20049

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ことば

192)私が今死ぬことになれば、私の死後、友たちがみ言葉を熱心に求めることしか彼らには勧めない。
なぜならまず神の国を求めるべきであり、私たちは自分が死ぬときに、妻や子どもたちのことを心配すべきでないからである。
「これらのものはみな与えられる」とある。神は私たちを決して見捨てない。(「卓上語録」 ルター著 教文館)

ルターは最期のときであっても、周囲の人々に対して「み言葉を熱心に求めよ」というのが願いであったのがわかる。まず家族のことでなく、まず周りの人たちを支える神の言葉を求めるべきとした。現代の私たちも同様に言える。まずみ言葉を求める、それは生きたキリストから直接に与えられる霊的な言葉であるとともに、聖書に書かれた神の言葉をも意味する。

193)… 稲光がするどく光った。こだまする雷鳴の響きで
天には神がいまして、神が創造した世界を支配していると思わせられた。
その時、かつて聞いたことのある、天の正義の話しを思い出して、
悩む心も、なごみ和らぎ、朝まで平和の眠りについた。

(「エヴァンジェリン」ロングフェロー作 (*)岩波文庫版48P

Keenly the lightning flashed;and the voice of the echoing thunder
Told her that God was in Heaven,and governed the world He created;
Then she remembered the tale she had heard of the justice of Heaven;
Soothed was her troubled soul,and she peacefully slumbered till morning.

エヴァンジェリンが、悩み悲しめるときに雷鳴がひとときの平安を与えた描写。重荷をかかえた心にとっても、ときにこのような稲妻と雷鳴が神の力と支配を思い起こさせる。そしてその苦しみを鎮める働きをする。自然は不思議な力をもっている。多くの人にとっては単に恐れでしかないような雷の現象や、そのほかの様々の自然のすがたや現象も、神に向かうまなざしを持った者には、新しい啓示や神からのメッセージとして実感する。この詩は私が三十五年以上も前に読んだが、そのときに美しく静かな自然描写、そして人の心の動きに強い印象をうけたのを思い出す。

*)ロングフェローは、一八〇七年アメリカ生まれ。「エヴァンジェリン」は十八世紀の半ばから終わりにかけて、イギリスとフランスが新大陸の支配を争った時代の長編詩。フランス系の移民村の若き女性エヴァンジェリンは生き別れとなった夫の跡を尋ねて広いアメリカのあちこちをさすらった。著者のロングフェローは、ハーバード大学で教鞭をとった学者であったが、アメリカの生んだ最初の大詩人として知られている。この詩は私が三十五年以上も前に読んだが、そのときに美しく静かな自然描写、そして人の心の動きに強い印象をうけたのを思い出す。

194)…私は今度のマラッカ(*)への旅に、神が絶大な恵みを与えて下さることを希望している。どうしてかというと、私をあの国々に送るのは、神ご自身であることが私には示されたが、そのとき、私に深い平安とあふれるばかりの慰めを与えて下さったからである。
私は神が私の魂に示して下さったことを、必ず実行しようと固く決心している。…
万一今年中に船がマラッカに行かないようならば、敵対するような者の船に乗ってでも、あるいは不信の者の船に乗ってでも出発する。またもしここから今年中に出発する船が一つもなく、ただ漁師の小さい舟しかないとしても、神の愛のためにのみマラッカに行く私は、その小舟に乗ってでも行こうと考えている。
それほど私は神に絶大な信頼を置いている。なぜなら、私の希望はことごとく神にあるからである。(「フランシスコ・ザビエル書簡抄 」上巻210P 岩波文庫 」)

*)マラッカとは、マライ半島南部の町。これは日本に初めてキリスト教を一五四九年に伝えたフランシスコ・ザビエルがインドから書いた手紙の一部。ザビエルがどのような気持ちではるかヨーロッパから、アフリカを周り、インドなど東洋にまでキリスト教を伝えようとしたかがうかがえる。使徒言行録におけるパウロのように、ザビエルは自分を遣わしたのは神であるとの確信を持っていたのが分かる。そしてそのゆえにインドから、三千キロ近くも離れた遠い地(マラッカ)へと、どんな危険が伴おうとも、その神の言に従おうと決心している。神への愛のために前進し、神にすべてを委ね信頼して進んでいくキリストの使徒としての姿が浮かび上がってくる。


20048

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ことば

191)病気や高齢の人のなかには、「私は人の役に立つようなことは何もしていない」と言って心を痛める人がいる。しかし、彼らは忘れてしまったのであろうか、その祈りはいつも神に迎え入れられているということ、その祈りは彼らの思いをはるかに超えて何らかの事を満たしているということを。(「信頼への旅」ブラザー・ロジェ著 149P

私自身、このような嘆きの言葉をよく耳にしてきた。しかし、弱き者を慈しまれる神、キリストに従う者だからといって差し出す水一杯にも豊かな祝福を約束された主は、病の人、老齢の人の小さき祈りをも決して無にされることなく、それを必ず何らかのことを満たすために用いられる。それはだれかの心の平安を満たすことであったり、社会のどこかにいのちの水を、平和をもたらすことであったり、病の人の苦しみを軽くすること、家族のなかに恐れを神への信頼に変えることであったりするであろう。
192)あなたが神の導きに身を委ねるならば、いろいろと「計画」を立てることを差し控えなさい。あなたを前進させるすべてのものが、はっきりとした必要が生じたり、適切な機会が与えられたりして次々にしかも正しい順序で、あなたを訪れてくる。(「眠れぬ夜のために上 五月五日の項より」)

