無実の罪
先頃、かつて有罪として十七年もの歳月を刑務所で過ごした人が、犯人でなかったとして、釈放された。このような冤罪は、おそらく数多く発生してきたであろう。
まちがったことが証拠として採用され、また意図的に偽りを言う証人があらわれたために犯人とされたということも数多くあっただろう。
何の罪も犯していないにもかかわらず、そして取り調べのあまりの苦しさと長時間のために耐えがたく、やっていないことを自白してしまって、犯人にされてしまい、長い年月を家族や周囲の人たちから見下され、捨てられ、絶望的な生活を送らざるを得なくなった人の苦しみと無念さはいかばかりであろう。
とくに政治犯においては、支配者の側が意図的に一部の人を犯罪人としてしてしまい、長期間の服役を課するということも昔からたくさんみられた。
刑務所に入るなどという大きな問題でなくとも、生活のなかで、私たちがたった一人からでも、やってもいない悪いことをした、と言われたらどんなにくやしい思いをすることだろうか。いくらやっていない、と言ってもそれを証明する証拠を出すこともできず、ただ疑われてそのことをいろいろな人に言いふらされてしまったとき、それを聞いたひとたちはそれを信じてしまうのである。そのような時には、深い悲しみと強い心の痛みを感じることであろう。
こうした無実の罪の苦しみを最も大規模に、二千年にわたって受けてきたのは、キリスト教徒である。すでに、今から二千年近くも昔、ローマ皇帝ネロの権力によって、ローマの大火の犯人とされ、多数が逮捕され、火あぶりにされたり、大競技場でライオンに食わる見せ物にしたりされた。彼らの家庭や人生は粉々にされてしまったであろう。日本においても、豊臣秀吉のバテレン追放令(一五八七年)から、一八七三年(明治六年)の切支丹(キリシタン)禁制の高札を撤去
するまで、およそ三〇〇年近い年月は、長い迫害の歴史であった。
その間に、単にキリスト者であるというだけで、最も重い犯罪人とされ、生きたまま雲仙岳の火口に投げ込まれたり、生きながら火あぶりや、俵につめて重ねられて街路に放置するとか、ノコギリで耳や鼻を切り落として放逐する等々、すさまじい迫害がなされた。これらはすべて無実の罪なのである。
二〇〇〇年という長い歳月、このようなひどい無実の罪をきせられた人たちは計り知れない。そしてこれら無数の犠牲者たちのもとをたどれば、そこにはキリストの無実の罪ゆえの死がある。キリストの十字架の死からこうした数知れない人たちが、罪もないのに重い罪人とされていったのである。
耐えがたい苦しみであるにもかかわらず、それでもなお、あえてそのような恐ろしい罪人とされることをすら甘んじて受けていった人たち、私たちの想像を絶するような苦しみと痛みをも越えて導かれたのは、生きてはたらくキリストであった。
無実の罪、それは何も生み出さないのろわれたことである。キリストは誰よりも神に忠実に敬いつつ生きたにもかかわらず、神を冒涜したとされ、民衆を煽動したとされて死刑とされる冤罪の犠牲者となった。
しかし、神はそのような忌まわしいことを最大の善きことに転じさせたのであった。十字架上の無実の罪による死こそは、人類の罪を赦し、あがなうという最も深い人間の問題の解決に用いられたのである。
このようなことを振り返ってみても、この世で受けるあらゆる不正に対することができ、それに打ち負かされない唯一の道は、永遠の命そのものであるキリストを信じ、キリストに結びつくことによってであることがわかる。