「野の花」 2013年1月発行  第36号
目次

はじめに

 

「われ弱ければ―矢嶋楫子伝」を読んで

N.N.(東京)

創造主のメーカー保証

N.Y.(大阪)

「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。」

N.M.(静岡)

「起き上がりなさい」ーベテスダの池のほとりでー

N.Y. (大阪)

「言葉」

N.M. (東京)

詩「釘の音」から気付かされたこと

N.M.(北海道)

確信

N.Y. (北海道)

神様が備えてくださった生活

H.H. (徳島)

新米クリスチャン

B.S.(大阪)

艱難は信仰への道

F.F.(徳島)

ロシアによる侵攻に思う

F.K.(神奈川)

もしも私が苦しまなかったら 新聖歌292番

F,S, (徳島)

詩篇による自選聖句暗誦日課表

F,S,(鹿児島)

16才のヘルパー君へ

H.Y.(熊本)

御手にゆだねます

M.K.(愛媛)

聖句

M.K.(徳島)

サラ・アンドリュースと詩篇103篇

M.J.(茨城)

「われ弱ければ 矢嶋楫子伝」を読んで

M.M.

十字架より叫び聞こゆ ー新聖歌120より

M.S.(徳島)

みことばのお教え

Y.K. (徳島)

山路超えてー讃美歌404の言葉より

Y.S.(徳島)

クマの話

A.M. (徳島)

最近気になった聖句

A.O.(東京)

代々木公園でのホームレス伝道にかかわって

A.S. (神奈川)

今の私の切なる願い

I.J. (埼玉)

みめぐみゆたけき 主の手にひかれて

O.E. (北海道)

わたしの助けはどこからくるの

O.E. (徳島)

みことば 闇の中に

K.K. (徳島)

心にいつも浮かぶ聖句

K.K. (徳島)

賛美

K.Y.(徳島)

「聖句」

K.I.(東京)

賛美伝道30周年感謝記念アルバムより

K.R. (北海道)

心に残る讃美歌の歌詞2編

K.Y. (千葉)

の思い出

K.P. (アメリカ)

ヒゼキアの祈り

K.N. (福岡)

やさしい目が 讃美歌(21)470

S.Y. (徳島)

必要と不必要

S.E.(愛媛)

「御言葉に立つこと」

S.H.(徳島)

「たねまき」

S.S. (長野)

聖書通読(4)

R.N. (岡山)

「誇る者は主を誇れ」

T.Y. (京都)

詩編の学びより

T.K.(宮城)

詩篇より

T.Y. (千葉)

跳び上がって立つ

T.H. (青森)

神様が造られた

T,S,(千葉)

今年のみことば

T.K. (徳島)

秋 祈りの会に参加して心に残った事

T.M. (千葉)

賛美「イエスがいるから」

T.E. (徳島)

何ひとつ持たないで 讃美歌21の453番より

T.K. (徳島)

賛美

T.M. (徳島)

大塚壽雄さんを偲んで

T.Y. (徳島)

イラスト

T.Y. (徳島)

神様からの細き声

K.H. (徳島)

ビジョンを与えられて

T.K. (北海道)

 「礼拝に参加して知らされたこと」

S.K. (徳島)

六年間の御恵み

Y.T. (徳島)

みことば

S.H. (徳島)

詩篇の響き(俳句)

M.K. (東京)

初雪の中の旅立ち

A.M. (徳島)

神様からいただいた愛

Y.K. (徳島)

朝のしずく

N.S. (徳島)

 この一年ー主にある平安を願いつつ  I.M.(徳島)
「アルプスの少女ハイジ」 より T.T.(徳島)
あなたの重荷を主に O.C.
 まもなくかなたの U.N.(徳島)
病の中で I,M.

おわりに

 

はじめに 

  この「野の花」という文集を発行しはじめてから、35年という歳月が過ぎていった。その間に書いた人の心を、そして読む人の心にもいろいろな神の国の波紋を起こしていったことであろう。

  ここに掲載された文章は、書いた人たちの心の断片あるいは、その本質的な部分の要約であると言えよう。

 それらは、戦争という人を互いに殺し合うといった世界と全く異なる祈りの世界が背後にある。その本人の、そして、その人と関わりある方々の祈りがはたらいて、書かれたという側面がある。

 祈りは、自分をも他者も、主によって新たな命を与えられるようにとの願いであり、しばしば魂の叫びである。

 そうしたものが、これらの投稿の背後から流れてくる。

 キリストから信仰を受けとったとき、救いを知らされたとき、それは何らかの形で外に流れ出ていく。

 キリストを仰ぎ、信じる者ーいのちの水を受けた者の魂は、一つの泉となって、そこからいのちの水が世界に流れ出ていく。

 これらの文も、そうした小さき泉か湧き出たものである。

 そして、それが讃美歌の短い一節であれ、過去に生きたキリスト者の伝記であれ、また日頃から心に貯えられていた思いであれ…それらはみな背後でキリストに由来する。

 そのキリストという源流から流れ出るものは、主がどこかで生かして用いられる。

 ロシアの攻撃からはじまった戦争では、互いに殺害や破壊がそれぞれの国ではほめたたえられるという異常な事態が、続き、その悪しき雰囲気が世界を覆っている。戦争となると、あらゆる悪事が正当化されていく。

 このままでいけば、その闇は深まるばかりである。

 しかし、その暗闇が迫り来るただ中にあって、ここに記されているような、内なるキリストから生まれたそれぞれの祈り、また体験、また御言葉の力は、戦争の害悪に苦しみ、絶望的な闇にあって悲しみ嘆く魂にも主がその愛と全能の力をもって何らかのかたちで届かせてくださると信じて祈りを続けていきたい。

そして当事国を指導する人たちに神の力がはたらいて、戦争が止められ、他方、 寒さ厳しい中、さらなる苦難にある方々が、主に立ち帰り、主の力によって支えられるようにと祈り願っている。

 キリストこそは、いかなる状況にあってもそれを風のようにくぐり抜け、あるいは地下水のように固い大地をも流れて行き、み心にかなった人々に新たな命を与えていくからである。この「野の花」文集を主が生かして用いてくださることを願いつつ。(吉村 孝雄)

三浦綾子の「われ弱ければ矢嶋楫子(やじま かじこ)伝」を読んで                       N.N.

 表題の映画が上映中であることはスカイプでの主日礼拝集会で吉村さんからお聞きしていたが、近くでの上映日がまだ先なので原作を読んで見ることにした。矢嶋楫子(1833年~1925)という社会運動家、女性教育者の履歴の持ち主に「われ弱ければ」と思わせた「弱さ」とは何だったのだろう、と探りながら読んだ。

 以下、(*)は、筆者(永井)の感想など。 

・楫子の生い立ち---江戸の末期の男尊女卑の時代に熊本県で二男、七女の第六女に生まれたが親の期待に漏れたためにお七夜が過ぎても名前が付けられず、十歳の姉が「かつ」と名付けた。かつは物言わぬ感じやすい子であり自由な発想を持つ子だった。25歳で、前妻と前前妻の子連れのしかも酒癖のある夫の妻となった。かつはよく働いたが、夫の酒乱が子供の命にまで危険にさらされると、黒髪を根元から切って夫に離縁を宣言した。

*)当時の女性は縁談に意見を述べることも女性から離婚を宣言することも許されなかった時代に10年間体が衰弱し半盲になりながらも忍耐した、楫子。私だったらどうなっていただろう。身を護るための離縁方法はやむにやまれぬ決断だったに違いない。必死に生きようとする楫子を追いながら読み進める。 

・命名----40歳の時、病気の兄を看病するために上京。船中で、(わたしのような目立たない小さな女でも楫のよう動かすことが出来るかもしれない)と思い「楫子」と自ら命名した。

*)親に付けてもらわなかった名前を姉が付けたと知っていたからには、もはや自分で変えられる。と。前代未聞の話。わたしは楫子です。堂々と生きようとする楫子をここでも見るのであった。) 

・上京後---兄の家にいた住み込みの妻子ある書生と関係を持ち、不義の子を産んだ。そして苦しむ。自分は強い女だと思っていたが「わたしは弱い」と思うようになった。

*)楫子の苦悩はいかばかりであったか。自分は強いとばかり思って生きていた。この時ばかりは自分の弱さを知った。生まれた子のことは一生隠し通さねばならない。するとこの子の将来は?複雑な心境になったと思われるのである。 

・受洗----ミッションスクールで影響を与えたミセス・ツルーの優しい寛容な心に触れた。女学校の教師時代に楫子の喫煙が原因でボヤになり謝罪に行くとミセス・ツルーは「私こそ謝らねばなりません。でも今日のボヤは神様のお恵みですね。神様は生きておられます。確かに生きておられます。」そして大粒の涙を流した。楫子は間もなくキリスト教を求めて信仰に導かれる。「人間は罪が深い」との説教に素直にうなずく。「姦淫の女」の話を聞き、自分の罪を負ってくれたキリストの愛を信じた。そして洗礼を受けた。

*)ミセス・ツル―のような人を私はほかに聞いたことがない。楫子はミセス・ツルーの中のキリストを見たに違いない。キリストに出会ったのだと思う。キリストは楫子をさらに「姦淫の女」を通して罪の赦しの信仰へと導かれた。神様は弱さを知った者を見過ごされない。赦されているとの信仰はぐらつかない楫子を見るのである。

**)編者注 ミセス・ツルー(メアリ ツルー Mary T.True)のことを、関係者たちは Mrs.True ミセス・ツルーと言っていた。1840~1895年 

・甥から手紙---受洗を知った17歳の甥(徳富蘆花)から、『受洗は神と人の前にするもの、その告白をなしたか否か』との手紙が来て衝撃を受ける。

イエスは生まれた子の出生迄人前で表白せよとは言われない。楫子は理解を求める手紙を書く。『---人間の罪はあまりにも多くて、告白しきれるものではないのです。---自分の中から取り出せるものではないのです。人間の存在そのものが罪なのです。いわば体毒があって、おできが噴き出すようなものです。これがすべての人に及んでいる罪の素です。---罪の赦しは神に委ねるより仕方がないのではありますまいか。』と書き終えたものの順直に伝わらないと思って出すのを思いとどまった。 

*)親戚に知られたわけである。甥が責める「神と人の前に」という人とは誰をさすのだろうか。親戚中に詫びろということか。と想像してみる。楫子の言葉はその通りであるから、自分の弱さを知って赦された者以外にはわからないであろう。楫子が手紙を出すのを思いとどまったのがよくわかる。 

・楫子は、自分の名前を命名した通りに大きな船を動かしていった。

小学校教師時代--赤ん坊を背負ってくる男の子がいた。楫子が代わりに負ぶって教壇に立ったことがあった。女子学院教師時代---学費を払えず、学校をやめるといった寄宿生に空袋だけ持参させてあげた。

また「あなた方には聖書があります。だから自分で自分をおさめなさい」と教育した。 

*)校則はいらない。というのである。ミッション系学校でもルールはあるかと思う。が楫子の言うような学校はあるだろうか。しかし、キリスト者は皆そうでなければならないと思う。 

・後に東京の女子学院院長、日本キリスト教矯風会の初代会頭となった。矯風会において禁酒運動、公娼制度請願運動、女性の人権確立に取り組んだ。

*)矢嶋楫子がこれほど大きなことを成し遂げた原動力は何だったのか。過去の体験が大きいようだ。が女性としては人権確立に取り組んでくれた人たちがいて今があることに私は感謝している。

神様は必要な人を起こして用いて下さっている。

矢嶋楫子のように、罪を犯して「わたしは弱い」という人を選ぶことがある。

パウロはキリスト教信者を迫害して殺した。「私はなんとみじめな人間なのだろう」と自分の弱さを知った。そのパウロを神は用いられたのだった。 

最後に

・1904年の日露戦争と楫子

 国民は戦争のために重税が課せられ反対する者の声は、つぎつぎと抑えられていき、毎日の新聞記事にあおられた国民は、次第に大ロシア相手に戦争に熱中していった。矢嶋楫子もその一人であった。矯風会には軍人課が設けられ、軍人たちにキリストを宣べ伝えるとともに、禁酒を勧めていた。戦死者が出、応将兵もぞくぞくと戦地に渡って行くと楫子たちは戦地の将兵を慰めるために戦地に慰問袋を作り、聖書、針、絆創膏、手帳、梅干などを入れた。聖書に慰められていると言って感謝した将兵もいた。

・スギ子との会話

日露戦争が勝利に終わって、一人の卒業生のスギ子が訪れてきて梶子に言った。

「先生、日本が勝ちましたね。」

「よかったですねえ。これがもし負けていたら、どんなことになりましたか。日本人の多くがシベリヤに流されるか、牢に打ち込まれるか、わかったものではありませんよ。」

「先生、キリスト者にとって戦争は罪ではないのでしょうか」

「そりゃあね、殺すなかれと聖書に書いてありますから、戦争は罪だと思いますよ。」

「では、どうして先生は慰問袋などを送って戦争に協力したのですか。どうして罪に加担したのですか」

「これは参りましたね。わたしは、間違ったことをしたかもしれませんね。でもね、命がけで戦ってくださる将兵の方々のために、わたしは少しでも国民のあたたかい応援を、感じてほしかったのですよ。そして、聖書によって、一人でもイエス様の愛を知ってほしかったのですよ」

「先生、わたしは先生に、慰問袋を送るより、戦争反対を叫んでいただきたかった」

楫子は答えられなかった。

「先生、わたし、この度の戦争の間、キリスト信者よりも、社会主義者や、信仰のない人の方が立派だと思いました。平民新聞にだって----

 平民新聞は戦争直前に、戦争は罪悪--政治的に見て害悪---経済的に見て恐るべき損失---。と書いてあるのを楫子は知っていた。

「先生、わたしは先生を尊敬していました。でも今は与謝野晶子の方を尊敬しています。私の兄は-----203高地で戦死しました」と言ったかと思うと、スギ子は楫子の膝に泣き伏した。

 楫子は兄が戦死したと聞いて、スギ子の言葉が痛いほどよくわかった。そして自分の弱さを思った。

 

*)楫子は教え子に教えられた。自分が良かれと思って慰問袋に熱中している間にどこかで戦死している人がいる。戦争は誰かが死ぬ。

 キリスト者よりも社会主義者や信仰のない人の方が立派だと言われて、楫子はハッと目を覚まされたに違いない。スギ子の言葉は、とかく世の人から指摘される言葉である。いざというとき、自分はどう出るか。と絶対にこうすると誓っても、私たちは弱い。権力者を恐れてしまう。ペテロのように逃げてしまうかもしれない。そうならないために神様から離れないでいたい。

創造主のメーカー保証

      N.Y.(現在まで約3年間、高校教員として台湾在住、3月で日本に帰る予定)

 十月末に、高雄国際マラソンに参加しました。初めてのフルマラソンで、四時間十七分でなんとかゴールできました。十月でも暑い地域なので、朝五時半の夜明け前にスタートしました。多くの参加者の中に、いかにも速そうな、練習で鍛え抜かれた黒人ランナーもいました。彼は二時間二十分で一位でした。天候にも恵まれ、走っている間はずっと曇りでした。人生でこんな長距離を走ったことがないので、走り切れるか心配でしたし、身体の調子が悪いとレースに即座に影響します。ですから当日だけでなくマラソン前の体調管理には気を遣いました。スタート当初はしばらくベストな状態が続きました。有り難いことです。ですが二十キロ後半からふくらはぎにこむら返りの前兆を感じ始めました。三十六キロの地点で左足の親指が曲がって戻らなくなりました。筋肉が緊張状態になり、強い収縮が起こったようです。一時は全く走れなくなり、完全にストップしてその場にとどまってしまいました。呼吸は安定していましたが、足に限界が来たようでした。この場面を機に、両足がこむら返りになったりして、蓄積した疲労が放出し始めました。何度も、痛みでうめき声が漏れました。一瞬リタイアも頭をよぎりましたが、最後までなんとかゴールすることができました。 

 パウロがコリントの人々にあてた手紙の中に、次のような箇所があります。

「あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。」

(第一コリント九の二十四~二十五)

 賞を受けるのは一人、というのは一人だけが救われる、という意味でなく、一人しか受けられない賞だからこそ、競技者は節制する、という意味です。

 またこのようにあります。

 「わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。」

(第一コリント十五の五十七~五十八) 

 私は今回初めてのマラソン参加で、走り切れるか心配でした。現に途中で何度も走られなくなりました。私以外に、途中リタイアした人もいました。制限時間内に走りきれなかった人もいました。所用で欠場した人もいたかもしれません。現実世界でのレースは、そもそも出場したくてもできない人もいます。

 この世のレースは何が起こるか分かりません。しかし、イエス様が約束してくださっている永遠の命は、信じる人には必ず与えられます。マラソンでたとえるなら、必ずゴールできることが約束されているレースです。なんと嬉しいことでしょうか。もちろん勝負の世界は何が起こるか分からない、勝つことも負けることもある。練習の成果を思う存分発揮すること、ぶつけ合うこと。そこに面白さや美しさがある―――これも一面の真理です。しかし、こと自分の命となると、どうなるか分からない、ではまずいのではないでしょうか。

 創造主が、ご自身の名によって約束してくださっていることは何にもまして、確かなメーカー製造保証です。永遠の命の約束、この喜び、深い安心があるからこそ、励むことができます。

                  (高校数学教師)

「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。」                     N.M.

