ともしび
20079月号

オニシモツケ

オニシモツケ


みことば

 神は言われた。

「光あれ」

こうして光があった。


 創世記 1-3

 


 内容・もくじ

 


2.まえがき               ・・・・・・・・・

NH

3.「一日一生」「続一日一生」より  ・・・・・・

NN

5.「いのちの水」六月号主こそ王をを読んで

KY

6.名を呼ばれて   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

YE

8. 俳句                       ・・・・・・

IM

8.両頬を打たれても笑顔で      ・・・・

KR

10.ことばによって導かれてきた歩み ・・・・

TT

12.光を見つめてKさんのこと  ・・・・・・・・

K.K

15..苦しみを通して       ・・・・・・・・

K.S

18. .心に残ったことば          ・・・・・・

S..H

19.讃美歌を心の底から        ・・・・・・・・・

SY

 21.短歌                       ・・・・・・・・・・

NS

22.バークレーに見る聖霊を冒とくする者は・・

KM

23.テーブルの下の犬         ・・・・・・・・・

HT

25.ホタルブクロに寄せて・・・・・・・・・・・・・・・・

IE

27.人は何をもってして「幸」となすのか・・・

MD

32.弱さを生きる            ・・・・・・・・・・・・・

TM

34.野草から                 ・・・・・・・・・・・・

SM

36.短歌                  ・・・・・・・・・・・・・・

IM

36.こんな本読みました        ・・・・・・・・・・・・・

NY

39.イエス様に結ばれている姉妹   ・・・・・・・・・

OM

41.いただいた義                ・・・・・・・・・

NY

45.近畿地区無教会キリスト教集会に参加して

OT

 47.頑なな心              ・・・・・・・・・・・・・・・・

KM

 50.マレーシアで見たこと     ・・・・・・・・・・・・・

SY

 52.主の祈り第二について     ・・・・・・・・・・・・・・

TT

 56.四国集会に参加して     ・・・・・・・・・・・・・・・・

NY

 58.毒麦のたとえ             ・・・・・・・・・・・

NT

 61.ヨシュア記の学び              ・・・・・・・・・

TK

 62.最後の審判           ・・・・・・・・・・・・・・・・

TM

64.タッちゃん他               ・・・・・・・・・・・・

OH

64.心に残った詩          ・・・・・・・・・・・・・・・

IH

66「見失った羊」のたとえ   ・・・・・・・・・・・・・・

NY

67読み聞かせに参加して      ・・・・・・・・・・・・・

HK

68.今日も風が吹いて         ・・・・・・・・・・・・・・

MY

70.あとがき                  ・・・・・・・・・・・・

NH

 表紙の字 杣友豊市
編集発行責任者NH (徳島聖書キリスト集会)
 電話   fax

リストマークまえがき
                                NH
 イエスは彼らに言われた、
「舟の右側に網をおろしなさい。そうすればとれます。」そこで彼らは網をおろした。
すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。
                             (ヨハネ 二一章六節)
 暗い出来事に心が暗くなり、闇の支配を受ける時、祈り求めたとき、み言葉が示されます。舟の右側に網をおろしなさいと。網をおろす位置が違っていたら、海を濁すだけで、働いても働いても何も得るものはなく、疲れと心配と思い煩いが残るだけです。自分の気持ち、自分の意志で網をおろすと魚はいなくて、御心に従ったところに網をおろすと、おびただしい魚が捕れるのでした。舟の右側、それは心の中の祈りにて示されるポイント。いつもそこに網をおろして神様の祝福を受けたいと願います。
 主を信じていると、闇と混乱が一時的にあっても、その中から確実に光の方へと導かれ主のご臨在を体験します。そのような証しを今回も「ともしびに」たくさん寄せて下さいました。どの方にも主の愛が及んでいて、主は一人一人がかけがえのないものとして、大切に持ち運んでくださっています。主は生きて働いて下さっており、その主を見て、喜ぶことができます。

「収穫は多いが働き人が少ない。収穫の主に願って働き人を送りだしてもらいなさい」というみ言葉が先日の近畿地区無教会キリスト教集会の主日のメッセージで語られました。 私達一人一人が働き人として召されているのを思います。収穫は多いと主が約束されているので、おびただしい魚を獲る仕事に召していただきたいと願います。主のお約束がどのように実現していくか、御心がなるのを信じて歩んでいきたいと思います。
 今回も「ともしび」に原稿を寄せて下さった方、読んでくださる方に主の祝福が豊かに臨みますように。


リストマーク「一日一生」「続一日一生」より
                                   NN
聖書と共に「一日一生」「続 一日一生」を毎朝読み続けて数十年。その間、内村鑑三の言葉が、様々な悩みや疑問、問題にずばりと答えてくれました。以下列挙してみます。
○信仰の不足を嘆いていた時
キリスト信徒は絶え間なく祈るべきなり。しかり、彼の生命は祈祷なり。彼なお不完全なれば祈るべきなり。彼なお信たらざれば祈るべきなり。(七月二七日 続)
信仰が足らぬとて、または無いとて、嘆く信者が多くある。しかし、かかる信者はキリスト教の信仰の何であるかを知らないのである。キリスト教の信仰は、確信であるとか信力であるとかという自分の力ではないのである。キリスト教の信仰は信頼である。(一二月一九日 続)
○罪の問題が未解決の時
罪はこれを見留めざるべからず。されども、これを見つむべからず・・・・・しかして直ちにキリストの十字架を見つめざるべからず。かれはくぎをもってわれらの罪をその十字架につけたまえり。(コロサイ二・14)。キリストの十字架を見つめて、罪は罪として存せずして、恩恵と化してわれらの心に臨む。(四月六日 続)
○人間関係に悩む時
いったん心を改めて神の子供となり、己を神の立場において人を見んか。人の美点は多く見えて、その欠点はほとんど目にとどまらざるにいたる。(四月一日 続)
私は私自身である。神は私を特別の目的を持って造り、私を特別の位地に置き、私に特別の仕事を当てがいたもうた。私は神の特別の器であるがゆえに、彼は私を特別の道に導きたもう。(三月一五日 続)
自己の弱きをのみ悲しみ、自己の不足をのみ、かこち、自己の痛みのみを感じて、ただひとえに人に慰められんと欲し、助けられんと欲し、導かれんと欲する者は、いつまで待つも、慰められず、助けられず、導かれないのである。慰められんと欲するか、自ら進んで、自己よりも不幸なる人を慰めよ。助けられんとするか、自己よりも弱き人を助けよ。(十月二十日 続)
我は人を見ない。神を見る。我は人の批評に耳を傾けない。我はわが霊魂を、義をもってさばきたもうわが造り主に任せ奉る。(五月二五日 続)
もっとも偉大なる事は人に勝つことにあらず、人に負ける事なり。(六月二五日 続)
○最大の幸福とは
私どもが世につかわされたのは、幸福を楽しまんためではありません。神の大なる事業に参加せんためであります。そしてそのためには幸、不幸は選ぶところでありません。もし死がそのために必要でありますならば、「アーメン、主を讃美せよ」であります。不幸、患難、辞するに及びません。最大の幸福、最大の恩恵は、自分のためになんのもとむるところなくして、ただ神の聖意のならんことをのみこれ願うその心であります。(二月一四日)
○最大の賜物
神が人に願う最大の賜物は、幸福ではなくして聖霊である。聖霊によって起こる善心である。神と人とを愛しうる心である。いかなる境遇に在るも満足する心である。人のすべて思うところに過ぐる平安である。(六月一六日)
○神の栄光
神の栄光は人の侮辱するところとなり社会の排斥する所となるのが当然である。人の栄光とするところは神の侮辱としたもうところである。われら、イエスの弟子たるものは、人にほめられて神の栄光をあらわすのではない。
○聖霊を受けるには
聖霊を受けんと欲すれば神の誡命(いましめ)を守らなければならない。聖霊は単に祈っただけでは得られない。聖書を研究しただけでは得られない。決心と勇気とをもって神の命令を実行して、ゆたかに与えられるものである。
○集会とは
イエスは言いたもうた、「二人三人、わが名によりて集まれる所に、われもまたその中にあるなり」(マタイ伝一八.20)と。これは、イエスは大集会よりも小集会を好みたもうということではない。単独よりも会衆を愛したもうということである。ひとり祈りて聞かざるにあらずといえども、衆人心を合わせて祈る時に、神はことさらにその祈求(ねがい)を受け入れたもう。これ声の多きがゆえにあらず、一致団結を愛(め)でたもうがゆえである。・・・・・二人三人相和らぎて祈る時に、イエスは和気藹々たるを喜びて、その中にいましたもう。そして和らぐ者が多ければ多きほど、その集会の座を喜びたもう。(四月一七日 続)


リストマーク「いのちの水」六月号 主こそは王を読んで         KY

毎月、徳島聖書キリスト集会の吉村孝雄さんより「いのちの水」誌が届けられる。
その中で印象に残った箇所がありました。 
万物を創造され今もすべてのことを愛をもって御支配されている方を崇めます。
神はこの地球上のすべて、宇宙のすべてを家来として従えておられる。そしてそれらはすべて神の愛に従って動いている。すべての事は神の深いご計画によってなっている。悲惨な豪雨、地震や台風などの天災。最大級の苦しみ、悩みもすべて神の御支配によるものゆえ神はそのすべての苦しみを分かって下さっている。
偶然ということは一つもなく、すべて神のご意志、ご計画によって成っている。
神の御支配のなさり方は人間の感覚では計り知れないものがある。
だから、どんな窮地、困難な場に立たされても王なる神に私達家来はおそれを持って従っていきたい。
そうすれば必ず、良き方向に神は導いてくださると信じる。


リストマーク名を呼ばれて
                   YE
半年程前になりますが、ある主日礼拝の時、「おやっ!」と、思うことがありました。
特別なことでもないのでしょうが、わたしの心には不思議と印象づけられたのです。
私たちの 集会では出席者は毎回自分で名前を言います。全盲の方がいるので、参加している人がわかるようにです。また一人一人が名前を言えば、どの辺りに座っているかがわかります。不十分ではあっても位置関係も想像できます。
いつもは司会者は「只今から主日礼拝を始めます。今日参加されている人は名前を言ってください。」と言い、参加者は一人一人マイクを回していきます。それから、「暫く黙祷をしてください。一週間の出来事を 思い起し罪を清めていただき…… 云々…… 」と言い、みんなはそれぞれに黙祷を始めます。それから讚美を歌い、お 祈りをし、その日学ぶ聖書の箇所を朗読し、講話へと続きます。
ところがその日、司会者は「今から主日礼拝を始めます。黙祷してください。」と言いました。そして黙祷が済むと「参加者は名前を言ってください。」と、言われたので す。「あらっ!」いつもと何か違うと、思いました。参加している私たちが自分の名前を言うことが、とても大事にされていると感じたのです。どちらの仕方でも、大した差はないのかもしれません。でも、その時のわたしにはとても新鮮に思われました。神様に呼ばれて今ここにいるのだという思いが強くしたのです。健康で、時間もあり、家庭の理解もあり……、いろいろな条件が揃って出席できたのだけれども、背後に神様のお守りがあり、神様が導いてくださったのです。名前を口に出して言うことは、「神様が今日も私たち一人一人の名を呼んでこの所に集めてくださったこと感謝します。」と、言うことでした。(勿論黙祷の時に皆さん、そのように感謝しているのですが。)
民数記には種族毎に名前を列記してある箇所が多くあります。昔は人名の箇所にくると、流し読みにしたり、初めから読み飛ばしたりしていました。でも、ある時、わたしたちは神様の恵みによって新しい民数記を生きているのではないだろうか?と、思わされ名を記されることの幸に与りたいと思うようになりました。
そのようなことを思っていると、少し早めにこの場所に来て、静まっていなければと思うようになりました。私たちは時々 礼拝の前に「私語を止めて、礼拝時間になるまで 静まっているように。」と注意を受けました。礼拝の場所に導かれたのだという思いが薄くなると、心も緩んでくるのでしょうか?祈りの心で礼拝を待つべきなのに、ついそれを忘れてしまうのです。

昔「リジューの聖テレジアの自叙伝」を読んでいたとき、心に残った会話がありました。テレジアは若くして修道院に入り、まだ修練女の頃、ある修道女と話していました。すると、鐘がなりました。修道女は「あら、神様がお呼びだわ。」と言って、駈けていきました。テレジアはそのことでとても心をうたれたそうです。
礼拝に関係のある時間の決まりは私たちが決めているのですが、それは神様との約束なのです。その約束の時間、約束の場所に私たち一人一人の名を呼んで、招いてくださっているのだと、改めて知らされた出来事でした。


リストマーク俳句
                                   IM
☆ 夢の中 我が身駆け寄り 主のもとへ
☆ アジサイや 神の奇跡か 七変化
☆ 山路行く イエスの業を かいま見る
☆ 牧の牛 共に仰ぎし 神の空
☆ 青空に 溶けて歩きぬ 主の御旨
☆ 夕立や 主に清められ 我が身かな
☆ 雨上がる 後に七色 神の筆
☆ 山路行く 空行く鳥も 野の花も
☆ 牧青む 空の広がり 仔牛跳ね
☆ 梅林の 匂いたしかに 山路行く
☆ 湧き水を 飲みていのちを うるおわす
☆ うぐいすの 声かき消さる 山の雨


