いのちの水2022年11月号 第741号
私は、平和(平安)をあなたがたに残し、私の平和を与える。 私はこれを、世が与えるように与えるのではない。 (ヨハネ14の27) |
目次
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「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。」
「主よ、われら誰にか行かん 永遠のいのちの言葉は汝にあり」(ヨハネ6章66〜71)
長いこの世の生活において、若いときには、何も悩みもないという人もいるかと思われるが、年を重ねるにあたって、誰でも、生きるか死ぬかというほどの苦しみや悩み、また悲しみに遭遇する人達は数知れない。
とくに日本では、毎年の自殺者は2万人を超えていて、さらに自殺未遂の人や、不審死とされる人達のなかにも、相当数の人達がいると考えられており、そうした人も含めるなら、2万人をはるかに超える人達がいるであろうと推察されている。(*)
(*)2017年に日本財団が公表した自殺に関する調査が知られている。 それによれば、日本人の4人に1人が「本気で自殺したいと考えたことがある」
さらに、自殺未遂経験者は、全国53万人を超えるという驚くべき結果だった。
「自殺未遂者は、自殺者数の10倍程度」というのが、これまでの定説だった。ところが日本財団が行った調査で、20倍近くもいることが明らかになった。
これまで、厚労省などでもこの種の調査はしたことがないという。
こうした事実は、日本人がことに、悩みや苦しみ、悲しみのときに、どこにいくべきかを全く知らない、教えられたこともないからである。
それゆえに、タイトルに掲げた、「我ら いずこに行かんー私たちはどこに行ったらいいのか…」という問いは、テレビなどでの若者の陽気な振る舞いや 壇上で若い人達が 踊って歌ってーいかにも楽しそうにやっていたり、遊びや娯楽、飲食で楽しんでやっているように見えたり、スポーツやイベントなどに力をいれる若者の姿が毎日のようにたくさん現れるが、それらは単に、いわば若者から中年の人達の心情の深いところに触れることなき、表面的なできごとにすぎない。
そうした騒がしいテンポの早いダンスや大音量でのドラム、歌、歓声…等々は、内面の孤独や苦しみを一時的に忘れようとすることにすぎない。
人は静まるのでなければ、本当の人間の奥深くにあるもの、またこの人間を超えた霊的存在からの語りかけを聞き取ることは難しい。
わたしたちは、誰に呼びかけ、誰のところに行くのか。
マスコミなどで知られている人、しばしばネット上であらわれる特定の人物、また人生相談等々の人の思想など一時的なことである。どのような華々しい人間のところにいってもそこには救いはない。
死は間近にある。それだけを知れば空しくなる。それを輝かしいものに変えたのはキリストの復活である。罪が死に至らせる。
人間は、他者への愛や真実があるのか、と深く問いかけられる時、誰が、そうした愛と真実をもっているなどといえるだろうか。
愛とは、他者が永遠の愛と真実なる神、しかも全能である神を知ることができるようにとの祈りである。家族や友人、学校や職場で交流する人達、自宅周辺の人々…等々の無数の人達に 彼らが神様の永遠の祝福を受けますように、しかし、そこに赦しがある。そして、死んだあと最終的にキリストと同じ姿に変えられる。死は空しいものではなく、そのかなたには輝かしい希望がある。老年時にどうなるか。若い時にはわからない。老化ということは経験して初めてわかることである。
永遠のいのちのことばを見つめず、死といのちを見つめないで、目先のことだけを見つめているのが現代の風潮である。
死に関して、よく引用されるのは、「メメント モリ」(*)という言葉である。
(*) memento mori メメント モリー 死ぬことを覚えよ
メメント (メミニー memini 覚えるの命令形)
モリー(死ぬこと)moriorの 不定形)
これは、ラテン語で、「死を覚えよ。死のことを忘れるな。思い起こせ」という意味である。古代ローマ時代から知られていた言葉であったが、もとはいつ死ぬからわからない、だから、いま命ある間に飲み食いし、楽しもう、といった意味で使われていた。
そのことは、使徒パウロも、復活の決定的な重要のことを述べたとき、当時の風潮を引用している。
…もし、死者が復活しないとしたら、「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」ということになる。
(Tリント15の32より)
しかし、キリスト教の信仰が広がるにつれて、この「メメント・モリ」という言葉は、現世の快楽を勧めるのとはまったく異なる意味で用いられるようになっていった。
人は必ず死ぬ。明日かもわからない。それゆえ、その影のようにはかないこの命を快楽のためでなく、神の国のために生き、清くて真実な喜び、主の平安を受けつつ歩もうという意味として受けいれられていった。復活を与える神の力を信じる者には死のかなたには永遠の光があるのを実感する恵みが与えられている。
今、秋になり山では次々と葉が落ちる。それは命をつないでいくことである。葉は落ちて朽ち果ててもそのまま無になるのではない。その葉の含む養分(とくにミネラル分)は、そのまま地中に残り、ほかの生物の栄養分となって使われて新たな生命を生み出し、成長させることにつながっていく。
日本人は唯一の神を知らず、昔からほとんどの人が死の先のことを知らない。死の向こうには憂いしかない。今、学校にもいけない、また中高年のひきこもりもある。そのようなときにどこに行くのか。家族からも見下される。他人より家族が責めることもある。そのようなとき、どこに行くのか。ネットも人間の汚れたことばがあふれている。闇である。そのようなとき、行くべきところはどこか。
命のことばを持っているキリストのところに行く時のみ、私たちは、人間から捨てられてもなお新たな力を与えられ、前進していくことができる。
アブラハムは、その人生の半ばに近づくころ、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行け。」(創世記12の1)という神の声を聴いた。
それを聞いて行こうと決断した。住み慣れた生活をおいて旅立った。それは、それまでのいっさいを捨てて未知の地へと赴かせる神秘なる力のみ言葉が語りかけられたからである。アブラハムは、その力のみ言葉を聞いたとき、今まで与えられなかった道を歩むことができた。
どのような状況に置かれても、そうした力あるみ言葉を与えられるならば、そこから立ち上がって、その人に固有の神のための仕事をすることもできるようになる。
