編集だより
来信より
○原発についての知識は新聞及びインターネットでしかなかったので、メモを取りながら少し苦労して読みました。
「原子力発電と平和」の本を読み、少し長い説教を間いている思いがしました。これはやはり著者の信仰の証しのように思います。
原発の問題をこうして、みことばに照らして語られたのは、初めてなので強く心をうごかされました。
一部の大学教授は、東電に買収され、(東電京も保安院も)国民の生命より先に利益に走った事実。真実を隠していた闇の力の大きさを思い知らされました。
聖なるエネルギーが注がれていない人達、人間の数々のあやまち、教訓から学ばない人間の愚かさ、傲慢さ、鈍感さ、「人間が主人公であるから諸問題が発生する」「聖言にみちびかれていないことがすべての問題の根源である」本当にそうだと思います。
また中3女子のコメントには勇気づけられました。若い方がその清らかな眼で、真実を見、公表して発言してくださって希望が湧いてきました。若い方々がどんどん声を上げ、これからの日本、世界の未来を築いていって欲しいと願っています。「神のことばは滅びることはない」のですから。神様の忍耐に感謝しながら、私達一人一人がねばり強く祈りたいと思います。(これは、「原子力発電と平和」を読んだ人が四国のNさんに宛てた読後感が、編集者に送られてきたもの。)
○去年の夏ごろ、「はこ舟」(「いのちの水」誌の以前の名前)1999年12月号を読んでいました。「0.111グラムが引き起こした危険と不安」という記事があり、夢中で読み、放射性廃棄物の取り扱いの難しさを知りました。今日届いた「原子力発電と平和」の本の表紙の写真を見て感じるのは、こんなにも美しいもの、神が創ってくださったものを踏みにじる人間の愚行です。
人間の能力では制御できないものに頼る愚かさを、この写真にある野の花や緑の大地が語りかけています。
この本をじっくり読んで、教会の人たちにもまわします。それであと3冊送ってください。(四国の方)
・この方は、去年の「いのちの水」誌は持っていなかったのですが、それ以前のものは持っていて読んでいたとのことです。
「原子力発電と平和」の本の表紙に用いたのは、山形県の月山(がっさん)の頂上への急な上りにさしかかるところで撮影したニッコウキスゲが、緑の草原に広がるなかで咲いているものです。普通は原発関係の本の表紙には、原発を暗示するものとか関連の画像が使われますが、あえてまったく原発と関係のない自然の写真を用いたのは、原発にかかわる様々の人間の腐敗、欲望などといかに神の直接の被造物はかけ離れているか、その清さと美しさを示し、神の国にかかわる清いものを見つめつつ、この世の原発という複雑で、あちこちから闇が除いている問題にかかわっていくべきだと思ったからでした。