リストマーク両頬を打たれても笑顔で
                                KR
「もし誰かがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。」
(マタイ五章三九節)
有名な聖句です。クリスチャンでない頃に何度か聞いたことがあり、この言葉を言った人はどんな奇特な人なのかと感心するだけでしたが、その後、これを世に残した人に私の人生を救われました。
二〇代までの私は、「右の頬を打たれたら、理由を聞いても、倍にして打ち返す」というハチヤメチヤな性格でした。負けず嫌いで優しさや思いやりがなく見下したように世の中を見ていました。 だけど、心の中はいつも拠り所ない不安と悲しみでいっぱいでした。 幼少の頃に、大人に裏切られる経験を多くしてきたことが原因です。人間不信と怒りを抱いた状態で二九年間を歩いてきて「結婚と子供」に嫌悪感を抱いていました。
そんな私に、両頬を打たれても仕返しをしないお方は人知を超えた計画を備えていたのでした。
三〇歳手前で正常に生きることができなくなった時、再び教会に導かれました。小学生の時に既に洗礼を受けていましたが、高校を卒業と同時に完全に神様から離れました。キリスト教の否定もしていました。 なのに、嫌々ながら教会に着いた私に紳様は賛美歌で渇いた心を潤す用意をしていたのでした。優しい歌を聞き、ただただ、涙が止まりませんでした。「愛のうちを歩きなさい」(エぺソ五章2節)の御言葉で目の前に暗く覆っていた雲が消えて行くような感覚を体験しました。『「愛のうちを歩く」。なんて柔らかく暖かい言葉なのだろう。こんなに罪深い私にも愛のうちを歩くことが出来るのだろうか?』とにかく、最高の驚きでした。
その後「愛」をイエス様は聖書を通して少しずつ示してくださいました。
神様が不完全な罪深い私を愛し、赦してくださったので、自分のことも他人のことも赦せるようになりました。まだ、両頬を打たれても笑顔でいられる自信はないのですが、 頬を打った相手の事を「理解したい」気持ちです.
私の人生から失われていた「結婚と子供」への思いも最高の喜びとして復活しました。 神様は人生を共に歩むパートナーを私に備えておられ、その人は見事なまでに私が紳様に祈り続けていた「私から将来のだんな様への要望」を持ち合わせた人でした。これまでの人生で聞かれなかった祈りはありませんでした。彼はクリスチャンではありませんが、私を通して紳様が彼に行いたい業のために私が用いられるように祈っています。去年のクリスマスに結婚することが出来ました。
これまでの人生は全て紳様が用意された「最善」だったのだと知り深く感謝しています。今では予定が都合よく行かなくても、私の理想とする予定より遥かに優れた紳様の予定が備えられているのだろうと期待し胸がワクワクします。神様からいただいたものは楽しいものも試練と思えることも全て恵みだから、感謝して受け取ろうと思います。
今の私にとって、生きている中での一番の罪は神様に頼らないことです。 自分の考えではなく、祈り、聖書を開き、静かにその御声に従い歩むこと。それが出来なかった時、無意識であったのに自然と心が寂しくなります。 神様に頼り続けていたら、いつかきっと両頬を打たれても笑顔で、敵をも心から愛し祈れる器へと変えられると信じています。


リストマークことばによって導かれてきた歩み
                                 TT
まだ高校生だった頃、「倫理」の教科書の中で「心で見なくっちゃものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。」(サン・テグジュペリ著「星の王子様より」)の一文に出会いました。目に見えるものだけに価値があると思っていたので、この言葉に大きな衝撃を受けました。その時からいつの間にか「目に見えない大切なこと」を探しはじめていました。
たくさんの本を読んでいく中で、聖書にも触れ、その中でイエスという人は外見についてではなく「心」を話している人だと知り、探していた「目に見えない大切なこと」がここにあるのではと感じました。高校を卒業する頃には洗礼を受けクリスチャンになっていました。
クリスチャンになったものの一時はイエス様から離れたこともありました。その時に与えられた心の病。長く続くつらい苦しみの中で答えを求めて開いた聖書に「すべて重荷を負うて苦労している者はわたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(マタイによる福音書一一章28節)のみ言葉がありました。この言葉によって私が長い間探していた平安を得られる場所、「目に見えない大切なこと」はイエス様の身許だと気づかされたように思いました。
喜びの中で再び始まった信仰生活でした。でも迷うこともたくさんありました。

ある時、クリスチャンではない友人にイエス様について話をしている時、突然にその友人に「中途半端なクリスチャンだけにはなるな」と言われました。何故か私の心にグサッと棘がささったような感触がありました。きっとイエス様に対する私の中途半端な気持ちを見透かされたような気がしたからだと思います。イエス様が友人の口を通して私に必要なことを教えて下さった気がしました。
それからは「私をイエス様の望まれるような本物のクリスチャンに造りかえてください」という祈りと願いを持つようになりました。進むべき方向に迷う時にはいつも友人が言った「中途半端なクリスチャンだけにはなるな」の言葉が思い出されイエス様の御心を求めるように導かれてきました。とても不思議なことです。
思い返してみれば、人生の岐路に立つ時にはいつも私の先に行くべき道を示す「ことば」がありました。
「あなたの御言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」(詩編一一九編105節)
私が意識するしないに関わらず、その言葉の先にはいつもキリストがおられ、すべてが私をキリストのもとへと招いてくれる為のものでした。このような一方的な恵みに気づくたびに、イエス様の導かれる歩みには本物の安心があると確信できるのです。
これからもイエス様によって、「目に言えない大切な」いのちを与える神の御言葉を与えられて、導かれ歩み続けていくことが私の願いです。


リストマーク光をみつめて…Kさんのこと
                                  KK

共にいて下さい 主イエスよ
闇の中の光 主イエスよ(讃美歌21 八九)

この短い讃美を、Kさんと何度一緒に歌ったことだろう。わたしは、きっとこれからも、この歌を讃美するたびに、Kさんのことを思い出す。闇の中の光。最後まで主イエスへの希望を持ち続けられたKさんだった。

はじめてKさんの家に訪れたのが六月の中旬。連絡してから突然訪問したわたしを、まるで前からの知人のように受け入れてくれた。癌末期で自宅療養中。話ができるだろうか、迷惑ではないだろうか。そんな不安は顔を見た途端に消えた。主が働いてくださったのだ。以前からの友人のような気がした。Kさんもそういってくれた。不思議だねって二人で話した。信仰の話は初対面であったのに尽きることがなかった。
その翌日、Kさんは入院された。そこは緩和ケア目的のホスピスだった。それからは、病院での交わりになった。訪問すると、イエス様の話しをしてほしいと言われた。わたしたちは年齢や子供の年、家族構成も似ていたけれど、この世の話はほとんどしなかった。そんなこと、どうでもよかった。聖書を読んで、わたしなりに覚えていたところを話した。一緒に祈った。そして静かに讃美した。話しているわたしがあやふやでも、主がKさんに語りかけてくださったことを何度も感じた。話していると、はっと目を上げて「そうやね、そうやったね。」とKさんは、目を大きく開けてうなずかれていた。わたしも「ああそうだったね」と思わされた。
体調の悪い日は、ベッド柵に手を取り合って、黙ったまま座っていた。それだけで、十分言葉のない話ができた。不思議な交わりの時間だった。だまって手を取り合って、何も話さないでいるのに、そこに何かが流れている。主イエスが共にいて下さると言うことはなんて不思議なんだろうと思わされた。
讃美歌はほとんど知らないと言われた。それで、いろいろ歌ってみた。Kさんが特に何度も希望されたのが「共にいてください」だった。それで、何度も、何度も、本当に何度も、繰り返して二人でうたった。会うたびにうたった。最初に歌い、帰り際にも歌った。
しばらくして、一時期Kさんは元気が戻ってきたように見えた。ベッドに座り、笑顔が見られ、声も大きく話せるようになってきた。ある日、ベッドに手話の本があった。「元気になったら、集会に行きたい。そしたら聴覚障害の方と話すために手話を覚えておきたい。」そういって手話を学び始めていた。それなら、一緒に手話で讃美しよう!と、「共にいて下さい」を手話で讃美した。Kさんは何度も繰り返して覚えられていた。ある日「しんどくて歌が声に出せなくても、頭の中で手話で歌っている」と言われていた。七月の終わりに京都で集会があって、わたしともう一人とで、この歌を歌うことになっている、という話しをした。Kさんも祈りで一緒に参加できるね、というと、「心で参加してこの歌を一緒に歌うね」と言われた。
一時期元気になったように見えていたけれど、徐々に黄疸が現れ、Kさんは起きあがれなくなってきた。また、鎮痛剤のため眠そうでもあった。それでも「聖書を読んで、イエス様の話しをして欲しい」と言われた。家族が来られているときでさえ「先に聖書の話しをして欲しい」と言われた。「何もすがるものはない。イエス様だけだから」と言われた。
苦しそうだった。イエス様が見えなくなるときがあると言われた。けれど、決してイエス様から離れない、離れたくない、イエス様だけしかない、と言われた。そして、イエス様は必ず癒してくださるとい希望を持ち続けておられた。
その病院は部屋に花の名前がついていた。Kさんの部屋は「ユリ」だった。復活の印やね。わたしがいうと「そうやね、そうやね」と言っていた。
「わたしはもし、死んでも行き着くところがあって、希望がある。でも、残された家族が心配だ。わたしが死んでしまって、自分たちを責めたりしないで欲しい。イエス様を同じように信じて生きて欲しい」
Kさんが自分の死について語ったことはこれだけだった。ご家族にこの言葉を伝えたい、と思った。

ある日、訪問すると、呼吸が弱いなと思った。目を閉じていたけれど、声をかけると返事があり、「祈って」と言ったように聞こえた。祈って、讃美した。その翌日、Kさんは召された。
通夜の日の朝、自宅を訪問した。少しでも子供さんと話したかった。Kさんの思いを伝えたかった。訪問してみると、家にはご家族だけだった。Kさんが、訪問したときと同じように静かに寝ていた。今しかない、と思い、Kさんの信仰について話した。末の娘さんと話す機会が与えられた。Kさんが伝えたかったと思うことを話した。そして、Kさんといつも一緒に歌っていた歌を、今うたってもいいですか、と聞いた。Kさんを見ながら、「共にいて下さい、主イエスよ、闇の中の光、主イエスよ」と歌った。
帰ろうとすると、娘さんに呼び止められた。「もう一度、歌ってください」と。
主が働かれた。娘さんが、そのように言ってくれたことがとてもうれしかった。「いつも、手を取り合って歌っていたから、そうやって歌おう」とわたしは言って、娘さんとKさんとわたしと三人で手を取り合って讃美した。わたしは奇蹟だとおもった。人間がどれほど計画しても、こんなこと起こるのはむずかしい。しかし、主が働かれたら、こんな不思議なことが起こるのだと思わされた。娘さんに手話でも教えてあげた。すぐに覚えて手話で讃美されていた。Kさんの笑顔が見えるようだった。

風のように通り過ぎていったKさんに、主を求めよ。そして生きよ。と教えられた。たとえ、苦しくてイエス様を見失いそうになっても、どこまでも主イエスを求め続けていたKさん。闇の中の光、主イエスよ。最後まで希望の光を見つめていたKさん。今頃、その見つめ続けていた光に囲まれているのでしょうね。ハレルヤ。主に感謝します。


リストマーク苦しみを通して
                         KS
先月、娘の披露宴の最後にあった両親への手紙の中で、娘が子供の頃に受けたいじめのことが語られていました。私と娘がイエスさまに心から祈るようになったきっかけはいじめの問題でした。

娘は保育園の時に、いじめられている子供さんをかばった為に反対にいじめられるようになったと先生にお聞きしましたが、私が園舎の裏で子供達の一団にこずかれている娘を見て先生にお尋ねするまではそのことを知らされていませんでした。
ただ「誰も遊んでくれない」という娘に、私は「イエスさまに祈ろう」と泣きたい気持ちで祈り、二人で祈ってお答えをもらうと感謝し、また泣きたい気持ちで祈るその繰り返しの毎日でした。
園長先生は「今どき珍しい、正義感の強いお子さんです、その良いところを延ばしてあげてください」と言われましたが、その後小学校に上がると、いじめのリーダーの娘さんと一緒のクラスになり、度々腹痛を訴えるようになって、夜間娘を病院に連れて行くことを繰り返していましたが、ある日 「私が汚いから誰も遊んでくれない、誰も口もきいてくれない」と泣き叫んで、私の胸に飛び込んできました。先生にお尋ねすると、三ヶ月間、一人で教室で耐えていたことがわかりました。
私は「神様が助けてくださった!」と感謝でなりませんでした。黙認されていた先生と、全く気づかなかった私達親の無力さにも関わらず娘が生きていてくれたことが有り難くてなりませんでした。
数年して娘から「本当は死にたかったけど、皆に迷惑がかかると思って死ねなかった」という言葉を聞いて、娘のように、家族に心配をかけたくないと必死で耐えても、その重荷につぶされて死を選んだ子供さんたちの苦しみに対して、神様の御心を求めました。そして神様は全てを見ておられ、知っておられるということ、誰も知らないその苦しみの大きさも全てご存知で、その子供達にちかくおられたというみ言葉を見つけて、全ては神様の御手の内にあったということだけが、わたしの疑問の拠り所となりました。

私は娘が小学一年の時に心臓を悪くして、強度の息切れと頻脈の為に、数年間は殆ど寝ているか、這ったようにして生活をしていました。
そんな中で、長男のことでも神様に助けて頂いた事をお話しさせてください。

長男が中学の時に激しい頭痛を起こし、私が病院に付き添っていたとき、自分が倒れてしまうと思ったときがありました。
その時、小さな女の子が私の横に来て「主われを愛す」と歌いだし、歌い終ると行ってしまいました。
主われを愛す、主は強ければ、われ弱くとも恐れはあらじ、わが主イエス、わが主イエス、わが主イエス、われを愛す。
神様の愛を信じるとき、私は元気になりました。

また高校三年の時には息子が膵炎を起こして入院しましたが、炎症値が下がらず、検査の毎日で、ドクターが「危険だからしたくない」と言われていた胆管膵管造影の検査だけを残して、炎症値が下がった時に退院しました。
その年の大学受験は不合格で、予備校に入ってからまた痛みを起こして入院となり、そのうちに下痢や嘔吐が激しくなり、強い貧血も出て入院生活が長くなっていきました。