モーセも、エジプトにおける自分の民(ヘブライ人)の苦しみを見て、実力でエジプト人を殺して助けた。しかし、その同胞のいさかいをいさめたために同胞からの憎しみをうけてモーセがエジプト人にしたことが、発覚し、砂漠地帯を命がけで逃げた。そして、辛うじて助かって行き着いたところで結婚し羊飼いとして生活していた。
そのとき、「モーセよ、モーセよ」という個人的な神の声を聴いた。そして神はそこに消えない火を置いていた。神は消えない火を示し、そして個人的に語りかけたのである。そして、エジプトに行けと言われた。モーセは武力も何もない羊飼いがエジプトの強大な国に向うなど不可能であるから、できないと反論した。しかし、神の言葉に命があり力があったから最終的には従ってエジプトに向かった。
キリストを除けば、人類史上にとっても、もっとも影響を及ぼしたとも言えるアブラハムやモーセにもいのちの言葉が語りかけたのである。ダビデも、生きた神の語りかけがあり、いのちのことばを求める叫びが詩編となった。(*)
(*)キリスト教以外にもユダヤ教やイスラム教も、旧約聖書を経典としているゆえに、世界中にその影響を及ぼし続けてきたということになる。
これらの人々の受けた啓示、またその信仰の歩みは、全世界に伝えられていまも生きて働いている。
命のことば、それは神にあり。
それを受け取り、新たな力を与えられて歩んでいくということは、聖書全体に流れる真理である。
いまの私たちにとっては、無数の人に命を与えてきたキリストが真理であり、いのちの言葉そのものである。
…イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。(ヨハネ14の6)
いまも活きて働いておられるキリストこそ、罪の赦しを与え、力を与え、聖霊による喜びを与えて下さる。
そのようなイエスの愛によって創造されたものが自然である。自然のさまざまのもの、現象に対して、心の耳、心の目をひらくときには、神がいのちの言葉として語りかけてくる。
そうした自然は誰のためにあるのか。神は全能で、無限である。しかも完全な愛である。それゆえに、それらの自然は一人一人のためにも創造されている。
人間は無限に小さい。関りある人に対しても、祈りも少ない。しかし、十字架によって赦しを与えられいのちのことばを受け取っていく。
他方、人間の祈りの背後には、愛なるキリストがおられ、その愛ゆえに私たちに絶えず祈ってくださっている。十字架に帰るようにと祈りがある。
そして、命のことばを受けなさい、と語りかけてくださっている。
昔は、文字も読めず、印刷術もなかった聖書は誰も持っていなかった時代も長く、マルチン・ルターも修道院に入って全巻の聖書を初めてみた。
聖書という書物を持たなくとも、キリスト教が続いてきたのは、無数の人々にその祈りの中で、主が語りかけてくださり、霊的な命を与えられ、支えられてきたからである。
私たちの弱きを思い、愛や真実に欠ける数々のことを思い起こし祈るとき、十字架上のキリストからののゆるしの御声がきこえてくる。
また、身心の痛み、苦しみや悲しみなどで窮迫したとき、どうか助けてくださいと祈るとき、それは確かにきいてくださる。
私たちの内に、生きたキリストがおられるならば、そこから語りかけてくださる。聞こうとすれば、赦しの声、力の声を聴かせていただける。道を選ぶとき、迷った時に、祈るとき示されていく。
イエスは漁師であったペテロ、ヨハネ、ヤコブたちにそれぞれ「わたしについてきなさい」と語りかけられた。私たちも心の目をむけたら、いつでも語りかけは感じることができる。
木の葉一枚も、たえずいのちの言葉を語りかけている。自然のさまざまの物は、永遠のいのちをもっている神の愛で創造されたゆえである。
愛はじっとしているのではない。動く。神の愛はたえず、働きかけ、いのちのことばを語りかけてくださっている。
神の光は闇の中でいっそう輝く。さまざまの闇を思えば、心は沈みそうになる。しかし、そこから主を仰ぐとき、その闇を越えた神の光、復活の力も復活の輝きも増す。
この世界では、闇を感じることは常にあるし、私たちには、いろいろな方向から闇がまとわりついてくるが、いっそう、いのちのことばを聴こうとする耳、祈りへと導かれている。そして、もし、それができなくなっても、周りの人達の祈りがあり、なにより活きて働いておられる主イエスが祈ってくださっているのである。
私たちは誰のところに行くべきか…。
いかなる人間も科学技術や医療も教育も与えることのできない、永遠の命のことばを持っているキリストのところへ行くことのできる恵みの大きさを思う。
神とキリストを信じることーそれは、ほかのあらゆる分野のように、学ぶことや人生経験によっては与えられない。
生まれつき、キリストが自分の救い主であると信じていたという人は、一人も新約聖書でも記されていない。
キリストを信じるとは、地上に生きていたイエスという名の存在を信じると共に、万人の罪を赦すために十字架にかかり、その後に復活し、以後は聖霊となり、神と同質の霊的存在となって霊的に愛と真実の御支配をなされていることを信じることである。
さらに、その聖霊となったキリストは、神と同じであるゆえに永遠の存在であり、全能かつ完全な愛の御方であると信じることである。
ヨハネ福音書やヘブル書、コロサイ書などで記されているように、万物の創造をもなされ、今も支えておられる…そのようなことを信じるということは、学ぶということ、また人生経験、多くの知識…等々によってもできない。
それならば、このような意味での神とキリストを信じることは、 いかにしてできるのか。
それは、神からの直接的な啓示による。言い換えると神、あるいはキリストからの呼びかけによる。
それゆえに、学問や知識のない古代から、また幼児であっても世間の人々からまったく無視されていたかつての生まれつきの全盲、ろうあ者、足の歩けない人、精神の重い病気の人達であっても、神からの直接のはたらきかけによって、信じる者とされた。
また、さらしものになって処刑されたような重罪人であっても、あるいは、 キリスト者に敵対し、迫害の指導的人物であって、キリスト者を殺害さえした人であっても、神が語りかけるときには救われることになった。
前者は、キリストとともに十字架で処刑された犯罪人であり、後者は、キリスト教史上最大のはたらきをした人、もっとも深い真理を活けるキリストから受けた使徒パウロがその人であった。
これらの人達も、その深い闇のなかから、キリストの霊的はたらきを受け、あるいはパウロのように直接に復活のキリストから語りかけられ、その光を受けたゆえに信じる者となった。
知識や学問など、神、あるいはキリストを信じるためには不要であったゆえに、知識や学問、あるいは科学技術のほとんど発達していなかったはるかな古代において、羊飼いや漁師のようなごく素朴な人達が、深い信仰を与えられ、後の世界に計り知れない影響を及ぼしてきたのである。
アブラハムやモーセ、またダビデといった旧約聖書の最も重要な人達、彼らが神を深く信じて、その言葉に従うに至ったのは、学問や知識、あるいは豊富な経験ではなかった。