   現在、清水聖書集会ではヨハネによる福音書を学んでいます。今まで幾度となく学んで来ましたが、その度に新しい感動が生まれ、聖書の奥深さを改めて感じています。今年9月4日主日礼拝で話した姦通の女とイエスの心暖かな交りの様子(ヨハネ8の1~11)を記します。

 この箇所は、現場であるエルサレム神殿境内の様子を思い浮かべながら読みますと、イエスをはじめ、姦通の女を訴えた律法学者たち、そして女の姿、顔の表情も浮かんで来ます。私自身もその人たちの中に身を置いて読みますと、より鮮明に言葉や姿が迫ってきます。

「律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。『先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。』」(ヨハネ8の3~5)

 律法学者、ファリサイ派の人たちが、まるで鬼の首でも取ったかのように勝ち誇り、姦通の現場で捕らえた女を連れて来て真ん中に立たせました。真ん中とは、民衆がイエスの教えを聞こうと、神殿の境内に腰を下ろしていた場所の真ん中です。現場で捕らえられた女は、何も言い訳はできません。旧約聖書に「人の妻と姦淫する者、すなわち隣人の妻と姦淫する者は男も女も共に死刑に処せられる」(レビ記20の10)と記されています。殺される恐怖心、大勢の人たちに取り囲まれ白い眼でジロジロ見られている恥かしさで、心身共に凍り付いた状態であったでしょう。                  

 律法学者達はイエスに、「この女は姦通をしている時に捕まりました。こういう女は石で撃ち殺せと、モーセは律法の中で命じていますが、どう考えますか」と、自分たちの主張の根拠、正当性を踏まえ、尋ねました。イエスは、このような事をする律法学者たちの狙いは十分承知済みです。その場にかがみ込んで、指で地面に何かを書き始めました。律法学者たちがしつこく質問を繰り返した時、イエスは「あなたたちの中で罪を犯したこのない者が、まず、この女に石を投げよ」(ヨハネ8の7)と応答しました。

 イエスのこの応答は、何と絶妙なタイミングでしょうか。そして再び地面に書き続け、律法学者たちの反応を待ちました。この〝間〟は、とても大事と思います。即答せず、女を吊し上げた人達に、他人を責める自分自身に罪があるかどうか顧みさせる時間を設けたのです。

 するとどうでしょうか? 一人去り、また、一人去り、目の前に残った人は女だけとなりました。女が顔を上げれば目の前の様子が分かるのに、敢えてイエスは女にお聞きしました。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。誰も罪に定めなかったのか」(ヨハネ8~10)

イエスが「婦人よ」と女に呼びかけたその一声で、女はどれ程安心したことでしょう。

 律法を犯した女として殺されてしまうかも…、そんな恐怖心に包まれ、生きた心地のしなかった数分間が、とてつもなく長く感じた事でしょう。それまで姦通の女は、律法学者たちから「この女」「こういう女」と呼ばれていました。しかし、今、イエスと女の1対1になった時、イエスは、女と言わず「婦人よ」と言葉を変えました。慈しみに溢れ、人を深く思いやるイエスの人間性が伝わってきます。イエスは、人を差別することなく、どんな人も人として大切にする心で接するお方であることが分かります。

しかし、最後ははっきりと伝えました。「これからはもう罪を犯してはならない。」と。イエスは、罪は罪、それをしっかり自覚しなさい。そして、今後再び犯さないように、と励まし背中を押して送りだしました。これほどの大きな励ましはないと思います。婦人は、今までの恐怖心以上の喜びに震え、イエスにお会いできたことを深く感謝し家路に着いたことでしょう。

■まとめ

 間もなくイエスは、人々の罪を背負い、十字架上で命を落とし、神から授かった地上の使命を全うされます。今日の学びの場面は、死刑を受けなければならない女がイエスにより救われました。これは、一足先に地上で為されたイエスの福音と言えます。女に向かい石を投げる資格があるのは、イエスだけです。しかし、イエスはその権利を用いず、女を赦されました。

今日の学びを通して、イエスは、その場その場の状況を冷静に正しく判断し、また、その人その人の置かれた立場や心の状態を推し量り、適切な言葉を選び話されます。イエスの人を思いやる愛の深さに驚くばかりです。

 「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。」(ヨハネ8の11)の言葉が、私・西澤に語られたものと受止め、イエスの大きな御恵を思い出しながら生活していきたいと思います。

                      (無職)

「起き上がりなさい」ーベテスダの池のほとりでー

                       N.K.

 ヨハネ5章の始めにイエス様がベトザタ(神の恵みが注がれるところ)の池で病人をいやされる話があります。三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは病気であることを知っていて「良くなりたいか」と言われた。病人は答えます。「主よ、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。」「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」その人はすぐに良くなって、床を担いで歩き出した。とても心に残るみ言葉です。主イエスの「起き上がりなさい」の原語はエゲーロー「蘇る、復活する」の意味があるそうです。その時の講話の主題は「長き忍耐と苦難の彼方にあるもの」でした。

 この箇所を礼拝で学んでいる時、以前読んだ「ベテスダの池のほとりで」中川恒子著を本棚から出し、改めて読み直してみました。当時読んだ時の記憶と共に新しい大きな感動を覚えました。

 中川恒子さんは結婚し次男を出産された後、当時不治の病であった結核を発病され25歳で浜松の保養園に入園、何度も死線をさまよう中 矢内原忠雄「嘉信」の読者になり信仰の導きを受けます。その間 結婚生活を維持する事は困難と考え、主人や子どもの将来を思い、愛するが故に敢えて離婚を申し出られます。27年間の闘病生活後52歳で召されました。発病された時は1944年 まさに大戦真っ只中 どんなに辛く苦しい葛藤多き闘病生活だったことかと思います。その恒子さんの人となりを当時親交のあった溝口正さんはこう語られています。

「中川さんは長い闘病生活を終え、主イエスと霊交のうちに召された。いかに苦しい時でもこぼれるような笑顔で迎えてくれた。病床にありながら福音の証人、何のために生きるかを問い続ける中で ・人のために祈ること・逆境にある人々に便りを書いて励まし慰めること…などを、神から与えられた自分の仕事として召される直前までその使命を貫いた」と。

 中川さんが召された日に聖書に線を引かれていたというみ言葉があります。

イザヤ53章

 「苦役を課せられて、かがみ込み 彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように 毛を切る者の前に物を言わない羊のように 彼は口を開かなかった。」(7節)

 「病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ 彼は自らを償いの献げ物とした。…主の望まれることは 彼の手によって成し遂げられる。」(10節)

 「彼は自らの苦しみの実りを見 それを知って満足する…。」(11節)

 「多くの人の過ちを担い 背いた者のために執り成しをしたのはこの人であった。」(12節)

詩編39編

 「主よ、わが終わりと、わが日の数のどれほどであるかをわたしに知らせ、わが命のいかにはかないかを知らせてください。」(4節)

 「主よ、今わたしは何を待ち望みましょう。わたしの望みはあなたにあります。」(7節)

 「わたしは黙して口を開きません。あなたが計らってくださるでしょう。」(10節)

 恒子さんは召される日どんな思いで聖書を開きこのみ言葉に線を引かれたのか…。

 生前、ずっと言っておられた言葉、「悲しみを知ってくれる人はイエス様だけ…。」

息を引き取る直前にも「私のために涙を流してくださるのはイエス様だけよね…。」

病を与えられ、夫も子どもも健康な体もすべて取られた。イエス様が彼女の全てとなった。中川さんは召される日、この主イエスの姿に自分が重なってきたのではないでしょうか。

 イザヤ53の7に「彼は口を開かなかった」とあります。詩編39の10にも「わたしは黙して口を開きません」とあります。イエス様と同じように、与えられた運命をひと言のいいわけもせず黙って受けとめた、復活と永遠の命を与えてくださるイエス様を信じた。そして、死の間際にあってイエス様だけは裏切ることはないお方だと信じることができた。人間の愛情には限界があることを主イエスを通して知っておられた。「自分を捨て自分の十字架を負ってわたしに従いなさい。」と言われたイエス御自身が最も低いところに弱き者として降りられ罪もないのに私たちの救いのために死んでくださった。悲しみの淵に降りられたイエスだけがわかってくださる、涙を拭ってくださるお方なのだと、そのイエスを信じ切ることで救いと復活の喜びを確信されていた。だからこそ自分の事より人のための祈りと励ましができたのだと思うのです。 

 更に、召された年に浜松聖書集会文集「みぎわ」に投稿されたものから抜粋します。

 「〝死ぬるは益なり〟… 主にある友が見え、『中川さんはなぜ病気を癒やしてください。と祈らないのか。風邪をひけば風邪を治してくださいと祈れば必ず癒やされるのよ。』と言う。私はかって瀕死の重症の時、お見舞いくださった矢内原忠雄先生が『病気のことは御意に任せてお子さんのことや家族のこと、自分以外の人のことを祈るように』とお教えくださいました。それ以来このお言葉を金科玉系としてきましたが、考えてみますとその故に長く生かされたのだと思えるのです。気持ちが病気を離れて他に向けられていたからです。…友は『もっと神に祈り求めなさい。十二年長血を患った女も癒やされたし、たくさんの病人や足なえを癒やしているのよ。死ぬるは益なりの心境はいいけど、治ることを考えたらどう!』と。イエス様は確かに病気をお癒やしになり足なえを起き上がらせましたが、それはいつも〝汝の信仰、汝を救えり〟で命(霊)の救いが先でした。誰だって健康でありたい、治りたいのです。でも自分が本当に帰るべき場所を知り、いつ迎えがきてもいいという覚悟をもって生きるとき、人はむしろ強くなるのではないでしょうか。「主よみもとに近づかん」を先夜 歌っていただき、涙がとめどなく流れました。私の死ぬべき生命はもう一度ゆるされました。そして元気になりました。イースターとともに起き直り生きようとしています。」 

 長い忍耐と苦難の先に 中川さんは確かに永遠の命を与えられ 今も尚、知る人の心の中にイエス様と共に生きておられると思います。私自身、最近何故か天国への志向が強くなっている中、聖書を開き、天を仰ぎ、秋の青空、闇に光る星を見上げつつ、こうしたみ言葉の消息と主の恵みに生きた方々からの力と慰めをいっそう深く感じるこの頃です。

                (高槻聖書キリスト集会)

言葉

                       n.M.

 言葉は難しい。すぐに人を傷つけちゃう。人の言葉により落ち込んで、なかなか立ち上がれない事がある。では神様の言葉はどうだろうか。

祈りの中で神様の言葉を聞こうとしている時傷ついた事があるだろうか。むしろ落ち着きと安らぎを頂く。嬉しくて涙が出る。神様の言葉と、罪を持った人間の言葉はこうも違うのだ。

 後はただ祈ればいい。全ての事を感謝して神様にお任せすればきっと神様が導いて下さる。話すべき言葉をも与えて下さる。

「初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった。」(ヨハネの福音書一の1) 

詩「釘の音」から気付かされたこと 

                      n.M.

「釘の音」

嫌なことを言われてイラッとした。

遠くでカツーンと音がした。

その人に少し言い返した。

また、カツーンと音がした。

その人に、嫌な目で見返された。悔しかった。

そのときまた、遠くでカツーンと音がした。

愛せない心、許せない心。

イエスはその度に十字架で釘打たれていた。

カツーン。

それはわたしのためにイエスの手のひらに打たれた。

釘の音だった。           

     貝出久美子さん(ひかりの道から)         この詩に出会った時、私はこのような聖書の読み方をしていませんでした。イエス様を十字架に磔にしているのは兵士たちがやっていることで、私のやっていることとは思いませんでした。今までどれほどイエス様の体に釘を打ち込んだことでしょう。そして今も打ち込んでいるのです。

 ルカ23を読み直してみると、そこに釘を打っている私がいます。又、群衆の中に私がいるのが見えます。遠くに3本の十字架が見え、その十字架上の苦しみの中、罪人の1人とイエス様が話しています。遠くて話している内容は聞こえません。それを見て「死刑になるほどの罪人が、よくもなれなれしくイエス様と話ができるものだ。」と怒りの目を向けている私。しかし、その罪人は自分の罪を認め「イエスよ、あなたの御国においでになるときは、私を思い出してください。」イエス様は「あなたは、今日私と一緒に天国にいる。」と約束されました。刑死になるほどの罪を犯し、この時まで良いことをしてこなかったその罪人。その罪人はイエス様に天国を直接約束された最初の人とされたのです。イエス様に寄り添い、救いを約束された罪人を、群集のなかの私は厳しく裁いていたのです。

 今までを振り返ると、いろいろな会議や会話等の中で私は自分が正しいと思うことを進んで発言していました。正しいと思えば思うほど声が大きくなり、主張が強くなっていました。それらの事を今反省を込めて振り返っています。

 十字架上の罪人は生きているときには良いことをしなかったが、イエス様により頼み救われた。私の1番足りないことを示されました。神様の御心にかなう生き方を「釘の音」の詩から気付かされました。私にとって大切な詩を届けて下さり、心から感謝しています。     職業 酪農業(74歳)、

確信

                       N.Y.