ある日、息子の為に主に在る兄弟姉妹との交わりを願い求めて祈り終った時に電話が鳴りました。埼玉県に住んでおられる姉妹からで「今博多駅に着いたのですが、これからどうしたらいいですか?」という、突然の不思議なお電話でしたが私はイエスさまからと感謝で息子の見舞をお願いしました。
そしていよいよあの検査を受けることになりました。私は息子の命にしがみついてパニックになりました。私自身が息子の発病以来、食事は砂のようでしかなくなり、夜中には胃液が溢れて、目覚めている間中祈り続け、なんとか息子の命を助けようと頑張っていました。
それが頂点に達した時でした、戸の内に貼っていた「あなたは私を愛しますか」の御言葉にハッとしました。
私はまだ、罪人を招いて救ってくださる十字架の福音のことばを知りませんでした。
ただ自分の病気を通して、生きておられるイエスさまとの出会いと、祈りを聞いて下さる憐れみの神様の素晴らしさを知っていましたから、それまでの感謝の思いで「私があなたを愛することをあなたはご存知です」と、申し上げました。そして息子のことも私以上に息子を愛しておられる神様に明け渡しおゆだねしました。
検査が終わった時に息子が「今までの検査の中で一番楽だった」と言い、神様のご真実の素晴らしさに、疑り深い自分のこれまでの不信仰を悔い改めて、これからは神様の愛を疑う一切の思いを捨てますと決心しました。
入院して九四日目に、膵炎を起こす極めて稀なクローン病と診断がつきました。
息子がこれらのことの終わりに、自分が助けを期待したものはみな駄目だった「イエスさまだけだった」と、感謝の証しをしました。今は一人暮らしをしながら熊本で仕事をしていますが、大学の時にイエスさまから離れてしまい、祈る毎日です。

最後に、このような神様の憐れみの中に生かされてきた私ですが、数年前に長く集った集会を出て、イエスさまが見えなくなり、空しく苦しく、神様の群れを求めて暗闇をさ迷い始めました。人間喪失、強度の人間不信の塊となり、光を求めて神様に泣き叫んでいました。
そんな時に徳島聖書キリスト集会のYさんを知ることになり、福岡であった無教会の全国集会の後には、数名の徳島の兄弟姉妹方が、S兄と共に我が家を訪問してくださいました。その時から、徳島の皆さんが、自分にとらわれ続けている私を主の愛で心配してくださり、病気で入院した時にはお祈りで支えてくださり、主が共に居て下さる所は天国のようと感謝でした。
今、そのお交わりから無教会の礼拝へと導かれて、どんな者でも十字架の救いを信じるなら罪が赦され、神の子とされ、永遠の命が与えられる、罪人への福音を聞いて感謝でなりません。

「わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安ら かに出入りし、牧草を見つけます。」ヨハネ十章九節


リストマーク心に残ったことば
                                  SH 
《礼拝を重んずべし礼拝こそ教会の中心(1)真実な礼拝が捧げられているか(2)神のことばによって、信者の品性が保たれているか(3)信者が回心の体験をもって、伝道しているか。この三つが教会の特徴である。そしてこの順序がたいせつである。
カーネギィ・シンプソン博士


リストマーク讃美歌を心の底から歌いたい!             SY

わたしたちにとって、心の底から溢れる思いを込めて讃美歌を歌うことは、とてもうれしいことであり、喜びであり、またそれは大事な、信仰告白にも等しいものです。ところが、その讃美歌を歌う、ということで、最近ずいぶんと考えさせられる事がありました。
U
キリスト集会では、毎週ほとんどを「SSU」という市の施設を借りて礼拝を続けてきました。ここが使えないときは、歩いて5分ほど南にある「SK」の会議室を借りました。でもほとんどの礼拝は市民会館でした。ここは部屋がそれぞれ独立しているのです。無理をすれば八〇人位は入る大きな部屋は、移動壁で真ん中から仕切られ、片方を借りると、現在のわたしたちにとってちょうどよい広さです。そして、まことにうれしいことには、アコーデオンで仕切られたもう半分の部屋は、空いたままにしておいてくれるのです。だからこれまで十年以上も、隣のことをぜんぜん心配しないで、思いっきり讃美歌を歌う事ができたのです。
いつも五階か六階を借りていますが、時々、八階のホールから大きな合唱の声が聞こえてくる事があり、そういう時もあまり気にしないで、かえってそれに負けないくらい大きな声で讃美しよう、といった気持ちでした。讃美歌を思う存分気持ちをこめて、心の底から歌う事はなんと感動的なことか、といつも思っていました。
ところが、つい最近、五階会議室での礼拝中に事務所から電話がかかってきました。ちょうど讃美歌を歌っていたときでした。四階の畳の部屋で、ちょうど同じ時刻に、囲碁の大会が開かれていたらしく、その人たちからクレームがついたのです。「じっと気持を集中して考えているときに、上の階から大きな声で歌が聞こえてくるために、心が乱されて、大変迷惑している」、というのでした。
その日の聖書の箇所はエフェソの信徒への手紙の第二章、あの、「キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し・・・・」というところでした。このままの大きな声で讃美歌を歌っていると、結局「敵意の中垣を取り除く」どころか、「敵意」をもたれてしまう、という思いもあって、少し加減して歌う事にしよう、ということになったのです。
讃美歌については私には一つの忘れられない思い出があったのです。二十年も前のこと、琵琶湖のほとりで、一堂に会した一五〇人の主にある会衆が、何の遠慮もなく、心から、聖歌の「雨を降りそそぎ」を歌ったときの感動がはっきり残っているのです。
そんなこともあって私は実にがっかりの思いでいっぱいでした。神に対する感謝と喜びの思いを心の底から思いっきり讃美することこそすばらしい事だ、とずっと思っていたのでとても残念だったのです。讃美歌を小さな声で歌うなんて!
しかし会場をお借りしているからには、どうしても会館の指示に従わなければなりません。そこで、次の週の礼拝からは、声を落として歌う事になったのです。残念だ、残念だ、と思いつつ・・・。
考えに考えているうちに一つのことを示されました。それは讃美の深さ、大きさは声の大きさによっては測れないのではないか、ということでした。讃美歌はまた祈りでもあります。もしそうなら、たとえ声は小さくても、今自分が歌っている言葉にこめられた深い祈りの言葉を心の一番奥で受け留め、心をこめて、その言葉をつむぎだすようにして歌おうではないか、と思ったのです。
歌うつもりで大きな声を出すのではなく、祈るつもりで、歌おう、それなら、少し声は小さくとも讃美の思いは変わらないだろう、と思ったのでした。
今までは自分の思いのままに、大きな声で、ほかの人とも張り合うような気持ちもなくはなかった自分のひとり勝手が痛切に身にしみたのです。
それでも、それでもやはり、「讃美歌を、思いっきり、感謝と喜びを込めて歌いたい!」という思いはつよく残っています。そのような日の与えられるのを待っているわたしです。 (2007.6.16


リストマーク短歌
      NS
☆ 愛するか主を愛するか愛するか
            三度確かめ子羊を飼え

☆ 愛されるより愛する方が幸いと
            教え給いし主の愛迫る

☆ わが胸に嵐吹くたびまた叫ぶ
            主よ溺れますみ手の助けを

☆ 目を覚ませ絶えず祈れとみ言葉を
            ひねもす飽きずに鴬歌う

☆ 神様にせっぱ詰まって泣きついて
            もう安心と微笑む心臓

☆ 立ち帰り静かにすれば救われる 
            救いの道の何とたやすき

☆ 祈り終え確かにみ霊を感じつつ
            座を立つ朝の風のさやけし

☆ 救急車よるひる走る魂の
            病む人運ぶ車は執り成し

☆ 救霊車運転する人数足りぬ
            若き希望者手を挙げ応えよ

☆ わが罪は数々あれど最悪は祈らざる罪
            気まぐれの祈り


リストマークバークレーに見る、聖霊を冒とくする者は赦されない(ルカ十二章十節)
        KM
ある人が長い間、ある能力の使用を拒否していると、遂に彼はその力を失ってしまう。
人が学校で学んだある言葉を使わないでいれば、その言葉の意味を忘れてしまう。
もし人がただつまらない本しか読まないとすれば、立派な本を読む能力を失ってしまう。
このように、もし人が長い間、聖霊の導きを受け入れず、それを聴くことを拒んでいれば、 聖霊が下ったとしても、その導きを認識することが出来なくなってしまうだろう。
即ち、真理を見ても、真理と認めることが出来なくなることになる。
人が善を見て善であるとする認識力を失ってしまうと、誤りを犯しているときに、それに気付かないようになってしまう。
その人の心は枯れてしまい、心を神の方へ向けることが出来なくなってしまう。
罪の本質は神を王座より下ろし、自分を王座につけることであり、神の道に代えて自分の道を採ることである。
この結果、人は神の声を聴いたときにも、それを神の声として認められない状態となってしまう。(翻訳原文を改めています。イエスの生涯・新教出版社)

恐ろしいことである。精神における生活習慣病はメタノイアを不能とさせてしまうらしい。
私自身は聖霊に導かれているのかどうかはわかりません。
小さな、細き声というものを聴いたことがありません。
旧約聖書に出てくるような神の声を直接聴いたこともありません。
日本人の現代生活は、精神における生活習慣病に陥っていることは間違いないでしょう。
私も知らないうちに、この病に罹っているかもしれません。どうか、この世の全ての現象の背後には、神の御手の働きがあるということを忘れさせないでください。そして神は 愛であり、一人も滅びないように、あなたへと心が向かうように導いてください。


リストマークテーブルの下の犬          HT

イエス、ここを去りてツロとシドンとの地方に行き給う。見よ、カナンの女、その辺りより出で来たり、叫びて「主よ、ダビデの子よ、我を憐れみ給え、わが娘悪鬼につかれ、
いたく苦しむ」と言う。然れど、イエス一言も答え給わず。弟子達来たり、請いて言う。 「女を帰し給え、我らの後より叫ぶなり」答えて言い給う。「我はイスラエルの家の失せたる羊の外に遣わされず」 女来たり拝して言う。「主よ、我を助け給え」答えて言い給う。「子供のパンをとりて子犬に投げ与うるは善からず。」女言う「然り、主よ、子犬も主人の食卓より落つる食べくずを食らうなり。」ここにイエス答えて言い給う。「女よ、汝の信仰は大いなるかな、願いの如く汝になれ」娘この時より癒えたり。(マタイ伝一五章二一~二八 文語訳)
この出来事から私が学んだことはどのような態度が神に喜ばれるのかということです。助けを求めに来た異邦の女に対してイエス様は冷酷なのではないか、とは普通誰でも感じるのではないでしょうか。しかし、実際イエス様が冷酷なお方であるはずはないのであるからそのように考える判断基準こそ間違っているのです。それでは、一体正しい価値判断基準は何処に求められるべきなのでしょうか。この世のある人々は、それは各個人独自の向上とそうして多様な価値判断基準をもつに至った多くの人々の間の対話、あるいは議論によって正しい判断が下せるものと考えております。しかし、人間の罪深さを知る者は、そのような考えに身を任せることは決してできません。そうして私達キリスト者は聖書、すなわち神のみ言葉の中だけに私達の全価値判断基準を尋ね求めることになるのです。そこで、たとえば、博愛主義にもとずいて、イエスは冷酷なりとの判断がくだされるならばそんなものはみ言葉と相容れないものであるのだから断然これを私達の中から排除してしまわねばならないのです。
そういう訳であるから、ここでは、神がイスラエルの民を選び給うた事実は。一体どういう事であるか不可解なことであり、また異邦の私達には良いできごとであるにも関わらず、これを神のなされた義しいこととして認めなければならないのです。しかし、そこからただちに今日のアメリカとイスラエルの横暴を正当化することはできません。そもそも彼らにはイエス様に従おうという積もりは少しもないようであるし、また、仮に活ける神がご自身の選ばれた民を途中で棄ててしまわれるようなことがあったとしてもそのことさえも義しいこととして私達は受け入れなければならないからなのです。真実に人を皆偽りものとするとも神を真実とすべしとある通りです。そうであるのだから、私達はみ言葉の中に神のご意志を尋ねるに当たっては、細心の注意を払い、恐れおののきて祈り求めなければならないのであるし、また、信仰の兄弟姉妹との交わりも重要になってくるのだと思います。
さてそういう訳で、イエス様の下に助けを求めに来たカナンの女の態度こそ私達人間のとるべきふさわしい態度だと思い、そこには、どうしても救われたいという願いだけがあって、神の定めたもうたことに対するわずかの疑問や不満も見あたらないのです。
しかも彼女のイエス様への受け答えは真実に知恵に満ちており、それ故、「女よ、汝の信仰は大いなるかな」と告げられたイエス様のたいそう喜んでおられるお姿が目に浮かんでくるのです。人のその創り主に対する適切な応答によって初めて完成すべき神のみわざがここに描かれております。
私達の実際生活に於いては、神は冷酷なお方である。さらに進んで、神は結局おられないのではないかという悪しき思いに引き込まれる危険性に極めて大きなものがあるのではないでしょうか。どうしてこんなひどい目に遭いながら生きていなければならないのだという気持ちは、世の中ですでにそれ以上のものが、他の人の身の上に起こっている艱難というものが、わが身におおいかぶさった時、私が抱いてしまう背信の思いです。
しかしこんなことを言ってしまう私の信仰をカナンの女の信仰とくらべるならば全く問題外です。そのような思いが如何に曲がっており憎むべきものであるかが明かとなるのです。だから、艱難に遭ったとき不平を言って悪魔を喜ばせるのでなく、神が私に望んでおられる態度をもってイエス様に喜んでもらえるように絶えず油断せず、心に備えをしておかなくてはならないし、またそうすればこそ艱難を神を喜ばせる絶好の機会として喜ぶ事ができるのではないかと考えています。
                                   (二四才)