これは生きた神の働きを実感した人の言葉である。私自身、必要なときに思いがけない人から必要なものが与えられたこと、重要な岐路にあるとき、予想もしなかった人が現れて助けてくれたこと、また予期していない助けが与えられたことも、みな自分の計画や予想してなかったことであった。偶然ばかりがあるようなこの世界において、私たちが委ねていく心があるとき、神はそれに応えて不思議を現して下さる。


20047

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ことば

189)苦難のとき
私はいっさいの人間的なものを見る冷静な目を、だが、その人間的なところから人間を高めるものを見る目をも、失わないでいたい。…しかし、いずれにせよ、私は恐れを和らげてくれる最後の力を知っている。
大きな彫像のように、聖書(詩編)の言葉が心に浮かんでくる。今、それがかつて思いもよらなかったほどに意義深いものとなって現れてくる。
「陰府(*)に身を横たえようとも、
見よ、あなたはそこにいます」(旧約聖書 詩編・一三九・8
心静めている厳粛な時に、私は周囲の友にこの言葉を言い、さらにつぎの別の言葉を添えた。
「しかし、私はつねにあなたと共にある。」(詩編七三・23
(「ドイツ戦没学生の手紙」108頁 一九五四年 高橋健二訳 新潮社発行)

*)陰府とは、旧約聖書で、死者が行くとされていた所で、地下にあり、闇にあるとされていた。旧約聖書には後期に書かれたもの以外には、復活するという信仰はまだなかった。

これは、第二次世界大戦において、ドイツとソ連との戦争のときにドイツ兵として戦場に向かい、捕虜となって衰弱していくなかで妻に宛てて書いた手紙である。この一年後に死亡。戦後になって帰還兵によって妻のもとに届けられた。
この兵士は従軍した医者であった。自分の最期が近づいてくる深い闇と絶望的な状況にあっても、どっしりとした彫像のように浮かび上がってくるもの、それが聖書の言葉であった。ほかの一切がもはや頼りにならないとき、そのような時にいっそう眼前に揺れ動くことなきものとして見えてくるのが神の言葉なのである。
死においても、どのような状況に置かれようとも、神は私たちと共にいて下さるという確信がそこから再び強められる。

190)アシジのフランチェスコの平和の祈り

主よ、私をあなたの平和の道具とし、
憎しみのあるところに愛を
傷つけあうところに、赦しを、
誤っているところに、真理を
疑いのあるところに、信仰を、
絶望のあるところに、希望を、
暗闇に、光を
悲しみのあるところに、喜びを蒔くものとして下さい。
聖なる主よ、慰められるよりは、慰めることを、
理解されるよりは、理解することを、
愛されるよりは、愛することを、
私が求める者となりますように。
なぜなら、私たちが、受けるのは与えることによってなのです。
私たちが(神から)赦されるのは、(人を)赦すことによってなのです。
そして私たちが永遠の命に新しく生れるのは、死によってなのです。

(これは、フランチェスコの名と結びつけられて伝えられた祈りであり、彼の精神をよく反映しているとされる。この祈りは、直接のフランチェスコの書いたもののなかには見られないということであるが、第一次世界大戦中の一九一五年にこの祈りが見出され、以後、「フランシスコの平和の祈り」として広く引用されるようになった。原文を次に掲げておく。)

Lord make me an instrument of your peace
Where there is hatred,
Let me sow love;
Where there is injury, pardon;
Where there is error, truth;
Where there is doubt, faith;
Where there is despair, hope;
Where there is darkness, light;
And where there is sadness, Joy.

O Divine Master grant that I may not so much seek to be consoled
As to console;
To be understood,as to understand;
To be loved, as to love.
For it is in giving that we receive,
It is in pardoning that we are pardoned,
And it is in dying that we are born to eternal life.

89)幼な子のように

神の国は
幼児のごと、己を低くして
信頼一途
受くる者ならでは入ること能わない

人はこれ所詮幼児にすぎず
思いわずらい嘆くは止めて
信じ委ねてただ受けん哉
神は必ず善きものを賜う(内田 正規著「帰りなむ、いざ」17Pより キリスト教図書出版社)

内田 正規(一九一〇〜一九四四)は「祈の友」を起こした人。三三歳で召されたが教派を超えた「祈の友」という集まりは今も続いている。「帰りなむ、いざ」とは、今から一六〇〇年ほど昔の中国の詩人の、陶淵明の言葉であるが、内田はそれをキリスト者として、天の国、魂のふるさとに帰ろうという意味で用いている。結核の重い患者として、日毎の病気の苦しみ、家族への負担、将来の不安などさまざまの悩み悲しみに包まれているただなかで、まっすぐまなざしを神に向け、神の万能に信頼していこうという著者の心がここにある。