巻頭言 |
2006年2月 第541号・内容・もくじ
春(岩の上に立てた家と砂の上の家 1) |
|||
春
わが家の梅の木もつぼみがふくらみ、ほのかな香りを漂わせて咲き始めている。寒さ厳しい日々が続いたので例年になく遅い開花である。しかし、その寒さを受け止め、花開いていく。他方、水仙は寒さ厳しいなかに次々と咲いていく。
キリストを信じる信仰もこうした「花」と似ている。苦しみ、悲しみあるいはさまざまの困難があっても、そのただなかに花を咲かせていく。主の御手による導きあれば、どのような厳しさのなかにあっても花は開き、厳しければそれだけいっそう強くキリストの香りを漂わせていく。
主イエスご自身、当時の支配者たちから憎まれ十字架刑にされた。血が流された十字架は、本来は目をそむけたくなるものであったはずであるが、後に喜びの花を思わせるものとなり、現在も世界中に罪の赦しという福音の香りを放ち続けているのである。
キリストが私たちに触れるとき、心に春が訪れる。何かが芽をふいてくるし、この世の闇のなかに射して来る暖かい光を感じるようになる。
岩の上に立てた家と砂の上の家
今年に入ってマスコミで大きく報道されたのは、情報時代の寵児としてもてはやされた堀江某という会社経営者が逮捕されたことであった。捜査の進展につれてその会社の経営陣がさまざまの不正をしていたことが明らかになった。
しかし、逮捕された人物には、自民党の幹事長や首相まで大いに肩入れしていたし、昨年の衆議院選挙では、出馬会見を党本部でさせたり、党をあげて応援した。竹中平蔵総務相もその時の応援演説で「郵政民営化、小さな政府づくりは小泉、ホリエモン、竹中の3人でスクラムを組んでやり遂げる」とまで言っていた。政治家たちの言うことがいかに信頼できないかの見本のようなものとなった。
ライブドアは、昨年十二月に日本経団連に入会したが、そのとき、経団連の奥田会長はその入会を歓迎していた。しかし、堀江逮捕を受けて、入会は「経団連としてミスした。」と述べ、間違った判断であったことを表明した。
奥田会長は、五十歳でトヨタ自動車の取締役となり、以後同社の社長、会長を歴任してきた日本企業の代表的人物の一人である。そのような人物が多く集まっているはずの経団連も大きな判断ミスをしたことで、政治家も経済界も日本を代表しているような人たちがそろって間違った判断をしていたことになる。
このようなことは今に始まったことではない。戦前でははるかに甚だしい過ちを犯していたことを思い起こさせる。つい六十数年前には、政治家も、軍人も、経済界、教育界、宗教界、文学などの芸術界も含め、あらゆる方面の指導的な人たちが日本の引き起こした戦争を聖戦と位置づけ、正義の戦いだ、アジア解放だなどと信じ込み、国民にもそのように指導していたのである。戦前の教育の内容も敗戦とともに一斉に崩れ落ちた。
いかに人間は誤りやすい存在であるかをこうしたことが明らかに示している。 人間の作った考えや組織、主張などは砂の上に立てた建物のごとくである。
これに比べて、聖書の真理はいかに強固であるか、戦争や災害、飢饉、伝染病の蔓延、科学技術の進展などなどいかなる社会状況の変質にもかかわらずにその真理は動かない。まさに岩の上に立てた家というべきである。
情報は今後ますます入り乱れ、今回の事件のようにまちがった情報によって人間の心は惑わされるであろう。それゆえに一層こうした情報の洪水時代において、いかなる波にもさらわれない不動の真理に心を寄せる必要がある。そしてそこにこそ、この世の荒波に呑み込まれない港があり、そこには死というすべてを呑み込む力にすら勝利する力が備えられているのである。
人の意見と神の意見
人にはさまざまの意見がある。 私たちはどんなことでも、それぞれの分野での専門家に尋ねようとする。多くの経験を経て、その見識が認められている人の意見は重んじられる。その方面に初めて仕事で加わったときには、できるだけ権威ある人、業績をあげている人の意見が重んじられるのは当然である。
それは医者について特に言えることである。素人の意見は問題にされないで、医者の意見が重んじられるし、さらに手術例の多いところは技術的にもすぐれているとみなされるので、多くの人たちが行くことになる。
これは経済にしても、科学技術に関することもみな同様である。
しかし、そうした専門家よりはるかにすぐれていて、いかなるその道の権威も比較にならない特別な権威者がいるのに、全く尋ねようとしない人が大多数を占めているのは不思議なことである。
その最大の権威者とは、キリストである。
何かの問題が生じたら、私たちはまず最高の権威者である、神とキリストに尋ねようとするのが筋なのである。
いろいろな著作家、学者、あるいは経験豊かな老齢の方、芸術家、さらに信仰深い人等々私たちが学ぶと益を受ける人たちは数知れずいる。カウンセリングの専門の人は、また黙して語らなくなってしまった人、心の重荷をかかえる人に対しても適切に心を引き出すことができる場合がある。
けれども、最大のカウンセラーはキリストである。かつて地上に存在した最も英知ある人はイエスであった。
聖書においても、キリストこそ、霊的なカウンセラーであると記されている。
And I will ask the Father, and he will give you another Counselor to be
with you forever. (New International Version 。なお、アメリカ改定標準訳 RSVも同様に訳している。ヨハネ福音書十四・16)
私は父に願おう。そうすれば父は、別の「カウンセラー」をあなた方に与えて、永遠にあなた方と共にいるようにされる。
この永遠に私たちと共にいて下さるカウンセラーとは、復活したキリストであり、聖霊のことである。ギリシャ語では、パラクレートスという。これは、「弁護者、慰め主、助け主などいろいろに訳されている。」
何が最も大切なのか、それに関して、キリストのように深く、広くそして鋭く真理を示した人は後にも先にもいない。
だからこそ、キリストの意見は二千年経っても古びることがなく、今もそのままの形で、それに耳を傾けるならば、万人を導くのである。そしてそのゆえにこそ、全世界で最も広く伝わり、その言葉に耳を傾ける人が絶えたことがない。
しかもキリストの意見を聞くためには、何の費用も必要でなく、だれにでも与えられている「心」をもって神を信じ、キリストを受け入れて、心を尽くして聴こうとするだけでよいのである。
新聞やテレビ、雑誌などさまざまのマス・メディアが洪水のようにあふれている。それらのまちがった情報や知識、考え方に引き込まれていく人たちも次々と生じている。
個人的な問題、教育や政治、そして国際的な問題、さらに死後のことや、なにが最も価値あるものなのかなど、あらゆる領域における問題について、人間にかかわる最高の意見を持っておられるキリストに尋ねることが究極的な解決を指し示してくれる。
科学技術などキリストと何の関係もないと思っている人が多い。しかし、キリストの他者を愛する心、隣人への愛を持たず、虚栄心や憎しみなど自分中心の考えから科学技術を用いるときには、最近韓国の大学や日本の東京大学も生じたような、偽りの成果を発表するとか、科学技術を戦争などに用いるという大変な間違いを犯していく。
経済活動もまた、人間が中心であり、その人間の心や考え方が間違っていくなら、ライブドア事件で明らかになったように、多くの偽りによって社会が害悪を受けるし、そうした金中心の考えに人々が誘惑されるようになっていく。
世界を不安に陥れるテロの問題も、悪に対するに憎しみをもってせず、祈りをもってせよ、というキリストの意見に従うときにはそのような問題の根本が解決されていく。