 「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。」(詩篇46の2)

 「あなたは必ずわたしを助けてくださいます。」(詩篇63の8)

 信仰の友と家庭集会で吉村さんの講話を聴き詩篇を学んでいます。作者の神への確信がたくさん書かれていて、心に響きます。毎回学ぶたびに、どんなに辛く苦しいことがあっても神が共にいてくださり、時が来たら、必ず助けてくださるということを、私も確信をもつことができ感謝です。

神様が備えてくださった生活

                         H.H.

 今年は持病の蛋白漏出性胃腸症の症状のひとつ、胸水貯留と向き合う一年でした。

 1997年…はじめて左側の胸水貯留が認められ、5ヵ月入院。最終的に、ステロイドホルモンの内服を試すかどうかということになりました。ステロイドホルモン剤の効果が(私の病気では)分からないこと、また持病の免疫グロブリン漏出に加えて薬でも免疫低下するなどたくさんの副作用があるので、お断りしました。

 2002年…左側の胸水が1リットル溜まった時には、息苦しさから横になって眠ることができず、座って寝ていました。肺が圧迫され、咳喘息も誘発されました。そのときは3回、胸腔ドレーンで抜いたのち、胸膜癒着術という外科手術をしました。左側には溜まらなくなりました。この時から半年ごとに大学病院の呼吸器内科を受診。胸部レントゲン検査で経過観察をしています。

 2009年…右側にはじめて胸水貯留が認められましたが、昨年10月の胸部レントゲン検査まで500mlぐらい溜まっている状態で変わらず、ずっと落ち着いてました。

 今年1月下旬…少し歩いただけで息切れする症状が生じ、咳喘息の症状はないのに、なぜ?と驚きました。横になって眠れていたので、胸水の量が息苦しくなるほど増えているとは思いませんでした。2月はじめに胸部レントゲン検査を受けたところ、右側の胸水が1400ミリリットルまで増えて肺を圧迫していました。その日のうちに胸膜穿刺で抜いてくれました。

 左側のときも、右側のときも、出現してすぐに多量に増えるのでなく、少しずつ少しずつ滲出して貯留していったようです。

 左側の時とおなじ経過をたどるのかと思いつつ入院しましたが、両方の肺に胸膜癒着術はしないほうが良いとのことで、3月24日からステロイドホルモン剤プレドニゾロンを一日20mgから服用。2週間ごとに5mgごと減量し、7.5mgを1ヵ月、5mgを4ヵ月間、10月に4mgに減量されました。数か月間、同じ量で服用、慎重に減量していくとのことです。結局、1997年に断った治療を進めることになりましたが、総蛋白やアルブミン値の上昇、浮腫の軽減などには効果が出ていません。現在の胸水の量は、退院直前の検査以降、500ミリリットル前後で横ばい。増えていないけれど、減ってもいない状態です。

 左右の胸水は、おなじくらいの量が溜まりましたが、息苦しさの感じ方や眠るときの姿勢、治療がちがうことが分かりました。私の病気は患者数が少ないので、ほかに参考文献がない中、主治医の先生方が治療方針を手探りで…という状況は、この病気の診断当初の1989年から変わってないこともなんとなく分かりました。

 入院生活は、4人部屋をカーテンで仕切り、日中も閉めきっているので、双方が外へ出るときに会話するぐらいでした。呼吸器内科病棟およびコロナ感染症対策ということもあるかもしれませんが、看護師さんに確認の上、私はカーテンを日中は半分ぐらい開けていました。そうすると同じ部屋に中学時代の同級生が入院していて、看護師さんと話す私の声に気づき、話しかけてくれました。私のベッドが窓際だったので、咲き始めから散るときまで、眉山の桜をいっしょに眺めたり、スマホで撮影することができました。

 20年前と違い、病棟にフリーWI‐FIの設備があったことは、大きな恵みでした。スカイプで礼拝、夕拝、北島集会に参加できました。集会の時はカーテンを閉めているのですが(声は出さずに「聞くだけ参加」)、何回か繰り返すうちに自然と同級生にキリスト教の集会に参加していることも話すことができました。

 パソコンの差し入れもありましたので、いろいろ病気のことを整理したり調べたりもでき、霊的に守られて過ごすことができました。 

 「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる。」(箴言16の9)

 「金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。」(へブル13の5) 

 1997年の入院で会社を辞めざるを得なくなりましたが、持病があっても、主が別の賜物を備えてくださり、無理のない範囲で用いてくださっています。新型コロナウイルス感染症の第七波以降、徳島でも陽性者数が増加して3桁の日がしばらく続いていますが、自宅でスカイプ参加を続けることができ、神様に守られていることに感謝します。持病の説明をさせていただくたびに、ご心配をおかけしますが、お祈り励ましに感謝します。咳喘息や息苦しさなどの症状はなく、通院と買い物以外の外出を控えているぐらいで、体調は守られています。神様が備えてくださった生活に感謝し、毎日を過ごしたいと思います。

 (無職)

「新米クリスチャンの思い」

                       B.K.

 若かった頃から、「なぜ美しいとわたしは感じるのだろう」という疑問を持っていました。

例えば、目の前に風景があって、それを美しいと感じる頭や心のシステムみたいなものが不思議でした。

 この不思議さの所以を、信仰を志す今考えることがあります。美しさを感じる能力を神は与えられたのではないだろうか、と思うのです。その能力によって、私たちはどれほど救われてきた事でしょう。

 それを一番強く私が感じてきたのが、音楽です。とりわけ年を重ねた耳で聴くバッハが圧倒的な力を持って神の存在を感じさせてくれます。

 生活に紛れ、信仰を持ちながらも自分自身への不信や絶対的存在へ血の通ったような交わりを感じられない。そんな日々の中でバッハの音楽の中にいると、何のこだわりもなく当り前のように聖書の世界が感じられます。私が私である意味を確かめられるような気がします。

 私がキリスト教に近づいたのは三年程前の事です。70才を迎え、人生最後の選択をするべき時期だと心に決めました。様々に動機はあったのですが、宗教的選択をキリスト教にしたのはやはり必然であった気が今はします。

 当初、近くのカソリック教会へ通い、日曜ミサに一番後ろの席から参加しました。ミサの祝福に肩の重さが軽く感じられ、インマヌエル「イエス様はいつもそばにいる」という言葉は驚きと喜びでいっぱいになり、洗礼を受けようと考えていました。

 でもある時、その教会の神父さんの話にどうしても同意できないものがありました。謂なき労働運動への反感、反差別を闘う人々への反発をその神父さんから感じたのでした。そして近代カソリックの歴史の裡に「反共」みたいなものを感じ取りました。

 この神父さんは例外なのでしょう。真に尊敬すべき神職の方は現におられるし、あの巨大な権威と権力の中で、信仰の核心を堅持しているカソリックの組織も偉大だと思います。

 でも、やはりその神父さんからミサを受ける気にはなれませんでした。そんな時、孫が在学している愛農高校から送られてくる「聖霊」という小さな新聞がありました。これを読んでいて「ここの教会ならやっていけるかもしれない」と思い愛農高校の先生に電話をして「無教会派」を教えていただきました。そして今、高槻の那須さんの主日礼拝に参加しています。 

 だからまだ新米のクリスチャンです。毎週そこで吉村さんの声の教えに接し、聖書の精読を教わり、イエス・キリストの存在の意味を少しずつですが強烈に受け取っています。そしてこのような信仰の場に巡りあえた事を深く感謝しております。

 私は日々の悩ましさに弱った時、手にとる二つの本がありました。歎異抄と聖書です。今思うと、この二つの書物に通底する事も多かったと思います。

 でも、信仰への心を決める時、キリストの教えを自然に選んでいました。何故かと考えると、それはキリスト教の文化、とりわけ絵画に親しみ影響を受けてきたからだと思います。

 聖書を読み出す以前から、受胎告知やエジプト逃行、キリストの受難、等々の場面の古い西洋絵画に接し、私自身もそれ等を参考に絵を描く時もありました。だから聖書の世界に親しみを感じていたのです。

 同時に、なぜ私は、例えば聖母を描いているのかという自問がずっとありました。その回答が、クリスチャンになる事でした。それは自分にとって納得のいく答えでした。

 そして、宗教的絵画を描く時に限らず、全ての作品を描く時に一層の誠実さを意識するようになりました。ある女性小説家が、「作品は捧げものという思いがする」という意味の文章を書いていました。ああ、そうだった、捧げものだ。私の絵もそうありたい、そう言い切れる絵を描き続けたいと願います。

 孫の高校から「愛農」という月刊誌が送られてきます。その中に、クリスチャンの料理人の方の話が載っていました。彼の座右の銘は、「汝の職業をもって神の栄光を現わせ」です。この言葉を心に刻んで、自分の仕事を全うしたいと願い、祈ります。ありがとうございました。     

       (高槻聖書キリスト集会) 画家

 艱難は信仰への道

                       F.F.

 神様から信仰の道へと、お導き頂きます時に、人それぞれに色々な場合があると思いますが私は、人生における苦しい艱難にあった多くの人たちが艱難を選んでいるのではないかと思います。このことは第一〇回祈りの友合同集会に多くの人たちの、苦しい艱難の中から神様のお導きを皆様にお証していました。

 次に艱難について内村鑑三 著 「一日一生」七月一一日を紹介します。

 「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜っている。」

(ピリピ書一・二九)

 「艱難はこれを受くる時決して悦(よろこ)ばしきものにあらず。されどもその忍耐の種(み)を結びて、より高き信仰を吾人に供するに至って、吾人は艱難をわが兄弟なり、わが姉妹なりと呼ぶに至る。神の造りしものにして、じつは艱難にまさるものなけん。そは他のものは吾人に示すに神の力と知恵とをもってすれど、艱難は吾人を導きてただちに神の心に至らしむればなり。」

 私が神様から信仰へとお導き頂きました最大の原因は二十代前半に肺結核を発病し左肺切除の手術をしたことからはじまります。

 大きな期待をもってした手術が失敗に終わり、私は苦しみと艱難を体験しました。

 しかし今から振り返ってみると神様からの大きなみ恵みを頂いたと思い感謝しています。それは日々、病床で悶々としていた時に療養所伝道に、おい出ていた服部 治先生が私の病床に来られてキリスト教のお話をしてくれました。

 先生のお話で私は、大きな平安を頂き主の、お恵みで、いっぱいになりました。

 そして、もう一つの試練は六年前に妻を癌で亡くしたことです。

 妻は吉村先生、集会の皆さん、祈りの友の皆様に篤いお祈りいただき感謝申し上げます。今は、イエス様のみもとに安らかに憩いの時を与えられていることを感謝しています。

 「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく彼のために苦しむことをも賜っている。」(ピリピ一・29

 「苦しむ」ことを通して私どもは、光り輝く復活のお恵みをいただけると幸いを感謝しています。

 ロシアによる侵攻に思う

                     F.K.

 ロシアによるウクライナへの侵攻は未だやまず心が痛みます。内村鑑三(一日一生)の次のような文が心に残りましたので記します。

 「戦いに勝って勝つのではない。真理に従いて勝つのである。戦いに負けて負けるのではない。真理にそむいて負けるのである。真理を究むるのは、剣をみがくよりも大切である。真理は永久に勝つための武器であって、剣はわずかに一時の利を制するための機械にすぎない。われらは最後の勝利をえんがために、剣をもってするよりも、むしろペンをもって戦わんと欲す。」

 「キリスト教がわかって見ますると、世人の生涯は夢の生涯であります。物でないものを物と解し、地獄に落ち行くのを天堂に昇り行くのであると解するていの生涯であります。いわく戦争、いわく外交と。キリストの心を以てこれを見ますれば、これ小の小なる問題であります。もし人、全世界をうるとも、その霊魂を失わば何の益あらんや。ロシアの天子がそのおもう通りにアジア大陸の全部をえたところが、爆裂弾一発で永遠の死にいかねばならないと思えば、満州問題ごとき、彼にとりては極小の問題てなくてはなりません。取ったところがわずかに五千ニ百二十五万平方マイルにすぎないこの地球、無窮の宇宙に永在ることのできる権利を授けられたる人は、かかる小なるもののために彼の全力をそそがんとはいたしません。」1905年の作

 この侵攻が一刻も早く終わるよう願い祈る者です。

                        (神奈川)

 もしも私が苦しまなかったら 新聖歌292番 

                    F.S.(徳島)

もしも私が 苦しまなかったら 

  神様の愛を 知らなかった

 多くの人が 苦しまなかったら

  神様の愛は 伝えられなかった

 もしも主イエスが 苦しまなかったら 

  神様の愛は 現われなかった

 

 今はこの賛美歌と共に主人の事も思いつつ、感謝の日々を、すべての事に最善をなして下さる主に感謝しつつ歩んでおります。

詩篇による自選聖句暗誦日課表 

                        F.S.

一日 主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。(一の六)

二日 主よ、あなたの幕屋にやどるべき者はだれですか、あなたの聖なる山に住むべき者はだれですか。直く歩み、義を行い、心から真実を語る者。(一五の一、二)

三日 主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。(一九の七)

四日 ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を誇る。(二○の七)

五日 わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。(二二の一)

六日 地と、それに満ちるもの、世界と、そのなかに住む者とは主のものである。(二四の一)

七日 その怒りはただつかのまで、その恵みはいのちのかぎり長いからである。夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る。(三○の五)

八日 わたしは言った、「わたしのとがを主に告白しよう」と。その時あなたはわたしの犯した罪をゆるされた。(三二の五)

九日 見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある。(三三の一八)

十日 主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。 (三四の一八)

十一日 悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。不義を行う者のゆえに、ねたみを起こす

な。彼らはやがて草のように衰え、青菜のようにしおれるからである。(三七の一、二)

十二日 主よ、わが終わりと、わが日の数のどれほどであるかをわたしに知らせ、わが命のいかにはかないかを知らせてください。 (三九の四)

十三日 わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。(四二の五)

十四日 来て、主のみわざを見よ、主は驚くべきことを地に行われた。主は地のはてまでも戦いをやめさせ、弓を折り、やりを断ち、戦車を火で焼かれる。(四六の八、九)

十五日 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。(五一の一七)

十六日 あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決して許されない。(五五の二二)

十七日 わが魂はもだしてただ神をまつ。わが救いは神から来る。神こそわが岩、わが救い、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはない。(六二の一、二)

十八日 神よ、わたしが年老いて、しらがとなるとも、あなたの力をきたらんとするすべての代に宣べ伝えるまで、わたしを見捨てないでください。(七一の一八)

十九日 わが身とわが心とは衰える。しかし神はとこしえにわが心の力、わが嗣業である。(七三の二六)

二十日 主なる神は日です、盾です。主は恵みと誉れとを与え、直く歩む者に良い物を拒まれることはありません。万軍の主よ、あなたに信頼する人はさいわいです。(八四の一一、一二)

二十一日 主よ、あなたの道をわたしに教えてください。わたしはあなたの道に歩みます。心をひとつにしてみ名を恐れさせてください。(八六の一一)

二十二日 しかし「わたしの足がすべる」と思ったとき、主よ、あなたのいつくしみはわたしをささえられました。(九四の一八)

二十三日 主は来られる、地をさばくために来られる。主は義をもって世界をさばき、まことをもってもろもろの民をさばかれる。(九六の一三)

二十四日 全地よ、主にむかって喜ばしき声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。…主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。(一○○の一、二、五)

二十五日 主とそのみ力とを求めよ、つねにそのみ顔を尋ねよ。(一○五の四)

二十六日 主に寄り頼むは人にたよるよりも良い。主に寄り頼むはもろもろの君にたよるよりも良い。(一一八の八、九)

二十七日 苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。(一一九の七一)

二十八日 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。(一一九の一○五)

二十九日 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。…主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。(一二七の一、二)

三十日 もろもろの君に信頼してはならない。人の子に信頼してはならない。彼らには助けがない。その息が出ていけば彼は土に帰る。その日には彼のもろもろの計画は滅びる。(一四六の三、四)

三十一日 主は馬の力を喜ばれず、人の足をよみせられない。主はおのれをおそれる者とそのいつくしみを望む者とをよみさられる。(一四七の一○、一一)※注:口語訳

16才のヘルパー君へ

                       H.Y.