リストマークホタルブクロによせて                   IE

今年の春、小さな苗をもらって庭の角に植えておいたら、どんどんどんどん緑の葉っぱがのびてのびてのびて。横にものびて、そのうちの二本は上にのびて、緑の塔のように突立った。そこに小さな蕾がたくさんつき、やがてつりがね型の白い花が咲いた。苗をもらった人にその名を聞くと「 ホタルブクロ」と教えてくれた。
つりがね型の白い花。スカートなら五枚はぎの布地。継ぎ目のところに細いミシン目のような薄紫の線が入っている。だけどよく見るとこれはナント手縫いだ! ていねいにひと針ひとはり神様の手が縫ったような跡だ。裾のところにはゆるやかな波形の切れ込み、白雪姫のスカートみたいだね。 花の形はみなやさしい。時おりバラのようなトゲを持つものもあるが、それらは壊れやすいやさしいものを護るためにあるにちがいない。
はげしい雨の降った次の朝、鈴を連ねたようにうつむいて咲いた花の一つが、ガラス細工かと思うほど透きとおって銀色に輝いていた。アッ、ゆうべ蛍が一匹、この中で雨宿りをしたんだ。ひどい雨だったから・・・。神様の手の中に逃れ、わたしたちも時折じっとしているように。
用を済ませたらこの花は、すっかり透明になってその命を終わるのでしょう。ホタルは一晩中、宿を貸してくれた花のためにほのかなともしびを灯し続けて、それからどこかへ飛んでいったでしょう。今度はじぶんの役目を果たすため、与えられたじぶんの仕事をするために。
聖書・続編の「エレミアの手紙五九~六一」にこうありました。「太陽も月も星も光り輝いて自分の努めに忠実です。稲妻もきらめくとはっきり見えます。同じように、風はどこの国にも吹き渡ります。雲も神に命じられると、世界のどこへでも流れて行き、その言いつけを果たします。」
そう、誰にでも自分の努めがある。でもその人にとってのほんとうの務めってなに?それは創造主である神様しか知らない。だからわたしたちにも神様どうか、じぶんにふさわしい魂の務めを与えてください。ひょっとしたらすでに与えられているかもしれない。それに気づかせてください。でもちいさなちいさなちいさな努めにしてください、あのホタルブクロのように。チイサナチイサナものがするのですから、心をこめて、ゆっくりできるように、さいごのさいごまで忠実にできるように。そして神様が助けて自然にそれができるものをおねがいします。


リストマーク人は何をもってして「幸」と成すのか
                 MD
マルコによる福音書一四:37
Then he returned and found the three disciples asleep. He said to Peter, Simon, are you asleep? Weren't you able to stay awake for even one hour?’”(Todays English Version)
“それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。” (新共同訳)

家族の苦労を見ては、「自分が努力をして彼らには出来るだけよい生活を送ってもらうのだ。」と思い、同輩や先輩の背中を見ては、「彼らはあんなにも真実に生きて、神様のためにまっしぐらに働いている。」と思い、自分自身を見ては、「何か出来ないものか、自分の力が生かされないものか。」とくすぶり続けていました。しかし、究極的には、これらの思惑とは、すべてこの世的な自分の功名出世への一種の熱のような強い憧れであり、自己顕示欲を満たそうとする欲望であるのです。自分はこの心のシミにいつも苦しんでいました。まさに、主イエス・キリストと寝食を共にし、数々の奇跡を目の当たりにしても、己の欲望に蝕まれて押し流されてしまった、この朴訥としたあまりにも素直な男のように。

詩篇四十:13
Save me, Lord! Help me now! (Todays English Version)
“悪はわたしにからみつき、数えきれません。わたしは自分の罪に捕えられ 何も見えなくなりました。その数は髪の毛よりも多く わたしは心挫けています。”(新共同訳)

自分の罪に対して繊細になり、内省を重ねるという心は神様からのすばらしい賜物です。誠実な信仰です。しかし、ある思想家が「闇を見つめると、また闇もこちらを見つめ返している。」と言ったように、人間とは本当に弱いもので、古い自分の燃えカスに繊細になるにつれ、「自分は駄目なのだ」という思いを自分のなかで反すうする度に、心とらわれて、闇の中へ引き込まれていくということがしばしば起こります。自分の心に陰りがさし、湿りきっていては、カビがあっという間に侵食していくように、悪の根がどんどん絡みつきはびこってくるのです。自分の思惑を優先してしまえば沼にはまってしまうのです。

(I) once was blind, but now I see.
“私は、以前、私の罪がどれほど残酷なものなのか、世の正義がどれほど脆く、神のことばがどれほど真実で偉大なものであるかなど知る由もなかった、しかし、神がその愛によって私を救ってくださった今となっては、それらが私の心を打ち続けて止まないのだ。”
賛美歌: Amazing Grace by John Newton
意訳:D. Matsuura

では、そのような河口で泡立つ川の汚れを無視すればよいのでしょうか?外国で多く見られるように、「これが人間の性なのだ、仕方がないのだ。」と居直ってしまえばよいのでしょうか?また、「自分には今更どうしようもない。神様が何とかしてくれるのさ。」と全ての神様が与えてくださった「学び」のせっかくのチャンスを放棄してしまうのでしょうか?そうではないのです。その自らの“汚れ”を通して、自分は「明日は炉に投げ入れられる」ような、刹那を生きる“はかない存在”なのであると痛感するのです。何度やっても「無力」な自分を痛感するのです。しかし、そんな捨てられて当然のような、卑しく醜い“シミ”を持つ自分を「神の似姿」に創ったとまで言ってくださり、深い愛でその願いを聞き届け、必ず叶えてくださるのが神様なのです。そして、前者で述べた繊細な考え方(Micro Vision)と共に、主イエス・キリストの支配に入り、その永遠性の中に生きて、すべてを見るという広大な見地 (Macro Vision)に立つ時、どうしようもない自分への憎しみや恥、悲しみや失望は一気に押し流されて消えしまいます。

へブライ人信徒への手紙一一:16
Instead, it was a better country they longed for, the heavenly country. And so God is not ashamed for them to call him their God, because he has prepared a city for them (Todays English Version).
“しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。”(新改訳)

人生は永遠に続いていて、今のこの生活は本来あるべきところから、ただ一時的に滞在していると考えます。そして、この生活が終わったならば、自分は故郷に帰る、こう考えます。そうすれば、どうでしょう、自分の日々の憂いも煩いも清い大河の流れの中に埋没し、きれいさっぱりと洗い流されてしまいます。自分の職業や地位や名声などこれっぽちも気にならず、そればかりか、自分が思い巡らす理想までもが色あせて可笑しくなってくるではありませんか。重苦しい肩の荷はすっかり降ろされ、すがすがしい気持ちに変えられます。

ローマ信徒への手紙I 一四:17
for the kingdom of God is not eating and drinking, but righteousness and peace and joy in the Holy Spirit (New King James Version).
“神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである。” (口語訳)

そんなとき自分はどうするのでしょうか?短いこの滞在地で自分はここで何をすればいいのでしょうか?しかし、今はもはや己が功名に燃える自分は流れ去ってしまいました。独りよがりの理想もついには思い出せないくらいです。そんな自分は何をすればいいのでしょうか?否、そんな時、自分は何がしたいのでしょうか?それは、毎日の生活を「神の使いとして」また「神の国の市民」として全うすることであるのです。たしかに、伝道をする人々、また、隣人と共に働いている方々をうらやましく思うのは当然の気持ちであると思います。しかし、「神様の国」ではなにも伝道者や奉仕活動をするものばかりではないのです。たしかに「神様の国」には、たくさんの職業の人がいるとつくづく感じさせられます。「神様の国」では、病人だって立派な仕事であり地位なのです。障害を与えられ戦うこと、また共に戦うことも仕事なのです。祈るという大切な欠かすことの出来ない仕事もあります。それから、思いやるという仕事もあり、感謝をするという仕事もあります。もっと極端に言えば、日々の生活において与えられた状態、これこそが仕事なのです。ならば、私たちは、それらに感謝をもって、そして祈りをもって実践するのです。「神様の国」では、人の数、その人の毎日の数だけ仕事があるのです。

詩篇二八:7
The Lord is my strength and my shield; My heart trusted in Him, and I am helped; Therefore my heart greatly rejoices, And with my song I will praise Him (New King James Version).
“主はわたしの力、わたしの盾 わたしの心は主に依り頼みます。主の助けを得てわたしの心は喜び躍ります。歌をささげて感謝いたします。” (新共同訳)

人は何をもってして「幸」と成すのでしょうか?それは、この人生においてイエス・キリストが自分のような卑しい存在を拾い育んで下さっているということをもってです。自分に存在を与えてくださり、生を与えてくださり、日々の糧や生活とともに希望をも与えてくださる。楽しみ、苦しみや悲しみを与えてくださり、知恵を与え、正義、愛、忍耐や慈しみを教えてくださる。「その道」を指し示し、迷うときも、間違えるときも、常に「道」に引き戻してくださり、絶えず「その道」を明るく照らしてくださる。我々を日々進歩進化させ、そして永遠の存在へと変えてくださる。それをわたしたちはただただ涙を流して喜ぶのです。

「主よ、感謝いたします。あぁ、私はもぅ何を思い煩うのでしょうか?この世で主の御国に入れていただいて、わたしは、あなたの胸に抱かれて、何を悔いることがあるのでしょうか。ただ、罪深い私をお許しください。」

創世記二八:15
"Behold, I am with you and will keep you wherever you go, and will bring you back to this land; for I will not leave you until I have done what I have spoken to you" (Today
s English Version).
“見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。” (新共同訳)

これは、狂人の戯言なのでしょうか?それは、この作者にしか分からないことなのかもしれません。しかし、主は今まで私に幾度となく裏切られ続けて来たのに、一度たりともこの罪人の手を御放しにはなられませんでした。そして、まさに、今こうしている間も、しっかりとこの放蕩者の右手を握って下さっているのです。確かに、確かに、私の心をも御創りになられた主は、私の中におってくださり、そして私をやさしく包み込んでいてくださるのです。

へブライ人信徒への手紙 一一:1
Now faith is the substance of things hoped for, the evidence of things not seen. (New King James Version)
“信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。”(新共同訳)

霊の炎を絶やしてはなりません。燃やし続けるのです。われわれの中におってくださり、周りにいて常にわれわれを見守ってくださる主を賛美して。Amen!!

“’Oh, dear Priest, but I dont believe in God, Edmond Dantes cried at dying Priest in his arms, and calmly and peacefully Priest replied, But He believes in you, Dantes; And the moment after Lord raised his soul to the third Heaven.
Quote from Alexandre Dumas
s The Count of Monte Cristo (2002)
“「しかし、司教、俺は神様なんか信じちゃいないんだ。」ダンテスは、肺を潰され死に行く司教に泣きながら訴えた。司教は、満面の平安を顔中にたたえてこう言った。「しかし、神様はあなたを心から信じておられるのだよ、ダンテス…。」そして、その瞬間、主は司教を天高くに上げられた。”
映画「モンテ・クリスト(アレクサンドル・デュマ)」から


リストマーク弱さを生きる
                                     TM

わたしの恵みはあなたに対して十分である。
わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。  (第二コリント十二章:9

このたびキリスト教図書出版社より「今がいちばん幸せ」を出す運びになりました。ところで、そこに載せようかどうしようか迷って、結局掲載しなかった文章が少なからず残っていました。これらを集めて今一度読み返してみたところ、改めて先の文集との連続性に気がつきました。それは使徒パウロが上記のコリントの信徒への手紙Ⅱで言及している事実であります。すなわち病気の彼女の内から出てくるふしぎな力、「弱さの力」ともいうべきものであります。

今年のお正月に、正子は都立神経病院に入院しましたが、彼女の主治医であり、またHDの専門医でもいらっしゃるN医師が、正子の療養の様子を不思議がって私にこう尋ねました。

「HDの患者さんは普通、苦悶の表情を浮かべ、抑うつ荒廃感情が支配的であるといわれているのに、正子さんは病院でとても明るくしていらっしゃいます。脳断層撮影で見ると、彼女の大脳前頭野はほとんど削げ落ちているのに、彼女はたくまざるユーモアをお持ちです。ご主人、これは正子さんのもともとの性格から由来しているのですか?」

彼女は長らく病気のために暗い沈鬱な世界の住人でした。けれど、記憶も摂食も排泄も入眠も何もかもが不如意になってしまった彼女は、あるときからきっぱりとこのように断言するようになったのです。

「わたしはハンチントン舞踏病です!」

それは彼女が自分の病気を全面的に受け入れ、「病者」そのものに成り切ったことを意味します。それからの正子はもはやいかなる人生の嵐にも動揺することはなくなりました。今や彼女は病死の壁さえらくらくと乗り越えてしまっているように見えます。「弱さを生きる」彼女の霊は風のように自由です。正しくキリストの力が彼女の「弱いところ」に完全にあらわれているのであります。こんな妻の「弱さ」を目の当たりにしていると、臆病な自分も大胆にされて、彼女のような「弱者」に成りたいと本気で願う気持ちにさせられます。(2007621日)


リストマーク野草から
                                   SM
 主により霊的な目や耳が開かれたら どんな景色を見ても そこから 御手の働きを感じ取ることができることを思わされます。
 海南の道々にも初秋の作品を あちらこちらに豊かに散りばめて 主は私達を楽しませ慰めて下さいました。 私はクズの花と会ったことがないので 出会えたらいいなと期待していました。 まだ少し早いようでしたが 咲き始めた花に触れることができました。秋の七草に選ばれるだけのことはあるとその時思いました。花の香は、フレッシュなぶどうジュースのように甘く優しい芳香を放っていました。Y姉が色の説明をしてくれました。私は紫色一色だと思っていましたが花の外側は深い赤に包まれている事を知り、昔ボルドー色の手編みのセーターを大切に着ていましたがその色を思い浮かべて想像しました。
ヒメヤブランの花は十センチくらいの小さなものでしたが、真っ直ぐに上を向いて愛らしく咲いていたのも印象的でした。
「今日の御言葉」にもあったシューカイドウの花が山の斜面に群生している場所にも招いていただきました。葉っぱがあんなに大きくて左右対称でない葉を初めて触りました。あんなお皿があったらおもしろいだろうな。
いつも植物たちを観賞するときに思うのですが、神様は豊富なアイディアで、ときにはユーモアさえ感じさせてくださり、色々な人が作った芸術作品や洋服のデザインは単なるこれらの自然の模倣にしかすぎないと思いました。
私もこんな楽しみを知らずにいたらどんなに無味乾燥な日々であったでしょう。
心にイエス様が入って下さって自然の中にもそのメッセージが秘められていることを知らされ感謝です。
家庭集会を月一度するようになってからは 家の中の空気がなんとなく明るく変えられていっていることがよくわかり本当に感謝しています。
夕方妹達と姪を連れて近所の林業試験場にどんぐりとまつぼっくりを拾いに行きました。どんぐりは小さなものばかりでしたが、木の下に可愛らしい野草が小さな花をつけているので みんなで一生懸命に摘んで帰りました。「いつも吉村さんが持って来てくださり何度も見ているようなものばかりなのに、ちっとも名前がわからない」と言っていました。それでも以前であれば、こんな場所に誘っても絶対に行ってくれなかったと思います。 私のために三人で可愛い草花を摘んでくれて、家の玄関に活けてくれました。「集会の時にみんなに見せてあげような」となっちゃんが言っていました。集会の日まではとても
持たないよとみんなで笑いました。
小さな花瓶に野草をいっぱいさしているとなっちゃんは集会を連想するのです。こんな目立たない野草にも美しさを感じてくれるようにみんなが変えられている事に感謝です。 澄んだ空気の中で神の臨在を思いました。 いつもみなさんが小羊集会に寄せてくれるお祈りを感謝しています。


