ベトザタの池 2008/5
―取り残された人と救い
新約聖書の中に、ヨハネ福音書だけにあるどこか不思議な雰囲気の漂う記述がある。それはつぎのような内容である。
エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。
この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。
―彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。―(*)
さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。
イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。
病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」
イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。(ヨハネ福音書五・8)
(*)この聖書の箇所のうち、―と―で囲んだ部分「彼らは水が動くのを~いやされたからである。」は、二世紀から三世紀ころ、パピルスに書かれた写本や、シナイ写本(四世紀)などにはないために、オリジナルの文書にはなかったと推定されている。そのため口語訳ではカッコ付で書かれてある。
しかし、そのすぐあとのアレキサンドリア写本(五世紀)や、エフライム写本などには記されているので、古い時代から伝えられてきたことが知られる。
これは、置き去りにされた、という痛切な思いにさいなまれた人間の魂の歩みである。周囲のすべての者は、次々と救われていくのに自分だけどうして…というつらい気持である。なぜ、自分だけこの苦しい状況のままで捨ておかれるのか、どうしてほかの者たちはこのような苦しみがなくて楽々と生きているのか、このまま自分はこの世の人たちから置き去りにされて、苦しみと孤独のなかですごしていかねばならないのか…そう考えるとき、この世のすべてに希望はなくなり、もう生きていけなくなる。
自分の命を断ってしまいたいという強い願いは、周囲とのこうした比較による苦しみがその内にあっただろう。
そしてこのような、自分だけが苦しまねばならない、神がいるとしても、見捨てられたのだ。周囲の人たちもこの苦しみはわかってはくれないのだ、という人間への絶望のようなものも生じてくる。
旧約聖書のヨブ記にもやはり、自分だけが見捨てられた、といった深い悲しみが流れている。
…神は兄弟を私から遠ざけ、
知人を引き離した。
親族も私を見捨て
友だちも私を忘れた。
私の家に身を寄せている男や女すら
私をよそ者とみなし、敵視する。
息は妻に嫌われ
子供にも憎まれる
幼な子も私を拒み
私が立ち上がると背を向ける
親友のすべてに忌み嫌われ
愛していた人々にも背かれてしまった。(ヨブ記十九・13~19)
こうした表現から、周囲のさまざまの人たち、親族、友人、知人…たちからみな一様に嫌われ、自分の家族からすら見捨てられた人の苦しみが伝わってくる。
ヨブという人の苦しみは、彼が人一倍正しいと思われる生活をしてきたにもかかわらず、財産は失われ、子供は死に、妻からも嫌われ見捨てられていく状況で生じたものであった。
ベトザタの池に出てくる取り残されていた人は、かつてどのような生き方をしていたかは全く記されていない。しかし、過去がどうあろうとも、現在の苦しみは自分だけなのではないか、なぜ神は自分だけこんなみじめな思いをさせるのか、といった運命そのもの、神への不満と悲しみが、周囲の人たちの愛のなさと混じり合って深い絶望に陥っているという点では共通したものがある。
この長い病気に苦しんでいた人がいたところは、ほかにも多くの病人や目の見えない人、足の立たない人など苦しんでいた人たちがいた。そこで、時折水が動くことがあった。それは神のしるしであり、そのときに池の水に真っ先にはいるとその人がいやされるのだという。
このように、病気や苦しむ人たちの世界においても、一種の競争のようなものがあった。いやされるのは真っ先に池に入ることのできる人であり、それは病人たちのなかでも強い人である。これらの多くの人たちも神を信じて待っていた。神を信じる世界でもこのような強いものが勝つ、といった状況が見られたというのである。