また、家族が神を信じるからということでもなかった。
いずれも神からの直接的な語りかけによるのであって、その語りかけを受けたときは、彼らはいずれも羊飼いであったことが聖書に記されている。
聖書のなかにイエスの実の兄弟たちであっても、また、イエスのことをよく知っている近隣の人達も、イエスのことをいくら身近に知っているといえども、イエスが人類の救い主であることをまったく信じられなかったことが記されている。
イエスは特別なことをする人だが、何百年も前から預言されているメシア(救い主)などでなく、普通の人だ、その兄弟も両親も我々が知っている人と同じだと、人々は言って、イエスがメシアなどでないことを主張したことが記されている。
「この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。…」(マタイ13の55〜56)
肉親の兄弟もまた、イエスを信じていなかったと記されている。(ヨハネ7の5)
また、次のように、家族さえもイエスがあちこちでの言動を止めさせようとしたことも記されている。
…身内の者たちはこの事を聞いて、イエスを取り押えに出てきた。気が変になったと思ったからである。
(マルコ3の21)
このように、聖書はあえて、キリストの家族さえもイエスが救い主であるとすぐには信じられなかったことが記されている。(キリストの処刑後、母マリアもほかの使徒や女性たちと共に聖霊を注がれるように熱心に祈って待ち望み、聖霊をうけて深く信じるものとされた。使徒言行録1の13、2の4。 また、新約聖書のヤコブ書の著者は、主の兄弟と言われ、イエスの兄弟であったとも言われている)
こうした記述は、肉親にもよらず、人間の考えや意志にもよらず、学問や知識等々の生まれつきの能力や努力にもよらず、一方的な神からの恵み、その語りかけによることをはっきりと示すものである。
さらに、母親に対しても、ふつうにお母さん、とか呼ばずに、次のように一般的な女性を呼ぶように言ったことがあったのが記されている。
…イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていない」。(ヨハネ2の4)
…イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」(ヨハネ19の26)
このようなことは、使徒パウロが、強調していることに通じる。
パウロは、ガラテヤ書の冒頭にて自分がキリスト者となったいきさつを次のように記している。
…人々からでもなく、人によってでもなく、イエス・キリストと彼を死人の中からよみがえらせた父なる神とによって立てられた使徒パウロ…(ガラテヤ書1の1)
これは、だれかからの教え、あるいはその影響とか 組織からの任命、あるいは自分の人間的な決心とかでもなく、キリストと神によって使徒(使わされた者)とされたのをまず最初に明確に述べている。
それは、決してパウロというきわめて特異な人物だけでなく、その程度にいろいろと差こそあれ、キリスト者全体に言えることとなっている。
すなわち、私たちがキリスト者となったのは、人間ー自分も含めてーの意図や教えによるのでなく、神とキリストによったのだと。親、兄弟、あるいは友人、さらに書物などによって信仰が与えられる場合も多いが、それもそのようないろいろな人々の背後に働いた力によってであり、その力こそ、神とキリストの力なのである。
私に信仰が与えられた時
私自身も、親兄弟、友人、教師…等々どのような人からも誘われたり、キリスト教の話しを聞いたわけではなかった。周囲には、小学校から大学卒業まで 授業や担任してもらった教師たちは誰一人キリストのことや、聖書のことに触れるひとはいなかった。
それにもかかわらず、大学4年の5月下旬のある日、大学の北側の大通りにあるたくさんの古書店の一つにたちよったときに、ちょうど学生運動が歴史上で最も激しい状況であり、私の所属していた理学部でも多くの学生が真面目に当時のベトナム戦争、安保改訂に反対の運動にかかわっていた。
私もそうした周囲の状況から、マルクス主義関係の書を関心をもって読んだりしていたとき、「マルクス主義とキリスト教」というタイトルの小さな本を見つけたが、一部を読み流しただけに終わった。しかしその著者は矢内原忠雄という人物だったのを覚えていて(それまで全く知らなかった)、それから間もなくまたそうした古書店でいろいろ本をみていたら、数日前に見た矢内原忠雄という人物の書いた「キリスト教入門」という新書が目にとまった。 それも同じ矢内原忠雄の著書だった。 それを、先日見た著者の本だと何気なく手にとったのが、私の生涯を変えることになった。
それもその本のわずか1頁の一部だった。
私は、神(キリスト)が直接に、その本をとおして語りかけてくださったのを感じた。
その活けるキリストの語りかけ、それこそ、「命の言葉」であった。
それは、じっさいに生涯の方向を根本的に変革し、単に書物の言葉でなく、その書物を読むときも、その背後から活けるキリストが語りかけてくるというものである。
私たちが身心ともに疲れ、また罪ゆえに心うなだれるとき、そしてさまざまの問題のゆえに深い悲しみに沈むとき、また孤独を感じるとき…そのようなときに、何者がそうした深い心の問題に光を与え、力を与えることができようか。
それはただ、生きてはたらくキリスト(神)の語りかけによる。
はるかな古代ーいまから数千年も昔の人物が、文字も読めない、聖書もないような時代にあっても、戦乱や飢饉、あるいは病苦、また迫害などにおいても不思議なる力と語りかけによって支えられ、立ち上がり、前進していくことができたのは、ひとえにこの活ける神の光、その神からの語りかけとそれに伴う力によってであった。
そのことは、聖書全体にわたって記されているが、とりわけ、旧約聖書の詩集である詩編にそのことがとくに顕著である。死に瀕する困難、危険、絶望的状態のなかから、神に向って叫び、全身全霊を尽くしての祈りの心によって、神からの語りかけを受け、神の力を与えられて、罪赦されて立ち上がり、そのような力を与える神への賛美と変わっていくことがリアルに記されている。
詩編とは、闇と混乱、危険のなかから、心を尽くし、思いを尽くし、精神を尽くして神を愛し(神に心を注ぎだし)、命の言葉と光を求め、いのちの言葉が実際に与えられていく姿が、数千年の長大な時間を越えて、鼓動のようにあるいは波動のように伝わってくる。
主イエスは、「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハネ8の12)と言われた意味の深い内容は、私にとってもキリスト者となって50数年を経てもなお、ごく一部がわかってきたにすぎない。
それほど、この一言、「世の光、命の光、イエスに従う」…等々の言葉には深い含蓄がある。
