

  つねにそばに います主」 (聖歌四四三番三節)


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平和    H.T

 

二十世紀も、終わりに近づいてきましたが、とくに、最悪なものとしては、多くの犠牲者を出した、第二次世界大戦だと思います。

 とくに、讃美歌二十一では、平和を強調しているものが、二曲ほどあります。

 とくに、わかりやすいものとしては、三九八番があります。

この曲は、韓国のもので、日本の植民地政策により、残虐な行為が、二度と起こらないようにということが、いわれています。

 今、憲法の改正問題で、論争になっているようですが、二十一世紀こそ、平和な時でありたいものです。

 

讃美歌二十一、三九八番

一、光さす朝 広がる緑は、昔の痛みを抱えて輝く。

  われらのこの地に 新たな歴史を、神よ、今こそ与えて下さい。

二、神の救いは アジアに広がり、福音の光が世界に輝く。

  わが主の御国が 世に来るときまで、神よ、御民を守って下さい。

三、生まれ故郷の われらの山河を、切り裂き隔てる境を乗り越え

  光は世界をあまねく照らすよ。神よ、われらを祝して下さい。


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この一年を振り返って   T.T

 

 この一年は試練にあうことばかりでした。 しかし、私はこの試練に打ち勝つことが出来なかったのです。

打ち勝つことが出来なくて、どうしょうもなく悲しくて、辛くてそんな毎日でした。

この時はもうひたすらにイエスさまに心の苦しみを取り除いてくださるよう悔い改め祈るばかりでした。

 日を重ねるうちに心の悲しみ、苦しみが癒されるようになりました。いつかまた試練にあうときがくる。

しかし、私はこの試練に打ち勝つことが出きるのだろうか?その時は不安に陥るのではなく、ただス様を頼るしかないと思いました。

 もうひとつ。

 私は罪深い人間と分かっていながら、分かっていなかった…。「あなたはまだそんな所に罪が残っているのだよ。」と神様が教えてくださった。

 私はすぐ悔い改めることができ、感謝しています。

聖書に「兄弟を裁いてはいけない」と書いてあったのを疑問に思っていました。

罪を犯しても見ぬふりをしなさいって言うこと?よく分からないなあ…。

それが今わかりました。罪を重ねるようなら、神様が教えてくださるということを。感謝します。

(会社員)


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野草たちから教わったこと      H.T

 

 今年の十一月十二日は、私たち「アクーオーの会」メンバー全員が、繰り出しルーペ(拡大鏡)を購入した記念すべき日です。

 いつの頃であったか定かではありませんが私の聖書勉強会ノートによると、

初めて野草名が記されたのは一九九九年九月二十二日で、そこには「ヒガンバナ」と「メガルカヤ」とあります。

 それ以前にもYさんが折々の季に、自宅周辺や伝道の途中で目にとまられた野草を勉強会に持参されていたと思いますが、

私の内部では「小さきものへの眼差し」がまだであったのでしょうか…。

ただ、いつか初夏の頃でしたか、ご自身が捕獲されたマムシ(毒ヘビ)を持参され、

私たちを戦慄させた生新しい記憶は今も息づいておりますが、追想してみますと、

これは聖書の中での大事な役割を果たす蛇のことを慮ってのことであったのでしょうか。

さて、ノートには、だんだんと野草名が増えていきます。春には、キランソウ、ヒイラギモクセイ、ムラサキカタバミ、クサフジ、ウツボグサ…。

秋は、ミズヒキ、ヨメナ、ヤマハッカ、大根草、コウヤボウキ…。

冬には、ベニシダ、ノコンギク、ヒイラギ、アキグミ、ネナシカズラ…。など、六十余種が記されております。

 これまでは、聖書の講義のときのわずかな時を利用して、Yさんから図鑑とノートパソコンを駆使した解説を聞きながら、

ご自身のルーペを廻しながらの観察でしたが、今はそれぞれがルーペを覗きながら野草の世界に魅入られております。

 ややもすれば、外れた路傍や山路の兎道に人知れず遠慮がちに季節の餐宴に仲間入りといった印象をもつ野草たちもルーペで観るその営爲の結晶があまりにも精緻で百態変化の如く、見事な出来具合に感嘆の言葉が飛び交うほどです。

