福音があなた方に伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、 力と、聖霊と強い確信によった。 (Tテサロニケ 一の5) |
結果を出せなくとも
前の鳩山内閣は、とくに沖縄の米軍基地問題に関して、沖縄の負担を軽減しようという考えそのものはよかったが、まったく結果を出せなかった。ほかの政策のことで、例えば、官僚から政治家へと権限を移すとか、無駄な事業の仕分けをして天下り官僚の私腹をこやすことになっていた独立行政法人など整理して、費用を削減すること、あるいは本来高速道路は無料であるべきだとか、教育への国家の投資が日本は少なすぎる、ということを、欧米の一般的な考え方などをもとに改革するということなども企画し、一部は実現できたが、まったく結果が出なかったり、混乱ばかりが表面に出てきたというのもあった。
結果が重んじられるということは、政治だけでなく、会社の経営、学業、研究、スポーツ等々、至る所に見られる。
しかし、結果によって判断されるということは、まちがった方向へと人を引っ張っていくことが多い。
それは、不正な手段であっても、結果が出せると認められるということがあるからだ。選挙においても得票がほかの人より多いという単純な結果第一主義であるから、当然そこには金やさまざまの権力、人間関係などでその得票を得ようとする。
それが正しいかどうかでなく、とにかく得票をあげるという結果至上主義となる。
しかし、そのような結果第一主義は、しばしば人間の心を荒廃させる。多くの人にとってまずその結果主義に直面させられるのは、学校である。小学校から、成績という結果がよいなら評価される。そのために親がどれだけ金を使おうとも、問われることはない。
そして、成績がよい者の心にどんな傲慢な心、できない生徒を見下す心が生じようとも、成績という結果によって大学も合格していく。
就職しても、その会社など勤務先での結果が問われる。そして、業績をあげない限り、認められない。
スポーツなどは結果主義の典型的なものである。いかに多額の金が動こうとも、また巨額の金で外国での長期練習をしようとも、金メダルとか優勝とかの結果がでればそれらは問題にされない。
このように社会全体が、あらゆる方面において、目に見える結果を求めていく。
そして、老年となり、病気がちとなっていくと、過去のそうした結果は、次々と壊れていく。新しい結果を出す人がいくらでも生まれていくからである。そしてその人間が生きた結果、生きた証しというものも、死とともに失われていく。大多数の人たちは、日本においては、死んだら生前のさまざまのこともみな消えてしまうという漠然とした思いを持っている。
こうしたあらゆるところで結果が問題とされ、評価されるこの世にあって、全くことなるものを一番重要なものとしたのが、キリストであった。
キリストは、三十歳のころから、すべてをそそいで神の国の福音を伝える働きをされた。それとともに、病をいやし、目に見えない霊的な悪の力を追いだし、この世で絶望的となっている見捨てられたハンセン病や生まれつき目の見えない人や耳が聞こえない人たちをもいやされた。ろうあ者は、耳が聞こえないために、言葉の意味もわからず、言葉そのものも出すことができないために、動物的な扱いをされていたのであったが、そのような見捨てられていたろうあ者たちをも、神の力をそそいでいやされた。
そして当時のまちがった宗教的指導者たちをもはっきりと勇気をもってそのまちがいを指摘された。
しかし、それらは受けいれられず、三年間ずっと従っていた弟子たちすら、イエスがとらえられたときにはみな逃げていった。そして、民衆たちも、恩赦があって一人は刑が延期される、というとき、イエスでなく、悪事を重ねた者を選び、イエスを処刑せよと迫ったのである。
このように、イエスが全霊をあげて取り組んだ神の国の福音を伝える仕事は、無惨にも粉砕された、と思われたであろう。イエスの三年間の伝道によってもほとんどの人たちは、イエスの福音を信じようとはせず、かえってイエスを迫害して殺すことまでしてしまった。
このような無惨な結果となったのであるから、これは、神の国を伝えるという事業において、完全な失敗とみなされるようなことであった。
しかし、そうした外見的な失敗や敗北を越えて、神が結果を出されるのである。
この世が、結果至上主義であるのに対して、聖書の世界は、神中心である。神が言われるなら、どんなに結果が出そうになくとも、ても出なくとも着手する、ということなのである。
すなわち、まず神の国と神の義を求める、という姿勢が出発点となっている。
「あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである。」(伝道の書十一の一)
結果はいつ出るか、それは分からない。結果は神にゆだねて、パンを水の上に投げるかのような無意味に見えることであっても着手する、というのである。
旧約聖書に、アブラハムが神の言葉に従って、生まれ故郷を捨て、親族や親しい人たちからも分かれて、はるか遠い道の場所へと旅立っていくという記事がある。それは、信仰に生きるとはどういうことかの基本的な姿がそこに表されている。それは、途中の旅の危険、病気になったら、気象異変で砂漠のなかで倒れたらどうなるのか、目的地にはすでに多くの人が住んでいる、そんなところに住むことができるのか、今まで住んできた郷里を捨てて、大丈夫なのだろうか等々あらゆる不安や、恐れをもすべて神にゆだねて出発した。これは、結果を全面的に神にゆだねる姿勢である。
新約聖書の時代となって、たとえ信仰のゆえに命を奪われるほどの危険に陥ってもなお、結果がなくなったのではない、天の国にて完全なよい結果が与えられるのだ、という信仰が生じた。
私たちの人生において、いかに地上の生活に世の人が認めるような結果が出なくとも、この世を去っていくときに、ただキリストを信じているだけで、キリストと同じ栄光のすがたに変えられるという驚くべき結果を神から与えられるという約束がある。
本当の「結果」、それは人間が努力やその才能で造り出すのでなく、神から与えられるものなのであり、だれにでも滅びることのない永遠的なよき結果が与えられるというのが、聖書に記された約束なのである。
恐れるな
イスラエルの人々は、エジプトの奴隷状態から解放され、シナイ半島の広大な砂漠地帯を歩き、シナイ山にて神の言葉(十戒)を受けた。
そしてさらに、導かれてシナイ半島北部のオアシスに着いた。
そこから目的地の「乳と蜜の流れる地」の状況を偵察するために、十二人の人たちが選ばれ、調べに行った。帰着したその人達は、そこで立派なぶどうの果実などをもって帰り、実際にその地がよい土地であることを証言した。それは神が与えてくださる土地であるゆえ、当然のことなのであった。
しかし、人々は、そのような神の導きや、与えられているよき土地のことを信じようとはしなかった。
…あなたたちは上って行こうとはせず、あなたたちの神、主の命令に逆らって天幕にとどまって不平を言い合った。
「主は我々を憎んで、エジプトの国から導き出し、アモリ人の手に渡し、我々を滅ぼそうとしておられるのだ。
どうして、そんな所に行かねばならないのだ。我々の仲間も、そこの住民は我々よりも強くて背が高く、町々は大きく、城壁は天に届くほどで、しかもアナク人の子孫さえも見たと言って、我々の心を挫いたではないか。」 (申命記一の二七〜二八)
このように、神の約束の地は、良き土地であり、そこでのすばらしい産物すら目の前で見ることができたにもかかわらず、それを信じないばかりか、いままで導いてこられた神に対して、その神を敬うどころか、神は我々を憎んでいるので、滅ぼそうとしているのだ、と考えたという。
これは古いどこか遠い国のことではない。愛の神、よきところへと導いてくださる神がおられること、そしてただ信じるだけで神の国のよきものを生きているときからすでに下さる、ということを証言しても、多くの人々は信じようとしない。
このように、この世に与えられた神の愛や真実を信じようとしないで、逆に悪意を信じようとする、ここに人間の心がまっすぐでなく、ゆがんでしまっているということが示されている。それが罪ということである。主イエスが、幼な子のような心にならなければ、神の国を見ることができない、はいることができない、といわれたのもこのような人間の現実に対して言われたのであった。
幼な子のような心とは、真実をそのまままっすぐに見つめて、受けいれる心である。
人々は、約束の地にはよきものがたくさんある、と言われても信じない、逆に何か悪いものがある、それは、ただ信じるだけで、死後は神の国にいくことができる、そこでは神のような栄光を与えられるという約束があるといっても、信じないで、死んだら何もなくなるとか、幽霊のようなものになってさまよう、あるいは地上の人の供え物など供養がなかったら暗いところに行くなどということを信じてしまう。
さらに、人間が良きことを信じることができないことは、次のような言葉にも現れている。
…そこの住民は我々よりも強くて背が高く、町々は大きく、城壁は天に届くほどで、…