「慈しみの御業を示してください。あなたを避けどころとする人を立ち向かう者から右の御手をもって救ってください。瞳のようにわたしを守りあなたの翼の陰に隠してください。」(詩編17の7~8)

 私は、週二日、朝の散歩を、16才のガイドヘルパーと楽しんでいる。

 r君は通信教育で高校に通っている。

 はっきりと聞いたわけではないが、どうやらいじめによる不登校であったらしい。

 r君は無口で、というか、彼は子供の頃に喉の手術をしたせいで、声がひどくかすれている。また、ご両親は離婚してお母さんが3人の子供たちを育てている。

 おそらく、いじめの原因はこれだろうか。

 おとなしいr君と歩いている間の会話をどうしたらいいのか、私も最初はとまどってしまった。

 会話の最初のきっかけは、r君も読書が好きだと聞いたことで、上橋菜穂子さんのファンタジーを二人とも好きなことが一緒になって、それから、半年が経った。

 少しずつではあるが、ぽつりぽつりと話をしてくれるようになったことが、私には何よりも嬉しい。

 時々、聖書の話をする。r君は、まだ聖書を読んだことがない。

 でも、r君を御守ってくださる神様がいらっしゃることを、いつかはお話したいと思っている。

                       (鍼師)

御手にゆだねます

                     M.K.

 今年6月から、スカイプを通して 徳島キリスト集会の吉村先生の礼拝に 参加させて頂いています。

設定をして下さった数度様、林様、ありがとうございました。礼拝の恵みを感謝申し上げます。

礼拝を頂き、聖なる風を感じながら 大きな集まりのお祈りの中で 私の小さなお祈りも一緒に入れて頂いています。

 今、家族の者が 大きな病気をしています。自分の心も弱るときがあります。10月の夕拝で、大きな恐れが目の前に迫った時に、それより向こうに見える もっと大きな希望を確信できる。それが可能になるのは、深くお祈りができること。深くお祈りが出来るためには、神に信頼する。身をよせる。ゆだねる。と教えて頂きました。神様に心のもっとも深い部分をゆだねていなければ、叫ぶことが出来ない。と教えて頂きました。

 「主よ、御もとに身を寄せます。とこしえに滅びに落とすことなく 恵みの御業によってわたしを助けてください。」(詩編31の2)

 どのような時も、すべてをご存じで、すべてを最善にかえて下さると信じて これからもお祈りします。

聖句 

                        M..K.

「神は愛なり」

                   第一ヨハネ四章十六節

サラ・アンドリュースと詩篇103篇

                                        S.Z.

 アメリカ人宣教師 サラ・アンドリュースの歩みを書いた本を読みました。

 サラは、23歳の時に、日本宣教の為、祖国を旅立ちました。サラは、病気がちの女性でしたが、謙虚さと信仰と神様への純粋な信頼のみで、日本の静岡の地で生涯福音伝道に献身されました。戦時中は、敵国人として常に特攻警察に監視され、教会から一歩も出られず、親しい信者のわずかな支援で命をつないでいました。戦争がはじまると、宣教師達は、ほとんど祖国に帰られましたが、サラはずっと日本にとどまり伝道を続けました。

 彼女の召天後20年たった時に、静岡で追悼記念会が開かれた時に、100人もの日本人が集まったことに、彼女の影響力の大きさがわかると記されています。病弱の中からの伝道を、日本婦人のイキさん達数人が支えたとあり、彼女に対する神様の愛とお守りを感じました。彼女は、詩篇103篇がお気に入りで、病気が重くなり、天に召される前にも、この詩篇を何度も口ずさんでおられたそうです。

詩篇103篇の素晴らしさに心打たれると共に、この詩篇が愛唱聖句だったサラの信仰に習いたいと深く思いました。

 

詩篇103篇

わがたましいよ 主をほめたたえよ

私のうちにあるすべてのものよ

聖なる御名をほめたたえよ。

わがたましいよ 主をほめたたえよ。

主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主はあなたのすべての咎を赦し

あなたのすべての病を癒し

あなたのいのちを穴から贖われる。

主はあなたに恵みとあわれみの冠をかぶらせ

あなたの一生を 良いもので満ちたらせる。

あなたの若さは 鷲のように新しくなる。

 

主は 義とさばきを

すべての虐げられている人々のために行われる。

主は ご自分の道をモーセに

そのみわざをイスラエルの子らに知らされた方。

主は あわれみ深く 情け深い。

怒るのに遅く 恵み豊かである。

主は いつまでも争ってはおられない。

とこしえに怒ってはおられない。

私たちの罪にしたがって

私たちを扱うことをせず

私たちの咎にしたがって

私たちに報いをされることもない。

天が地上はるかに高いように

御恵みは主を恐れる者の上に大きい。

東が西から遠く離れているように

主は 私たちの背きの罪を私たちから遠く離れさせる。

父がその子をあわれむように

主はご自分を恐れる者をあわれまれる。

主は 私たちの成り立ちを知り

私たちが土のちりにすぎないことを

心に留めてくださる。

 

人 その一生は草のよう。

人は咲く。野の花のように。

風がそこを過ぎると それはもはやない。

その場所さえも それを知らない。

しかし 主の恵みは とこしえからとこしえまで

主を恐れる者の上にあり

主の義は その子らの子たちに及ぶ。

主の契約を守る者

主の戒めに心を留めて行う者に。

 

主は 天にご自分の王座を堅く立て

その王国は すべてを統べ治める。

主をほめたたえよ 主の御使いたちよ。

みことばの声に聞き従い

みことばを行う 力ある勇士達よ。

主をほめたたえよ 主のすべての軍勢よ。

主のみ心を行い 主に仕える者たちよ。

主をほめたたえよ すべて造られた者たちよ。

主が治められるすべてのところで。

わがたましいよ 主をほめたたえよ。

 

「サラ・アンドリュース(高潔な仕え人)」

 サラ・シェパード・アンドリュース

 日本に生涯を捧げたキリスト教宣教師

発行者 キリストの教会伝道学院

      190-0004 立川市柏町1--

  電話 042-536-4667

〒319-1117  茨城県那珂郡東海村東海2--

j.mine.yuri39002@gmail.com

電話 029-282-9472

携帯090-5316-5097

十字架より叫び聞こゆ ー新聖歌120より            M.S.(徳島)

 

 十字架より叫び聞こゆ 「彼らを赦し給え」と

 神の御子苦しみ受け 世の罪を負い給う

 ゲッセマネの暗き夜の その祈り君知るや

 ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰がためぞ

 

  十字架より叫び聞こゆ 「すべての事終わりぬ」と

 神の御子血を流して 世の罪をきよめ給う

 木の上に釘打たれし その痛み君知るや

 ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰がためぞ

 みことばのお教え  Y.K.(徳島)

 コロナのためにスカイプで礼拝に参加させていただくようになりました。感謝しています。

 ずっと前は、みことばをお聞きしても、わからないことも多かったです。

 どうしてなんだろう。不思議だな。イエス様はこんなことできるのかな。と思うことがありましたが、聖霊のこと、イエス様は万能の方だと教えていただいた日から、すっかり信じることのできる自分になった気がします。

 礼拝の時の讃美歌にもずいぶん救われ、いっしょに歌っていることもあります。

 みことばのお教えだけでなく、各地の皆様の感話やお話にも心うたれます。

 詩編119の105節のみことば

 「あなたのみことばは、わたしの道の光

 わたしの歩みを照らす灯。」とあります。

 いつも神さま、イエス様のみことばをしっかりとうけとりたいと思っています。
山路超えてー讃美歌404の言葉より     Y.K,(徳島)

 山路 超えて ひとり行けど 

 主の手にすがれる 身は安けし

 

 松の嵐 谷のながれ 

  み使いの歌も かくやありなん

 

 峯の雪と 心きよく

 雲なきみ空と  胸は すみぬ

 

 道 険しく 行くてとおし 

  志すかたに いつか 着くらん

 

 されども 主よ われいのらじ

   旅路の終わりの ちかかれとは

 

 日も暮れなば 石の枕 

    仮寝の夢にも 御国 しのばん アーメン

クマの話 

                  A.M.(徳島)

 息子は大学の野生動物生態学教室で北海道のヒグマの生態調査に関わっていました。体力のない彼でしたが、励ましてくれる仲間たちと4年間浦幌町の山中をヒグマの痕跡を追い青春の日々を過ごしました。

 卒業後、地元徳島に帰って来て間もない春の日のことです。彼が、車の助手席でポツリと話してくれたのは『クマのなかにはね、春が来て冬眠から目覚めても、最初の食べ物を口にする前に力尽きて、死んでしまうやつがおるらしい』という話でした。『そんな悲しいことが、ほんまにあるん?』と思わず聞き返したのを覚えています。『めったにないけどね』と息子は私をなぐさめるように言いました。

 彼が心室細動からの心肺停止で倒れたのはそれから数時間後のことでした。救急搬送された病院の待合室で、その時の息子の優しい声が何度も何度も脳裏をめぐりました。息子は蘇生し命を取り留めましたが、あの時から一度も目覚めることはなく今も昏睡状態のままこの秋5年半を迎えました。

 今も時折、眠ったままの息子の姿と重ねて、あの悲しいクマの話を思い返します。私は、あのクマは絶望し不幸だったに違いないと思っていました。食べ物を見つけ口にすることができれば、新しい春を、夏を重ねていくことができたのにと。

 『すべてには時がある―旧約聖書「コヘレトの言葉」をめぐる対話』小友聡、若松英輔/著2021 NHK出版

 この本はNHKの【それでも生きる 旧約聖書「コヘレトの言葉」】の番組放送記録だそうです。私はこの番組を視たのですが、難しすぎて理解できず、でもとても大切な何かを語っていた気がしたので、改めて本の形になったものを読みました。小友氏と若松氏が対談のなかで、コヘレトの「時の詩」を巡って語ります。「時」には量的に測れる時間クロノスと測ることのできない時間カイロスがある。カイロスの出来事は過ぎゆかないし、それは深化し昇華する。カイロスは大切な人と言葉を交わした「時」であり一瞬の「時」が永遠に自分のうちに残る。コヘレトのいう「時」である。

 カイロスは過ぎゆかない経験なので、その意味をもう一度捉えなおすことができる。これが希望へとつながる。「カイロス」は神から与えられた「時」である。

 まさに、あの時の息子との会話は「カイロス」的な「時」であったことを知りました。悲しい不幸なクマの話は、時がたてば希望へと繋がっていました。

 あのクマは絶望と悲しみのなかで死んでいったのではない。きっと春の暖かな光を全身で受け、春の香りを嗅いだに違いない。空なるがゆえの一瞬の「時」を止めて、幸せだと感じたに違いないと思えるからです。

 浦幌の山中でヒグマを追いかけて過ごした日々は彼のかけがえのない「時」であり、今もきっと彼の中にあると信じられます。

それは神さまからの賜物だからです。

 

  *)編者注 ここに記されている息子(裕平)さんは、その後去年1218日に召されました。文集の終わりの43頁に、その折りに礼拝参加の方々に向けて読まれた安藤さんの言葉が掲載してありますので参照ください。)

 

最近気になった聖句            A.T.

 私の最近気になった聖句は、フィリピの信徒への手紙4の?6~7です。

 これは、11月に発行されるキリスト教独立伝道会通信に掲載されている夏期聖書講話の中の香西さんの講話で引用されていた聖句です。

 この聖句について香西さんは「主の支配にあって歩むものは、自分の願望を祈りにおいて打ち明ける一方で、同時にすべてを主の支配においてお委ねするという態度、主が約束される平安への信頼が与えられます。だからこそ私たちは常に感謝する、喜ぶことが出来ます。そこで与えられる深い平安(シャローム)とは、単なる心の安らぎ、あるいは思い煩いのない状態とのみ解するのは不十分です。それは動的な力で、それは私達の心と考えを(サタンの誘惑から)いつもしっかりと守って下さいます。…」と説いています。

 私は改めてこの聖句に感動し、朝晩の静かな祈りの時に感謝と祈りと願いを、それもできるだけ具体的な願い、こうなって欲しいイメージを込めて祈っています。過去の経験的により良い具体的なイメージはその通りになることが多く、先日も数日前の週間天気予報では、天気が良くなるとしていた日に家族で出かける計画をしていましたが、前日になり怪しい予報に変わってしまいましたが、「大丈夫、必ず良くなる」と心に決め、祈りながら出かけることにしたところ、結果的に天気は好転し、渋滞にも巻き込まれず、駐車場待ちも1箇所は諦めましたが、後は混雑は有ったもののタイミング良く出るクルマと入れ違いに入ることが出来てスムーズな家族旅行となりました。これも神様からの恵みと祝福があったからと受け止め感謝いたしました。

 この例は、わりとどうでも良い家族旅行ですが、開拓的な仕事を一人で行っている場合には、孤独と不安に襲われ思い煩うことがしばしばです。

 しかし、私(たち)には、イエス様がいつも共にいらっしゃり、その上、人は1人では生きられないものですから必ず関連の人々がいるはずですので、その人たちとのコミュニケーションを大切にすることが、たとえライバル視している人にでも、素直に感謝し意見等を聞き入れることも重要なのではないかと思います。

 パウロでさえ、フィリピの信徒への手紙3章12節に「…既に完全なものとなっているわけでもない…。」とあり、それに近づくことの難しさを、いろいろな誘惑の多い現代においては更に、難しいように思えて来ます。

 しかし、それを得るために一つだけ方法があると言っています。それは、〝後ろのもの〟すなわち過ぎ去ったことに執着しないで、〝前のもの〟すなわち未来の目標に全身を向けて、目標を目指してひたすら走ることです。と書いてあります。つまり、マタイによる福音書22章37節にあるように最も重要な掟に従うことによるのだと思います。

 私たちは、最低でも望みを高く持ち、あらゆる出来事に対しても喜び、感謝して、それを全身で受け止め、自分を無にして全身全霊を尽くして私たちの主なる神を愛し、神が創造した万物をも愛すること、つまり隣人を愛することが、目標を達成することに繋がると書いてあるのだと思います。

(自営業)

 

代々木公園でのホームレス伝道にかかわって

                      A.S.

