1999年7月

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98)私どもは、たとえ命に関わる場合でも、嘘をついてはならないのです。それが私どもの教えで、心をこれに合わせていきたいのです。

・・私たちを見て下さい。私たちには、別れもないし、苦しみや悲しみもありません。そういうものが起こってきてもやがて喜びに変わります。

 あなた方には命の終わりになっている死が、私たちには、ただ命の始めですし、さらにみじめな幸福からもっといい幸福、不安な幸福からもっと安心な永遠の幸福に変わることです。

 敵に対してさえ憐れみを命じ、嘘を禁じ、私たちの魂を悪から清めて死んでからも絶えることのない幸福を約束する教えがどういうものか考えて下さい。・・そうですとも。キリストを信じていて不幸になるわけがありません。(「クォ・ヴァディス」(*)中巻第四章のリギアの言葉より)

*)ポーランドの作家シェンキェヴィチ作。一八九六年刊行。ローマ帝国のネロ皇帝による迫害の時代におけるキリスト教徒を題材にした小説。著者は、一九〇五年ノーベル文学賞授賞。パウロやペテロも現れ、信仰とそこから生まれる愛によって敵すらも変えられ、悪が克服されていく。

99)どんなに敬虔な熱心な人でも、時として恵みが退くことを経験し、あるいは熱心が減じるのを感じないような人をわたしは知らない。どんなに深く喜びにひたり、光を受けた聖徒でも、先か後に誘惑をうけなかった者はいない。しかし、誘惑で試練を受け、それに勝利した者には、天の慰めが約束されている。(「キリストにならいて」第二編九章より トマス・ア・ケンピス著)

1999年5月

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まよい


いつになったら実行するか

まだ決められなかった

自分の迷い

あの頃は悩み続けた

不安だらけの日々

主イエスと出会い感動した

これからは過去を捨てて

新たな道で

主とともに歩いていく


どんなときも

祈るときも歩いている時も

 すべて生きている時も

  頭は神のことばかり

力を与えくれるかのように

  私の心は燃え続ける

   主とともに歩き

   平安をもって

失われた人々を救いたい

どんな時も求めて、願い

感謝し、新鮮な日々を・・

  すべてどんな時も

主イエス様を忘れない・・

(作者のY.Kさんは、徳島ろう学校を経て筑波大学付属ろう学校、
筑波技術短期大学を卒業後、現在は会社員)



短歌

○主を頼み思いわずらうことなかれ

  すべては神の御手にあるなり


○幼な子のごとき子の者たちに

  父なる神は現れにけり

   (加藤茂樹著 「短歌で読む新約聖書」より)