良きものを信じないで、こうしたよくないことは簡単に信じてしまう。その約束の地にはいるには、強い武力を持った人たちがいる上に、高い城壁があってはいることはできない、ここにも、現代の私たちが考えることに通じるものがある。
神のところに行くには、特別に清い人、愛の人でないといけない、自分のようなものは到底そんなところには行けない。それは、天に届くほどの高い城壁があるのと同じで、自分のような世俗的な人間がそんな神のところに行くなどとは考えられない、というような気持ちである。
たしかに、私たちが自分の修養の力とか、勉強、経験、能力などによって清い人間、隣人愛に豊かな人間になってから、神のところに行く、そして天の国のよきものをいただく、ということなら、それはたしかに果てし無く高い城壁があるのと同じである。
自分の現実の心を見てもまた、周囲を見てもどこにそんな清められた愛の豊かな人がいるであろうか。一時的にそうした清い心や愛を発揮することはあるかもしれない。しかし、ちょっとした相手の不真実やかたくなな心に接したときには、たちまちそうした愛も消えていくし、相手に怒ったり、憎んでしまったりしかねない。それは清い心とはかけ離れた状態である。
けれども、その高い城壁や妨げる強い武力のようなものに、誰でもが打ち勝って乗り越える道が万人に開かれた。それがキリストを信じること、とくに、キリストがその身に私たちのさまざまの悪しき本性をになって、死んでくださったということ、死に勝利して復活し、いまも活きてはたらいておられること、聖なる霊となってこの世に神の御計画のままに今もはたらいておられること…。それを信じるだけで、私たちはどんなに高い城壁があっても、それを越える翼を与えられて、御国へと導かれる。たとえ、病気や罪ゆえに自分も耐えがたいような問題に直面したり、自分だけでなく、だれかに大きな苦しみや悲しみをもたらしてとりかえしのつかないような事態となっても―そうしたことは、約束の町に入ろうとしても協力な武力をもった人たちが妨げるのに似ている―それをも越えさせていただけるということなのである。
それは、どうしてか、「主が戦って下さる」からである。
…うろたえてはならない。恐れてはならない。あなたたちに先立って進まれる神、主ご自身があなたのために戦われる。
また、あなたたちがこのところに来るまでたどった旅の間中も、あなたの神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださったのを見た…(申命記一の二九〜三一より)
恐れるな!という言葉は、(「恐れてはならない」をも含め)旧約聖書では、七十回あまりも現れる。
それほど、現実の生活では神の示すところに従おうとするときには、恐れがつきまとう。周囲がまちがったことを言っていたら、それはまちがいだ、というひと言を出すことも大きな恐れがある。
戦前なら、天皇はただの人間だ、という当たり前のことを言うだけで、職業もやめさせられ、不敬罪ということで牢獄に入れられて大きな苦しみに投げ込まれる。それより少し前の江戸時代なら、ただキリストを信じているというだけで、逮捕され、その信仰を捨てなかったら処刑される、といった状況であった。
そうした状況は、家族ももろともにその苦難を受けねばならず、言語を絶するような苦しみがその後の人生に生じることになる。そうしたことを誰が恐れないでいられようか。
今日では、キリストを信じているだけで、迫害されるということはない。しかし、まず神の国と神の義を職場や家庭、あるいはいろいろな人間との交際のなかで求めたり、行動したりすれば、たちまち何らかの圧迫を受けるであろう。
恐れるな!という神の呼びかけ、命令は、神を知らない人には言われていない。どんなときにも守ってくださる神などいないと思っているときには、恐れるな、といわれても意味がないからである。守ってくれるものがなかったら恐れるのは当然だからである。
キリスト者もまた、恐れる、しかし、恐れるな、と呼びかけてくださる神を仰ぐことによってしばしば恐れを越えて、行動することが可能になる。そしてたしかに何らかの苦痛は生じるが、それを通して大きな祝福と活ける神の助けを実際に体験することができる。
揺り動かされることのないために
「語っている方を拒むな」
(ヘブる書十二の二五)
この言葉は、著者がつねに生きてはたらいておられる主イエスからの語りかけを聞いていたことを示している。神はいつも風の吹くように、霊的に語りかけをおくっておられる。
詩篇十九にあるように、この世界、宇宙には何もないようであるが、神の言葉はつねに語られている。自然の星や雲、大空などそして身近な植物などの被造物はそれぞれに語りかけを私たちに続けている。私たちの霊的な耳が清められていくほど、周囲の世界からの語りかけをよりはっきりと聞くことができる。
しかし、大多数の人間はいつもそれを聞くことができなかった。時折はっきりと聞き取った人があった。それが聖書に記されているアブラハムであり、モーセのような人々、そして多くの詩篇作者たち、また預言者たちであった。
彼らは神の語りかけを聞き、その人たちがさらに一般の人たちに神の語りかけを与え続けているのである。
はじめにあげた聖書の言葉、それは、「不信仰にならないように」という表現でなく、 「語っている方を拒まないように」との戒めである。信じていると言っても、生きた語りかけを聞いていることと、それを全く聴こうとしないことがある。名前だけのキリスト者であるほど、口では信じている、といいつつも、語りかけを聞いていないということになる。
語ることも書くことも、、祈ることも主から何をいうべきか、の語りかけを聞いて言うのが望ましい。単なる思いつきでは、人間的なことになり、他者にもよいものを与えることができず、かえって霊的にマイナスのものを与えかねない。
弟子たちも、主イエスに祈ることを教えてほしいと願ったのは、人間の思いを祈るのはだれでもできるが、本当に神が喜ばれるような祈り、神からのよき語りかけにふさわしい祈りは何なのか、と問うたのである。
神からの語りかけを聞いているときには、人間的なことを祈ったりしない。
私たちが主の語りかけを聴こうとするとき、主を見つめる。そのまなざしが持続的であるほど、主からの語りかけをもよく聞き取ることができる。
しかし、人間を見つめていても、その人間が双方ともに揺り動かされる。罪を犯すということは揺り動かされること、そしてそのことを他の人が知ったとき、その人も動揺する。
あるときに一致していても、時とともに人間の考えは変るし、その人の長所とともに罪も欠点もわかってくる。そのときに、その人間関係は揺り動かされる。
創世記の最初に記されているアダムとエバ、それはいかに人間が揺り動かされることが容易であるかを示すものである。神に創造され、神に導かれていても、なお、油断すると簡単に誘惑に負けてしまうという人間の姿がそこにある。そして、ときには、人の命を奪うという大変なことをしてしまうほどに人間はあるべきところからそれてしまう。
主イエスが言われたように、岩の上に建てられるのでなかったら、みな人間は生涯を通じてさまざまに揺り動かされる状態となる。
旧約聖書の詩篇は、周囲の苦しめる者、敵対する者、あるいは病気や自分の犯した罪などで魂の根底から揺り動かされそうになる状況にあって、全身の力をこめて、神にすがって振り落とされないようにしている姿が豊かに見られる。
かつてモーセがシナイの山で十戒を受けたとき、山全体が振動した。それは神の力の大きさを象徴的に示すものであった。山すら動かす力を持ったお方が、そのご意志を十のみ言葉(十戒)として表しておられる。
神の言葉には、そうした力がある。それを守らないときにはそのような力でもって裁かれるであろうし、それを守ろうとするものには、その大いなる力をもって祝福され、想像もできない大いなる恵みを受けるということを暗示している。
永続的な力を与えるのは、経験でもなく、知識でもまた人間でもない。それらは一時的に与えることがあっても、必ず弱まり消えていく。力を与えるのは、永遠に変ることのない神の言葉である。
それは聖書であり、また生きたキリストから直接に個人的に語りかけられるものである。
「お話しください、聞いていますから」
タイトルにあげた、この幼いサムエル(*)の言葉は、現代のキリスト者においても基本的な姿勢となるべきことである。
(*)サムエルとは、旧約聖書に現れる今から三千年あまり前の祭司、預言者。母親の切実な祈りによって神から与えられ、幼少のときから、神に捧げられ神殿にて生活するようになった。
神を知らないときには、まず神からの語りかけを聴こうとすることなく、まず自分の感情や思い、知識、意見を出そうとする。
神が本当におられるということを知ったとき、そしてその神が生きて働いておられる神であるゆえ、その神は当然私たちに語りかけておられる。しかも万物を創造しいまもそれらを支えておられる。そして神は愛であるなら、当然そうした被造物も愛によって創造され、愛をそこにくみ取ることができるはずである。
サムエルが現れた時代は、神の言葉は稀であった。そのようなとき神はだれも予想もできないようなときに、突然そのご意志によって語りかける人を起こされる。
