休憩室 02-6-5
○五月から六月にかけて、小さな山を少し登ったところにある我が家で心に呼びかける声となるのが、ホトトギスであり、アオジ、ヤマガラ、ウグイスといった小鳥たちです。とりわけホトトギスは今年はかつてなかったことですが、深夜午前一時や二時ころにもたびたびあの特徴ある声で鳴き続け、遠いところから呼びかける声のように感じたことです。ほかのものが寝静まっているそのような深夜になんの目的であのように激しい声で鳴くのか、動物学的には不可解なことですが、そのような科学的なこととは別に私には
ことば
(131)ほんとうの幸いのため
ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込んでしまいました。
「何が幸せかわからないです。本当にどんなつらいことでもそれが正しい道を進む中での出来事なら、峠の上りも下りもみんな本当の幸福に近づく一あしづつですから。」灯台守が慰めていました。
「ああそうです。ただ一番の幸いに至るためにいろいろの悲しみもみんな、おぼしめしです。」青年が祈るようにそう答えました。
………
ジョバンニは、ああ、と深く嘆息しました。「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ。どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもう、あのサソリのように本当にみんなの幸いのためならば、僕のからだなんか、百ぺん灼(や)いてもかまわない。」
「うん、僕だってそうだ」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。…(宮沢 賢治著「銀河鉄道の夜」より)
(132)たった一人の祈りであっても
多くの人が去っていった教会の中で、まったく一人であっても、あなたは祈り続けますか。
一人の人が祈り続けることによって、いつかそれが人々の祈りへと引き継がれていくことがよくあるのです。たった一人でも十分なのです。(ブラザー・ロジェ著 「信頼への旅」140P)
返舟だより
四国集会への感謝
○去る六月十五日(土)〜十六日(日)は、三年ぶりに徳島にて、キリスト教四国集会(無教会)が行われました。前回の高知での四国集会の後から、祈りを始めて一年間、集会のたびに祈りをもって覚えてきた集会でした。ことに今年に入ってからは、各地での家庭集会においても、絶えず祈り、神がその四国集会を祝福してくださいますように、それが神の栄光のため、苦しむ人や未信仰の人にも働きますように、さらに信仰を与えられている人も、み言葉と聖霊がゆたかに注がれるようにとの祈りを続けてきました。
そうした祈りに主が応えて下さって、今回の四国集会で、特別な重い出来事を抱えて参加された方が、たしかな変化を与えられたという人、やはり厳しい状況のただなかに置かれて、苦しみつつ生きておられる方が、神の愛をあることで実感したと言われた人、今までの四国集会より以上に確かな聖霊のはたらきを感じたと言われた盲人の方、長く集会から離れていた方やキリスト教のことを聞くのは初めてだという老齢の方の参加もあったり、心が不思議な喜びで満たされたと言われて帰って行かれた遠くからの参加者などありました。
また、直前まで入院生活をされていた、高知の林 恵(さとし)兄が、高齢でもあり参加を危ぶまれる状況であったのですが、無事守られて参加され、聖書講話の責任を果たして下さったことも大きな感謝でした。
今度の四国集会を終えての感想は、たしかに祈りは聞かれる、ということです。悪のはびこるこの世においてそれは驚くべきことです。真実の神などいるはずがないと思う人が大多数をしめるこの日本において、たしかな神の御手の働きを実感させていただいた集会でした。
他方、気がかりな方々もおられま。すでに二月からだれよりも早く参加申込をされていた九州の方が、急な手術のために、やむなく参加できなくなったり、北海道の方がやはり体調の不具合のために参加希望を強く願いつつも最終的には断念されたなど、いろいろの事情で参加できなかった人たちも県内外にあったのは、とても残念なことですが、その方々にも主がどうか祝福を与えて下さいますように。
今回の四国集会のために、捧げられた多くの祈りを心から感謝しています。そしてそのような人間ではできない、魂に関わる働きをされる神に、栄光がさらに帰せられますように。