 代々木公園での伝道に関わるようになって、2年半くらいがたっています。

最初は、ハーベストタイムミニストリという超教派の聖書の学びの場のアナウンスの時間に、代々木公園でのホームレス伝道での奉仕者が足りないので、関心がある方はいないか、というアナウンスがあり、それで、その日が、たまたま月曜の祝日であり、土曜の早朝、月曜の夕方にやっているので、参加しました。

 色々実際に体験してみることで、いろいろなことを学びます。ホームレスといっても色々なタイプがあり、貯金や年金などがあるうえで、路上生活をしてる人、また、日雇いの仕事のようなものをして、賃金を受け取りながら、生活してる人、施設の人間関係に耐えられなくなり、屋外生活を選択した人など、一人一人、色々なケースがあると思わされています。

 生活保護を受ければよいではないかと思う人もいるかもしれませんが、生活保護を受けて紹介される施設の環境や人間関係が悪かったり、あるいは、貧困ビジネスというように生活保護費のある部分を施設に抜かれて、自由に使えるお金が少なかったり、たぶん、東京都では、生活保護費を受けて、個室のアパートがすぐに与えられるというケースは稀なのだと思います。

 ぼくの目的は、伝道のことなので、聖書のトラクトや、賛美歌の歌詞カード、ギター、冬は暖かい飲み物をキャリーケースに入れて、いつも行っています。

これからの季節、暖かい飲み物で喜んでくださる人がいるので、楽しみです。

 また渋谷の公園などは、新しい公園は、ベンチに手すりのようなものができて、横になって寝れないようにして、ホームレスの方が生活しずらいように変えられているという話を昨日聴きました、ホームレスは少なくなっていて、逆に女性のパートの人の仕事、たとえば、レストランのウェイターなども、タブレット端末を利用するようになって、仕事自体がなくなったり、そのようにして、仕事自体がなくなり、貧困で困ってる方が、家族ぐるみで炊き出しの列に並んだりするということを聴きました。

 素晴らしい説教、きれいな賛美、きれいな会堂のある教会もあると思います。だけど、今の時代、良い説教や賛美は、インターネットで聴くこともできます、またそのような教会には、プロレベルの音楽家もいて、ぼくなんかが、ギターで賛美歌を弾くこともできなくて、聴衆の一人にしかなれないと思います。代々木公園での活動では、拒絶してしまう教会があるというホームレスの人と交流出来たり、生活困窮者とじかに接すること、悩みを聴いたりすることができるというところがすばらしいと思っています。

 ホームレスの人に食事、飲み物、衣類など与えたりするのは、ホームレスの状態で生活を継続することを支援してるだけになるのではないかという悩みが頭の中にありました。しかし、最近、自立支援をやっているNPO法人の方とのつながりもできています。その方のおかげで、ぼくの友人のクリスチャンホームレスだった人が、生活保護を受けることができて、今は施設に入ることができています。施設は、共同の部屋で大変のようです。しかし、最終的な自立を目標に一歩ずつ前進しているのがわかり励まされています。

 信仰者は、御言葉を通して、精神的な面で困ってる人をサポートできると思います、そして、環境的な面では、そのようなNPOの人の力を借りてやれば、精神的、環境的にサポートすることができるので、そのようにして、困ってる人を助けたいと思っています。

「わたしの骨はことごとく言うでしょう。

『主よ、だれかあなたに、たぐうべき者がありましょう。あなたは弱い者を強い者から助け出し、弱い者と貧しい者を、かすめ奪う者から助け出される方です」と。」詩篇35の10(口語訳)

 

「ぶどう畑のぶどうを収穫するときは、後になってまたそれを摘み取ってはならない。それは、在留異国人やみなしご、やもめのものとしなければならない。」     申命記24章21節

 

 人間というのは、独占的になりがちですが、神様は、わけ与えることが大切な事を聖書を通して教えて下さっていると思います。

 

今の私の切なる願い

                       I.Z.

 「わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです」(ガラテヤ2の19~20)

 このパウロの言葉は私にとって私もかくありたいと切に願う大切な言葉です。パウロのように「十字架につけられたままの復活したイエスが私の中に生きておられる」ことをただ私の頭の中の知識としてではなく、私のからだに実感として心と体に刻み付けられなければなりません。そのためには絶えずこれを求めて『黙想する』ことが非常に大切ではないかと思っています。十字架につけられたキリストが私の中に宿り、無条件に私の罪を贖って許し続けてくださり、復活したキリストが死に打ち勝って永遠の命を与えて下さり、そして神の子としてくださることを心から願い、祈るものです。

 この「十字架につけられたままの復活したキリストが私の中に宿って、生きて働いていて下さること」を私のからだに実感できるようになれば、パウロがⅠテサロニケ5の16~18で述べている「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」とキリスト・イエスにおいて神が私に望んでおられることが、私にも自ずとできるようになるのではないかと思っています。

みめぐみゆたけき、主の手にひかれて

                    O.E.

 私は、傲慢で、自分中心で、いつも自分こそは、正しいと思いたいのです。

 自分の思うようにならなければ、相手を批難をし、自分の育った環境が良くなかったから貧乏と、苦労の中で子供時代を過して来たのだからと、言い訳をして、むしろ、その事を自慢にして来ました。

 八十五歳の現在まで、沢山の罪を犯しました。主イエス様は、そんな私の罪を赦してくださるために、犠牲になって下さいました。

 ルカによる福音書二十三章四十六節「父よ私の霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引きとられたとあり、三日後に復活された主イエス様、共に歩いてください。お祈りします。

私は、まだまだ、不平、不満、不安が先に来てしまう事がありますが、それを感謝に変える事によって、毎日喜んで生活して行きたいと思います。

讚美歌 二九四番

1みめぐみゆたけき 主の手にひかれて、

 この世の旅路を あゆむぞうれしき。

 たえなるみめぐみ 日に日にうけつつ、

 みあとをゆくこそ こよなきさちなれ。

2さびしき野べにも、にぎわう里にも、

 主ともにいまして われをぞみちびく。

 たえなるみめぐみ 日に日にうけつつ、

 みあとをゆくこそ こよなきさちなれ。

3けわしき山路も、おぐらき谷間も、

 主の手にすがりて やすけく過ぎまし。

 たえなるみめぐみ 日に日にうけつつ、

 みあとをゆくこそ こよなきさちなれ。

4世の旅はてなば、死のかわなみをも、

 恐れず越えゆかん、みたすけたのみて。

 たえなるみめぐみ 日に日にうけつつ、

 みあとをゆくこそ こよなきさちなれ。 アーメン        (北海道)

わたしの助けはどこからくるのか

                      O.E.

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。

  わたしの助けはどこから来るのか。

 わたしの助けは来る  天地を造られた主のもとから。」

             (詩編121の1~2)

 私たちの人生では、様々な困難、人間関係、健康問題、老後の心配などがありますが、自分ではどうすることも解決できないですし、どこに助けを求めたらいいのかわかりませんが この個所から助けは主のもとからきてくださると示してくださいました。感謝します。

 天地を造られた神さまがおられ、わたしたちを守ってくださっていますから いつも、天を仰いで神さまを求めてゆく歩みでありたいと思います。

みことば 闇の中に       K.K.

「光は闇の中に輝いている。

  闇はこれに打ち勝たなかった。」(ヨハネ一章五節 新改訳)

 「闇の中に住んでいた民は大きな光を見る。

  死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が昇る。」(マタイ四章十六節 新改訳)

 心にいつも浮かぶ聖句      K.K.

 「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。」(フィリピ4の4~9)(徳島)

 

幸い薄く見ゆる日にー新聖歌330より      K.Y.

1 幸い薄く見ゆるひに

  孤独に悩む時に

  わが恵み汝れに足れりと 

  静かな声を聞きぬ

  されば われわが目を上げて

  十字架のイエスを仰がん

  主よ汝が愛を思えば 

  われに乏しきことなしと

 

2 愛する者を失いて

  望みの消ゆる時に

  われ汝をひとりにせじと

  優しき声を聞きぬ

  さればわれ笑みをたたえて

  友なるイエスに応えん 

  主よ汝が愛に生くれば

  われに乏しきことなしと

聖句       K.I.

「彼こそ、まさしく平和である。」(ミカ書5の4)

賛美伝道30周年感謝記念アルバムより  K.R.

 美しい秋 作詩、水野源三

木々の紅葉を見ましたか

 百舌の声を聞きましたか

 主の御名を呼びましたか

 主の愛に触れましたか

 

 美しい秋を 美しい秋を

 創られた父なる御神を

 喜び讃えていますか

 喜び讃えていますか

 

 今年の10月26日  車で30分位の所に 樽前山のある支笏湖があります。この日はみごとな青い空、さざ波一つない湖、紅葉の並木道が続き、本当に神様の創造された、大自然にふれて感動のひと時でした。本当に感謝、感謝でした。長男夫婦に乗せてもらいました。

 


「心に残る讃美歌の歌詞2編」    K.Y.

①「主イエスに従う我が身の幸よ」 作詞:常廣 澄子 作曲:文 廷翼

 

主イエスに従う 我が身の幸よ

汚れしこの身を 招きたもう

とこしえに主の御手 我を導く

苦しみ悲しみ 神は知りぬ

罪をも赦しし 主の愛は尽きず

溢るる恵みに 我安し

 

主イエスのみ業は 喜びに満つ

豊かなみ旨に 我従わん

いのちの御言葉 我が慰めぞ

十字架を仰ぎて 我進み行かん

罪をも赦しし 主の愛は尽きず

溢るる恵みに 我安し

 

 詩編23の6「命のある限り 恵みと慈しみはいつも私を追う。

  主の家に私は帰り 生涯そこにとどまる」

 

②「けがれとあらそいは」

 作詞:F.S.Curtis 作曲:Qeen Liliuokalani

        

汚れと争いは いつの世にかきゆらん

平和の君イエスの 来たりたもうまで耐えじ

(おりかえし)

主よとく来りて 世界を治めたまえ

み民は忍びて 御代を待てり

 

激しき戦いは いつの世まで続かん

つくられし者みな み栄の世を待てるに

 

いつまで花嫁は 備えして待つべき

やがて雲に乗れる イエスにまみえて喜ばん

 詩編110の1「わたしの右の座に就くがよい。

 わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう」

北田康広賛美伝道30周年感謝記念アルバム

               「わが感謝の贈物」より

 

弟の思い出      K.P.

 5年前のちょうど今頃11月、一歳年下の弟が肝臓癌になり、3ヶ月間弟の看病のため日本に帰っている頃でした。

 今、窓の側のテーブルで外を観ながら「野の花」文集に投稿するために書き始めたら、木蓮の木の葉がサラサラと散って秋の気配を感じるとともに、3ヶ月間いっしょに過ごした弟の事が色々浮かんできました。

 アメリカで車の運転免許をとり、日本では運転したこともなく、弟が元気な時は日本へ帰るたびに、弟が車で色々なところへ連れて行ってくれたので、バス、電車等利用したことなく、今回の日本帰りは全く事情が違うと思い(弟は運転できないくらい弱っているので)弟の病院通い、母のいる老人ホームの訪問、買い物等は車なしではできないので、インターナショナル・ドライバーライセンスをもって帰国しました。

 初めての日本での車の運転のため、手が震えて、日本の道路は狭い道だし、アメリカとは反対の車道の運転でもあり、どうか神様イエス様助けてくださいとお祈りしました。

 そのうち病院に着いたけれど、駐車場に駐車できないのです。

 アメリカではそのまま前向きに駐車するので、私は日本のようにバックして駐車する事ができないので、駐車場に着くと弟に代わって駐車してもらいました。弟は私に一度も私の気持ちを悪くさせるような言葉を使ったことないけど、何度もバックして駐車する練習をしても出来ないので、弟が、私に、「あんた(私の事をあんたとよんでいました)高速道路では物凄くスピードを出して運転するので、僕も怖いぐらいなのに、車の駐車がどうして出来んと!?」と言われてとてもおかしくて二人で大笑いしたことです。

 

 弟は一度も結婚したことなく母といっしょに暮らし、母の面倒をみてました。弟が元気な時にわたしは「あんた一度も女の人を好きになって結婚したいと思ったことないの?」と聞いたことありました。

 その返事に私は頭が下がる思いでした。

「あんなに気が強い母ちゃんと誰が上手くいくと思う? 僕のお嫁さんになるひとが可哀想!!と思い結婚を諦めた」と聞き、弟の横顔を見ながら、こんなに優しい弟の姉であることをとても誇りに思いました。 アメリカ人と結婚して、離れたところで住んで何も出来ない自分、弟にとても感謝しました。

 働いた少ないお金も全部母に渡していました。その母も12月で102歳になります。弟と毎日お祈りしました(弟はクリスチャンではありません)アーメンといっしょに言いました。

 わたしの怖い運転でいろいろなところに行きました。家に着くと弟は、「ああ ほっとした」と言いました。 二人で大笑いしたことです。

 私はアメリカ永住権の為3ヶ月以上は日本に滞在できないので、アメリカに戻らなければいけない時が来ました。でも弟は元気になり、福岡空港迄送ってくれました。また会おうね、と言って笑いながら別れました。

 その後電話で連絡してましたが、義理の姉から連絡あり弟の容態が変わっていると言われて、また帰る予定をしましたけど、弟が亡くなる1日前に弟が私に電話してくれ、「今まで色々本当にありがとう」と初めて弟が感謝の言葉を言いました。

「あんたどうしたと?私にありがとうなんて言ったことないのにどうしたと?」と、何度も聞き直したけど、電話の向こうの弟の返事はありませんでした。

 私は咄嗟に弟は死ぬ。弟は死ぬんだ!と思い、「あんた死んだらいかんよ!死んだらいかんよ!絶対死んだらいかんよ!また直ぐ来て看病するからね!!」と、電話の向こうの弟に叫びました。弟の返事はありませんでした。翌日義理の姉から弟が亡くなった事を知らされました。

 私は気を失いそうになり、私のそばに主人がいたけど直ぐ外に出て空に叫びました。神様イエス様助けてください。今この私を救ってくださる方はあなたしかいません。私の身体は壊れそうです。これからどうやって生きればいいのですか?どうか助けてください。どうか教えてください、と叫びました。

 詩編のダビデのお祈りが私のお祈りになりました。

 

詩編23の4

 「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても 私はわざわいを恐れません。

 あなたが私とともにおられますから あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」

 

詩編5の1~2

 「私の言うことを耳に入れてください。主よ。私のうめきを聞き取ってください。」

 

第1コリント15の55~57

「「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。」

 

イザヤ書41の10

「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け わたしの救いの右の手であなたを支える。」

イザヤ書51の11

「主に贖われた人々は帰って来て 喜びの歌をうたいながらシオンに入る。頭にとこしえの喜びをいただき 喜びと楽しみを得 嘆きと悲しみは消え去る。」

 

第2コリント5の8~1

「わたしたちは、心強い。そして、体を離れて、主のもとに住むことをむしろ望んでいます。だから、体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひたすら主に喜ばれる者でありたい。なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。」

               (アメリカ・ワシントン州)

 

ヒゼキアの祈り

                      K.N.