子供であり、かつ眠っているときに語りかけられた。これはいかに通常の予想を越えるかたちで神の語りかけがなされるかを示すものである。
現代もまさに神の言葉は稀であり、それを聞き取る人はごく少ない。とくに日本ではそうである。
しかし、そのような状況であっても神はその言葉を聞く人を起こされてきた。
それはこのように、子供である場合もあれば、モーセのような遠い異国にて結婚し、イスラエルの人たちとはまったく関わりをもたなくなったような人の場合もある。モーセの場合、結婚したということは、その土地に住み着くということであり、イスラエルの人々がエジプトで苦しんでいることは遠い世界のことになっていた。
そして、羊飼いとして静かな生活をしていた。そのようなとき、だれが大国エジプトにいる数知れない人々を救い出すような働きに呼び出されると予想しただろうか。
アブラハムの場合は、どのような状況のときに神が語りかけられたかは記されていない。しかし彼の人生のなかで突然そうした語りかけがなされ、それを聞き取って未知の世界へと旅立った。
これはキリストの弟子たちも同様であった。ペテロやヤコブ、ヨハネたちは漁師の仕事をしていた。そのときにイエスが通り掛かって、私に従え、と語りかけた。するとすぐ彼らは漁師の仕事を捨てて、イエスに従った。
(マタイ四の十八〜)
これらは神の言葉が突然、思いがけないときに語りかけられること、そしてその言葉を聞き取った人は、まったく異なる歩みを始めるということを示す。サムエルはみ言葉を豊かに受けた。それゆえに、そのみ言葉の力がイスラエルにもおよんでいった。これは神の言葉の驚くべき力を示すものである。この箇所においても、主がともにいる、ということと、神の言葉を受けるということが結びついていることが示されている。
新約聖書においても、「お話しください、しもべは聞いていますから」という姿勢はよく知られた箇所で現れる。マルタとマリヤのことである。
(ルカ十の三八〜)
人間世界の問題は、たいていこの神からの語りかけを聴こうとしないということから生じている。人の心のなかは、人間的な考えが中心となっており、自分中心の意志が働いている。そしてときには怒り、ねたみ、欲望等々の感情に動かされている。神を知らないときにはそのような状態で日々生きているし、それが当たり前のことであって何ら疑問に思わない状態であった。
神を知らされて初めて、それらとは異なる神の意志があり、そこから出される言葉があるのを知らされる。争いも怒りもそしてそこから不安や動揺など、それが続いていくのはみな、神の言葉を聴こうとしていないところから生じる。静まってみ言葉に聞くとき、初めてそれらのなかに静まるところ、港があり、そこに導かれる。
神はご自身をどのような方法であらわされるか、奇跡や自然の力、美、等々である。
そしてそれらの根源には、み言葉がある。主は、み言葉によってご自身をあらわされる。
それゆえに、聖書の最初にも 暗黒と混沌という絶望的状況を変革するのは、光あれ!という神の言葉であることが宣言されているのである。
兄弟愛を留まらせるということ
聖書に言われている愛は、兄弟愛である。同じ父なる神から新たに生まれた者ゆえに、兄弟同士である。その兄弟同士が神からいただいた愛をもって愛し合う、ということだから、兄弟愛と言われる。
この兄弟愛ということは、聖書から始まって、さまざまのところに波及した。
現在の日本の労働組合運動は、キリスト教と何の関係もないと思っている人がほとんどであろう。しかし、このことも実は、キリスト教の兄弟愛ということとつながっている。
現在の日本の労働組合運動の出発点は、今から百年近く前の「友愛会」にある。
それは、鈴木文治が、一九一二年に十五名ほどと共に、労働者の「友愛会」(*)という団体を作った。
鈴木は、十歳のときから父親とともにキリスト者となっていたから、この言葉は、聖書の「兄弟愛」から採用したのである。
(*)「友愛」という言葉の英語表現は、フラターニティ fraternity である。この語は、ラテン語の フラーテル frater (兄弟)という語から生まれた英語である。それゆえ、フラターニティとは、その元の意味は、「兄弟であること、兄弟愛」 ということである。また、聖書において、「兄弟愛」という原語(ギリシャ語)は、philadelphia(フィラデルフィア)である。これは、現在アメリカの大都市の地名となっているので広く知られている。このギリシャ語は、フィレオー(愛する)と、アデルフォス(兄弟)から成っている。なお、「兄弟愛」に対するラテン語訳聖書での表現は、「兄弟」という語から生まれた、フラーテルニタース
fraternitas という語であり、これから英語のfraternityとなった。
この小さな「友愛会」は、次第に発達、拡大して、大日本労働総同盟友愛会と改称され、さらに設立から十年も経たないうちに、何万人もの会員に増えて日本労働総同盟(総同盟)となった。そして、その後もいろいろな変化を遂げて、敗戦となり、戦後いろいろな労働組合が作られたが、それらのなかで、いくつかの労働組合が合同されて現在の「日本労働
組合総連合会」(連合)となって、組合員六七〇万人という日本最大の巨大な労働運動の組織となっている。こうしたことから、鈴木は、日本の労働運動の父と言われている。
このように、日本の現在の労働組合の出発点にも、キリスト教の兄弟愛ということがある。キリスト教が持っている真理の力の影響力の広さを示す一例である。
このように、重要なものとされている兄弟愛であるが、これは、旧約聖書時代には、ほとんど記されていない。創世記において、最初の兄弟であるカインとアベルのことについて、兄弟愛とはまったく逆のこと、妬んで兄弟の命を奪うという悲劇が記されている。
また、サムエル記には、アブサロムとその兄弟たちが、熾烈な争いをすることが記されていて、ここでも、兄弟愛というものは全く見られない。
また、詩篇には、友情としての愛、兄弟愛といったものは全く歌われていない。
そのような中にあって、ダビデとヨナタンの兄弟愛は、唯一ともいえる例である。
…ヨナタンの魂はダビデに結びつき、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した。…ヨナタンは自分が着ていた上着や剣、弓、帯なども与えた。(サムエル記上十八の五)
…サウルは息子のヨナタンや部下に、ダビデを殺すように命じた。しかし、ヨナタンはダビデに深い愛情を抱いていた。(同十九の一)
兄弟愛という言葉、その内容は、キリストから始まったということができる。旧約聖書においては、神を「父」と親しく呼びかける、ということはなかった。詩篇のように、心からその真実をそそいで神に祈り、呼びかける文書であっても、どこにも神を「父」と呼びかける箇所はない。(*)
父、お父様、というような家族でごく普通に使う言葉を、万物を創造した無限に大きく偉大な存在である神に対して使うというようなことは、考えられなかったのである。
(*)旧約聖書では、イスラエル民族の創造者という意味で、民族の父という表現は、数カ所見られる。例えば次のような箇所である。
…アブラハムが私たちを見知らず、イスラエルが私たちを認めなくとも、
あなたは私たちの父です。(イザヤ六三の十六)しかし、それは、一人一人の人間の魂に最も近い存在ということで親しく呼びかけることができるような存在ではまったくなかった。
また、イエスの時代に、敬意を表する人たちを、父とか、先生(ラビ)、教師と呼んでいたのがうかがえる。「…また地上の者を父と呼んではならない。あなた方の父は天の父お一人だけだ。…」(マタイ二三の八〜十より)そうした特別な呼称によって唯一の師であり、教師であるキリストのことが忘れられ、人間に過度の敬意を払ってしまうことが、警告されている。
モーセの時代には、一般の人々が神のおられるところ(シナイ山)に近づくだけで、命を断たれると記されているし、罪深い人間であるから、神を見た者はやはり命を断たれる、と記されている。(イザヤ書六の五)
そのようなおそるべき存在から、家族の呼称で呼ぶような、家族以上に身近で親しい存在として神のことを、「父」と呼びかけられるようになったのは、新約聖書からであり、キリストによる。
新約聖書では、人間は、みんな神を信じたときから、神を共通の父とする兄弟だということになる。
その兄弟愛は、隣人愛とともにキリストから明確な始まりを見ることができる。それはさらに、敵対する者への愛というところまで高められていった。
ここでヘブル書の著者は、兄弟愛を留まらせよ、という表現を使っている。(*)
留まる、という動詞(メノー)は、 聖書ではヨハネ福音書のぶどうの木であるイエスにつながっている(留まる)という重要なところに用いられているが、エマオ途上での出来事にも用いられている。
復活したイエスが弟子たちと共に聖書のことを語りつつ歩んで行ったとき、そのままとおり過ぎようとされた。弟子たちは、それがだれかは分からなかったが、不思議な魂の感動を与えられたために、強いて「私たちといっしょに泊まってください」と願うところがある。(ルカ二四の二八〜二九)