リストマーク短歌       IM

☆ 体調の良き今日の日は恵みなり
          四肢を駆使していちにちを終ゆ

☆ この人のありのままを受け入れる
          主の深き愛知りて倣わん
 
☆ 時来れば花咲くようにこの祈り
          主のご計画に添いて聞かれる
 
☆ 我が思い捕らわれ神を離れしば
          恐れも強く闇夜ですくむ
 
☆ 疲れたる心を花に癒されて
          みことばに依りて生き返えらさるる
 
☆ 世の恵み備わる立場投げ捨てて
          愛ひと筋の石井筆子


リストマークこんな本を読みました
「生かされて」  イマキュレー・イリバギザ著 PHP研究所刊
                                   NY
1994年、アフリカのルワンダで、フツ族によるツチ族への大虐殺が起こりました。この虐殺で、100日間で100万人もの人たちが犠牲となり、国中はすべての機能を停止して殺人を繰り返すという恐ろしい事態となりました。
この虐殺の原因は、ルワンダの長い歴史の中で徐々に積み重ねられた差別と憎しみでした。元々仲の良かった二つの民族の間に、ルワンダを植民地としたベルギーの政策によって差別が作られ、徐々に深い溝が広がり、やがて国中が取り返しのつかない憎しみで覆われてしまったのです。
この本は、その虐殺の中、奇跡的に生き残ることができたツチ族の女性、イマキュレー・イリバギザさんの信仰の記録です。
彼女は大虐殺のただ中で、自分を憎み殺そうとする人々を、また愛する家族を虐殺した人たちを、愛し赦すことを学び取りました。また、いかに逆境のただ中で神様を信頼し、神様の愛を信じきるかということを学びました。
イマキュレーさんは家族と散り散りになり、町のフツ族の牧師の家に逃げ込みました。狭いクローゼットのようなトイレの中で、彼女は3ヶ月もの間、6人の女性たちと共に身動きもままならない状態で隠れることとなりました。物音も一切立てられず、女性たちはすし詰め状態でした。衛生状態もどんどん悪くなっていきます。食事は牧師が運んでくるのですが、家族にも彼女たちの存在を隠しているため、食べ残しをほんの少ししか運ぶことができません。家族の中にはツチ族は滅んだ方ががいいと考えている者がいました。ツチ族を匿う穏健派のフツ族は、ツチ族と同じように殺されてしまうので、牧師も強い緊張状態の中にいました。
彼女たちは体重がどんどん減り、骨と皮ばかりの状態になっていきました。後に二人の少女が更に加わり、8人もの女性がそこに隠れることとなりました。けれど彼女たちの体重があまりに減ったため、隠れ場のスペースは広がっていくようにさえ感じられたのでした。
ドアの外や壁の外には、何度も大勢の殺人者が押し寄せ、家捜しが始まり、彼女の名前を叫びながら探しています。その度に気も失わんばかりの恐怖が襲ってきます。悪魔も耳元で囁きます。お前はダニエルのような聖人でもないのに助かると思うのか。うぬぼれるな、と。
殺人者はついこの間まで隣人だった人たちなのです。自分の父親が親切に助けてきた人たちさえいました。
苦しい環境、繰り返される恐怖の中で、彼女は毎日、朝から晩まで祈ることで日々を過ごしました。ほんの少しでも祈ることをやめれば、悪魔の疑いと自分自身への哀れみに襲われてしまいます。絶えず祈ることで心の中に神様との場所を作り、そこを隠れ場としました。
祈ることは愛することにつながり、やがてはっきりと赦すことにつながっていきました。神様が苦しむ彼女に赦すことの意味を教えられたのでした。
私にとってとても印象的だったのが、イマキュレーさんが見たイエス様の夢です。『私は、夜明け少し前に眠りに落ち、これまでのどれよりもはっきりした夢を見ました。イエス様が私の前に立っているのを見ました。その腕は、私を抱こうというように私に向かって差し伸べられていました。
彼は腰布一枚という身なりでした。その髪は肩に流れ、あまりに痩せているのに衝撃を受けました。あばら骨が浮き出し、頬はこけてくぼんでいました。
それにもかかわらず、私を見たときの彼の目は星のように強い光を放っていました。そしてその声は、優しいそよ風のようでした。』
わたしはこの夢のイエス様の姿に心打たれました。イエス様という方は王の王という立場ながら、十字架から2000年近くたった今も、身につけるものさえなく、とても痩せておられるというのです。
それは、いつも私たちに与え続けられ、ご自分のためには一切を捨てておられるお姿なのだと思いました。人間の欲、罪を見つめながら、それでも愛し清め続けられるイエス様のお姿。この痩せたイエス様の姿を、私は忘れてはいけないと思いました。
イマキュレーさんは何度もイエス様の夢や幻を見て、神様との個人的な関係を深めていきます。暗闇が深ければ深いほど、神様の助けも強く近くありました。
彼女は序文にこう書いています。『この本はルワンダの歴史や、虐殺について書いたものではありません。1994年の大量虐殺については、たくさんの優れた本が出されています。政治的に、また、どうして起こったかという記録として。(中略)でもこれは私の物語です。私が覚えていることを書いたものです。まるで昨日起こったことのように思い出されます。実際に起こったことなのです。(中略)私は、たくさんの人々の魂の役に立つことができたらと祈りながら、この物語を書きました。』
このイマキュレーさんの祈りは神様に聴かれ、読む人の魂に聖霊の風を運んでくれます。
この本のタイトルは「生かされて。」ですが、彼女は自分が生き残ったのは、この苦難の中で学んだことを多くの人々に分かち合うため、つまり証しするため、神様に生かされたのだと強く感じているのです。実際彼女はその体験を説明するときが来ることを信じ、隠れ場のトイレの中で初めて英語を学び始めたのでした。驚くべき事です。
私はその貴重な証しであるこの本を、多くの方が手にとって直接読んでくださったらと願わずにはいられません。
「平和とは、一人一人が神様との間に持つべきもの」、と以前集会で学びました。神様との個人的な平和がなければ、戦争そのものについて論じ合ったところで真の平和の実現は困難であることを思います。この物語が歴史や虐殺そのものについてではなく個人的な信仰の証しである、という点に、私はとても大切な意味があると思いました。


リストマークイエス様に結ばれている姉妹
              OM
今年も吉村孝雄兄を迎えて、徳島、札幌の交流集会(今年で四回目)の開催がかない徳島、旭川、苫小牧、札幌の小さな群れが一同に会して喜びの時を過ごす事ができました。
今年は特に微力な札幌スタッフの力の結集によるものでした。
もう一つイエス様から素晴らしいプレゼントをいただきました。
集会終了後にYさんと有志で(『祈の友』でご存知の方もおられるでしょうか?今は札幌の施設におられる)YTさんの訪問が実現したのです。埼玉から札幌に移ってこられたYさんと出会って一五、六年、(それ以前の深いことはわからないままに)少しばかりの話し相手として訪問していたのです。昨年、浦和集会のN兄より私のところに三五年ほど前の「祈の友 全国集会」の大集合写真(ストレッチャーに横たわるTさんを囲んでいる )が送られてきたのですNTさん九六才のご高齢なのに達筆なお手紙と住所が添えられて・・・そして施設に伺った時、(最近は少し話しがずれてしまうところもあるのですが)「N先生、知ってるわよ、祈の友の先生・・・」Yさんは私の目を見てとてもさわやかな返答でした。
次の訪問の時、私が持っていた携帯電話でまさかと思いながらもNさんにコールしてみたらなんと、お元気な声が返ってきました。何十年ぶりでしょうか、しばらくYさんとNさんのお二人の懐かしむ会話が続きました。
「いのちの水」「四国祈の友のお知らせ」にて、今も祈りが受けつがれて各地で祈り祈られている絆の確かさを知って、YさんにYTさんのお話をしたことから今回、施設訪問へ・・・過密スケジュールだったのでYさんの体調が守られることを祈りつつ。
後日、これがきっかけで、N姉から矢部さんと音信途絶えて心痛めているという姉妹からも連絡あり・・・イエス様に強い絆で結ばれて・・・ご高齢で病の床にあっても強い信仰を持ち続けている大先輩のいることを学ばせていただいています。
「今は聖書一巻に食らいついています」の一文に圧倒されました。


リストマーク「いただいた義」   イザヤ書五三章
                                 NY

5節「彼が刺し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり、
   彼が打ち砕かれたのはわたしたちのとがのためであった。
   彼の受けたこらしめによってわたしたちに平和が与えられ
   彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた。」
このたび私たちはこの近畿集会において「イザヤ書五三章」をテーマとして神様から与えられました。この五三章はクリスチャンとして聖書を読んできた人なら誰しもが何らかの啓示を受け、親しんできた御言葉だと思います。これまでにもさまざまな学者によっていろいろな解釈がなされ、中でもメシヤ預言として旧約と新約をつなぐ接木の役目を果たしている重要な箇所だとも言われています。
始めに読んだ五節の「彼の受けた懲らしめによって私たちに平和が与えられ(彼の)受けた傷によって私たちいやされた」とありますが、この「平和」とは何か、「傷によっていやされた」とはどういうことか今の私たちに何をこのことを通して語ろうとされているのか、私たちはいつも新しい気持ちで祈り求め、考え続けていかねばならないと思います。
 さて、旧約聖書にはいたるところにメシヤ-(救世主)を待ち望む民の思いや預言的なメッセージが多く見られます。今回改めてイザヤ書を読んでみて、イザヤ書がいかに私たち人間にとって希望と慰めの書であるかを実感することができました。壮大なスケールで神様の審判と愛が描かれています。
 神様はイザヤ書の至るところで言われています。
    「私ははじめであり、終わりである。私をおいて神はいない。」
    「わたしは主、ほかにはない。わたしを仰いで救いを得よ。」
四十章
    「主に望みをおく人は新たな力を得、わしのように翼をはって上る。走っても弱 ることなく、歩いても疲れない。」
四一章
    「私はあなたを選び決して見捨てない。恐れることはない。たじろぐな。私はあなたと共にいる神」
旧約の昔から私たちの身のまわりにどんなことがあっても神様はいつも、恐れるなあなたと共にいる、決して見捨てない。私たちを愛し、共にいると、約束されているのです。
イスラエルの民がバビロン捕囚と言う大きな苦難の中にあってなぜこんな目に自分たちは合うのかと思ったことでしょう。いつもなぜこんな目にあうのかと、見える現実だけに目をやり心を留め、うろたえて一喜一憂している私たちもなかなか神様のそうしたお心はつかむことができません。「私をおいて神はいない」と言う御声をなかなか聞けません。よい時も悪い時もすぐに神様が見えなくなります。信仰がぼやけてしまうことがあります。そういう体質が根強くあります。
矢内原忠雄さんは、「神様の前で砕けたる魂を持つこと、そのことが分かるまでは残念ながら『慰めよ、何時らわが民を慰めよ。』と言う神様のみ声は聞こえない。もっともっと苦しみの中に放置しておかなければならない。それが情けである、神様はそうお考えになっている。」と書かれています。
さて、イザヤ書四十~五五章は第二イザヤと呼ばれる預言者の預言とされています。「主の僕の苦難と死」と書かれています。主の僕とはいったい誰なのか。イスラエル民族を指しているとも、第二イザヤその人とも、代表する預言者とも言われ、さまざまな説があります。しかし、キリストを信じる人すべてがそうであるように、私ははっきりと救世主イエスキリストであることを確信します。
旧約の昔から人々は何か過ちを犯すと神様に許してもらわないといけなかった。神様の怒りをなだめるために多くの供え物やいけにえをささげた。しかし、神様はなかなか悔い改めようとしない民をただでは赦されなかった。あの御子イエスを罰せられた。イエスが子羊となって私たちの代わりに罰せられ、罪をこらえてくださった。神様のなだめの供え物となり、その怒りをとりなしてくださった。神様は人間の罪をうやむやにはされない。こともあろうに独り子イエスを代わりに罰せられた。キリストの流す血は私たちの罪のためでありました。
しかしそのイエスはどのような姿で私たちの前に現れたのでしょうか。
五三章2節から4
   「乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。     見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々 に見捨てられ、多くの病を知っている。彼は私たちに顔を隠し私たちは彼を軽蔑 し、無視していた。彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みで あったのに」
イエス様は決して人々の期待するような姿では現れませんでした。詩篇二二編にも「私は虫けら 人とはいえない。」という預言的な箇所があります。悩みを知り、悲しみを知っている方であったイエス様。私たちは良いところは何一つないのに常に自分があるから低くなれない、イエスのごとく人々に見捨てられ、無視されたそういう経験も少ない。血を流し人々にあなどられもっとも惨めな姿となって私たちにかわって十字架についてくださった。そのイエス様のことを思うとき、かろうじて私たちはつらい状況をも素直に受け止め謙虚になることができます。罪のために滅ぶほかなかった私たちのためにそのとがのためにイエス・キリストは十字架につけられ、私たちは義なる者として神様の前に立つことを許されているのです。
11
節「私の僕は多くの人が正しい者とされるために彼らの罪を自ら負った」
イエス様の十字架は私たちが正しいものとされるため言い換えれば義とされるために神様から一方的にいただいた恩恵、恵みであり、「いただいた義」であることを私たちはどれだけ実感し、心から感謝しているのでしょうか。聖霊によって感じているのでしょうか。私はいつもいつも思います。あまりにも恵みを感じる度合いが少ない。伝道の熱心が足りないのはあのことこのことが理由ではない。イエス様のあがない、神様が赦してくださった恵みをありありと思う実感がないからだと思います。
キリスト・イエスと共にいること、これを一番の喜びとしているのか、このことがクリスチャンとしてのはじめであり終わりであると思います。ロマ書三章25節                                                「神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪をつぐなう供え物となさいました。それは今まで人が犯した罪を見逃して神の義をお示しになるためです。・・御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じるものを義となさるためです。」とあります。
神様はすべての人を相手にして、すべての人を頭に入れて、あがなって赦すと言われました。でもそれを受ける側の条件はあくまでも「信じるものは」といわれているのです。私たちはこの「信じるもの」の一人になるために私に代わって罰せられたイエス様を、親しい友人や家族を思う以上に、概念ではなく、ありありと実感していく信仰を持ちたいと思います。私の罪を背負って代わりに死んでくださった。すまないことだなあ。と。「いただいた義」その感謝から少しでもこぼれる行為があるとしたら、それが神様の喜ばれる、御心にかなうものとなっていくだろうと思います。自分がしたことでなく、神様がなさった行為だからです。 
  中村ししおという方がおられました。中村さんが死の床で苦しまれていた時、奥さんが見かねて私が「代わってあげたい」と言われました。中村さんはこう答えられたといいます。「いやとんでもない、自分は今キリストの十字架の苦しみに与っているのだから。この苦しみは十字架の恵みをわかるために賜った恩寵だ。代わってもらうわけにはいかない。」と。そしていよいよ苦痛が耐えがたくなると大声で「主の十字架!主の十字架!」と連呼し、「これしきの苦しみで主の十字架のお苦しみが分かるか!」と叫ばれたそうです。
これまでの歴史の中にもキリストを信じていたために迫害され召されていった人が多くいました。「信じていません」と一言言えば助かった命なのに。私は先の中村さんや迫害の中で死んでいった人のことを思うたび、この人たちははっきりとキリスト・イエスと共にいることを一番の喜びとしていた。私たちの義は神様から一方的にいただいた恩恵であることを、義とされるという感謝を実感していた人たちなのだろうと思います。だから苦しみや死を受け入れることができた。
「信じる者は義とされる。」・・・との御言葉。私たちも五三章で示されたキリストの十字架による平和、いやしを本当にもつことができるように、苦しみをも感謝し、祈り続けられる者でありたいと願っています。罪を赦され、一方的に「いただいている義」であることの幸いを聖霊によって祈り求めていく、日々時々十字架の前に立つ、そうした信仰をもちたいと祈ります。それが結局はイザヤ書五三章が、聖書が示していることなのではないでしょうか。   (2007,7,28  近畿地区無教会 キリスト教集会で語った内容)