これぞ神の御業による被造物でしか成立し得ない正にミクロコスモス(小宇宙)であるとの感を深くさせられ、

いつしか私の内部世界ではマクロコスモス(大宇宙)としての聖書世界へとつながっていきます。

 このように野草たちとの出遭いによって未だこの「小さなものへの眼差し」も徐々に普遍的なものへと開眼させられ

更に聖書世界の深耕へとステップされてゆくことになるでしょう。

 やがて移り行く季節の中で消えてゆく野草たちではありますが、彼女たちには私流の熱い眼差しの讃美を贈ることにしたい。


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テープの学びから      T.B

 

 今までにテープを聞かせていただいての感想を書きました。

 アモス書一章三、六、九、十一、十三節に、主はこう言われる。

それぞれに犯した三つの罪、四つの罪に対して繰り返し主は、わたしは決して赦さないという言葉を言われている。

それは、長く憤りを抱き続けたからだとの言葉は、私の心にぐさりと突き刺さる思いがしました。

人間の心を信じた私が悪いのですが、その裏切りが何十年も燻り続けているからだと判りました。

一応神様に赦しを乞うた者を私は赦していたはずでした…。

 この、アモス書の御ことばに、私は自分の間違いに気付き、直ぐ主に詫びました。

涙が出て止まりませんでしたが、これは私の心の喜びだったと思っています。

それからは、ずっと、心が軽く、神様の前に祈ることを赦されて居ります。

又、 主を畏れることは知恵の初め (詩編百十一編十節)一番に何より主を畏れる者と成りたいです。

御言葉は心の慰め、安らぎを覚えます。


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「出会う」ということ     F.N

 

 わたしは、毎日おだやかな時間をいただき生かせていただいている事を感謝しています。

 けれど、時には、思わぬ出来事との出会いがあったりして、不安と焦燥の中に身を置くこともあります。

 私達の集会でも、主の前に、兄弟姉妹が何時も揃って平安に集められていると思う中で、交通事故にあった、病気で入院した、

家族の方が召天した、長年、信仰で支え合ってきた姉妹との突然の別れがあった…等、何かに出合うということは、避けられない様です。

 最近、わたくしの老夫が病気を与えられて、療養の日々を送るようになっております。

何かに「出合う」ということは、その言葉のひびきからは偶然のような感じがしますが、毎日の営みの中では、良くも悪くも「出合う」ということは誰でも経験することです。

人は「運が悪い」とか、「運が悪かった」とか、言うことがありますが、運とは何でしょうか。

「神に出合う」ことのできた人は最高に幸せなのではないかと思えます。でも、神に出合えた人は、災害などに出合わずにすむのでしょうか。

「順境の日には楽しめ、逆境の日は考えよ。

神は将来人に何があるかを知らせないために、彼とこれとを等しく造られたのである。」と、「伝道の書」に記せられてありましたから、逆境もまた、神が造られたものでしょうか。

 聖書には、偶然ということばがないと学びましたが、わたしたちの受ける多くの出合いは良くも悪くも、与えられたものであることを思います。

 「出合う」ということでは、聖書の中に心に残っているものがあります。

1, イエスが教えを宣べはじめられ、ガリラヤの海辺を歩いていかれると漁師に合われた。

2, ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの四人でした。

3, 「人間をとる漁師にしてあげよう。」とのイエスの招きで、漁師達はすぐ網と舟と父までも捨て、イエスに従って行った。

 漁師を選ばれたイエスのお心を深く理解する事は、わたしには出来にくいし

漁師達がすぐ全てを捨て従っていったということには深く心に残ることでもありました。

2,クレネ人シモンという人は、イエスの十字架を通りかかったために無理に負わされました。

3,犯罪人のひとりは、イエスと共に十字架にかけられるとき、最後にパラダイスに入れていただくことができました。

 このように、偶然だと思われるイエスとの出合いの中で、漁師は使徒として働き、シモンとその子孫は神を畏れる人達となった、というのです。

イエスとの出合いが決して偶然でなく神のご計画であったことが、短い記事の中からではありましたが察することができました。

 わたし達とイエスとの出合いがどこで、どのように持たれるか、を思いますとき、やはり漁師やシモン、犯罪人の素直さが思われております。

 人間の営みの中では避けることの出来ない出来事との出合いが少なくありません。

「神は、忍耐と慰めによって、望みをいだかせてくださっている。」とパウロが言われております。

全ての人に与えられる、この世の出合いは、それを受け取る人の信仰の量りに従って思い上がることなくひとつ、ひとつを神にゆだねるとき、悲しみと思われる出合いも、深く迷うことなく平安があたえられるものであることを信じて歩まなければならないと教えられているのです。


