いつまでも続くよきものによって
3月11日、それは日本の今後の歴史にも永久的に残る日となるだろう。
今もなお、苦しみや悲しみ、そしてさまざまの困難に圧迫されている方々が何万人とおられる。いつまで続くのかという不安、そのときまで自分は生きているのか、ふるさとに帰れるのかというつらい気持ちを抱いての日々を過ごしている人も多いだろう。
この世には、悪しきこと、苦しみがいつまで分からないほどに続いていくことがある。
そのような現実にあって、いつまでも続く良きことを知らなければ、心は晴れることはなく、沈んでいく。
そして、この世には、まさにそのいつまでも続く良きことがあるということを一貫して私たちに語りかけてきたのが聖書である。
闇が変わらない、絶望的な闇だと思われることがある。しかし、永遠に消えることのない光がある。
津波や地震で失った命は永久に帰らない。命とは、はかないものと思われる。
他方、そのような自然の災害によって決して壊れない命がある。
人は、日々弱っていく、老化していく。
しかし、日々新たにされる世界がある。
地震などの災害がなくとも、私たちはみな死という闇の世界へと向っていく。これはだれも止めることができない。
しかし、他方、それとは逆の、光の世界へ、命の世界へと向っていく道が備えられている。
どこに持っていきようもない、怒りや寂しさ、悲しみがある。
けれども、そうしたいっさいの心の悶え苦しみをも受け止めて、消し去ってくれるお方がいる。
私たちは、そのような光と闇の行き交う世界に生きているのである。
そして、いかに闇が介入してこようとも、ただ神とキリストを信じるということだけで、光の道、この世とは分かたれた永遠への世界へと導かれていく。その確かな約束が記されているのが聖書なのである。