この植物の名前は広く知られていますが、実際の花を知っている人はとても少ないようです。この名前が有名なのは、次の北原白秋の詩が広く歌われたからです。私自身も父がカラタチを数十年も昔に植えていたので知っていますが、それよりずっと以前の子ども時代から、カラタチの名前は実物でなくこの歌によって心に残っていたのです。
からたちの花が咲いたよ
白い白い花が咲いたよ
からたちのとげはいたいよ
青い青い針のとげだよ
からたちは畑(はた)の垣根よ
いつもいつもとおる道だよ
この歌にあるように、カラタチは、鋭いとげを持っていますが、花は純白で、控え目な咲き方でそっと語りかけるような花です。カラタチという名前は、唐橘(からたちばな)の略で、これは、中国大陸中部の原産で日本には古代に朝鮮半島を経て渡来したということです。タチバナというのは、食用柑橘(かんきつ)類の総称で、万葉集にも出てきます。
大多数の人はカラタチの花を見たことがないと思われますが、この歌によって日本人の心にカラタチという名前が刻まれ、その白い花を心に咲かせるはたらきをしてきたのは歌の不思議な力によるものです。
そして作詞者の心に忘れられない印象を残したのは、この花の清い白さと、その花の素朴な姿だと思われます。その感動がこの詩となり、数知れない人たちの心にも波のように伝わっていったのでした。
白い花、そしてその咲いている姿も好ましいとき、私たちの汚れた心への天からの水のように感じます。そしてこの花自体が、創造主への讃美をしずかに歌っているように感じられるのです。
歌はこのように、単なる文だけではできない働きをすることがあります。キリスト教における讃美歌も同様で、聖書の言葉が讃美歌や聖歌となって歌われるとき、国を越え、時を越えて多くの人たちの心に刻まれていきます。
(文、写真 ともT.YOSHIMURA)