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今年の歩み    E.T

 

 ヨハネ福音書の中で、三章十六節の「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。

独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」の有名な御言葉に「一所懸命の愛」と題を付けた方がおられるそうだ。

一生懸命が正しいと思っていた私は、はじめてその語源は一所懸命で、その意味も教えられた。

 一所懸命とは、封建時代に領主から自分の土地をもらって、敵から命がけで土地を守ったことの意。

三章十六節では神がそのひとり子であるイエス様を殺してまで一人一人に愛を注いで下さっている。

この一所懸命の神の愛は聖霊によって新しく生まれ変わらなければ分からない。

でも、聖霊は求めるだけで誰にでも与えられる。私は求めるだけでよい。でも、神様は楽々と人を救われたのではない。

イエス様の十字架の血により、罪を担い涙のとりなしの祈りによって救って下さった。

それが一所懸命の愛なのだ。

 信じていても迷いそうな私を、迷わないように捜し出して永遠の命へと導いて下さる。

捜して下さる御声を聞いていますか?と日々問われている。

 

 十一月に東京で、キリスト教全国集会(無教会)が行われた。

「二十一世紀のエクレシア」の発題はキリストの御言葉と祈りに満たされたものだった。

 小グループのテーマ別の分科会は、どこか焦点が合わないまま終わってしまった。

私自身が、まずキリストの御言葉に聞きつつ臨んでいなかったのだと、後になって思った。

 でも参加して祝福された。一瞬の短いひとこと、一人の女性との会話に私は主の栄光を見ることができた。

 内村鑑三著、「一日一生」の中に忍耐についての一文がある。

 「忍耐とは、普通は、つらいこと、我慢することを思わされる。

キリスト信者の忍耐とは神によって希望を持って喜びつつ、何の苦も感じることなく耐えるということである。」と書いてある。
神様が用意して下さった出会いに感謝。

 二〇〇〇年が終わろうとしている。礼拝や家庭集会でいのちの御言葉が語られたのに、生活の多くは自分の思いが前に前に進んだ。

 「実に信仰は聞くことにより、しかもキリストのことばを聞くことによって始まる。」とある。(ローマ書十章十七節)

 二十一世紀に移行する今、キリストの命の御言葉を聞くこと、そして、キリストに住んでいただくことを祈っていきたい。

(ハリ治療院)


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印象に残っている聖句        H,N

 

ところが、わたしたちの救主なる神の慈悲と博愛とが現れたとき、

わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、…聖霊により新たにされて、

わたしたちは救われたのである。

 この聖霊は、わたしたちの救主イエス・キリストをとおして、わたしたちの上に豊かに注がれた。

 これは、わたしたちが、キリストの恵みによって義とされ、永遠のいのちを望むことによって、

御国をつぐ者となるためである。(テトス書三章47節)


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感謝    M.F

 