その「泊まる」と訳されている言葉が、メノーである。
なお、文語訳では、「兄弟の愛を常に保つべし」と訳されている。
(*)新共同訳では、「兄弟としていつも愛し合いなさい。」と訳されているが、原文は、「兄弟愛を、留まらせよ」
(ヘー フィラデルフィア メネトー he philadelphia
menetw であって、「愛し合いなさい」という表現でなく、留まる、というギリシャ語の命令形が使われている。
留まる、ということは、続ける、ということから、「兄弟愛を続けなさい。」(口語訳)「兄弟愛をいつも持っていなさい。」(新改訳)と訳されている。英訳など外国語訳も、 Let brotherly love continue.(KJV)
また、原語が、「留まる」であるからその意味に即して、Let brotherly love abide.あるいは、 Let brotherly love remain; と訳している聖書もある。
このように、このヘブライ人への手紙の著者は、兄弟愛というキリストの賜物が、注意していなかったら、なくなってしまう、ということを周囲の実際の状況からよく分かっていたと考えられる。
意識していないと、兄弟愛をせっかく神からいただいたにもかかわらず、留まっていなくて去ってしまうことが実に多い。これは隣人愛も同様である。
兄弟愛を留まらせるということ、それは、主イエスが、私に留まっていなさい、と言われたことを思い起こさせる。それは常に意識していないと、すぐにどこかに行ってしまうのである。
ヨハネ福音書の十五章で、主イエスは、私の内に留まれ、と繰り返し言われた。(*)私たちのほうからも、いつも留まっていようとするとき、主は留まって下さる。
(*)ヨハネ福音書十五章では、「私につながっていなさい」、「ある」、「とどまる」と三種の訳語が使われている。(新共同訳)
このように、日本語の訳語では気付きにくいが、原語を見ると、このヘブル書で言われている「兄弟愛を留まらせよ」ということは、ヨハネ福音書で繰り返し強調されている、「私に留まれ、ぶどうの木である私につながっていなさい」さらに、「私の愛に留まっていなさい」ということと同じことが言われているのがわかる。
このように、つよく勧められているのは、それほど私たちは、最初に主の愛を受けて、主イエスを信じる者となっても、その愛に留まることができず、また主の愛を受けて初めて持つことができる兄弟愛に留まることができないという人間の現実を示している。
このことは、言いかえると、「いつも目を覚ましていなさい」と言われていることと同じ内容を持っている。
目を覚ましているということ、それは霊的に神に結びついているということである。目を覚ましている、それは、これも私たちの意志をはたらかせ、主イエスの内に留まっているということであり、主イエスを仰ぎ見ているということである。それはまた、神の本質である愛を見つめ、愛に留まろうとしていることにほかならない。
このことが、困難なことであり、私たちがいつも意識していなかったら、いつのまにか魂は眠ってしまう。
イエスが最も困難な霊的戦いのときであったゲツセマネの祈りのときでも、弟子たちはみんな、一人残らず眠ってしまったということ、そこに目覚めていること、主を仰ぎ続けていることの困難が暗示されている。
使徒パウロが、「常に祈れ、どんなときにも感謝せよ、絶えず喜べ」と書いたのは、やはり同様で、兄弟愛を留まらせるためには、つねに祈りの心を持ち続けること、そして不都合なことであっても神はきっと良きことをして下さるためのことだと感謝して受け取ること、神の御手を信じてよろこぶこと等々が必要になってくる。
すでに述べたように、聖書では親子愛、男女間の愛、友人同士の愛といったものは全くといってよいほど記されていない。ただ、神の愛、人から神への愛、そして兄弟愛がとくに記されている。
こうした愛だけが、神に根ざすものであるゆえに永続的なものであり、だれでも持つことができる愛であり、またそれゆえに祝福された愛だということができる。
私たちがこうした兄弟愛を持つことができるのは、真理そのものである主イエスに従うことによってのみであるので、次のように言われている。
…あなたがたは、真理に従うことによって、たましいをきよめ、偽りのない兄弟愛をいだくに至った…(Tペテロ一の22)
主よ、いつまで…
―詩篇十三篇―
2 いつまで、主よわたしを忘れておられるのか。
いつまで、御顔をわたしから隠しておられるのか。
3 いつまで、わたしの魂は思い煩い日々の嘆きが心を去らないのか。
いつまで、敵はわたしに向かって誇るのか。
4 わたしの神、主よ、顧みてわたしに答えわたしの目に光を与えてください。
死の眠りに就くことのないように。
5 敵が勝ったと思うことのないように。
わたしを苦しめる者が動揺するわたしを見て喜ぶことのないように。
6 あなたの慈しみに依り頼みます。
わたしの心は御救いに喜び躍り主に向かって歌います。
「主はわたしに報いてくださった」と。
この詩篇には、「いつまで…」という切実な問いかけの言葉が四回も重ねて主に発せられている。このように繰り返し言われているのは、詩篇全体の中でこの詩の他にない。
健康で、家庭や仕事も順調で、まわりの人たちもよい人ばかり、といった状況では、神は愛をもって自分を守っていて下さっていると、思うのは容易である。
しかし、突然の事故や、苦しい病気、また家族や友人との深刻な対立、仕事がなくなるなどといった耐えがたい事態に直面するとき、そしてそのような状況が変わらないとき、私たちは信仰そのものが揺らいでくる場合がある。
この詩の作者は毎日の嘆き苦しみが心から去らず、また自分に敵対する周りの人間関係などで心に深い悲しみ、苦しみを抱えていた。いくら祈っても、叫んでも、心に平安もなく、力も与えられない。そして自分に敵対する人の力も弱まることもない。状況がまったく変わらないというとき、神は自分のことを顧みては下さらないのだ、という気持ちが頭をもたげてくる。
神そのものの存在を疑うことはなくとも、神は、私を見捨てているのではないか、という深い疑問が生じてくる。
この詩の作者に迫っていた、「敵」というのは、自分を攻撃し、憎み、何らかの悪意をもって迫ってくる人であった。そうした敵は、現代においても、その程度の多少の差はあっても、もし私たちが職場や家庭で、神への信仰をはっきり表し、神のことを第一にしていくときには、必ず現れてくる。
そのような信仰第一という姿勢を表明しなくとも、何らかの悪意や理由のない攻撃を受けるということはよく生じることである。
その苦しく耐えがたい状態からどうしても救い出されないということが、この作者に降りかかった一番の災いであった。「一体いつまでこの苦しみが続くのか」と「苦しみはずっと終わることが無いのか」という叫びが日々この作者の心にあった。
このような苦しい心の状況は、他の聖書の箇所でも、詩篇や哀歌などにもしばしば現れる。
…主よ、あなたはとこしえにいまし、
代々に続く御座にいます方。
なぜ、いつまでもわたしたちを忘れ、
果てしなく見捨てておかれるのですか。
主よ、御もとに立ち帰らせてください、
わたしたちは立ち帰ります。
わたしたちの日々を新しくして、
昔のようにしてください。(哀歌五の十九〜二一)
哀歌には、自分たちの国が敵によって徹底的に破壊され、滅びてしまったときの深い嘆きと苦しみが記されている。そしてその絶望的な状況のなかから、神に向かって叫び祈るすがたがある。ここに引用したのも、そのような一節である。
いつまで続くのか、この苦しみは終わることがないのか、という切実な訴えである。
また、詩篇には、こうした苦しみの叫びは、十三篇以外にもしばしば見られる。
…主よ、帰って来てください。
いつまで捨てておかれるのですか。
あなたの僕らを力づけてください。
朝にはあなたの慈しみに満ち足らせ、
生涯、喜び歌い、喜び祝わせてください。
あなたがわたしたちを苦しめられた日々と、
苦難に遭わされた年月を思って、
わたしたちに喜びを返してください。(詩篇九〇の十三〜十五)
いつまでも苦難が続く状態にあっても、神に叫び祈ることを止めない。これこそ聖書に記された人たちの大いなる特質である。自分たちに悲劇的な事態が生じるから、神などいない、と簡単に決めてしまうことがよくある。とくに神との生きた交わりを経験したことのない場合には、表面的に神を信じるといっていても何らかの苦しみが生じると、たちまち神などいないと思い込み、信仰も捨ててしまう。
しかし、詩篇に現れる人たちは、どんな苦しみが生じようとも、神を信じることを止めない。あくまで正義と万能の神、憐れみの神がおられるという一点にすがり続ける。
自分には分からない理由で、神が私を顧みて下さらないのだ、という思いである。それゆえにこそ神を仰ぎ、叫び続ける。
私たちにとって、このような詩篇の作者の心の姿勢は大きな励ましとなる。私たちの現実の生活においてもそれぞれの人がさまざまのその人にしか分からないような重荷や苦しみに出会い、それを耐えている状況であるからだ。
新約聖書では、このような「いつまで続くのか…」という叫びは、やはり困難な迫害の時代に記された黙示録に現れる。