世の中の問題は実に複雑で、どうしたらよいのか分からないという状況がたくさんあるが、それらは結局はみな、かかわる人間の問題であり、一人一人の人間がキリストの意見に聞くときに、根本的な解決の道を示される。キリストの意見とは、すなわち神の意見であり、永遠に真実な神のご意志にほかならないからである。
絶望という名の巨人と希望
聖書は信仰の書物である。そして信仰を持って歩めば、必ず救いを与えられる。救いとは、私たちの心にある奥深い魂に平安が与えられること、罪にもかかわらず赦されて新しい命が与えられたと実感することである。
信仰を持っていれば災いは襲うことがない、と思われている。しかし、現実の生活はそのように単純ではない。
信仰を持っていても、打ち続く苦難や悲しい出来事のゆえに絶望的になることも聖書では記されている。
その最も印象的な例は、預言者エリヤである。彼は、偽預言者たち、偽りを預言する人たちを集めて、神の力によってそうした真理に反する者たちを滅ぼしたり、天から神のさばきの火を呼び出したと記されている。新約聖書において、イエスが現れたとき、エリヤの再来だと思った人々もいたり、イエスのさきがけとなって現れた洗礼者ヨハネは、世の終わりに再び現れるとされていたエリヤだと言われたほどであった。
しかし、そのような力強い預言者であったにもかかわらず、当時の王妃がエリヤを激しく憎み、彼を捕らえて殺そうとしているのを知らされた。エリヤはかつての力を失い、砂漠地帯へと逃げていきそこで、もう死にたいとの嘆きを発する。
…それを聞いたエリヤは恐れ、直ちに逃げた。ユダのベエル・シェバに来て、自分の従者をそこに残し、彼自身は荒れ野に入り、更に一日の道のりを歩き続けた。
彼は一本のえにしだの木の下に来て座り、死を願って言った。「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません。」(列王記上十九・2~4より)
あれほど力を与えられていた預言者がこのように、希望を失い、生きる力を失って死を願うようになるというのは意外な気がする。しかしこれは人間の現実を指し示している。この地上に生きているかぎり、いかに信仰強き人であっても、時と状況においては、大きな罪に落ち込み、また気力を喪失してしまうこともあり得るということなのである。
このようなことは、「天路歴程」(*)という書物にもある。さまざまな困難と誘惑に直面しつつも神を信じ、罪赦され、かなたの光の国、神の国を目指して歩んでいる人の姿を記しているのがこの書物である。
(*)「天路歴程」とは、今から三百数十年ほど昔にイギリスで書かれた。この書名は、中国語に訳された書名をそのまま日本でも使っているので、わかりにくい題名である。原題は、「巡礼者の前進ーこの世から来るべき世へ」(The Pilgrim's Progress from this world to that which is to come)というもので、神を信じ、キリストを信じる者がいかにして、罪ゆるされ、力を与えられ、守られ、導かれて天の国へと歩んでいくか、その歩みを書いたものである。
著者は、バニヤンといって、とても貧しい家庭に生まれ育った。父親は鋳掛屋をしていた。これは、鍋・釜などを修理する職業で、それは動物を使う興行師や行商人と同様な扱いを受けていて、社会的地位はことに低かったという。イギリスの文学者、作家でバニヤンほど低い地位にあった人はなかったと言われるほどであった。
そのような低き地位にあった人が、世界的な文学作品、しかもキリスト教信仰の上でもとくに重要な内容のものを生み出すことができたのは、神の導きという他はない。
彼は牧師でないのに、説教をしたということなどの理由で、三回にわたり入獄を経験し、合わせると十二年半もの獄中生活を経験している。
そうした経験をもとに、キリスト者であってもたいていの人が共通して経験すること、神の導きと助け、また罪との戦い、さまざまな霊的な困難や試練など、だれも書いたことのないような表現で著者は表現した。
バニヤンは生涯に六十冊にも及ぶ多くの本を書いたが、そのうちで最も重要なのが「天路歴程」でこれは聖書についでよく読まれてきて、過去三百年ほどの間に、百数十国語に訳されてきたという。
バニヤンは、獄中にあっていつ解放されるか分からない、最悪のときには獄屋で病気となり、死んでしまうかも知れないし、六年もの間獄屋に閉じ込められたことが、二回もあったことからして、判決で二度と獄から出てこられないような重い刑になるかも分からない。
こうした不安や苦しみ、孤独、そして真っ暗で、不潔な牢獄での夜の長い苦しみ…こんなただなかでバニヤンは「天路歴程」という名作の着想を与えられていったのである。しばしば偉大な作品は著者自身も思いも寄らない状況のときに作られる。それはいわば神ご自身が人間の予想をこえてなされるということを示すためであろう。
天の国を目指す二人の旅人(「キリスト者」と、「希望者」と名付けられている)は共に歩んでいたが、そのうちの一人(「キリスト者」)がふとした油断から、歩きやすそうな楽な道をとろうと誘った。しかしまもなく激しい雨が降りはじめ、もとの正しい道に帰ることができなかった。疲れ果ててかたわらにあった小屋に入って眠った。そこから近いところには、「疑いの城」(Doubting Castle)があり、その持ち主は、巨人絶望者(Giant Despair)という。
ここに入ってしまった二人の旅人は、この巨人絶望者によって激しく打ちたたかれ、もう生きていく気力もなくなっていく。「私の心は、生きるよりも息の止まること、死を願う」(ヨブ記七・15)ほどの気持ちになった。しかし、二人の旅人のうちの一人「希望者」が、ますます弱気になって死にたいという気持ちになっていく「キリスト者」を押しとどめ、励ましていった。
「私たちが目的とする国の王(神)は、殺すことを禁じています。人が自分を殺すことは、肉体と魂を同時に殺すことになる。そのようなことになれば、死後は苦しみの世界に行くことになろうし、永遠の命は到底与えられない」と諭した。
しかし、さらに巨人絶望者はひどく迫ってくるので、弱気になった「キリスト者」の方は、もう生きていけないというほどの気持ちになっていった。このときに、「希望者」は、「神の助けを待ち望んで忍耐しよう、かつてのあの苦しい旅路であなたも神の力によってそれらの苦難を乗り越え、勝利してきたではないか」と強く勧めた。それによって絶望的になっていたキリスト者も力づけられ、二人で真夜中から祈り始めて、ほとんど夜明けまで絶えず祈り続けた。
そうした祈りによって、キリスト者は、自分がその「疑いの城」の牢獄から出て行くための鍵を胸のうちに持っていることを思い起こした。 それは、どんな固い扉をも動かすことができるものであった。
その鍵とは、「約束」という名の鍵であって、神の救いの約束は決して変わらないことを思い起こし、その約束への信仰がよみがえったのである。神は真実であるから、私たちを救い、天の国へ連れて行くと約束して下さったことを受けとめた者にとっては、これは破られることはないのである。
こうした、神の約束を固く信じることによって、この世のさまざまの困難を乗り越えて歩むことは、讃美にもいろいろと歌われている。そのいくつかをあげる。
主は約束を かたく守り、
終わりの日まで みちびかれる。…
主よ、終わりまで したがいます。(讃美歌21-五一〇番より)
悩み激しき時も
主の約束 頼み
安けく過ぎゆくため
主よ 御言葉 賜え
疲れし時に助け
御手にすがるわれを
御国に入る日まで
主よ、おまもりください(新聖歌三四九より)