 二十世紀最後の今年、二千年は私にとって、二つの忘れがたい出来事がありました。

 そのひとつは、H,Sさんの京都への転居でした。

七月二十三日の聖日礼拝後のHさんのお話は、まさに青天の霹靂でしたので、大きな衝撃でした。

けれども、「はこ舟」八月号の「徳島を去るにあたって」とのH,Sさんの文章で、ご事情がよく理解でき、

また、「Sさんの転居」というYさんの文章を通して、今日までのSさんご一家の主にある御愛の深さを再確認する事ができ、

感謝と共に、Sさんご一家の上に御祝福豊かにとお祈りを致しました。

そして、「これまで、いちども通ったことのない道であるが、あなたたちの行くべき道は分かる。」という、

ヨシュア記三章四節の御言葉が心に沁みました。

 もう一つは、十一月十二日(日)の『聖書の日本』読者会の解散総会のことです。

 『聖書の日本』の政池 仁主筆は、伝道五十年を期し、又、満八十歳を区切りとして、伝道生活に終止符を打たれました。が、

「ぜひ政池主筆の御近況を知りたい」との『聖書の日本』旧読者の要望に応えるべく、東京在住の方々のお骨折りによって、

『聖書の日本』読者会の発足となりました。その間の事情について、終刊号の渡辺 晴季会長のご挨拶、

「解散にあたって」の中から一部引用させていただきます。

 (前略)『通信』の創刊号で、会長の武 祐一郎兄は「政池先生は、約五十年間、まさに神のみに頼り、独立伝道者として、

福音の宣教と預言者としての厳しい歩みを力強く歩んでこられました。席の暖まる間もなしと言うほどに、全国各地をまわられました。

その結果、先生を牧人とする羊が全国的に点在しております。このたびこの羊たちが会を作り、機関誌を発行するまでに至ったわけですが、

この目的は第一に牧人であられた先生および奥様の近況のお知らせと、

第二に全国各地に点在する羊たちの主にある交わりを深めることです。」

(中略)発足以来十七年間、主のお導きと、会員皆様の御加祷により、当会が支えられて今日に至りましたことを、心より感謝申し上げます。

 会は解散いたしますが、武兄のお言葉のように、これからも「輝きの御国」にて先生に再会できる日まで、

それぞれが与えられた場所で信仰の戦いを続けたく思うものであります。

会員皆様の上にご祝福を心からお祈り申し上げます。以上で渡辺会長のご挨拶は終わります。

 読者会発足当時の連絡網も整備されていて、政池 仁主筆のご召天の際には、「お別れ会」および「本葬」について、

正確な情報を早くに頂いたのでした。十五年前のことながら昨日のことのように思い出されます。

 主筆は一九〇〇年十一月二十日生まれなので、今年十一月二十日で生誕百周年となります。

その記念すべき十一月の十二日(日)に解散総会がありました。場所は東京グリーンホテル。水道橋で午後二時からでした。

それで、すぐ近くの韓国YMCAでの十時からの東京聖書集会の聖日礼拝と両方に出席することが出来、感謝でした。

プログラムに従って、解散総会も議事が進められました。

聖書は「ヨハネ黙示録二十一章一〜四節」でした。終わって、講演と懇話の集いと続きました。

聖書は「ローマの信徒への手紙三章二十一〜二十六節で、講演は武 祐一郎氏の「政池先生に学んだこと」でした。

続いて、懇話の部は政池 明氏(ご長男)の「身近に接した政池 仁」と題してお話をされました。

お二方のお話は後日冊子にまとめて下さるとのことで、その日が待ち遠しいです。

以上で、解散総会及び講演と懇話の集いが終わり別室で晩餐会があり、出席者の感話も次々と続き、

予定時間を三十分オーバーして、七時に散会となりました。

 私は一九五〇年一月から『聖書の日本』を通して信仰に導かれましたので、過ぎし五十年間の様々が去来し感慨無量の一日でした。

解散総会のために、会長をはじめ主にある兄弟姉妹がどんなにお心を砕いてご準備下さったことか。

全てが主のお恵み、御導きの賜物と感謝に溢れました。


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愛、感動、夢、旅立ち     T.N

 広島県の呉に来て、一年半が過ぎました。神様は、祈りの足らない私を憐れみ、呉の朝祷会へと招いて下さいました。

 朝祷会は、イエスをキリストと信じる、すべてのキリスト者に開かれた超教派の祈りの運動です。

 み言に聴き、祈りに励み、愛餐をともにして、交わりを深めます。

驚いたことに、呉は半径一キロ以内に十数カ所も教会があります。

 呉市の福音のために牧師間、うるわしく市民クリスマス会、元旦合同礼拝、昨年は三浦光世氏を迎え、

三日間、さまざまの企画伝道がありました。

 呉の朝祷会は三十七年前、全国で、二十一番目に誕生し、毎週月曜、朝六時から、現在ではベタニアホームというところで、

諸教会の牧師、兄弟姉妹とともに祈りを持っています。

 神様のもとで、教職(牧師)も、信仰者もその職分をもって運営され、未熟な私もみ言葉を通して証をする場が与えられます。

昨年二千年に二千回を迎えることができました。

 その記念会でのお話の中で、「祈りは霊の食物である…」と聞かされ、私はやっと目が覚まされました。

 今の私は、祈りが大好き、一番好きだった読書をしのぎ、一時間の祈りでさえ、短く感じられるほどです。