 イザヤ書36章にはヒゼキア王の治世第十四年に、アッシリア王のセンナケリブが攻め上り、ユダの砦の町をことごとく占領した。アッシリアの王はラキシュからラブ・シャケを大軍と共にヒゼキア王のいるエルサレムに遣わした。と書いてあります。

 ラブシャケはユダの高官たちにこう言います、

 18節「ヒゼキアが『主は我々を救い出してくださる、と言っても惑わされるな、諸国の神々は、それぞれ自分の地をアッシリア王の手から救い出すことが出来たであろうか。

 これらの国々のすべての神々のうち、どの神が自分の国を私の手から救い出したか、それでも主はエルサレムを私の手から救い出すと言うのか』」

 高官たちがこの言葉をヒゼキア王に告げた時、ヒゼキア王はこれを聞くと衣を裂き、荒布を身にまとって主の神殿に行ったとあります。

 そしてイザヤにも祈ってほしいと頼むのです。ヒゼキア王の家臣たちがイザヤのもとに来ると、イザヤは言った。

『主なる神はこう言われる。あなたは、アッシリア王の従者たちが私を冒涜する言葉を聞いても、恐れてはならない。見よ、私は彼の中に霊を送り、彼がうわさを聞いて自分の地に引き返す様にする、彼はその地で剣にかけられ殺される。』

 一方ラブシャケは、クシュの王ティルハカと戦うためにラキシュを立った王はヒゼキアに使者を遣わし言わせます、「ユダの王ヒゼキアにこう言え、お前がより頼んでいる神に騙され、エルサレムはアッシリア王の手に渡される事はないと思ってはならないと。」ヒゼキアはこの手紙を使者の手から受け取って読むとヒゼキア王は主の神殿に上がっていき、手紙を主の前に広げ、主の前で祈ったのです。

 ヒゼキアの祈り。

 すべての「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、万軍の主よ、あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたこそ天と地をおつくりになった方です。

 主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ目を開いてご覧ください。生ける神を罵るために人を遣わせてきたセンナケリブのすべての言葉を聞いてください。

 主よ確かにアッシリア王たちは、すべての王国と、その国土を荒し、その神々を火に投げ込みましたが、それは神ではなく、木や石であって、人間が手で造ったものにすぎません。彼らはこれを滅ぼしてしまいました。

 私たちの神、主よ、どうか今、私たちを彼の手から救い、地上のすべての王国が、あなただけが主である事を知るに至らせてください。」

 大国アッシリアを前にして、ユダの王ヒゼキアは神の懐に逃げ込み、神により頼み祈ります。

 ヒゼキアは今自分が祈りを捧げている神が「あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたこそ、天と地をお創りになった方です」と告白するのです。

 この唯一の神に耳を傾け聞いて下さい、目を開いてご覧ください、憐れんでくださいと祈り、また、彼は他の国々の神は、神ではなく、木や石であって人間の手で造られたものに過ぎないと神を誉め讃えます。

 そして、私たちの救いは、地上のすべての王国が、あなただけが主である事を知るに至れせて下さい。という言葉で閉じられます。

 ヒゼキアの祈りを読むとこれは、私たちの国を救ってくださいと言う祈りというよりも、初めから終わりまで、主を誉め讃え、あなただけが唯一の神ですという信仰告白なのだと気付かされます。

 今私たちの国日本は何に頼ってるのだろうか、それはアッシリアならぬアメリカであり、アメリカに売りつけられた武器ではないでしょうか。

 そして今は沖縄復帰50年の年です、「今の日本は沖縄という犠牲が無ければやっていけない、弱い国だ」と言った方がいます。(沖縄のゴザ市は70パーセントが基地に取られています。〕

 この50年コザ市は数々の事件、事故、レイプ、暴行、殺人だったと、そして沖縄は全国一の貧困率の地でもあります。私は弱い国だという言葉が胸に突き刺さ去りました。

 膨大な予算を使って、アメリカから武器を買って国を守ろうとしている日本、しかし、誰一人省みない基地の島沖縄、この沖縄の人達の犠牲が無ければやっていけない弱い国日本が日本だというのです。人が嫌がるアメリカ軍基地を押し付けて知らないふりをしている大和の人々こそが弱い人であり、軍靴に踏みつけられた尻尾である沖縄こそが祖国のよろめく姿勢を正し、背骨をシャンとして進ませる、日本の舵取りだと、ヒゼキア王の様に主を賛美し、祈りたいです。

 この偶像崇拝の国日本(私ももちろんその一人です)私たちの救いは、地上のすべての王国があなただけが主であることを知るに至らせて下さい、と。

 

 尻っぽのうた 古波津英興(こはつえいこう)さん作

 

 軍靴にふみつけられた尻っぽ 

 ふまれるほどにかたくなり  

  軍靴は足場が悪くなった 

 尻っぽよ!沖縄よ!

 お前は 祖国のよろめく姿勢を正し 

 背骨をシャンとして進ませる 日本の舵だ 

 きたえられた尻っぽ 栄えある尻っぽ 沖縄!

                                          (主婦)

 

「やさしい目が」 讃美歌21の470より      S.Y.

 やさしい目が きよらかな目が、

  きょうもわたしを 見ていてくださる。

  「まっすぐに あるきなさい」と

  見ていてくださる。

 

 大きな手が あたたかい手が、

  きょうもわたしを 支えてくださる。

  「はなれずに あるきなさい」と

  支えてくださる。

 

 かぎりのない ひろい心が、

  きょうもわたしを 守ってくださる。

  「やすらかに あるきなさい」と

  守ってくださる。

 

 いつも、見ていてくださる。支えてくださる。守ってくださる。

主を信じて、これからも歩みたいと願います。

 

必要と不必要      S.E.

 神様は私たちの必要を知っておられますが、私たちは自分の本当の必要には気が付かないものですね。

 「あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。」(マタイの福音書6章32節)

 「しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」(ルカの福音書10章42節)

私たちは必要なものは欲しがらないで、不必要なものばかりを欲しがってはいないでしょうか。私たちが最も必要としなければならないもの、それはイエス・キリストです。そのことを知らせるために神様はあえて苦しみや困難さえをもお送りくださり、魂の方向転換を促しておられます。

 「主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。」(哀歌3章33節)

 「主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから。」(へブル人への手紙12章6節)

私たち人間はすべて救われなければならない存在であり、神様にのみ拠り頼む以外にすべがありません。そのために日々み言葉が与えられる幸いがあります。

 「苦しみにあったことは私にとって幸せでした。それにより私はあなたのおきてを学びました。」(詩篇119篇71節)

不安障害と股関節の痛みに苦しむ私は毎朝出勤前にこう祈るのです。「神様、今日一日なんとか持ちこたえて生き抜く力をお与えください。私のうちで聖霊をもっともっと働かせてください。必要な不安だけをお与えください。不必要な不安にとらわれないように導いてください。主イエス・キリストの御名によって、アーメン」

 「私の兄弟たち。様々な試練にあうときはいつでも、この上もない喜びと思いなさい。」(ヤコブの手紙1章2節)

今年ももうすぐクリスマスですね。私たちの主がこの世に来てくださったこの大いなる喜びを記念して皆様とともに賛美します。

 

「御言葉に立つこと」       S.H.

「天地は滅びるが私の言葉は決して滅びない」(マタイ2435

 

 この世の全てのものは過ぎ去っていくもの。

永遠に滅びないのは主の御言葉。だから私はそのことを確信し いつも聖書に立ってチャンスがあるごとに祈りをもって、いつも主にある希望を語りたい。

そして「あんたよく言うわよ、口ばっかりでなんにもできてないくせに」と言われたり思われたりすることも覚悟しよう。

 

「たねまき」     S.S.

ミヤマオダマキのたね100つぶほど

夏の終わり9月一斉にまいた

下旬、出はじめた芽10ほど

毎日双葉が芽をだす

今朝も新しく一つ出た

 

11月なのにニョキニョキと新しい芽が出る

家の外に出したままの苗ポット

霜が降り始め、これから雪積もる季節

まだ顔を出さない残りの者たちと幼い者たち

心配だが何もできない雪の下

春にはよみがえって顔を見せてくれるだろうか

神様()の時は不思議だ

黙して待とう主の時を

主よ、たとえそうでなくても

あなたに信頼します

たとえあなたが見えなくても

「あなたこそわたしの神」と

 

それでも主よ、あなたを叫び求めます

泣きながら夜を過ごす人にも

喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる

 

蒔かれた種は成長し花咲き実を結び

刈り取り収穫される 必ず

 

主を知らせよ日本の国に

主を愛せ、主の民すべて

Love the LORD,all his saints

主を賛美せよ 世界の人々よ

主を賛美せよ 天よ全地よ

既に天にご意志の完成が在るとおり

新しい天、新しい地を実現せよ

 

聖書・詩編31の15と24・詩編30の6・啓示21の1-

参考:オダマキについて。多年草。宿根草。冬~春、葉は枯れたまま残りゴボウ根が残ります。春には株の中心から芽を出します。近くの標高2000mの山地に自生しています。苗はお送りすることができます。(冬は葉が枯れていますので葉の根元を全部切ってお送りします)路地に植えて楽しめます。(長野県上田市)

 

聖書通読(4)   T.N.(岡山)

 2019年から始めて三年半、2022年8月読み終えました(新共同訳)。そのごほうびとして、2017年新改訳聖書を手に入れました。

 今は、その聖書を旧約から一日一章読んでいます。

 聖書の歴史、広がり、底力が続けることによって深まり伝わってきます。

 「初めに神は天地を創造された」(新共同訳)

 「はじめに、神が天と地を創造された」(新改訳)

 スタートから訳での違いを実感しました。

 新しい発見を楽しみに読み進めています。

 〝聖書の 世界観の 幕が明く〟

 

「誇る者は主を誇れ」  T.Y.(京都)

 コロナウイルス感染症が世を騒がせて早3年。様々なことが変わった。

 その中に教会の聖日の説教がメールでネット配信されるようになった。一度聴いただけではわからない難しい説教も再度聴ける、読めることで少しわかりやすくなった。それに加えて、日々の主の御言をいただき、共に祈ることに導かれている。そんな中、先日、聖書の漢字について、私の理解の重大な間違いに気づかされた。

 大変恥ずかしいことだが、これまで「伝道」を「伝導」、「聖霊」を「精霊」と思い込んでいた。音声と点字で聖書や福音を拝読するわたしにはわからなかった。漢字をパソコンで一字一字チェックすれば、自分で間違いに気付いたはずだが、気付けなかったのは、紛れもなくわたしの聖書と福音への理解がそこまで至っていなかったためである。

 それがこの1~2年で何度も何度も聖書の説き明かしや福音を読み、日々の主の御言をいただき、同じ福音を聖書の引用箇所を換えて御言を何度も何度もいただけたことで、「いのちの水」がわたしの体内に注ぎこまれ、いつしか、その御言が片言ではあるが口から出るようになってきた。

 日々の聖句の中から今、特にわたしの心に刻まれているのは、以下の箇所だ。

 コリント人への第一の手紙1章27節~31節

 「それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。それは、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである。」

 

 この1年間、主なるイエス様へのわたしの理解は少しばかり深まったように思う。

 説教が繰り返し読めることだけでなく、小・中学校の時の友達が私にキリスト教のことを尋ね、「自分を愛するとはどういうことか」を尋ねてきた。さらに「神様に愛されている実感」についても訊いてきた。

 今、わたしは、二人の友と日々、主の御言をいただき、その御言を通して共に祈るようになっている。それは自然の流れであった。そして、この祈りの友を与えられていることでわたしに尋ねてきた同級生に心を尽くして、今のわたしでわかる範囲で応答している。 主の御祝福に感謝。

詩編の学びより       T.K.(仙台)

 「神よ私のために 清い心を造り 私の内に新しく確かな霊を授けてください。」(詩篇51の12)

イエス様、あなたの道を教えてください。その道を人にも示すことができるように、わたし達を成長させてください。

 11月1日の夕拝にスカイプで参加させて頂いた時、主は真実な人を守り(詩篇31の24)主を愛するとは心を注ぎ出すということや、真実なことが出来なかった時でも神様に立ち帰って許していただく。そこから立ち上がる力を頂きまた真実に歩むことができること、また、神様に必死で祈る。まず、主を愛して愛を受け取って、そこから人を愛することが出来ることを教えて頂けて心なら感謝しています。

 たとえ聞かれない事であっても、心のうちをイエス様に打ち明け、注ぎ出して祈ることを忘れず、まず神様を求めていけますように!

 自分の思いどおりでなくても、神様に依り頼み祈ることをやめないで、なお信じて、礼拝でみことばを受けて解ることができますように、主に繋がるお交わりを頂いていることも心から感謝致します。これから先も、お一人お一人の上に神様のお守り、お憐れみ、お慰め、お支えがありますように。一つずつ、日々の小さな出来事の中に喜びを見つけられるよう、神様どうぞ、わたしの心に、やわらな心をいつも与えてくださいと祈り願います。

                  (パート・主婦)

 

詩篇より          T.Y.

 ウクライナ戦争の惨状をテレビで見るとき、次の詩篇の歌が早く実現することを望み、祈ります。

 

 「見よ、兄弟が共に座っている。

 なんという恵み、なんという喜び。」 133篇1節。

 

 「イスラエルよ、主を待ち望め。

 慈しみは主のもとに、

 豊かな贖いも主のもとに。」 130篇7節。

 

 「涙と共に種を蒔く人は 

 喜びの歌と共に刈り入れる。

 種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は

 束ねた穂を背負い、喜びながら帰ってくる。」 126篇5、6節。

 

 「いかに幸いなことか

 主を畏れ、主の道に歩む人よ。」 128篇1節 

 ウクライナとロシアに平和が来ますように。

跳び上がって立つ」      t.h.

 使徒の3章「足の不自由な人の癒し。」その6節「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」ペテロのこの言葉を聞いて信じたその人は「ペテロが右手を取って彼を立ち上がらせると、たちまち、足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩き出した。そして歩き回ったり踊ったりして神を賛美した。」

 その男は「施しを乞うていた。(いつもの通り)。」ペテロはそのことを当然分かっていて、いやそれは私にはない、と言った。そして、その男が魂の奥底で真に欲しているものがなんであるのか、「彼をじっと見て」知った。実際、その男の魂の内に、その強い願いがなかったならば、奇跡は起こらなかったと言える。しかしまた、その願いは諦めの中に、くすぶり続けていたものでもあろう。

 このことは、一般に、苦境の中にある人に言えることだと思う。誰よりも、じれったく、歯がゆく、何とかしたいと思いつつも、どうしても内側から力がわいてこない、勇気がわいてこない、その苦しさ。魂はあらゆるものに取り囲まれ、呪縛されている。ガラテヤ書にはユダヤ人は律法に、異邦人はガラテヤ4の3「世を支配する諸霊」その8「もともと神でない神々」に奴隷として仕えていた、と記されている。

 世の力がもたらす社会的な名誉、豊かさ、秩序の中から取り残されている魂において、通常は出来事とはならない特別な出来事が生じることがある。

 足の不自由な男の場合、ペテロは言う。「持っているものをあげよう。」「今持っている力」をあげよう、というのだ。そして「イエス・キリストを信じて立ち上がり、歩きなさい」と命令する。そして「右手を取って立ち上がらせると、たちまち、足やくるぶしがしっかりして」、そしてその時に、その男は「跳び上がって(自分で)立ち、歩き出した」と書かれている。

 ペテロを介して外からの力が働き、その力を感じた時、今度は、彼は自分の力で(思い切って)跳び上がるようにして立った。そして歩き始めた。

 神殿への門の傍らに、神殿の外で物乞いしていた男は、ペテロとともに、立ち上がった自分の足で、初めて神殿の中に入って行く。そして神を賛美したのだ。

 ボイラーマン(冬期間)

 

神様が造られた     T.S.