○今回の四国集会では、前回と同様に、四国四県以外に、広島、岡山、兵庫、大阪、滋賀、神奈川、東京、埼玉といった地方からの参加者もあり、申込して参加できなかった人もありましたが、申込してなくて直前に希望されて参加できた方もあり、実質では部分参加も合わせて百十五名ほどの参加でした。
また障害者も多く集うことができました。視覚、聴覚、肢体、知的などさまざまの障害者も集められてともに主のみ言葉に聞き、祈り、讃美できたこと、主イエスを中心としての主にある交わりを多く与えられたことも大きな恵みです。
○また、個人的なことですが、私が京都の学生時代(大学四年のとき)に初めて、キリスト教の講演会に参加して、話を聞いたとき、心に深く残った講演をされたのは、当時京都大学理学部の富田和久教授でした。そのお話のゆえに、私はその冨田氏が責任者であった北白川集会と言う無教会のキリスト集会に、卒業までのごく短い期間でしたが加えて頂いたのです。 冨田氏は今は天に帰られましたが、奥様であられる富田
節氏が今回の四国集会にも参加して下さって、霊の戦いをともにしていただいたのも三十数年前からの神の不思議な導きを改めて思い起こし感謝でした。
○中部地方の方からの来信です。
いつも「はこ舟」感謝しつつ、拝読、かつ朝夕の祈りに貴兄の伝道のお働きのことを他の教友にあわせて覚えている者です。小生、4年ほど前、目の手術のため片方の目を失明し、視力0・2の視覚障害者になりました。…現在八十二歳に近づき、目の衰えを自覚するに至りました。新聞はじめ読むものを極力減らし、必要最小限にしぼるよう努力しています。
「はこ舟」もあきらめようと、一度は考えたのですが、五月号の中「憲法を変える問題」を読み、考えが変わりました。これは絶対止めてはいけない。否むしろ、「はこ舟」のために祈りを深めなければならない、著者をつよめ、導き給えとのねがいを深めなくてはならない、どうにかしてこの「はこ舟」が用いられ、この国の為政者を動かし、今のあり方を根本から変えなければならない、考え方を根本から変えさせねばならないと強く思った次第です。(小泉首相の靖国神社参拝に際して、奉書に筆書きして、諸国つまり中国、韓国との平和を計るべしと、意見を具申しました)…
・高齢であるにもかかわらず、日々祈りに覚えていて下さることは感謝にたえません。そして日本に福音の真理が広がるように、国の方向が正しい方向に進むようにと切実な願いを持っている方がおられるのがわかります。神はそのような心からの願い、神の国(神の御支配)が来ますようにとの祈りを聞いて下さることを信じます。
○関東地方からの来信です。
「はこ舟」を毎月感銘深く読ませていただき、悲しいときは励ましを、さみしい時はお慰めを頂いて大変感謝しています。昨年夫が天に召されました。十数年の闘病生活で、その間に十数回の入退院・通院でございました。そのような時、実姉が、「はこ舟」をカバンの中に入れてくれて、看護の間や待合いの時間に大変読みやすいからと紹介してくれたのでした。今年はじめの号の「道」という詩ではとくに感銘を受けて、自分が今まで歩んできた道の不思議を感じたものでした。…
・「はこ舟」のような小冊子の利点の一つは、このようにどこかに出かける時に持っていくと、本のように重くなく、かさばることもないので、だれでも持ち運びできることにあります。書物に比べて内容はごく少ないものですが、それでも神が用いられるときには、この方のように心のどこかに触れることもあるのだと思われました。すべては人間のわざでなく、「石ころからでも、アブラハムの子を起こすことができる」神のはたらきによるのであり、神の御手を待ち望むばかりです。
○近畿のある方からの来信です。
この五月から主日の礼拝を自宅で守ることが許され、感謝しています。いまは、夫婦で聖書はマタイ福音書を学んでいます。どのようにして進めていくか考えてみましたが、小さな家庭集会として始めていくことに導かれました。…たどたどしい歩みですが、み言葉を信じていきたく思っています。
・キリストを信じる者は、「二人、三人私の名によって集まるところに、私はいる」との主イエスの約束を信じることになります。会堂なく、組織なく、牧師なく、集まる人が少なくとも、そこに主イエスがともにいて下さるとき、なくてならぬ唯一のものがあるのであり、それはエクレシアであり、神の「教会」なのだといえます。新約聖書において、「教会」と訳された原語であるエクレシアとは建物を表していることは一度もなく、主イエスを中心とする集まり、主イエスによって呼ばれた人の集まりを意味するからです。