見えないものから 2009/2
晴れ渡った空にもみるみるうちに雲がかかることがある。大気の圧力、風、温度や湿度などさまざまの原因が働いて空気中の水蒸気が凝縮して微小な水粒となる。それが私たちには雲として見える。そしてそれが多くあつまって大量の雨となって、地上に降り注ぐこともある。
私たちの心の深いところにある目に見えない思いは、時が来れば目に見える行動として現れる。たえず神は私たちの魂にそうした目に見えない思いを起こし、それを目に見える形にしようとされている。
キリストもかつては目には見えない存在として神とともに永遠の昔からおられた。その存在が時至って、目に見える存在として地上に現れた。そして無数の人々の目には見えない思い、漠然としてあるかないか分からないようなものであったよき思いや考えに神の力を注ぎ、目に見える行動として、また福音伝道というかたちで世界に広がっていき、さまざまのよき働きを生み出すことになっていった。
空気中の目には見えない水蒸気が、予想しがたいときにみるみる微小な水粒となって雲になるように、私たちの心に注がれた神からの風―聖なる風、聖霊は今も、そして将来もたえず目に見える何かへと向かっている。