   私は日頃、畑仕事をして過ごしています。秋になると、大根や菜っ葉等の種蒔きや里芋やサツマイモの収穫をします。十一月になると、九月に蒔いた大根や菜っ葉が育って収穫ができるようになります。こうして畑仕事をしていて、大根も菜っ葉も里芋もサツマイモもすべて神様の力(奇跡)で造られたのだと感じるようになりました。天地を造られた神様が、野菜も造ってくださったと感じられるようになり、感謝して畑仕事をしています

 そのように思うようになったのはたとえば大根です。1ミリほどの小さな種を蒔いておくと、二ヶ月もすると重さ2kgもある太くて長い大根に育ってくれるのです。たった1ミリほどの種からです。毎年このように育つので、普通の人は当たり前だと言いますし、私自身も以前は、大根が育つのは当たり前だと思っていました。しかし、よく考えると、不思議に思えてくるのです。発芽して、双葉、本葉と成長し大きくなって,地中には太くて長い大根に育っていくすべての設計図が、たった1ミリの種にすべて詰まっているというのは、不思議なことだと思うのです。もし、人間がこれを行えば、設計図や取り扱い説明書だけで何ページも必要だし、光合成を行い光エレルギーをデンプンに変え、自らの栄養として育つようにするためには、大きな装置も必要になるからです。たった1ミリほどの種の中にそのすべてが用意されているというのは、神様が造られたからだと思うと私は納得ができるのです。まさにこれは奇跡だと思います。毎年繰り返されている当たり前に思えることですが、私には神様の業、神様が造って下さったとしか思えないのです。

 サツマイモなどでもそうです。20センチほどの蔓先を土に挿しておくと、3ヶ月ほどで土の中に大きなさつま芋がゴロゴロとできてくるのです。20センチほどの枝から芋を作り出すなど人間の力ではできない業です。

  野菜の他にも、自然も天地もすべて神様が造られたと思うと、今まで見ていた景色は神様に感謝の言葉(祈り)が湧いてきます。きれいに紅葉に染まっていく木々の美しさにも、闇夜に強く輝く金星や木星を見つめていると、神様の見守りを感じられ,感謝の気持ちが湧いてくるようになりました。

 もちろん台風や豪雨、地震や雷も自然であり、困難な時もあります。聖書(列王記上19の11~12)には、激しい風の中にも、地震の中にも、火の中にも主はおられず、火の後に、静かにささやく声が聞こえた。とあり、私は静かなささやくような声に耳を傾け、天地を造られた主に感謝して生きています。

 (畑仕事)

 

今年のみことば             T.K.

「いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。

これがキリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(第一テサロニケへの手紙 5の16~18)

 今年、97歳で天国へ還られた信仰の先輩はよくこのみことばを語られ、最後までこのみことばに忠実に歩まれ安らかに天へ迎えられました。

 そして、イエス様を心にお迎えして、今年10年になる友人、困難な状況は変わっていませんが、10年、もだえつつイエス様に祈り続け、今、「これ(前記)が、私がこの世を去るまで、毎日、成し遂げたいと思っているみことば」という穏やかな境地に至っています。「いつも喜んでいなさい。」というみことば!神様がこんなに素敵な命令をされていることに驚き、感謝し、いつもその命令に従いたいと思う。と。

 祈ること、感謝することの少ない私に、お二人を通し、神様からこのみことばを改めて示されました。    (徳島)

 

秋 祈りの会に参加して心に残った事           T.M.

 この秋、一泊二日の祈りの会に参加した時に聞いて心に残った事です。話をして下さった方はゴスペルソングを歌って日本の各地で賛美の伝道をしている方でした。その方が若い時に米国の大学で音楽の勉強中、様々なことでうつ状態になり、希望もなくなってしまった。ある晩、海に出かけたら、そこに寝袋にくるまって寝ている人がいた。ホームレスかと思っていたら、実は牧師さんだった。藁をもつかむ思いで自分の事を話すと、その牧師さんが聖句を書いてくれた。Ⅱテモテ1の7。 日本語の聖書では「神はおくびょうの霊ではなく力と愛と思慮分別を与えて下さった」とあるのですが、英語では「神はあなたに恐れ(の心)は与えていない。そうではなく力と愛と思慮分別(の心)を与えて下さった」となるのだと。

 その頃の私は仕事上で気落ちする事があって、夜中に目が覚めるとそのことが頭の中を駆けめぐり眠れなくなってしまったり、気持ちが集中出来なくなったり、身体が重く感じられていたのです。「私の恵みはあなたに十分である」のみことばに漸く支えられていましたが、この英語の聖句を聞いた時に、更にハッとしました。

神様は人間を創造するときに「恐れの心」は創られなかった。神様が与えて下さったのは「神様の力と愛と神様の事を考える心」を持たせてくれたと云うこと。先々の事を考えて不安になったり、廻りの状況で恐れたりする事が多い自分にも神様は「恐れの心」を与えていないのだ。この英語の表現を聞いた時に心に喜びが湧いて来たのです。

 (主婦)

 

「イエスがいるから」(新聖歌257より) t.e.

 .神は人を愛されて、その一人ごをこの世に送り

私たちの罪のために十字架につけてくださった

 

イエスがいるから明日はこわくない、

 イエスがいるから恐れは消え

 イエスがいるから人生はすばらしい

 彼にすべてをゆだねた今は。

 

.イエスは死んで墓に葬られ三日ののちに蘇られた

  救い主は今も生きているあなたへの愛を示すため

何ひとつ持たないで 讃美歌21の453番より       T.K.

 何一つ持たないで 私は主の前に立つ

  主の恵みがなければ ただ死ぬ他ない命

  あなたが約束する 未来 待ち望む私

 たとえ疑い迷い 無気力になる時にも

  あなたの愛の御手が 私をとらえ続ける

  喜びのみ国へと 導かれる日はいつか

 慰めのみ言葉と 日ごとのパンを備え

  私を主はかえりみ 平和の道を歩ませる

  祈りを聞かれる主よ あなたは私の命

主の手に引かれてー( 新聖歌474)  T.M.

 

 主の手に引かれて生きる人生よ

   天の祝福となぐさめの中に

   どこにいようとも何をしていても

   導く主の手にすがる他はない

 

 主よ私の神あなたのささやく

   声を聞きわける力をください

   どこにいようとも何をしていても

   導く主の手にすがる他はない

 

 この世の命のつきるその日には

   新しい名前で呼ばれる望みよ

   どこにいようとも何をしていても

   導く主の手にすがる他はない

大塚壽雄(ひさお)さんを偲んで       T.Y.

 二〇〇五年の四国集会での大塚さんの証しを読ませていただきました。

「病を得て」冒頭の「主はわたしを厳しくこらしめられたが死に渡すことはなさらなかった」(詩篇118の18)

私も病を得てこの聖句に出会いました。

 大塚さんは還暦で退職され第二の人生を期待を持って歩み出そうとされました。買いだめの本も読める、山の写真を撮りに行ける。家のリフォームも済ませた直後、急性骨髄性白血病になり急性腎不全も伴発し命の危機。集中治療室で透析治療に入りその上に眼底出血がおこり、緑内障。続いて網膜剥離の手術、どのひとつでもたいへんな病気が次々と襲い、「それまでの信仰をかえりみ心は揺れ動いていた。そういう試練の中『見ゆるものにはよらずして、信仰によりて歩むベし』と聖歌の歌詞の一節が聴こえてきたような気がした。フッと思い浮かんだ…と言った方が正しいかも知れない。そんなことかあってから、しばらくして失明したことを自然に受け入れている自分に気づいた。動揺は無くなり、平安な気持ちになった。」と書かれています。

盲導犬協会の指導を受けパソコン、白杖の訓練、点字図書館にもつながり、前向きに行動できるようになっている自分に驚いた。これには主にある兄弟姉妹の祈りと家内の献身的な介護があったからであると感謝している。 『一度は死にし身も、主によりて今生きぬ』と讃美歌532の歌詞にあるように、今の私は前に向かって歩き出そうと思った。私は神から新しい命を与えられたのだ。昨年一月から集会の聖日礼拝に出席できるようになった。これまで祈り続けてくださった主にある兄弟姉妹の皆様に言い尽くせない感謝。また点字の読めない私に聖書と賛美歌を使えるようにサポートしてくださった徳島聖書キリスト集会の皆様に心から感謝しています。今は神に寄り頼み感謝して神を喜ぶ毎日が与えられている」と書かれています。 

 二〇〇五年八月の「ともしび」掲載の「遣わされて」の証しをご紹介します。

「二〇〇五年四月から日曜日の礼拝でレビ記の講話を受け持つことになった。病から四年たち視力は失ったが体力は回復した今、使命を感じ月一回の挑戦がはじまった」次男さんご家族の住むアメリカに行かれ、「現地の教会での牧会姿勢に教えられ伝道活動を使命として福音を語る牧師の姿に「遣わされる」ことの厳粛さを感じ、自らを省みるきっかけとなった。アメリカから帰った後、徳島の篠原さんの御奉仕による榎本保郎著「一日一章」イザヤ六一章を読んだ。福音を聞いて次に福音を伝えないなら、ここでとぎれてしまう。福音を宣べ伝える使命の重大なことを再び示された。家内の力をも総動員して月一度家内と二人三脚で「レビ記」第三章まで読みすすんだ。一章ごとに神様の助けを祈りながら、イエス様の福音を伝えていきたい。そして福音の恵みにあずかった一人一人の口からさらに福音が広く宣べ伝えられることを祈っていきたい」と書かれています。

 私も旧約聖書一日一章イザヤ書六一章を読みました。

 「私たちの福音は伝えた方がよいから伝えていくのではなくて、伝えられたものだから、伝えていかねばならないものなのである。私がもし福音を伝えられなかったら、今日私はどのような生活をしていただろうか。あるいは過去をふり返ってみて、いろいろ人から伝えられた ものの中で、何が一番自分に大きな喜びを与えただろうかと考えてみるとき、福音がいかに大きな宝であるかと知らされる。そして私たちはその宝をゆだねられているのである。私を通して神は他の人に伝えようとしておられる。私はいつもそのことを思わされる」(イザヤ書61章抜粋)

 大塚さんは大きな試練をのりこえ、この箇所を読まれ力強く再び歩み出されました。それには奥様の生活全般のサポートが大きかったと思います。念願のスイス、イスラエルへも行かれました。神様のいつくしみとあわれみが背後にあり、ご夫妻を守られたと思います。

 

 二〇二二年九月八日視力を失い、週三回の透析を二十一年間続けられ、神様の時が来て天に帰られました。祈りの友合同集会で奥様は「お疲れさま。よく走り切ったね」と声をかけました。

 「目を覚まして感謝をこめ、ひたすら祈りなさい」(コロサイ4の2)を家族に家訓として残されたことを話して下さいました。

 二十一年間の苦難の日々、信仰があり祈りの支えがあってもたいへんだったと思います。神様の守り導きのなか、尊く用いられ、信仰の生涯を御夫妻で走り抜かれたこと心から敬慕致します。

 御夫妻とはお目にかかったことはありませんが、主日礼拝で主にあるお交わりをいただきましたこと感謝致します。奥様を今まで共にいて守って下さった神様がこれからも守られますようお祈り致します。

 

聖歌539番「見ゆるところによらず」

 みゆるところに よらずして

 しんこうによりて あゆむべし

 なにをもみず またきかずとも

 かみのみやくそくにたち

 あゆめよ しんこうにより

 あゆめ あゆめ うたがわで

 あゆめよ しんこうにより みゆるところによらで

                  徳島聖書キリスト集会

 イラスト    

イラスト

 

神様からの細きみ声     K.H.

  礼拝のなかで心に残ったみ言葉

①ヨハネ7章10~24節 今日の主題は「人から出たもの、神から出たもの」だった。

この世は人から出た言葉で溢れている。

私たちは何に聞き従っていくか?

 神から出たみ言葉に聞いて従っていく。そして、変えられていく。

いろんなことを通して神様は語りかけてくださっている。美しい自然や野の花々、小鳥の声などによっても癒される思いがするのは、それらの背後に神様の語りかけが込められているから…。

 

②ローマ書11章36節

 すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている。

 

③使徒言行録5章39節

 神から出た者は、彼らを滅ぼすことはできない。

 

 今年も、あと少しとなりました。いろいろとありました。人の言葉に傷ついたりしたこともありましたが礼拝に参加してみ言葉を学ぶことによって癒されました。感謝です。今日礼拝に参加して喜びが溢れてきたので心に残ったみ言葉を書きました。

  静まって祈り、聖霊が注がれ、神様からの細き声が聞けたら、と思わされました。

今はイザヤ書を通読しています。(徳島県鳴門市)

 

ビジョンを与えられて   T.K.

 昨年「チャレンジ 聖書通読」鎌野善三著を読みました。著者は小学校1年生のときに「毎日一章、声を出して読みなさい」と母から聖書をプレゼントされ実行し、「母のこの配慮が、わたしの生涯にわたる聖書通読のきっかけとなったのです。」と書いています。このくだりにいたく感動しわたしも2回目の聖書通読を決意しました。

 毎週日曜日の徳島聖書キリスト集会のスカイプによる礼拝では旧約聖書の引用が多く、基礎的な聖書を読む力の欠如を実感していました。

また40代、50代では日曜クリスチャンというにふさわしい状態でした。 今60代後半となってようやく毎朝聖書を読むようになったのです。

 コロナのため近隣教会への出席が難しくなり、大塚正子さんからスカイプ礼拝を教えていただきました。コロナももう3年目ですのでスカイプ礼拝ももう3年目です。

 どのような主の導きがあるのか分かりませんが、現在は毎週日曜日の礼拝を心待ちにしています。そして毎週のヨハネ福音書のみ言葉を霊の食物としていただいています。そして

「わたしは知っている。私を贖うかたは生きておられ、ついには塵の上に立たれる。」(ヨブ記19の25)というビジョンを与えられて生活しています。                       (医師・北海道)
 

「礼拝に参加して知らされたこと」     S.K.