人間の約束は空しい。人の心は実にもろく、約束したことなど簡単に破られていく。それは人間には本質的に罪深く、不信実であるから約束は守れないからであるし、また人間が弱く、見通しもできないために、先の困難や事故、病気など、状況が変ることを予見できないために簡単に約束してしまうからである。
しかし、神は真実なお方である。
…また、どうか、わたしたちが不都合な悪人から救われるように。事実、すべての人が信仰を持っているわけではない。
しかし、主は真実な方である。必ずあなたがたを強め、悪い者から守って下さる。(Ⅱテサロニケ三・3)
このようにして、二人の旅人は、神の「約束」という強力な鍵を持っていることに気付いたために、それを用いて、巨人絶望者の支配から逃れ、「疑いの城」のいろいろの扉を開けて再び天の国への正しい道へと立ち返ることができたのであった。
このように、信仰もあり、さまざまの困難を越えて来てもなおかつ、人間の弱さのために思わぬところに迷い込み、神の導きや天の国のこと、神の愛などについて疑い始める。この「疑いの城」に入ってしまったとき、そのまま疑いが深まり、神の助けや救い、喜びも力もなくなって、いろいろのことが単なる想像でなかったのか、などという気持ちになってくることがある。そうするとそれまでの神の愛を信頼しての希望が次々と消えていき、絶望となり、その絶望がますますふくらんでいく。そこから「巨人絶望者」が「疑いの城」に住んでいるとされているのであろう。
たしかに、絶望は巨人であって、二人の旅人が立ち上がれないほどに殴られて傷だらけになったというが、この世は至るところ、この「疑いの城」がそびえ、そこに絶望の巨人が立ちはだかっている。そして人間をとりこにして、動けないようにしていく。
この世に真実な存在がおられ、そのお方は真実と愛をもって私たちを導いて下さること、キリストの十字架の死によって私たちの罪が赦されたこと、死に勝利する力がこの世に存在する等々のこと、それらを、幼な子のような心で信じる人はごく一部の人でしかない。
それは、バンヤンの言う「疑いの城」に取り込まれているからである。しかし、私は絶望などしていない、と多くの人は言うであろう。さまざまの仕事、趣味、ボランティア、芸術、旅行、スポーツなどなどに生きがいを感じているし、生きる目的があり、希望がある、と言われるかも知れない。
しかし、そうしたこの世の希望は死が近づくにつれて消えていく。仕事も趣味もボランティアも何もかもできなくなっていくからである。そして最終的に死によってすべてが無くなるのであれば、それはそうした希望も絶える、すなわち絶望という状態に取り込まれていくことになる。死とはあらゆるものを呑み込んでいくものであり、望みが絶えた世界であるからである。そして、この地球も太陽すらも、有限であって最終的には、消滅の方向に向かっているのであって、目に見えるものだけを信じるのならば、この世のすべては消えていくことになる。
そうした意味で、絶望というのはまさに巨人であって、この世のすべての人を取り込んでいく。
しかし、そのような巨人に立ち向かう道は、備えられている。二千年ほど前にキリストが来られてから、その道が永遠に開かれ、聖なる大路として備えられたのである。
キリストの十字架と復活、そして再臨こそは、それらの「疑いの城」の城壁を打ち壊し、絶望という巨人をも打ち倒すことができる力を持っているのであってそれらを信じて受け入れることができたものは、その疑いに満ちたこの世の力から脱して、絶望でなく、永遠の希望を持って生きる道へと導かれる。
神は愛であること、それは希望の原点でもある。神の愛があるからこそ、人間はこの世のすべてが移り変わっていくように見えるただなかから救い出されて、清い喜びと平安へと導かれるのである。神が愛であるということは、信じなければ分からないことであるが、それはまた「約束」でもある。どんな困難も神が愛であるからこそ、救い出して下さるという約束なのであり、神を愛するものにとっては、万事が益となるようにともに働く、ということも「約束」である。
「信仰と、希望と愛は永遠に続く。その中で最も大いなるものは愛である」(Ⅱコリント十三・13)と使徒パウロが述べている通りである。
神の人モーセ
世界史の中で、モーセは最も重要な人物の一人である。彼がいなかったらイスラエル民族はエジプトで滅ぼされていたであろうし、イスラエル民族の中から、キリストやパウロが現れて、キリストの福音を全世界に伝えることもなかったからである。そしてその福音によって世界の無数の人々の人生が根本から変えられ、人々の集りである国家にも絶大な影響を及ぼすことにもならなかったであろう。
そのモーセの記述は何から始まっているであろうか。
…エジプト人はそこで、イスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した。 …エジプト人はますますイスラエルの人々を酷使し、あらゆる重労働によって彼らの生活を脅かした。彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めていた。(出エジプト記一・13~14)
このように、モーセの属するイスラエルの人たちは、エジプトにおいて厳しい労働を課せられ、苦しめられていた。
…エジプト王は二人のヘブライ人の助産婦に命じた。一人はシフラといい、もう一人はプアといった。
「お前たちがヘブライ人の女の出産を助けるときには、子供の性別を確かめ、男の子ならば殺し、女の子ならば生かしておけ。」
助産婦はいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた。(出エジプト記一・15~17)
このような命令は、イスラエル民族の絶滅をはかる目的であったが、このような王に命令されても、二人の助産婦はその命令に従わないほどの強い信仰があった。エジプト王には、名前を記さず、二人の助産婦にはとくに名前が記されているのも、出エジプト記の著者がこのことを特に強調しているのがわかる。
民族の危機的状況にあってその滅亡を救う大きな助けとなったのが、社会的な地位が低い、弱い立場の助産婦であったということを示すことで、神はそのわざをなすときには、しばしばこのような弱いとされている者、誰も予想していないような人を用いられるということを表そうとしているのである。
このことは、さらに意外な人物がイスラエルの人たちの救いに用いられることにつながっていく。
…エジプト王 ファラオは全国民に命じた。「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」
レビの部族に属するある人が同じレビ人の娘と結婚した。彼女は男の子を産んだが三か月の間隠しておいた。
しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。
その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。
開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。
そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」
「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。
王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、
その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。(出エジプト記一・22~二・10より)