 朝祷会の姉妹は口を揃えて、イエス様の花嫁だと、天真爛漫、私を実の妹のように信仰のこと、

家庭のことなど気を配り、声をかけて下さいます。

 昨年の夏、友人が呉に来て、彼女をホテルに送り、帰り際に、一方的に「祈らせて」と頼み、手を取り合って祈ろうとしましたが、

なぜだか、わかりませんが、言葉にならず、ポロポロ涙が出て、ハンカチを出すのも忘れ、「ティッシュ、ティッシュ」とあわてて捜し、

その様子の滑稽さに二人で、泣きながら大笑いして、神様に感謝の祈りを共にしたのです。

 朝、彼女から「不思議なことがあった、目が覚めると自然に、神様、ありがとう、と言葉が出てきた」と電話がありました。

(主婦)


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所感     H.N

 

 今年もあと残すところ一ヶ月になり、二十世紀もやがて終わりに近づいています。

 新しい世紀、どこを見ても世の中には明るい材料は見あたりません。

不景気の中、リストラによって沢山の職を失った人、毎日のように報道される殺人事件、政治の混乱と政治家の腐敗、

環境汚染など新世紀を希望をもって迎える気持ちにはなりません。

 この世の中は良くなるより悪くなっていっているように見えます。

主を信じるのでなければ、私たちの心はこういう暗い材料に呑み込まれ、

元気に生きていく活力を奪われたまま、惰性で引きずられていきます。

でも、主を信じている限り、心の中が闇になることはありません。

いつも、主に灯火をともしていただいているので周囲の状況に作用されることなく、主による希望を与えられています。

世の中の流れに思わず呑み込まれそうになるとき「わが愛におれ」と主が言って下さいます。

主の愛の中に忍耐して時を待つ時、精神が整えられて、上からの慰めがきます。

 今後、どんな世の中になろうと、自分がどんな境遇になろうと、いつも主にお任せして「主の愛の中に」安住していようと思います。

そして、主の道を通っていく事で、主に何かの形で用いられていきたく思います。

弱い、小さな私も日々主の恵みに満たされて生きて行けますこと本当に感謝です。

 主を、信じる一人一人をどうかこれからも導いてください。

(施設寮母)


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み言葉を通して     T.H

 

詩編二三編

(1)主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。

(2)主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。

(3)主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。

(4)たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。

あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。

(3)と(4)が心に残っています。感謝です。アーメン。


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憐れみ   S.M

 

 今日は義父の診察日。急に弱ってきた義父に付き添うため、さあ早く行かなければと、ふと鏡を見て驚いた。

右の目が赤い。あっ、もしかしたら結膜炎!週に一度、話し相手などに行っている近くの老人病院で結膜炎がはやっていて、

特に二階の人は全員リハビリも休んでいた。

でも、そんな時こそよけいに退屈に違いないと、昨日も行って散歩や折り紙を一緒にしてきたばかりだった。

 結婚して二十五年、夫の両親に何一つしたことのない私は、せめて弱ったときこそお世話をしたいと、

病院の付き添いを申し出たのに、こんな時結膜炎などになってしまってはどうしようもない。

思わず「イエスさま、助けてください」とひざまずいて祈った。祈りながら自分の無力さを噛みしめていた。

何と言うことだろう。たとえどんな良い思いがあったとしても、主の憐れみがなければ、何一つ出来はしないのだ。

今日こうして健康が支えられ、あらゆる事情が守られて、始めて行動できるのだ。

「自分が、自分が」という思い上がりは完全に砕かれ、ただ主の憐れみによってだけ事はなるのだと実感する。

 クリスチャンはよく「させていただく」と言う。

何だか謙遜に過ぎるようで、大袈裟なようで好きでなかった。もっと自然に「します」で良いではないかと思っていた。

だが、「させていただく」というのは相手に対する謙遜というより、神様がさせて下さらなければ何一つできない存在であることの告白だったのだ。

「神様にさせていただく」という意味だったのだ。

 祈りつつバイクで義父の待つ病院に向かい、着いたときには目の赤みもとれて無事義父の付き添いを果たすことができた。

どんなに感謝してものたりない一日だった。


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神様とこの世      H.M

 