 一番変えられてきたことは神様を知ろうと思っていた希望も 人間からの思いから離れて、自分を置いて、神様の思いを知ろうと、聞こうとする思いに…、変えられてきていたことに気づかされて来た今日この頃です。

 聖書を一人で読んで人の側から神様をはかり知ることは不可能だったのに、この世の習慣にならされていた私には神様の御心とは反対の思いだと気づかされたのも、振り返ってみれば、少しずつ神様からの導きを感じさせてもらえるようになってから自分で推量るのでなく「信じるという」神様が与えて、神様が全てなしとげてくださるという神さまの一つ一つの時と、場所、その事象は離れていて違っていても本当は一人の唯一の方から出ていた、始まっていたということも知らされてきた。私自身が自分よがりで神様を思わず、自分の内に偶像を持ってしまっていたということの愚かさも同時に知らされました。

 聖書に書かれている最初に目的が記されていること、エデンとは今では神様が用意して全て神様の良いとされる、御心にかなったそうしたものの内に適うものとして創造し、生み出してくださった。そして今はイエス様というご自身の最も大切なもので不信仰というものを遠ざけてくださるという神様のみ言葉、イエス様の言われた「信じない者にならず、信じるものになりなさい」というみ言葉が重く、なににもまして変えがたいものに思わされています。ですのですべてのものはイエス様をまず、真実に求め、迎えることによってどのようなものからも、どのようなものであっても「神様が創造をされご覧になった時「はなはだ善かった」といわれた。私が変えられれば世のどのようなものも「はなはだ善い」ということを「知る」ことが「覚えて」いけるのだろうと。思います。

 「イエス様は今も生きて働いておられる」感謝です。アーメン。

                     (鍼灸師)

 

六年間の御恵み

                          Y.T.

 徳島聖書キリスト集会の一員にしていただき6年が過ぎました。 私を田宮集会所への縁をつないでくれたのは、宇山さん、月岡さん姉妹でした。宇山さん宅は私の家から3~4分の所にあり、週の内4~5日は行って、神様の事、困った事、何んでも話す事の出来る姉の様な、(年は、私が 6~7歳上ですが)存在なのです。その宇山さんと、ある日話しをしていて、私が「この頃あまり腹を立てなくなったんよ、今が人生一番、おだやかな平穏な日々だと思う。いつの頃からか分からんけど」と言ったら宇山さんは、「そう感じていた。いい顔している」って。神様感謝いたします。 集会へ参加させて頂いた6年間の御恵みが私におだやかな顔をあたえて下さったのだと、宇山さんと二人して納得したのでした。

 私は2022年11月11日で86歳になりました。15年前に夫を亡くし、子供のいない私は気ままな一人暮らしでした。ところがある事情で姪の小学5年生と4歳の男の子の孫の面倒を見る事となり、その上、68歳の姪と同居する事になりました。姪は、3ヶ月余り入院していたので、身体も本調子ではなく、家事も手伝ってもらえません。私は、てんやわんやの日々となりました。皆さんから「大変ね、お年もお年ですし、」と心配していただいておりますが、これが6年以前の私なら、目をつり上げて、大変を描いた様な顔をしていただろうと思います。

 自分の事を数に入れず他の人の事を思え、神様が私をお赦しになった様に他の人を赦しなさい。

 朝夕のお祈りの時に お祈り、お願い、お赦しを乞う事が多くなりましたがどうぞお赦し下さい。皆んなの元気な、明るい笑顔が望みです。年を取って偏屈なガンコ者にならずに、「いい顔しているヨ」なんて、幸せな事でしょう。

 聖霊のおみちびきを頂き、徳島聖書キリスト集会の門をたたいた私を、やさしく、受け入れてくださった集会の皆様、有りがとうございます。神様の御言葉御心を学び、吉村先生の初めての私にも理解できる様にお話し下さる講話は、イエス様を身近に感じ、集会ごとにイエス様への信頼は深くなり、吉村先生の解説を聞き、皆さんと歌う讃美歌は、生活の中に浸透していきました。過ぎた六年間を感謝致します。

 私の誕生日に小学生の頃の高橋みことちゃんが ハート形のカードに「イエス様がいつもそばにいるよ」と書いたのをくれました。 いつもそばで見守ってくださるイエス様を感じ、信じて、神様の御心の道を進みたく思います。 聖霊様のおみちびきをねがい、お祈りいたします。     (徳島聖書キリスト集会)

 

みことば

                          S.M.

「主は人の一歩一歩を定め、

御旨にかなう道を備えてくださる。

人は倒れても、打ち捨てられるのではない。

主がその手をとらえていてくださる。」

  (詩編37の23ー24)

 神様は、一人一人を覚えていてくださり、すべてをご存じで、慈しんでくださる。

 その眼差しの中を、進んでいきたいと思います。

                        (徳島)

 

神に捧ぐ

                       M.K.(東京)

 

詩編響き 波打つ宇宙 冬の星

 

透き通れ 心よ 月の 黙したり

 

待ち続け  神に祈りて  耐える朝

 

如露の水 バラの命の 命かな

 

我包む  主と吹かれおり 薄の野

 

見失う 日の続きたる 野の荒れし

 

コスモスや 罪なき人に 会い見たし

 

樹木揺れ  響き神よりの  モーツァルト

 

いら草のなか 痩せ飢えており 昨日まで

 

確信は 神にあるなり 白き雲

 

初雪の中の旅立ちー涙も苦しみも なきところへ     A.M.(徳島)

 

 2022年年1218日日曜日、午前1047

息子、裕平は29歳の若さで逝ってしまいました。

 裕平は今から5年8ヶ月前、心室細動からの心肺停止、そして蘇生後の低酸素脳症による昏睡状態のままずっと人工呼吸器の助けを借りて生きて来ました。

 3年あまりの入院生活を経て

自宅での在宅療養に遷り2年5ヶ月、肺炎は突然に進行しました。

 初雪が舞った静かな朝です。カーテンを開けたとき、朝日の鮮やかなオレンジ色に照らされた家々の壁面と、音も無く舞う白い雪の光景の美しさに息を飲みました。

 裕平が青春の日々を送った北海道の雪景色を思い出します。

雪だよー、北海道の雪みたいに積もりそうにないけど、すぐに消えてしまいそうやけど、

 きれいだよー

と、いつもの呼吸器の音を聴きながら

 いつものように眠り続ける息子に、声を掛けました。

 そして数時間後旅立ちました。

 後から思うと、あの時、あの美しい光景が

 ぼくは、きょう逝くことにしたよ。

 と、そう教えてくれたと思います。

 在宅療養が実現できたときから、看取りは必ず我が家でと決めていました。

 大きな窓から空が見える部屋です。

 ずっと、この空を家族と共に見て、広がりを共に感じて過ごすはずでした。

 でも、ほんとうによくがんばったね。

 お疲れさま。

 たくさんの方々に支えていただき、深い愛に満ちた祈りをいただきました。

 裕平のいない日常が、日常になることが怖い私ですが、今はことばにできないさまざまな思いを抱きしめているばかりです。

 裕平はもう神さまと共にあることでしょう。同時に、ずっと私たち家族と共にあります。

 ありがとうございました。

 

〇以下は、2012年発行の「野の花」より

  現在の主日礼拝に参加しておられる方々の以前の文章の一部をここに掲載します。現在の状況にいたるまでの主の導きを主のわざの証しとして知ることができます。また現在は召されたり、高齢化、病気などで言葉や文で表現することもできなくなった方々の過去の文に触れて、そうした人たちの心に流れていたものを知ることによって、一層、祈りをもって見つめることにもなればと願っています。

 

神様からいただいた愛               Y.K(徳島)

 

 主人は、今年(2011年)二月に天国に召されました。 三年前の春、胃がん 全摘手術を受け、その後抗がん剤による治療を受けていましたが、一年後に再発したのです。再発してからは食事もほとんどできなくなり、きびしい点滴治療にも耐えていました。

 召される数ヶ月前、当時インドネシアに住んでおりました長女が帰って、病室に行った折り、主人は、自分はキリストを信じ、クリスチャンに なりたいのだと申しました。

 たびたび病室に来てくださって、お祈りしてくださった綱野悦子さん、貝出さんとの出会いを通して、きっと神様からの愛をいただけるようになり、癒されたのだと思います。

 昨年のクリスマスイブの日、病室で讃美歌を何曲も歌ってもらって喜んでいた顔が昨日のように思い浮かびます。

 その後、吉村さんから、親切に何度もお話を伺うことができました。召され一カ月後に、分骨していただけたので、眉山のキリスト教霊園に納骨させてくださったこと 感謝しています。

 その後、わたしも集会に参加させてもらいたいと思うようにな り、天宝堂集会(*)に初めて伺いました。 主日礼拝、家庭集会、ど の集会に参加しても、まわりの人達はあたたかく迎えてくださいました。聖書の講話をお聞きしても、なかなか理解できず、分からないことも随分多いですが、イエス様を信じ、学んでいきたいと思っています。

 どんなことが起っても、それは、神様の御計画なのだという考え方にもうなずけるようになり、いろいろな出来事にも感謝できるようにしたいと自分に言い聞かせています。

 笠原さんのお宅での藍住集会(**)の折、マタイ七章の学びの中で(七節から十四節)教えていただいたとき、十四節で、命に通じの門は なんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない、とありました。

 吉村さんの講話の中で、求めなさい、そうすれば与えられる。死のまぎわの人でも 門が狭くても、求めると与えられるのだということを学んだとき、主人は神様から手を差し伸べていただけたのだと思って涙がこぼれました。神様の憐れみと愛を感謝しています。 

 *)毎月第二金曜日の夜8時~9時半、天宝堂(綱野悦子さんのはり治療院)で行なわれている家庭集会。

**)笠原正子さんの美容サロンルカでの集会。

 

朝のしずく                     N.S.

 

神様は神様らしく

人の目にはわからなくても

不思議な方法で全ての人を助けてくださる

愛してくださる

私たちはただ信じて喜べばよい

赤子が母親を信じ切るように

 

弱き目に 入り来る 朝の光こそ 愛の目薬 恵みの一滴

 

「明日のことを思い悩むな」 御言葉は誠に我らの命の救い

 

日々の旅荒れ野の中のオアシスの 恵みの言葉たどりて生かさる

 

十字架の  深き御愛を仰ぎつつ 聖霊求める夜明けの祈り

 

揺らぎつつ どうにか続く信仰は 神の忍耐 めぐみの賜物

 

御名により祈れば必ず聞かれると 信じる恵みのいかに尊き

 

悔い多き 人生になれどもただ一つ 主にすがる術 知りて悔いなし

 

    (徳島)

 

この一年ー主にある平安を願いつつ

         I.M.(徳島)

 コロナ禍でこの一年もスカイプでの集会に参加させて頂きました。

 集会を支えて下さった方々にも感謝します。県外の方とも交わりを持つことができました。世界の平和、身辺の平和を共に祈り合えたこともよかったです。

 私自身はこの一年間は職場で家庭でと心乱される日々が続きました。

〝主による平安〟を願っても罪な言葉や思いが波のように押し寄せてきます。でも神さまは試練と同時に逃れの道も備えていて下さる、御心を信じて前へと進めたらと思います。

 「あなたの耳は背後から語られた言葉を聞く。

『これが行くべき道だ。

ここを歩け。 右に行け、

左に行け。』と。」

            (イザヤ3021

 

アルプスの少女ハイジ」  より

         T.T.(徳島)

神様にゆだねましょう。

神様は賢い君主。あなたを驚かせるようなこともなさるでしょう。

神様にふさわしく不思議な方法でみわざを行い、あなたを悩ませることもあるでしょう。

しかし、あなたが神様に信頼することをやめないでいるなら、思ってもみなかったときにあなたを持ち上げ、あなたの心を重荷から救ってくださいます。

 

あなたの重荷を主に              O.C.

「あなたの重荷を主にゆだねよ。主がささえてくださる。」     (詩篇55の23)

2019年から心気症で苦しい私を励ましてくれる御言葉のひとつです。

 神様に頼り、神様を仰ぎ過ごしています。

 

まもなくかなたの      (新聖歌475)    U.N.(徳島)

この賛美歌を聴くと、幼い頃、神山(*)の田舎の小川で、無邪気に遊んでいた、のどかな風景を思い出します。そして、神様の創られた小川のほとりで、また、みんなとお話したいですね。

 

 まもなくかなたの

 流れのそばで

 楽しく会いましょう 

  また友だちと

(折り返し)

 神様のそばの 

  きれいな  きれいな川で

 みんなで集まる日の 

  ああなつかしや

 

 水晶より透き通る 

   流れ のそばで

 主をさんびしましょう    み使いたちと

 

 神様のそばの 

  きれいなきれいな川で

 みんなで集まる日の 

  ああなつかしや

 

 銀のように光る 

   流れのそばで

 お目にかかりましょう    救いの君に

 神様のそばの 

  きれいなきれいな川で

 みんなで集まる日の 

  ああなつかしや

 よいことを励み 

   流れのそばで

 お受けいたしましょう    玉の冠

 神様のそばの 

  きれいなきれいな川で

 みんなで集まる日の 

   ああなつかしや

*)徳島県

 

病の中で             I,M.

 今年一年は持病のパーキンソン病が進んで、色々な治療を試み病院通いの日々が続きました。常に頭の重さと倦怠感に襲われ、体が休まる事が少ない日々でした。

 様々な機能が低下していくのもよく解り、改めて神様が与えてくれていた〝あたり前〟と思えていた身体能力などの恵みを知りました。

 「命より大切なものを知った時から生きている力を与えられた」という星野富弘さんの事が思わされます。

 病を得て自分の弱さを感じます。星野さんのように神様を知っていることで強く生きられたらと思う今頃です。

(徳島市)

 

おわりに

  主は、「野の花を見よ」と言われた。 それは現在でもイスラエルの地でみられるアネモネであったとも百合とも訳されてきた。

 野の花にはそうした美しく目立つ花だけでなく、実にさまざまのものがある。路傍にあるオオバコやハマスゲのような小さくほとんど目につかない花、イネ科のエノコログサのように花びらもない花、アジサイの仲間のようにたくさんの花があつまって一つの花になっているもの、スイセンのように香り高いもの、高山の冬季の風雪と氷点下の厳しい状況に生きる花…こうした無限の多様性は全体として神の無限の多様性を証ししている。

 キリストを信じる私たちにおいても、それぞれに弱さを抱えつつも、主に赦されて歩む多様な方々がいる。

 そうした方々の心のうちに主にあってのさまざまの思い、示された考え、主への感謝などが、この文集「野の花」には、山野の野の花のようにさまざまに咲いているのを感じる。

 書かれている文が、長い文、表現もゆたかな文もあるし、また短い文や聖句、讃美歌、聖歌などの一節もある。

 主が用いられるなら、それらはみな、それぞれに読む人の心に新たな花となって咲き、実を結び、それがまた他者の心に新たな種となっていく。

 

主の祈り に従っての祈り

 

御名が聖とされますように。

ー神様の真実と愛の本質は、この世のものとは全く別のものー清く永遠のものであり、汚されることのないものであるゆえ、そのような神様を人々が信じるに至りますように。

 

御国がきますように

ー世界のあらゆる人に、神様の愛と真実の御支配がなされますように。

 

神様のご意志が天で行なわれているように、地でも行なわれますように。

 

私たちの日ごとの食物を今日も与えてください。

ー世界の人々の日ごとの食物が与えられますように、そして、人はパンだけでは生きるのでなく神の言葉で生きるゆえに、あらゆる人に欠けている霊のパンたる御言葉を日々 与えてくださいますように。

 

私たちが他者の罪を赦しましたように、

私たちの罪を赦してください。 また、日々信仰によって赦してくださることを感謝します。

 

私たちを誘惑、試練、苦難に遭わせず、悪の力から救ってください。  アーメン(真実を込めて) (T.YOSHIMURA)