このように、モーセが生れた時代は、イスラエル民族が、絶滅の危機に瀕している時であった。 そのような状況になるまで、神の民は追い詰められていた。世界のすべての民族の中で、この宇宙を創造したのは唯一の神であり、それは正義と真実な神であるということを啓示されたのはただひとつイスラエル民族であった。それは特に選ばれた民族であった。選ばれるということは、特別扱いされるということで、この世では特別な栄誉や豊かさを与えられることを連想する。
しかし、聖書においては、選ばれたがゆえに安楽やこの世の名声を与えられたということでなく、そのために特別な苦しみや困難がつきまとったということが多く記されている。
神の力が働くのは、はるか千数百年後に、キリストの使徒パウロが述べたように、「弱いところにこそ、神の力が働く」
ということがこのモーセの現れたことについても言える。
これは、主イエスが生れたときにも、ヘロデ王というひどい悪事で知られていた王の時代であり、イエスの誕生によって自分の王位が危なくなる可能性があると邪推して、イエスを殺そうとし、逃げられたと分かったときには、付近の幼児を皆殺しにしたという悪魔的なことをするに至ったと記されている。
ここにも、このような闇の力を象徴するような時代のただなかにイエスは生れたということであって、その闇を照らすべく遣わされたのであった。
そのことはヨハネ福音書の冒頭に、次のように記されている。
「光であるキリストは闇の中で輝いている。闇は光に打ち勝たなかった。イエスは光であり、すべての人を照らすのである。」(ヨハネ福音書一・5~9より)
モーセもまたイスラエル民族を包む深い闇のなかに光として遣わされたのであった。そのモーセの記述の冒頭には、「レビ部族の出身であり、レビ族の女性と結婚した」と記されている。ここに、モーセがいかなる人物となっていくかが、暗示されている。レビ部族とは、イスラエルの十二部族のうちで、とくに祭司となるように召された部族であった。そして祭司とは、その字の通り、「祭を司る人」、すなわち宗教的儀式をする人であるが、その儀式の目的とは神と人とを結びつける人である。人間はあるべき姿からはるかに遠く離れた罪深い存在であるゆえに、そのままでは神との結びつきができない。それゆえに、その人間と神とを橋渡しするのが祭司の役割である。(*)
(*)ラテン語の祭司という意味の言葉は、pontifex であるが、これは、pons (橋)という語と、facio (作る)という語からできた言葉で、「橋を作る」という意味を持っている。
このように、モーセがレビ部族の出身であることが、モーセの記述の最初にあるのは、モーセが神と人との橋渡しをする存在となることを暗示しているのである。
モーセが誕生した時に、エジプト王は生れたイスラエルの男子をみんなナイル川に投げ込めという命令を出していたが、モーセの母親は三カ月隠しておいた。自分の子どもをナイル川に投げ込むことなど忍びがたいものがあったからであろう。そしていよいよ隠せなくなったときにわが子をナイル川に入れようとするが、その時に母親は最後まであきらめず、生れた赤子を葦で編んだ籠に入れ、防水をして流したのであった。
そしてその娘もまたそれがどこへ流れていくかをずっと見守っていた。
こうした状況で流された赤子は、そのまま流れていけばミルクもないのでまもなく死んでしまっただろう。その時誰一人予想していなかったことが生じた。それはちょうどエジプトの王女が水浴びをしていたときであり、その赤子がちょうどそこに流れてきたからである。少しでもこの時間が遅かったり、早かったらこのように赤子を見付けることはできなかった。籠に寝かせられた赤子はそのまま死んでしまったはずである。
しかし、神がその御計画をなそうとするときには、こうした全く思いがけない機会や人を用いられる。
先に述べたように、権力も武力、あるいは金の力もない、弱い立場の助産婦が王の命令に抵抗して民族の絶滅しないように行動したのもだれも予想できないことであったが、
赤子たちをナイル川に投げ込めと命じた王のその娘によって、赤子のモーセは救い出されたのである。命を奪ってしまおうとする敵の愛する娘がモーセを救い出した。
人間の予想や人の力といったものは実に狭い。そして未来を見抜くことができない。私たちも困難に直面したとき、なんとか道はないものかとあらゆることを考える。しかし、どうしても解決の道がないこともある。また、ようやくひとつの方法を取ってみようと決断することがある。しかし、それはしばしば予想したようにはならない。生じてほしいと思ったことがそうならない。けれどもまた、もう道がないと思われたまさにそのときに、思いがけない人が現れ、また状況が変えられて道が開けることがある。それは真剣に神に求めるものには、神がいわば無から有を造り出されるからである。
このことは、私たちへの励ましとなる。どんなに人間的に考えて道がないようであっても、神を信じて歩むときにだれも予想してなかった道を神が開いて下さると信じることができるからである。
聖書のなかで次にモーセが現れるとき、モーセはすでに成人している。生後三カ月の時から、成人するまでのことは全く記されていない。王が憎み、抹殺しようとして男子をすべてナイル川に投げ込めと命じたその王のもと、王女にいかにして成人するまで育てられたのか、また自分がエジプト人でなく、殺されているはずであったイスラエル民族の子どもであることは周囲には知られなかったのであろうか、いつモーセは、自分がイスラエル人(ヘブライ人(*))と分かったのか、等々不思議なことは多くある。
(*)「ヘブライ人」、またはヘブル人という言葉は、「イスラエル」より古い起源を持つ。創世記に、「逃げ延びた一人の男がヘブライ人アブラム(アブラハムの以前の名前)のもとに来て、そのことを知らせた」(十四章・13)とあるのが、最初の記述である。イスラエルというのは、アブラハムの孫であるヤコブの別名として神から与えられた名前で、固有名詞であったが、民族全体の名となり、さらに国家の名ともなっている。
モーセが成人になったときの最初の場面は、イスラエルの民が苦しめられているところであり、モーセは自分がヘブライ人であることを知っていた。それゆえに、同胞がエジプト人から暴力を受けて苦しめられているのを見て、「辺りを見回し、誰も見ていないのを確かめ」、そのエジプト人を打ち殺した。
その翌日、またヘブライ人が働いているところで、今度はヘブライ人同士がなぐりあい、争っていた。それをなだめて争いを止めさせようとしたとき、ヘブライ人は、モーセに食ってかかり、「誰がお前を我々の監督にしたのか、お前はあのエジプト人を殺したように、私をも殺すつもりか」と言い返した。それによって、モーセは秘かに行なった殺害がはやくも周囲に知らされていることを悟った。
エジプト王はモーセを殺そうとして、追手を差し向けた。モーセはすべてを捨てて、シナイ半島の砂漠地帯を数百キロも越えて遠いミデアンという地方へと命からがら逃げていった。
この長い距離、それはその付近一帯を支配していたエジプトの領域から逃れるためであったが、そこに至ることはきわめて困難であったはずで、その長い逃避行の間も特別に神によって守られ、導かれたのがうかがえる。
このようにして、モーセは、命をかけて重要なことを学んだのである。
それは、自分の力や、決断、勇気、あるいは地位や名誉をすら、人のために捨てるほどの勇気があっても、なお、それは実に弱いものでしかなく、何ら実を結ばないということである。王子という地位にあったモーセはそのすべてを捨てなければならない可能性があったにもかかわらず、同胞のヘブライ人を助けようとした。しかし、結果は彼らを助けるどころか、自分が窮地に陥り、ほとんど命を失うほどの危険ななかをはるか遠くまで逃げていくことでしかなかった。