 十二月十四日、勤務している病院の院長が死去、そして続いて身内の人の葬儀に参列し、故人の顔を拝見させてもらった。

なんて穏やかなきれいな顔と思った。神様が造られたとき、みな汚れのない者として造られた。

 でもこの世にて育てられる間に、いろんな私利私欲にとらわれ、苦しい、悲しい顔と心になってしまった。

本当にこの世はサタンに満ち溢れている所。しかし亡くなった人の顔を見ると、パラダイスに行くのではと思った。

 しかし、このサタンの満ちた世も神様が造られ、またこのサタンのなかに投げ入れられたのも神様、この世で修業し、

それが終わった者から、この世を去って神様のもとに帰る。

 この世はなんと疲れることか。イエス様は枕するところがないと言われる。今の私も枕するところがない。

神様が遠くにいるのでなく、私が神様より遠くにいて隠れているのだろう。

 いつも一人、いつも自分が頑張っている。疲れるし、淋しい。すぐ横にいて下さる神様が見えない。

感じない。心が空しく淋しく疲れる。光が欲しい。輝く暖かい光が欲しい。でも体も心も疲れて思うように求められない。気力がなくなる。

 しかし神様はしびれをきらして私を支えていて下さっているのだろう。神様が私に辛抱するのはなぜだろう。私に何があるのだろう。

 この世のことに対するとき、神様抜きでは負けて疲れてしまう。

だから神様の方にもっと向かってと思っても、日々の仕事で疲れてやすみ、眠ってしまう。

 明日こそ大切なものが見えて、心を開き、平安が与えられ、導かれていることを実感できるようにと心から思う今の私です。

祈って下さい。 (看護婦)


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こころに残った御言葉    Y.N

 

 最近こころに残った御言葉は、ヨハネによる福音書二章二十四節から二十五節です。

 

「しかし、イエスご自身は彼らを信用されなかった。

それは、すべての人のことを知っておられ、人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。

イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。」

 

  ここを読んだとき嬉しかった。イエス様は、「すべての人」をご存知であった。

人の心の中を裏返してみれば、きっと、そう美しいものではないと思う。

心の中にある、できるだけ良いものを表に出すけれど、深い部分や、暗い部分は誰にも知られない所でみんなが抱えている。イエス様は、人の、そういう所までご存知であるという。それでも愛してくださって、十字架にかかってくださった。

 イエス様との関わりは、人間同士のよりもっともっと、本音の関係なのだと思った。

これからも、なんでも神様に聴いていただこう、と思った。

(看護婦)


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神への信仰と内なる戦い  H.Y

 

 ハレルヤ! 主をほめたたえます。

 ぼくはこの一年間、いろいろな試練に会いました。

それは悪からの誘いです。一年間で、主日礼拝の回数は五十回ほどありますが、仕事の都合で半分しか行けないのです。

しかし、全国にあるキリスト教の大会に出たり、クリスチャンの証しなどをよく聞きに行きました。恵みによって心が満たされました。

 ぼくには一つの問題があります。それはぼくの性格によるのです。つまり、はまりやすくてすぐに、飽きっぽい性格です。

 この前は、小説やサーフィンなど、今は、若者にはやっているゲームにもはまりました。

もう聖書を読む時間がないくらいでした。

 以前から、はまれば夢中になってしまうのですが、今は夢中にならないように、頑張っています。

 

「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」(ローマ書十二・21

 

 聖書に夢中になればいいのにと思っているのに、なぜか他のことにはまってしまいます。

それがどうしてなのか自分でもわからないのです。

 でも信仰はきちんと守っていきたいと思っています。

聖書の第二コリント四・16〜五・10には、「信仰によって生きる」というタイトルがついています。

ぼくもこれからは、悪に負けないで、信仰によって生きて行こうと思っています。

(会社員)


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印象に残っている聖句   K.N

 

(主の祈り)

天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。

御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。

わたしたちに必要な糧を今日与えてください。

わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。

わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。(マタイ福音書六・913


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讃美歌三十九番に寄せて      E.Y

 