…小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、わたしは祭壇の下に見た。
彼らは大声でこう叫んだ。
「真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。」(黙示録六の九〜十)
この黙示録も当時のキリスト者たちがローマ皇帝ネロによって迫害され大変な苦しみの中で書かれたと伝えられていて、キリストの証しをしたために殺されてしまった者達が次々と出た。
今の私達の平和な時代と違い、神を信じることで仲間が拷問を受けて殺され、ライオンの餌食にされるという大変な迫害の時代であって、どうして神は私達を放っておくのかと、いつまでこのような状況が続くのかという深刻な問いである。
信仰があるなしにかかわらず、苦しい状態がずっと続くとき、いつまでそれが続くのかという思いがだれの心にも生じる。けれども信仰を持つ者には、「死」すらも乗り越える勝利が与えられているのだという約束を信じ、希望を持つことができる。
しかし、信仰を持たない者は「死」を乗り越えられないのであり、希望を見いだすことができないという苦しみがどこまでも伴う。
この詩は三つにはっきりと分かれている。二、三節は苦しみのなかで叫んでいる現状、四、五節はその苦しみの中からの祈り、六節はその祈りが聞かれた結果だということが分かる。
神を信じる人は、生きていく過程で直面する大きな苦しみにあっても、最終的にはこの三つの過程を経て導かれていく。これらをらせんのように何度も繰り返し神に近づいて行く。
この詩人の祈りは、四節に圧縮された表現で表されている。
ここでは二つのことが言われている。原文では、二つの命令形がある。(英訳の方が、原文のニュアンスをより忠実に表している。)
…見てください、 私に答えてください、 我が神よ。
光を下さい、わたしの目に。
さもなければ私は死の内に眠ってしまう…。
Look on me and answer, O LORD my God.
Give light to my eyes, or I will sleep in death;
神からのまなざし、そして神が私たちの祈りや叫びを聞いて答えて下さるということが、人間にとって決定的な重要性を持っていることをこの詩は示している。
人間が耐えがたいのは、だれからも語りかけてくれない、だれも聞いてくれない、ということである。そのような孤独にあっても、神だけは、私たちを見つめ、答えて下さるという確信をこの作者は与えられていた。
答えて下さる神を持つということ、神からの応答は私達に一番の力となる。カウセリングなど悩みの中にいる時に人が応答してくれるということは、励ましになるであろうが、そのカウンセラーが苦しむ者の本当の叫びを受け取れるかどうかはしばしば疑問である。人間関係の破壊、他者からの憎しみ、あるいは死に迫る重い病気などなど、カウンセラー自身がまったく経験したことがなければ、そういう苦しみに適切に対応することはとても期待できないからである。
しかし目には見えないけれど、神様の臨在、神様からの答え、励ましを頂けるならば、それにまさるものはない。
神からの静かな細い声、その語りかけこそは、いかなる事態にあっても一番の力になる。孤独の中にある時ほど神の声を深く聞くことができる。もし私たちに、個人的に神が語りかけて下さるときには、周囲の人々による無視や敵意などなどが降りかかっても耐えることができる。
この作者が祈り願っていることには、もう一つある。それは、「私の目に光を与えてください」(目を輝かして下さい)という祈りである。目に光を! という願い、それは心に光を!という願いにほかならない。
このような祈りの言葉は、現代のキリスト者においてもあまり出されない表現だと思われる。目と魂の深い結びつきをこの言葉は表している。
ここで分かるようにこの詩人の心にあった願いは、「霊の言葉」と「霊の眼」のことである。神が答えて下さるとは、霊の言葉が与えられることであり、光が与えられてさまざまの目には見えないことがわかるようになるとは、霊の目が開けるということである。
眼に神からの光が与えられなければ、神そのものが見えず、神が創り、支配しているということ、神の助け、悪の無力さ等々も見えない。人間の力や計画、あるいは偶然、運命といったものや、悪魔のようなものがこの世を支配していると思ってしまう。それゆえに、悩み、苦しみが生じる。
この詩の作者は、そのような魂の状態を、死の眠りに落ち込んでしまう、と言っている。生きるということは、そしてさまざまの敵対する力に勝利し、命を与えられることは、この世の知識や学問、あるいは経験といったことでなく、ただ神の光を豊かに受けているかどうかによるという洞察をこの作者は持っていたのがわかる。
耐えがたい苦しみの中から、それでも神への信頼を失わずに神を求め続ける、そこから最終的に与えられたのが、そうした困難からの救いであった。作者は次のようにうたってこの詩を閉じている。
…あなたの慈しみに依り頼みます。
わたしの心は御救いに喜び
主に向かって歌います。
「主はわたしに報いてくださった」と。
この世の苦しみはそのままで終わることがない、必ず最終的には、救いへと達する。そのように導いてくださる神の御手を深くこの作者は体験し、啓示されたのである。
この世は数々の混乱や不正、そして汚れたものに満ちている。そして悪の力が至る所に見られる。 そのような状況であるからこそ、この詩篇という偉大な作品によって、私たちは神の勝利の力を知らされ、神に向かって祈り叫ぶことが決して無駄に終わることがないという確信を与えられるのである。
苦しみのなかの喜び
―ダンテ作
神曲・煉獄篇第二三歌より
煉獄の山の第六の環道は、食べるという本能に負けて、味わいの良い高価なものを食べることを非常に好んだ美食家がその罪を苦しみとともに清められているところである。
ダンテは、導き手であるウェルギリウス(*)のことをいろいろに表現しているが、先生であり導き手でもあり、そしてまた父親にも勝るとも表現していて、ダンテにとっては非常に影響力が大きかった人物であったのが分かる。
(*)ウェルギリウス…BC70〜19。古代ローマの詩人。『牧歌』、『農耕詩』、『アエネイス』などの叙情詩や叙事詩で有名。ラテン文学において最も重視される詩人。
ウェルギリウスは、キリスト以前の人物であるが、このようにキリスト者でなくとも、キリストに導くという働きをすることはもちろん現在でもいろいろとある。
ダンテにとってウェルギリウスは、詩をつくることだけでなく、精神的、霊的世界の導き手として重要であったのである。
…わたしが、じっと目をこらして見つめていると、
父にも優る先生が私に向かって言った、「息子よ、
さあ行こう。私たちに与えられた時間を
もっと有効に振り分けて使わねばならない。」 (三〜六行)
ここで、時間を有効に使わねばならないということがこの二三歌の最初から出てくる。
さらに、その後の18行目にも現れる。
…私たちのあとから、私たちより速い足どりで、敬虔な亡者の一群が黙々と近づいて来て、
追い越しざまに驚いたように私たちを振り返った。
(十九〜二十一行)
他のところでもこのことが出てくる。
煉獄篇第24歌の1行目では「言葉が歩みを遅らせることも、歩みが言葉を遅らせることもなかった。私たちは話しながら、順風に追われる小舟のように勢いよく進んだ。」と記されている。
普通は語り合っていたら歩みは遅くなるし、歩きながらだと言葉も早くはできない。しかしこの場合はそのいずれでもなかった。風が吹いて船がすみやかに進んでいくようであった。
このように、速やかに進んでいくことがとくに求められているのはなぜだろうか。
それは、この環道にいる人たちは、この世で生きていくときにあまりにも罪の行いにはまりこんでいて、神の道を行くところまでいかなかったからである。
あちこちの分かれ道に入り込んだり、止まったり、後退したりしてきた。
要するに、この世に生きていたときの歩み方は非常に遅かったということである。そこで神の国を目指すには、速やかにということがここで特に書かれている。
煉獄の山の環道で出会った人たちが神の定めた道を速やかに船が風を受けて進むように行ったということは、わたしたちの生活においても言える事で、聖霊というのは風である。聖霊の風を受けていたら、わたしたちに与えられた新しい道、命の道をまっすぐに進んでいけるだろうと期待される。
また、歩みが速いということは言い換えたら、目的がひとつで非常にはっきりしているということである。
逆に、確固たる目的を持っていないときには、あちこちと道を踏み違えたり、枝道のほうへ行ってしまったりする。
地位が上がることを望んで、今日の夜は仕事上のつきあい、明日の夜は遊び、飲食で友達のところというように、いろいろなことに心を奪われていたら、神の道をまっすぐに行くことはできない。
目的がたくさんあれば当然神の国には速く進めない。
しかし神の国という一つの目的をはっきり持っている人は速く進む。このようなことから、地上の生活であまりにも怠惰であったり、脇道の方へ行ったりしているから、それを清めるために煉獄篇では、歩みを遅らせないようにと繰り返し言われている。