こうした宗教的な世界においても、ある種の競争があって弱い者が見捨てられる、といったことが見られた。それは現在でも、いろいろな宗教団体や教会などでも社会的に地位が高い人や金持ちなど多くの献金をする人などがその人の信仰と無関係に重んじられるということが見られる。
イエスの当時にあっても、主イエスのたとえに、神殿に祈るために行った人が、「神よ、私は徴税人のように罪を犯す者でないこと、十分の一をささげ、安息日を厳守できていることを感謝します。」というような祈りをしたことが書かれてあり、そのような態度では、神に祝福されない。
かえって、「主よ、罪人の私を赦して下さい。」と胸を打って祈った徴税人のほうが神に受けいれられたのだと主イエスは言われた。
このように、当時も、律法を表面的であってもきちんと守り、守れない人たちを見下すような人たちが重んじられていたことがうかがわれる。 守れない弱さはだれにでもある。それを主イエスは指摘された。
別のところで、「私は神の律法をこどものときからずっとすべて守ってきた。その他何をしたら永遠の命が与えられるのか」と尋ねてきた人に対して、「律法を守ってきたというのなら、あなたが持っている財産をみな売り払って貧しい人たちに与えよ」と厳しいことを言われた。「隣人を愛せよ」ということは、イエスが初めて教えたことでなく、すでに旧約聖書に記されている。律法を守るとはそれをも含むから、本当にすべて守ってきたなどというのなら、そのように金持ちであり続けることはなかったはずだと主イエスは言おうとされたのである。
すなわち、守れない弱さ、人間のどうすることもできない限界(罪)、といったものを自覚することもしないで、自分を誇るような姿勢は必ず裁かれるのであってそこに祝福はないのである。
しかし、当時の宗教的な姿勢がそのような状況が濃厚であったゆえに、このベトザタの池の記述は、そうした当時の状況そのものに対し、主イエスがいかに異なる視点を持っておられたかを示そうとしている。
主イエスは、守れないと自覚するもの、弱くて律法を守ることもできず、救いの池の水の中に自分で歩いて行くこともできないような者、ただその弱さのゆえにうちひしがれて動くこともできない状況にある者を見出して下さり、そこに御手を差し伸べて下さるお方なのである。
これは、あの九十九匹の羊を置いて、失われた一匹の羊を探し求めて下さる羊飼いのたとえと同じである。実際には健康な羊などはいないが、しかしそれでも健康と思われる者を置いて、ついてくることのできない弱い者、そのような者を見出し救いへと引き出して下さるのが主イエスなのである。
この病人は、ほかの誰からも声をかけてもらえなかったようである。だれが声をかけても彼の力になることもできなかった。ここに描かれている状況は、現代では関係のないようなところだと思いやすい。エルサレムのある門の側にいろいろな病人やからだの不自由な人たちが集まっている、そこに池があった、などということは現在の私たちに何の関係もないと思いやすい。しかし、実はよく考えてみると、この世界全体がこのベトザタの池の記述で表されている状況なのである。
至る所に病院がある、病気のひと老齢の人たちが苦しむ施設がある。アジア、アフリカなどには病院や食料すらまともにないような貧困にあえぐ人たちが数知れずいる。また以前からある各地の内戦、最近生じたミャンマーの大災害、中国の大地震による大規模な被災などなど、世界にはまさに至る所に病人や傷、障害で苦しむ人たちがいる。
そうしたところに今も主イエスは赴かれているであろう。そしてそれらは決してニュースにはならない。だれも知らないところで今も見放されたような人たちの魂が救われていることを私たちは信じることができる。
私もかつてはそのようにどうしても魂の平安が与えられずに悩み苦しんだ年月が続いていた。もう出口のない暗夜であった。なぜまわりの人たちはそのような苦しみがないかのように生きて行けるのか、とあえぎつつ生きているような時期があった。
そこに主イエスの救いの御手が差し伸べられ、そこから脱することができた。 ベトザタの池に関する福音書の記事、それはこの世の霊的な、魂の風景なのであり、そのような苦しみと絶望的な世界に主イエスが来て下さるというメッセージをたたえたものなのである。