リストマーク近畿地区無教会キリスト教集会に参加して           OT

近畿地区無教会キリスト教集会に参加する事ができ感謝でした。
ヨハネ福音書で「見よ」と洗礼者ヨハネがイエスを指し示した。私達の見るべきお方はイエス・キリストである。聖書を研究するのでなく、聖書の中のイエス・キリストに触れ、神のご意志を尋ね、イエス・キリストを信じる事である。聖書は信じるか信じないかである。分からないところは注解書を調べるのも良いが霊の助けによって読むことも大切である。神を知るには霊の力を受けなければ見えない。植物には植物の使命があり、動物も使命がある。人の使命は、隣人への愛、血族の義務、国家への責任などがある。人は生まれながら罪がある、神の義と愛により救われなければならず、今はイエス・キリストによって救いは完成されている。Y兄の講話からこのような事を感じた。

今回のテーマはイザヤ書五三章である。何度か読んで、準備して出席した。詩的な文書で読み筋がよく解らなく何となくイスラエルの聖者の体験を通して神の言(ことば)を語っているのだと思い、贖いのことが書かれているのかと思っていた。M兄の発表は歴史的背景を学んで語られた。ユダ王国が滅亡する中で神への信仰に生きる様が書かれている。小舘兄の話はイザヤ書の第二イザヤはゼルバベルいう預言者の事が言われ、彼は生涯恵まれない境遇にあった。彼は神に忠誠な人で神に依り頼んだ。彼の体験を通して、イエス・キリストにつながる救いの道を神は示した。実によく理解できた。
帰ってからイザヤ書をくまなく読んだ。
イザヤは「救いは神にあり」と言っている。イザヤ書四五章は神殿再建の事が書かれている。現代でも政治、国家、世界的争いの中で「救いは神のみ」と言っても耳を傾けない。毎日の社会生活でも、隣人とのつき合い、家庭の中でも神によって喜ぶというという話しは聞かない。現代でもイザヤの言葉はそのまま当てはまる。
会場で吉村兄から「山形聖書集会のあゆみ」の本をいただいた。三人の女性によって集まりが始まり
一九三三年から七四年間のあゆみがのっているが祝福された無教会集会であった。
近畿の集まりも神の計画で始まり、それは今後も導かれていくと思う。誠に神への信仰は「救いは主にあり。」である。


リストマーク頑なな心  KM

私は幼い頃から内気でした。母の口癖であった「他人(ひと)様から笑われるよ。」という言葉の影響が強よかったせいだと思います。そのため「他人(ひと)様に笑われないように」行動する束縛を受けました。
この時点で「他人(ひと)の眼」というものが偶像崇拝の対象となったと言えます。
絶えず、他人の批判におびえて生きる生活を送らざるを得ませんでした。
 闇の始まりです。
 幼稚園児の頃。母親参観日があり、私はある失敗をしてお母様方からの笑い者の対象となりました。当然、母親からは叱られて左利きから右利きへと矯正させられました。
 小学校六年生の頃には、担任の先生の私に対するある対応から、私は手を挙げて発言を求めるということができない子供となりました。
 また、左膝を損傷し、手首の発達障害が現れ、私にとって唯一の光であった野球を奪われてしまいました。
 これらのことが原因で、中学生、高校生という多感な時期に力一杯生きることができないという無力感、空しさに苦しみました。
 闇の深かみへとこぎ出していきました。
 この高校生の頃に、口語訳の聖書を購入したと思います。神様を求めたのです。
 新約の福音書だけを読んでみたと思います。
 何で同じようなことが繰り返し書かれているのだろう?主イエスが正義の人というのは分かりましたが、何故、正義の人が民衆から反感を買い、十字架にかかって死ななければならないのかが分かりませんでした。
 大学生となってからは、よりひどく人との関わりを避ける生活になりました。
 ここでも学問の道が閉ざされ、再び、唯一の光を失ってしまいました。
 更なる闇の深みにはまっていきます。
 ひきこもりの生活が始まりました。人の訪問を恐れました。電話の呼び出し音に心臓がドキドキする、びくつく。とにかく、外から内へ入ってこようとするものに恐れました。外へ出ないので、脚力が衰え、一〇キログラム痩せて頭の働きの衰えを感じました。このような状態でも、外へ出たい、社会復帰したいという気持ちはありました。しかしどのような手順を踏んでよいのかわかりませんでした。
 言葉にならない心の叫びでした。
一〇年近くこのような、不安におびえる恐怖の生活を送りました。
一〇年ほど経って、原因不明の内科の病気にかかりました。後にふり返ってみると、この病気は神様からの贈り物といってもよいものでした。当時の時点では、医者も人だから会いたくない、医者に通うために外に出ることが怖かったのです。しかし、食べることも眠ることもできないほどのひどい痛みに観念して医者にかかりました。
 内科で診察してもらった後。ついでに精神科にも足を運びました。 
 一筋の光が差し込みました。
 内科にかかったことよりも精神科にかかることができたのが、転機となりました。向精神薬、抗不安薬、抗うつ薬を飲むことによって不思議と電話恐怖がおさまりました。次に保健所のデイケアへ通うように精神科医に促されました。
 ではなせ、デイケアで共に過ごした人達には恐れを抱かなかったのだろう。薬の力か。それはいくらかあります。
 健常者ではなく、精神障害者だから?違います。このデイケアというところで本当の他人に出会ったことを教えられたのです。
 私がこれまで恐れていたのは、本当の他人ではなく、自分の心が作り出した偶像だったのです。この偶像を他人の表面に貼り付けていたのです。
 人を裁くのは口に出しても、たとえ口に出さなくても裁いていることに変わりがありません。こういうことをしている人はダメだ。ああいうことをしている人はダメだという裁きは自分の心の中に裁くための価値観、価値基準を形成してしまいます。
 それは、他人に対する価値基準ではなく、自分自身にも無意識のうちに摘要されてしまいます。
 こういうことをしている自分はダメだ。ああいうことをしている自分もダメだ。人を裁けば裁くほど、自分の心は逆に自分を裁いてしまうことになるのです。
 人を裁くな。あなた方も自分の心に裁かれないようにするためである。あなた方は、自分の裁く裁きで自分の心に裁かれ、自分の量る秤でで自分の心に量り与えられる。」自分の心が人の眼にのは、的外れ、罪であり、恐れを生みます。
 自分の心が「自分中心」に向かっているとすればやはり的はずれ、罪であり、傲慢を生み出します。自分の心神様に向かっている時、初めて、真理、的を得ていることになります。塚本訳も「あなた方も神に裁かれないようにするためである。」と神にと補っています。
ここまで、神様は主イエス様のみ言葉の意味を教えて下さいました。
 しかし、自分の力では自分の心を神に向かわせることができませんでした。私の病を十字架上の主イエスに担っていただき、私の痛みを十字架上の主イエスに負っていただかなければ自分の心は神様に向かわない。真理からそれてしまうのです。
 ここからもっとキリスト教、主イエスを知りたいと思い、徳島聖書キリスト集会へと神様は私を導いて下さいました。
 そこでの学びを通して、主イエスの十字架の意味、神の愛、神の義、十字架による罪のあがないと救い、復活と永遠の生命について、明確に教えられています。現在進行形です。そして、今の私を支えて下さっているのが主イエス様であることを認識させていただく毎日であります。私の罪を贖って下さった主イエス様に感謝を捧げます。


リストマークマレーシアで見たこと
                                  SY

 私は2004年から2年間だけマレーシアの首都クアラルンプールに住んでいました。マレーシアはマレー系、中国系、インド系民族の暮らす多民族国家で国の宗教はイスラム教です。私はマレーシアで暮らして初めてイスラム教というものに身近にふれました。その時のことを少しお話しさせていただきます。
 マレーシアに着いた次の朝、モスクから聞こえるコーランの声で目が覚めました。コーランとはアッラーの神によって啓示された経典です。イスラム教の人たちは聖地メッカに向って毎日、早朝、正午過ぎ、日没前、日没後、夜就寝前の5回礼拝をささげます。そして、金曜日にはモスクと呼ばれる礼拝堂に集まって礼拝をささげます。マレーシアのホテルの天井には必ずメッカの方向を示す矢印がありますので、どこに泊まってもメッカの方角を間違える心配はないようです。また、イスラム教の人たちにとってイスラム暦9月ラマダーンという断食月は、マホメットに神の教えが下された聖なる月ということでとても大切な月です。その時期は1ヶ月間、日の出から日没まで飲食や喫煙を絶って過ごします。ただし妊婦さんなど水だけは飲んでも良いという例外もあるそうです。でもその時期、暑いマレーシアで水も飲まずに過ごす人たちが見るからに元気がないのはいうまでもありません。ただし日没と同時にご馳走を食べて、また夜明け前にはしっかり食事をしてその日のために備えると知って安心しました。
 私がマレーシアで生活をしていてコーランの次に驚いたのは、豚肉の扱いでした。買い物に行くと、食料品の中で豚肉だけは別扱いなのです。イスラム教の人たちは豚肉はラードもですが絶対食べないし、さわることもしません。ですから、豚肉売り場は少し離れていて支払いも別です。豚肉売り場の人は、中国人やインド人でイスラム教以外の人です。はじめ知らずに他の買い物と一緒にレジーに持っていった私は、マレーシア人の店員さんが豚肉の入った袋を指先でつまみ上げて、とても迷惑そうにされたのをおぼえています。カエルなどの両生類も同じで、食べるのは羊、山羊、牛、鶏肉ですがそれらも、コーランのお祈りをしてから屠殺したものだけを料理します。それらは、ハラールという表示マークがつけられて売られます。それと、彼らはアルコールも一切口にしませんので、日本人がおみやげにあげたせんべいにみりんがはいっていて、知らずに食べた人があとでわかって大騒ぎになったということがありました。
 マレーシアのイスラム教はマホメットの言行にもっとも忠実に従うスンニ派に属すそうです。女性の着る物は、一般的に、髪の毛やひじ、ひざなどを人前にださないということで頭からスカーフをかぶって丈の長い洋服を着ています。それは小学生の子どもでも同じなので、日本人学校の子ども達がマレーシアの施設を見学に行く時は、短パンやミニスカート、袖のない服は着ていかないよう注意を受けます。イスラムの人たちにとって規律を守ることがいかに重要なことなのか、私が見たほんの狭い範囲の中だけでも感じました。
 コリントの手紙の中でパウロが食べ物について「あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。」といっています。コリントの人たちが信仰をもっても、まだ偶像に供えられた肉を食べてよいものかどうか迷い議論になる。という箇所ですが、律法に従うことを第一としてきた人たちが、信じるだけで救われると知って信じても、昔の習慣からきれいさっぱり離れることはいかにむずかしかったかと、マレーシアの生活を体験して少し理解できるような気がしました。
それと同時に、唯一の神であり、罪からの救い主であられるイエスキリストを信じることを知らされた恵みの大きさと幸いを心から主に感謝します。 パウロの言葉を借りると、自分の過ちと罪のために死んでいた、生まれながら神の怒りを受けるべき者だったこの私は、一方的な主の憐れみによって救われました。私が何ができたわけでも、何を差し出したからでもないのです。「あなたがたの救われたのは恵みによるのです。」この言葉に尽きます。神様、こんなものをどうして救ってくださるのですか?と問う時、こんなものだから救ったのだと言われます。今まで、自分の思うままに生きてきたかのように思っていたことが、すべて神様の御手のなかにあったと気付かされた時、あのこともこのことも、神様はご存知だった。いえ、神様がそうしてくださったのだとわかっておそれを感じました。目に見えないお方が、私に命を与え養ってくださっている。そのお方に従い続けたいと心から思います。
 「私の魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」詩一〇三:2 心砕かれて、素直にイエス様に従うものでありたいと願うものです。


