「アルプスの少女ハイジ」から

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キツネノマゴ
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内容・もくじ

○「アルプスの少女ハイジ」という名前は日本では子供たちにも、そして大人たちにも広く知られています。しかし、それは単なるかわいい、子供向けのアニメとしてであり、そこにキリスト教信仰が深く根付いているということはほとんど全く知られていません。著者のヨハンナ・スピリは熱心なキリスト者であって、その作品にも随所に著者のキリスト教信仰が現れています。ここでは、「ハイジ」の中からそうした著者の信仰を表す箇所の一つをあげておきます。


「アルプスの少女ハイジ」 ヨハンナ・スピリ著より
(ハイジと友達になった、クララという少女を診ていた医者がいた。その医者は、たった一人の娘があった。医者は、夫人を亡くしてからは、その娘がただ一つの慰めとなっていた。しかし、その娘も二、三ヶ月前にこの世を去ってしまったので、それからは、その医者は、すっかり変わってしまった。医者は、フランクフルトの町にいるクララの父親から依頼されて、スイスの山にいるハイジのところに行くことになった。以下の引用は、ハイジの所に着いた医者との会話から)


「ほんとにいい景色ですね。だが、もし悲しい心をいだいてここへ来た人があるとすれば、どうしたらその人はこの美しい景色を楽しむことがきるでしょう」
「そんなことないわ。だってここではだれも悲しくはないんですもの。悲しいのはフランクフルトだけなのよ」ハイジはさけびました。
 医者はちよっとわらいましたが、すぐに笑顔になって言いました。
「だが、もし悲しみをすっかりフランクフルトにおいてこられなかったら、そのときはどうしたらいいのでしょうね」
「どうしたらいいかわからないときは、神様のところにいってお話するといいわ」ハイジはきっぱりと答えました。
「なるほど、いい考えですね。しかし、悲しい目にあわせたのが神様自身だとしたら、そのときは神様になんと申しあげたらいいのでしょうかね」
 ハイジは、神様はどんな悲しみからも救ってくれるものと思っていたので、しばらく考えこまざるを得ませんでした。
「そのときは待つのです。」しばらくたってからハイジはそう言いました。
「自分で自分にこう言い聞かせるの。
 神様はわたしたちを悲しみから必ず救い出してくださる、わたしたちはじっと忍耐して待っていなければいけないって。
 そうすればきっと道が開けるわ。そして神様がいつも善い思いを持っておられたことがわかるようになるわ。わたしたちは、先のことがわからないものだから、自分たちはいつも不幸なのだと思ってしまうのよ」
「美しい信仰ですね。いつまでもその信仰をすてないでください」医者はそう言って、
山々や谷間をながめながらじっとすわっていましたが、やがてまた言いました。
「だがね、目がかすんでしまって、こんな美しいけしきを楽しむこともできず、その美しさを思うとますます心の悲しくなるような人もあるということが、あなたにはわかりますか」
 ハイジは喜ばしい心のなかを弾丸で打ちぬかれたように思いました。
 目がかすむと言ったのでおばあさんのことを思い出したのです。おばあさんは、ここへ連れてこられても美しい景色を見ることはできないにちがいない、それはハイジにとっていちばん悲しいことで、目の見えない暗やみのことを考えると、いつも悲しくなるのでした。
 ハイジはせっかくの楽しい心が突然の悲しみによって妨げられてしまったので、ちょっとのあいだ何も言うことができませんでしたが、やかで重々しい声で言いました。
「わたしよくわかりますわ。でもおばあさんだって、すきな讃美歌を歌ってあげると、光がもどってきて、幸いな気持ちになれるって、おばあさんが言ってたわ」
「どんな歌?」
「わたしの知っているのは『朝日の歌』です。全部ではないんですけど。おばあさんがいちばんすきなので、わたし何べんも読んで、歌ってあげました」
「そうですか。それじゃ、わたしにも歌って聞かせてください」
 そう言って医者はすわりなおしました。ハイジは手を組んでじっと考えていました。「おばあさんが、心がすがすがしくなるって言ってたところからはじめましょうか」
医者はうなずきました。ハイジは歌いはじめました。

さまざまの 悲しい思い
時にあなたを 襲うとも、
神はあなたを救う
神こそは、心の支え

力ある神が敵に向かえば
今しも敵は散りゆく
そのゆえに、さまざまの苦しき出来事も
喜びの光に輝く

もしも、神の恵みが
しばしの間見えなくなり、
苦しむ人たちを棄てるように見えるとも、
神の恵みを決して疑うな
み恵みはとこしえに変わらないゆえに。
苦しみを耐え、神を待ち望む者の
心の上に 大なる神の愛は輝く

 ハイジは、医者が聞いていないのではないかと思って急にやめました。医者は片手で目をおおったまま、眠っているようにじっとしていました。 あたりはしんと静まり返っていました。
 医者は遠い昔を思い出しているのでした。まだ子供のころ、その母親が自分の頭に手をまわして今ハイジのうたった歌をうたってくれたのです。
 もう何年も聞いたことのない歌でした。医者には、昔聞いた母親の声が聞こえ、あのやさしい目が自分の上に注がれているように思えたのでした。そしてハイジが歌いやめたときも、思いは遠いむかしに帰っていくのでした。
 やがて我に帰ってみると、ハイジが不思議そうな顔をして見つめていました。
「ハイジ、ほんとにいい歌でしたね」医者の言葉には、喜ばしい響きがこもっていました。
「またいつかここへ来ましょう。そしたらまたこの歌を聞かせてください」


目の見えないおばあさんは、愛するハイジがフランクフルトに帰ってしまうのではと思って、ますます心配になったのです。しかし、また讃美歌を読んでもらおうと思いつきました。

もろもろの 物は善からん
神のみを  信じる者よ
翼もて   我は翔け行く
汝(なれ)をこそ われは救わん

「そうそう、私の聞きたいと思っていたのは、それだよ」こう言っておばあさんの顔からは苦しみの色が消え去っていきました。ハイジはじっとおばあさんの顔を見つめて言いました。「神様が救うって、何もかも善くなることなんでしょう。おばあさん。」
「そうだよ」おばあさんは、うなづいて言いました。「なんでも神様の善きご意志でないものはないんだよ。」
ハイジは二、三度繰り返して読みました。ハイジにもすべてのものが神様の善きご意志なのだと思うと喜ばしくなるのでした。
 夕方になってハイジは山をさして登って行きました。頭の上には、星がつぎつぎに輝きだし、胸のなかの喜びにまた新しい光を送ってくるような気がしました。ハイジは何度も立ち止まって見上げないではいられませんでした。とうとう空一面に星がいっぱいに輝きはじめたとき、ハイジは大きな声で叫びました。
「そうだわ、私たちがいつも幸いで、何も恐れることがないのは、神様が私たちのためになることを何もかもして下さるからだわ!」
 輝く星は、ハイジを見つめる目のようで、その星に見送られて帰り着くとおじいさんも家の前で星を仰いでいました。…


嵐の雲は覆うことがあろうとも
天にいますあなたの父なる神は
あなたに、内なる平安を与える
神は、あなたを悩ますものは何もないようにして下さる
もし、神があなたを守り、祝福されるなら、
永久(とわ)の喜びを
あなたは勝ち取る

Though the storm clouds gather,
God thy Heav'nly Father
Gives thee peace within.
Nothing shall distress thee,
If God keep and bless thee,
Lasting joy thou'lt win.


ヨハンナ・スピリの墓碑に書かれた言葉

主よ、われ今何をか待たん
わが望みはなんじにあり (詩篇三九・8