パウロも次のように書いている。
…あなたがたは知らないのか。競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者はひとりだけである。
あなたがたも、賞を得るように走りなさい。(Tコリント九の二四)
競走の特徴というのは、わき目を振らずひたすらまっすぐ前方を見つめる姿勢である。何をするにもいつもやはり神様を見ているということは、神の国にまっすぐ行っているということである。
目に見える仕事をどれだけしているかということではなく、霊的にまっすぐ主を見つめていたら前進していると言えるのである。それは、神の風に吹かれてずっと進んでいるようなものだと言える。
また主イエスはわたしのうちにとどまっていなければ、あなたがたは実を結ぶことができないと言われた。言い換えると、わたしのうちにとどまっていなければ、スムーズに進んでいかないということである。どんなにこの世的には立派そうな仕事をしたり、忙しくしていても霊的には何一つ実を結べないと言われた。
このように速い足取りで、一つの目的をしっかりと保ちつつ、ここにいる人たちは、苦しみを受けつつ、清められながら進んでいったということである。
ダンテは、この環道を歩いていく一群の人たちを見た。彼らは、やせ細り、見るかげもないほどであった。それを見て、ダンテは、「これはきっとエルサレムを失った連中だろう」と思った。
これは紀元七十年にローマの将軍であるティトスがエルサレムを攻撃し、神殿や町々を焼き滅ぼしてユダヤ人を追い出した歴史のなかの出来事を指している。その攻撃のときにエルサレムの城壁が包囲され、内にいたユダヤ人たちは食物もなくなり、人々は極度の飢餓に苦しめられたときの状況の一部である。
日本でも天草の乱で、どうしても攻め込むことができないので、結局周りを取り囲んで食物をとれない状態にし、徹底的に飢えさせ、空腹に耐え切れず逃げてくる者を捉えて、城の内部の状況を把握したうえで攻め込み、皆殺しにした歴史がある。
ヨセフスの歴史書にもこのことが書いてあり、自分の子どもを食べるほどの非常な飢餓で苦しめられたあとに死んでいったという。このようなことを思い起こさせるほど、この環道を歩いていた人たちは、非常に苦しめられ痩せ細っていた。
それにもかかわらず、十行目に「嘆き声と歌声が同時に聞えた。」とある。そこで歌われていたのは、「主よ、わが唇を…」という詩篇からの賛美であった。
眼がひどくくぼんで眼球がないかと思われるほどに痩せ細って苦しめられているのに、どうして喜びが一緒に伴うのかとても不思議なことである。
彼らがうたっていたのは、次の詩篇からの引用である。
…私を洗ってください
雪よりも白くなるように。…
私の罪に御顔を向けず、
とがをことごとくぬぐってください。
神よ、私の内に、清い心を創造し、
新しく確かな霊を授けて下さい。…
…主よ、わたしの唇を開いてください この口はあなたの賛美を歌います。(詩篇五一の十七)
この詩は、昔から多くのキリスト者が深い共感と慰め、励ましを感じてきた内容を持っている。この詩のはじめの部分には次のように記されている。
…神よ、わたしを憐れんでください
御慈しみをもって。
深い憐れみをもって背きの罪をぬぐってください。…
これは全部で一五〇篇ある詩篇のなかでも、取りわけ、切実な罪の赦しを求め、悔い改める詩である。これは、今から三〇〇〇年ほども昔のダビデ王がバト・シェバという女性と不正な関係を作ってしまったことが背景にあるとされているほどに、非常に重い罪からの赦しを願う内容となっている。
このように一方では、大変な悲しみと罪を持っているけれども、他方ではそれほどの重い罪をも赦してくださる、清くしてくださる神様がおられるということを九節で言っている。そして自分自身が、徹底的に砕かれた上で、そこから神に赦され、大いなる喜びが生まれ、神への賛美が生まれるという体験が記されている。
この詩篇はまさに非常に深い嘆きと喜びが共に記されている。
ダンテが、「喜びと嘆きがともに生じるような声であった」と記しているのは、このように不思議なこと、本来ありえないことが実現しているということをここで言おうとしているのである。苦しめられている中に、赦され清められた喜びがすでに見えていたのである。これは神による赦しがなかったらありえないことである。
わたしたちにもこのようなことはあり、いろいろなことでなかなか正しい道を歩けない。しかし悔い改めとともに、それを赦していただける、また新しい力をいただけるということで感謝を込めて賛美ができるということである。
次に三二行目付近には、言葉で説明してもわかりにくいことが書かれている。あまりにもやせ細っているために、眼球がないかのようになっていた人たちであったからである。(*)
(*)(日本語訳の神曲のテキストには注のなかに、このことに関する図解があるのでそれを参照)
「人間の顔にオモという字を読み取る人は、そこにはっきりとMの字を認めたにちがいない。」
これだけ読んでも何のことか分からないであろう。 ラテン語で人のことを「ホモ」と言う。ホモサピエンスというのは英知ある人間という意味である。これは英語のhumanの語源となっている。またイタリア語では「ウォーモ」と言う。これを簡単化したのが、ここにある「オモ」である。OMO という文字のエムの字の中に O(オウ)を二つ書き込むと人間の顔のようになり、エムの内部の二つのOが目にあたる。その顔から、「オモ」から目を取ってしまうとMになる。 このわかりにくいことをダンテが書いたのは、それほどこの煉獄篇の環道にいる人たちが痩せ細っていたことを言いたかったのである。
どうしてそんなに痩せ細っていたのかと言うと「水や果実の香りが食欲をそそるからそれでこんなに亡者たちの姿がやつれてしまったのだ。」とある。
この環道のある所には、人がのぼれないような木があって実もなっているが、それには水もそそがれている。しかし、木にのぼって実を食べることができない、そんな状況となっている。
非常に空腹となったとき、目の前に香りがあるおいしそうなものが見える。それを見るだけで、まったく食べることができないなら、いっそう空腹の苦しみは増すばかりとなる。
このようにわざわざ目に見えるものを見させるが、木にのぼって食べることはできない。豊かな水が木に降り注いでいるのに、自分たちには降りかかってこない。
これはただ単にいたずらに苦しませているように見えるが、人間の本当の喜びや楽しみ、満足というのは、食べたり遊んだりという肉体を喜ばせただけでは浅いものでしかないということ、それを制御して初めて深い霊的な喜びがあるということを徹底的に苦しみを通して知らせるためであった。
わたしたちもさまざまな本能的な快楽を好きなだけ味わっていこうとすれば、人間は破滅する。しかし神はそのようなことにならないように、いろいろなことを人間に直面させる。例えば、時には病気になって、否応なく食べることも、遊んだり出歩いたりする楽しみすらもできないようになる。
この煉獄の環道で、ダンテはかつての親しい友であるフォレーゼという人に出会う。ダンテが、見たら涙が出てくるほどに苦しんでいる。
どうしてこんなにやつれてしまったのかと聞くと、彼が「永遠の御意志から力が降り、それがいま通り過ぎた樹と水の中へはいりこんだ、それでこうもこの身が痩せ細るのだ。」と不思議な言い方をしている。神がこの環道に生えている木に水を注ぎ、実もつける。しかし、その水も実もこの環道を回って清めを受けている人たちには食べることができず、苦しみを増すばかりである。それはこの人々をそのように生前の罪を思い起こさせ、苦しみを与えることによって清めるためなのであった。
このような非常な飢えと、水が降っているのに飲めない状態なのに、それによって神が、それに耐える人たちにより良い喜びを与えようとして導いているのである。七十一行目から引用する。
…われらがこの環道をめぐるとき、われらの苦しみが新たにされるのは、一度だけではない。
苦しみ、と今私は言ったが、本当は、慰めというべきであろう。
なぜかと言えば、キリストが血をもって我らを救って下さったとき、
喜びのあまり、「エリ」と叫んだのと、同じ願いが、あの木々へとわれらを導く。
この引用の終わりの部分で「あの木々」とは、水が注がれ、実もたくさんつけているが、そこを歩いている人たちは食べることができない、というその木々のことである。
この環道を歩いて清めを受けている人たちは、やせ細るほどになっている。それは苦痛であるが、慰めとも言えるという。先ほどは嘆きと喜びが同居していて、ここでは苦痛と慰めが共にあるんだと言っている。
わたしたちはこの世では信仰を持っても、苦痛をもたらすことがたくさん起こる。
しかし、主を仰ぐことを第一としていると、不思議といつもそこに慰めも与えられてくる。この世の悲しみは死をもたらすとパウロが言った。信仰がないなら、深い悲しみなどの強いショックを受けるとそれだけで絶望して心が閉じてしまう。
しかし神様の御心にそった悲しみは、永遠の命に至らせることができる。
ここで引用されている「エリ」という言葉は、一見じつに不可解な用い方がなされている。