リストマーク主の祈り第二について
            TT
 主の祈り第二「お国が来ますように。」(マタイ六:10ィ・ルカ一一:2ハ )の「国」の原語バシレイアは、「(神の)支配・統治、(神の)王国」の意味で使用されているが、古来ふたつの解釈がある。
一つはこれをこの地上における神の国の実現、成長に関する祈りであるとする(1)。 他の一つはこれを最後の日における神の国の実現に関するものであるとする(2)。しかしこのふたつの説はいずれも他を排除するものではない。
(1)イエスは伝道を開始する時、神の福音を説いて言われた「時は満ちた、神の国は近づいた。悔改めて福音を信ぜよ」と。(マルコ一:1415)パリサイ人とのベルゼブル問答の中で言われた「しかし、もしわたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。」(マタイ一二:28、ルカ一一:20参照)また、パリサイ人から神の国はいつ来るのかと尋ねられたとき、答えられた「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカ一七:2021新共同訳)
神の国はイエスが来られたことによって既に地上に実現した。しかし「この世全体が悪者の支配下にある」(ヨハネ第一五:19、ガラテヤ一:4参照)ために、種まきの譬で「道ばたに落ちたり」、「岩地に落ちたり」、「茨の中に落ちた」種のように二千年を経た今日においても、地上における神の国は実現していない。わたし達は地上におけるこの神の国の成長のために祈る。地上の人々が福音を受けいれることにより、もはや人と人とが憎み合い殺しあうようなことのない平和な世界が実現し、頼るべき者なき貧しく弱い小さな人たちや子供たちや幼児たちの生命が守られるような世の中になるようにと祈る。
(2)しかし、同時により切実に最後の日にキリストが再び地上に来られて、神の国があらたに建設されることを祈る。キリストの再臨についてはイエスご自身が福音書の中でもたびたび、再び地上に来るということを言われている。「神を忘れた、この罪の時代において、わたしとわたしの福音を告白することとを恥じる者があれば、人の子わたしも、父上の栄光に包まれ、聖なる天使たちを引き連れてふたたび地上に来る時、その臆病者を弟子と認めることを恥じるであろう。」(マルコ八:38、マタイ一六:27)

使徒信条第七条に「(キリストは)かしこ(天)より来たりて生ける者と死ねる者とを審き給わん」とあるように、キリストの再臨は最後の日における審判であり、その時、死んでいる者も、なお生きている者も皆キリストによって裁かれるのである。「なぜなら、わたし達は最後の日に一人のこらずキリストの裁判席の前に自分を現し、ひとりびとりがその体によってしたことに従い、善いことにせよ悪いことにせよ報いを受けねばならないからである。」(コリント第二五:10、ローマ一四:10)「わたしは言う、人の話すいかなる無駄言も、最後の裁きの日にかならずそれについて責任を問われる。なぜなら、あなたはあなたの言葉で義とされ、あなたの言葉で罪とされるのだから」(マタイ一二:3637
「こんど人の子わたしが栄光に包まれ、“すべての天使を引き連れて来る”時には、栄光の裁きの座につくのである。ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、羊である正しい人を右に、山羊である悪い人を左に立たせるであろう。それから王なる人の子は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。――――』それから王は左側の者にも言う、『わたしを離れよ、この罰当たりども、悪魔とその使のために用意された永遠の火に入れ。――――』こうして“この悪い人たちは永遠の”刑罰に、正しい人たちは“永遠の命に”入るであろう。」(マタイ二五:3146
 再臨は必ずあるものであるがその時は不明であり、キリストご自身ですらその時期を知らない。「ただし人の子の来るその日と時間とは、ただ父上のほかだれも知らない。天の使たちも知らない。人の子来臨は、ちょうどノアの洪水の時のようであるから。――――だからたえず目を覚ましておれ。あなた達は主がいつの日来られるか、知らないのだから。――――」(マタイ二四:3644)「兄弟たちよ、来臨までの時間とその時期については、書く必要はあるまい。主の日が夜の盗人のように不意に来ることを君たちは精しく知っているのだから。人々が無事だ、大丈夫だと言っている時に、丁度妊婦に陣痛が起こると同じように、思いもかけず滅びが来て、決して逃げ出すことは出来ない。」(テサロニケ第一五:13
再臨は神の愛と義の現われであり、初代教会の信者たちは、この世の戦いの中で「マラナサ」(主の再臨は近いーピリピ四:5)(主よ、来てくださいー黙示二二:20)と祈り、心を一つにして互に励ましあい迫害に耐えた。わたし達の信仰生活が真剣であり、この世の悪魔との戦いが烈しくなるほどキリストの再臨信仰がそれを支える力となるが、信仰が眠っている時には再臨に対する要求が起こってこない。
パウロは神の国が実現する最後の日は、復活の時であると述べている。「兄弟たち、わたしの言うのはこのことである。血肉の人間は神の国を相続することは出来ず、死滅が不滅を相続することはない。いまここに最後の日の秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、その時生きている者も眠った者も、みんな変化させられるのである。あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、その時生きているわたし達は変化させられるのである。というのは、神の国に入るためには、この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。」(コリント第一一五:5053)「しかし私達の故国(くに)は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主としてそこから来給うのを待っているのである。その時彼は私達のこの卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌(かたち)に変え給うであろう―万物を己に従わせ得給う御力によって!」(ピリピ三:2021
ヨハネも最後の日の復活が父なる神の御心であることを述べている。「そしてわたしに下さったものを一つも無くさず、最後の日にそれを復活させること、これがわたしを遣わされた方の御心である。子なるわたしを見て信ずる者が皆永遠の命を持ち、わたしがその人を最後の日に復活させること、これがわたしの父上の御心であるから。」(ヨハネ六:3940)「アーメン、アーメン、わたしは言う、人の子わたしの肉を食べず、その血を飲まねば、あなた達の中に命はない。わたしの肉を食い、わたしの血を飲む者は、永遠の命を持つ。わたしはその人を最後の日に復活させる。」(同六:5354)「霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。」(同六:63
まことにわたし達は、日々、主の祈り第二「お国が来ますように」の祈りにより、この世の与えられた生活のただなかにあって、共に忍耐し励ましあって、主イエス・キリストの来臨を信じ、主イエスの十字架により希望を持って感謝し、待ち望む者である。
「主の来臨は近い。何事についても心配せず、君達の求めは感謝を添えた祈りと願いとにより、大小となく神に知らせよ。そうすれば全く思いもよらぬ神の平安が君達の心と考えをキリスト・イエスにおいて守るであろう。」(ピリピ四:5-7)


リストマーク四国集会に参加して
                                 NY 
「高知に出かけなさい」との神様の声を聞き、今年初めて高知での四国 集会に参加させていただいた。「一人も滅びないために」・・・HSさんの遺言ともなったこのみ言葉をテーマに集会は開かれた。
ヨハネ伝三章一六節
「神はその独り子」をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じるものが一人も滅びないで永遠の命を得るためである。」
 続けて一九節を読んでみる。
「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので光よりも闇のほうを好んだ。それがもう裁きになっている。」
私たちは深い罪を持ち、どうしても神の光よりも闇の方を好む。あらゆることでの自分中心という罪がそうさせる。そのように罪の道を走ってしまうことが、すでに神の裁きなのだと言われる。厳しい神である。
しかし、二一節「真理を行うものは光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが明らかになるために。」
十字架の愛の神である。私たちは主イエスの十字架の前に心を砕いて立ったとき、うなだれて罪を認め、あなたしかありませんとさめざめと悔いたとき、神様は光の方に道を示してくださる。いつも十字架を仰ぎ見る謙虚さを持ちたい。十字架しかないと幼子のようにすがる素直さがほしい。
高知での四国集会の二日間、イエスの名を慕って集まる兄弟姉妹と共にエクレシアの霊の風を受けながら、このままずっとこの平安の中に浸り続けていたいと願った。しかし、私たちはまた明日からこの世の戦いの場に出かけていかねばならない。その場は、常に神様に試練される苦難の場所だ。自分の弱さと戦いながら生きていく場所だ。それでも私たちは「一人も滅ぼさない」との神様の約束を信じ、十字架の前にいつも立ち続け、祈りと讃美を思い起こし、果敢に歩みたいと思う。天においてイエス様の傍らで林恵さんもこの集会を喜ばれていることだろう。
 最近心に留まっている讃美から
讃美歌21 五一三番  「主は命を」 
.主は命を 惜しまず捨て その身を裂き 血を流した。
 この犠牲こそが 人を生かす。 その主に私は どう応えよう。
.主は父なる 神を離れ、 暗くさびしい 世に来られた。
 栄えも位も すべて捨てた 主のため私は 何を捨てよう。

私たちは何を捨てる覚悟があるのだろうか。


リストマーク毒麦のたとえ
      NT
イエスの天の国ついてのたとえです。
その中で使用人が「行って毒麦を抜き取りましょうか」と言います。麦は「いや、毒麦を集める時。麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで両方とも育つままにしておきなさい」私はこの意味が分かりませんでした。世間的な考えだと必要でないものは早めに取り除いたほうが効率的だと思いますし、今まで私自身もこのようにしてきました。以前私は庭にハゲイトウを植えました。秋の花壇によく見るのでご存知の方も多いでしょう。茎はけっこう高くなり、葉の色の赤銅色で何とも美しく日々楽しみでした。ある時、新聞のコラム欄に「毒麦のたとえ」と題して作家がエッセイを載せていました。氏が庭にハゲイトウの種を植えました。最初から葉は赤色を期待していたのですが、なかなか緑から赤になりません。こんなハゲイトウは知りませんと片っ端から抜きました。せっかくだからと数本だけ残しておいたそうです。秋が深まるにつけ緑の葉は段々と赤の部分が増え予想していた以上に見事な赤銅色へと変化していったそうです。その時、作家は「毒麦のたとえ」を思い出したといいます。主人は毒麦を「敵の仕業だ」と。毒麦は人間を信仰から離れさせるサタンの働きかもしれません。私達は多くの場合、毒麦にだけ用心を寄せ心をとらわれがちです。神様が力強く麦が育ち成長し実が結ぶというのにその事に目を向けられなくなります。そして自分たちの不都合なと思われるものを取り除けば住みよくなると考えます。神様は毒麦があることなど無視されてただ成長と実を結ぶことだけに努力を傾けられているのです。
私達は神に対して生きることだけ考えればいいのですが、毒麦を見てそれを抜き取ることを考えはじめことごとく失敗します。しかし毒麦の存在はそれをもって信者を試み訓練し天の国にふさわしい者に変える道のようにも思います。
昨年、私はある姉妹から、意見の相違から「それでもあなたはクリスチャンなのですか」と責められました。一年経った今、私の高慢さを打ち破るため謙虚な私にさせるためにはむしろ感謝できるようになりました。
皆さん二一世紀になって独立した国ご存知ですか。私はそれまでその国をあまり意識していませんでした。それを大きくしてくれたのはKI姉妹でした。東ティモール、ジャワ島の東にある島です。インドネシアに属しています。インドネシアは広大な海域に浮かぶ五つの主要な島と、三〇の小さな島、一七〇〇〇の群島、人口も中国、インド、アメリカについで世界の四番目。人口は日本より多く、一億九千万を越えます。東南アジアにあってイスラム教が国民の八八%を占めます。スハルト政権が三〇年以上続きました。その中で東ティモールは「小さな国、大きな戦争」と言われます。ティモールはどんな歴史を辿ったのでしょうか。一六世紀、ポルトガルがティモールを征服。一七世紀、オランダが西ティモールを占領。一九世紀、ポルトガルとオランダで東西ティモールを分割。二〇世紀半ば、日本軍全島占領。第二次大戦後、西ティモールはインドネシアとして独立。二〇世紀後半、ポルトガルが撤退。インドネシア軍事介入、東ティモール併合。国連はこれを認めませんでした。東ティモールと西ティモールの内戦が二八年も続いたのです。政治不安、貧困、保健衛生の遅れ、インドネシアは東ティモールを鎖国状態にしました。東ティモールはほとんどカトリック教徒です。唯一カトリック教会を通してだけの窓しかありませんでした。電気、水道の設備のない生活。二一世紀になってもトイレのある家はわずかです。衛生状態が悪く、食べ物も栄養失調ギリギリです。幼い子供までが結核、マラリア、皮膚病、ハンセン病などにかかり平均寿命が四三歳です。それだけでも大変なのに人々を苦しめたのは人権抑圧でした。独立派の青年達を容赦なく殺し、孤児も多くいます。どこにも訴えるところがありません。
この四月KIさんの告別式がありました。ある姉妹が「神の慈しみの島東ティモール」という本を下さったのです。そこで私は姉妹の働きを初めて知りました。K姉妹は国立療養所、ハンセン病の病院の看護婦でした。退職されてから地域のボランティアをしていたようですが、ご自分の事はあまり語らない方でした。
動乱と貧しさの中、信仰深くけなげに生きる東ティモールの方々の事を知り、進んで医療ボランティアに行かれたようでした。
一九九九年、あまりにひどい人権迫害。首都に国中の聖職者がロウソクをともして黙々と首都ディリの町中を行進するという沈黙の祈りが捧げられました。人々は外出してはならないという中で大勢が加わりました。サタンはそれにも増してシスター達数名を殺し修道院、学校、村々を焼きたくさんの人を殺していきました。人々は満天の星空の中で祈り続けました。ネオンの輝くところでは星空は見えません。「神」や「愛」はあっても見えません。明るさは闇の存在を忘れさせます。本当は暗さがあって明るさがあります。私達が失ったものがこの東ティモールにはある。神様の足音を聴くことができるこの国の人達、死まで克服してその中で医療ボランティアの人達は自分たちこそ貧しさを学んだと言います。K姉妹は独立するまでのボランティア一二回のうち四回参加しました。何もかも恵まれている文明国の医療に紛れて何か大切なものを置き忘れている中で看護の原点、人間の原点、神の原点を患者、子供達は暗闇の中、ほのかに照らすロウソクを通して教えてくれた国だったのでしょう。神様は宇宙完成の道程に毒麦の存在をお許しになっておられます 。
最期の日にそれを完全に抜き取って焼き捨ててしまう事を定めています。
「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか」ロマ書一一の33
「すべてのものは神から出て神によって保たれ神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように。アーメン」ロマ書一一の36