いまも、どれほど計り知れない命の光が人類に注がれてきたことだろう。しかもそれにもかかわらず、いかに少数の人しかその真価、その力を知り得ていないかを思う。
目に見える太陽も、こうした命の光を暗示するものと言える。太陽の光がなければ、地上の生命は滅びてしまう。 そして、神からの命の光がなければ、力を与えられて生きていけない。
信仰は神からの呼び出しによって与えられる。家族であっても信じることはできないことがあり、兄弟であっても信仰が伝わるとは限らない。身近でいたから信じられるのではない。しかし、親族がキリストを信じるとき、その祈りがある。祈りが聞かれると言う神様の時がある。
「求めよ、そうすれば与えられる」という主イエスの言葉、その中心は、死から命にいたらせる命の言葉、いのちの光に関しても言われている。
イエスが、しばしば言われた言葉がある。
「わたしの時はまだである」と。(*)
イエスの心の内には、つねに「神の時」という思いがあったのがうかがえる。イエスが捕らえられる、という重大な出来事にも神の「時」があったと記されている。
(*)ヨハネ2の4、7の6、8、30、8の20
主イエスの心の内にあったその「時」は、私たちが単に刻々と流れている時間の流れという単純な意味でなく、聖書においては、きわめて重要な意味がたたえられている。
「神は愛である」(*)ということを信じ、かつその神は真実な神でもあり(**)、さらに、創世記冒頭などにあるように、万物創造をする全能の神だということを信じるなら、その神は、万物を愛と真実で動かしておられる神ということになる。
全宇宙の創造も「光あれ」といわれて光が存在しはじめたように、創造の「時」があった。
そして、旧約聖書の預言書の一部や新約聖書でいろいろと記されているこの世の終わりという時がある。
神が重大な意義を持つ最初の天地創造の「時」から始まり、世の終わりに際して新しい天と地に変えられる「時」がある。
歴史の出発点である、天地創造の時から、世の終わりの時に至るまで、人類の歴史全体は、神の大いなる「時」の連続なのであり、その「時」の大きな流れが歴史となっている。
(*)(Tヨハネ 4の8、同4の16)
(**)Tコリント 1の9 「神は真実なかたである。」Uテサロニケ 3の3、黙示録 15の3
このように、一般的には、一人の人間も、「どこから来て どこへ行くのか」が根本問題であるように、人類全体、さらにこの宇宙も「どこから来てどこへ行くのか」こそが根本問題である。宇宙のはじめからその終わりまでという無限大の領域を俯瞰しつつ 述べているのが聖書である。そして そうした歴史もまた、神の言葉により、それぞれの出来事が神の御計画における「時」に生じているということになる。
イエスは、若くして十字架で刑死した。それは自分で意志をもって決めたのではないし、大祭司や長老たち、また民衆たちがみんなしてイエスを十字架につけよ、と叫んだこと、そうしたこともまた、神がその無限大の計画のなかで決められた「時」に生じたことなのである。
また、世の終わりという究極の出来事、それも永遠の神の御計画にある「時」である。それは人間であったときの主イエスにも、いつ起こるかは示されていなかった。
神の重要な啓示は、その「時」を示している。イザヤなどの預言者たちは、この世の悪の力、罪の力から救いだす御方がこの世に現れる「時」があるのを預言し、この世に力を振るっている悪が最終的には滅ぼされると言う「時」をも「主の日」、「その日」などと指し示していた。
天地創造も、神の御計画における時があって、そのときに世界が創造された。そのときからずっと、さまざまの出来事もみな全能の神の御計画によってなされている。
しかし、そのような全能の神を信じないときには、そうした宇宙や地上の出来事もみな根本的には「偶然」に生じると考えるほかはなくなる。人間が引き起こした事件なども、みなたまたまそのような悪しき人間が生れたのだとか、みな乳児のときは純真だったが、その後の家族や周囲の環境によって悪くなったのだと。そのような悪しき家族や友人と出会ったのも、また偶然だと説明する。
宇宙そのものも、なんのためか誰もわからないが、138億年ほど昔に、偶然にビッグバンという宇宙開始のときの爆発的な膨張があってそれからさまざまの天体も生じて現在に至っているという。そこでの天体の生成などもみな偶然、生物、人間の出現もみな同様である。
このように、いっさいが偶然の産物で、そこになんの目的も計画もない、というのが一般的な考え方である。
このような自然観は、私たちの存在もみな偶然であり、事故や病気になるのも偶然、そして死ぬのもまた、それぞれの人に偶然的に生じて地上においては、金属イオン化合物(*)となって地中に溶け込み、大気中へは二酸化炭素などの気体となって大気の成分の一つと化していく。
(*)例えば、骨の成分の一つであるカリウムは燃焼によって酸化カリウムK2Oとなり、それは空気中の二酸化炭素と水蒸気が稼働した炭酸と化合して炭酸カリウムK2CO3となる。このようにして, CaCO3…等々が生じる。
これでは、人間の生きる目的もみな偶然的に生じたのであって、それもみな消えていくということになる。 確たるものは何一つない。生きる意義もいま思っているのもみな偶然だということになると、生きる意義も偶然生じたのだ、その意義もまた人類が消えていくとともに消滅する…等々。
これは、実に空しい考え方である。これこそ、旧約聖書のコヘレトの書(伝道者の書)(*)の冒頭で記されていることである。
(*)新共同訳や聖書協会共同訳では、「コヘレトの言葉」、口語訳では「伝道の書」、新改訳では「伝道者の書」などと訳されている。コヘレトとは、ヘブル語の発音では長音で コーヘレト、この語は、カーハルというヘブル語の変化形で、カーハルは、「集める」という意味の動詞。その名詞形が、カーハール。これは「集会 」(assembly, congregation)という意味。それゆえ、ギリシャ語訳では、Ecclesiastes エクレーシアステース でこれは、エクレーシア(集会)という語からの変化形なので、「コヘレトの言葉」は、「集会書」とも訳されてきた。
さらに、これは、集会を集める人、集会の代表者という意味とも受けとられ、それは伝道のために集めるので、「伝道の書」(口語訳)、あるいは伝道者の書(新改訳)という訳語も用いられてきた。
…コヘレト(伝道者)は言う、空の空、空の空、一切は空である。
日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。(コヘレト1の2〜3)
しかし、そうした空しさのたちこめるこの世にあって、全く異なる命が与えられる道が、聖書にはその全巻をとおして示されている。
人が神に呼び出されるのも、神の時がある。アブラハムも突然、神からの呼び出しがあった。誰もわからない神の時であった。