「キリストがその血でもってわれらを救われた時に
喜んで『エリ』といわれたのと同じ願いからだ」
とあるが「エリ、エリ、ラマ サバクタニ」というのは、主イエスが十字架で釘付けられたとき、あまりの激痛と苦しみに、「わが神、わが神、なぜ私を捨てたのか」という深刻な叫びである。
ところが、ダンテはここで、その叫びを喜んで言った、というように表現している。キリストの最後の叫びを、このように用いるということは、ほかには例がないために、驚かされる。
どうしてこのようなことが言えるのであろうか。
キリスト教というのは絶望しかないと見える時ですらも、神の国の深い喜びがそのかたわらに伴っているのだという真理をここで言おうとしている。
そのことと関連した聖書の内容は次のような箇所があげられる。
一番最後に書かれたヨハネの福音書を見ると十字架で処刑されるとき、次のように記されている。
…「イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。」(ヨハネ十九・30)
とある。以前の訳では「すべて終わった。」という訳で、万事休すというような全く違った意味に受け取られる可能性がたかく、新共同訳では原語が、完成する、全うするという動詞が使われていることから「成し遂げられた、全うされた」という訳になった。
人類の罪をあがなうという、神の最大の御計画が成就したという深い安堵、喜びで息絶えたということである。聖霊が導いて、このような言葉をここに書かせたのである。
イエスのたとえようもない苦しみと、また、神の御計画が成就したということに関する霊的な喜び、それをダンテは、「喜んで、エリといわれた…」と書いた。
このように、これらの人びとの賛美には苦しみと喜びとが同居していて、最も絶望的で希望がないのに、ある意味で喜びが伴っていて、彼らはその喜びと嘆きを持ちながら、早くまっすぐ前方を見て歩いていた。
キリストも激しい苦痛をも神のご意志に一致させるために耐えられた。この煉獄篇の環道にいる人たちも、飢え渇き苦しみつつも、自分の意志を神のご意志に一致させようとしている。そしてその過程において、キリストが十字架上で叫ばれた叫びと同じように、苦しみのかたわらに深い喜びがあると言おうとしている。
エリ、エリ、ラマ サバクタニ というイエスの十字架上の叫びは、大多数の人にとって絶望的な叫びとしてのみ、受け取られてきたであろうが、ダンテはここでは、その深い苦しみの背後には、同時に深淵な喜びがともなっているのだという全く意表をつくような用い方をしているのである。
この環道をダンテと会話を交わしていたかつての親しい友(名前はフォレーゼ)は、死んでからまだ五年と経っていない。普通なら地上で生きたのと同じくらい、例えば六十歳で死んだら六十年間を煉獄に入る門の前の領域で過ごさねばならない。ところが君は、もう第六の環道まで行っている。これはどうしてなのかとダンテが尋ねた。
友人のフォレーゼが答えた。
それは、彼の妻が、深い悲しみを持ちつつ、祈りを夫に注いできたからだという。その真剣かつ持続的な祈りによって、煉獄における夫の歩みが大きく速められたのだと説明した。罪を犯した魂の受けている苦しみを、自分のことのように思えば思うほどその魂は、深い悲しみを感じるであろう。うわべだけの祈りは、そうした祈る相手の心の深いひだに入ることがない。このフォレーゼの妻の献身的な祈りが、深い嘆きとともになされたのは、祈る相手の苦しみの状況を深く自分も感じていたからである。
主イエスが、人々に対してもっておられた深い共感の気持ちは、内臓を表す言葉を動詞にした言葉であらわされている。
…群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。 (マタイ九の三六)
(「深く憐れむ」と訳された原語は、ギリシャ語でスプランクニゾマイというが、スプランクノンとは、「内臓」を意味する。 )
煉獄では、このように、地上にいる人の祈りによって歩みが速められるということが、何度か記されている。
本人の祈りや願いだけではなく、他者の祈りにも力があるということを、ダンテは経験から、そして聖なる霊によって知らされていたのがうかがえる。
煉獄篇・第三歌は、その最後のところで「現世の人々の祈りで進みがずっと早くなるのだ」というひと言で結ばれている。真実な祈りは、霊的世界のアクセルのようなもので、他者の神の国への歩みを早めるのである。
神を信じ、祈りの力を信じなければこのようなことは思いもしないだろう。
今年の二月十六日に、七十九歳で召されたUさん。召されたちょうどその前日に、私はあらかじめ連絡もしないで、入院先の神戸市の病院にUさんを尋ねたが、その時、「何か予感がしていて、先生(吉村のこと)が来てくれるのではないか、と思っていた」と言われた。そしてその最後の願いは、訪れるであろう私に祈ってもらうことであった。
Uさんは「祈の友」に加わっておられた。その入会のとき、祈ってもらえる、という期待があると言われた。素朴な信仰の心に、他者の真実な祈りを受けると、霊の歩みがはやめられるというのをそれとなく感じていたのがうかがえた。
人それぞれで祈りに対する気持ちは、置かれている状態などから違うわけであるが、確かに真実な心をもって祈ってもらえるということはその人の歩みを早くするという力をもっていると言えよう。
逆に祈られるどころか、相手にされなかったりばかにされたり、見下されたり悪い言葉を投げかけられるばかりなら、歩めなくなり止まってしまったり、逆戻りしたりする。
煉獄篇のなかにも、そのような地上の人たちの祈りによって、煉獄にいる人たちの歩みが速められるという記述が何度か記されている。
第六歌の25行目でも次のように記されている。
「こうした魂たちは誰もが皆
救いの時が早く来るように
人が祈ってくれることをもっぱら祈っていた…、」
さらに、煉獄篇第八歌の69行目でも、苦しみつつ清めを受けている人が次のように言ったことが記されている。
…「君が負うているこの格別の恩恵により、
あの大海のかなたへ戻ったならば、(*)
娘のジョヴァンナに私のために祈るように伝えてくれ、
天は罪のない人々の願いは聞きとどけてくれるはずだ。」
(*)大海の彼方とは、現世のこと。神曲の煉獄の山は、ダンテの構想では、南半球にあり、彼のいるヨーロッパからは広大な海を越えてくることになる。
ここでも出会った友人からの別れの言葉として、ダンテが地上に帰ったら、娘に、自分のために祈ってくれるように言付けてほしいと言われている。
このように煉獄篇では、地上にいる人たちの祈りについて何度も繰り返し書かれている。それはダンテが祈りの力を実際にはっきりと知っていたので、このようにさまざまの箇所に組み込まれているのである。
新約聖書に、互いの励ましがすすめられている。
「…ある人たちの習慣にならって集会を怠ったりせず、むしろ互いに励まし合おう。かの日が近づいているのをあなた方は知っているのだから、ますます励まし合おう。」(ヘブル十の二五)
しかし、このような互いの真実な励まし合いということは、まさにそこに祈りがなければ―言いかえれば神の助けがなかったら、真実にそして永続的に励ますことはできない。聖書を書いた人たちはそういうことを当然知っていて、またそれをダンテが別の表現で書き表したのである。
死ぬ前に悔い改め、神を信じるようになった人たち、それは広く見ると、キリスト者となった私たちそのものである。それゆえ、ダンテの神曲の煉獄篇というのは、私たちの現在の歩みを指し示す内容をもっているのに気付くのである。
煉獄とは、悪に曲がってしまった人々をまっすぐにするところである。
わたしたちもこの世のさまざまの汚れのなかにあって、目に見えない煉獄の山を歩んでいるのと似たところがある。導いてくれる適切な指導的なキリスト者、そのような人がなくとも生けるキリストによって導かれるときには、曲がった心や生き方等々が、だんだん壊されてまっすぐになっていく。
115行目、ダンテは、過去の生活を振り返ってみるだけで気が重くなると言っている。私たちの生きていく旅路において、正しく導かれなかったときには、心が重くなり、歩みも遅くなり、しばしば前進がまったくできなくなる。
しかし、そのような状況から、ダンテを導き出してくれたのがウェルギリウスというローマの大詩人であった。ウェルギリウスが死の闇の世界を導いて、さらに苦しみつつも清めを受ける煉獄を経て神の世界へ導いていくのである。
そして天の国に着くときになれば、ウェルギリウスの働きは終わる。そして、天の国の使者(ベアトリーチェ)へとバトンタッチされる。天の国ではベアトリーチェがダンテを導くのである。
私たちもこの世に生きるとき、最初はキリスト者でない人が書いた書物であるところまで導かれ、さらにそこからキリスト者の著作家が示され…というように、次々と時がくれば新たな導き手が与えられるであろう。その新たな導き手とは、生きておられるキリストに他ならない。
ことば
(338)知識は容易に得られる。だが、英知を得るには、時間がかかる。(テニソン)
Knowledge comes,but
wisdom lingers.
