受け身の生活-2000/9-2
私たちが生きるときに、受け身であってはいけないとよく言われます。他人から言われるままに生きている、それは意志の弱い、自主性のない人間だということになります。
他人に動かされずに、自分で判断し、自分で行動すること、それはだれにとっても重要なことだと言えます。
自分で判断できないなら、当然他人の判断で動かされることになるからです。
このように、受け身でなく、能動的に、主体的に生きることはあまりにも当然のことだと思われます。
しかし、聖書においては意外なことですが、最高の生き方は、受け身の生き方であるとされているのです。しかしそれは人間に対して受け身でなく、神に対しての受け身の姿勢です。
まず主イエスご自身はこのことに対してどう言われたかです。
そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子(イエスのこと)は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。(ヨハネ福音書五・19〜20)
わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」(同30)
このように、主イエスは驚くべきことですが、自分ではまったく何も行えない、ただ神からの言葉を受けて、神の意志を行うだけだと言われています。主イエスこそ完全な受け身の生活をされたお方であったのです。
それは、聖書にいう神とは、完全な愛と真実のお方であり、万能であり、時間や空間を超えたお方であるゆえに、そのような神の御意志を受け取ることが最善だということになるからだといえます。
キリスト教における受け身の生活とは、このような、すべてを持っておられる、永遠の岩である神を信じてはじめて生じることです。
このような真理の霊に対しての受け身の姿勢は、ギリシャ哲学者の代表的人物の一人、ソクラテスにもはっきりと見られます。ふつうは彼は哲学者という名から自分で思索して自分で行動する代表的人間のように思われています。
しかし、彼が裁判の結果死刑になることを承知で、あえてその裁判に臨んだのは、意外にも、彼自身の哲学的判断の結果ではなかったのです。哲学者とは、いっさいのことを、理性的に鋭く考察して、その結論にしたがって生きる人だ、ソクラテスのように人類歴史上で最大級の影響をもたらした哲学者はその典型だと考える私たちにとって、彼が生涯の終わりの最も重大な決断を要するときに、肝心の自分の理性的考察でなく、「神からの声」によって決断したというのは、驚くべきことです。
ソクラテスには、すでに若いときから、間違った行動や発言をしようとしたときには、必ず心の奥に、ある警告の声が聞こえてきたといいます。それはじつにしばしば生じたことであ
て、ソクラテスはその声に従って生きてきたというのです。彼は長い生涯の経験からその声に従っていくとき、必ずよいことになると知っていました。彼の最期となる裁判のときも、家を出ようとするときにも、その神の声は反対しなかった、いよいよ裁判が始まって法廷に立とうとしたときにも、法廷での弁論の途中でも、その声は反対しなかった、だから今回の裁判の結果、死刑になるということは良いことであったと考えざるを得ない、その最大の証拠は、神の警告の声が自分の行動に反対しなかったということだと述べています。(プラトン著 「ソクラテスの弁明 40A〜C」)
神の声に聞いて、その声に従って行動する、その姿勢こそは聖書を一貫して流れる受け身の姿勢です。
私たちは真理に対しては、ただ受け身であらねばならない、私たちは真理を受け取る器でしかないということです。
つぎに二千年のキリスト教史上の最大の使徒というべき、使徒パウロについて見てみます。彼の代表的な著作は、ローマの信徒へあてた手紙です。ここには、人間の罪の本質、その罪からの救いとは何か、イエス・キリストを救い主として受け入れなかったユダヤ人はどうなるのか、救われた者はいかに生きるべきか、何が救われた者を導くのか・・などなどについて詳しく書かれています。
そのパウロがどんな心で生きていたかは、随所に見られますが、その手紙の冒頭の表現に凝縮されています。
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、・・(ローマの信徒への手紙一・1)