キリストを信じることができるようになった、それは神のときである。それを大事にしていると神が示してくださる。しかし、人間的なことを優先しているとそれが消えていく。しかし、消えたように思っていてもまた、人や集まり、本などとの出会いによって、また信仰が燃やされて行くことがある。
人間は死ぬときはわからない。
死ぬ時、それ以後は人間はどうなるのかに関して、人の霊は、それで消えてしまうのではない。日本の伝統的な仏教と神道が融合したと考えられる考え方は、死んでからある期間をすぎると、死者の霊は落ち着いてきて祖先の霊となる。それからはその家や郷土の守り神となる。そして毎年正月と盆という時期に家に帰ってくる。その祖先の霊を食物を備えて迎える。正月にしめなわを飾ったりするのもそのためである。
死後ある期間は死者の霊がどこにいくか定まっていないでさまよっている。
しかも、何らかの恨みや悲しみ、怒りをもって死んだ者は、死後もさまよって人間に祟ってくると信じられていた。
死者に対して例えば、「戦没者慰霊祭」というように、「慰霊」という言葉がごくあたりまえに使われているが、これは死んだ人の霊が怒ったり、悲しんだり、恨んだりしているから、その「霊を慰めて」、生きている人間に祟ってこないように、という意味が込められている。そのために、よいものに生まれ変わるようにと、特別な儀礼を行わねばならない。それが四九日の法要が始まった由来であるという。
死者に供え物をして、死者の霊(魂)の怒りとか恨みを鎮める必要がある。それを「鎮魂」という。荒ぶる魂を鎮めることだからである。そうしないと、飢饉とか災害などのような「祟り」が生じると考えられていた。それで供え物をする。何のために手を合わしているか。事故や災害などで死んだら死者は怒りや悲しみで祟ってくるかもしれないから、そんなことが起こらないようにと魂の鎮めを願うからである。祭りも、盆踊りも、死んだ人の祟りが来ないように退散させるためからはじまったと言われている。漠然とした不安があるからである。
しかし、キリスト教は、キリストを信じた時から、死んでも死なない存在、キリストの栄光あるからだと同じ形に変えてくださるという福音を記している。(フィリピ書3の21)
それでは、神やキリストを救い主と信じていない人達はどうなるのか。それは、神がその人の生前に何を思い、考え、行動してきたかなどのいっさいを見抜いていて知っておられるからその上で、神の全能をもって 裁きを与えるとかさらなる恵みを与えるなど、最善になさると信じるのである。
それゆえ、聖書、キリスト教では、死者のために祈れということは言われていない。
「祈り」は生きている人のためになされるべきなのである。信じていれば死んだ人は最善にして下さる。
人は一日、一日、死に向かっている。人は「死」に顔を背けて生きていることが多いが、聖書は真正面から死に向かっている。世の終わりという究極的な終わりにおいては、悪も滅ぼされる。新しい天と新しい地が来る。現在の目に見えるからだは、確実にその命が終わるので、一日一日を大事にしていきたい。
そして、本人が信仰を持っていなかったとしても、まわりの人達の真実な祈りで神が働いてくださる。それは神は愛であり、真実な御方だからである。
自殺は自殺未遂も含めると30万にもなるという。その対策のほうが重要である。日本は真実の神を伝える人が少ない。霊的にさまよっている人が多い。一番必要であるのは希望を伝える、信仰である。日本は真実の神を知らないために、サタン的な宗教、統一教会に引きずられた。
神は愛であるから、それぞれにふさわしい「時」を与えておられる。しかし、人はその時を逃してしまう。心を静かにして、この出来事は神によって導かれている、呼びかけられていると知る、目、耳が大事である。
それぞれの人が、今もこれからも、すべて神がよきことを起こそうとして、なされていると信じること。すべてのことを良きにしてくださる。神を信じるということは、このことも信じるということである。
自然は汚れなき美しさがある。人間が作った音楽や芸術、それも素晴らしいが、神が造られた美しさ、それは比較にならない壮大さがある。
雲を見ても、波を見てもそこから神からのメッセージである。それも神のときがある。神は全能で愛である。その神の無限の愛で創造されたものゆえ、森羅万象すべて神の愛の神秘だということができる。
何につけても、人間的な考え方をおいて、その事物や出来事に込められた神からのメッセージに耳をかたむける、それも日常生活における「神の時」となる。
私たちを非難攻撃する人に出会ったとき、また、自分の病気の苦しみや家族の問題、あるいは罪ゆえに他者を苦しめ、難しい問題が生じたとき、そこで立ち止まって、これは何故のことなのかと、思いをめぐらすときも、神の時となりうる。それらはすべて主にあって忍耐と主を待ち望む時となり、神から与えられた神の時となる。
旧約聖書には、すでに述べたように、「コヘレトの言葉」という聖書の内容とは思われないような言葉もみられる書がある。
この書にも「時」のことが記されている。
--------------…
何事にも時があり天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時 植える時、植えたものを抜く時…
泣く時、笑う時 嘆く時、踊る時…
愛する時、憎む時 戦いの時、平和の時。
人が労苦してみたところで何になろう。
わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
わたしは知った 人間にとって最も幸福なのは喜び楽しんで一生を送ることだ、と
人だれもが飲み食いし その労苦によって満足するのは神の賜物だ、と。
わたしは知った。すべて神の業は永遠に不変であり付け加えることも除くことも許されない、と。神は人間が神を畏れ敬うように定められた。(コヘレトの書3章より)
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生れ、死ぬことのような重要なことだけでなく、植えたり、抜いたりすること、また泣いたり、笑ったりと生活の中の小さなことまで、みな「定められた時がある」と記されている。
ふつうはこんなことまで定められているなどと考えることもないから、驚かされる。それらの日常のこともみな定められた時があるので、人間がどんなに労苦しても何にもならない…だから与えられた範囲で飲み食いして満足せよ、それが神の賜物だという。
他方で、人は神を畏れ敬うように定められているともいう。
生活のいろいろなことまで定められているのを不快に思うのでなくすべてを支配している神を畏れなければならないというのであるが、ここには、飲み食いとはまったくことなる霊的な喜び、後の新約時代の聖霊による喜びというのは全く知られていないのがわかる。
空の空、とあり、すべて神が決めている運命がある。だから飲んだり食べたりするしかない。時によって定められてしまっていると言う虚しさが流れている。