・学校教育で学び得られるのは、知識である。インターネットで得られるのもまた知識である。そして人生の経験を重ね、旅行などして各地の現実に多く触れても、やはり得られるのは、知識である。
そのようなことを重ねてもなお、英知は得られない。かえって、それらに触れて、傲慢になったり、逆に落ち込んだり、あるいは万事に空しさを感じたりすることになったりする。
英知とは、目には見えない永遠的なもの、永遠の神の愛、真理といったことへの直感、洞察力であり、この世の見えるものに揺り動かされない力である。
それゆえに、昔の人たちはまったく教育を受けずとも、また旅行など全くできなくとも、あるいは本を読まなくとも豊かな英知ある人たちは生じてきた。キリストの弟子、ヨハネやペテロたちは漁師であって字も読めたかどうかは分からないが深遠な啓示を受けたことがうかがえる。
イエスも、歩いて行けるほどの距離の範囲しか知らない。三十歳のころまで大工として父親とともに働いていたから本を読むなどという環境ではなかった。またわずか三十歳であり、この世の数々の経験を重ねたということでもない。
しかし、あらゆるこの世に現れた人間よりはるかに英知をもっておられた。その英知は、二千年を越えて、それをしのぐ人はもちろん出てこない。歴史上で最もすぐれた働きをした人たち、それはそのキリストの英知のいくらかを与えられた人たちなのである。
英知は、神から直接に与えられる。人間から与えられたというときでも、その背後に神の御手が働かなくては、知識が増えても英知は生まれない。それゆえ、生活範囲がきわめて狭い、自分の家の一つの部屋で長く寝たきりで過ごした水野源三のような人が、深い英知を与えられていたのを、その詩から読み取ることができる。
聖霊は風のように、(神の)ご意志のままに吹く、と言われているように、いかに狭い範囲でいても、また若くとも、あるいは、病気や体の障がいがあろうとも、神の霊が与えられるときには、英知が与えられる。
そして、世界の歴史上で、最大の英知に満ちた書物、それが聖書である。
お知らせ
○五月の四国集会の録音CD(MP3版)、映像のDVDなど、希望者からの申込がなされています。
なお、もしMP3のプレーヤとかパソコンのない方で、録音が聞きたいという希望の方は、申し出ていただくと、四名の講師による、聖書講話と六名証しについては、普通の録音でも聞けるCDにしてお送りすることができます。
○七月の例年の北海道瀬棚地域での瀬棚聖書集会は、七月二十二日(木)の夜八時から、二五日(日)の、利別教会(日本キリスト教団)での主日礼拝までです。
・場所 北海道久遠郡せたな町瀬棚区共和 農村青少年研修会館
・会費 一般 一万五千円 学生 一万円(部分参加も可能です。 宿泊費、食費、及び ファームステイ費を含む)
[申し込み、問い合わせ先] 野中信成宛 Tel/Fax 0137ー84ー6335
〒049-4431 北海道久遠郡せたな町北桧山区小倉山731
Email nobnari.trust-farm@ninus.ocn.ne.jp
締切6月30日までにお申し込みください。(締切以後でも対応は出来ると思います)
○札幌での交流集会 瀬棚聖書集会のあと、吉村孝雄はこの交流集会に参加して、み言葉を語る機会が与えられています。七月二六日午前九時三十分〜午後一時三十分まで。札幌市北二条クラブ。
○苫小牧市での集会 七月二六日午後三時三十分〜五時三十分ころまで。右の札幌での交流集会に参加できなかった方を対象として、帰途に苫小牧に立ち寄って小集会の予定です。
○その他、北海道から本州にわたって、各地を訪問、また集会などが予定されていますが、主の守りと許しがなかったらできないことですので、祈って備えたいと願っています。ご加祷下されば幸いです。
日時、場所が確定している予定は、集会だよりに書いてあります。
○八月の第十回近畿地区無教会キリスト教集会の案内がとどきましたので抜粋を掲載しておきます。
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… 内容は、聖書から特に「聖霊」について、少しでも深く学びたいと思います。
「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」(ガラテヤ五の二二)とあるように、日々の信仰生活になくてならぬのも聖霊です。
「神様、私は今はあなたの御恵みによりまして、何も他には欲しくありません。…
私は今、ただあなたの聖霊が欲しいのです。
これをいただいてあなたの深きこころがわかり、人生の意味がわかり、死がこわくなくなり、来世が明白になり、善が自然と私の心より湧きいでて、美が自然と私の身より輝くようになりたいのです。
私の欲しいものはただそれだけです。すなわちあなたの聖霊であります。」(内村鑑三)
一日目の聖書講話は東京の小舘美彦氏に、二日目、主日礼拝の聖書講話は徳島の吉村孝雄氏
にお願いしました。他に2人の方の「証」があります。また、グループで「聖霊」に関する聖書箇所を静かに読む「御言葉に聞く」、「内村鑑三を読む」時間もあります。早朝の祈祷会は桂の香る広い公園で、毎年さわやかな緑の風が印象的です。
どうぞイエス・キリストを知りたい方も、救いを求めておられる方も、信仰・希望・愛に生きたいと願っておられる方も、御言葉と祈りの時をもち共に聖霊の恵みにあずかりましょう。
主題:「聖霊」
日時:2010年8月7日(土)午後1時〜8(日)午後1時
会場:ふれあい会館(075-333-4655)京都市洛西ふれあいの里保養センター
阪急京都線・桂駅下車・桂駅西口の市バスス西5、西6で25分「ふれあいの里」下車すぐ送迎バスは7日11時20分桂駅西口発
会費:全日参加 9000円【一泊3食、8日の昼食代も含みます】 部分参加・一日1000円(食事代は7日夕食2000円、8日昼食1000円)
学生半額 *賛美歌集はこちらで用意します。
申込先:関い合わせ先:
〒589-00D4大阪狭山市東池尻1の2147の1 、 1〜114
宮田 咲子
saiwai1950@yahoo.co.jp
会費は郵便振替にて 郵便振替番号00980-2-246936 加入者名 宮田咲子
締め切り:7月10日(士)
近畿地区無教会キリスト教集会・準備会一同(那須容平、那須佳子、宮田博司、宮田咲子)
○祈の友・四国グループ集会 九月二三日(休日)坂出市大浜教会にて。初めての香川県でのグループ集会です。毎年四国の各地で行われているこの集会には、「祈の友」の会員でなくとも、自由に参加できます。