そして自分がそのような勇気と同胞愛をもって助けたヘブライ人が、今度は自分を危険に陥れようとしていること、ここにいかに人間が変わりやすく、頼りにならないものであるかを思い知らされたのである。
現代においても、私たちが神の国のために働くためにはこのような経験がたしかに必要とされる。いかによいことをしても、あるいは精一杯よきことのために働いてもほめられたり地位があがったりするのでなく、見下され、捨てられるような態度を示されるということである。
主イエスご自身、最善のことをして受けた報いは十字架であった。
モーセも自らの力に頼ることがどんなに空しいか、何にもならないかを思い知らされた。それは私たちは神の力を受けて、神の導きによってでなければよい結果をもたらすことができないということなのである。
新約聖書でイエスのめざましい力を見て、「私もあなたの行く所なら、どこへでも従っていきたい」と願い出た人に対して、「キツネには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし人の子(イエス)には枕するところもない」(マタイ福音書八・20)と言われたことがあった。自分の意志で何かをやろうとか、よいことをしようとしても、それだけでは決してできない。神からの呼び出しと導き、そこから神の力を受けていかなければいけないのである。
モーセは、命は辛うじて守られ、遠い異国にたどりつき、そこで羊飼いの男たちに水場から追われた女たちを助けてやった。その娘たちの父親は、ミデアンの祭司であった。
ここにも不思議な神の導きがあったのである。モーセは祭司職を受け継いでいるレビ部族に属していたが、遠くまで逃げ延びてきたときに出会った人もまた祭司であったのである。これもモーセの行くべき道が、神と人との橋渡しをする祭司となるべく召されたことを暗示するものであった。
そしてモーセはその娘の一人と結婚することになった。
彼はここで安住するつもりであっただろうか。彼の最初の子どもには、「ゲルショム」と名付けたが、その意味は、「(異国にいる)寄留者」という意味を持っている。モーセ自身の気持ちをこれによって表したのである。自分の本当の場所はここではない、いかに妻や子ども、あるいはよき義父も与えられて平和な家庭生活であっても、それが彼の目的ではなかった。あくまで自分のいる所は別にある、という気持ちであった。
それが自分の最初の重要な子の名を「寄留者」を意味するものにしたのであった。
このことから新約聖書においても、キリスト者というものは、「寄留者」だということが記されている。
…この人たちは皆、…自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表した。
このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのである。
もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれない。
ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していた。(ヘブル書十一・13~16より)
使徒パウロもまた、「わたしたちの本国は天にある」(ピリピ書 三・20)と言っているように、本国である天の国から、この地上にいわば派遣されてきたということも言える。
モーセにとっては、祖先が神から示されたカナン(現在パレスチナといわれている地方)の土地こそが自分の本来の土地であることを知っていたからこそ、ミデアンを一時的な所、仮の住まいとして受け止めていたのである。
このモーセの最初の記述は出エジプト記二章であるが、その最後には、つぎのような言葉が記されている。
神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
神はイスラエルの人々を顧み、御心に留められた。(出エジプト記二・24~25)
God heard their groaning, and God remembered his covenant with Abraham,
Isaac, and Jacob.
And God saw the people of Israel, and God knew their condition.
英語訳でわかるように、原文の表現は、神は、聞いた、思い起こした、見た、知った、という四つの動詞が重ねられている。苦しみ、滅びる寸前にある民に対して、神はその苦しみを聞き、かつての契約を思い起こし、人々の現状を見た、そして深く知った、というのである。知るというのは、深く知る意味を持つゆえ、ここでは、「御心に留めた」と訳されている。
人間は、簡単に忘れる。他者の苦しみに対して無関心であり、助けることもできない。またその実態を深く見て、その苦しみの現実を知ろうとはしない。しかし、神は異なる。
長い苦しみ、神がいないかのような苦しみの長い期間が続いても、なお民は神を信じ続け、神に向かって叫ぶことを止めなかったゆえに、時至って神の御手が強く臨むことになった。
私たちもまた苦しみのなかにあって、神が私たちの心の悲しみや重荷からの叫びを聞いて下さり、私たちを思い起こして下さり、そして私たちの現状を深く知って心に留めて下さることを祈り願うものである。
飢え渇く心
聖書には、求めること、神に向かって真剣に求めるときに必ず答えて下さるという内容の箇所は多く見られる。そしてそのことを裏返した表現として、この世のものに満足してしまっている心がいかに祝福されないか、ということも記されている。
しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
あなたがたはもう慰めを受けている。
今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、
あなたがたは飢えるようになる。今笑っている人々は、不幸である、
あなたがたは悲しみ泣くようになる。(ルカ福音書六・24~25)
これは、この言葉と逆の幸いを述べた箇所が有名であるのに対して、この言葉ははるかに知られていないし、また心に深くとどめられてはいないと思われる。
それは、「不幸である」という訳語にも問題がある。この箇所の原語は、「ウーアイ」(ouvai.)という言葉であって、間投詞(感動詞)である。(*)
これは、「ああ! あなた方には悲しむべきことが生じる。」といった意味を持っている。 口語訳や岩波書店からの新約聖書、塚本訳などでは「わざわいだ」、新改訳では「哀れだ」と訳しているが、これは、イエスの深い哀しみが背後に込められている言葉なのである。
(*)英語では Woe to you! ドイツ語では、Weh dir! スペイン語では、 Ay de dosotoros !というような表現になっている。
今、金や物、地位、評判などで満たされていて、目には見えないものを求めようとしない人たちは、何と悲しむべきものが待ち受けていることか! という彼らの前途を見つめての悲しみなのである。
そのような、目に見える物で満たされてしまった人たちは将来には悲しむべき事態がおきるということが、主イエスにははっきりと見て取れたのである。
これは、彼らが裁かれることを単に預言するとか、見捨てるような言葉でなく、主イエスの愛から出た言葉なのである。
目に見えるもので満たされる魂は、その行き着くさきは必ず苦しみであり、平安が与えられない。それを、霊的な鋭いまなざしで見抜くことのできた主イエスは、悲しみや苦しみがまざまざと見えるのであった。