(1)日くれて  四方はくらく

わがたまは いとさびし

よるべなき 身のたよる

主よ、ともに 宿りませ

 

(2)人生のくれちかづき

世のいろかうつりゆく

とこしえにかわらざる

主よ、ともに宿りませ

 

(3)世の闇 おしせまりて

いざないの  声しげし

時のまも   去りまさで

主よ、ともに 宿りませ

 

(4)死の刺 いずこにある

主のちかく ましまさば

われ勝ちて あまりあらん

主よ、ともに 宿りませ

 

(5)十字架の くしきひかり

閉ずる目に  あおがしめ

みさかえに  さむるまて

主よ、ともに 宿りませ,

 

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 年を重ねるにつれて、讃美歌三十九番が心に深く沁みるようになってきました。ふと気付くと、この讃美歌を口にしているのです。

曲と詩がぴったりと合った素晴らしい讃美歌だと思います。

 わずか二十行のなかに、人生の過去と現在、そして未来まで歌っているのです。

 私は、人生がこんなに早く過ぎ去るものだとは思いもしなかったのです。若さも力もずっと続くと思っていました。浅はかだったのです。

何も見ていなかったのです。

 普通並の人生を送り、気付いてみると、人生の折り返し点をとっくに過ぎ、一日、一日死に向かっています。

 でもイエス様に会えて幸いだったと感謝でいっぱいです。

私の人生も、永遠のなかの一瞬ですが、この一瞬に主イエス様に出会えたことは、奇跡です。

時として、ゆえなく悲しく、淋しくなったりしますが、主のもとに身を寄せると、暗い雲も消えて平安になります。

 

主のそば近くにいれば、死をも乗り越え、永遠の命に目覚めることができる約束に心も静かに、喜びに満たされます。

「夕べになっても、光がある。」(ゼカリヤ書十四・7


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心に残っているみ言葉から   E.Y

「高い山にのぼれ」(イザヤ書四十・9

 

けわしき坂をも、

直ぐ(すぐ)なる岩をも

み助けある身は

ついに登りきらん

光と、清きと平和に満ちたる

恵みの高き峰

我に踏ましめよ(聖歌五八九より)

わが心よ、

低地にとどまることなく、高き山を目指せ

どんなに弱く醜い者であろうとも、

より高きを目指して登れ

未熟な欠点ばかりであろうとも

より高い、貴い、充実した生活を憧れ求めよ

求めるならば、必ず与えて下さる

主は、より高き山に登れるように、

目に見えない翼を下さるだろう

自分が低いところで悩み、迷う者なので、

この言葉にひかれる。


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感話     Z.Y

 

 私たちは神様を信じている、賛美していると云いつつ、神様から与えられている、

すべての恵みや救いを少ししか理解し得ないで、拒むことさえしばしばであります。

 又私たちが救われるのは、私たちの行いによるのではなく一方的に神様のご計画によって定められているのであります。

もっともっと、神様を信じて理解していきたいと思います。 終り。

 

(塾教師)(日和佐教会員 海南讃美堂集会、日和佐集会)


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現在の状態    A.Y

「私は罪のゆえに死んでいる。」(ヨハネ福音書八章二十四節)

「私は、新しく造られた者でなく、古い者のままであり、イエスに近づこうとしている者でなく、

イエスに属する者ではなく和を乱す者であり、人を惑わす者ではないか。」(ローマの信徒への手紙 三章十三節〜十八節)

 

ねたみ、嫉妬、いろいろの欲望から救われたい。

どろどろとした海から引き上げて欲しい。

本当の信仰が欲しい。

人のために祈ることができる者になりたい。

どす黒い者から、光輝く白になりたい。

(大学院生)


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出エジプト記の中より…期待していい…    R.Y

 