しかし、キリストの時代となり、そのような空しさとは根本的に異なる世界が開かれた。
それは、すべてのことに空しさを感じるのでなく、逆にすべてのことが愛なる神の深いメッセージが込められているというのである。
イエスを信じると、すべて愛の神がなされているので、すべて意味がある。深い神のご計画をもってなされている、愛をもってなされているから、良きになる。コヘレトは、すべては空であるとあり、また、神を畏れよとある。しかし、すべての空しさを払いのけて、キリストの満ち満ちたもので満たしてくださるのが聖霊である。
そして神を畏れるとともに、神を愛して生きる、キリストが友であるというほどに身近な関係だと示される。それは、すべてが空であるということとは全く異なる。どんなことも最終的には、すべて善きことにしてくださる。(ローマ書8の28)
イエスの肉親の兄弟たちも、別稿で述べたように、イエスの生前は救い主であるとは信じていなかった。信仰は神からの呼び出しによって与えられる。家族であっても、いかにすぐれた人が両親であっても信じることはできないことがあり、兄弟であっても信仰が伝わるとは限らない。身近でいたから信じられるのではない。しかし、親族がキリストを信じるとき、祈りがある。祈りが聞かれると言う神様の時があると信じることができる。
イエスはここで言われた。「わたしの時はまだである」と。このように「神の時」ということがある。イエスが捕らえられる、というときも神の時があった。
全宇宙の創造も「光あれ」という時があった。天地創造の時から、全体を俯瞰している、神の時の大きな歴史の流れ。神が大きな「時」から始まり、終わりまで導かれたか。歴史も神の言葉である。すべて神のご計画なのである。
イエスも若くして死なれた。 それも偶然でなく「神の時」に神が召されたのである。
世の終わり、それも時がある。それがいつなのか、 それは人間であったときの主イエスにも、いつ起こるかは示されていなかった。
神の重要な啓示は、何らかの重要な「時」を示している。旧約聖書の預言者たちは、世の終わりという時、すべての悪が裁かれる時ということを啓示されていたゆえに、しばしばそのことが記されている。
人は一日、一日、死に向かっている。人は「死」に顔を背けて生きてるが、聖書は真正面から向かっている。最後に悪も滅びる。新しい天と新しい地が来る。確実に命が終わるので、日々を大事にしていきたい。
そして、本人が信仰を持たなかったとしても、周囲の人達の祈りによって神が働いてくださる希望を持つことができる。
自殺する人は、自殺未遂も含めると30万にもなるという調査結果が以前初めて発表された。防衛ということで巨額の支出が想定されているが、こうした戦争などなくとも、たくさんの人達が死んでいるのであり、その対策のほうがはるかに重要である。
日本は、聖書に記された神、宇宙を愛と真実をもって支配されている真実の神を伝える人が本当に少ない。さきの自殺者の数をみても、また元統一教会のような闇の宗教に引き込まれる政治家たちが驚くほど多いこと、そして一般の人達もまたそうした闇の力に引き込まれてきたのが明るみに出された。
こうした事実は、霊的にさまよっている人がとくに日本に多いのがうかがえる。
一番必要であるのは、永遠の愛の存在である神とキリストを信じること、そこから自然にもたらされるいつまでも続く希望があること、聖書の言葉で言えば「信仰・希望・愛」である。
日本は聖書に記されてている真実の神を知らないために、サタン的な宗教、統一教会に世界でもとくに多くの政治家や一般の人々が引き込まれたのである。
神は愛であるから、それぞれにふさわしい「時」を絶えず何らかの機会をとおして与えておられる。しかし、私たちはしばしばその時を逃してしまう。心を静かにして、この出来事は神によって導かれている、呼びかけられていると感じ取る霊的な目、耳の重要性を思う。
私たちは、このさまざまの暗い出来事の起こる世にあって、それでも私たちの罪の赦しのために十字架にかかってくださったキリストの罪の赦しを受けるとき、周囲にどんなことが起こっても、なお神の愛を実感することができる。それゆえに、いかなる混乱ー戦争、飢餓、感染病、等々が生じようとも、神の愛を実感し、さらに困難なときにもそれを信じて歩む人達が起こされてきた。
これからの時代、もっとも私たちにとって必要なのは、武力装備などでなく、こうした真実の神への信頼、信仰であり、そこから与えられる力である。
それぞれの人が、今もこれからも、毎日、すべて神がよきことを起こそうとして、なされていると信じること。日々の今が、救いの時 よきものへの転換の時だと信じて歩ませていただきたい。
…今や、恵みの時、
今こそ、救いの日
(Uコリント6の2)
私の考えるキリストの平和 K.K
(徳島聖書キリスト集会)
「わたしの考えるキリストの平和」とは何だろうと考えました。それはまず、わたしとキリストとの平和、ということだと思いました。
イエス様に祈り、話しかけ、そしてイエス様からの語りかけを聴くとき、そこに不思議な「人知を超えた神の平和」が与えられます。それは、状況が変わらないのに与えられる安心感で、イエス様によって心の深いところが静かに満たされていきます。
生ける神、イエス様に祈り、聖書を神の言葉と信じて聴き、そこから赦しや力が与えられる。なぜ、このような世界に招き入れられたのか。一方的な神の憐れみと赦しに感謝します。
イエス様との平和が与えられた。その根本はイエス様と出会えたこと、イエス様を信じることができ、救われたこと、そこが、わたしの新しいいのちの源流になります。
28歳までは、神様がいるのかどうかもわからず、まして、わたしの中でイエス・キリストは、昔の偉人でしかありませんでした。
わたしはキリスト教とは全く関係のない家で育ちましたが、あるときから何か抗い難い罪の力、また孤独を感じていました。それなりの夢を持ち看護師になりました。
しかし、闇と孤独はわたしを飲み込み、元気そうにしていてもわたしの魂は死んだものとなりました。
28歳のある日、不思議な導きによって、はじめてわたしは、ある教会に行きました。そして、牧師の語る放蕩息子のメッセージを聞いているときに、座っているわたしの椅子の少し後ろに、神様が立たれるという不思議な経験をしました。 わたしの後ろに荘厳な光の気配を感じ、こわくてふり向くことができませんでした。神様がおられ、そしてわたしを赦してくださったと示されました。
中学生の時ギデオン協会から配られて、意味も分からず読む気にもならなかった新約聖書を出してきて、読んでみました。まったくわからないと感じていた、聖書の言葉が、神様からの語りかけとして心に入ってくる、そのことに驚かされました。聖書のことばに引き付けられ、夢中になって読み、励まされました。