悲しみは、自分の大切なものが失われたことから生じる。霊的に高められていない状態では、そのように悲しみも自分中心のものでしかない。しかし、神の霊に満たされるほどに、他者の現状や今後に受けるであろうことに対して深い悲しみを持つのである。それゆえに、彼らの罪を赦してくださいという祈りが生じる。
愛を持たない者は、それみたことか、天罰だ、といった見捨てる心となる。しかし、万人の救いを願う心、悪人も心を悔い改めて救われてほしいと願う心にはあらゆる人の前途がよくなって欲しいゆえに、前途によいものが見えないときには深い悲しみとなる。
主イエスがその生涯の終りに近づいた頃、十字架にかけられるのを自ら知った上で、エルサレムを目指して歩んでいった。そのとき、深い悲しみをもって言われた。
…エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。
やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の(神殿や城壁など重要な建物の)石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」"(ルカ福音書十九・42~44)
イエスが涙を流して悲しまれた。それは神から遣わされたメシアを受け入れないことによって、都はローマ帝国によって徹底して破壊され、そこから追放され、長い歴史のなかで苦難の道を歩むことになることを見抜いていたからであった。
それゆえ万人の救いを願う愛の人には、哀しみを常に持つ。すでにこのことは、イエスよりも五百年ほども昔に書かれたとされる預言書には、将来現れるメシアは、「悲しみの人」であると言われているのである。(*)
… 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。
まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。 しかし、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。…
しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。
(イザヤ書五三章より)
(*)新共同訳は「多くの痛みを負い」と訳しているが、口語訳、新改訳、などは、「悲しみの人」と訳している。 He was despised and rejected by men, a man of sorrows,…(New International Version 英訳の多くのもの、例えば、NJB,RSVなども a man of sorrows と訳している )
聖書において、いかに求める心が重要であるか、それは一貫して言われている。自分の力や、美しさ、金、地位、能力等々にもしも満足して誇る気持ちがあれば、目には見えないものを求めない。それは必ず滅びへと向かい、本当によいもの、神の国の賜物が与えられないのである。
有名な「求めよ、そうすれば与えられる」「まず、神の国と神の義を求めよ」というのはこうした切実な求めの心を意味している。
そして、主イエスも「義に飢え渇く者は幸いだ、満たされるようになる」と言われた。
新約聖書だけでなく、旧約聖書の詩編はそういった意味で、すべてをあげて神に求める心が最もリアルに記されている書物である。詩編四十二編にはつぎのようにある。
…涸れた谷に鹿が水を求めるように、
神よ、私の魂はあなたを求める。
神に、命の神に私の魂は渇く。(詩編四二編より)
ここには、水がなくても谷のように見えるところを目指して必死に水を求めている鹿にたとえて、神を求める切実な心が表されている。
この求める姿勢があるかどうか、それが根本問題である。求める姿勢は、欠乏をひしひしと感じるのでなかったら生れない。主イエスも「求めよ、そうすれば与えられる」と約束された。
これは、ルカ福音書でいわれているような、目に見えるもの、金や地位などで満足してしまい、それを楽しんでいる姿とは際立った対照をなしている。
すでに、目に見えるもので満足している者は、見えないものを真剣に求めない。霊的なものを求めようと全身で努めるということがなくなっていく。
また、主イエスが十字架にかけられ、最期のときに、「わが神、わが神、どうして私を捨てたのか!」という叫びをあげられたが、それは詩編二十二編の冒頭にある叫びそのものであった。主イエスより数百年も昔の一人の人間の底知れない苦しみの叫びは、人間でもあったイエスがそのまま叫んだことでわかるように、最も苦しい人の叫びを自分のものとしておられたのであった。
ここには、全身全霊をあげて神を求めるすがたがある。これは見えるもので満足している状態とはまさに正反対である。
しかし、こうした救いを求める激しい叫びは、必ず聞き届けられる。詩編二二篇は冒頭の叫びが、主イエスの十字架上での叫びともなったので、とくに知られている。
そのあと、次のような切実な叫びが記されている。
…神様、あなたは私を土くれと死の中に捨てられた。
主よ、あなただけは、私を遠く離れないで下さい。わが力の神よ、今すぐに私を助けて下さい。(詩編二二・16~20より)…
しかし、この苦しみと絶望的な叫びは、次のような救いへとつながり、確信を与えられ、そこから世界へと心は向けられていく。
…私は兄弟たちに御名を語り伝え、
集りの中で、あなたを讃美します。
主をおそれる人たちよ、主を讃美せよ。…
主は苦しむものの苦しみを決して侮らず、さげすまない。
助けを求める叫びを聞いて下さいます。
それゆえ、私は大いなる集りで、あなたに讃美をささげ、…
主を尋ね求める人は主を讃美する。…
地の果てまで、
すべての人が主を認め、みもとに立ち帰り、
国々の民が御前にひれ伏しますように。(詩編二二・23~28より)
このように、始めの部分のこの上もない苦しみと絶望的な状況から、救いの確信と深い平安に導かれ、そこから自分だけでなく周囲の世界の人たちへの伝道の心となっていくのがわかる。
これこそ、「貧しい者、苦しむ者、泣いている者たち」が与えられると約束されている「神の国、天の国」であり、祝福であり、本当の幸いなのである。
そしてこの天の国は、求める心が強く、切実なほど、豊かに与えられる神の賜物であるが、それはどこまでも広がりと深みのあるものなのである。
この第二二篇という詩の直後に置かれているのが詩編二三編である。これは、旧約聖書においては最も有名な詩であるが、実はそれは詩編二二編の何にも増して激しく求める心によって与えられた深い満足が、その次の二三編に表されていると言えよう。
この世のもの、金や名声、評判、財産や地位などによって満足するのでなく、かえってそれらの空しさを深く知らされた魂は、神の国を求める。それは、この世のものが持っていない正しさであり、真実さであり、それらを持った愛、すなわち神の愛である。そして自分が欠けたところの多い者にすぎないことを知り、神によって正しい者とされることを飢え渇くように求めるようになる。この世には不正があふれているが、そのただなかで、正義を飢え渇くように求める心こそ祝福されるといわれている。
ここにも、渇くように真剣に求める心への祝福が強調されている。
この世の幸いは、いかに持っているか、である。能力、結婚、家庭の幸い、賞、業績、健康等々。しかし、神が私たちに与えて下さる幸いは、そうしたものがなくともいいのであって、ただ幼な子のように神を仰ぎ、自分は何にも持っていないゆえに、神に心から求めるという気持ちがあれば足りる。幼な子のようにただその求める心だけで、天の国の祝福を下さるというのが聖書の約束なのである。
