問コーナー-2000/8-6
(1)新約と旧約とは何を表すのですか。
聖書には、新約聖書と旧約聖書とがあり、聖書が万人に知られているように、旧約とか新約という言葉も広く知られています。しかし、その意味になると、どうもわかりにくいと言
われることがあります。
契約とは、約束という意味ですが、ふつうは家などの売買とか人を雇うときに使われています。だから、それが聖書のように心の問題に関わる書物で重要なものとして出てきて
も、どうも私たちにはピンとこないのです。
聖書では、旧約とは、神がとくに選んだイスラエルの民に与える恵みの約束のことです。その恵みを神が与え続けるために、十戒という特別な戒めが与えられたのです。
新約とは、新しい契約のことで、それまでの古い契約(旧約)が、イスラエルの民という特別な民と結んだ約束であったのに対して、あらゆる人間、民族に与えられた恵みの約
束なのです。それは神からの一方的な恵みの約束だと言えます。その根本の内容としてキリストの十字架による罪の赦しがあり、赦された者が神に従って生きるために聖霊が
与えられるということなどがその内容となっています。
(2)聖書はだれが書いたのですか。
一言で言えば、神がさまざまの人を選び、働きかけて書かせたものだと言えます。
むかしは、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記などはモーセが書いたと長く信じられてきましたが、現在では、さまざまの理由からそうでないことがはっきりしていま
す。
詩編もダビデの作と記されているのが多くありますが、内容からもダビデ時代以降のものだとわかるものもあり、ダビデ以外の名が記されている詩もあります。これも有名、無名の
多くの詩人が、神への信仰によって書き残したものです。それは神がそうした内容を書くように導いたと受け取ることができますし、また現在の詩編以外にも多数の詩があったの
を現在のように一五〇編に限定したさいにも、それを選んだ人たちは信仰により、神に導かれながらその作業をすすめたものが今日の旧約聖書に収められていると考えられます
。
エレミヤ書やイザヤ書の預言書も、エレミヤとかイザヤという名の預言者が書いたものがもとになっていますが、それ以外に名の知られていない信仰の深い人が神からの言葉を
受けてそこに追加して、全体としてエレミヤ書とかイザヤ書という名で伝えられてきたものもあります。
新約聖書では、ルカ福音書とかパウロのローマの信徒への手紙、ガラテヤ書といった手紙のように、はっきりとその著者がわかっているものもありますが、書かれている内容や用
語などからだれが書いたか確定できないのもあります。
しかし、旧約、新約の聖書を通じて、だれが書いたかよりも、何が書かれているか、私たちに何を語ろうとしているのかがはるかに重要な問題なのです。
聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。(Uテモテ書三・16)
この手紙が書かれたときの聖書とは、旧約聖書しかなかったので、この言葉は直接には旧約聖書について言われています。しかし、新約聖書についても、そのままあてはまる
言葉です。
聖書とは神の霊の導きによって書かれたゆえに、最初に述べたように、その著者は神であるということができます。だからこそ、この書物だけが、数千年を越えてその力を全く失う
ことがなく今日までその影響が続いているのです。
(ときどき、聖書について右のような質問を受けることがあります。簡単に答えることはむつかしいのですが、できるだけわかりやすく、簡単な説明を今後もときどき掲載したいと思っ
ています。)
お知らせ
○Sさんの転居
本文に書きましたように、長い間私たちの集会の支えとなっていただいた、S姉が京都に転居されました。数々の主にあるご奉仕を感謝です。主が新しい地においても、ながく
祝福と導きを与えて下さいますように。
○八月二七日(日)には、静岡聖書集会の責任者であられる、S.I氏ご夫妻が来徳して、主日礼拝講話を担当して下さいます。
○無教会のキリスト教全国集会が今年の十一月四日(土)〜五日(日)に東京後楽園会館で開催されます。
歌の中から
俳句の本からいくつか心にとまったものをあげてみます。句の後の文は筆者(吉村)の感じたことです。
・降り注ぐ 主のみ恵みや 蝉時雨(せみしぐれ)
・風鈴や こんな平和な 風の音
・ふれ伏して 主に祈りたき 花野かな (以上、山下茶亭作)
○セミのなかでも、とくにヒグラシの独特の静けさを帯びた鳴き声は、樹林のなかにあって神の恵みが降り注ぐように感じられる。
目には見えない風、しかしその風が風鈴の澄んだ響きを生み出す。聖霊は風のようにと主は言われた。平安を生み出す聖霊が風鈴の音から思い出される。