ここでパウロは自分の肩書きとして第一に、「僕」と言っています。しかし、この僕と訳された原語はドゥーロス(doulos)といい、奴隷という言葉です。奴隷とは、主人の言うままになる存在です。全く自分の考え通りにはさせてもらえない人間です。
自分はキリストの奴隷である、そういう驚くべき表現をして、パウロはいかに自分がキリストを主人とし、そのキリストに言われるままに生きている存在であるか、言い換えればいかに自分はキリストに対して全面的に受け身の生活をしているかを一言で示そうとしたのです。
つぎに、「福音のために選び出された」と言っていることについてです。
ここでも、自分でいろいろと考えて福音のために働こうと決心したというのでもなく、ある特定の人物とか宗教的組織から命じられたのでもないのです。神によって選び出されたという受け身の表現なのです。
つぎに、「召された」という言葉があります。しかし、この日本語は、現在ではここでの意味のように「呼ぶ」という意味では、ふつうの会話ではまず使われない言葉です。(*)
(*) もともと、この「召す」という言葉は、「見る」の尊敬語であって、そこからいろいろに用いられている。「ご覧になる、治める、呼び寄せる、取り寄せる、命じる、捕らえる」など
に使うほか、「食う、飲む、着る、乗る、風邪を引く」などにも使われる。
そのために、何かキリスト教の特殊な用語のように見えますが、そうでなくごく普通の「呼ぶ」という言葉であり、「召された」というのは、「呼ばれた」という意味です。
ですから外国語訳もほとんどすべてふつうの「呼ばれた(英語では、called)」という語を用いています。
「召されて使徒となった」ということは、「神に呼び出された」ということであり、ここでも受け身の姿勢がはっきりとしています。自分の考えや希望でキリストの使徒となったのではないということなのです。
事実、パウロはキリストに呼び出される前は、逆にキリスト教徒を殺そうとするほどに迫害をしていたのであって、彼自身の考えではとうていキリストの使徒になるなどということは考えられないことだったのです。
また、召されて「使徒となった」とあります。この使徒という言葉も原語では、「遣わされた者 apostlos」であり、これは「遣わす apostello」から造られた言葉で、やはり受け身の
意味を持っています。
このように、ローマの信徒への手紙の最初にパウロは自分の肩書きともいうべきものを書くにあたって、キリストの命じるままに生きるという徹底した受け身の者であり、選ばれた者であり、呼び出された者であり、遣わされた者であるといっており、すべてにわたって、○○された者であるということを深く知っていたのがうかがえます。
私たち自身はどんなに自分で自分を変えようとしても変えることができない、ことに私たちは、敵対してくる人のために祈る愛の心というのは、どうしても持つことができません。
神の力により、聖なる神の霊によって変えて頂く必要があります。
私たちはつねに自分の力では正しい道を歩んでいくことができない、どうしても自分中心の利己的な考えで歩んでしまいます。
そのため、私たちは自分の考えや経験、あるいは他人の助言とか周囲の考えなどによって歩むことなく、神の霊によって導かれる生活が不可欠となってきます。
さらに、この地上での最期の死ということこそ、人間にはどうすることもできない事実です。その死というすべてのものを飲み込んでいく力から救われるために、神の力によって霊のからだに変えられる必要があります。ここでもただ人間は受け身になって、変えていただくのを待ち望むばかりです。
キリスト教の根本の精神が受け身にあること、それは旧約聖書にも多く見られます。
信仰の父と言われるアブラハムのことが詳しく書かれていますが、その出発点はアブラハムが神からの声に聞いて従ったということでした。ここでも、アブラハムは自分の考えや判断で決めたのではなく、ただ聞こえてくる神の言に従ったということなのです。
このことは旧約聖書でアブラハムと並んで、特に重要な人物であるモーセも同様です。モーセも妻子を与えられて、平和な羊飼いの生活をしていたときに、神からの呼びかけを受けてそれに従ったのです。
このように、聖書は数千年昔の旧約聖書の人物から、新約聖書の人々まで、つねに神に対して受け身である生活をしてきた人のことがたくさん載っています。