詩編二七編も同様に真剣に求めるときに与えられる祝福を表した詩である。
…ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。
命のある限り、主の家に宿り
主を仰ぎ望んで喜びを得
その宮で朝を迎えることを。…
主よ、呼び求めるわたしの声を聞き
憐れんで、わたしに答えてください。
心よ、主はお前に言われる
「わたしの顔を尋ね求めよ」と。
主よ、わたしは御顔を尋ね求めます。
わたしは信じます。
命あるものの地で主の恵みを見ることを。
主を待ち望め
雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め。(詩編二七・4~14より)
目に見えることに心を注ぐのでなく、神に対する切実な願い、神の国を与えられることに全力を注ぐこと、そこにこそ、豊かな祝福が約束されている。
人間は、すでに子どものときから、地位やお金、財産、成績など目に見えるものを求め、大人になってもそれを得ようと全エネルギーを注ごうとする。しかし、人間の短い一生をそのようにして見えるものの追求をし続けても一体なにが残るであろうか。
夜空の星や、日が沈むときの美しい光景、雄大な雪をいただいた山の連なり、一つ一つ異なる精巧な美しさを持っている野草の花たち、それらは皆、私たちにそれらで象徴されるような、清いもの、力強いもの、永遠的なものを求めよ、と語りかけているのである。
歌集より
○谷川の うち出づる波も声立てつ うぐひす誘へ 春の山風 (藤原家隆 「新古今和歌集」)
(谷川の氷の間にほとばしり出る波も、春だと声を立てている。まだ古巣にこもっているウグイスを誘い出して鳴かせてほしい。梅の花の香を運ぶ山風よ。)
・この歌だけでは、氷が溶けつつある谷川とか梅の香りを運ぶというのは分からないが、この歌のもとになっている、二つの古今和歌集の歌(本歌)にそのような言葉がある。
まだ寒さ厳しい中であっても春の風となり、谷川の氷も溶けてそこから水は音を立てて流れていく。その水音も春の響きがする。 汚れなき谷川の水、少し前まで凍結していたほどで、まだ冷たいその流れは清いいのちを見るものに与え、春の山風にウグイスを誘ってきてほしいと春を切望する心がここにあり、まだ聞こえないウグイスのさえずりが山の風にのって聞こえてくるようである。
早春の清い世界が眼前に浮かんでくる歌であり、キリスト者にとってはいのちの水を思い、讃美をさそう聖霊の風を思い起こさせるものがある。
「祈の友」の詩から
○星月夜 悠久の空 前にして 大き御業に言ふこともなき (静岡 磯貝とみ子)
・病気の苦しみゆえに心はともすれば暗く、狭くなる。ひたすら自分の病の苦しみが少なくなるように、また家族のことをいっそう思いやる心となるがそれはまた狭いところに心が縛られていく思いともなる。そのようなとき、星空を見る。暗き自分の心と同様に暗い夜空、しかしそこには星あり、月の光あり、静かに思うとき、宇宙の永遠とそれを創造した神の力の無限へと心は誘われる。
○御摂理と 固く信じて今宵しも 心やすらに苦しみに耐う(長野 春山麗子)
・結核の苦しみ、それは孤独の苦しみであった。家族からも親族からも嫌われ、邪魔者扱いされる。いつ治るのかも分からず、次第に重くなっていく心身をかかえて人知れず孤独に悩まされる。しかし、そうした闇のなかでも、自分の今の状況をも深い神の御計画と信じることができるとき、そこに主は平安を与える。主の平和はそのような弱きところにこそ与えられる。
○春陽に輝く雲を貫きて わが師の祈り 胸にひびき来 (山梨 一瀬喜久江)
・空を仰げば、春の日差しを受けて、雲が美しく輝いている。その雄大な光景の背後から、魂の恩師の祈りが響いてくる。真実な祈りは、空間を越え、時間をも越えて伝わっていく。
太陽も星もまた山々の力強さと清らかさ、海の波の大いなる力、野草の美しさ等々、それらをも通して主イエスの祈りが伝わってくる。
○苦しみは とこしへならず 耐へしのび待たば つひには過ぎゆくものぞ(福岡 井上泰)
・この世のものはすべて過ぎ行く。この世に生きる身体の受ける苦しみもすぎていく。主を仰ぎつつ希望をもって耐えていくとき、必ず新しい天と地が訪れるのだから。
○窓の空 うち連れわたる 雁がねは 行き隠るまで わが見送りぬ(同)
・重い病のゆえに、暗い病室から自由に外に出ることもできない。その閉じられた世界から、窓の外に広がる自由で広大な空を見ていたとき、雁の群れが大空を飛んでいく姿が目に入った。それは不自由な自分とはまったく異なる自由な姿であり、自分が復活の暁にはあのように自由に飛びかけることができるのだ、その未来の姿を見せてくれたのだ、と感じ、主の愛の一端を感じたのである。
(「祈の友」の詩は、「真珠の歌」より。一九五一年 静岡三一書店発行。)
ことば
(226)神の祝福とはいかなるものか
いまだそれを究めた者はない。
ただ、だれもが知っている一事は、
すべてがこれにかかっているということだ。…
主よ、あなたは我ら罪人には、
この秘密を探ることを許さずとも、
我らの子らの苦しみと喜びを
願わくば、つねに祝福して下さい。(「眠られぬ夜のために上」64~65頁 岩波文庫 )
・人間の幸福はよく偶然だと言われる。例えば、重い病気をもって生れた者、戦争に巻き込まれて親を失ったり、からだに重い障害を受けた者、あるいは、事故や犯罪など、それはどんなに受けたくないと思っても降りかかってくる。それを偶然だとよく言われる。
しかし、ここで言われているのは、そうしたどのような苦しみや災難であっても、そこに神の祝福が注がれるならば、どのような苦難や障害もそれが大きなよきことへとつながっていくというのである。
逆にどんなに健康で豊かであっても、もし神の祝福の御手がそこに置かれないときには、その幸福はどこからともなく壊れていく。いろいろな不可解な闇の力が迫ってきて心の平和や喜びが失われていく。
どんな暗雲も、悲しみも、またすべてを破壊するような事態でも、そこに神の祝福の御手が加わるときには、そうしたことが生じなかったときの幸いをはるかに上回るよきことがそこから生れていく。そして周囲をうるおし、その祝福は広がり、さらに時間と場所を越えてその祝福は波動のように伝わっていく。
その最たるものがキリストであった。キリストはまったく罪を犯していないのに、激しい迫害を受けて苦しめられついに十字架につけて殺された。しかし、神の祝福の御手がそこにあったから、その十字架の死は万人の罪をあがなうという最も重大な出来事となり、さらに復活して聖霊というかたちで全世界の人々を永遠に導き、力づけ、祝福していくようになった。
このように、神の祝福さえ注がれるならば、無実の罪で処刑されるというような、恐ろしい出来事すら、何にもましてよい結果を生むようになるのである。
他方、よきことであっても、そこに祝福がなかったら、事故や病気、不和あるいは誘惑に負けるなどでたちまちその幸福の状態は壊れていく。
それゆえに、よいときも、悪い状況のときも、常に私たちは神の祝福を待ち望む。
Niemand konnt' es noch ergrunden,
Was er ist,der Gottessegen;
Eines bloss kann jeder finden:
Alles ist an ihm gelegen.
Gonnst du nmimer, Herr, uns Sundern,
Dies Geheimnis auszurechnen,
Wolle dennoch unsern Kindern
Leid und Freude mimer segnen.