最後の句は、作者がイエスの歩んだガリラヤ湖畔の野生の花に接して造った句で、それを病床にある友に送ったが、そのあとまもなく天に召されたため、最後の俳句となったと
いう。イスラエルでなくとも、山に歩き、樹林のなか、野草の花が点在する自然のたたずまいのなかにあるとき、私たちはその背後にある主への祈りへとうながされる。
徳島を去るにあたって
S姉の感話(2000.7.23日主日礼拝後)
みなさんの大切な感話の時間をいただきましてありがとうございます。本当に突然こういう話をするのに私もずいぶん考えたり迷ったりしました。
じつはこのたび、現在は大阪にいる息子の家族と同居することになり、京都にいくことになりました。1月おわり頃にそういう話がありまして、ちょうどそのころ私は風邪をひいてた
いへん長引いていました。たいへんびっくりしました。どう返事したらよいかわからないほどでした。とにかく自分のからだもふだんと違うと感じて、この申し出は考えてみるべきではな
いかという思いになりました。
しかし、考えれば考えるほどたいへんなことで、もし、そのようななると主人が言うには、この集会場の土地も今住んでいる場もみんな売却しなければ向こう(京都)へ行けない
。私たちに財力や余力があれば別の方法があるだろうが、その余力がないので、それしかない。家族と同居するという問題はまったく私たち家庭の事情でプライベートな問題て
すが、この集会場の問題はたいへん大きい問題となって残りました。それはここが長い間、神様が用いて下さった土地であっからです。そのことを考えると、どうしても私たちの一存
でどうするかを決めることはできませんでした。
それからちょうど一か月ほどたったとき、私はインターネットメールをしていますので、ちょっとメールを開けましたら、Yさんからの「きょうのみ言葉」というメールが入っていました。その
み言葉の内容は、「これまで一度も通ったことのない道であるが、あなた方の行くべき道はわかる(ヨシュア記三・4)」です。それは、これから行くべき道を通っていくとき、神様の契
約の箱を前にしていくことは、神の言葉を前にしてそのみ言葉に従うとき、神様から必ず新しい道を示して下さる、そういうお約束の言葉でした。もちろんYさんには当時まだ何に
もいっていなかったのですがそれが答だと私にはわかりました。
それでも私はだれにも言えませんでした。これからは、どうしたらいいか、主人とも相談して、まずYさんに相談することを決めました。それが四月のおわり頃でした。Yさんが来て
下さったので、その事情を話しました。家庭の事情はプライベイトな問題だが、集会場の問題はとても重要な問題なので、すこし考えさせて下さいとのことでした。そしてその結
果は、Yさんはこの集会場のことをとても大切に思っていましたから、いずれはこういう時がくると考えていて、そのために、退職金、献金などそのために貯えていたお金を集めてこ
の場を買い取って下さるということになりました。私たちにとってはそれは感謝ですが、それではたしてよかったのか、それでよいのか、私の選択がよいのかとなお悩みました。
そうしていましたら、今度私は思いがけなく病気になって三週間ばかり入院しました。そのときに私は一人になっていろいろ考えていました。毎朝4時に目が覚めて、五時にな
ると私は窓を開けました。とてもあのとき涼しい風がふいてきましてひょっと讃美歌の「朝風静かに吹きて・・」(讃美歌30番)というのはこういうことかなと思ったし、近くの公園から
小鳥の声も聞こえてきましたし、神様への思い、清らかな神への思い・・という讃美歌の言葉があっと思い、私は、それまで与えられたみ言葉が答だと信じながらなんで今まで迷
ったり悩んだりしたか、神様は私のことを一番ご存知でした。
そういう迷ったりしていた弱い私を神様は、もう一度念を押されたわけです。そして私の心は決まりました。とても平安になって退院することができました。
それで今日初めてみなさんにご報告することを神様に導かれました。全く知らないところにいくので全然不安がないとはいえませんが、神様のみ言葉に従っていくときには、どん
な所でも神様は新しい道を開いて下さってそこを私に下さると言うことを私はだんだんと信じることができました。本当に今まで言えなかった理由はそれでした。それともうひとつ皆さ
んにこのことを言うのはとてもつらくて、そのことが言えませんでした。時間的には、つきあいの長い方、短い方もいますがみんな大切な兄弟姉妹でした。そういうことを思いますと私
はとてもどのように話したらいいかわかりませんでした。こんな粗末な家でいろいろ不便なことがあるのに、みなさん不満もおっしゃらないで、かえって支えて、私のゆきとどかないとこ
ろもゆるしてくれました。
本当に感謝はつきませんが、このことの報告と皆さんに長い間お世話になったことへの感謝を言わせて頂きました。皆さん本当にありがとうございました。
|
|
|
|