 神様の壮大な御業を描いている出エジプト記は描写から始まっています。

 ヤコブと共に一家を挙げてエジプトへ下ったその人数七十人。ヨセフだけは前からエジプトにいた。

その後ヨセフと彼のすべての兄弟、その世代の者はみな死んだ。

 しかしイスラエルの子らは、ふえ増して非常な数になり強くなって来た。彼らは国中いっぱいになったのである。

エジプト人は恐れをなし、これ以上の増加を食い止めようと強制労働を強いて圧迫しようとした。

ところでヨセフを知らない新しい王がエジプトの支配者になった。

かつてエジプトで宰相(総理大臣)を務めたヨセフの名も忘れられ、イスラエルの人たちは奴隷としてこき使われ、

その上生まれてくる男児はすべて殺すようにとの命令がパロ()から出された。

イスラエルにとってはまさしく暗黒の時代であった。しかしその暗黒にこそ、主の御業の始まりであったのです。

 私たちの信仰の歩みにも暗黒を通らなければならない時があります。

だからといって、そこに神の御業が届かないのではありません。

それどころか神の御計画は、私たちの弱さや、多くの人の罪という暗黒の中で、すでに力強く始まっているのです。

 私たちは暗黒の中でなお主の御業に期待していいのです。

絶望しても仕様がないと思える中で、エジプト王に、「生まれてくる男の子はすべて殺すように」と命じられたこの助産婦は、

神を恐れて王の言葉に従わず男の子を生かしておいたのです。(出エジプト記一章十七節参照)。

彼女たちは主を畏れる信仰を持ち続け、主への信頼の中で自分のできることを忠実に続けることで、主の栄光を表しました。

この助産婦たちの働きが、モーセの命を救い、やがて壮大な救いの御業につながりました。

このように絶望とも思える中で、なお主に信頼していいのです。

私たちの主は、御自分の御業を力強く成し遂げられるお方なのです。

   「全く歩み、義を行い、心から真実を語る者がそれ」 詩編十五篇二節


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クリストフ・ブルームハルトの祈りから     T.Y

 

 主よ、私たちの神よ、私たちのうちにあってあなたから来る永遠なるものを強めて下さい。

 善であって、正しく、そして真実なものを強めて下さい。

 私たちに祝福を与えて下さり、あなたから頂いたよきものが外へもますます働きかけるようになり、

苦しみと死の迫るなかにあってもなお、勝利の歌をうたい、自分ではなお謎に思えるすべてのことにおいても、

確信をもって平安に待つことができますように。

 聖霊と御名のゆえに、善なるものいのちあるものが必ず生じるのだと確信します。

 私たちは、自分自身を御手にゆだねます。私たちのもとにとどまって下さい。

 私たちの日々の生活や人生そのものがあなたからの呼びかけを常に感じつつ、私たちのどんな行いや仕事において、

聖霊が私たちの内に置いて下さった聖なるものを感じ取ることができますように。

 

(クリストフ・ブルームハルトは、一八四二年生まれ。彼の父も有名なキリスト教指導者であった。

ブルームハルトは、牧師として働き、また社会民主党に入党して政治活動もしたり、「家の集会」と言われる集まりを指導した。

彼はキリストの福音の核心をとらえていたために、神学者として世界的に知られるカール・バルトや、

ブルンナー、トゥルナイゼンなどにも大きい影響を与え、彼らの活動の源泉の一つとなった。)


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あとがき

 

 この文集は年に一度、誌上でのエクレシアとなるようにと願って作られています。

 ここにおさめられた原稿は徳島聖書キリスト集会に属している人だけでなく、

私たちの集会と関わりのある集会に参加している人、「はこ舟」誌の読者など県内外の人が含まれています。

さらに、外国在住の方や、中国からの留学生の方の投稿もあります。

 そうしたさまざまの人が主イエス・キリストの枝としてつながって、主イエスからの霊の養分を受けつつ、

主イエスに導かれて一つの群れとして歩んでいくことができますように。

 また、この文集に書かれた言葉が主によって用いられ、キリスト信仰の証しとして、

み言葉の伝道にも用いられますようにと願ってます。

 今回は、インターネットの増加でメールでの文集原稿送付も増えてきました。

原稿用紙などに書かれた原稿については、A.IK.KI.KK.SH.NT.Yといった兄弟姉妹方によってパソコン入力がなされ

校正は、E.Yが担当しました。(T・Y)

 

 

野の花 第十四号   二〇〇一年一月二十日発行

発行所 徳島聖書キリスト集会 

連絡先 〒七七三ー〇〇一五 小松島市中田町字西山九十一の十四)

電話  〇八八五三ー二ー三〇一七


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