詩の中から

わがために 水野源三

わがために
野菊が香り
わがために虫が鳴き
わがために
夕空が染まる

わがために
昨日も今日も
神様に
祈ってくれる
人々よ

・このような詩は、神の恵みを受けていなかったら、理解できないであろう。
偶然に生じていると思われるものが、一つ一つ愛の神が自分のためにしてくださっていることだと実感されてくる。無数の人がいて、神はその無数の人たちにそれぞれ愛を注いでおられるにもかかわらず、神様は私にさまざまのよきことをしてくださっているように感じられる。
神の愛とはそのようなものである。人の愛は、せまい。深くなるほどに特定のひとだけに注がれる。
しかし、神の愛は無限に広く深い。そして魂をうるおす。そのような愛はいっさいを無駄にはしないで一つ一つを生かしていく。
しかし、神の愛がまったく分からないときには、この逆の状態になることすらある。まわりのすべてが自分を冷たく見つめ、迫害するように見えてくる。
ガンの病を持つようになって、残りの命がわずかに迫ってきたとき、呼吸の一つ一つをも感謝できるようになったと言われた人がいる。呼吸の一つ一つ歩く一歩一歩、そして見るもの聞くものが一つ一つ神の愛の御手の奏でるものだと感じられるようになっていくのであろう。
それによって見るもの聞くもの、触れるものにいのちを感じるようになる。
無心に鳴く虫の音も、偶然に野に生えていると思われる野菊も、そして風も雲も、木々の一つ一つも…。
そこから、祈りをもって自分を覚えてくれる人たちの祈りが聞こえてくる。そしてその祈りのなかにも、神の愛がそこに働いているのを知る。


地上 伊丹 悦子

すこしの水
すこしのパン
すこしのことば
ほんのすこしでこと足りる

かみさま
あなたの愛があれば

A little bit of water
A little bit of bread
A little bit of words
A little bit suffices

God,
as long as we have your love. (「朝のいのり」美研インターナショナル刊)

明けの明星 貝出 久美子

金星の
星の光を吸い込むと
キリストが
心のなかに来てくださる

金星の
星の音色を聞くときに
キリストが
心の中に語ってくださる
(「ここに光が」詩文集第九集)

(*)水野源三 1937 - 1984 長野県生まれ。9歳の時赤痢に罹りその高熱によって脳性麻痺を起こし、やがて目と耳の機能以外のすべてを失った。以後40年ちかくもの間、話すことも書くことも出来なくなったが、母親が五十音順を指で指し示して言葉をつづるという方法で18歳のときからキリスト教信仰に基づく詩を作り始めた。そのため、「瞬きの詩人」と言われるようになった。
伊丹悦子、貝出久美子は、徳島聖書キリスト集会員。

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