(227)ソクラテスが神々に対して祈るその祈りは、ただ「善きものを与えたまえ」というだけであった。金銀、あるいは王の権力などを祈る人は賭博やほかのどんな結果になるか分からないようなことを祈るのと同じであると考えていた。(「ソクラテスの思い出」(*)クセノフォン著 岩波文庫45頁)
・身体を訓練しない者は、身体を使う仕事ができないように、精神(魂)を訓練しない者は、精神の仕事を行なうことができない。(**)(同右30頁)
・ソクラテスは、いつでも、食欲が彼の調味料となる用意ができていた。…空腹でないのに食べたり、喉の渇いていないのに飲むことは、内臓や頭や魂を破壊するものだと言った。(同46頁)
(*)ソクラテスは、BC三九九年、国家の神々を信じないで、新しい神を取り入れ、青年に悪影響を与えたとのことで処刑された。彼は、時の権力者や宗教家たちの権威に従わず、神の声を何より重んじて正しい道をあゆんだ。「ソクラテスの思い出」は、ソクラテスの弟子のクセノフォンの著書。
(**)精神と訳された原語は、プシュケー(psyche)であり、ふつうは「魂」と訳されることが多い。
・ソクラテスの祈りは、単純であった。「善きものを与えたまえ」、この祈りは、主イエスの「御国を来らせたまえ!」という祈りに通じるものがある。御国とは、神の御支配であり、その御手の内にあるものであるから、一切の善きものを含んでいるからである。
仕事にもいろいろある。魂(精神)の仕事とは、からだの仕事とは全く別であるゆえに、病気の人、寝たきりの人もよくなすことができる。魂の訓練をしていない人は、どんなに健康でもまた知識や技術があっても、魂にかかわる仕事はできない。
これは、キリスト教の言葉で言えば、聖霊を与えられ、聖霊によって歩むのでなかったら、霊的な働きはできないということになる。
休憩室
○梅、蜜蜂
二月も下旬になってようやくわが家の梅の花が咲き始めました。水仙は以前から寒さに負けずに次々に咲いていますが、梅は早い年なら十二月の終り頃から咲き始めるのに今年は二月に入っても花が見えないという異例の状態でした。ようやく咲き始めた梅の花には、待ちかねていたように毎日メジロがやってきて蜜をすっています。
わが家の近くにある栗の木の根元のところに、日本ミツバチが数年前から住み着いて巣を作り、そこから二月というのによく出入りして足に花粉をつけたミツバチが活動しています。まだ他の昆虫たちは全くといってよいほどみられないのに、特別に寒さに強いようです。この寒気のなかで飛び立ち、冷気をついて飛び続けるなら、体が冷えきって飛べなくなるのではないかと思われますが、不思議な力を与えられているようで次々と飛び立ち、また帰って来ています。
ミツバチが目的の花のあるところに飛んでいくのは神秘的な行動です。仲間の行動で教えられて花のあるところまでの距離、方向、蜜の量などを知るというのですから驚かされます。蜜を吸いすぎても重くて帰れなくなるし、どこが自分の巣か分からなくなるかも知れない、風や雨が強かったら途中で疲れて落ちてしまうかも知れないのです。家にいくつもの巣箱があったため、子どものときから私は蜜蜂をよく観察していましたが、巣箱のそばでじっと見ていても飽きることがなかったものです。
この小さな昆虫を創造し、背後で大きな御手で支え、特異な能力を与えて生かしている神のわざを感じさせてくれます。
編集だより
○今月は集会員のK姉のお母様が召され、キリスト教式で前夜式、葬儀が行なわれることになってその準備のために「いのちの水」誌の発行が遅くなりました。K姉のご父君も四年前に召され、そのときも、いろいろな困難はありましたが、キリスト教式で葬儀などを行なうことができました。
このように、もともと未信者であったご両親の葬儀を二人とも、キリスト教式ですることができるのは、一般的にはなかなか困難であり、神の導きを感謝したことです。 集会に属する人たちと一部その家族たちも参加し、前夜式、葬儀にはそれぞれ三五名、四〇名ほどが参加し、眉山のキリスト教霊園での納骨式にも十数名の方々が参加されました。 キリスト教には初めての親族、職場関係の参会者、近所の人たちなども二回にわたって聖書の話に接することになったので、そうしたみ言葉が主によって用いられますようにと祈ったことです。
○キリスト新聞二月二五日号に、私たちの集会員の貝出 久美子姉、伊丹 悦子姉の詩集の短い紹介がコラムで掲載されています。キリストの福音はいろいろな形で伝わります。この二つの詩集も主が用いて下さるようにと願います。
なお、聖書の中の最も重要な書物のひとつであるイザヤ書など多くの預言書や詩編、ヨブ記などは詩のかたちをとった神の言葉であり、聖書においては詩は特に重要なものと位置づけられています。
貝出さんの詩集のうち、在庫があるのは、第四集「ともしび天使」と第七集「天使からの風」(共に一冊百五十円)で、伊丹さんの詩集は、〇四年の「いつかの風」と〇五年の「朝の祈り」(共に一冊千三百円)がありますので、希望の方は申し込んで下さい。
○今月号の「神の意見と人間の意見」という文で書きましたが、この「いのちの水」誌も、第一の願いは神の意見(ご意志、言葉)を少しでも正しく伝えたいということです。私たち人間の意見や感想、あるいは学説などというのは実に変わりやすく、それをいくら戦わしてもまた変わっていくものです。しかし、宇宙を想像され、すべてを御存じの神のご意志を直接聖書に基づいて学びとることは永遠に変わらぬ真理に基づく意見を知ることになります。
○二月十三日(月)の夜、沖縄の友寄 隆静兄との交流会がありました。友寄兄は仕事の関係で徳島に来られたので、予定が終わって、夜の八時過ぎから徳島聖書キリスト集会の集会場に来ていただき、十一時ころまで、聖句についての短い話しと感話、意見、そして讃美などの交流会を持つことができました。十人ほどの集会でしたが、こうして集会場にて数時間の交わりを与えられることで、いっそう沖縄も近くなった感じがします。なお、弟さんの友寄
隆房兄は、一九九一年の徳島での、無教会・キリスト教全国集会のときに参加されたことがあります。
お知らせ
○第33回 キリスト教・無教会四国集会が、次のように今年は愛媛県松山市で開催されます。
・主題「イエス・キリストの真実」
・期日 二〇〇六年五月一三日(土)13時~一四日(日)12時20分
・場所 スカイホテル (松山市三番町八ー九ー一)
・主催 松山聖書集会(連絡先 松山市土居田町747-4 冨永 尚 TEL 089-971-9276)
今回の四国集会について、松山聖書集会からの実施要領案が送付されてきました。それによりますと、
「昨年秋に、今回のテーマ『イエス・キリストの福音』の趣旨についてお便りを差し上げましたが、アンケートはがきのご意見などに基づき、今回はできるだけたくさんの方々に、イエス・キリストにあって自由に福音を語っていただきたく…」とあり、多くの参加者が15分程度の感話という形で、キリストの真実を語ってもらう、という内容になっています。まだ、案ということですが、予定に早く入れておいて頂くためにここに紹介しました。
○キリスト新聞二月二五日号に、私たちの集会員の貝出 久美子姉、伊丹 悦子姉の詩集の短い紹介がコラムで掲載されています。この詩集を希望される方は、吉村まで。
○今年のイースター(復活祭)は、例年より遅く、四月十六日
(日)です。私たちの集会では毎年特別集会を持っています。日頃参加していない方々も、キリストの復活という最大の出来事をともに記念し、復活のいのちをいただきたいと願います。