そのような体験を与えられたのに、忙しい生活の中で祈りも忘れ、わたしはまた、神様を見失いイエス様がわからなくなり闇の中に沈んでいきました。
ヨハネ福音書 15の6 「わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。」
(ヨハネ15の6)
「だから、神の慈しみと厳しさを考えなさい。
倒れた者たちに対しては厳しさがあり、神の慈しみにとどまるかぎり、あなたに対しては慈しみがあるのです。
もしとどまらないなら、あなたも切り取られるでしょう。」ロマ書11の22
「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」 (ルカ 11の24〜26)
神様は憐みであり、愛です。しかし、厳しさもあり、わたしは火に投げ入れられて焼かれるものでした。神様を信じながら神様を見失った日々。そのときは、キリストとの平和、ということは全く感じることはできず、祈っても神様は遠く、自分の心は再び死んだと感じていました。
でも、わたしは、切り取られなかったのです。
手話を通して徳島聖書キリスト集会に導かれ、そこで再び、夕拝のときに心を神様の光で照らし出される経験をしました。
「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。」
(Tコリント3の16)
このみことばが、心の中を貫きました。
イエス様は、わたしが神様を離れ、信仰を見失い、罪を犯し、嘆き苦しんでいるその日々をすべて知っていてくださいました。そしてそうせざるを得なかった私の辛さもわかって下さり、すべて赦すと示してくださいました。神の神殿を汚したわたしを赦してくださったのです。
神様を信じたのに、再び見失ったわたしにはキリストの平和はありませんでした。でもイエス様は、そのときもこのキリストの平和を与えようとじっと待っていてくださったのです。
イエス様が殺された時、弟子たちは、ユダヤ人を恐れて鍵をかけていました。そこにイエス様が来てくださいました。
ヨハネ20:19「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」
わたしも戸を閉めて鍵をかけていました。神様にもイエス様にも自分にも鍵をかけてうずくまっていました。
そこにイエス様が「平和があるように」と来てくださったのです。
ヨハネ14の27「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」
私たちの罪にも関わらず与えられる主の平和。わたしのように神様を見失ってもがいている者にも与えられました。それは世が与えるようにではありません。
楽しい気分転換、親しい人間関係、仕事のやりがい。一時的な充実感や満足を得られても、やはり心は闇に帰っていき、わたしは、世からはどんなにしても平和を与えられることはありませんでした。
でも、そのとき、イエス様は、この世が与えるのではない、キリストとの平和をわたしに与えてくださったのです。
そのときからも、さまざまな出来事があり、心に平安がなくなることは度々ありました。今もあります。罪に苦しむとき、疲れた時、人間関係から、また病気になるとき、愛する者の闇、罪、病。また愛する者の苦しみ。わたしは落ち込み悩みます。
でも、心から主に叫び、求めるとき、イエス様に無視されることはありませんでした。
わたしとイエス様との交わりを妨げている自分ではどうにもできない妨げの罪があります。わたしの中に根強く働く罪の力によって、ほんの小さな出来事や言葉で簡単に自分の平和も他者との平和も壊れます。
キリストの平和はサタンとの戦いとも思えます。そのとき、早く気が付いて、主のもとに走り、静まって祈り、正直に素直に、わたしが悪かった、間違っていた、憐れんでください、助けてください、と十字架の前に砕かれるとき、十字架の上からイエス様が、この平和を注いで下さると感じます。
そのとき、魂は生き返り、問題がある中で、光がさして大丈夫だと思えてきます。
そして、はじめてそこから他者との平和が与えられると思うのです。
イエス様が十字架で苦しんで血を流して、身代わりに罰を受けて下さり、そして与えられた、このキリストとの平和です。キリストとの平和は、キリストによって赦された、罪の赦しから与えられるものです。
これからも、平安をなくし道に迷うことがあったとしても、この世の誘惑に心が揺らいだとしても、どうか、主の十字架に立ち返り、わたしが、このキリストの平和から離れることがありませんように。そしてすべての人に、とくに闇の中で、苦しむ人に、このキリストの平和が与えられますように。
「平和の源である神があなたがた一同と共におられるように」(ローマ15:33)とあります。キリストが平和の源です。その源である泉を少しでも、内に頂いて、小さな平和の灯とされたいと願います。
(これは、2022年11月の全国集会にてオンラインで語られた内容です。)
(さいたま市 I.J)
私は、関根義夫先生が主宰しておられる「浦和キリスト集会」に2005年から出席しており、今年で17年目に入ります。きっかけは当時まだ仕事の関係で浦和に住んでおられ、現在は大阪の枚方市の元の家に戻っておられます本田圭夫妻の熱心な奨めによるものです。本田圭は私の義理の兄でありまして、若い時から黒崎幸吉先生主宰の大阪「森之宮集会」に欠くことなく出席していた非常に熱心なクリスチャンです。
この度の東京都を中心とした首都圏の「新型コロナウイルス」の非常な感染拡大による「緊急事態宣言」発出等のために浦和集会での主日礼拝ができなくなりましたため、昨年の5月の「春期四国聖書集会」以来、可能な限りスカイプによって、徳島聖書キリスト集会の主日礼拝に参加させていただいております。
実は私は大阪の箕面市の出身でして、今もそこに実家があり、社会人になる迄其処で過ごしました。生粋の関西人と言ってもいいです。この埼玉の地に仕事の関係で転勤して住み着いてから50年近くになりますが、未だに大阪弁丸出してしゃべっています。
私の父は矢内原先生のもとで薫陶を受けられた方と共に長年家庭集会をもっていました無教会系のクリスチャンです。一方母は教会系のクリスチャンでした。私もその両親から影響を受けて育ち、大学に入学した当初には、聖書をはじめ、ヒルティや内村鑑三、その他キリスト教関連の本などをかなりの量読んだことを覚えています。
父母に勧められて教会や無教会の集会にも時々顔を出しました。併し、大学の教養課程が終わり専門課程「物理」を専攻していたのですがーに入ってからは実験が忙しくなって、次第にキリスト教から離れていってしまいました。その後社会人になってからも、会社の仕事の忙しさにかまけて、私はキリスト教信仰から全く離れてしまい、所謂「放蕩息子」に等しい生活をおくってきました。
