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来信より
○「原子力発電と平和」の本をありがとうございました。事実、真実がわかりました。内容が大変深いです。このような本を発行してくださり、感謝です。たくさんの方々に読んでいただきたいですね。一般の人にもとてもよくわかる内容だと思います。(近畿の方)

○「原子力発電と平和」については、多くのことを教えられました。私自身、東海村原発をはじめ福島原発、女川原発の建設当初から見学し、勉強をしておりました。とくに女川原発は10回を超す回数で訪れました。まだ原発の危険性を見抜けなかったのです。 チェルノブイリやスリーマイル島の事故後、脱原発が日本の進むべき道だと考えるようになりました。
そして今回の福島原発事故で、いかに恐ろしい人災であったかを肝に命じました。わたしの仕事場で原発の危険性を説いていく決意をしております。また、この本に書かれている「平和(シャーローム)」に共感しました。この本を友人たちに回覧をはじめております。(東北地方の方)

○…確かに、聖書の言葉と同様に、讃美歌のもつ力と恵みも大なるものがあります。集会のたびに歌われる讃美歌も、一時的な感激に終わらせず、繰り返し歌うことで同じ恵みを味わえるのではないかと思います。聖句の暗唱とともに、讃美歌の暗唱もしましょう。
聖書のある箇所に、「持てる者はますます持ち、持たない者は、もっているものまで取り上げられる」とありますが、本当にそうだと思います。宝はすぐ近くにあるのです。(九州の方)

・一般の歌は、何となく歌うのが楽しいから歌うという人も多いと思います。歌はいろいろな動機から歌われると思います。しかし、キリスト者の賛美は、祈り、感謝、神への思いが根底にあります。それゆえに、礼拝のときだけでなく、喜ばしいときも、また悲しみのとき、さらに最も苦しいことに直面するときでも…つねに賛美を歌うことができます。主イエスも、弟子たちとの最後の夕食を終えて、その夜には捕らえられるということを知っていたとき、そんな状況の時であっても、賛美を歌ったと記されています。「一同は、賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。」

○ 私たちは、11月、12月と2回、岩手県の仮設住宅を訪問するボランティアに参加しました。
被災された方々の苦しみは、とても察することはできないと思いました。
その中で、被災者の方々の魂の渇きを痛感しました。
ボランティアグループの中での活動でしたので伝道はできませんでしたが、本当に被災者の求めていることは、私たちの罪を贖うために十字架にお架かりになった、救い主イエス・キリストをお迎えすることだと思いました。「今日のみ言葉」などの文を読み、そのことを確信いたしました。
まことの命を与えてくださる主の福音の光が、被災者の方々の注がれることを切に祈っています。(関西の方)

○この度は福島から避難の方々への献金として送金を頂き、ありがとうございました。
災害の多い2011年でしたが、こちら(三重県の)伊賀市に原発から避難してこられた方々のことは、常に覚えて、少しでも寄り添わせて頂きながら歩みたく思っております。
先日も避難してこられたAさんは「お正月気分にはなれそうにもなくて…」と言われました。全くそのとおりです。
クリスマスには、皆様からのご献金で、3月にこちらへ避難してこられた16人の子どもたちにミカン、野菜、絵本などをプレゼントさせていただきました。
福島、山梨へ移転された方々からも「子どもたちが喜んでいます」との電話やお手紙をいただき感謝でした。(聖霊社事務局 Hさんから)


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