この受け身の生活は、ごくふつうの人にも重要であるということが、マリアとマルタという姉妹の出来事にも記されています。
一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
ところが、マルタは接待のことで忙しくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。
そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。(ルカ福音書十章より)
この有名な出来事は、一見意外なこと、不可解なことです。姉が主イエスをもてなすために忙しくしているのに、妹がじっとイエスのところで話に聴き入っている、しかもそのような態度を重視されたのです。
しかし、ここで言われているのも、キリストに対して受け身であるべきこと、神の言葉に対してはまず何よりも受け身の姿勢でなければならない、そうでなかったら、私たちがしている行動もやがては不満とか飽きてしまうとかでできなくなってしまう、ということです。
また、山上の教えにおいて、第一に言われているのが、「ああ、幸いだ、心の貧しい者たちは!なぜなら、その人たちにこそ神の国は与えられるからだ。」 ということです。
これも、心に高ぶることのない、幼な子のような心とは、すなわち、受動的な心であるからです。
神とキリストに対しては、受け身になる。
しかし、人に対しては、たとえ敵対する人であってもその人に対して祈りをもってせよ、との主イエスの言葉は積極的に、能動的に関わるようにとの意味が込められています。
アブラハム、モーセ、エレミヤ、イエス、パウロといった聖書のなかで特別に重要な人たちがみな、神に対して全面的に受け身の姿勢を持っていたこと、そしてその後二千年の人類の歩みにおいても、それは続いています。
例えば、古代末期最大のキリスト教指導者と言われ、神学者、哲学者であったアウグスチヌスの例を見てみます。彼のような天才も、三十二歳になってもなお悩み苦しんでいて、いつまでこの苦しみが続くのかと叫び続けていた。
そうしたあるとき、近くから「取りて読め、取りて読め!」という不思議な声が聞こえてきて、それは神の命令だと悟り、それに従って聖書を開いた、そして最初に目に触れた箇所を一読した。心は光のようなものに満たされ、それまで覆っていた闇がすっかりかき消されてしまったと記しています。(「告白」第八巻12章)
ここでも、アウグスチヌスが自分の考えや欲望で動いている間は、真理の道を歩むことができなかったが、神に対して受け身になって、神からの助けを必死に求めるようになったとき、初めて神からの呼びかけが聞こえてきて、その声を受け入れることによって新しい生活が始まったのです。
また、女性としては世界で最も広く知られてきた一人である、ジャンヌ・ダルクも、十三歳という少女のときに、初めて神からの語りかけを聞きました。彼女のすべてはそのことから始まり、後にフランスを救った聖女として有名になりました。彼女は、フランスを勝利に導いたあと、イギリス軍に捕らえられ、宗教裁判によって異端とされ、火あぶりの刑に処せられたのです。
彼女の裁判の記録が現在読めるようになり、そこから六百年ちかく昔のジャンヌの裁判の様子がうかがえます。そこで彼女は、自分が助かりたいといった願いから答えるのでなく、何かを質問されたとき、「この点はわが主のお許しを受けています。」と言って、答えたり、あるいは、「そのことを話してもよいという、神からの許可がないんからです。」と言って何一つ語ろうとしなかったこともあります。
看護婦の地位を著しく高めた、ナイチンゲールも、十七歳のときに、「私に仕えよ」という神の言葉を聞いたことから、出発しています。
こうした例はいろいろとありますが、現代ではマザー・テレサの例がとくに知られています。マザーも、列車の中で聞き取った声に従ってあのような大きい働きをしたのです。 これら
はみな、神の言、神からの語り掛けに対して受け身となりその声の命じるままに、また導くままに従っていった人たちです。
人間に対してでなく、神に対して全面的な受け身の生活こそ、限りない道がその向こうに続いているのがわかります。
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