私は5人兄弟の下から2番目ですが、一番年上の最も頼りにしていた姉が35歳の若さで小さな子供二人を残して胃癌でこの世を去りました。残る私以外の3人の兄弟はいずれも父の影響もあって、無教会キリスト教信仰をもち、特に兄と本田の姉は熱心でありましたが、その兄も今から20年近く前に悪性の脳腫瘍のためにこの世を去りました。
丁度私が定年退職をしてこれから第二の人生に入ろうとしていた矢先で、仕事人間であった私の心に大きな空白が生じていたこともあって、非常なショックを受けました。
一方、私の家内は静岡の出身で、実家は曹洞宗でしたが、カトリック系の学校に通って育ったこともあり、キリスト教への思いも強く、近所の信仰熱心な奥さんにすすめられて、時々教会に行ったり、家庭集会に出たりして、私にもしばしば奨めたことがありました。そのようなわけで、先に述べましたように義兄の本田夫妻の奨めで夫婦ともに「浦和キリスト集会」に通うようになり、今日に至っている次第です。
最後になりますが、私が勤務していた会社は奇しくも黒崎先生や矢内原先生も一時勤務されたことのある化学系の会社で、勤務したことはありませんが、一時仕事の関連で頻繁に愛媛の「新居浜」に通っていました。
定年退職後、ここ10数年の間に「直腸癌」を始はじめいろいろな病気に見舞われてきましたが、先月に何とか無事に「傘寿」を迎えることができました。残されました短い人生をパウロのように「生けるキリストがわが内に住んでいただける」ことを頭ではなく、身体で実感できる人間になれるよう、信仰を深めればと、願っています。
「多く与えられた者は、多く求められ…」
O.M(北海道)
「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」(ルカ12章48)
これは私にとってとても重い御言葉でした。私はその時にはまだ本当の信仰を持てずに、私たちの聖書研究会、また難しい聖書と言うことが私のなかに大きく、復活のイエス様と出会っていない霊のことなど、もっての外というような学びかたを、そして集会に集っていたと思います。
子育てを終わり、その後、介護や主人の発病と重なってこの聖句はとっても重いものでした。
主人が病気をして全盲になり、透析が始まり、ここから一歩踏み出さなければいけないと本当に迷っていた時に、神様の導きがあって、北海道の瀬棚での瀬棚聖書集会に講師として参加されていた吉村さん(徳島聖書キリスト集会代表)と出会うことができました。
そして、新しい風を運んで頂きました。今までになかった生きたメッセージや新しい賛美をいっぱい、そこで私たちは受けることができました。そして知り合いの方々、札幌独立教会の方もとても感激して、とても楽しみにしてた交流会でした。 ここからが私の本物の信仰だと私は気付きました。そして、多く与えられた者は、という、その聖句は私の心の中で、詩編55編23節「あなたの重荷を主に委ねよ。
主はあなたを支えてくださる。
主は従う者を支え、
とこしえに動揺しないように計らってくださる。」という御言葉に、私の心の中で変わっていくことができました。
それからは復活のキリストや、霊ということも私の心の内にいつも留まり、前を向いて光を求めて、そこから第一歩、徳島の全国集会や四国集会に参加したり、そしてその続きで、遂にはイスラエル旅行にも主人と出かけることができました。神様、イエス様の恵みを溢れるほどいただきました。
「恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるものでなく、神の賜物です。」エペソ2章8節。
主の恵みに導かれたための、このルカ12の48の御言葉だったんだなと、今は本当に受け止めることができます。わたしはとても今ある自分が、そしてイエス様が共に歩いてくださる信仰に、本当にここにたどり着けたことを感謝しています。以上です。
Y.K(徳島)
徳島聖書キリスト集会のY.Kと言います。
私が聖書を知るようになったのは、もう10年以上も前になります。
主人が癌の手術を受け、その後鍼治療をしていただくため、天宝堂はり治療院を経営されている綱野悦子さんのところに通っていました。
私はその間、待合室で待っていましたが、そのとき壁に飾られたカレンダーに目が留まりました。そこには下のほうに次のように書かれてありました。
「神は真実な方です。
あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、
試練と共に、
それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださる。」(Tコリント10の13)と書き添えられていました。私はなぜかこの言葉が心に染みました。
毎日苦しい日々を過ごしていました。主人の病も次第に重くなっていきました。しばらくして「ベッドに聖書を持ってきて。」と頼まれました。イエス様が来て下さったのだと思います。 主人はそれから半年後の2月に召されました。
私はしばらくして天宝堂での月に一度の家庭集会、徳島聖書キリスト集会、住んでいる板野郡藍住町での家庭集会に参加させてもらうようになりました。
みことばを聞かせてもらえるようになったのです。難しいところもなかなかわからないところもたくさんありますけれど、イエス様を信じていれば、逃れの道があると今は感謝の日々です。前向きな気持ちで毎日過ごす事ができています。「イエス様。」と祈ることができることを感謝しております。以上です。
11月から、徳島聖書キリスト集会場でも主日礼拝は、対面での集会をはじめています。しかし、再びコロナ感染がふえているので、今後再びオンラインだけになる可能性もあります。
主日礼拝以外に、オンライン集会が毎週火曜日(第五火曜日を除く)
・第一、第三火曜日は夕拝で午後7時30分〜9時、
・第二火曜日は海陽集会で、午前10時〜12時。
・第四火曜日は北島集会(午後1時〜3時)
・第二金曜日は、天宝堂集会 午後8時〜9時半
これらの集会のうち、天宝堂集会だけは、対面での集会とオンラインの併用です。いずれもスカイプを用いています。希望者は左記の吉村まで。
〇北海道 瀬棚聖書集会
今年は、瀬棚の方々のいろいろな都合で、コロナのこともあり、オンラインで来年の2月22日(水)〜24日(金)となりました。
〇9月23日の「祈りの友」 合同集会 のあと、次の方々が新規入会されました。
・H.M(横浜市)
・I.J(さいたま市)
・M.K(松山市)
〇若井克子著「東大教授、若年性アルツハイマーになる」(定価1430円)ご希望の方は、集会で余分を購入していますので、送料込で八百円でお届けできます。左記の郵便振替または、未使用の切手でも可です。
〇毎月の主日礼拝、夕拝、家庭集会など、約十回ほどの集会の全内容録音をMP3形式でCDに録音した集会CDも以前から希望者に送っていますが、それも希望の方は左記へ。なお、主日礼拝では、五分の前講や三分のみ言葉の内容も録音されています。(毎月送料共で五百円)