リストマークヨシュア記の学びより
                                    TK
七月より我が家で行われている家庭集会でヨシュア記の学びを始めました。その中で。一章三節にモーセに告げたとおり、わたしはあなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与えるとあった。
このみ言葉は、今の私たちにも大きな恵みである。神様としっかり結びついているなら、いろんな事から神の国が与えられる。自然の中に神様を感じ、一日一日の出来事、日々出会う人々、その時その時の思い、文字通り足の踏む所全て、神様に繋がる恵みなのである。
また嫌な事、心重い事、苦しい事、暗闇で右も左も解らず悲しみのどん底の時にも、八方塞がりの時にも、神様だけを見ていれば、神様は最も善いものに変えて下さり、神様の業を見せて下さる時であり、なお一層神様に祈り、信頼をおく時なのだと思う。


リストマーク最後の審判
                                    TM 
「民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。しかし、それらはすべて産みの苦しみの始まりである。そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」 マタイによる福音書二四章713

破局が迫っている。人の愛は冷却し、米国でも日本でも、自国を美化する国家指導者たちが、偽善の支配を人民に及ぼしている。親は子を虐待し、子は親に逆らい、国家は国家と、民族は民族と、宗教は宗教と、利害が鋭く対立して、戦乱は止むことを知らない。大地は裂けて地震と大津波をひき起こし、多くの人々を飲み込んでいく。

かつて近隣の諸国を侵しアジアの民衆に未曾有の惨禍を被らせた過去の罪責に目をつぶり、敗戦のどん底で悲哀をなめていた日本人に神さまが賜った恵みの憲法を弊履のように捨て去り、マモニズム(金依存)と民族的利己主義(天皇制)に嗜癖して止まることのない日本は、坂道を転がり落ちるようにして確実に滅びに向かっているのではないか。

「あなたの住処を整えなさい」――ブルクハルトは、一八七〇年代の繁栄しつつあるドイツの一友人にこう警告した。―「そうすることが、安定、安全、自由のように見える時代にあって我々がなしうる最も賢明なことである。なぜなら一切が根底から変化するだろうからである」(カール・レーヴィット「世界史と救済史」)。彼の予告通り、彼の死後半世紀を経て、ドイツは、ナチスという、荒らす、憎むべき者の支配するところとなった。二十一世紀の現在、唯一の覇権国家として世界に君臨するアメリカも、同時多発テロをはるかに上回る惨禍に見舞われるかもしれない。

「なお、あなたがたは時を知っているのだから、特に、この事を励まなければならない。すなわち、あなたがたの眠りからさめるべき時が、すでにきている。なぜなら今は、わたしたちの救いが初め信じた時よりも、もっと近づいているからである。夜はふけ、日が近づいている。それだから、わたしたちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではないか。」 ロマ書一三章1112

私たちの眼には、世界の終局から現在を見すえる視座が構築されていなければならない。現世の苦難を生きる私たちの耳には、胎動する新天新地の鼓動をいち早く探知できる鋭敏なソナーが備えられていなければならない。なぜなら夜は間もなく明け、死の闇を突き破って光のキリストが再来するからである。

「人の子が栄光の中にすべての御使いたちを従えて来るとき、彼はその栄光の座に着くであろう。そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼いが羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、やぎを左におくであろう。」 マタイによる福音書二五章31

聖書に「人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている(ヘブライ九:27)」とある。人間は誰一人、この世界最終審判から逃れうる者はいない。私たちはすべて再臨の主の面前に引き出されるのである。誰がこの神の裁きに耐えられようか!迫り来る最後の審判を前にして、私たちは今何をしたらいいのか。街頭に立って警鐘を乱打することか。光の武具を着けて闇の勢力と戦うことか。それとも、自分のために小さな方舟を用意することか。今私たちが出来ることは何か。


リストマークタッっちゃん       OH

タッっちゃんはおじいちゃんのおひざにエントして
おててを げんきにふっている
ララララ  ランラン
ラーラーラー…
タッっちゃんはげんきにおててをふっている
ときおり おおきくのけぞって
おじいちゃんのかおを
みあげている
ラララララ ラーラーラー

  イエスさまを求めたころ

十七歳になって、ルーテル・アワーの聖書通信講座を受けた
その終了証書を五十年経った今も、大切に持っている
この、終了証の中央には
開かれた聖書とその上に両手を広げたイエスさまが
描かれている
八木重吉の詩「聖霊」を読んでからは
聖書はイエスさまだとおしえられた


  まずしく
いつも まずしくいよう
聖書をむさぼり読もう
世のことに心をひかれないように
聖書の言葉がタップリとそそがれて
うれしくなるように 
いつも まずしく いよう


リストマーク心に残った詩
                                    IH
インターネットでキリスト教関係のホームページを色々と見ていたときに見つけた心に残った詩を紹介します。

(NY大学リハビリテーション研究所の壁にある祈りの詩)

大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと 弱さを授かった

偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことをするようにと 病気を賜った

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと 貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
成功を求めたのに
得意にならないようにと 失敗を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りは
すべて叶えられた

私は 最も豊かに祝福されたのだ


思い通りにならないことが多い私たちの人生ですが、過ぎ去った過去を振り返るとき、「あのときの祈りは聞き届けられていた」と思うことがあります。
神様との出会いが与えられたこと、神様にお祈りができるということ、それは大きな祝福であると思います。
「心を尽くして主に信頼せよ、自分の知識に頼ってはならない」箴言3章5節


リストマーク「見失った羊」のたとえ               NY

「見失った羊」のたとえ(ルカ一五:3-7)では、九九匹を野原に残して迷った一匹の羊を探し、それが帰ってきたら皆と共に喜ぶ。そのように1人の悔い改める必要のある罪人は、悔い改める必要のない99人より大きな喜びが天にはあると書いてある。
これは自分の罪を悔い改めて主に従い神の国に入ることを主がどれだけ望んでおられるかを示した言葉であり、決して悔い改める必要のない人がほったらかしにされるという意味ではない。それらの人には主の関与が相対的に少ないということだと思う。またここでは、九九人が悔い改めが必要ないとなっているが、実際は、ほぼ全員が悔い改める必要があるのは当然である。
 この話を聞いて思い出すのは、親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」である。悪人が罪を悔い改めることにより、当然に往生し神の国に入れる。それには他力本願でひたすら阿弥陀仏様、即ち、主に祈りお願いするということが必要である。
ここでの「なおもて」「いわんや」、当然に言うまでもなくということこそ望んで
喜びとされているということを示していると思う。「いわんや悪人をや」が「見失った羊」なのだろう。この法然や親鸞が説いた浄土宗、浄土真宗は神が彼らに考えを伝えて預言者の役割をさせたものに違いない。
 私たちは聖霊や啓示によらなければ、自力で善い行いをすることはできない。
まさに他力本願である。絶えず主の幹につながり、汚れた霊を追い出し聖霊で満たしていただかなければ偽善的な行いをしてしまう存在なのだ。
 日本には預言者はいないと思われていたようであるが、このように神からのメッセージは伝えられており、創造主を知らない人にも主のみ恵みは降り注いできたし、今もあると考えるのが自然だろう。


リストマーク読み聞かせに参加して
                            HK
 今年から小学校で月2~3回ほど、読み聞かせをさせていただいています。
読み聞かせは 自分で選んだ本を朝の学習前15分ほど読みます。初めてのときはドキドキ 不安でしたが終わってみると、とても大きな喜びと楽しみを味わう事ができました。
 楽しみの一つは、本選びです。朝の始まりの時に喜びや元気が出る本がいいだろうか、でも、戦争の事も伝えたい、神様の事も知ってほしいと、図書館へ行ったり、本屋へ行ったり、仲間の人に教えてもらったりしながら探すひと時はとても楽しい時間です。
 もう一つは、何冊か選んだ本を、子供たちがどんな反応を示してくれるだろうかどんなに感じるだろうか想像しながら練習するときです。
選んだ一冊に野坂昭如著の戦争シリーズ「青いオウムとやせた男の子の話」空襲のためひとりの男の子とオウムが残され、飢えて死んでいく男の子をオウムが励ますのですがオウムも男の子の後を追って死んでいくお話です。こんな悲しい時代もあった事を伝えたかったのですが・・・・・二年生には難しかったかな?
六年生の人たちには ゲッゲッのきたろう・おばけ野球チームで楽しく、その後「耳をすまして」この本は絵をみて本当にたいせつなものを感じとる本です。
全部は見てもらえないのでミレーの「座る羊飼いの少女」えらびました。内容は「だれにでも、静かな時間が必要だということが、わたしにもわかりますように。
安らかな気持ちで静かに考え、答えを出し、賢く生きることを学ぶために、毎日静かな時間を見つけることをわすれませんように。」という祈りが書かれています。
思ったとおりの反応だったり反省したり、わくわく、どきどき、胸がたかなります。
 少し悲しく思った事もあります。低学年は目を輝かせて聞こうとしてくれますので、この期待にこたえたいとおもいます。でも、六年生になると子供たちの目に輝きが少なくなってくるように感じます。だんだん心がかれてしまうのでしょうか?
そうしてしまった私たち大人にせきにんがあるのでしょう・・・
 私たち ボランティアも傲慢にならないようにしないと子供たちや先生から受け入れられないことも感じます。子供たちと共にイエス様がいてくださることを感じ謙遜に読む事が大切と教えられました、そうすれば許しを得られるように思います。
 読み聞かせのお仕事を、本好きの私にくださった神様からのプレゼントだと感謝しています。


リストマーク今日も風が吹いて
                                     MY

『あなた方は新たに生まれねばならない』と言ったからとて、少しも不思議がること はない。風は思いのままに吹く。霊によって生まれた者も皆その通りである。 
                      (ヨハネによる福音書三章七、八節)

我が家で娘宅から預かっている犬を連れて、野道を散歩するのが、朝は夫の、夕方は私の日課です。季節によっては雪や氷の道を、春から秋には目を見張るばかりに山野草が咲き乱れる森や田んぼの脇道を、様々な風を体と心に感じながら歩いています。
この春には、八ヶ岳から降りて来た突然の大風に呆気にとられました。犬は吹飛ばされ、私は土手に打ち伏せられました。やがて突風は過ぎ去り、やっと立ち上がって犬のリードを引寄せた時、何か力のこもった息吹が私の心身に感じられて、八ヶ岳が微笑えんでいるように見えました。
日常的・無意識的であっても日々感ずることができる風は、そよ風ばかりではなく、時には嵐のように吹き荒れて、その力の大きさに私たちは戸惑うことも起こります。その只中で葛藤せずにはおれない現実に心はうめきます。
その呻きに疲れ果ててうずくまる足元に、風は、創造主として人と共に在る神のまなざしを運んで、葛藤も癒される、その時が備えられていると知らせてくれます。「イエス・キリストによって、神様、感謝します。」(ロマ書七章二五節)に辿り着くまでの道程を このまなざしに護られ、「霊」の風に吹かれて、新しい自分に造り変えられて行く。
私はこの出来事を確信して、待ち望みます。
日常の生活で「風」が吹くその働きは、私がここに生きている確かな徴であり、希望のありかを示唆する囁きのようです。


リストマークあとがき
                                   NH
 こうして呼びかけに応じて原稿を寄せてくださり、今年も「ともしび」を発行することができて本当に感謝です。
 ひとえに主がこのように導いて下さっていることを畏れをもって受け取っています。
 
 徳島聖書キリスト集会では、毎月二回午前と午後に祈祷会を持っています。一人一人が主に心を注ぎだし、祈る時、主もまたそばに来てとりなして下さっているのを感じます。祈りは心のエネルギーを要します。いつも祈った後、冬でも汗が出ているのを感じます。祈りは一人でもできますが、兄弟姉妹が集まって祈る時、さらに主の応答があるのを感じます。参加者それぞれが自分の言葉で祈る時、心を合わせて一緒に祈って「アーメン」と言います。
 黙祷の中では、声に出すことができない個人的な願いや希望も、言葉にできない呻きも、主の前に心を開いて注ぎ出します。
 この「ともしび」の証しが、祈りのためにも用いられて、あの人、この人の事を個人的に覚えて祈っていただけたらと思います。
 私も今まで知らなかった事が分かったことで、個人的に祈ることができます。どうかこれからもこの主にある文集「ともしび」が祝福されて用いられますように。
 
 原稿をいつでも募集していますので、信仰に関する内容をお寄せ下さい。どなたでも参加することが出来ます。編集は一任させていただきますのでご了承ください。
主のご用の為に参加をよろしくお願い致します。
 その人にしかない個性を主は与えて下さり、私達は皆、オリジナルな人生を歩んでいます。その個性の輝きは誰にも真似ができないので、自分と主にある関係での体験や証しは貴重なものです。
 原稿をお待ちしています。

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