リストボタン主こそは王    2007/6

神は愛である、そして創造主である。このことは多くの人の心にある。
しかし、神は王なり、ということを連想する人は少ない。王なる主とは、すべてを創造しただけでなく、また私たちの悩みや苦しみを個人的に励まし慰めて下さる愛の神ということに留まらず、今もこの世界、宇宙全体を支配されているということである。
すべての被造物を愛をもって支え、そして動かしておられるのである。王ならば家来がいる。神の家来ともいうべきは、この宇宙の全体である。国家、社会も、それらを支配する大統領や王、首相といった人たちもすべて神の家来であり、部下なのである。
しかし、その支配のなさり方は私たちの常識的な考えをはるかに越えているために、あたかも神が支配していないかのように映ることがしばしばである。
だからこそ、信仰が必要になる。 いかに人の目にその支配を疑わせるようなことが生じようとも、神がそのような表面の現象を越えて御支配なさっているという信仰である。
神の王たることは人間社会のことだけでない。星も風も、また樹木や草花、動物たちもみな神の家来であり、しもべなのであって、神の御支配のもとにある。それゆえ、神が成そうとすればそれらはすべて神の愛にしたがって動かされる。
年を経た樹木が私たちにとって神の静けさを感じさせ、草花も私たちに愛のメッセージを送り、青く澄んだ空が神の清いお心をそのまま映し出し、星たちも信じる人たちに清い響きで語りかけるのもそれらがすべて神のしもべたちであり、王なる神によってその働きをなすからである。

主こそ王
力を衣とし、身に帯びておられる。
世界は固く据えられ、決して揺らぐことはない。
御座はいにしえより固く据えられ
あなたはとこしえの昔からいます。(詩編九三篇より)

主こそ王(終り)


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