2009年6月
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本文
(312)永遠の真理の新しい、実りゆたかな種子がわれわれの心に落ちて、そこに根をおろすことができるには、その前に不安(*)という鋭い、深く切り込む型の刃が、われわれの心のあとからあとから生じる硬い殻を、いくども切り開かねばならない。このような過程を経ていないと、実際に人生の根底にある本当に真実なものに対していつまでも無感覚でいるであろう。
 われわれは多くの人生経験をつむことによって、全く苦難のない生活をもはや願わないという心境に達する。これが「永遠の平安の状態」である。
この地上では、苦難こそがわれわれの悪い性質からわれわれを守ってくれる、われわれの変りない番人であり、そのうえ、苦難がなければさらに堪えがたいであろう生活の単調さをも破ってこれを活気づけてくれるものである。
(「眠られぬ夜のために上八月三十一日」カール・ヒルティ著 岩波文庫)
(*)Angst 不安、恐怖、心配

・私たちは誰も、不安や恐怖、心労などを持ちたいと思わない。しかし、それがなければ、固い殻のようなものが、私たちの魂を次々に覆い、真理を感じる心も芽を出せず、成長していかない。固い殻を切り裂いて真理の芽が育っていくために、神はそれぞれの人にさまざまの苦しみを与えておられるのであろう。
主イエスも、「あなた方にはさまざまの苦難がある。しかし勇気を出せ。私はこの世に勝利しているのだから」と言われた。私たちは、苦しみによって固いものが壊され、この世の悪の力に打ち勝って下さった主イエスの平安を受けるにふさわしいものとされていく。
(313)神が私に望んでおられるのは、仕事を成功させることではなく、真実に生きることなのです。
私たちが神に向かうとき、結果は重要ではありません。重要なのは、真実さなのです。(マザー・テレサ)

God does not demand that I be successful.God demands that I be faithful.
When facing God, results are not important.
Faithfulness is what is important.(「MOTHER TERESA IN MY OWN WORDS」40P)