巻頭言
小さな群れよ、恐れるな。
あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。
(ルカ福音書12の32)
命の芽吹き 2007/3
春になると、それまで枯れたようになっていた木々の枝先から次々と芽がふくらんでくる。 それはどこで作られたのか。葉もないその枝先にて複雑な化学反応が行われて、桜のように葉よりも先に花が咲く樹木の場合、花の色素や花びら、雄しべ、雌しべなどが次々と作られていく。
芽吹いたばかりの初々しい葉、そこには数しれぬ細胞があり、その細胞のなかには、葉緑素など色素、各種のアミノ酸を用いてつくられる酵素タンパク質、遺伝情報を持っている複雑な構造をしているDNA等々おびただしい物質がある。
仮にそれらの分子やその動きを数億倍に拡大して見ることができるとするなら、それらの生成される化学物質やその化学反応をその複雑さとそれにもかかわらず、驚くべき速さでそれらが日夜合成されているのに驚嘆するであろう。しかも、常温で、あの小さな細い枝先でなされているのである。
大規模な工場で、しかも高温や圧力を加えないと生じないような反応が、普通の温度で盛んに行われているのである。
小さな枝先が、複雑な化学反応の場となっているが、そのようなことを意識している人はごく少ないだろう。そのように、今の私たちの世界でも、気付かないようなところで、至るところで、神による御業がなされているのである。
神の御手が臨むとき、だれの目にもとまらないようなささやかな所、また人々から無視されているような人が神の国のために重要なものを生み出すことができるのである。
神のなされる命の芽吹きは、自然の中の植物の世界でも、また人間の生きる世界の中にも、今も全地でなされているのである。