詩の中から 2007/7-8
明けやすし真夜(まよ)の祈りと思ひしに (玉木愛子)
夏の朝ははやい。動くこともままならぬ身であり、ただ祈りだけは自由にできる。他の患者たちが寝静まったあとも真夜中を祈り続けていた作者は、ふと気付くとはや朝になりかかっている。
作者は失明していたから、それは周囲の状況から感じたのであろう。
この俳句を作った頃(一九五〇年)には、すでにハンセン病のために右足切断して二〇年を越えており、また両眼失明してから十三年、いちじるしく生活にも不便かつ困難な状況であった。家族との交わりも長い間断たれ、世間から隔絶された療養所から出ることもできない、歩くこともできないだけでなく、手も自由に動かなくなっている。
これ以上はないと思われるような絶望的な状況にあっても、彼女はみずからに許された、神の国のための働きを続けていた。それは祈りであった。
このような人間の極限状況と言える苦しみにあって、なお神の国においては、彼女は大いなる働き手であり得たのである。
彼女は、七歳にして発病し、女学校にも行けなくなって、ひとたびライ病だと分かれば家族みんなに決定的な困難が降りかかるため、部屋にこもりきりという生活をせざるを得なくなり、十六歳のとき熊本のハンセン病療養所のあることを知ってそこに入ることになった。そうして神とキリストを知り、その苦しめる魂は救いを得たのであった。
盲人バルトロマイ (ロングフェロー)
目があっても 闇と苦しみや悲しみの中にあって、
見ることができない者たちよ、
思いだせ、あの三つの力強い声を。
「イエスよ、私を憐れんで下さい!」
「勇気を出せ、立って行け!」
「あなたの信仰があなたを救ったのだ!」
Ye tha have eyes,yet cannot see,
In darkness and in misery,
Recall those mighty Voices Three,
have mercy on me!
Courage,get up,go!
Your faith has saved you!(*)
(*)三つの声の部分は原文では、新約聖書の原典であるギリシャ語文となっている。ここでは、それを英語に訳した。 原詩はもっと長いものであり、ここにあげたのは、この詩の最後の部分。ロングフェロー(一八〇七年〜一八八二年)は、アメリカの詩人で、ダンテの神曲をアメリカで初めて訳した。ハーバード大学教授。
・この三つの声は、単に盲人とかに限らない。この詩の作者のロングフェローも聖書に記されているこの三つの言葉はどのような状況に置かれている人であっても常に神からの励ましの言葉となることを自ら知っていたのがうかがえる。病気や家族の問題、ほかの人間同士の問題、職業上の問題、あるいは事故や災害に襲われたとき、どうすることもできない苦しみに追い込まれることがあるだろう。そのようなとき、私たちができること、それはここに記されている「主よ、憐れんでください!」という単純率直な叫びである。
それによって、主は私たちに力あるみ言葉を下さる。下さらないように見えるときであっても、希望をもってまち続けるときには、「立ちなさい!」という励ましの言葉を聞くことができる。
そして困難の時であっても私たちが素朴に主イエスにすがるとき、その信仰だけで御手を差しのべて下さる。