今日のみ言葉  295 「主がいかに大いなることを…」 2021.10.14 

 

主を畏れ、心を尽くし、真実をもって主に仕えよ。

そして、主がいかに大いなることをしてくださったかを悟れ。

                       (旧約聖書 サムエル記上1224

Fear the Lord, and serve him in truth, with all your heart;

for see how great things he has done for you.

 

主がいかに大きなよきことをしてくださったかと言われても、そもそも現在特別な苦しみや悲しみに陥ってる人にとってみれば、大きなよきことどころか、なぜ、このような苦しいことを神様が私にしたのかと言うことに対する強い不満あるいは疑問というものが心の中に湧き出てくる人たちも多いと思われる。

聖書にも、神に対して日々祈りをもって生きてきたにもかかわらず、突然大いなる災害に巻き込まれ息子たちや財産を失い、また自らも非常な苦しみを伴う病になり、その上、自分の妻からもののしられるようになって、ついにどうして私は生まれてきたのか、なぜ死んでしまわなかったのか…等々、神に対して悲痛な叫びをあげるようになったヨブという人物のことが長大な詩の形をとって記されている。

このことは、人間の様々な状況で出会う苦しみや悲しみー病気、事故、災害、戦争、人間関係等々、あらゆる種類の苦しみに関して、人々を襲う無力感や、絶望的な苦悩へのメッセージとなっている。

そのような長い苦しみの後で、神からの語りかけによって自らの傲慢さに気づき、神への方向転換を与えられ、苦難からのそして、罪からの救いに入れられたのだった。 そして、すべてが取り上げられたと思っていた自分に、神はの苦難を通して失ったものにはるかに勝る祝福を受けたのだった。

神様がどんなに大きなことをしてくださったかそれは苦しみの最中にはわからないけれども、時が過ぎ、また御心にかなった時において、軽く見過ごしてきた事の中に深い神の愛があったことに気付かされ、もはや取り返しがつかないことであっても、それをも赦してくださるという罪の赦しの実感を与えられる。

その罪の赦しということは、単なる教えや学問、職業、あるいは経験など、いかなる事によっても与えられないかけがえのないものだと気付く。そしてその赦しを受けると共に新たな力をもくださる。

そのことだけでもさまざまの恵みの根幹にあるたいせつなものをいただいたと実感するようになる。

そしてその大いなる罪の赦しを受けた時には、そこから他のそれまで気づかなかったことに対しても、生活の中の一つ一つが大きな恵みだと感じるようになっていく。 

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野草と樹木たち  295     2021.10.14 

    イワギキョウ  大雪山系 黒岳山頂にて(標高1984m   2009.7.22 撮影

イワギキョウ  大雪山系 黒岳山頂にて(標高1984m)   2009.7.22 撮影

キキョウの仲間には庭にも植えられるキキョウから、山の崖のようなそばだったところに自生する その名も、ソバナ、低山や田舎の野辺にみられるツリガネニンジンから、高山にみられるハクサンシャジンなど、その青紫色の花は多くの人に愛好されている。

ここにあげたのは、イワギキョウで、本州中部の高山や大雪山にみられる。この写真は、大雪山系の黒岳の頂上に雨に濡れて咲いていたもの。草丈は10cmと低く、冬の厳しい風雪のゆえにこのような小さな姿をとっていると思われる。同様なことは、エゾツツジも樹木でありながら高さは1030cmと草のように小さい。  

 このイワギキョウは、左下に添えた山頂標識のすぐ近くにあったがだれにも踏まれることなく、大切にされてきたのがうかがえる。長時間を登ってきた人に、小さきながら、ゆたかな色合いでそっと語りかけるその姿は、心なぐさめられる。

こうした高山の花々は、いつ、どのようにしてこのような厳しい自然の中に芽生えて現在に至っているのであろう。太古の昔から、神の御手によって創造されて以来、人によらず、神によって支えられ、花を咲かせてきたものゆえ、その背後に神の国の、清さと美に満ちた 世界が浮かび上がってくる。